第五章「南の島、そして妖狐の孫」/2


 

 二式飛行艇。
 通称、二式大艇と呼ばれるレシプロ機が太平洋戦争時に運用されていたことは知っているだろうか。
 日本海軍が川西航空機に製作させた、四発の大型飛行艇だ。
 その性能は当時の最高峰であり、レシプロ水上機部門において、現代に至っても凌駕する機体はないと噂される。
 零式艦上戦闘機、通称「零戦」を超える、世界水準を大きく上回る水上機。
 開発略符号「H8K2」。
 全幅38.00m、全長28.13m、全高9.15m。
 最高速度470km/h、最大航続距離8223km。
 速度において、当時のイギリス主力大型飛行艇を100km/h上回り、航続距離においてもB-29を上回る性能を誇っていた。
 これらの卓越した技術は海上自衛隊などで使用されているUS-2などに引き継がれている。
 さて、何故、この二式大艇の話をしたかというと、どこかのお嬢様が莫大な金をつぎ込んでこれを復活させたからである。






南の島scene

「―――ふふん♪ どーですか?」

 兵庫県神戸市神戸港。
 日本が世界に誇る貿易港の一角で、歴史的な機体がその翼を休めていた。そして、その前で、お嬢様が胸を張る。

「お前、馬鹿だろ」
「何でですか!? 二式大艇ですよ!? 日本海軍が誇る世界最高軍用機ですよ!?」

 奇しくも、同日において別人物に向かって同じセリフを吐くことになった直政はため息をついた。
 隣で亜璃斗もこめかみを叩いている。
 因みに央葉は何を思ったのか、機首方向で両手を挙げて何かを交信しており、「止めろ」とカンナに叩かれていた。また、凪葉に至っては倉庫の壁に手をついて暗雲を背負っているポニーテールの少女が気になるようだ。

「はぁ・・・・まあいい。心優の破天荒さは軌道修正不可能なのは知ってるから」
「うんうん」
「それで、あそこでブツブツ言ってる奴には何をしたんだ?」

 直政が指さしたのは凪葉が気にしていた少女だ。
 自分たちと同じように攫ったのならば、あそこまで落ち込まないだろう。
 というか、直政にはあの少女がおとなしく拉致される場面を思い浮かべることができない。
 どう考えても紅蓮の炎をまとって撃墜されるヘリが浮かんでしまう。

「政くんは失礼なことを考えています。私はちゃんと正規の手順である保護者の許可をもらって、真正面から彼女を案内するように指示しましたよ」

 「世間一般には指示すること自体がおかしいんだよ」と返した直政は少女――鹿頭朝霞の下へと歩み寄った。

「んで、どんな非常識に直面した?」
「・・・・身内に裏切られたわ」

 虚ろな瞳を向けられ、直政は顔を引きつらせる。
 心の中で「どこが真正面から案内したんだよ!?」とツッコミを入れていたが、先を促した。

「もう少し詳しく」

 コクンと普段の彼女からは想像もできないほど、素直に愛らしく頷いた朝霞はポツポツと話し出す。
 屋敷に帰ると、門の前で家宰である香西仁と見知らぬ執事服を着た男が立っていたらしい。
 香西はまさに感涙にむせび泣く、という状態であり、怪訝に思った朝霞は彼に問うた。
 「いったい、何があったのか」と。

「涙ながら、香西はこれを差し出したわ」

 そう言って渡された手紙を広げた直政は思わずのけぞる。
 そこには「親愛なる鹿頭朝霞嬢」から始まる、上流階級の雰囲気漂う見事な文面が踊っていた。
 その文章の要約は「大切な友達である朝霞を是非、自分が主催する旅行に連れて行きたい」というものだ。
 差出人は言うまでもなく、心優だ。

「香西は僧侶だから、格式張った文章などを見ると感嘆の息をついてしまうのよ」

 家人のメールを見た時の落ち込みようは、朝霞ですら踏み込めないほどだったのだ。
 それほど完璧な文章を見て、それを書ける少女が自分の主の友人であることに感動したのだろう。

