第三章「狂気の宴」/ 5
SMOには2種類の構成員がいる。 能力を持つ者と持たない者だ。 後者は一般隊員と呼ばれ、銃火器を扱ったり、後方支援を担当する。 一方、能力者はそれぞれの能力に応じた部署に配置された。 その能力者の大多数は、異体質能力者――通称、異能者――である。 異能者とは特定の能力を示す言葉ではない。 身体・精神能力が超越した者や特殊能力を有する超能力を有する者の総称だ。 この異能者にも2種類ある。 ひとつは遺伝的な要素のために生まれながらにして異能者である先天的異能者。 もうひとつは何らかの影響を受けて後に発現した後天的異能者。 後天的な異能の発現を誘発した出来事は、妖魔との遭遇が圧倒的に多い。 妖気に反応し、人体が何にかしらの変質を受けたことが要因とされていた。 妖魔と遭遇して生き残っても、異能の発現で一般社会に帰れなくなる者は多い。 国営である組織体制上、SMOはそういう者たちの保護も任務のひとつになっていた。 その結果、異能者の多くが働き口としてSMOを選択。 主力を担うほどまで人口比率を向上させている。 また、この後天的異能者における異能発現可能性は、妖魔との遭遇年齢が若ければ若いほど高いことが分かっていた。 このため、一族経営でないSMOにおいても、若年層の比率は一般社会の組織よりもずっと高い。 藤原も若いが、さらに若い者も第一線で働いていた。 「―――それでボクは何をすればいいんだい?」 神坂栄理菜は自らを呼び寄せた藤原に訊いた。 「精神操作でこのことの記憶を消して下さい。数が3桁ですが、がんばってください」 「・・・・まあ、それがボクの仕事だから、きっちりと役目は果たすよ」 神坂はそう答え、荷物を持って本部とは別のテントの中に消える。 「よろしくお願いします。―――戦闘員は増援として地下へ行きます。梶原君の部隊の生き残りと合流して。"風神雷神"が先行していますからまだ楽でしょう。―――梶原君に態勢が整い次第、彼らを追ってと伝えて下さい」 「「「「「はいっ」」」」」 若々しい声がロータリーに響いた。そして、すぐにそれらは患者を乗せた救急車たちのサイレンに掻き消える。 「―――部長さん。準備できたよ」 神坂は統世学園の制服からSMO指定の黒服に着替えていた。 これから記憶を消去するが、何らかの作用で浮かび上がることもある。だから、その時に統世の制服を覚えていてもらっては困るからだ。 「ええ。お願いします。精神操作系の異能者はいるにはいますが、あなたほど完全に沈められるほどのレベルではありませんから」 "催眠能力" 異能では有り触れたものだが、彼女のそれは同異能の者たちに追従を許さない。 催眠状態でその記憶を沈める技術は普通ならば催眠を担当する者、記憶操作をする者の2人が必要なのだが、彼女にそれは必要ない。 それ故に作業が早く、さらに指揮系統が1つのために強力な催眠を催すことができるのだ。 「部長さんは行かないのかい?」 「ええ。"正面"は【結城】が出陣していますから」 藤原"鉄甲の藤原"の異名を取るほどの異能者だ。 "物質硬化能力"という神坂よりも有り触れた異能だが、その幅は限りない。 さらに言えば戦闘指揮や個人戦闘能力もずば抜けており、現場の大将としてはまさに打って付けの人材である。 「・・・・ふうん」 正面ではないところから攻めるのだ。 神坂はチラッとローターを回し、準備万端のSMO攻撃ヘリを見遣った。 完全武装の隊員が待機している。 (これは・・・・すごいね) SMOの装甲は防弾などの耐衝撃に優れているだけでなく、あらゆる術が施されていた。 見た目の値段に何個かゼロが追加されるほどの資金が費やされている。 (あの部隊は、近畿支部の特務チームかな?) 警察で言えば普通の部隊が機動隊。 特務チームは特殊急襲部隊――SATと言ったところだろうか。 「さあ、早く終わらせましょう」 キュッとグローブをはめた藤原はヘリの方へと歩き出した。 