第三章「テスト、そして神馬」/7
「―――あそこ、か・・・・」 ピュセルはとあるビルの屋上でデュノワを指揮していた。 彼らが囲むように誘導するのは神馬である。 「確かに・・・・あの巫女を殺せば、神代家は滅ぶな」 神馬は路地を曲がり、病院の敷地内へと突撃を図った。 【結城】が管轄すると言っても、兵力が展開しているわけではない。 あれだけの戦力が飛び込めば、それは確実に甚大な被害が生まれるだろう。 「ん・・・・? ほほう、なかなかに面白い」 「―――ホントだね。まさか獲物自ら出てくるなんて」 「・・・・帰ったのではないのか?」 空から半身だけ伸ばした姿で"皇帝"は中空に肘をついた。 「ん? 自分のしでかしたことだけは見届けよう、とね」 「殊勝なことを言うが、単に面白いものを見逃したくないのだろう?」 「えへへ」 "皇帝"は笑ってごまかし、視線を病院に向ける。 「ホント、ああいう奴、好きだよ、僕」 ドロリとした気配が"皇帝"の気配が漏れ出した。そして、いつも笑って細められている瞳が姿を現す。 「虐めたくなっちゃう」 その瞳は禍々しく、紅色に輝いていた。 対神馬戦side 「―――ふん、いつかはやってくると思っていた」 カンナはベンチに腰掛けていた体を起こした。そして、いつもと同じ動作で弓を構える。 確かに負傷して入院したが、動けないほどではない。だが、動けると言うことは戦えると言うことでもなかった。 (でも、依頼するだけで、のうのうと寝ているわけにはいかない) 敵は神馬一体だけ進んでくる。 どうやら、他の騎馬は分離されたようだ。 <我が前に立ツか、小娘> 「・・・・話せるのか」 <愚カしい。貴様が私に勝てナイことはこの前の戦いで分かったダロウ?> 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 カンナは応じなかった。 話すことなど何もない。 ただ、敵を滅ぼすのみである。 (こいつ・・・・) それでも観察は欠かさなかった。 交戦はほぼ一瞬だったが、前回の神馬とはどこか違う。 (【力】が増した? いや、違う・・・・これは・・・・入れ替わった?) <今ノ私に・・・・前のお前が勝つナど不可能。だカら・・・・・・・・・・・・・・・・> どす黒い邪気が神馬の体から噴き出した。 それは足下のコンクリートを脆くさせ、神馬を中心にひび割れが起きる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 その光景に何ら動揺することなく、カンナは矢を番えた。 その行動は戦闘開始を合図すると知りつつも、何の迷いもない。 <・・・・ッ> 神馬が大地を蹴り、カンナから見て、斜めに走り始めた。 それはこちらの照準を狂わす動きだと分かる。 (さすがは神馬に祭り上げられるだけの馬。元々が賢いのか・・・・) 「しかし、言っただろう?」 さすがにここまで事がうまく運べば、カンナの口も軽くなった。 カンナの放った矢は見当違いの場所に飛んでいく。そして、それは街路樹に突き刺さった。 「『いつかはやってくると思っていた』と」 矢が突き刺さったのは木だが、正確には木に貼られていた呪符である。そして、その呪符は矢の直撃を受け、木から剥がれた。 「前回は突然だったが・・・・」 ハラリと風に舞う呪符は矢の直撃を受けた木だけでなく、複数の木からも剥がれ墜ちる。そして、その呪符に隠されていた鏡が月の光を反射した。 <ン・・・・?> 「今回はしっかりと準備していたからな」 月の光を受けた鏡面は一斉にざわめき、その溜め込んだ光を神馬向けて放射する。そして、その動きを地面に縫い止めた。 正確には影をなくすことで、この世へ干渉する【力】を奪い去ったのだ。 光を様々な方向から当てられると影がなくなること知っているだろうか。 例えば、夜間に歩行者が前後から自動車のライトを浴びると、その歩行者がドライバーの視界から消え去ることがある。 影とはもうひとりの自分であり、光が支配する物理世界において、自身の存在を肯定するものだ。 カンナが使った鏡は多くの鏡の光を集めることで、物理的に影を見えなくさせ、希薄になった物理世界での対象を縛る能力を持つ、九十九神である。 <貴様・・・・ッ> 「私が"管理者"であったこと、忘れたか?」 <―――っ!?> "管理者"。 