「そうして絶句していた私はあれよあれよとヘリに乗せられてここに連れてこられたのよ」
「真正面から誘拐じゃねえか!?」

 拉致より質が悪い。

「そんなことはどうでもいいのです! さっさと乗りますよ!」
「そんなことって・・・・」

 心優は二式大艇に乗れることにわくわくしているらしく、みんなを置いて搭乗口へと駆け出した。

「仕方ないか、ここまで来たら乗ってみるしかねえな」
「実は兄さんも楽しみだったりする?」
「・・・・否定はしない」

 痛いところを突っ込まれて視線を逸らした直政の袖が引かれる。

「ん?」

 振り向いたそこには、スケッチブックを抱えた央葉が立っていた。

『二式大艇は最高速度でも約470km/h。マリアナ諸島まで約2400km』
「約5時間も空の旅・・・・」

 苦痛だ。

「あ、その点は安心していいです。さすがに火星エンジンは手に入りませんでしたから、エンジンは最新式にしました。ですから巡航速度で時速600km弱です」
「それでも4時間じゃねえか!?」
「早く着いてはせっかくの傑作機から見下ろすマリアナ諸島が楽しめませんよ」



 マリアナ諸島。
 小笠原諸島の南に位置し、太平洋戦争ではサイパン島を始め、テニアン島などで島嶼戦が行われ、マリアナ沖海戦は史上最大規模の大海戦となった。
 結果、大敗した日本は完全に主導権を失い、防戦一方になったのだが、それから1年以上の抵抗戦を行うこととなる。
 現在ではグアム島を中心地にアメリカの自治領として観光客を呼び込んでいる。
 この観光施設を楽しみに、心優たちは4時間に渡る旅に出たのだった。



「あれがテニアン島です」

 長い航空機の旅は意外とつまらなくはなかった。
 これだけ大人数の旅行と言うこともあり、また、無茶な計画と言うこともあり、心優に質問が相次いだからだった。
 たとえばパスポート問題。
 しかし、これは唯宮財閥の超法規的措置によってクリア。
 旅行物資や宿泊施設なども全て唯宮家の財力で何とかしてしまっていた。
 恐ろしいのは両親などのコネではなく、心優自身のコネであることだ。

「テニアン島? サイパンじゃなく?」
「サイパンの隣にあるあの島ですよ」

 心優は機内にあった液晶にテニアン島のアップを表示する。

「広島と長崎に原爆を落としたB-29が離陸したことで、とある筋には有名な島ですが、あまり一般人には知られていませんね」

 テニアン島は日本海軍の闘将・角田覚治中将(当時、第一航空艦隊司令長官)が守っていた。
 精糖工場が多く立ち並ぶテニアン島には多くの民間人がいたが、角田自ら「自決の必要なし」と民間人に言い回ったためにサイパン戦、沖縄戦のように民間人の集団自決は生じなかったと伝えられている。
 戦後、復興したサイパン島とは違い、テニアン島に訪れる日本人は少ない。
 その理由は心優が言ったとおり、テニアン島自体の存在を知らないことが上げられた。
 もうひとつはテニアン島の大部分が米軍の軍事施設領域に指定されているからである。

「お嬢様、米軍が航空無線で警告してきていますが?」
「無視で♪」
「いや無視しちゃダメだろ!?」
「ぶー・・・・もう少し行けば、空から滑走路が見えたんですけど・・・・」
「撃墜されるわ!」

 直政が心優を引き寄せ、亜璃斗が操縦士に進路変更をお願いする。
 長年の経験が生かされた連係プレーによって、海の藻屑にならずにすんだ。


「あー・・・・着いた着いた」

 サイパン島。
 アメリカ合衆国自治領――北マリアナ諸島の中心的な役割を果たす島である。
 マリンスポーツなどで、グアムと並んで観光地となっており、毎年多数の観光客が訪れている。また、太平洋戦争において大規模な陸戦が行われた戦地でもある。

