第三章「狂気の宴」/ 8
結城三兄弟。 結城宗家は一年前の戦い――鴫島事変で渡辺宗家と共に宗主を失った。 渡辺宗家は大人の渡辺真理が継いだが、結城宗家はそうはいかなかった。 直系の最年長が当時21歳だった宗主の長男だったのだ。 長い歴史を持つので幼少の宗主は何度もある。しかし、現代であり、昔よりも政治手腕が期待される宗主は落ち着きの出てくる年齢が最適だ。 21歳などまだまだ血の気の多い青二才でしかない。 だが、武勇の面では文句なしだった。 結城晴輝は鴫島事変後半、父の戦死を聞くや、家宝を持って護衛を連れずに敵へ突貫した。そして、それが終結への糸口となったのだ。 その戦功を称え、彼は退魔界に畏敬と畏怖の存在として"鬼神"と呼ばれている。 史上初の異属性ユニット――"風神雷神"の"風神"として次男である晴也も当時中学生ながら退魔界にその名を轟かせていた。 視認できない地点までも把握できる探索力に、獲物を捉えれば逃がさない追跡力を持つ"風神"である。 このような"神"の名を与えられるほどの戦闘力を誇る男どもに対し、長女――晴海は無名に近い。 だが、今でも旧退魔組織の、退魔界の重鎮でいられるのは彼女のおかげだった。 家中をまとめ、的確な命令を下す司令塔的な存在で戦闘力だけと言ってもいい兄よりも指導者向きと言えよう。 しかも、宗主秘書として兄の知り合いを拉致同然に招き、脅迫紛いで就職させもした。 内助の功、縁の下の力持ちなどの言葉が当てはまる役割を演じている。 結城三兄弟の風術には特徴がありありと現れている。 長男――晴輝はずば抜けた基本攻撃力。 長女――晴海は優れた統率力・統合力。 次男――晴也は広範囲・高密度索敵力。 『―――結城宗家で誰を一番敵にしたくないか?』 結城宗家をよく知る者たちは揃ってこう言うだろう。 ―――結城晴海、だと。 彼女の恐ろしいところは瞬時に対策本部を設置。 的確な指示の下、迅速な情報収集と処理、打開策の提示などなど。 実際、宗主である晴輝に事件の話が行く前に解決し、彼の下にはドバッと詳細の資料が届くだけのことが多い。 そして、彼自身、書類の整理が苦手なのでよく崩れた書類に埋まるのだ。さらに、悪戯心で書類を追加する彼女を止められる者はいない。 だが、彼女が一番恐ろしいというのは別の点にある。 それは風術――<風>にも発揮される統率力なのだ。 "風神雷神"side 「―――こ、これは・・・・」 「マジかよぉ」 ここは地下3階。 呆然とした声が粉塵の晴れた通路に響いた。 「あ、あれ?」 ペタペタと自らの体を触り、不思議そうに綾香は首を傾げる。 その横で晴也は膝を付きながら憎々しげな顔でとある方向を見ていた。 「遅せえよ」 「―――あら、それが命の恩人への言葉? ちょっと身の程知らずすぎない?」 バラバラになった人形を踏み越え、ひとりの女が姿を現す。 その後ろには十数人の男女も付き従っていた。 そのうちのひとりが晴也に駆け寄り、弓矢を渡す。 晴也はその準備の良さに不機嫌そうに黙り込んだ。 「晴海さん・・・・」 「やっほ、綾香ちゃん。早く治療しようね。けっこうな傷よ、それ」 晴海は綾香の傷口を指差し、戦場にいるとは思えない軽やかな声を発する。 「何者ですか、あなたは?」 「ってか、どうやってバズーカ砲の一斉砲撃からこいつらを守ったんだよぉ」 萩原兄弟は突然現れた晴海たちに腰が引けつつも問いかけた。 半減した≪クルキュプア≫も妖魔を連れ、彼らの元まで下がっている。 「質問はひとつにしなさいよ、全く。私はそこで這いつくばってる馬鹿の姉よ」 「這いつくばってねえよっ」 「それで二つ目だけど、もちろん風術よ? 