第四章「選挙、そして挙兵」/2
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 統世学園第二視聴覚室。 統世学園軽音部は毎週金曜日の放課後にこの部屋を使ってプチライブをしている。 ローテーションを組んだプログラムであり、ライブをするバンドが配る招待券約20枚と100円で販売される80枚にて観客は編成されていた。 言い換えれば、売れずともバンドのさくらで何とか埋まる、とも言えるのだ。 しかし――― 「ぅわぁ・・・・」 視聴覚室の扉を開けた瞬間、直政と亜璃斗の兄妹は顔を顰めた。 中に広がっていたのは超満員の熱気だ。 「そう言えば、特別増売中って書いてあった」 視聴覚室に続く廊下には看板が立っており、「完売」のシールではなく、「特別増売中」とあったそうだ。 つまり、軽音部の経営班が思わぬ盛況さに欲を出した、ということらしい。 一枚100円とは言え、80枚売れば8000円である。 楽器の手入れもタダではできず、いい練習場を借りようと思えば当然お金を使う。 統世学園の部費は潤沢な方だが、稼げる時に稼ごうという魂胆なのだ。 「人気なんだな」 「軽音部の新バンドが構成されると言うだけで数年ぶり。また、メンバー全員が1年生というものも同じく。そして、そのふたつが合わさったものは史上初」 新聞部に属している亜璃斗は資料を片手にそう説明した。 軽音部のバンドは基本的に継承性であり、卒業生の穴を新入生が埋めるなどして、途切れないようにしてきた。だから、「第○年度●●」のように正式には記載される。 いろいろ注目される面が多いAllegrettoは統音祭以来、軽音部のエースと目されていた。 このため、Allegrettoの統音祭以来となるライブにはこれだけの人数が訪れているのである。 「始まるな」 直政が席につき、しばらくすると視聴覚室の電気が消えた。 それと同時にざわついていた100人以上の人間が口を閉じ、沈黙が訪れる。 誰もが響き出すであろう音を聞き漏らさんとしていた。 『すごい人気―――むぎゅっ』 何か言いかけた刹をポケットの奧に押し込むことで黙らせる。 その時、ドラムのシンバルが鳴らされた。 『『『・・・・ッ』』』 Allegrettoの代表曲が始まったのだ。 同時に幕が上がり始め、それが上がり切った時、ギター兼ボーカル・心優が歌い始める。 (うーん、完璧なタイミング) 舞台上がスポットライトで照らされ、Allegretto全員が光に照らされた。 (こういう演出も軽音部なんだよなぁ) 軽音部と言えばバンドを組んでいるイメージでしかない。しかし、統世学園の軽音部は大きく演奏グループと演出グループに分かれ、演奏グループは作曲や作詞、演奏などと表に見える作業をする。そして、演出グループは会場設営や照明、音響などの見えない場所を担当する。 軽音部の演出グループは時々、コンサートの手伝いなどを業者が頼み込むほど優秀であり、そちら方面で活躍している卒業生も多い。 演奏グループと綿密な打ち合わせの結果、お互いのイメージ通りにできた舞台は学園の一部活の発表レベルをはるかに凌駕していた。 「―――さて、皆さん、お久しぶりです」 一曲目を終え、リーダーが話し出す。 この間に演出グループは大忙しで次の曲の準備をしていた。 「1ヶ月半ぶり、かな。まあ、初舞台から今まで応援ありがとうございます」 因みに今さっき歌った代表曲はCD化されており、発売から飛ぶように売れている。 「次の曲は新曲です。しかも、今年の『覇・烽旗祭』で公開予定の映像部撮影映画の主題歌です」 再び照明が消え、バンドメンバーの背後にあったスクリーンが蒼色の光を受けた。 「プロモーションムービーと共にお楽しみください」 ドラムがワンテンポ刻むと共に全ての楽器が音を発し、バンドとしての命である声が弾ける。 「「「―――っ!?」」」 最初の言葉と共にスクリーンに映し出された映像にその場の全員が戦慄した。 ストーリーは理不尽な鉄の猛威に巻き込まれた男女が味方の助けまで逃避行するストーリーだ。 男女をメインとしつつも理不尽な攻撃を受けた部隊を必死に立て直そうとする指揮官と、彼らを救うために本国から出撃する軍隊の表現がすごい。 CGとは思えないリアルさと本物のリアルを使い、それらを音と組み合わせることで非日常を表現していた。 