『まだ明るい』
「それはもう! みんなを集合させる時間がもったいないと判断したからです。偉いですか? 政くん」

 ニコニコと笑みを浮かべて寄ってくる心優の額にチョップを繰り出した。

「町中にヘリをホバリングさせるなど言語道断だ、非常識娘」
「えへへ、これが愛ですか」

 少し赤くなった額を撫でながらはにかむ心優。

「ねえ、あの娘って馬鹿なの?」
「あいつはいつもあんなだ」

 朝霞の質問に肯定とも否定ともとれない返答するカンナ。
 心優は朝霞の暴言も耳に入らないのか、みんなに向き返るなり一言。

「皆さん、海です! 着替えてください!」
「「「「はい? 着替えなんて何も」」」」
『持ってない』

 全員が「?」を浮かべる中、直政から眼鏡を奪い取った心優は鼻高々にそれをかけて胸を張る。

「紡績関連企業財閥・唯宮家令嬢のわたしが、しっかりコーディネートしてやります!」

 言葉と共に一行を黒服に身を包んだ女性たちが取り囲んだ。



「―――で、着替えてやることはバーベキューなのね・・・・」

 男の着替えなどパパッと終わる。
 直政は用意されたアロハシャツと半ズボンに着替えるなり、浜辺でバーベキューの準備をしていた。
 まさに南の島に遊びに来た少年だ。
 心優曰く「定番の服装というものはそれを着ただけで情景を思い浮かべて楽しむことができます」とのこと。
 海に水着、祭りに浴衣、初詣に着物というものは着ただけで「ああ、これこれ」と思う。
 故に普通の服装でそれらのイベントに臨むよりも一段階踏み込んで楽しめる、ということらしい。

「仕方ありませんって。すぐに暗くなりますから、海は危険です」

 一緒に準備する男は唯宮家の使用人であり、御門宗家に仕える地術師だ。

『足がつかなくては地術師はどうしようもありませんしね』

 アロハシャツにも胸ポケットがあり、定位置とばかりにすっぽりと入っている刹が言う。

『御館様が溺れてしまわないか心配です』
「そう言うお前は泳げるのかよ」
『・・・・ッ、し、失礼な。齧歯類を舐めてはいけません!』
「そんじゃ、とりあえず、海に投げてみるか」

 むんずと刹を掴んだ直政は大きく振りかぶった。

『ガブゥッ』
「ぎゃあ!?」
『へへん!? これで―――アァッ!?』

 痛みのあまりに刹を手放す。そして、刹は今ついたばかりの火の中へと落下する。

『死ぬ! 水攻めより火攻めの方が早急に死ぬ!』
「あ、神具の化身でも死ぬんだ」
『きょとんとしてないで助けろぉっ! ・・・・です』


「―――わ、結構本格的なのね」


 そう言ってやってきたのは赤い中華風のピッチリとした上に、脛までの丈のズボンを穿いた朝霞だ。
 ポニーテールの髪型と相まって活動的な雰囲気を前面に押し出している。
 <嫩草(ワカクサ)>であるイヤリングが少女らしいアクセントとなっていた。

「ちょうどいい。鹿頭、火を見てくれないか」
「なるほど、適任ですね」

 それまで直政の横で火の世話をしていた使用人が立ち上がり、場所を朝霞に譲る。

「え?」
「火をつけたんだけど、なかなか燃え広がらなくて。鹿頭なら炭を無駄遣いせずに火興しと火の番をできるだろ?」
「こういうの、職権濫用とか言うのかしら」

 直政の隣にしゃがみ込んだ朝霞はじっと炎を見る。
 それだけで炎は弱火になり、じわじわと炭を燃やし出した。

(マジでやるとは思わなかった・・・・)