「・・・・分かりましたよ」 神坂も現場に向け、歩き出す。しかし、その背中は藤原のものと比べるとやる気がなさ過ぎた。 (あの娘みたいな可愛い娘がいたらやる気も出るのに・・・・) 黒髪少女 side 「―――はぁ・・・・うぅ・・・・ぅはぁっ・・・・」 少女は走っていた。 もはや明確な逃走路はない。 周りの人は階段やエスカレータ、さらにはエレベータに群がったが、いずれも小柄な彼女には死地だった。だから、地下3階の駐車場に隠れることにしたのだ。 鍵をかけずに放置された車があり、その中に潜むことで少女は混乱を回避することができたが、暗闇に取り残されることとなった。そして、数分前、匂いに感づいたのか、犬の妖魔に発見されたのである。 「はぁ・・・・はぁっ・・・・はぁ・・・・」 追ってくるのは十数匹。 その荒々しい息遣いと足音がピタリと少女についてきていた。 「ひっ」 目の前に広がる惨状。 ワゴン車が無惨に押し潰され、中から血が滴り落ちている。さらに――― ―――クチャクチャ、バキッ、ペギッ、ピチャッ 何かを食す音。 「・・・・あ、あわわ・・・・・・・・」 少女は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。 (怖い・・・・) 戦う術はある。しかし、それだけでは戦えない。 戦闘技術と戦闘意志は別物だ。 「―――っ!?」 背後で爪が砂を噛む音。 それはつまり――― 「ヒゥッ」 喉から声にならない呼気が漏れる。 振り返った先に妖魔たちが並んでいた。 長い舌から唾液を滴らせながらこちらを見ている。そして、前方の妖魔も新たな獲物に気付いたのか、車から出てこちらを見た。 その口元からは赤い液体が滴っており、歯には何やら赤黒いものが挟まっている。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 少女の目は際限なく開かれ、カタカタとまるで別物のように体が震えていた。 汗が噴き出しているというのに体の芯が冷えていて動けない。そして、喉は相変わらず意味のない声を発していた。 「あ、ああ・・・・ぅぅ・・・・ぁ・・・・」 妖魔は少女を包囲する。 指揮系統があるのか、見事は動きだった。しかし、そんなこと、獲物である少女には関係ない。 闇の中に浮かぶ光。 地面を踏み締める音。 興奮を抑え切れない荒い吐息。 その全てが彼女を苛んでいた。 「―――あ、ああ・・・・あああああああああああッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?」 その絶叫を呼び声に妖魔たちは少女へと飛び掛かっていく。 「―――ちょぉっと待った」 幼気な少女が爪の餌食になろうかという時、ドガンと何かが妖魔たちを薙ぎ払った。 ふわりと頭頂部でまとめられた髪が余韻で波打つ。 「全く、弟子に会いに来てこれとはね」 少女は呆然と自分を助けてくれた女性を見上げた。 身長は170センチ半ばくらい。 長い髪はポニーテールにまとめられ、手にはどこかで拾ったのであろう鉄パイプが握られていた。 「女童、無事?」 「・・・・・・・・女童?」 「お前のように小さな女の子のこと」 「・・・・小さな(ガーン)」 こんな状況なのにショックだった。 これでも高校一年生なのだ。 「とりあえず、お前たち、その爪と牙に誓えるか? 死合うと」 鋭い視線と声を妖魔に放った。 答えは咆哮。 決して問いに対するものではないが、それで彼女には十分だったのだろう。 「では、参る」 微妙に漂っていた倦怠感が消え、ピンと張り詰めた気配を放つ彼女は手にした鉄パイプを刺突の構えで――― 「―――"総条夢幻流"・砲ッ」 震脚と破砕音の後、飛び掛かってきた妖魔は再び吹き飛ばされていた。 (あれは<気>?) <気>とは発頸の元になる運動エネルギーや遠心力を利用したものである。 