第三章「狂気の宴」/ 6


 

 "東洋の慧眼"
 それは中東の表と裏の中間世界に広がった名だ。
 横暴を極める正規軍の行為を武力を以て正すというゲリラ組織の指揮官に与えられた称号。
 普通の者ならば「なかなかやるな」で終わるが、彼はそれで終わらせなかった。
 彼が最初にその世界に現れたのは9歳の時だ。その時に正規軍1個小隊を同士討ちにて壊滅させている。
 その策略を考え、実行したのは彼1人。
 1年後、ゲリラ組織の拠点が襲撃された時には自ら先鋒として戦い、援軍が到着するまで生き残るという戦功を上げ、指揮官として出世。
 以後は2個小隊の長として各地を転戦。そして、確実に勝利を収めてきた。

 彼は戦法における特徴はただひとつだ。
 敵作戦の破綻。
 些細なことから敵の目的、そこに至るまでの行動を把握して泳がせ、ここ一番でその作戦をひっくり返す。
 最初から破綻するならば修正のしようもあるが、もう少しで完遂という時に無茶苦茶にされればもう立ち直れない。

 混乱の極みに陥った敵を容赦なく切り刻む戦法。
 戦いを進めるごとに計画通りなのにそれでいいのかと精神的重荷を背負う敵指揮官。

 "東洋"とは彼が東洋系の顔立ちをしていたから。
 "慧眼"とは意味通りに物事を見抜く眼力、鋭い洞察力から。

 そうして名付けられたのが、"東洋の慧眼"。

 熾条一哉のことである。






渡辺瀞 side

「―――あ、ぅ・・・・」

 瀞は自分が震えていることに気が付いた。

「ぅぅ・・・・」

 それは彼から伝わる明確な殺意と虚無に影響している。
 殺意は自分に向けられたものではない。しかし、その余波だけでこの身が竦み上がった。

「―――驚いた、しばらく会わない内にとんでもないものを飼ってるな」

 隣の女性はその殺気を受け流して一哉に言う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「会いたかったよ、我が弟子よ」

(・・・・弟子? あ―――)

 気が付いた。
 先ほど彼女が言った"総条夢幻流"とは一哉の武術ではないか―――?

「・・・・何故ここにいる?」
「なに、あれだけ感動的な別れをした弟子がこの国にいるっていうから遊びにきただけだ。まさか変わり果て・・・・いや、そこまで成長させていたとはな」

 一哉の眸に恩師を見る輝きはない。
 あるのは無機質を見る、全く興味を示していないという証拠だけ。
 まるで目の前の女性を人間ではなく、『物』としてみているような。

「・・・・立ち去れ。関係のない者がここに留まるな。―――瀞もだ。何故ここにいるか知らないが、邪魔だ」
「―――っ!?」

 向けられた冷酷な視線。
 それは短い時間で逸らされた。

「あ、う・・・・」

 でも、それだけでも充分。
 一哉は静をもこの戦場にある"物"として見ている。―――必要とあらば容赦なしに破壊する、と。
 与えられた明確な殺意が瀞を金縛る。

「2度は言わない」

 そんな瀞に追い打ちをかけるように振り返って一哉は言った。


「―――消えろ」


「―――――っっっっ!?!?!?!?!?」

 それはもはや一度でも命を懸けて共に戦った者に向ける視線ではない。
 先程にはなかった敵意が明らかに存在していた。
 立ち去らなければこの世から退場させる、と。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何があったかは分からない。
 でも、一哉は何かに囚われ、それを自覚しつつも狂気の歯車を回していた。
 気怠げな雰囲気で何の表情を浮かべていなかった一哉。
 何も気負うことなく、常に平静であり続けた少年は今―――

「いち、や・・・・」

 そろそろと手が上がり、彼向けて足を一歩、踏み出した時―――

「―――ここにいる人間は俺と奴の陣営の者のみ。たかが遮蔽物の分際で俺の邪魔をするなッ」

 何の手加減もない炎弾。
 それは瀞が無意識に展開した防壁に弾かれる。
 一哉の炎術は強大だ。しかし、しっかりとした指導を受けていない状態ならば瀞ほどの術者が遅れを取るわけがない。