 てっきり火勢を強めて全焼する。
 そう直政は思っていたのだが、朝霞は見事に火を制御していた。
 因みに火元を見た刹は焼け焦げた尻尾を抱えたまま後退っている。

「よかったわね」
「え?」
「叢瀬央葉が無事に日常に帰ってきて」

 朝霞の視線は直政と同じ服装で食器などを運んで来た央葉に向いていた。

「南の島だけど、思い出したりしない?」
『大丈夫』

 食器を机に置いた央葉は背中からスケッチブックを取り出すと、そう書く。

「なんのこと?」

 話の流れが読めない直政が小首を傾げると、朝霞はやや驚いたように央葉に言った。

「言ってないの?」
『長くて言えない』
「ああ、なるほど」

 朝霞はポニーテールを跳ねるようにして直政に向き直り、簡潔に言い放つ。

「こいつの出身、鴫島事変が起きた鴫島諸島に属する加賀智島ってとこでね。いわゆる南の島なのよ」
『おー、肝心なことを一切説明せず、南の島の下りだけを見事に説明した』

 スケッチブックを頭の上に乗せながら拍手をする央葉。

「ふふん。アイツの下にいたらこんな詭弁くらい朝飯前よ」

 朝霞はその賞賛に腕を組んで鼻を鳴らした。

「いや、詭弁を自慢したらダメ―――ぐぉっ!?」
「うっさいわね。ほら、唯宮が来たわよ」
「―――じゃっじゃーん! どうですか、この深窓の令嬢っぽい格好!」

 現れた心優は白いワンピース(ロングスカート)に麦わら帽子をかぶっており、まさに避暑地に来たお嬢様だ。しかし、この格好に直政は思いきりツッコミを入れた。

「アウトォッ!!! ここ南国で避暑地じゃねえよ!」

 火勢が強まってきたために噴き出た汗を拭いながらの言葉に、使用人たちは揃って頷く。

「ふふ、水着じゃなくて残念でしたか?」

 直政たちの言葉を無視して己の道を突き進むお嬢様。

「本格的に海に出るのは明日。今日はバーベキューと花火ですよ、政くん」

 清楚な姿に浮かぶ満面の笑みは、南国の日差しにはよく似合っていた。―――だが、今はもう、日は沈んでいたが。



「―――サイパン島の戦いって知っていますか? 政くんと亜璃斗以外です」
「なんで俺たち以外・・・・」
「知っているから」

 心優は第二次世界大戦の歴史が好きでなかなか詳しい。
 幼い頃からそれを知っている直政たちは耳ダコになっていた。

「確か、戦争で悲劇を生んだ戦いよね?」
「バンザイ岬、とか?」

 朝霞と凪葉が首を傾げながら答える。

「もう、どうして一般人はこれほど戦争に無知なのでしょう。ほぼ必ずと言っていいほど、親族のいずれかが亡くなったというのに」

 太平洋戦争の犠牲者は約二千万(日中戦争を除く)と言われている。
 当時の人口から比率を出すと、約20%の犠牲者を出した。
 これは知り合いの5人にひとりが犠牲を払った計算となる。

「サイパン島の戦い、というのは東条内閣が目論んだ、絶対防衛圏に対してアメリカ軍が侵攻し、マリアナ諸島攻防戦という戦役において、ある意味で決戦に相当する戦いです」

 サイパン島の戦い、テニアン島の戦い、ペリュー島の戦いなどの陸戦と、史上最大規模の海空戦となったマリアナ沖海戦などが繰り広げられる。
 その結果、日本軍は劣勢を挽回するどころか、戦況を取り返しもつかない程まで悪化させる大敗を喫したことは先に述べた。

「特にサイパン島では約三万人が戦死する大激戦が生じ、その時の戦跡が島の各地に残っているんです」
「それを見学に行く、ってか?」

 心優の後ろには軍用トラックの民間版が止まっている。

「はい。両軍が命を懸けて戦った跡を見学し、その誇りと勇気の残り香を感じることで自分を考える、というツアーです」
「古い戦車とか見たいだけだろ」
「ぐ・・・・っ、否定はしません! しかし、しっかり、遺骨回収事業のために寄付金を払いましたよ」
「金払えばいいってもんじゃないわ」
「金を払えないエセ御嬢様は黙っていろ、です」

