第三章「狂気の宴」/ 7


 

(―――午後2時24分、ですか。少し準備に時間がかかっていますね)

 地下鉄音川駅上空にはSMOが所有する黒塗りのヘリコプターが旋回していた。
 それはアメリカ陸軍のAH−64A アパッチのような攻撃ヘリではなく、多用途ヘリコプターだ。
 操縦士2人、その他の乗組員12名という隊員移動もできる、万能型戦闘ヘリである。しかし、やはり上空での機動力は軍用ヘリと違って低い。
 それでも、初撃の上空からのミサイル攻撃は地上戦力を一掃するもので絶大な威力を誇るのだ。

「―――準備整いました」

 ローター音が轟く中、操縦士の声がヘリ内に響いた。
 一気に緊張感が高まり、乗り込んでいる隊員のほとんどが下を見下ろす。
 ロータリー方面では未だ救助された一般人の医療活動が行われていた。そして、駅に至る全ての出入り口に黒塗りの車両と同色装甲をまとった一般隊員部隊の姿が見る。

「各方面、報告を」
『―――突入準備完了』『いつでもどーぞっ』『装備、できました』『OK、OK』

 地上突入路は東西南北の4つ。
 各出入り口には30人以上の武装した者たちが展開していた。

「これより、強襲作戦を開始します。今回は各エリアの制圧を目的としていますので突出しても助けることは難しいと思ってください」

 受け取り方では過酷とも言える命令だろう。

『『『『了解』』』』

 一斉に返答が無線から聞こえた。

「やってください」
「はいっ」

 藤原は操縦士の方を向き、丁寧に命令する。
 操縦士がヘリを調節し、腹部に取り付けたミサイルを駅地上部分に向けた。そして、発射ボタンに親指が軽く置かれる。

「OK」
「ええ」

 藤原は後ろの降下準備をしていた部下を見遣り、辺りを見回した。
 他2機のヘリは攻撃ポイントの上空を旋回している。

(・・・・・・・・よし)

 各機体のリーダーからのOKサインを目視で確認し、藤原は駅舎を見下ろした。

「撃て」

 わずかな衝撃がヘリを震わせる。
 各ヘリの下腹部から少々の時間差を持ち、計16発のミサイルは発射された。

―――ドドドドドドドドドドドドドッッッッッ!!!!!!!!!

 まず地上部の駅舎を粉砕し、次に地下1階の天井を打ち抜く。
 続いて地下1階のフロアを蹂躙し、地下2階の天井を打ち砕いた。
 ここでミサイルは全て着弾したが、3階分の瓦礫がその重量を以て地下3階の天井を押し潰した。
 崩壊で大量の粉塵がもうもうと舞い上がる。だが、それは近付いたヘリの風によって吹き飛ばされた。

「地下3階への道は開かれました。我々特務は敵本隊強襲作戦に出ます。―――降下っ」

 無線で指示を出した指揮官――藤原はワイヤーで降下する部下たちを見遣る。

「晴海さん、陽動ありがとうございます」

 真っ正面から馬鹿正直に突っ込んだライバルとも言える女性に一礼すると、彼自身も降下を始めた。






渡辺瀞 side

「―――あの、蔡さん・・・・でいいですか?」
「好きに呼びな。私は気にしない」

 瀞と蔡、そして緋は地下3階から地下2階に向かう通路を歩いていた。
 そこらかしこから爆音が聞こえてくるのは、ここまで制圧側が攻め込んでいるということだろう。

「はぁ・・・・一哉の、師匠なんですよね?」
「・・・・ああ、小さい頃に武術を教え込んだな。あの頃はあいつの親父が知識を、私が戦闘を担当してたな」

 何かを思い出したのか、くすりと笑った。

「知識を吸収していくごとに戦い方に素直さがなくなっていってね。訓練場に行く途中で伏兵にあった時は驚いたな」

 まったく一哉らしい。

「その伏兵が本人じゃなく他人だということに仰天してから倒したぞ」
「倒したんですか!?」

 ますます一哉らしいが、この人もどうかと思う。

「あんな姿を見てしまってからだと、余計にその頃が懐かしいね。白いハンカチが黒く染まっていくあの時が」
「・・・・えーっと」

 何も言葉がなかった。

「その頃はまだ、炎術使えたんですか、一哉は?」
「・・・・いや、私があの親子と知り合ったのは炎術を封じた後だ。だから、さっきは驚いたぞ? 噂に聞いていた精霊術師の【力】を目の当たりにした時は」
「え? え?」

