第三章「狂気の宴」/ 2


 

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 眼下では軍の制服を着た人間が37人。
 とある村の人間を集めて何かを言っている。

「―――合図を」
「・・・・まだだ」

 まだ幼年と言っていい年の指揮官は自らも銃を構えながら部下の催促に答えた。

「まだだ。まだ奴らの見張りの注意は外に向いている」

 村の人間の中から年頃の娘が渋々という感じで出てきた。
 何てこともない。
 ただの女狩りだ。

「構え。続いて斬り込み隊は接近開始。銃撃と共に攻撃せよ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 無言で後ろの者たちが動き出す。
 娘たちの先頭の者が軍人と接触した。

「―――撃てッ!」

 銃声と共に一瞬で辺りは戦場となる。
 少年の連れていた兵は12人だ。
 その内、銃を撃ったのは6人。
 それは全て命中したが、未だ軍には31人残っていた。
 補給の乏しい彼らはあまり無駄撃ちせずに敵が混乱している時だけ撃ちまくり、立ち直りかけると―――

「―――抜刀ッ、突撃ッ!」

 銃を置いて軍用タガーや曲刀を掲げてすでに敵と接触していた6人の援護に入る。
 整然とした射撃を繰り出そうとした敵は敵味方入り乱れてしまったために射撃できず、完全に後手に回った戦闘となっていた。

「―――セァッ」
「ギャアッ」

 少年は見事な斬撃で敵を切り捨てると、へたり込んだまま身動きの取れない娘たちの下へと駆けつける。

「もう大丈―――」
「ヒ、ヒィィッッ」「いやぁ、来ないでぇッ!」「ひ、人殺しぃッ!」

 何度も、あれから何度も浴びたセリフ。
 未だ慣れずに心に響く。

「くそぅ。ゲリラがここまで来て―――ゲェッ」

 一閃。
 明らかに人を超越したスピード。
 それだけで首が飛び、1人の人間の生命が消える。

 幼き日の記憶。
 硝煙と血の臭い。
 悲鳴と怒号の声。
 手に持つ剣の重量と身体を伝う返り血の感触。

 未だ明確に思い出せる。
 それは少年のとある精神を作り出すのに充分な日常だった。
 常に冷静。
 何事も動じず、打開策を探す。
 安全な時には多少羽目を外し、まるで休憩しているかのようにあまりものを考えないこともある。
 昔には「日常」だったことが非日常へ。
 昔には必要なかった日常から非日常へのスイッチ。
 今、少年にはそれができていた。






熾条一哉 side

「―――ありがとうございましたぁ」

 一哉はオフィス内に一礼して扉を閉じる。
 その手には「給与」と書かれた封筒を持っていた。

「・・・・ぅぐ」

 冷房の効いたビルから真夏の日差しが猛威を振るう外へ出た。
 瞬間、肌を襲う湿気。
 高い湿度のためにすぐに汗が噴き出してくる。

「・・・・・・・・・・・・日本の夏は・・・・中東のものともやはり、違うな・・・・」

 眩しそうに目を細め、冷房で冷えた体を生暖かく包む空気の中、帰宅するために歩き出した。

「――― いちや、終わったっ?」

 横合いからの声。
 この一月で聞き慣れた声に反応し、一哉はそちらへ視線を向ける。

「緋か」

 街路樹の枝に腰掛け、周囲から好奇の視線にさらされながらも飄々としていたのは守護獣――緋だ。

「よいしょっと」

 スタッと自分の身長数倍の高さから着地してこちらに駆け寄ってきた。
 緋は鮮やかな毛色と整った顔たち、しかも、着ているものは赤と黄色という派手な着物――裾は膝丈――だ。
 このように注目されることは少なくはない。
 それは彼女と再会して1ヶ月ほど経った今までの経験だった。

「待ってろ、なんて言ってないが?」
「いいじゃないいいじゃないっ。夏だよっ、遊ぼうよっ。いろいろ教えてよっ」

 ぎゅっと一哉の腕を抱いてキラキラと輝く瞳を向ける緋。

「向こうでは一緒に出かけてくれる奴はいなかったのか?」
「んぅ?」

 向こうとは一哉の実家である熾条宗家のことだ。

「いた、ようないなかったような・・・・かな」

 考え込むようにして何とも歯切れの悪い言葉を返す。

「ふ〜ん、っとそういえば熾条宗家はどこにあるんだ?」
「え? 九州だよっ。だから、すっごく暑いのっ」
「へぇ。詳しくは分からないのか? 【渡辺】と違って手がかりがないからな」
「・・・・帰るの? でも、お盆過ぎちゃったよ?」
「馬鹿言え。攻めるんだよ」

