第三章「狂気の宴」/ 1


 

『―――まもなく〜、神居駅、神居駅です。お降りの方は―――』

 独特のイントネーションの車内アナウンスが特急電車の中に流れた。

「―――マスター、下車駅で御座います。車椅子を動かさせていただきます」
「うむ」
「よぉ、男爵さんよぉ。オレたちをこんなとこまで連れてきていったいどーするつもりだよぉ?」
「全くです。私は早く、いえ、即刻帰ってベートーベンの交響曲第5番ハ短調を聞きながら優雅に緑茶を嗜みたいのですが」
「『運命』を聞きながら、優雅に緑茶? 全く理解できんな」

 今は8月中旬。
 お盆休みも終わり、そろそろ本気で宿題を気にし始めた学生たちが現れていた。そして、まだまだ遊び足りないという者と入り交じって夏休み当初とはまた別の混雑となっている。
 音川町の隣市――神居市の玄関口――地下鉄神居駅に降り立った4人組は奇妙な組み合わせだった。
 マスターと呼ばれた初老の男は真夏だというのに黒い外套を羽織った紳士然とした服装。そして、彼の乗る車椅子を押す女性はメイドである。
 この2人は外国人――西洋人の顔つきから夏の休暇を利用し、日本に観光に来た金持ちと侍女といった感じだ。
 それを肯定するかのように男は「男爵」と呼ばれていた。

「っつーか、暑くねえのかよぉ?」
「ええ。私からすればあなたの外套ほど常軌を逸しているものはないと思います」

 付き従うような2人の青年はただの日本人だ。
 特筆するならば敬語の青年がフレームのない眼鏡と分厚い本を持っていることと、もうひとりが大柄で涼しげなアロハシャツを着て、ギターの入った容器を背負っていることくらいだ。

「何をこれしき。音を上げるのが早いぞ」
「とは言ってもよぉ・・・・」
「ええ・・・・」

 今日の気温は30℃を大きく超えている。
 はっきり言って真冬の格好をしている老人の方が異常だった。

「ふん。―――ところでヘレネ、調べは済んでいるのか?」
「イエス、マスター。すでに"東洋の慧眼"の住所を割り出し、僭越ながら手紙も御用意いたしましたです。褒めていただけますか?」
「うむ。よくやった」

 老人は侍女の仕事ぶりに満足し、大きく顔を上下させる。

「では撫でて下さいまし」
「は?」

 ピタッと白髭が立派な顎を上げた状態で老人が固まった。
 ゆっくり正気を疑うかのように侍女の顔を窺うが、彼女はいつも通り無表情だ

「確か東南アジアのとある国では子どもの頭を撫でてはいけないという風習がありましたが、ここは日本です。さあ、思い切り私めの頭を撫で回せ」
「主人に向かって命令形かっ。・・・・いや、そうではなく」
「? インドでしたでしょうか?」
「そういうのでもないっ。―――時間はいいのか?」

 老人は呆気にとられる2人の青年を見遣り、話題を変えた。

「ええ。先ほど《クルキュプア》から連絡を受けました。後、(3×4×5+7)÷60秒後です」
「「「・・・・えーっと、今の言い回しに何の意味が―――っ!?」」」

 背後で今まで乗っていた特急電車が突然爆発する。

「きゃあああああああ!?!?!?」「何々!? 何なのこれぇ!?」「うおわあああっっ!?!?」「な、なんか出てき―――あぐっ」「な、何だこいつ―――ぎゃあっ」「皆さん落ち着いて下さ・・・・え?」「・・・・え? 爆発事件じゃないのか?」

 阿鼻叫喚、毛骨悚然、魂飛魄散 etc.
 こんな言葉が当てはまるほど神居駅は混乱状態になった。

「・・・・ちと、やり過ぎではないか?」
「オレもそう思うぜ」
「同感です」

 3人の男はジト目で侍女――ヘレネを睨む。
 彼らは爆発後の混乱の原因には襲われなかったが、爆発によって飛び散った破片に大挙として襲われた。
 それを救ったのは今まさに人を殺戮している化け物――フランス人形である。
 その中の1体が日傘を広げ、人体に多大な損傷を与えうる速度と質量を持った破片を残らず防ぎ通したのだった。