「――っ、はぁ・・・・はぁ・・・・」

 防いだが、ダメージを受けた。
 攻撃されたという事実と攻撃を防がれたというのに何の感慨も浮かべぬ一哉。
 それを見て、瀞は精神に深い傷を負った。

「お前、いつの間に知り合いに手を挙げるようになった!?」

 隣の女性があまりの所行に声を張り上げる。
 それを流すようにして一哉は淡々と答えた。

「時任蔡(トキトウ サチ)。ここは俺の聖域だ。侵犯するならば排除する。それは誰であっても変わらない。俺と共に戦う人間は存在しない。そんなもの、あの日に・・・・完全に切り捨てた。今ここで会話をしているは知り合いに対する最大限の譲歩だ。これ以上、関わるな。さもなくば―――」

 饒舌に話していた一哉の周囲に炎が乱舞する。
 その力はさすが持続攻撃力最強と謳われる炎術の嫡子。
 生半可の防壁では紙くずの如く燃やされてしまう。

「いちや・・・・」

 哀しそうな目をして一哉の背後にそれは現れた。

「いちやの・・・・守護獣?」

 現れた緋は浮かない顔で一哉の声を待っている。

「戻ったか。奴は?」
「・・・・うん。やっぱりこの下にいるみたい」

 いつも明るいだろうはずの緋の声。
 それが暗くとも一哉は気にしなかった。

「なるほど。ご苦労だった。―――緋、後は俺がやるからこいつらを地上へ追い出してこい」
「え?」

 緋は意外な者を見るようにこちらを見る。そして、確認するように一哉に向き直った。

「地上へ?」
「そうだ。邪魔だ」
「・・・・・・・・・・・・分かった」

 ふんわりと、まるで安心したように緋は笑う。

(何故・・・・そんな風に笑えるの・・・・?)

 一哉はここから、緋でさえも遠ざけて戦うと言っている。
 それは彼を守護する彼女にとって耐え難いものではないだろうか。


【―――そうはいかない。そいつ、たくさんころした】


「「「―――っっ!?!?」」」

 不意打ちのような声。しかし、それに驚いた声を返したのは3人だけだった。

「来たか」
【しじょういちやはわかってた?】
「ああ。そんだけ殺気をばらまけば分かる」
【ますたーがいってた。「やつはさっきにびんかんでそげきしゅすらそのいぎをはたせない」って】
「事実だ。狙撃手だろうが俺に殺気を向ければ気付く。ある程度の環境にいれば身につく芸当だ。それも幼少期からいれば尚更な」

 誇るまでもない、と言い捨てる。
 それはどんなに奇妙で反則的な能力だろうか。
 殺気を感じ取るのは一流の戦闘者として当然のことだ。だが、狙撃手の殺気すら感じ取る。
 それは伏兵や遠距離攻撃を無効にするだけでなく、近接戦闘でも敵がどこを攻撃するかということがある程度読み取れるということ。
 さらに言えば敵の正確な数すら把握できる。

【でも、ほうわこうげきにはよわいよね?】

 咆哮。
 人形が持つ傘を指揮棒(タクト)のように振り上げると犬の妖魔が集結した。
 その数、実に40強。
 1ぴき1ぴきが強敵であるというのにあの数。
 それも全周囲に展開しているのだ。分散している自分たち―――

(―――え?)

 気が付いた。
 一哉の味方は自分のみ。
 ならば包囲してきた敵など全方位に炎を放てばいいだけではないだろうか。
 己の思考に愕然して一哉を見る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(あぅ)

 確信した。
 先ほどまで口でどう言おうと決して本気で攻撃することはなかった。
 先ほどの炎は牽制。
 呆然としていた瀞の目を覚まさせるための善意。
 だがしかし、これからはそんなことなどない。
 一哉はすでに自分たちがいない、いや、いても関係ないものとして見ている。
 誰が戦場に立つ"ガラクタ"を気にして戦うというのだろうか。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

(危ない・・・・)

 このままでは巻き込まれる。
 一哉と人形の戦いに、ではない。
 一哉の"破壊行動"に巻き込まれる。
 混乱していた。
 しかし、戦いに対する覚悟を持っていた瀞の行動は迅速だった。
 隣の女性の手を掴んで反転し―――

「え? 女童?」

 ありったけの<水>を背面に展開し―――

「お願いッ」

 信じて駆ける。
 当然、正面には数ひきの妖魔。
 それに対する善後策は瀞にはない。
 あるのは信頼のみ。

「はいはいッ」

 緋色の奔流が妖魔の真上から着弾した。
 それは容赦なく落下地点の妖魔を焼き払い、余波で他を吹き飛ばす。
 その時間はわずか2、3秒。
 瀞が女性――時任蔡を連れ、緋と共に戦線離脱した時、数秒前までいた場所は溶解炉と化した。