 ピタリと緋が立ち止まる。そして、引き攣った笑みで止まらざる得なかった一哉の顔を覗き込んだ。

「・・・・え、と。どういう意味?」
「なんとなく親父を本格的に殺したくなってな」
「・・・・・・・・いちやのことだから、本気だろうけど・・・・。止めた方がいいよっ?」

 なんと渡辺宗家に討ち入るのに賛成していた緋とは思えぬ言葉。

「熾条宗家は渡辺宗家とは違うのっ。渡辺宗家は史上最弱にまで落ち込んでたから何とかなったけど、けどけどっ、今の熾条宗家は史上最強なんだよッ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「"戦場の灯"と謳われたゲンちゃん。その兄にて様々な政策で熾条の強化を図った現宗主。そして、その妻たち2人も直系だし、当代直系にも二つ名持ちがいるのっ」

 緋は無駄にブンブンと両手を振って熱弁した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 暑い。
 ふと視線を巡らせればオアシス=自動販売機が。

「それに【渡辺】は精々30人くらいだけど、【熾条】は大増員で即戦力が80人近いんだよっ。総動員なら120は超えるっ。諸家との関係が密接だからねっ。正直、正確な数は分からないよっ」

 諸家とは宗家と血の繋がりがない別種の精霊術師の一族のことだ。
 有力なものもあるが、分家一家ほどの勢力があれば上々。
 それだけ宗家との差がある。

「それに【熾条】の本邸は【渡辺】や【結城】のように見えるわけじゃないのっ。元々忍びの一族だから本邸も隠れ里びっくりの仕掛けで普通じゃ絶対に見つからない―――って聞いてるいちやっ!?」
「ん? ああ聞いてるぞ」

 一哉は缶ジュースを開け、一口含んでから返事した。その態度からは話を聞いていたようには思えない関心のなさが見取れた。

「人が親切に教えてるのにっ。罰としてあたしにも買ってっ」

 論点がずれる。しかし、緋はジュースに目が眩んで気付いていなかった。

(史上最強、ね・・・・。確かにあの親父がいるならかなりの勢力だろうよ)

 小銭を持ち、キラキラとした瞳でジュースを選ぶ緋を見ながら考える。

(問題は場所、か。本拠地にそれだけ凝っているなら、防衛線のための仕掛けも多いだろうな)

 地の利を生かした戦法。
 神出鬼没にて一気呵成。
 そう、それはまるであの男のような―――

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「? いちや、どうしたの?」

 オレンジジュースを片手に持ち、もう片方の手を一哉の手に絡めていた緋は突然立ち止まった一哉を怪訝そうに見上げた。そして、主人の視線を追う。

「―――熾条一哉様でいらっしゃいますね?」
「・・・・メイド、さん?」

 紺のブラウスに白のエプロン。
 頭にはカチューシャと髪をまとめた団子を包む白い布。
 ブラウスと同色のスカートから覗く皮のブーツ。

「誰だ?」
「ヘレネ、と申します。本日はおつかいに参りました。お部屋に訪問させていただきましたが、不在のようでしたのでお探しいたしました。―――では、これを」

 すっとスカートのポケットから一枚の紙を取り出した。そして、無表情のままその手紙を一哉―――にではなく、緋に渡す。

「わーい、なんかもらったぁ」
「ふふふ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい、待て。まさか、お前、こいつが熾条一哉だと思ってるんじゃないだろうな?」

 手紙を両手で持って頭上に掲げている緋からそれを引ったくりながら言う。

「ご冗談を。私めはただ、お付きの方に渡したまで。直接、あなた様に渡すのは礼を失すると判断したのです」

 何故かふんぞり返っているメイド。

(充分に礼を失していると思うのは俺だけか?)