とてもではないが、空間に放ったり、あまつさえ妖魔を吹き飛ばすなど不可能なはずだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 女性は油断せずに倒れた妖魔たちを見ている。 今のが致命傷でないのは明らか。 情勢は圧倒的に不利だった。 鉄パイプでは鈍器としての性能が低い。そして、"総条夢幻流"という武術でも致命傷を与えられない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 死ぬ。 どんなに彼女が優れた武芸者でも超えられない壁がある。 すでに取り囲む妖魔の数は30近い。 人間の戦力に換算すれば3桁近いかもしれない数。 「くっ」 爪が彼女の腕を掠める。そして、血が噴き出して顔を赤く染めた。 ほら、かすっただけであのケガ。 これが妖魔。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 彼女にはない術を少女は持っている。しかし――― (嫌だ・・・・。怖い・・・・) ぎゅっと目を瞑った。 最初から1人で敵と対峙したことなどない。 だから、戦い始めが分からない。 だから、攻撃できない。 だから、助けられない。 「セッ」 野球のバットのように鉄パイプを振り回して妖魔を打ち払った。 ―――表面だけを。 「―――っ!?」 獰猛な牙がキラリと輝く。 妖魔の後ろから出てきた妖魔を見て、一瞬だけ彼女の動きが止まった。 一瞬だが、それは命のやりとりの世界では致命的。 次の瞬間にはあの牙によってなんらかの傷――致命傷を負っているだろう。 (―――ダメッ!) 少女には妖魔を倒す術がある。しかし、その行動意志が希薄だ。 彼女には妖魔を倒す術はない。しかし、その行動意志は濃厚だ。 何故、少女は戦わないのか。それは怖いから。 何故、彼女は戦うのか。それは少女を守るため。 少女の方が強いのに。 彼女の方が弱いのに。 「―――――――ッッッッッ!?!?!?!?!?」 何度も体験し、そして、毛嫌いしてきたこと。 この前に克服したと思っていたこと。 でも、現状はそうじゃない。 もっと悪化していた。 強い人を見つけた。 だから、あの時、「この時だけ」と思って甘えた。 何気ないことのように大事を成し遂げた少年。 彼は【力】があったから戦ったんじゃない。 戦う理由があったから戦ったのだ。 ならば今、戦う理由は自分にはないのか? 自分を守るために他人が傷つくのが嫌だ。 では、それを回避するにはどうすればいいか。 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・) 考えたことなかった命題。 それは打開するという前向きの考えすら浮かばなかったという証拠。 では、今から前向きに考え―――る必要もない。 答えは分かっている。 ならば、今それを――― 「―――実行すべき・・・・ッ」 震える脚に力を入れて立ち上がる。 牙は彼女に届かなかった。 彼女は転がるようにして躱したのだ。しかし、その代償は死に体となって彼らの足下に転がることとなる。そして、それは思い悩んだ少女にとっても代償で―――救い。 「―――チッ・・・・ぐむっ」 悔しそうな声と苦しそうな声。 防御に入った鉄パイプが弾き飛ばされ、ドカリと彼女の胸に大きな脚が置かれた。 後は少し力を入れるだけで風穴が空く。 それが人間と妖魔の差。 (でも・・・・) 掲げた腕に<水>が集まる。 「―――え? 女童?」 迫り来る死より、彼女は少女を見て驚いていた。 当然だろう。 その驚きはいずれ、恐怖となるはず。 それは己が最も怖れる連鎖。 (それでも・・・・いいっ。私には受け入れてくれた人が・・・・いるんだからっ) 少女からは放たれた氷塊が彼女の上に陣取る妖魔を壁まで飛ばして押し潰す。 それだけでなく、その周囲に屯していた妖魔は水流に巻き込んで散り散りに散乱させた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 彼女は言葉を失っている。 