それが神代家の能力者としての名称である。 先天的な異能力であり、それは遺伝性を持っていた。 家系は結城宗家と同じく、奈良末期まで遡ることのできる由緒正しき家柄である。 その奈良末期から結城宗家とは付き合いがあり、頻繁に婚姻が繰り返されてきた。そして、それは現代にも続いている。 前結城宗主の妻は神代家の娘――カンナの伯母――だった。 つまり、"風神"・結城晴也とは従兄妹同士なのだ。 (先輩に動くなと言った手前、これくらいできないと・・・・) カンナの弓の師は晴也である。 晴也の超絶技巧である速射も、晴也ほどではないが、習得していた。しかし、精霊術師の"気"が存在しない以上、その威力は常人のものに留まっている。 それでも、このような仕掛けには自信を持って弓矢を使用できた。 <ふザ・・・・けるナ・・・・。この程度、デェッ> 「・・・・ッ」 管理者、という名前通り、神代家は様々なものを管理している。 それは曰く付きの妖刀であったり、呪われた人形であったりする。 それらに通じて宿っているのは九十九神と呼ばれる、一種の妖魔だ。 代表例で言えば、動物では九尾の狐や猫又、無機物では日本人形など、その種類には事欠かない。 何故かこの九十九神は神代家の血筋に懐く習性を持ち、歴代の神代家はその九十九神と共闘することで家名を守ってきた節があった。 そして、この神馬もそんな経緯を持つ、九十九神だ。 しかし、抑えることができない。 「やっぱり・・・・お前、この【力】・・・・どこで・・・・ッ」 九十九神は元々、強い【力】を持っている。しかし、神馬が持つ【力】は別物である。 <知る、カァッ> ―――パァンッ!!! 神馬の体から黒い光が放射されると共に、一斉に鏡が砕け散った。 「―――っ!?」 カンナに死亡した鏡の断末魔が襲いかかり、その精神力を大きく磨り潰す。 「あ、う・・・・」 死に直面した恐怖や受けた衝撃などを丸々フィードバックしたカンナは膝を突き、胸を押さえた。 「はぁ・・・・はぁ・・・・っ、はぁ・・・・」 悪いことに、前回の戦いで負傷した場所が痛み出す。 <矮小ナ世界シカ持タヌ脆弱ナ神デ、私ヲ縛ロウトシタ愚カサヲ呪ウガイイ> 【力】の放射で、言語能力を完全に支配されたのか、神馬の語り口からぎこちなくなっていた。 それは外部の【力】に染まりつつあることを示している。 「く・・・・」 脂汗が浮かび、片目を瞑ったカンナはもうひとつの目で神馬を見た。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 その姿は栗毛であった毛色が漆黒に変貌し、生えていた角の長さが倍ほどになっている。そして、両の眸が燃えるような赤色に染まっていた。 最早、ここにいるのは神馬ではない。 「・・・・ッ」 共鳴していた鏡が破壊され、ダメージを受けたカンナだが、よろよろと立ち上がった。 用意していた策が崩壊したとはいえ、引くつもりは毛頭ない。 射貫くような視線を神馬に向け、痛む体に鞭打って矢を番えた。 <彼我ノ力量モ計レヌ愚カ者メガッ> 馬蹄がコンクリートを踏み砕き、一瞬で加速して見せた神馬が二〇数メートルの距離を一気に詰める。 「・・・・ッ」 騎馬突撃の圧力に負けず、カンナは踏みとどまって弓矢を放った。 ―――ガッ <シツコイッ> 神馬は角で矢を弾き、続いてのその角の先でカンナを串刺さんとし――― 「―――らぁっ!!!」 ―――横合いからの一撃で吹き飛んだ。 「大丈夫か!?」 神馬の代わりに目の前に現れたのは深紅の槍を構えた少年だ。 「穂村・・・・」 「亜璃斗、神代さんを頼む。俺は・・・・こいつと決着を付けるっ」 直政が<絳庵>を構える先で、ゆるりと神馬が立ち上がった。 『―――気をつけてください、御館様。こやつ、この前とは違います』 (ああ、分かってる) 相対して分かる。 神馬はこの前のような理知的な態度は一切ない。しかし、その分、【力】は増しているようで、気圧されることには変わりなかった。 「兄さん、神代さんは何らかのショックを受けてるけど、命に別状ない」 後方から、カンナを受け取った亜璃斗が報告してくれる。 それさえ分かれば、後は直政が好きにやるだけだ。 亜璃斗は他の地術師と連携し、直政を援護する手筈になっている。 もっとも、あまり直政が無様な真似を晒すと、亜璃斗もトンファーを構えて戦わなければならなくなる。 