 絶好調の心優は毒を吐くなり、焼け始めた肉へと突撃を開始した。



「―――ほれ、これも食べろ」

 カンナはあまり食べず、隣でもそもそと食べていた央葉の皿にほどよく焼けた肉を投下した。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 央葉は無言でそれを見つめ、口の中の肉が消えるなり、口に含む。
 もぐもぐと一生懸命顎を動かし、頬がパンパンになるほど食べているが、カンナによる食の空爆も続いていた。

「必死だな・・・・」

 表情は変わらないが、後ろから見ていると、漫画みたいに汗が飛び散っているように見える。

『ちょうどいいところに』

 そうスケッチブックに書いてみせた央葉は素早く直政の皿に食糧を投擲した。

「げ」
『へぶっ』

 一部が刹に命中する。そして、口の中に大量の食材を放り込まれた刹は地面に落ち、のたうち回った。

「こら、食べ物を粗末にしない」

 央葉がカンナに小突かれ、先を超える量の食材が皿に投下される。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しばらくその山を見ていた央葉だが、やがて諦めたように箸をつけた。

「そういや神代さん、どうして央葉の耳や尻尾が消えたんだ?」
「ん?」

 カンナは野菜を口に放り込み、気怠げに粗食しながら振り返る。

「そういえば、詳しくは話していなかったな」

 カンナは箸を置き、直政に向き直った。
 その間に一般人である心優と凪葉を見遣る。
 彼女たちはなかよくバーベキューに興じていた。

「我々神代家の人間は遺伝性能力者の一族だ。神社庁に属する神社ではあるが、一般的な神道では語れないものを祭神としている」

 結局、心優コーディネートでも巫女装束が一番と判断されたカンナはおのれの服を持ちながら続ける。

「我々は忌み物を制御する能力を持ち、余所からは"管理者"と呼ばれる能力者集団だ」

 「といっても、今はふたりだけだが」とカンナは続けた。

『管理者・・・・。確か九十九神化した物品を安全に保管する、でしたか』

 肉直撃から立ち直った刹が顔をさすりながら言う。

「そうだな」
「それがどうして央葉の能力を抑えることに? 央葉は九十九神じゃないだろ?」

 必死に食糧を消費している央葉はどう見ても人間だ。

「厳密に言えば、飽和している【力】の保管、が能力の神髄だ」

 九十九神の暴走は、過ぎたる【力】に正気を失った結果である。
 故に過ぎた分の【力】を管理者が管理することで、九十九神に理性を取り戻させる。
 その後、九十九神の身体成長によって、徐々に制御下における【力】が高まると同時に管理者が管理する【力】が減少する。

「簡単に言うと、とある物品の許容範囲が50だったとしよう」

 それが長い年月をかけ、表面張力の限界である100の【力】を持った瞬間、物品は暴走して九十九神となる。しかし、物品は神となったことで、そもそもの許容範囲を大きく広げていくこととなる。
 結果、時間が経てば、許容範囲が100となり、暴走がなくなる、ということだ。
 この許容範囲が広がる間、溢れた【力】を管理することで、九十九神を大人しくさせるのが管理者の仕事らしい。

「だから、昔々の曰く付き物品のほとんどは許容範囲に達しているため、私は管理していない」

 故に、管理者たちはパンクせずにいられるらしい。
 許容範囲の増大も、神への存在変化に伴う誤差らしく、長くても100年ほどらしい。

「まさか妖刀・村正とかあったりしてな」
「あるぞ。十数本ほど保管されている。時々、自分の鞘を切って大変だ」
「『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』」