「では、失礼いたします」

 ペコリと一礼すると踵を返した。

「ねえねえ、いちや。手紙には何て書いてあるの?」
「・・・・そうだな」

 振り返ることなく去っていくメイドの後ろ姿を見送っていた一哉は四つ折りにされたメモ書きのような手紙を開く。

「ぅわっ!? い、いちやっ!?」

 開けて1秒。
 一哉は手紙を燃やし尽くした。

「・・・・男爵、だとぉ?」

 昏い目で一哉はメイド――ヘレネが消えた方向を睨み付ける。

「緋、帰ったらすぐ出掛けるぞ」
「へひっ。・・・・ど、どこへ?」
「地下鉄音川駅。・・・・あの暗い土の中で顔馴染みと再会だ。・・・・ククク、今度こそ、二度と太陽拝めなくしてやる」

 昏い笑みを浮かべて歩き出す一哉に対し、直接心の変化を受け取った緋は頭を抱えてしゃがみ込んだまま、その場を動くことができなかった。






結城晴也 side

 京都結城邸。
 京都市内に建つ純日本風建築の豪邸だ。
 観光客が築数百年が醸し出す雰囲気から何か名のある建物だと勘違いするほど威風を備えている。

―――タンッ

 矢が的に突き刺さる気持ちのいい音が敷地内に建てられた弓道場から響いた。

―――タンタタタタタンッ

 今度は連射の音。
 弓矢が速射に優れた武器であるとは言え、ここまでの技量を持つ者はそういないだろう。

「―――ふぅー・・・・」

 晴也は大きく息を吐き、持っていた弓を下ろした。

「んー、やっぱ実力だとあんまりうまくはいかないな」

 放った矢数は50本。
 その内、30本ほどが所狭しと的に突き刺さっている。
 これは矢と矢の間を通し、どれだけ刺さるかという晴也独自の訓練方法で、そこからすでに超越していると言えよう。

「―――晴也様」
「あ?」

 用意しておいたタオルで汗を拭いていた晴也を家の者が道場の入り口から呼んだ。

「どうした?」

 タオルを肩にかけ、ペットボトルのスポーツドリンクを口に含む。

「実は―――」
「―――やっほー、晴也」
「ぶーっ」

 軽快な声をかけた少女の姿を見ると、晴也は思わず口の中を噴き出してしまった。
 それは霧状になって少女に襲い掛かる。

(ヤバ―――ッ)

 水滴は少女――綾香にかかる寸前で突風によって吹き散らされた。

「・・・・・・・・危なかったわね」
「は、はは・・・・」

 晴也は冷や汗をタオルで拭きながら苦笑いを浮かべる。

「ありがと。助かったわ」
「いえ。・・・・では、失礼します」

 綾香をここまで案内した男は2人に一礼すると歩き去った。

「何か用か?」

 綾香は音川町に下宿している。
 晴也は電車通学――面倒な時は車を出させるが――だ。
 当然、綾香がここに来るには電車を乗るという作業をしなければならない。
 気軽に訪ねられる場所ではない。
 そもそも、今は電車ですらここに来ることは不可能だ。

「晴海さんに呼び出されたのよ。電車止まってるから迎えの車も来てね」

 晴也の疑問を解消する返答を返した。
 そうなのだ。
 先日、起こった地下鉄神居駅爆破テロによって音川町に通じる地下鉄が停止。
 数本だけ臨時線が出ているようだが、本当に数本なので利用しようとする気は起きないのだ。

「ってか、姉貴に呼び出されたのにどうして俺を?」

 晴也の姉――結城晴海は自室に家の中にいるはずだ。

「呼んで来いってさ。それに、用件は『地下鉄神居駅爆破テロ』のこと」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」

 晴也は弓を元の位置に戻し、刺さった矢は数秒考えて放置することにした。
 誰かが片付けてくれるだろうし、遅れでもしたら晴海に何を言われるか分からないからだ。

「行くか」
「ええ。・・・・そう言えばお兄さんは? 大広間に通されたけど、上座に座ってたのは晴海さんだったし・・・・」

 大広間を使うとは文句なしで大事だ。
 それに家主である兄――結城晴輝が参加しない訳はひとつ。

「あー、また埋まってるんだろ」

 今頃、晴輝の秘書が陣頭指揮を執って地下室の発掘作業を行っているはず。―――書類に埋もれた晴輝を探すために。

「また!? どうしてそんなことになるのよ・・・・」
「んー、書類整理が下手なんだろ」
「一緒に部屋にいて整理してあげれば?」
「・・・・行方不明者が増えるだけだと思うな」
「・・・・・・・・・・・・なんて、厄介な・・・・」