"風神雷神"side

「―――せぁっ」

 綾香の放った雷撃が曲がり角に待ち構えていた妖魔を粉砕した。

「待てぇっ」

 晴也が凝縮した風を叩き付けるように前方を走る2人組に放つ。しかし、それは独りでに動いた瓦礫が押し潰した。

「チィッ、あの眼鏡の方、念動力の異能かっ」
「ってか、逃げてばっかで戦おうとしないわよ」
「いや、これで戦ってるんだよっ。次の角、曲がり次第ぶっ放せっ」

 地下2階は複雑な経路が多く、戦いに向いている大きな場所は少ない。
 逃げ回る青年2人――萩原将太・兜太と名乗った――は巧みに隘路を使って晴也たちの攻撃を防いでいた。

(もちろん、そんなんで逃がす俺たちじゃないんだがな)

「いっけぇっ!!」

 曲がると妖魔がいるかどうか確かめることなく、綾香は通路を埋め尽くすかのような大口径の雷撃を放つ。

【―――甘い】
「「うげっ」」

 閃光が去った向こうには日傘を盾のように構えた白自動フランス人形――Biancoが立っていた。
 その後ろではサブマシンガンを構えた黒自動フランス人形――Neroがガチャリと2人に照準を合わせている。

「「わわわっ!?!?」」

 慌てて通路を曲がり直し、数十発の弾丸を回避した。

「やっぱ、これって誘い込まれてるのよね?」
「ああ、釣り野伏せ、だな」

 簡単に言えば囮を追っかけて伏兵の場所まで誘導されると言うことだ。

「打開策は?」
「人海戦術しかねえ。こう視界が悪ければどうにもならねえよ。正面から無理ってことはさっきで分かったしな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 雷術は炎術と並ぶ攻撃力最強の精霊術だ。
 さらに綾香は雷術師の中でも屈指の基本攻撃力を誇る。
 それをあの日傘は防いだ。

「てっきり、熾条用だから耐火用なのかと思ってたけど・・・・」
「対精霊術。それもかなりの技巧だ。まあ、これだけの数の自動人形を魔力で統括してるんだから大物なのは間違いなかったけど・・・・」

 2人は長く濃い戦歴でだいたい敵を把握している。

「厄介、ね・・・・」
「ああ・・・・ふぅ」
「大丈夫?」
「まだまだぁっ」

 瓦礫のコンクリート片を掴み、晴也は角に投げ付けた。
 "気"をまとった破片は角から出てきたNeroの顔面に命中する。
 人形はサブマシンガンを放り出し、大の字で行動不能になった。

「まだ、大丈夫ですか?」
「ほらほら、さっさとかかって来いよぉ」

 別の角から2人が姿を現す。

「そんなこというならアンタから来なよ。こそこそ逃げ回るだけなんて」
「ばーか。作戦だよぉ、作戦。世の中お前らみたいに力攻めじゃうまくいかないようにできてるんだよぉ。頭を使った者の勝ちっていう風に」