「すみません。私がもっと早く・・・・」 謝りつつ少女は彼女を助け起こす。 まだ、人間を相手にするのは怖い。けれども、この異形たちならば怖いが―――戦える。 昔、担任教師に訊いたことがあった。 彼は大学では日本史を専攻していた社会科教師だった。 「―――どうして武士は戦ったんですか? ううん、徴兵された農民も」 それはいずれ自分も戦いに身を投じると分かっていたから、同じく戦闘を日常としていた者の心理を知りたい、という考えから出た質問だ。 「うん・・・・。今から言うのは決して全てじゃないよ? あくまでものの1つの見方だ」 彼はそう前置きして言った。 「守るためだよ」 「守るため?」 幼き日の自分はそこで首を傾げる。 だって、戦うということは相手を倒す―――殺すということなのだから。 なのに、先生は「守るため」と言った。 「そう。確かに戦うのが好きだから戦う者もいただろうね。でも、彼らはそんなことを、命のやりとりを愉しむだけの剛胆さとそれに見合う強さがあったんだろうね」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 家の人を思う。 本当にいつも鍛錬して力強い人たちを。 「でも、大部分の人たちは違うんだ」 そうだ。 弱い者もいる。 死ぬのが怖い人もいる。 「銃弾や矢が飛び交う中、武器を叩きつけ合った彼らが見ていたのは・・・・」 そこで先生は一度、言葉を切った。 「敵じゃなく、自分の後ろにいる掛け替えのない家族や、尊敬すべき主君。もしくは共に戦場を駆ける戦友がいたからだろうね」 「・・・・?」 戦場には自分と敵がいる、という狭い見方ではないと言うことだろうか。 それでも、自分の恐怖や弱いという事実は変わらない。 「怖くはないんでしょうか? 自分が死ぬことが」 「もちろん怖いさ。でも・・・・その怖さよりもその人たちを失う方が怖かったんだろうね。・・・・だから、自分の恐怖を乗り越え、決して傷ついてほしくない人のために戦ったんだ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ふっと笑みを洩らす先生。 「・・・・少し、話が逸れていいかい?」 「? はい」 「今話したのは戦国時代の話。これから話すのは今の話だ。―――戦国時代は誰もが武器を持ち、その人自身の『世界』が狭かった。だから、自分の大切な人のためだけに戦えた」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 「でも、今はね。みんながみんな武器を、戦う力を持っているわけじゃない。今、この国で武器を持つことを許されているのは警察と自衛隊。彼らは何故激務に身を投じるのか、それは国を、治安を守るという、不特定多数の者を守る、守れるという誇りだよ」 「誇り?」 「そう。それが恐怖心と対決するんだ」 ―――自分が何かを守ることができる誇り。それは掛け替えのないものだろうね。 (―――私、渡辺瀞は守られるんじゃなくて守るんだからッ) 水術最強渡辺宗家の直系が持つ莫大な"気"が強烈なまでに瀞の存在を周囲に示していた。そして、そのまま自分を呆然として見る女性を見る。 「絶対・・・・絶対に・・・・」 守られて傷つくのを見たくないなら、そんな彼らを守ればいい。自分にはそれができるのだから。 そんな誇りが瀞の抱く戦いへの恐怖を幾分打ち消した。 「私がここから助け出します」 力に満ちた宣言に彼女が呆然とした時、後ろから声がする。 【―――無理無駄無意味。あなたはここで惨殺圧殺撲殺されるの】 「「―――っ!?」」 振り向いた先には破城鎚を"持った"フランス人形が仁王立ちしていた。 そんな不可思議さに言葉を失う。 【―――ArrivederLa(さようなら)】 破城鎚は回避不可能な速度で迫り、一気に2人ごと潰――― ―――ゴァッッッッ!!!! ―――持ち主ごと劫火によって焼却された。 