 蔡は笑いながら瀞の頭を撫でる。

「ありがとう、守ってくれて。助かった」
「あ・・・・」
「それと、お前もだ」

 蔡は先行する緋の背中に声をかけた。

「んぅ? 別に、あかねはいちやの言うことを聞いただけだよ」

 ニコッと笑う緋には先ほど一哉とともに現れた時の悲しみの面影はない。

「では、弟子に何があった? 噂通りならばあのような刀一本で行かずに戦力を整える。もしくはこの国の優れた退魔機関に任せ、静観を決め込むだろうに」

 確かにそうだ。
 一哉はこのような周到さを備える敵に無謀とも言える突貫を選ぶような性格ではないはずだ。
 何が、一哉を先走らせているのだろうか。

「・・・・ううん、仕掛けてきたのはいちやの中東での敵なの」
「中東の? ゲリラの時か・・・・」

 蔡は腕を組み、弟子の過去を語った。。
 どうやら一応別れてから何をしていたかは知っているようだ。

「蔡さんは一哉が傭兵してたの知ってるんですか?」
「ん? ああ、厳一から聞いてね。ここに来たのも厳一から連絡があったからだ」

(やっぱり、私と同じだ)

 瀞も一哉の父――熾条厳一に一哉の過去はそれとなく教えられた。

「つまり、これは敵から一哉への宣戦布告であり、それを受けたために奴は自分の今の戦力で邪魔する者は斬り捨てながら進んでいるわけか?」
「そうだと思ってたけど、少し違うみたい」
「何?」
「え?」

 当たり前と思っていたことを緋が否定し、それに対する戸惑いの声を出す。

「そのいちやなら最大戦力のあかねを2人の護衛になんかしないよっ。いちやはまだギリギリであの時のいちやになってない。それは確実に"ここ"での生活がいちやを変えたんだっ」

 うれしそうに頬を紅潮させ、胸の前に握り拳を作って緋はやや熱っぽく語った。

「変え、た・・・・?」

 あのマイペースな一哉が変わったというのだろうか。

「うんっ。2人を見捨てられなかったから、あかねを遣わしたの。だから、その・・・・作戦とかそんなのなく、本当の力攻め、しかも、戦力不足になってるかも・・・・」
「大変っ。助け―――」

 走り出そうとした瀞の目の前の空間が爆ぜた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
「行かせないよっ。いちやのためにっ」

 緋は腕に炎を纏わせ、瀞を牽制している。

「でもっ、でも、多勢に―――」


「―――精霊術師はどんな戦いをするの?」


 落ち着いた声音。
 今までと全く違うベクトルで話す緋に瀞は呑まれた。

「・・・・一対多」
「そう。特に炎術師は、ね。それに、いちやはたぶん暴れるよ。周りを全て焼き尽くす。だから、ここにいて。もういちやは止まらない」

 緋は陶然と主人のことを思い浮かべながら言う。

「意志を持った溶解炉。中に閉じこめた者をドロドロに溶かすまでは決して止まらない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あかねは、ようやく、思う存分炎術を使えるいちやを邪魔したくないの」

 炎を乱舞させ、語りかけるように瀞を見る緋の瞳が変わった。

「―――ねえ、そうだよね?」

 光彩が縦に伸び、横に細くなる。
 それに呼応して炎の輝きも増した。

「・・・・ッ」

 は虫類のそれに酷似した瞳に見つめられた瀞は、一歩後退る。
 頷かねば覚悟して、とでも言うような視線の前に、頷く以外の選択肢はなかった。

「・・・・・・・・・・・・うん、分かった。今回は一哉の邪魔はしないよ」

 瀞はやや引きつりつつも笑顔を浮かべた。
 それを見て、緋も満面の笑みに表情を変える。

「じゃあ、上に行こうか。・・・・でも、そこ途中で妖魔とか人形を見つけたら戦おうね」
「うんっ」

 炎を消した緋は本当に嬉しそうな表情を浮かべた。

「ん?」

 そんな2人を微笑ましく見ていた蔡はふっと天井を見上げる。

「何の音―――」


―――ドガガガガガガッッッ!!!!!!!!!!