私は風術師なんだから」 噛みつく晴也を無視し、晴海は嫣然と微笑んだ。 「有り得ません・・・・。風術は物理的攻防力のレベルは低いはず。そんな風術が苦手な地下で、それも地上戦闘最強とされる戦車を潰すバズーカ砲の斉射を防ぎ通すなんて有り得ないっ」 「はい、説明っぽい反論をありがとう。でも、我が家にはその有り得ない人がひとり、いるわよ?」 嫌味で前置きし、晴海は話し出す。 この場を完全に支配していた。 「ええ。"鬼神"のことは存じてますよ。1年前から滅多に外に出ないのは余りある【力】が暴走するといけないので軟禁という封印にあっていると噂もありますね」 「あははは。なかなか、合ってるかも」 もちろん、そのままの意味では不適切だ。 "アレ"を野放しにすればどんな傍迷惑なことが世間で起きているか分からない。 権力を持った愉快犯ほど手に負えないものはないのだから。 「で、結論。私も似たようなことができるのよ。―――ね、晴也」 意味ありげに晴也に視線を送る。 「・・・・ああ」 その視線を受け、晴也は目を逸らすようにして綾香の方を見た。 晴海が最も怖れられる点。 それは大規模術式の使用者であることだ。 術式は普通、術者の器量――従わすことのできる精霊量――によって強弱、また発動可不可が決まる。 これだけ言うと晴海は、晴也はともかく、晴輝には遠く及ばない。 だが、彼女はある条件さえ整えば晴輝に匹敵することができるのだ。 その条件とはひとりではなく、周りに分家を配して戦うことだ。 分家はひとりひとりが精霊を従えているが、周りに晴輝がいればその制御を奪われてしまう。しかし、晴海とならば共存できる。―――傘下に入るという状態で。 つまり、晴海は分家の保有する精霊をいちいち、自分のものにせずとも自由に使うことができるのだ。 その利点はひとりの時よりもはるかに広い範囲にいる精霊を使役できると言うことである。 これは時に晴輝単独であるよりも多くの<風>を集めることがある。そして、晴海にはその膨大な<風>を各司令塔――分家術者――に命令するだけで制御してしまうのだ。 術者の保有する<風>組織化。 それが結城晴海という風術師の恐ろしき点である。 「地下では<風>の大部分は地上に逃げようとしてなかなか術者の言うことを聞かないのよ。でも、地上から従えて来たなら短時間なら大丈夫よね?」 水を煮詰めると沸騰して水蒸気になるが、全て水蒸気になるまでには時間がかかるという理論。 「ここにいる私たちが連れてきた<風>を統合すれば、地上にいる時よりも遥かに多い<風>が手に入る。そして、それを私が統率すればかなりの<風>がひとつに集まると思わない?」 つまり、彼女が地下に行っても分家術者たちも一緒にいれば、地上と変わらぬ風術を扱うことができるということだ。 「だから、どうしたんだよぉ。結局、風術の脆弱さは変わらねえよぉ」 不満そうに反論してきた。 「ええ、そうね」 それにはっきりと同意する。 「でもね、たったひとりの統治者よりもとある区画で分割統治した方がよりよい政治ができると思わない? 国と自治体みたいに」 「・・・・何が言いたいのですか?」 遠回しの言い方にやや苛立っているようだ。 「効率化が進んでるため、晴也が使う精霊と同じ量でも私の方がすごいことができるってわけ。それが私の特徴である大規模術式なのよ」 にっこりと笑う。しかし、それは見る相手に衝撃を与えるものだった。 「ま、まさか・・・・今のあなたは"鬼神"と―――」 「肩を並べるわね、これだけアンテナあると」 「「―――っ!?」」 "鬼神"の名はさすがに強力なようだ。 伊達に単身で完全武装の原子力空母と戦えると言われるだけのことはある。 