第三章「狂気の宴」/ 9


 

「―――来たか」

 男爵は車椅子に座ったままの状態で閉じていた目を開けた。
 地下を通ってきた風が黒の外套をはためかせる。

「ようやく、か・・・・」

 彼は宿敵を前に、数年前のことを思い出していた。
 熾条一哉――"東洋の慧眼"にとっても、マディウス――"男爵"にとっても悪夢だったあの戦い。
 始まりは突然だった。
 中東のとある国の軍事施設を攻撃する予定で移動していた一哉の部隊が突然の裏切りによって大混乱に陥ったのだ。そして、頃合いを計った完璧なマディウスの攻撃が部隊の命運を、一哉の命運と共に絶った。―――と思っていた。
 今ではマディウスが幼年ながら、"東洋の慧眼"と恐れられる熾条一哉を侮っていたと思える。
 それに戦略家とはいえ部隊が壊滅すれば何もできないはずだった。
 そう、部隊の中にあった亀裂を密かに大きくし、決壊させてしまえば彼の手足になる部隊は終わる。そして、そこから盾を失った少年が転げ落ちる、はずだった。



「―――ふふふ、"東洋の慧眼"。その優れた目もこの策略には気が付かなかっただろう。まさか、自分の部隊に裏切り者がいるなどとなっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 あの時、男爵は策が完璧に決まった勝利に酔っていた。
 味方の血に塗れ、呆然と1人立ち尽くす幼い少年――熾条一哉に話しかける。

「まあ、過ぎたる力を表で使って栄華を極めた報いだ。存分に絶望しろ」

 両腕を広げ、フランス人形を出した。

【―――マスター】

 彼女たちは男爵に跪いて下知を待つ。

「奴を殺せ」
【イエス、マスター】

 総じて4体の人形が各々の武器を持って一哉へと駆け出した。

「―――お前、誰だ?」

 ポツリと呟かれる誰何の声。

「吾は"男爵"ッ。貴様の目を曇らせる者だッ」

 名乗りを上げた男爵は心地いい高揚感を存分に味わう。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう、か」

 諦めたように呟き、一哉はその手の拳銃を捨てた。

「正規軍じゃないのか・・・・」
「ふん、お前と同じ裏の住人だ」

 人形たちが一哉と同じ地面に降り立つ。そして、各々の武器を振り上げて待機した。
 後はマディウスの気分次第で彼の命は消える。

「裏・・・・裏、ね・・・・」

 一哉は俯いて呟いているのに何故かその声は戦場となった洞窟全体に響き渡った。

―――ゾワッ

「―――っ!?」

 背筋が舐められるような冷気。
 ここは洞窟だからそんな風が吹いてもおかしくない。しかし―――

(これは・・・・殺気・・・・?)

 全身を縛り付けるような殺気が一哉を中心に渦巻いていた。
 仲間たちの死体に囲まれ、そして、その血に塗れ、さらには全て終わった後に黒幕が現れる。
 こんな状況でも殺気を抱く精神が残っている・・・・?


「―――お前は間違いを犯した」


「・・・・は?」

 さっきまでの悲壮感漂う声ではない。

「その数は3つだ。死に行く者への手向けとして教えてやろう」

 拳銃の代わりに刃渡り40センチくらいの両刃剣を拾う。それを軽く振って血を飛ばした。

「ひとつ目、俺がこいつらを信頼していると思っていたこと」
「な、に・・・・?」
「ゲリラってのは傭兵の集まりなんだよ、特に俺たちはな」
「・・・・・・・・・・・・」
「ふたつ目、妄想の勝利に酔ってすぐこいつらに俺を殺させなかったこと」

 一哉はゆっくりと剣を正眼に構えた。
 一気にプレッシャーが増す。
 危険を感じ取り、マディウスは指令を送った。

「みっつ目―――」

 人形が地を蹴り、一哉向けて己が武器を―――

「―――俺の個人戦闘力を過小評価したこと」

 突き出した武器ごと人形が粉砕される。そして、明らかにおかしなスピードでこちらに迫った。

「くっ」

 マディウスもすぐに魔力で糸を編み、それを迎撃に飛ばす。
 これは戦闘も可能なのだ。
 そんな彼が放つ鉄と同等の強度を誇る糸は一哉の侵入を阻もうと次々と蜘蛛の巣のように編み目を作っていく。
 それを―――