 雑談に興じながら2人は結城邸の大広間に進む。

「―――やっと来たわね」

 縁側から障子を開けて中に入ると、上座に姿勢正しく座る晴海と上座に対して左右に分かれて座る者たちが迎えた。

「地下鉄神居駅のことだな? やっぱ、何かおかしかったのか?」
「ええ。―――義積、説明を」
「はっ」

 義積と呼ばれた壮年の男は幼少より晴海の世話をしてきた者だ。
 今では晴海の護衛など側近としての雑務を仕事にしている。

「では、まず。警察関係者から手に入れた被害詳細です」

 地下鉄神居駅爆破テロ事件。
 4日前、地下鉄など複数の路線と連結する神居駅で大規模な爆発があった。
 爆発前に滑り込んだ特急電車に爆発物は積まれていたと推定され、乗車・下車客によってホームが混雑していた時に爆発。
 破片や熱風は容赦なく利用客に襲いかかり、少なくとも数十人が死亡。百数十人が重軽傷を負った。
 地下鉄の停止。
 それに伴うダイヤの乱れによる被害は最低でも数十万人に昇るという。
 世間は盆休みで帰省などの利用客が多く、今でも完全復興の目処は立っていない。

「以上が"公式発表"された情報です」
『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』
「次に警察内部、また消防、病院関係にいる協力者からの被害者の状態です」

 バラッと義積が持っていた写真を広間の中央にばらまいた。

『『『『『―――っ!?』』』』』

 全員がその惨状に息を呑む。

「二次災害として"これら"を目の当たりにした緊急要員たちの精神破壊があります。しかも、その数はもうすぐで三桁に達するそうです」
「これだけのことをしでかし、その最中に我々に連絡が来ない・・・・」
「下手人はかなりの手練れ・・・・。しかし、どうしてこれだけのことを・・・・?」

 晴也は密かに集まっている人員を見遣った。
 当主である兄がいないことを除けば間違いなく結城家の要人たちが勢揃いしているといえる。

「・・・・ねえ、すっごい大事じゃない?」
「ああ。俺もここまで集まったのは親父たちの法事以来だと思う」

 ボソボソと言葉を交わし合う2人を気にせず、晴海の側近は続けた。

「遺体から分かる敵の武装は、"重火器や軽火器、鈍器、鎌や鉈"です。もちろん、ほとんどの犠牲者は爆発の衝撃と熱風、飛び散った破片ですが、これら殺傷道具を使用された者も多いです」
「多勢と言うこと?」
「いえ、そこまでは。もうしばらくすればSMOが収容している目撃者の証言が手に入ると思いますが」
「くそっ、また奴らか。公的権力を振りかざしおって」

 ひとりがそう毒づくと他の者も苦々しげな顔をする。

「ま、向こうは公的権力を使って情報管制やその他の雑務をこなしてくれるわ。情報さえ下りれば私たちのものよ。何より、彼らが動いていること自体、これは私たちの仕事だと思わない?」

 同業者――それも間違いだったでは許されない公的機関――が動いているならば、その件が自分たちの管轄である証拠になる。
 物は考えようだ。

「彼らは鼻の利く猟犬よ。独力でも狩れるけど、やっぱり猟師がいないとうまく狩れないわよね」

 くすりと晴海が笑うと、うまい例えに部屋の者たちもふっと笑った。
 当主の妹とはいえ、まだ高校生の少女が壮年や老年の男女を支配している光景。
 それは他では異様に見えるだろうが、この家では至極普通のことである。

「では、解散。これは今年始まって以来の事件よ。各自、しばらくは待機でお願い」

 晴海が締め、会議はお開きとなった。
 重鎮たちは体を伸ばしながら自分たちの一族への命令を考え出す。

「―――申し上げますっ。先程、地下鉄音川駅のロータリーにSMOの車両が大挙として進入。結界を以て、完全封鎖したとのことですっ。駅周辺は緊急車両が続々と集結し、混乱の極みとなっていますっ」
『『『『『―――っ!?』』』』』

 そんな雰囲気の中に駆け込んだ者がもたらした情報は衝撃を伴って広間を揺るがせた。
 秘密裏に行動することが原則のこの業界。
 緊急車両――警察など、表の機関が出動しているのに彼らが動くと言うことは―――