「・・・・失態です」

 3人の視線を浴びたヘレネはふらふらと壁まで歩いていき、徐ろに片手を壁に押しつける。

―――ベキャッ

 手を中心に壁が放射状にひび割れた。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 白い視線を送り続ける3人を感じているのか、ヘレネはひどく気落ちした仕草で呟く。

「火薬の量を間違えたようです。―――反省」
「いや、訳分かんねえよっ。何なんだよ、こいつはよぉっ!?」
「吾も同感じゃ」
「・・・・あなたは"アレ"の主ではないのですか?」

 悲鳴や怒号が渦巻く神居駅内にて彼らは比較的平和な会話を展開していた。

 もし、この場を第三者が見ればどう思っただろうか。
 おそらく、大部分が彼らをこう捉えただろう。

―――奇妙ではなく、異常だと。






長期休み初日決定審査大会? Scene

「―――1年生ながらも野球部レギュラーの乱れ打ち、喰らえェッ!」

 弾丸のように突っ込んでくる物体。
 それは着弾するなり、閃光と爆音を轟かす。

「怯むな。盾から飛び出すなッ」―――ドガァン!「くっ、爆発物制作研究部と野球部がこんなにすごい組み合わせなんてッ」「耐えろッ。相手にそうスタングレネードが大量にあるわけじゃないッ!」―――ドドォン!「敵影、見えるかッ?」「ダメだッ。木が邪魔して見えない」―――ヒュンッ「うわあッ」「久坂くんッ?」「お、俺はもうダメだ。へ、矢を喰らっちまったぜ・・・・(ガク)」「いやあ、久坂く―――キャッ」「狩山!?―――くっ、委員長ッ、被害が増えるばかりだッ。ここは決死隊でも出して敵の位置を―――」―――ガアン!「ダメ」「何故!?」「もう少し」―――ドドン!「くぅ。―――あと少し、粘れィッ」「OK! 1−Aの意地、見せてやるッ」「伊達に担任のチョーク投げを毎日かいくぐってないわッ」「そうだッ。飛び道具など見慣れとる―――わッ?」「戸塚!?」「犠牲を、闘志を胸に押さえ込み爆発の時を待てッ」「ここを耐えれば勝機が来るぞッ」「そう。さながら一五八九年、伊達軍が必勝の布陣だったのにもかかわらず逆風によって劣勢に追い込まれたわ。でも、風向きが変わった瞬間、反撃に転じて芦名軍を壊滅させた奥州最後の大戦――摺上原の戦いのようにッ!」「知らねえよッ」「知ってなさいよッ。独眼竜よ!?」「喧嘩すんなッ」―――ガガガン!「応射」「放ってッ」「撃てェッ」―――ヒュンッ ダダーンッ「散開」「散れェッ」「開けェッ」―――ガンッ「うわッ」「後少しだぁッ!」

 阿鼻叫喚の、一種の興奮状態の戦場を切り裂く指示が出る。
 それは総攻撃の一歩前の命令。

「―――精鋭、乗崩し」

 命じた委員長も本陣を捨てて突撃に入った。

「委員長に続けぇっ!」

『『『『『オオオオオオオォォォォッッッ!!!!!!!!!!』』』』』

 正面から盾を捨てたA組の猛攻に敵は怯みつつも果敢に戦力を前面に集中させる。―――いや、させてしまった。

「―――待ってました。喰らえっ、これが本家本元だ、にわか狙撃手。必殺5連射ッ!」

『ギャアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!』

「死にたい奴は前へ出ろ。軽く後ろに吹き飛ばしてやるッ」

『う、うわああああああッッッッッ!!!!!』

「うふ、うふふ。鎖鎌なしでもいけるものねッ」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

「スタングレネードは取り扱いに注意しないといけないな」

『うわ、安全ピンがぁ―――ぎゃわああああああッッッッッ!!!!!!!!』

 突如、横合いから攻め寄せられた1年D組は最後のスタングレネードの暴発によって生じた混乱の隙に耐えに耐え、鬱憤を貯まらせた1−A本隊に襲撃され、数分で戦闘不能に陥った。
 開戦当日。
 わずか数時間で1クラスが消えるという報が島を揺るがせる。
 その事実が島に布陣した普通科――A〜D組――と商業科――E〜H組――の士気を上げた。そして、最初故の戸惑いもかなぐり捨てて己の生き残りをかけて没頭していく。
 以後、7日間。
 サバイバルの楽しみに震える声が瀬戸内のとある島中に響き渡った。