 轟音と共に、天井が落ちてきた。






熾条一哉 side

 パチパチと燃え盛る劫火。
 それは容赦なく妖魔の躯を焼いていき、断末魔を残してこの世から焼滅させていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】

 向かい合う両者は無言。
 一哉の手には武器はなく、ズボンのポケットに手を突っ込んだまま。しかし、この周囲全体が彼の能力――炎術によって包囲されてた。
 対するフランス人形はわずかに生き残った妖魔と指揮棒のみ。

【おどろいた。まさかようまをしりぞけるなんて】
「馬鹿言え。別に完全に消す訳じゃない。犬の構造をしているということはそれがもっとも奴らの形状に近いと言うこと。ならば武器は爪と牙。脚と顔を潰せば生きていようと戦闘不能だ。後はじわじわと焼いていけばいい」
【・・・・・・・・・・・・・・・・】

 人は時に反撃を恐れて敵を必要以上に攻撃することがある。
 それもまだ声や動きがあるなら尚更。しかし、一哉は冷静にそれを見切り、二度と立ち上がらないことを看破して次の敵に向かう。
 一哉が習得しているのは敵の"殺し方"ではない。敵の"壊し方"だ。
 故に一哉は分析する。
 全ての情報を考察し、最善の道を探し、それを実践する。
 熾条一哉にとって戦場では心はいらない。
 全てが事実を見つめ、全てを数値化する。
 そこに心などという幻想はいらない。
 現実のみを見据える最良の選択のために。
 希望的観測、楽観主義を捨て去り、合理的・客観主義を採用する。

(妖魔だけってことはないな。ならば妖魔は囮の可能性が高い)

 瞬時に考え、そして、行動した。

【【―――覚―――      】】

 予想できるなら実践。
 死角から現れた赤自動フランス人形2体を炎にて焼き尽くす。

【な―――     】

 そして、同じように指揮官にも炎を叩きつけた。

「焼き尽くせ」

 ゴウッと火勢が増し、逃げ遅れた妖魔の断末魔が空間に響き―――消える。


「―――お見事です」


 パチパチと拍手が鳴り、一哉はその方向を見た。

「さすがはマスターが執着する方、≪クルキュプア≫では止められませんか」

 メイド――ヘレネが姿勢正しく立っている。―――炎の余波を受けながら。

「お前か・・・・」
「はい。お迎えに参りました。マスターは最下部――地下4階に引き籠もってます」
「・・・・・・・・・・・・お前、微妙に失礼な奴だな」
「はい? 本当のことを申してはいけませんか?」
「いや、どうでもいい」

 会話を打ち切り、一哉は無造作に炎弾を飛ばした。

「・・・・いきなりひどいじゃないでしょうか」

 炎を防いだ盾を下ろしながらヘレネは言う。

「へぇ、お前は接近戦か?」

 ヘレネが一瞬のうちに持っていた武器は半径30センチほどある円形の盾と持ち槍と呼ばれる槍だった。
 中世ではなく、古代ギリシャの武装。

「とりあえず、この辺りは戦いにくいでしょうから、下へ参りましょう」
「ああ、そうだな。―――って誘われると思ったかっ」

 一哉は"気"を足の裏で爆発させ、勢いよく飛び出してヘレネを目指す。

「・・・・本当にいきなり」

 すっと重心を落とし、盾を前に出した。

「せっ」

 一哉も重心を落とし、腰に佩いていた打刀――<颯武>を居合いの要領で引き抜く。

「「―――ッ」」

 刃と盾が激しくぶつかり、火花が散った。そして、その火花は突如燃え上がり、ヘレネ向けて襲い掛かる。

「・・・・っ」

 ヘレネは持ち槍を一閃し、炎を蹴散らすと同時に盾を押し込んできた。
 見た目に反する力に押し返された一哉は盾をいなして後退する。
 盾が床に激突し、その重量に耐えきれなかったタイルが破砕され、床に大穴を空けた。

「ふっ」

 その隙を衝き、<颯武>を一閃させる。
 軌跡から迸った炎は三日月のような形でヘレネの首へと迫った。

「・・・・・・・・・・・・」

 不可避と思われた炎をヘレネは右脚を踏み出し、右手に持っていた槍をバトンのように回し、受け止める。

「あ・・・・」

 しかし、衝撃は殺しきれなかったのか、体は左へと回転を始めた。

(好機っ)

 再び"気"を爆発させ、その反動で高速スタートを切る。
 刀は刺突の構えを取り、背中を穿ち抜こうとした。

「せいや」

 やる気の感じさせない声でヘレネが左脚を軸にして独楽のように回転する。
 さらにその遠心力を孕んだ外殻――右腕を霞むほどの速さで振り下ろした。

「―――っ!?」

 強烈な殺気を感じ、一哉は急遽進路を変更。
 恥も外聞もなく、思い切り地面に転がる。
 一瞬前に一哉がいた場所を高速で細長い物が通過し、十数メートル先の壁を粉砕した。

「な・・・・」

 それは彼女が持っていた持ち槍だ。
 彼女は炎の衝撃にて回転して遠心力を付け、思い切り投げ付けるという高度な戦術を披露したのだ。

「おしい」

 ちっとも悔しくなさそうな声音でヘレネは無造作に右手を一哉向けて突き出していた。

「くっ」

 再び床を転がり、いつの間にか持っていた槍を回避。
 手を床に叩きつけ、その反動で立ち上がった一哉は穂先で深々と床をえぐったヘレネを見遣る。そして、視界にヘレネを入れた状態で先程まで彼女が立っていた場所を見た。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 左足があった地点はあまりの摩擦力に焼け焦げ、煙を上げている。

(・・・・何て機動力。それに、あの槍は投げ槍も兼ねてるのか。ってか、どこにストックがあるんだ?)