「・・・・・・・・・・・・・・・・ホントなの、晴也」 にわか信じられない、と言った口調で綾香が晴也に尋ねた。 「・・・・ああ、さっきの術式」 晴也は分家から渡された弓矢を弄りながら言葉を選ぶ。 「あれは風術の高位中の高位で兄貴か、分家を10人以上連れた姉貴しか使えないんだよ。地下だから破壊力と規模をだいぶ縮小するなんて神業的なテクニックも入れてな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何と恐ろしきかな、結城三兄弟」 "覇雲轟渦" 風術最高攻撃術式と言われる最高位に位置する術式である。 普通ははるか上空から豪風が回転しながらドリルのように地上に舞い落ちるのだが、晴海はそれをアレンジした。 バズーカ砲が2人に着弾する瞬間、2人をドリルのような豪風が包み込んだ。 それはカーテンのように天井から床までをびっしりと封鎖し、砲弾も爆風も破片も全て弾き飛ばす。 堪らないのはその外にいた≪クルキュプア≫と妖魔たちだ。 余波を直で喰らい、その過半数がガラクタと屍と化した。 「撤退ですっ。"鬼神"級は私たちには荷が重すぎますっ」 「おうよぉっ。おら、ずらかるぞ」 決断早く、彼らは身を翻して走り出す。そして、生き残りの妖魔と人形たちもその背中に続いた。 「ああ、その様子じゃ忘れているようね」 晴海は<風>を使い、彼らの耳元で囁くように言う。 「私、"地上と同じくらいの<風>を連れてきた"のよ?」 「だから、どうし―――」 振り返った将太が思わず足を止めた。 「ああ? 将太、どうしたんよ―――」 兜太も一緒に凍り付く。 危険を察知したBiancoたちは防御陣を組み、Neroは銃や銃器になっている体部分を構える。 因みに赤自動フランス人形――Rossoは全滅した。 【撃つ――― 】 引き金を引こうとした人形の額に矢が突き立つ。 「させやしねえよっ」 晴也は持てる矢を全て動員しての連射を開始した。 それによって次々と人形が矢だらけになっていく。 元々、弓矢は速射性に優れる武器だ。だが、それは面制圧をする時の戦術で、晴也のように百発百中を可能にするほどではない。 "気"によって矢の威力、番えるスピードなどは加速されているだろうが、その分、構えてから狙いを付け、放つという大事な動作をほとんど一瞬でやっているのだ。 術者だからできる芸当だが、術者だからと言ってできる芸当でもない。 「やん♪ 晴也ってばカッコイイ♪」 「気が散るわぁっ」 両拳を顎の下で握り、猫撫で声で言った姉に渾身のツッコミを入れながら放った矢は、今まで矢を弾き続けていた日傘を貫通し、その胴体をも貫いた。 「チィッ、将太。オレたちだけでも逃げるぜぇ」 「分かりましたっ」 彼らが真に怖れているのは神業を披露する晴也ではない。 その横に控える少女だ。 「あ、無理よ。晴也が補助術式でこの辺り一帯を封鎖したから。その通路には入れないわよ。相変わらず、いい仕事ね」 晴也は攻撃が貧弱な代わりに様々な補助系統の風術を修めていた。 ここは地下とはいえ、結城の術者たちが持ってきた<風>がある。 晴海のように全てを効果的に使うことはできないが、分家から支配権を奪い取り、自らの内に取り込んでしまえば、地下も地上も関係ない。 「さっすが、"風神"♪」 「うるせえっ」 晴也はさっと弓をわずかに上向けた。 その鏃が指す方向には布陣する自動人形隊を飛び越え、力ずくで術を破壊しようと剣を振り上げる兜太がいる。 「兜太っ」 「ぬ!? うおおおおおっっっ!!!!!!!」 兜太は狙われていると知ると妖刀――<萩原>に【力】を注ぎ込んだ。そして、体全体が硬質な輝きを放つ『剣』に覆われる。 高い金属音を発し、矢は兜太に弾かれた。