「はぁッ」

 一太刀で断ち切った。

「なぁッ!?」
「せいッ」

 振り下ろされる剣。
 それは糸をも気にせず叩きつけるようにマディウスの左肩を目指し―――

「く、あああああッッ」

 マディウスが無理して放った迎撃の糸もその甲斐なく難なく切断され、左肩に剣は落ちた。

「―――――――――――――――――ッッッッッッッッッッ!!!!!!」

 ボタリと切り落とされた左腕はまるで別の生き物のように地面を跳ねる。それは血を撒き散らし、ただの有機物の塊と化した。

「貴様ッ」

 マディウスは失敗を悟り、とにかく自分と一哉の間に人形を挟み込んで逃亡することを決める。
 一哉の目は鋭い眼光を放っており、とてもではないが、勝てないと思わせるだけの力があった。

「く、ここは退くッ」

 傷口を押さえ、激痛に耐えながらマディウスは撤退を開始。
 不思議と追撃はなかったが、それに気が付いたのは無事逃げ切れてからだ。
 そのまま再戦時には切り札を用意しておくことを胸に止め、帰国したのだ。――― 一刻も早く、一哉から離れるために。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」

 ぎりっと車椅子の手すりを握り締める。

「今回は・・・・今回は負けんっ!」






熾条一哉 side

 地下4階はもはや原形すら残っていなかった。
 数時間前まで音川町の玄関口として機能していた面影はない。
 そこにあるのは無惨にも破壊された車両と瓦礫の山だった。
 この階だけでも死者は数百に上る。
 開演を告げる鐘として爆破した車両には、臨時便と言うことで多くの乗客が乗っていた。
 それらはことごとく爆炎か銃弾に沈んでいた。
 今や地下鉄音川駅ホームは男爵側の本陣である。

「―――ふん、相変わらず大勢に守られないと何もできないのか?」

 一哉が落下した場所には男爵ではなく、代わりに展開する≪クルキュプア≫の大軍が待っていた。

【―――マスターを馬鹿にした―――     】

 銃を向けた側方の黒フランス自動人形向け、一瞥もくれずに腕を横薙ぎに払う。そして、その腕の軌跡から迸った炎が1体に命中し、丸焼きにした。
 それを合図に妖魔たちが床を蹴る。

「邪魔だっ」

 闇に一瞬で炎が舞い上がった。
 3つの火球は床を焦がしながら走り、妖魔たちを火達磨に変える。だが、全てを薙ぎ払えるわけはなく、少なくない数が一哉に肉薄した。

「ふっ―――」

 襲い掛かる爪や牙をかいくぐり、<颯武>を引き抜く。
 最初の一撃は"気"をふんだんに使った"総条夢幻流"・刃。
 "気"で作られた無数の斬撃は妖魔たちを切り刻み、瞬く間に一角を斬り崩した。そして、未だ血風舞うそこから脱出し、先程までいた場所――妖魔が集結した場所に特大の炎弾を叩きつける。

(これで、一網打尽っ)

 一哉はすぐさま反転し、ヘレネ向けて飛び出した。

「まだ、でございますよ?」
「―――っ!?」

 背後から殺気を感じ、咄嗟に横へ飛ぶ。
 頭があった場所に犬の顎が閉じられた。

(おいおい・・・・)

【―――マスターはあなたの能力を知っていた。それ相応の手だては立てておるのですよ、"東洋の慧眼"】
「なるほど」

 一哉はとりあえず袈裟斬りで妖魔を倒し、油断なく振り返る。
 そこにはまるで減っていない妖魔を従えた白自動フランス人形が日傘を肩にかけていた。

「お前がそうなのか?」
「いえいえ、私めのことでございますのことよ」
「―――っ!?」

 更なる殺気に一哉はその方向に炎の壁を展開し、念のために殺気の塊向けて<颯武>を走らせる。

「ゴフッ」

 唸りを上げて飛んできた槍は炎の壁を紙細工のように貫き、<颯武>と打ち合って一哉の腹に柄をぶつけた。
 肺の空気が放出され、肋骨が軋む。
 それでも一哉は動き、続く第二波を躱した。