 どうやって斬るのか、というツッコミの前に当たり前のように答えられた事実に沈黙した。

「まあ、そういうわけで央葉に過ぎたる【力】をあやして、央葉が成長する過程で少しずつ返却する。・・・・銀行のようなものか?」
「貯金かよ」

 直政は央葉がカンナの目を盗んで移してきた食材を口に含む。

「うむ。ただこやつのはいささか高額なので、早く成長してもらいたいものだ」

 カンナは空になってすっきりした皿を央葉の手前から下げた。そして、取り置いておいた山盛りの皿を前に置く。

「しっかり食べないと大きくなれないぞ」
「・・・・すごい説得力あるな」

 直政はカンナの顔から視線を下げ、先日対面した立派なものを眺めた。

『・・・・御館様? それはボケですか? ツッコミ待ちとしか思えないんですけど』

 いつの間にか直政の肩から離れていた刹が首を振る。

「そうらしいわね」
「え、あ、あれ? 鹿頭さん? その握り締められた拳の行方は?」
「知りたいなら教えてあげるわ、変態」
「いや、あれだけで変態とかどんだけ潔癖・・・・ッ!?」
「黙れ」

 頬を殴る打撃音は巧みに炭が弾ける音に掻き消された。






???side

『―――離陸を許可する』

 同時刻、在日米空軍第五航空軍が展開する飛行場にて、4機の戦闘機が離陸態勢に入っていた。
 目的は夜間戦闘訓練である。

「り、離陸する・・・・」
「ああ、行け」

 4番機の2人は機内無線越しに会話していた。
 アメリカ空軍戦闘攻撃機F-18Fは副座戦闘機であり、このように会話をすることができる。

「ほ、本当にやるのか?」
「ああ」

 パイロットの声は少し震えており、もうひとりの声は落ち着き払っていた。
 それはまるで、新兵教育の関係のようだ。

「ぐ、むぅ・・・・」

 しかし、離陸の圧力に呻いたのは落ち着いた声を放った女の方だった。
 F-18Fは速やかに離陸し、高度を稼ぎ出す。
 それは女にとって"未知の世界"だった。

(これが・・・・飛行機・・・・)

 水平飛行に戻りつつある中、女は物思いに耽る。

(そういえば、昔跳ねっ返りが飛行機乗りになっていたな・・・・)

 その男も、南方戦線の激戦で戦死したが。

『ようし、戦闘訓練に入るぞ』

 編隊長から通信が入るが、パイロットの手も編隊長の言う通りに動き始めた。

「おい、あっちには何がある?」

 パイロットはあっち―――南方を見遣る。そして、緊張気味の声で言った。

「お、小笠原諸島と・・・・マリアナ諸島がある・・・・っ」

 急旋回行動に入ったために声が引き攣る。しかし、次の女の一言でさらに引き攣った。

「ほう、ならば、とりあえず小笠原、違えば『まりあな』とやらに行ってもらおうか」
「ええ!? でも、燃料・・・・ッ」
「行け、と言った」

 コックピットを包み込む殺気に、パイロットは二の句が継げなくなる。
 原子力潜水艦、大陸弾道弾と並ぶ軍事兵器を扱う戦闘機パイロットでも、生身で体験する殺気はきつすぎた。
 ガクガクと体を震わせたパイロットは顔面蒼白になりながらも操縦桿を倒した。

『ん? おい、コーラル4、どこへ行く?』

 編隊長がおかしな挙動を始めた4番機に気付くが、彼は省みることなく南方を目指し始める。

『おい! どこへ行く!』
「そのうるさい無線も切れ」
「い、イエス、マム!」

 こうして、F-18F4番機は編隊が離れ、帰投燃料が心許なくなった訓練編隊が追撃を止めたことで、行方不明となった。
 アメリカ空軍はこのことを日本政府に隠したが、日本政府も、硫黄島に接近したF-18Fらしき機体を確認しており、スクランブルを発する。
 だが、F-18Fは日本領海から離れ、マリアナ諸島へと向かって行った。










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