設問4
「ここから先は女性―――」



設問4
『ここから先は女性の姿でなければ通れない』



「「「えぇー」」」

 看板を見た瞬間、男三人は肩を落とした。
 最早、問題ですらない。

「行ってらっしゃい」

 にっこりと笑った紗姫に送り出され、三人は金属の動く塊に襟首をつかまれ、布で仕切られた箱の中に押し込まれた。

「ちょ!? そこまで脱がすの!? っていうか、着れられる、ひとりで着られるから!」
「わぷっ!? な、何ですか、これ。顔に何塗ってる!?」
「なんか『くすくすくすくす』笑い声が聞こえるんですけど!?」

 盛武、幸希、藤丸の順でどうやら弄ばれているようだ。

「これ、助けた方がいいと思う?」

 取り残された郁は大斧槍を肩に担いだ状態で紗姫に問う。

「必要ないかと。ただ女装させているだけなら害ないです」

 きっぱりと言い切った紗姫は何か期待するように胸の前で手を握った。

「そして、こんな機会、現実では永遠に訪れません!」
「・・・・なんか、あんたこんな人だったんだ〜って感じね」
「うるさいです」

 じろりと郁を睨みつける。
 そんな中、ひとつの箱の前に垂れ下がった布が取り払われた。そして、ペイッと中から人影が放り出される。

「う、うぅ・・・・」

 それは町娘風にカスタマイズされた幸希だった。
 藤丸同様、小柄な体を包む小袖は質素で、髷を結う前の髪にはかんざしが刺さっている。

「普通」
「うん」
「うぅっ!?」

 身を削られるような思いで女装したというのに、女性陣に一刀両断された幸希は本気で涙目になった。

「普通に女の子ね」
「そうです。なんていうか、残念な感じです」
「残念!?」
「う〜ん、せっかく話題を振られたのに失敗してしまった感があって・・・・」
「寒いってこと?」
「そう! まさにそれです!」

 ポンッと手を打ち合わせた紗姫はすっきりしたように微笑む。

「もう、僕は何もする気が起きません・・・・」
「まだいいじゃねえか」

 ガクリと「orz」の形で項垂れた幸希に心底落ち込んだ声がした。

「俺はもう、生きる気力がなくなった」

 紗姫たちが視線を向ければ、巫女装束の盛武が正座している。そして、前に置いた短刀を引き抜いた。

「幸希、介錯を頼めるか?」

 薄く目を開き、口紅が塗られた唇を開く。

「先程、何もする気が起きませんと申しました」
「そうか。残念だ。ならば、これが武士の死に様、しかと目に焼き付けるがよ―――」
「どうでもいいですけど、それは私に対する挑戦と見てよろしいので?」

 紗姫がすすーっと盛武の下へと寄っていく。
 その顔は笑顔だが、怒りマークが貼り付けられており、とてもではないが、表情通りの感情ではないようだ。

「巫女様、情けは無用です。こんな辱め―――」
「情けなんてないです。死は決定ですが、自害なんて生ぬるいものを選ばせるほど、私の心は広くありません」
「は?」

 惚ける盛武の手から短刀を奪い、右手に逆手で持つ。そして、左手の平で柄頭を抑える。

「散々に苦しめて差し上げます♪」
「「「え?」」」

 割と本気な言葉に郁以下三人が固まった。

「覚悟ぉっ!!!」
「―――させるかよ」
「あた!?」

 明後日の方向から飛んできた扇子が紗姫の肩口に命中する。
 威力はないが、同時に放たれた強い霊力は紗姫を踏みとどまらせるに十分だった。

「突然連れ込まれて着替えさせられ、さらには放り出されたと思えば、家臣が殺されそうになってるとは、何の冗談だ?」

 怒気を押し殺した声音に紗姫がそちらに向き直る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 『いえ、この輩がふざけた格好をしていたので、つい手討ちをとばかり』と続けようとした紗姫は不覚にも見惚れてしまった。

「まさかこの世界でこれを抜くことになるとはな」

 太刀を右手に持ち、その右手をまっすぐ伸ばした藤丸がいた。
 その姿は十二単という重そうな服装だったが、そんな雰囲気を全く感じさせず、太刀と相まって実に決まっている。
 カツラまで用意されたのか、漆黒の長髪を翻す姿は女にしか見えない。しかも、その決まり方は同性を凹ませるほどだ。

「女顔とは聞いていましたが・・・・これほどとは・・・・」
「ちゃんと女の子したらすっごく可愛くなるのね・・・・」

 太刀を手に凄んではいるが、元々愛らしい顔たちのためにいまいち迫力がない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・いや、待て郁よ。『ちゃんと女の子したら』とはどういうことだ!」

 鋒が紗姫から郁へと向く。

「ここだけの話、未だに私は女じゃないかと疑ってる」
「なるほど。郁殿は鹿児島城住まいで藤丸様にお会いしたのはつい最近のことでしたね」

 幸希が郁の言わんとしていることを理解した。
 つまりは藤丸は女だが、火急の時だから呼び出されたものだと思ったのだ。

「ふむ、確かに若は女だといえば誰も疑わないしな」

 幼き日から共に育っている盛武も同意した。

「正直、女物の小袖を着て脱走された時が一番見つけにくかった。『ここだ!』と思ってもいるのは少女だけだったから」
「あの時目前で引き返したのは勘違いしてたからなのか!?」

 助けようとした本人の裏切りに藤丸は太刀を下げる。

「・・・・とりあえず、行くぞ」

 全員が女の格好をしているので次への道ができていた。
 藤丸は裾を引きずりながら、太刀を肩に担いで歩き出す。

「どうでもいいけど、嫌じゃないの?」
「女装がか? 必要なら仕方ないだろ」

 冷静な態度とその涼しげな容貌から送られた流し目に紗姫の頬がわずかに赤らんだ。

(か、かわいい・・・・ん? この場合は・・・・きれい?)


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