【ヘレネ様もそうですが・・・・マスターの"東洋の慧眼"の準備で言えば再編された我々、≪クルキュプア≫でしょう?】
「そうですが、ここはこう言うものだと判断しました」
【だからといって手を出すことはないでしょう? ここは地下4階守備隊がお相手するべきです】
「いやいや、マスターは私めに出陣の下知を。それにあなたたちは"東洋の慧眼"以外がここに侵入した時の守備隊でしょうに」
【いいではありませんか。ここは暇なのです。参加させてくださいよう】
「拗ねてもダ・メ」
【うわっ。今、人形だと言うことにひどく安心しました。肌を持っていれば体中鳥肌で犯されていたことでしょう】

 両者は一哉を挟みながらどうでもいい話をする。

【「―――分からない方です―――っ!?」】

 何の予告もなく、両者を炎が襲った。だが、ヘレネは盾で、Biancoは傘でそれぞれ防御する。

「お前ら、俺を無視してていいのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】

 言い争っていた両者はゆらりと立ち上がった一哉に不穏なものを感じ、ゆっくりと戦闘態勢に入った。

「"炎獄"」

 一哉を中心に放射状に炎が拡がる。

「これは・・・・?」

 ヘレネがやや怪訝な声を出した。
 炎は崩壊したホームを焦がすことなく、一輪に拡がっていく。
 まるで照明かのように暗闇を鮮やかに映し出したそれは"不燃の炎"。
 一哉が初めて見て、そして、修得した炎術である。

「見つけたぞ、男爵」

 一哉はとある瓦礫の一角を見遣った。

「―――ふん、前は見られなかったが、なるほど。それが精霊術か。中でも最強の攻撃力を誇る炎術。・・・・この術式はさしずめ、戦場把握型、といったところか、ふむふむ」

「マスター、お手伝いします」
「ふむ」

 ヘレネが駆け出し、瓦礫の影から車椅子に乗った初老の男を連れ出してくる。

「≪クルキュプア≫。萩原兄弟の馬鹿どもと連絡が取れん。きっと倒されたのだろう」

 「使えない奴らだ」と吐き捨てた男爵は続けて人形たちに命令した。

「他の奴らがここに来るのを食い止めてこい」
【イエス、マスター】

 バッと数十の妖魔を率い、数十体の自動フランス人形が炎を突っ切る。
 おそらく地下3階への階段がある方へとそのまま駆け出した。

「久しいの、"東洋の慧眼"。些かその視力は弱ったそうじゃが、未だここにいられるだけの眼力と戦闘力はあるのだな」

 それを見送った男爵がゆっくり前進しながら言う。

「男爵こそ、少し耄碌(モウロク)したんじゃないか? あの時悟ったろ? もう二度と俺の前に現れてはいけないと」

 一哉の全身から昏い殺気が溢れ出した。
 それは第三者の心臓を握り潰すかのような重圧と凍て付く冷気を孕んだとんでもないものである。

「ああ、学習した。あのままではいけないとな。礼を言う、おかげでヘレネという最高傑作が出来上がった。やはり、敗北は人を成長させる」
「何?」

 視線をヘレネに向けた。

「お前はあのフランス人形たちとは違うのか?」
「はい。あなた様との戦いの後、マスターによって生み出された完全自律式自動人形試作第5号。通称、ヘレネです」
「自動人形・・・・」
「ええ。大地のマナを吸い上げ、それを増幅させることによって駆動しています。もちろん、マスターからの魔力供給が一番ですが、≪クルキュプア≫が大幅増員されたそうですから、マスター如き魔力ではお腹が空く―――アタッ」
「余計なことは言わんでいい」
「ああ、マスターの狭量がバレるから」
「解体されたいか貴様っ」

 一哉は茶番を待つような人間ではない。
 じゃれている間に準備を調えた一哉は炎弾を怒濤の如く吐き出した。

「効きませんよ」
「なっ!?」

 見事としか言いようがない。
 角度を変え、次々と襲い掛かる炎弾を両腕で弾き、潰し、吹き消したのだ。

(おいおい、火力だけなら国内トップってのは嘘じゃないのか?)