そんな攻撃目標を変えたという隙を衝き、Neroが攻勢に出ようとBiancoの影から銃口を出す。 「待ってたっ」 晴也が狙いを定め、生き残りのNero4体の銃口を射た。そして、銃口に突き刺さった矢は弾を食い止め、銃身内で暴発を起こさせる。 「もういいわよ、晴也」 【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】 スパーク音と共に綾香が晴也に告げ、晴也は弓を下ろした。 ≪クルキュプア≫は押し黙り、その奥の萩原兄弟は恐怖に引き攣った表情で淡い光をまとった"雷神"・山神綾香を見つめる。 「気づいたのが遅かったわね」 全身から迸りそうになっている高圧電流を抑えながら言う。 「あたしはアンタたちが晴海さんの話に夢中になってる間、晴也からアイコンタクトを受けてずっと攻撃用意してたのよ」 途中から気付いていた。 だから、撤退しようとしたのだ。 「好奇心に駆られて晴海さんの話を聞いた、アンタたちの負けよ・・・・っとと」 「大丈夫か?」 よろけた綾香を晴也が支えた。 「大丈夫。でも、これ反動強いからアンタ、砲座になりなさい」 「・・・・へいへい」 後ろから抱き締めるような形で綾香を固定する。 「・・・・なんか変な体勢だけど、今回は許してあげるわ。―――兄弟さん」 ビクッと2人は震えた。 彼らを守るためか、ジリジリと人形と妖魔は彼らを囲むような形で展開する。 妖魔は本能で感じ取っているかもしれないが、人形たちは怯んでいなかった。 「チャンスをものにできなかったことを悔やんで来世はがんばりなさい」 「「―――っ!?」」 将太が念動力を総動員して辺りの瓦礫を操作する。そして、兜太もまた常人には不可能なスピードで妖刀を振りかざして突撃してきた。 「無駄よ」 すっと右の掌を突き出し、その手首を左手で握る。 「はぁっ」 「おおおおおおっっ!!!!」 瓦礫が雪崩のように向かってきた。 その後ろを全身から剣を生やした兜太が急速に距離を詰めている。さらにその後方から何かを感じ取った妖魔が駆けてくる。 「滅びよ」 綾香の全身に蓄えられていた【力】が一点――掌に収束する。 「―――"龍霆轟閃"」 「「―――っ!?」」 【――― 】 世界が無音と白によって占拠された。 藤原秀胤 side 「―――全員、降下しました」 「ええ。では、降下装備品の点検を」 「はっ」 地下3階。 藤原はミサイル攻撃で新たな進路を構築。 従来の侵攻路に伏している伏兵の掃討及び、先に敵首魁と接触し、結城宗家を出し抜くことを作戦の目的にしていた。 降下した部隊は藤原が近畿支部長に赴任後、設立した近畿支部の虎の子だ。 「それにしても、ここは死体が少ないですね」 藤原は周りを見つつ、報告よりも人的被害が少なそうだと思った。 「部長、それは駐車場が占める割合が大きいからでは?」 部下のひとりが見取り図を思い出しながら言う。 「なるほど。事件発生時、他と比べて人が少なく、車の出入り口もあるので避難しやすかったんですね」 「ええ、ですから・・・・その、1、2階は想像を絶するものだと思います」 「いえ、一番ひどいのは地下4階かもしれません。確か、4両編成の地下鉄が被害に遭っているはず。ですから・・・・」 「千人を超えるかもしれませんね、死者が」 「・・・・ええ。まったく、これだけの大惨事がただの怨恨が原因で起こったなど、信じられませんね」 「怨恨を馬鹿にはできませんよ、部長。あれはヒトに人を止めさせますから」 「・・・・そうですね。失言でした」 藤原は若いながらも退魔歴は長い。 SMO内でもエリート階段を駆け上がっている彼はそれに見合う戦闘力や指導力、経験を持ち合わせているのだ。 