『『『『『―――長期休み初日決定審査大会っ!?』』』』』

 話は無人島での勝利から2週間前に遡る。
 すでに期末試験は終了し、教師に不正委員からの粛正覚悟で賄賂を送らない限り、夏休みの有無は決まっていた。
 よって生徒たちは平穏―― 一部には執行猶予期間――にある。
 7時間目、橘冬美――ほとんどの生徒が名前を覚えていない――私立・統世学園1年A組担任先生が言った言葉をクラス全員が訊き返した。

「何ですかそれ?」
「お前らの目は節穴か? プリントを読め」

 全員がたった今配布されているプリントを見る。そこには―――


『我が校のモットーは"文武両道"である。
 そして、その"武"を競うため他クラスを戦い、その結果で夏休みの始まる日を決める。これが"長期休み初日決定審査大会"だ。
 全校生徒諸君、レベルの高いバトルを期待しているよ。   理事長』


『『『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』』』』』
「分かったかー。じゃあ、ルールの説明に行くぞ。1クラス42人だから、行動は6人1組」

 読んでも理解できなかった子羊たちを無視し、担任は続ける。

「大会期間は10日間。食料も配布される。戦闘期間は、7日間。初めの3日間は拠点確保・作戦の準備期間とする。武具は学校の許可した物のみだ・・・・質問は?」

 皆シーンとして、誰もしゃべらなかった。
 入学式に生徒会長から一学期の終わりの一山は辛い、と聞かされていたが、このこと――サバイバルだったとは。

「・・・・ないなら次行くぞ。撃破条件は皆が腰につける2つの風船が2つとも割られたら死。割らずに捕まえて捕虜にしてよし」
「はいはいッ? 死んだらどうするんですか?」
「死んだら学校へ強制送還。7月中勉強合宿だ。しかし、クラスが勝てば開放される。ということは、相手を早く殺すと相手が長く苦しむということだ」

 邪悪な笑みを見せる。
 1人の生徒が立ち上がり、叫んだ。

「夏休みが欲しいかァァァァ―――――ッッッッッ!!!!!!!!!!」
『『『オオオオオオオォォォッッッ!!!!!!!!』』』
「絶対勝つぞォォォォ―――――ッッッッ!!!!!!」
『『『オオオオオオオォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!!!』』』
「叩き潰せェェェェェェ―――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!」
『『『オオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!!!!!!!!!!!』』』

 このクラスは意外と結束が固い。しかも、日頃から他クラスとの仲は悪い。よって全員叩き潰すつもりだ。
 さらに格闘術経験者も多い。

「総大将は委員長。当たり前だが、こいつを取られるとどれだけ勝っていようと負けだ」
「先生っ、武器は?」
「致命傷に至らない物ならOK」
「? 例えば?」
「鏃のない矢。穂先の丸い槍」
「・・・・致命傷になりません?」
「大丈夫。武器はその扱いに慣れた奴しか携帯を許されないからな。まあ、弓矢はかなりの上級者か、素人かだ。―――分かったか、結城」

 先生が教室の窓際の中間辺りに座る男子生徒に向けて言う。

「もちろん。つまりは俺が全て射抜いていい、ってことだろ?」

 結城晴也は先日行われた大会で皆中――持ち矢を全て的に中てること――で見事優勝した弓道部のエースだ。
 いかに鏃がなくとも急所に打ち込まれれば悶絶間違いなしである。

「まあ、山神、熾条、村上の3名もいるしな。ああ、因みに山神の鎖鎌は却下命令出たから」
「何で!?」

 得物をダメ出しされた山神綾香は机をバン、と叩いて抗議した。

「お前が鎖鎌を持っているのを見た瞬間、敵が逃げかねない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なるほど」
『『『納得した!?』』』