 さっきから炎術を防がれてばかりだ。
 他の炎術師など知らないので、炎術の威力は緋が情報源である。
 緋が「あれ? 違ったっけ?」とでも言えば、炎術の認識が根本から崩れることになる。
 そう疑うのだが、一哉の火力は間違いなく国内トップクラスだ。
 だがしかし、それを防ぐ彼らも規格外だった。

「ヘレネ、もはや話は不要だ。存分にやれ。この宴、貴様も主役だ」
「はい。―――では"東洋の慧眼"、僭越ながらこのヘレネ、お相手仕ります」

 スカートの裾を摘み、優雅に一礼したヘレネが踏み込みもなしに間合いに飛び込んできた。

「くっ」

 その体が宙にある状態から槍が迫り来る。
 その穂先を打ち払うように<颯武>で何とか弾いた。
 ヘレネは着地するなり盾に身を隠し、盾に空いた穴から連撃を放つ。
 残像を引いて見える穂先を捌きつつ、一哉は押されていた。
 もう、"炎獄"を保つ集中力を維持できるはずもない。
 辺りを覆い尽くしていた炎は鎮火するか、離れた場所で細々と燃え続けた。

(重いっ)

 "気"で身体能力を強化できる精霊術師か、強化系能力者でなければ正面からまともに打ち合うことすらできないだろう。
 それ以外の者ならば、無様に轢かれたカエルのように床にへばりつくことになる。

「ふっ」

 刺突と見せかけて投擲してきた。
 それを紙一重で躱わし、盾の隙間向けてこちらから刺突を突き出す。
 新たな槍が刃を弾き、くるりと旋回して石突が迫った。
 それをバックステップで躱わすと、さらに手首で回転させられた槍が円を描いて飛んでくる。

「チッ」

 刀で丁寧に叩き落とす間にヘレネは一哉の周りを走り出した。

「何を―――っ!?」

 瓦礫に隠れて配置されていた手槍を握り、次々と投げ付けてくる。
 その狙いは正確でしかも、速い。
 剣術の達人でもない限り、刀一本で防ぎ切れるものではなかった。
 あっという間に一哉の体には切り傷が量産されていく。

「てっ」

 足元の瓦礫を粉砕するほどの踏み込み。

―――ガァンッ

 突進力が上乗せされた恐ろしい威力を孕んだ穂先と膨大な"気"を纏った刀身が衝突した。
 余波が辺りで燻っていた炎を全て掻き消す。だが、そんな周りのことになど、気を配る余裕などなかった。
 それだけ、ヘレネの個人戦闘力は侮れないものなのだ。

「せいっ」
「ぐっ」

 振り回された盾を峰に左腕を当て、両腕でガードした。
 そのまま押し合いになるが、基本体力と力が違うので早々に遠慮することにしよう。

「っし」

 絶妙な配分で重心をずらし、ヘレネの力を流す。そして、ヘレネは自分が放っていた力を速度に変え、フロアに突っ込んだ。

「うげ・・・・」

 溝を掘り返すように滑っていく。しかし、ヘレネは全くダメージを受けた様子はなく、機敏に立ち上がった。

「はい」

 槍が数本、唸りを上げて迫る。
 冷静に弾道を見切り、命中する一本だけ弾き飛ばした。そして、反撃とばかりに炎弾を叩きつける。
 爆煙が生じ、ヘレネの姿を見失うが、一哉はとある確信を持ってその方向に渾身の刺突を繰り出した。

「よく分かりましたね」
「ふん、お前こそな」

 両者はしばし停止し、両者の健闘を称える。
 砂塵が晴れたそこには刀の切っ先を盾で受け止め、振り下ろされていた槍の柄を素手で握り取ったヘレネと一哉がいた。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 2人は同時に手を離し、数歩間合いを取る。

(大した名刀だ)