その壮絶さとそれを歌う歌詞がマッチしており、ただ単に歌を当てはめたのではなく、映画製作に軽音部が付き合っていることがよく分かる。 さらにこの歌を心優に歌わせたのがはまった。 「・・・・すごいな」 直政はひとり、呟く。 心優はあっという間にうまくなった。 元々、カラオケはうまかったが、カラオケとライブは違う。 (あいつは・・・・成長してるんだよな~) 心優をボーカルとするメンバーはいずれも高レベルであり、新聞部の情報では史上最高峰に位置するメンバーかもしれない、とのこと。 どのバンドも高レベルすぎるメンバーがいると、それに合わすのが大変で音楽が空中分解する危険をはらんでいる。 そのため、同じようなレベルの人間で組む方が、レベル云々はともかく、まとまった音楽となる。だが、その同じようなレベルが、高レベルだった場合はもう「すごい」としか表現ができない状態となるのだという。 (俺もそうなるのかな・・・・) ついに直政は穂村家との確執を解決し、名実共に新生・御門宗家を再興した。 御門直政を宗主とし、穂村亜璃斗を陣代に置く御門宗家の構成人数は十八名だ。 うち、隠居した直隆と身重、子どもを抜けば十四人となる。 亜璃斗は没落した諸家を探し出し、熾条宗家と同じような方法で人員を増やす計画を練っており、全国の地術師を探そうとしていた。 (ま、そっちは亜璃斗に任すとして・・・・) 戦力の再建は陣代である亜璃斗の仕事だ。 (問題は・・・・) 直政はスポットライトを浴びる心優を見ながら、先日の件を思い出していた。 「―――よく来たな」 渡辺瀞に呼ばれ、赴いた屋上ではひとりの少年が手すりに身を預けていた。 すぐ傍には鹿頭朝霞の姿もある。 「いちや~」 瀞と手を繋いでいた幼女――緋がテテテと少年向けて走り出した。 それに構うことなく、一哉と呼ばれた少年はこちらに歩き出す。そして、その背中に緋が飛び乗っても無表情だった。 むしろ、彼女を背負うように背中に両手を回す。 「2年A組の熾条一哉だ。瀞とは同じクラスになる」 「そして、同じ家に住んでいるのだっ」 緋が満面の笑みで言った内容から、直政はクラスメートが話していた、瀞と同棲している相手だと分かった。 「熾条・・・・ってことはあんた、熾条宗家の?」 「出奔してから戻ってないから、俺の行動に宗家の意向は全くないがな」 いろいろ複雑な事情があるようだ。 「ま、その辺りの経緯や背景は朝霞から聞け」 「ちょっと、面倒だからって私に振らないでもらえるかしら」 文句を言う朝霞だが、諦めているのか、その語気は弱い。 「さあて、御門宗家が統一されたようだから、呼び出したんだが・・・・合ってるよな?」 一哉の視線は亜璃斗に向いていた。 「・・・・うん」 亜璃斗は一度、直政を見てから頷く。 きっと、直政の知らないところでふたりは何かあったのだ。 「その時に宣言した、相応の戦力を引き連れているわけだが・・・・まあ、敵意はないと判断してくれ」 「そうそう! 戦う意味ないしねっ」 ビシッと一哉の肩越しでVサインする緋。 「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」 そんな緋を見た直政と亜璃斗、おまけに朝霞の視線が共通の想いを込めて交わった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ」 さらに同意見なのか、一哉も小さくため息をつく。 「瀞」 「何?」 「頼む」 「分かった」 短いやりとりで意思疎通を成し遂げた瀞は緋に向かって微笑んだ。 「あかね~、一哉ちょぉっと難しいお話しがあるからこっちにおいで」 「? うん♪」 一哉の傍に寄った瀞の胸の中へと背中から乗り移る。そして、ぎゅっと抱きしめられて嬉しいのか、幸せそうな笑顔でその胸に頬ずりした。 「えへへ♪」 「ふふっ」 にこにこと笑う緋を抱き抱えた瀞はゆっくりと一哉から離れる。 その表情は愛おしい者を見る母親そのものであり、とても微笑ましかった。 (ああ、これが母性というもの―――ってて!?) 『御館様、だらしがないですよ。このままでは将来、女に苦労しますよ』 カッター越しに爪を立てた刹が見上げてくる。 「さて、本題に入ろうか」 ようやくシリアスな雰囲気を保てるようになった一哉は仕切り直しとばかりに声を放った。 「まあ、結論から言おう」 一哉は直系が持つ莫大な“気”の片鱗を見せつつ告げる。 