 あまりの引きの良さに全員がツッコミを入れる。

「だって事実だから」
『『『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに』』』

 本人からの言葉に今度は1−Aの面々が深く納得の意を示した。

「―――熾条ぉ。お前は木刀か?」
「木刀は致命傷にならないのか?」
「・・・・じゃ、竹刀か」
「妥当だな。別に素手でもいいが、あることに超したことはないな」

 熾条一哉は1ヶ月ほど前に行われた球技大会で剣術を選び、なかなかの戦果を収めていた。

「―――盾は?」
「お、さすがにやる気だな、委員長。もちろん、使用可だ」

 先生のことばに「キラーン☆」と目を輝かせる委員長。

「編成―――」

 1年A組が抱える最強の軍略家――委員長は冷淡は無表情で作戦会議を進め出した。
 こうしてA組の基本戦術が決まり、それは本戦で遺憾なく発揮されたのだ。




「―――いえーいっ。大勝大勝っ。いや、やっぱりあそこでオレ様の活躍が―――」「馬鹿言わないの」ポカッ「イデッ」「そうだぞぉ。手柄を独り占めはいけねえぞ」「怪我人もいるんだからね?」「そうそう。私たちこそ英雄よ」「チッ、死ねばよかったのに」「オイッ!」

 1−Aの本拠――島の丘にある――では、緒戦の勝利による宴会が行われていた。
 敵方から奪った食料によって可能になった贅沢だ。

「―――あいつら、精鋭部隊のありがたさを忘れてるわね」

 山神綾香が紙コップ片手にやや憮然とした表情で言った。

「仕方ないだろ。スタングレネードとか矢が飛び交う戦場で耐えてたのは奴らなんだから。俺なら我慢できなかったね、はっはっは」
「威張れることじゃないでしょ」

 パシッと高笑いする結城晴也の後頭部を叩く。

「イテテ。――― 一哉、お前なら耐えれたか?」
「・・・・分からないな。暗所や奇襲で使うスタングレネードの乱射など聞いたことがない。大方、音と矢に打つ手なく、途方に暮れてるだろ」
「だよな。いや、先に潰しておいてよかったぜ」

 戦闘心理関連では自分より遥か上を行く2人の意見が自分と違うことから綾香は怯んだ。

「もしかして・・・・あたしだけ? あんなの虚仮威しだって分かって盾の後ろにいられるの」
「―――そうりゃそうだろ」

 村上武史が握り飯を片手にやってくる。
 自他共に認める晴也の側近は合気道などの格闘術で鍛えられた肉体にはいくつかの傷が見られるが、元気なものだ。

「山神は心臓に毛が生え―――げぶぅっ!?」
「やかましいわっ」

 如何に格闘術の達人でもこの綾香の奇襲は避けられなかったようでゴロゴロと坂を転がり落ちていった。

「全く。―――そう言えば熾条、瀞はどうしたの?」
「・・・・は? 何でいきなり?」
「気になるでしょ。友達がいきなり親戚の不幸で長期休暇に入って音信不通なんだから。ってか、あの娘今時携帯すら持ってなかったのよ?」

(まあ、足がつくからな)

 変なところで生真面目だった渡辺瀞を思う。
 今頃、うまくやっているだろうか。

「―――で、その後の情勢をアンタに訊いてるのよ。別に馴れ初め話せってわけじゃないんだから、恥ずかしくないでしょ」

 じとー、っと綾香が睨み付けてくる。
 物理的圧力はないのだが、心持ち一哉は仰け反った。

「あー、あいつは実家で何かいざこざがあったらしいが、もう解決した」
「・・・・へえ? じゃあ瀞は帰ってくるの?」
「・・・・さあ?」

 それは一哉の与り知るところではない。

「・・・・結局、何も知らないんじゃない」

 不満そうに紙コップに口を付ける綾香。

「ま、しゃーねえな。人様の家のことだからよ」
「そうだけどねぇ・・・・」

 晴也のフォローでも不満さは消えないのか、綾香はグビグビとコップの中を飲み干した。

「よし、この憂さは明日の戦いで晴らしますか」
「「・・・・南無。せめて未練なく成仏してくれ」」

 晴也と一度、顔を見合わせると2人は明日戦うクラスに向けて合掌する。

「どーゆー意味よっ」
「「ぐぬっ」」

 その後頭部に綾香の鉄槌が振り下ろされた。



 翌日から1−Aの快進撃は始まった。
 後に学園最強とまで評されることになるまでの、圧倒的戦闘能力で勝利する。
 かくして彼らは夏休みを手に入れ、意気揚々と音川へと帰還した。

 そして、多くの生徒が帰省したことで、後の悲劇を回避したのである。

 因みにどのような戦闘経緯を辿ったのかは、割愛する。
 だが、統世学園の奇人・変人を生み出す雰囲気に毒されていったのは確実だった。










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