男爵 side 「―――マスター。"東洋の慧眼"及び、"風神雷神"を捕捉。萩原兄弟はすでに迎撃に向かったようです」 「ほお、もう少し慎重に来るかと思ったが・・・・」 地下鉄のホームで男爵とヘレネは現状を語り合っていた。 「おそらく、地上部に展開していSMOと結城宗家の動きと連動してのことだと思いますのことよ」 「・・・・・・・・・・・・ふん、そちらはすでに布石を打った。奴は今どこだ?」 「地下3階部で自動フランス人形部隊と交戦中です。・・・・どうやら、もうひとり、炎術師がいるようで、思った以上の戦闘力を発揮してますね、こりゃ」 ヘレネは男爵の魔力を自動人形に均等に配分するのに役立っている。 その副産物として、自動フランス人形部隊からの報告が魔力を通してヘレネに送られるようになった。さらには男爵の負担も減り、多くの人形を抱えることができるようになったのだ。 「どうぞ」 「うむ」 紅茶を受け取り、カップに口を付けようとする。 「あ、熱いですから、ふーふーして上げます」 「ぶっ」 「・・・・マスター、如何に熱いからとは言え、私め目掛けて吹き出すことはないのではないか?」 メイド服に付着した紅茶を拭うヘレネ。 「ゲホッ・・・・はぁ、全く」 「ふーふー」 「やらんでいいわっ」 手元に顔を近付け、息を吹きかけていたヘレネに思い切り突っ込んだ。 「我が儘ですね」 「我が儘? これは我が儘なのか?」 「ええ。この国にはメイドに奉仕して欲しくても諦めざる得ない方々がたくさんおられるのですよ?」 また変な知識を、と思いつつ眉間を揉む。 「だから?」 「マスターは選ばれしものなのですから、メイドがいる環境を満喫してくださいな」 「黙れ」 戦場で緊張感のないヘレネを叱りつけるように言った。 「まあ、ひどい。せっかく私めも拭き終わりましたから、濡れた外套を拭いて差し上げようとしましたのに」 「それはやれっ。というか、自分のよりも優先しろっ」 先程の銃撃及び爆発で地下鉄に乗っていた百数十人の命を軽々と奪っている。しかし、彼らは未だ燻っているそれを視界に入れようとも顔色を変えることはなかった。 「嫌です。マスターの服より、私めの服の方が高いんですよ? 特注だから」 「だから、最近金の減りが早いのかっ」 彼らは血と火薬の臭いが消えない地中で愉快なやりとりを繰り広げる。 それは見る者が見れば彼らの正気を疑うものだった。しかし、彼らはその感想を聞けばこう答えるであろう。 ―――正気? 貴殿らの言う正気はあいにく吾は持ち合わせておらん。 ―――正気? 今、完全無欠に正気ですが? 「自動人形は金がかかるのです」 「限度があるわっ」 ―――ズンッ 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 頭上からの轟音と震動でパラパラと屋上の破片が落ちてきた。 「暴れておるのか?」 「・・・・"東洋の慧眼"の方が、です。今のでRosso数体消えました。この火力、想像以上ですね」 「さすがは炎術最強。そう簡単に止められんな」 鼻を鳴らし、想定内だと言う男爵は車イスの背もたれに深くもたれかかる。 「では?」 「ああ、用意しておけ。奴には戦いの礼儀などない。戦いの礼儀は付け入る隙とくらいにしか考えておらん男だ」 油断のない目で厳命する男爵。 「はい。では、出会い頭に投げつけましょうか?」 「挨拶には充分だな」 「では、少し席を外します」 「ああ。・・・・ヘレネ、期待しているぞ」 「・・・・勿体なきお言葉。私めが全て収めましょう。マスターはそこで隠れて紅茶を啜っていればいい」 無礼にも思えるヘレネらしい返答で彼女は戦場へと歩み出した。 「・・・・"東洋の慧眼"・・・・あの時の借りは、きっちり返させてもらうぞ」 頼もしき最高傑作の背中を見送りながら男爵は呟く。 その双眸には底冷えするような狂気の色に支配されていた。 |