「御門宗家も新旧戦争に参戦して欲しい」 あまりにスケールが大きすぎ、御門主従ふたりは硬直した。 『これはたまげましたね・・・・』 新旧戦争。 新組織と呼ばれるSMOと旧組織の間に勃発した大規模な戦争である。 今年の正月に南方より飛来したミサイルがいくつかの旧組織を焼き払い、反攻作戦では厄災とも呼ばれた鴫島を舞台に、第二次鴫島事変が勃発。 まさかのジェット戦闘機同士の戦いや軍艦同士の戦い、さらには上陸戦力との激戦など、表の世界で戦争と呼称される戦いが交わされた。 戦果としては表の武力を有したSMO太平洋艦隊をほぼ壊滅状態に追い込んでいる。 各国家に叩かれまくった日本政府は太平洋艦隊の施設を接収し、完全に破却した。 その職務も海上自衛隊の一部に引き継がれている。 このため、自衛隊の一部で妖魔の存在は知られることとなった。 「でも、新旧戦争は今は小康状態のはず」 御門宗家の情報はほとんど亜璃斗が掌握している。 そのため、亜璃斗は退魔界のことをよく知っていた。 「そうだな、それは間違いじゃない」 一哉は亜璃斗の言葉を肯定する。 「だが、それは『嵐の前の静けさ』と同じだ。双方ともお互いの勢力をまとめるのに必死なわけだ」 両者とも最初に放った一撃が大きすぎ、その威力に伴う反動が今襲っているのだ。 旧組織は急に減った上位の組織とこれまでなかった横の繋がりが生まれた故の小競り合い。 精霊術師の宗家や結界師をまとめる鎮守家はさすがに揺らいでいないが、安易に戦力増強に走り、周囲を取り込んだ結果、いくつもの派閥を生まれさせてしまった組織などが多い。 これらの内紛が続いているのが現状であり、旧組織から戦いをふっかけることはできなかった。 SMOも似たようなものである。 近畿支部の造反と太平洋艦隊の壊滅は大打撃となった。 特に本部と支部の再編成を行わなければならなくなり、結果、中四国支部の全面的撤退を行うこととなる。 「そのどさくさに紛れて、研究所を襲撃したんだがな」 見事に罠にはまってしまったわけだが、幸い、こちらの戦力が勝っており、無事に勝利を拾うことができたのだ。 「正直、“俺たち”が使える戦力は限られる。そして、それで効果的な作戦を展開するには一騎当千である必要がある」 直政は知らないが、一哉はすでに鹿頭家、【叢瀬】と言った、大勢力に後れを取らない精鋭を手中に収めている。そして、自分自身も直系術者であり、ほぼ同格の渡辺瀞まで戦力に数えることができる。 系統だった組織戦力ではないが、それ故に立場や階級に囚われない柔軟な戦略が可能だった。 「ま、俺たちの意思は伝えた。後は俺の“上”に訊いてくれ」 一哉は軽く手を挙げて会話の終了を告げ、緋と瀞、朝霞を伴って屋上から出ようとする。 「待つ」 一方的に告げられたことに反発した亜璃斗が苛ついた声を放った。 「こんな上からの―――」 「―――俺たちと対等のつもりか?」 「―――っ!?」 かぶせるように言われた言葉に亜璃斗が弾かれたように振り返る。 「過去の実績やら名門とやらが実力重視の戦争に何の役に立つ?」 一哉が首だけ振り返り、思わず振り返った直政と目を併せた。 自分と同じような血筋であり、同じく在野に立つ一哉が宣言する。 「『御門宗家』は戦争に何の意味もない」 今度こそ出入り口へと足を進めながら言葉が続けられた。 「大事なのはお前たちが何をしたいか、だ」 (―――何をしたいか、か・・・・) 心優はやりたいことを精一杯やっているからあれだけいい表情を浮かべているのだろう。 対して、直政は裏世界における自分自身の立場を知り、鍛え始めてはいるが、それは何のためなのか。 亜璃斗は名門・御門宗家再建に動いている。 刹は宗主としての立ち振る舞いを求めている。 なら、それらに応えたいと思っている直政は具体的に何をしているのか。 いや、具体的に何を成すために何をしているのか。 (何もしてないな・・・・) そう結論づけてはいるものの、あの対話から今まで具体的な行動を起こせないでいる。 亜璃斗もそんな直政の心境を知ってか、最近は宗家の話をしなくなっていた。 平和そうに見える新旧戦争の小康状態で、水面下にて動いている組織は多い。 彼らは戦略的目的をしっかりと見据えているのだろうが、新生御門宗家は宙ぶらりんのままだった。 「皆さん! ありがとうございました!」 心優を始め、メンバーが声を合わせて礼をする。 