 抜き身の西洋刀を軽々しく肩に担いだアロハシャツの青年が小馬鹿にしたように笑った。

「なら、見せて上げようかっ」

 ダンッと綾香は気持ちのいい踏み切りを見せ、彼らに向かう。そして、下段から鎖鎌の分銅を投げ付けた。

【・・・・・・・・・・・・・・・・】

 出てきたBiancoは傘を広げて弾き返す。
 さらにそれが綾香の手に渡る前に両脇から犬の妖魔が飛びかかってきた。

「晴也っ」
「はいよっ」

 空気弾が妖魔の横っ面を弾き飛ばす。

「やっ」

 跳ね返ってきた分銅を左手で掴むと、空かさず右手から鎌の方を投げ付けた。
 今度は弾かれずに傘に食い込む。

【・・・・っ】

 何かを感じ取ったのか、傘を引っ込めて鎌を抜こうとする人形。

「危険を感じ取る人形ってどこまで精密なの、よぉっ」
【―――っ!?】

 超高電圧が鎖鎌を通し、人形に撃ち込まれた。

「さあ、間合いに入れたわよっ」

 背を仰け反らせてショートする人形の横を駆け抜け、綾香は走りざまに引き抜いた鎌を思い切り西洋刀を持った青年――萩原兜太に斬りかかる。

「うおっ」
「へえ? やるじゃない」

 "気"で身体能力が強化された綾香の一撃を、真っ向から受け止めるとはただ者ではない証拠だった。

「でも―――っ!?」

 綾香は剣を媒介に雷撃を叩き込もうとした瞬間、目を見張る。
 いつの間にか、彼のもう片方の手には剣が握られていた。
 いや、違う。

―――腕が剣になっていた。

「おらぁっ」
「ぐっ」

 驚きで固まったのも一瞬だったのは褒めるべきであろう。しだが、それが反応の遅れを生み、傷を負ってしまった。
 致命傷ではない。
 浅い傷でもない。

「綾香っ」
「大丈夫っ」

 左手で傷口を押さえながら後退した。
 傷を"気"で止血すれば治癒まではいかないが、体力維持にはなるはずだ。

「アンタ、何?」

 すでに兜太の腕は人間のものになっている。

「へへ。すごいだろ。この剣――<萩原>は妖刀なんだよぉ」
「・・・・西洋刀に日本名付けてるのか? しかも、自分らの名前」
「あ、や、付けたのは兜太だ。私は一切関わってはいない。そこのところ間違えないように」

 すかざす兄の将太が自己弁護に走った。
 一瞬の攻防の間に散開していたフランス人形を呼び寄せたのか、三色の人形たちと妖魔が無機質と獰猛な瞳で晴也と綾香を包囲している。

「はっ、名前なんてどうでもいいんだよっぉ。こいつはな、使い手の体を剣に変える能力を持ってんだよぉ」

 新たに差し出された日傘の後ろに戻りながら兜太が言った。

「剣に・・・・」

 綾香は傷付けられた己の脇腹を見遣る。
 未だ血は止まらず、服を赤く染め続けていた。

「まずいな」

 耳元で囁かれる晴也の声はわずかに上がっている。
 不利な場所での風術の使用。
 攻撃の時だけの綾香とは違い、晴也はずっとだ。
 晴也にとって微量の毒が散布されている場所にて酸素ボンベなしで運動するようなものなのに。

「どうする?」

 唯一、互角に戦えるはずの綾香も負傷した。

「さあ? 正直手詰まりだな。ここまで状況を揃えられたら分が悪すぎる」

 相手の戦略勝ちだとしか言いようがない。

「どうやら、打つ手なし、のようですね」

 眼鏡を押し上げた将太がさっと右腕を上げた。
 それだけで妖魔と赤自動フランス人形――Rossoが前に出る。

「ここは猛攻という形を取らせていただきましょう」

 妖魔は犬の牙と爪。
 フランス人形はデザインは違うが皆一様に大鎌を持っていた。

「ここまで弱点突くかぁ」

 晴也は参ったなぁ、という感じで肩をすくめ、数個の瓦礫を拾う。
 綾香も傷から手を離し、両手で鎌の柄と鎖を握った。

「やる気出しなさいよっ」
「まあ、ここが他の通路より広いってのは幸いか・・・・」

 伏せていた妖魔や人形がこの短時間で結集できたのも、ここが分岐点集中地だからだ。
 数々の通路が集まるため、他に比べてまだ広く、広場と言えなくもない空間ができあがっていた。

「まあ、地下2階への出入り口だしね」

 追いかけ回した結果、"風神雷神"は地下3階に攻め込んでいる。

「動けるならまだいいさ。体術も一応修めてるんでね。怠けてないか試すにはちょうどいい」

 かっこいいことを言うが、一筋汗が伝っていた。

「・・・・そういう強がり、嫌いじゃないわよ」

 背中を預け、綾香は笑みを含んだ声色で晴也に言う。

「さすがですね。これほど囲まれても動揺せず、戦意すら挫かないとは」

 妖魔の総数は38ひき。
 フランス人形の総数は32体(赤:白:黒=12:12:8)。

「当然でしょ? あたしたちのこと、知らないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・"風神雷神"ではないのですか?」