人が犯す裏世界で犯罪はそのほとんどが怨恨である。 彼らは彼らこそ世界であり、周りのことは考えない。 考えるのならば最初から事件など起こさないだろう。 「部長、全て整いました」 「分かりました。では、皆さん、地下4階を目指し―――」 【―――させない】 『『『『『―――っ!?』』』』』 一瞬で戦闘態勢に移行する特務隊に満足しながら藤原は声の方向を向いた。 声は暗闇に包まれた通路の奥からである。 【地下3階に配した部隊は戦線離脱できないので地下4階から来させていただきました】 丁寧な物言いながらくるくると回りながら現れる白自動フランス人形――Bianco。 その後ろにはぞろぞろと自動人形たちが続いていた。 【宴に参加できなかった憂さ晴らしとして、踊っていただけますか?】 日傘をすっと振り上げる。 同時に彼女の背後から同じBiancoが飛び出し、その後ろに黒自動フランス人形――Neroが黒光りする銃口を構えた。 【Buona giornata(よい一日を)】 銃撃が始まる。しかし、その第一射が隊員を捉えることはなかった。 全員が持ってきた盾の後ろに避難するか、瓦礫の背後に伏せる。そして、自らの武装をフルに活用して反撃を始めた。 暗闇に閃光が瞬き、轟音が地面を揺るがせる。 「撃て撃てっ」 【―――っ!?】 いくつもの弾丸が攻撃したはずの≪クルキュプア≫に命中した。 訓練された部隊は一度撃った場所からは銃を出さない。 常に動き、無駄のない射撃を繰り返していた。 特務隊は普通の部隊よりも異能者の割合が高く、時折銃弾に混じって人形にそれらが襲いかかる。しかし、それでも人形部隊は倒れず、両者の戦いは乱射戦に移行した。 「部長、このままでは突撃は無理じゃないですか?」 「・・・・そうですね。―――ん? あれは・・・・」 銃撃戦の最中、彼が見つけたのは搬入エレベータである。 「電力、通ってますね」 ついてきた部下が銃を構えながら、明かりが点いていることを示した。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・木村隊はこれを使って先行して下さい。地下4階の敵がここにいるならば下は手薄です。残りは迎撃。・・・・いえ、撃滅ですっ」 『『『『『オオゥッ!!!!!』』』』』 隊長の指示に特務隊は動き出す。 8人が銃撃を続けながらエレベータの方に向かった。そして、それを援護するように他の隊が動き出し、盾の隙間を縫って人形を破壊する。 「後藤隊は右へっ、大谷隊は正面をっ」 「「了解っ」」 訓練度などの命中力・指揮力で言えば特務隊の方が上だった。 故にSMOが積極的に動き出した時、銃撃戦は次第にSMOが優勢になっていく。 「隊長、では行ってきますっ」 木村以下8名がエレベータドアの向こうに消えた。 【く、仕方がないです。退場者は無視し、残った方を第二ステージにご案内しましょう】 「なっ!?」 何かが瓦礫に直撃し、隠れていた隊員もろとも吹き飛ばす。 「バズーカ砲だっ」 「くそっ」 「火力が足りないぞっ」 崩れることのなかった特務隊が思わぬ強兵器に戦いた。 「ぐふっ」 「大村っ!? な、こいつどこか―――ぎゃあっ」 断末魔が聞こえ、それが混乱に拍車を掛ける。 【―――死ネ】 瓦礫が崩れたことで生じた粉塵に隠れ、大鎌が背後から振り下ろされた。 「くっ」 その大鎌の柄を咄嗟に能力――"物質硬化能力"で強化した拳でへし折り、もう片方で人形本体を粉砕する。 「落ち着いて下さいっ」 藤原は銃撃戦からいきなりの白兵戦に持ち込まれ、効果的な反撃ができなくなっている隊員に叫んだ。 彼自身も状況は分からない。