会場はアンコールに騒いでいるが、直政は同調する気になれず、そっと視聴覚室を出た。 「分かりました。それではもう一度、新曲でも披露しちゃいましょう!」 ドッと沸き上がる会場のドアを閉めるも、近くにいるためにその歌声が聞こえてくる。 理不尽な出来事に巻き込まれた人々が自分の信じる希望に向かって突き進む歌を。 「まさにタイムリー、だな」 自嘲気味に笑った直政の首筋にトンッと衝撃が走った。 「・・・・ッ、な、ぁ・・・・」 ぐらりと揺れる視界に、自分よりも小柄な少女に抱き留められた亜璃斗の姿が映る。 「ごめんね、ちょっと眠ってくれるかな?」 そんな申し訳なさそうな声が響く中、直政は急速に体の自由を失った。 「―――なるほど」 東京都SMO本部。 その長官室で、功刀宗源は書類に目を通していた。 戦争勃発直後は監査局長だったが、太平洋艦隊の壊滅とSMO長官の変死と相次いだため、功刀が長官代理として権力を集中させている。 他の幹部たちは各地の撤退戦で戦力を消耗しており、本部戦力である特務隊を手中に収めた功刀に意見できる者はいない。 現在、SMOは関東全域の旧組織の駆逐に成功しており、徐々に完全制圧圏を東海や甲信に広げているところだった。しかし、三国峠の向こう――新潟県への進出は見送られている。 旧組織トップレベルの戦闘力を誇る山神宗家との全面戦争は回避したいのだ。 ただでさえ、幹部のひとりが肩入れした北陸制圧戦で北陸支部の七割強の戦力を失ったのだ。 これ以上の戦闘は関東すらも危険にさらす。 結果、旧組織は山神宗家という回廊を手中に収めており、戦力が集中する畿内から北陸、東北までの戦線を確保していた。 その維持には結城宗家、山神宗家、鎮守家といった国内有数の旧組織が関わっている。 これを崩そうとする時、第二次鴫島事変に相当する戦役規模の戦いが起こることは間違いなかった。 「この報告が事実というならば、どうやら旧組織にもトップとなる組織があるらしい」 旧組織とは明治以前から続く退魔組織の通称である。 精霊術師の宗家や諸家、結界師の鎮守家、各神社系列、仏教などだ。 時代の枠組みならば教会系列も新組織に入るが、そもそも外来の勢力など日本の退魔組織と認めていない。 旧組織は新組織――SMOとは違い、組織的に一枚ではない。 ただ単に時代区分でひとまとめにされた、別勢力である。 アジアやヨーロッパなど、地勢的に分けられた区分に相当する。 もちろん、近いので遠いとこよりは親近感があるが、何かあった場合に行動を協議して共同作戦を展開する、というほどまで組織化されていない、ということだ。 「おかしいと思っていた。第二次鴫島事変はあまりにも早すぎる」 第二次鴫島事変は結城宗家、山神宗家、渡辺宗家、鎮守家、熾条宗家、鹿頭家、反SMO、滅亡した旧組織系勢力などの連合軍と太平洋艦隊の激突だ。 一部、【叢瀬】や妖魔を従える謎の組織による介入があったが、大まかな勢力図は先に行った通りだ。 「誰かがバラバラの組織と統率し、統一戦力として送り出した。そして、それは戦争勃発と同時に結成されたものではなく、それ以前からあったと見るべきだろう」 (だが、それは伏せられていたようだがな) だからこそ、知らなかった者たちの反発を抑えるための今の時期だろう。 となれば、第二次鴫島事変の主力となった者たちが怪しいと見るべきだ。 「神忌」 「はい」 第二次鴫島事変に出陣していた神忌は楽しそうに自分の名前を呼んだ功刀に向き直る。 「ミスか誘いか分からんが、今回の件、どう思う?」 報告の根幹はその謎のトップ組織の拠点が分かった、というものだ。 これは情報局からではなく、功刀が統括する監査局から報告であり、信頼度は大きい。 「どちらにしろ、敵戦力の規模を確認するのにいい機会です」 「動くべき、か・・・・」 功刀は神忌から視線を外し、子飼いの戦力へとそれを移した。 彼らは何も言うことなく、その視線に応えてみせる。 「ふむ、敵戦力の規模が分からん以上、主力全投入というわけにはいかんが・・・・まあ、奴ならばうまく立ち回ろう」 (死んだとしても痛くはないからな) 心の中でそう結論づけた功刀は立ち上がった。 「第二即応集団と例の奴らを投入させろ。開発局の新作をな」 報告書と共に送られてきた出撃許可書に大きく判子を押す。 ここに新旧戦争における第二次鴫島事変以後の反攻作戦が決定した。 |