 そう思いながら、一哉は前とは違う戦闘方法に戸惑っていた。

(『井の中の蛙』とはこのことか・・・・)

 ことわざを出し、今の状況を表す。
 以前、ゲリラ活動をしていた時は物理法則を無視できる敵などいなかった。しかし、一哉自身は"気"を使い、超人的な戦闘力を保有していたのだ。
 それがこの世界では崩れている。
 根本から科学界の対極に位置する退魔界。
 そこは表の法則に囚われない化け物たちが住む世界だ。
 これまでと同じ戦い方では―――死ぬ。

(どんなに優れた能力だろうと、使い方が悪ければ無能だな)

 一哉は"気"を滾らせ、<火>を集め始めた。
 その"気"は守護獣を宿して生まれてきたため、炎術師だけに問わずして文句なしのトップレベルだ。
 膨大な"気"に誘われて急速に集まる<火>は一哉の周囲で次々と顕現し、闇の中で閃光に等しい輝きを放つ。

「喰らえっ」

 十数個の炎弾が様々な軌跡を描き、ヘレネ向けて突撃した。
 一個一個が壁に大穴を空けるほどの威力を有しており、一撃必殺と言っても過言ではない。

「弾幕のつもりですか?」

 現代兵器をも粉砕する【力】を前にヘレネは怯むことなく、盾と槍を握り締めて迎え撃った。

(これはやはり・・・・耐火能力か?)

 炎は回転する盾と槍に払い除けられている。
 一哉は強大な精霊術に抗するため、多くの防御術が編み出されていることを直感的に感じ取っていた。
 国内有数の火力を誇る自分の炎を防ぐ盾と槍は間違いなく、その産物であろう。

(と、いうことは・・・・)

「男爵は俺が炎術師であることを知っているのか?」
「当然でしょう? あなたは【熾条】だ。炎術師でないはずがない。前回はその神秘を出し惜しみしていたようですが・・・・今回は遺憾なく発揮しているようですね?」

(チッ)

 以前よりも戦力が増強しているが、炎術を出せば勝ちは間違いないと判断していた一哉の作戦は根本から崩れた。
 男爵ほどの男が中途半端な対策で仕掛けてくるわけがない。
 炎術は≪クルキュプア≫ならまだしも、明らかにレベルの違うこのヘレネと彼には効かない可能性が高いだろう。

「ってか、お前は何だ? フランス人形たちとは違うようだし・・・・ヒトでもないだろ?」
「・・・・ああ、申し遅れていました。私めはマスターの侍女を務めていますヘレネと申す者ですよ?」

 盾と槍を構えたまま、ペコリと斜め四十五度に腰を折った。

「さて、邪魔な炎を吹き消し終わったことですから、マスターの下へとご案内を致しましょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」

 質問に答えず、背中を向けて歩き出したヘレネに無言で炎弾を撃ち込む。

「あーれー」

 ふざけているとしか言いようのない声を発しながら、ヘレネは地下4階に通じる穴へと落ちていった。



 時刻は午後2時30分。
 地下鉄音川駅が裏の戦いに巻き込まれてから約2時間が経過している。
 戦場は全てのフロアに波及し、地下1階がSMOの大軍によって制圧されようとしていた。
 さらに結城宗家の戦力が地下2階に達していることはSMOも把握しているし、敵の大将格と"風神雷神"が地下3階で大激闘を演じている。
 藤原率いるSMO近畿支部特務隊も天井を崩壊させ、新たなルートを構築して地下3階に達し、瀞たちはその崩壊に巻き込まれていた。
 結界の張られたロータリーには医療班や補佐の者たちを含め、数百人が待機している。

 そんな中ついに"男爵"と"東洋の慧眼"は出会おうとしていた。

 すでに報告されているだけで数百を数える死者が出ており、それはまだまだ増える予想だ。
 地下鉄の運休、駅舎・商店街の破壊などの被害総額は計り知れないし、制圧に使った武器などの必要経費もかなりのもの。
 総じて数百億円に上るだろう大惨事はたった2人の怨恨が原因だった。

 周囲を巻き込んでの戦いは長い前座を経て、ようやく始まるのだ。










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