「皆さん、先程の命令は取り消すわ」

 静かな声が広間にいる全員の鼓膜を震わせる。

「全員、武器を手に表へ集合しなさい、以上」

 晴海が立ち上がると全員が動き出した。

「表へ車を回せっ」
「武器庫の鍵を持ってきてっ」
「とっとと他の奴らを呼び寄せろっ」

 指示を出しながら部屋の外に向かう彼らの背中に晴海はもう一度声をかける。

「皆さん、戦場は地下。・・・・どうか、気を付けて」

 穏やかな笑みを浮かべながら言った晴海から彼らを想う気持ちが滲み出していた。

『『『『『はいっ』』』』』

 その想いに心を打たれ、彼らは気を引き締めて戦闘準備に移る。

「晴海さん、人の上に立つ人、って感じよね?」
「ああ、あーゆーところは真似できねえわ」

 座したまま感心する2人。

「晴也も、さっさと準備しなさい。あんたは人一倍心配なんだからぁ。―――綾香ちゃん、愚弟を任せたわよ」
「ええ、安心してください」
「姉貴・・・・ひどくないか?」

 呆れた声を漏らす晴也。

「"風神"は当てにならないわね。"雷神"も狭いから気を付けてね」
「分かりました」

 晴海と綾香はスッパリと晴也の苦言を無視した。






黒髪少女 side

「―――ふぅ、着いた着いた。時間かかったなぁ・・・・。まあ、大惨事だったから仕方がないけど・・・・」

 電車から降りて肩からゆっくり力を抜く少女。
 地下鉄との連絡駅での事故。
 その事後処理で大幅にダイヤが乱れていて時刻表など今はただの紙切れになっている。

「さて、あんまりこっちに来なかったけど・・・・知ってる道まで出たら大丈夫だよね」

 やや不安そうに呟いた少女は歩き出した。そして、改札を出るとあまりの喧噪に思わず一歩後退る。

「うわ、ここって統世の学生町だから・・・・夏休みってほとんど帰省で人少ない、とかじゃないの?」

 厳密に言うと違う。
 確かにここ――音川町は統世学園を中心に沿えた街作りをしているが、それは学生受けを狙ったものというだけだ。つまり、休みとなれば帰省しなかった統制学園生だけでなく、近隣の若者たちが集中する街なのだ。
 だが、意外と交通規制がしっかりしているので歩く分には不都合はない。

「生きてるのかなぁ・・・・」

 それでも小柄なため、少女は歩きにくそうに進みながら呟いた。
 割に本気の言葉。
 今から会いに行こうとしている少年は料理が致命的にできない。
 いや、もはや「料理」というのさえ憚られる。
 調理実習では笑顔で退場を命じられ、その指示にクラス全員から拍手喝采が起こったことはまだ記憶に新しい。

「よしッ」

 気合を入れ、エスカレータに乗った。そして、その美眉をひそませる。

「ねえねえ、そこの髪の綺麗な彼女」
「1人? せっかくこんなとこにいるんだから、遊ぼうよ」
「え? 私今から―――」

 エスカレータの上下段で自分よりは年上だが、若者で通じる男たちから声がかかった。

「ほらほら、行こう?」
「全部奢るからさ」

 全く人の話を聞いていない強引さが目立つ。

「あの、ちょ―――」

 少女は手を取られ、後ろから押されて連れていかれそうになり―――

「―――キャアアアアアアアアアッッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?!?」

 聞こえた突然の悲鳴で無意識に振り払っていた。
 改札の向こう――地下4階のホームから嫌な音と悲鳴が響き渡ってくる。

「な、何だよ・・・・」
「いったい、何が・・・・?」

 男たちはその異様さに気圧されて後退った。

「う、うわ・・・・」

 少女は嫌な予感を抱き、男たち以上に怯えたよう固まっている。

『『『―――う、うわああああああああッッッッッッ!?!?!?!?!?!?!?』』』

 姿を現したものを見てその場の全員が絶叫した。
 人形。
 それもフランス人形という種類だった。それだけならまだいいが、それは自分で動き、その体は血だらけだった。
 人形が血を流すわけがない。
 つまり、それは返り血。
 その場の全員が嫌な音は肉が断たれる音で悲鳴は断末魔と悟ったのだ。

『『『『『――――っっっ!?!?!?』』』』』

 恐慌が始まった。
 前方の邪魔な者を押しのける者。
 泣き叫ぶ子供を無視して走る大人。
 無防備な背中に襲い掛かる人形たち。

 それを空間の裂け目から見る者がいた。

「―――ふ〜ん、おもしろそうなことしてる・・・・。へへ、遊ぼうかなぁ」

 その者の目は人々を惨殺しながら進む傘や大鎌、銃器を持ったフランス人形たちに向けられている。

「"男爵"、暴走した?」

 眉と唇が優美な曲線を描き、その者はニンマリとした笑みを浮かべ、阿鼻叫喚の地下街から姿を消した。










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