しかし、混乱していては分かるものも分からないのだ。 「部長、どうやらまんまと策にはまったようですっ」 「何ですって?」 【―――見抜けなかったのですか? 私たちがあなたに姿を見せてから攻撃するなど愚の骨頂を本当に犯すと? 私たちは陽動で別の部隊が展開していることなど、少し軍事にかじった者ならば分かって当然でしょう?】 爆煙の向こうから敵大将が話す。 【やはり"東洋の慧眼"は特別ですか。残念です、宴に参加したかった】 心底残念そうに呟いた人形は動き出した。―――言うまでもなく、特務隊の殲滅を目指して。 (くっ、このようなところで・・・・っ!?) 「―――くぬあっ!!!!!」 奇声と轟音が両者の会話を遮った。 【何事!?】 突撃を始めていた正面の人形――≪クルキュプア≫たちだけなく、抗戦していた特務隊も全てがそちらに意識を向ける。 「―――あーあ、危うく生き埋めになっちゃうとこだったよっ」 「助かった。偉いぞ、お前」 「えへへ」 「女童、お前は何を放心している?」 「・・・・・・・・・・・・っていうか、私はこの娘を前にしても女童と呼ばれるの・・・・ってあれ?」 瓦礫の山を半ば燃やし尽くしながら吹き飛ばし、その下から出てきたのは3人の女だった。 ひとりは明るい緋色の髪の毛に赤と黄色といった派手な膝丈の着物を着た童女。 ひとりは長身にポニーテール、Tシャツにジーンズといったラフな格好の女性。 ひとりは平均身長より低く、艶やかで黒い長髪の夏らしい普通の服を着た少女。 「私たち、ものすごく空気読めてない人たちみたいじゃないかな?」 少女が小首を傾げながらビクビクして言う。 確かに誰もが戦場に似つかわしくなかった。 【炎術師・・・・。あなた、"東洋の慧眼"の仲間っ】 Neroがバズーカ砲を3人に向ける。 「逃げ―――」 藤原が叫ぶ前にバズーカ砲は発射され、残らず緋色の壁に阻まれた。 「でも、しーちゃんっ、こいつら一哉の敵だよっ」 「し、しーちゃん?」 「うん、瀞だから『しーちゃん』」 そう言いながら童女は次々と炎弾を放ち、≪クルキュプア≫を攻撃する。 その大部分がBiancoに防がれるが、爆風で吹き飛ばしていた。 もちろん、爆風でSMOも被害に遭うが、気にしていないというか、狙ってやっているようだ。 「女童、どうやらここは戦わねば出られぬな。それに向こうの人間には生き埋めにされ掛けた怒りもある。ここは気にせず双方ともブチのめせばいいのではないか?」 瓦礫にあったのか、鉄パイプを握り締める女性。 「しーちゃん、こっちの人形は一哉と戦いに行くし、こっちの人間は一哉の邪魔をしに行くんだよ?」 まるで悪魔の囁きかのようにその言葉は少女に浸透していく。 幻覚ではないだろう、童女の纏う炎が三角形の先を持ったしっぽのように揺らめいているのは。 【―――じゃま 】 背後から襲い来た人形を振り向きざまに手にした光で一刀両断する少女。 その顔は先ほどまでの戸惑いを振り切ったような輝きに満ちていた。 「そっか、そうだよね。一哉のためだよね、うんうん」 少女は青白く輝く剣を手に、しきりに頷いている。 「ああ、純真な心が汚された瞬間を見たっす」 「馬鹿なことを言ってないで巻き込まれないように―――」 藤原は急いで指示を飛ばし出した。 「行くよ、しーちゃんっ」 「うんっ」 「守りは任せろ」 何やらやる気満々の3人に藤原と同じように嫌な予感を抱いた者たちが動き出す。 「あかねちゃん、すーぱーすとろんぐふぁいあーっ」 やけに可愛らしい発音と共に飛来するのは火の玉。 「迎撃ですっ」 【反撃・・・・】 「わ、私だってやるんだからっ」 それが薬玉のように弾けた時、三つ巴の戦いが始まった。 |