 少し考え込んで律儀に答える将太。

「『幾多の戦いを越えて不敗』。負けたことなんてないのよっ」
「なら見せてもらおうかぁっ」

 武闘派2人の咆哮に戦いは始まった。
 それは決して誇れるほど綺麗な戦いではないだろう。しかし、今の彼らには眩しいほど、生気が満ち溢れていた。

「―――ふっ」

 晴也が投げた瓦礫は"気"に強化されている。
 一撃で妖魔を倒し、素手でも戦えるはずだ。

「くっそ、マジで弓矢持ってくればよかった。狭いからって侮ったぜっ」

 妖魔の猛攻に晴也はすぐに綾香の後ろから離れることとなった。

「晴也っ、チィッ」

 綾香は鎖鎌を巧みに操って赤いフランス人形と戦っている。

【―――死ネ】

 下段から突き出される鎌を躱わし、鎖を巻き付けて奪い取った。

「らあっ」

 それを振り回し、後ろの人形に攻撃する。

【ア―――     】

 胴体を横で真っ二つにされた人形はそのまま吹き飛ばされ、それぞれの半身が襲いかかろうとした妖魔に激突した。

「けっこう、使い勝手がいいかもっ」

 鎖鎌の分銅を投げ、衝撃に怯んでいた妖魔の頭蓋骨を粉砕。
 次に大鎌の石突きで人形の胸部を破壊する。

「ええいっ」

 鎖をしならせて軌道を変えた分銅が、晴也に襲いかかっていた妖魔の胴を打った。
 骨の折れる感触が伝わり、さらに右腕を振り下ろして別の敵を分銅で潰す。

「はいやっ」

 晴也の気合いとともに突き出された掌底がRossoを分解した。そして、手に取った大鎌を旋回させて妖魔に投げつける。
 勢いのついた大鎌は左右に飛んで躱した数ひきを逃すも、4ひきを押し潰した。

「せっかく手に入れた武器を手放すの?」
「ばーか、使い慣れねえ武器は足手まといだ」

 晴也は返り血を拭う。
 身体は数分の激戦でボロボロだ。しかし、まだまだ戦闘は可能だった。

「あたしは大丈夫だけど?」
「"死神"は大鎌がセオリーだろ?」

 ニヤリと笑う。

「? あたしは"雷神"だけど?」
「学園では"死神"だぜ、お前の戦闘力は」
「あら、ふたつも神の名をもらえて光栄だわ」

 2人は返り血や自らの血、戦塵に塗れつつも戦意を失っていなかった。
 半包囲は変わらず、萩原兄弟も戦闘に参加せず、その周りの本隊も無傷だ。

「綾香、思い出すな」
「何を?」

 わずかな間に"気"で止血をする。

「去年の夏をだよ。あの熱い南の島でのことをよぉ」
「・・・・そうね。あの時も孤立無援だったっけ?」
「でも、こういう時こそ・・・・」
「前に進むのよっ」

 今度は敵の攻撃を受けず、こっちから仕掛けた。
 閃光が妖魔に降り注ぎ、断末魔が響く。
 それに引き摺られる形で再び敵接近戦力も動き出した。



「・・・・何だ、こいつら・・・・」

 兜太は思わず後退る。
 全力で生き残ろうと必死な2人は火事場の馬鹿力と言うべき戦闘力を発揮している。
 接近戦が得意でないという情報を持つ結城晴也ですら、接近戦用の妖魔と戦い、傷を負いながらも生き延びていた。

「読み違えましたか・・・・。精霊術師の脅威をっ」

 精霊術師は精霊術を扱うだけに思われがちである。しかし、その精霊を操る原動力となる"気"というものも実際に刃を交える者からすれば厄介だった。
 身体能力を高め、運動力を激増させるだけでなく、あらゆる物理現象ですら塗り替える。
 "気"の局部集中にて、素手でコンクリートを軽々打ち抜き、ただの石ですら弾丸に変える。さらには止血効果もあるなど、まさに戦うために生まれてきたと言える者たちなのだ。

「突然変異の異能者では越えられない壁の向こうにいるってか」
「私たちもただの異能者ではありません」

―――ズドンッッッッッ!!!!!!!!!!!!!

「「「「―――っ!?」」」」

 頭上からの轟音。

「何だ!?」

 狼狽える人間を尻目にその隙幸いと攻めかかる妖魔。

【―――騎士・萩原兄弟ヨ】
「あ?」
「何です?」

 自分たちを守っていた人形の半数がこちらを振り返った。
【新手ダ。・・・・我々ハ我ラノ総督デアルますたーカラノ命令ヲ受ケ、迎撃ニ向カウ】
「何だって? 兄貴、どういうことだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・SMOです。これは決着をつける必要がありますね。―――やってください」
【――――――――――――】

 バッと攻め込んでいた9体のRossoが身を翻した。そして、庇うようにBiancoが傘を広げる。

「「な―――っ!?」」

 ガチャリとこちらに照準を合わせる数個のバズーカ砲。
 それは全方位から向けられていた。

「さようなら」
「じゃあなぁ」

 軽薄で無責任な声色が紡がれる。

「ひ、ひきょ―――きゃあ!?」

 綾香の批判は最後まで告げることができず、悲鳴と爆音の中に消えた。










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