 打刀・<颯武>はこれまで何十体も妖魔や返り血で真っ赤になった人形を斬ってきた。しかし、返り血に塗れてもきれいなままである。

「さすが、接近戦闘だけでマスターを一敗地に塗れさせた者です」
「そりゃ、どうもぉ・・・・」

 <颯武>は刃が銀:蒼=9:1、鞘が黒:蒼=8:2の割合で調和し、見事な色彩だった。そして、闇を駆ける度に悲鳴と血が飛び散らせるが、それ自身は何の汚れも寄せ付けない高貴さを誇っている。
 今でも脂で切れ味が鈍ることなく、刀身のわずかな蒼みが醒めるような輝き放っていた。

「ですが、少々息が切れているようですね。運動不足ですか?」
「かも、なっ」

 一哉はヘレネを男爵から引き離すことに成功している。そして、≪クルキュプア≫は誰か――おそらくは晴也と綾香だろう――の迎撃に出払っていた。
 つまり、男爵の守りは手薄。
 それを見越し、一哉は一切の躊躇なく彼に炎を叩きつける。
 だが―――

「―――ふはははっ! 効くかそんなものッ」
【―――マスターには指一本どころか、如何なるものも触れさせません】

 どす黒く変色した傘を振り回して炎を蹴散らしたフランス人形は決意を込めた声で言った。

「チッ、まだ残っていたか」
「なるほど。油断なりません。貧弱なマスターを狙うとはなかなか」
「・・・・お前、ホントに吾の僕か?」
「失礼な。私めほど忠実な者を探すには地球の裏側まで行かねばなりませんよ?」
「南米にはウジャウジャいるのか、貴様っ」
「はい」
「肯定するなぁっ」

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふん)

 こんな馬鹿馬鹿しいやりとり、最後まで付き合う義理はない。
 早いところ斬り捨てたかった。しかし、彼の元までには目の前のヘレネを筆頭に多くの障害が存在するだろう。
 それを突破するにはやはり一気呵成の炎術が必要だった。だがしかし、それを封じられている。

(やはり、態勢を立て直してからにすればよかったか?)

 前に瀞の置き手紙で書かれていたことを思い出した。


『―――挑発を挑発と知りつつ乗るのは止めようね。いつか身を滅ぼすよ。だって、挑発だって分かってる意味ないからね』


(―――全くだ)

 この状況は極めて悪い。
 銃装はなく、炎術も蹴散らされた。ならば頼るは己の身と<颯武>のみ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 鍔鳴り。

「ほぉ、刀を収めるか」
「降伏ですか? 許しませんけど、泣き喚けば考えましょう」

 揶揄する男爵と背中から槍を取り出すヘレネ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 話すことなどない。
 挑発のスキルを与えられた人形風情にかける言葉などない。そんなもの、何の戦況打破にも繋がらないからだ。

 抜刀術。
 もしくは居合。
 本来は片膝を立て素早く刀を抜き取り、敵を切り倒す技で元亀・天正の頃に村崎重信に始まるという剣術だ。
 鞘に収めることで間合いを気取らせることなく、迎撃を主体に置く戦法だと一哉は認識している。そして、その他大勢もその見解を持っているであろう。
 そこが狙い目。

「・・・・ふぅ・・・・ふぅ・・・・」

 呼吸を調えて"気"を装填して制御する。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

(狙いはヘレネ。一撃を以て粉砕又は吹き飛ばし、従来通り二の太刀で男爵の首を刎ねる)

 作戦は簡単だった。
 それ故の盲点。
 炎術以外の"遠距離攻撃"―――

(師匠、【青は藍より出でて藍より青し】を見せてやろうッ)

 身に溢れる"それ"を刀身に注ぎ込み、並の刀では暴発するであろう量を受け、尚も健在の<颯武>の刀身が、鞘が淡く輝く。

「むっ」

 ヘレネが人形らしからぬ直感で何か感づいたのか、お手玉のように数本の槍を回転させ、徐々に数を増やしていった。
 その体勢左脚を前に出し、重心は右脚にかけている。

「せ―――」

(投げるか、ならば―――)

「―――蹴散らすまでっ」
「いぃっ」

 両者渾身の一撃は漂っていた塵を吹き飛ばし、残っていた瓦礫を倒壊させ、床や壁に亀裂を走らせる衝撃を持って激突した。










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