術者の指揮まで放り出して残った前線だ。 ここで成果を出さねば、直政の代は時代への繋ぎ、というまさに生きているだけの宗主になりかねない。 「神馬の攻撃は主に物理攻撃。となれば、兄さんにも勝機はある。けど・・・・」 「あの禍々しいどす黒いオーラは・・・・・・・・伸びるかもな」 神馬の輪郭を覆い尽くすような邪気は元々の毛色を変えている。 それだけの【力】なのだ。 何らかの能力があってもおかしくはなかった。 『相手の属性が騎馬ならば、こちらは鉄砲と弓の遠距離で牽制しつつ、突撃には槍で迎撃したほうがいいでしょう。同じ馬は御館様にはまだ無理です』 地術は槍、騎馬、鉄砲、弓というように大別されている。そして、その使い道はやはりその名前の武器の用途に沿った方が効果的だった。 「自分を使え、とか言わないんだな?」 『御館様はご成長なさっております。術式を使いつつ敵を撃破できると、この刹は確信しております』 そう言うなり、肩から胸ポケットに居場所を移す。そして、前足を神馬に振り下ろした。 『いざ、突撃ッ』 「おおい、今、迎撃しろって言ったよなっ!?」 <ゴチャゴチャト五月蠅イワッ!> 「『―――っ!?』」 爆発したように広がった邪気はひび割れていたコンクリートを粉砕し、地面を晒す。 「やっ」 直政はすぐさま<土>に命じ、無数の飛礫を作り出した。しかし、コンクリートを粉砕する威力を誇るそれも、神馬の周りに張り巡らされたオーラによって弾かれる。 「―――っ!?」 次の防衛が間に合わず、直政は横っ飛びすることで神馬の突撃を避けたが、それは後方にいた亜璃斗やカンナを危険に晒すこととなった。 「ヤベッ」 『このバカッ』 慌てて追撃しようにも、術式を発動すれば彼女たちを襲う可能性がある。 「大丈夫」 カンナを下げた亜璃斗は眼鏡を二つにおり、トンファーへと転じさせた。そして、その武器をくるりと回した瞬間、神馬の眼前に無数の石柱が地面から伸びる。 <―――っ!?> 思わず足を止めかけた神馬の前で、できたと同様に一瞬でその石柱が崩壊し、その向こうから出てきた亜璃斗が神馬の顎を叩き上げた。 轟音が鳴り響き、数百キロはあるであろう巨体が宙に浮く。そして、初撃の右腕を引っ込める反動で繰り出した左のトンファーは横殴りに神馬の頬にめり込んだ。 「・・・・嘘ぉ」 わずか二撃で亜璃斗は神馬の突撃を止めるだけでなく、90度の進路変換を強いたのだ。 正直、運動エネルギーはどうなっているのか問いただしたい。 「兄さんは無駄に頭がいいから難しく考えすぎ」 眼鏡越しではない素の視線を直政に送る亜璃斗は端的に告げた。 「精霊術師に物理法則は絶対じゃない。もっと<土>を信じてあげて」 『そうです。大して回転が速いわけではないのにいらぬ回り道をするから―――ぁああっ!?』 ポケットから刹を握り締めて放り投げる。 「後、私は大丈夫。だから、思い切り戦って」 「おう。・・・・元々、余計なこと考えて戦えるほど器用じゃないしな」 『そうです。単純馬鹿は適当に突貫すれば道が開けるものです』 平然とした顔で戻ってきて、よじよじと直政の体をよじ登った。 「・・・・俺、こいつが本当に家臣なのか疑問に思ってきた」 『何を言うのです。私ほどの忠臣はいませんよ。私は信じています』 刹は祈るように前足を合わせて目を閉じる。 『馬鹿は簡単に死なないとっ』 「やっぱ、不忠者だよな!?」 <貴様ラ、私ヲ無視スルトハイイ度胸ダ> 戦いを前にして、呑気に漫才を続けるふたりは確実に神馬を刺激し、その誇り高き精神を怒りへと塗り替えた。 「大丈夫、しっかり相手してやるぜ」 直政は<絳庵>を握り、<土>へと呼びかける。 「でりゃっ」 地中から生み出された石柱はまっすぐに神馬に向かい、その角で破壊された。 その隙に距離を詰めた直政は目立つ位置にある角向けて<絳庵>を繰り出す。 やたら硬い感触が柄まで伝わり、同時に弾き飛ばされた。 <フンッ> 「どぉっ!?」 やっぱりあのオーラは飛ばせたのか、角から飛び出した黒い弾丸は直政を的確に狙う。しかし、直政もすぐに反応して地面から土壁を呼び出した。 「あぶっあぶっ」 がらがらと崩れる土壁を見て、冷や汗をかく。 咄嗟の土壁など貫通し、呼び出すと同時に移動していなければ命中していた。 『むぅ・・・・なんというか・・・・戦力差は歴然、ですか?』 「うるさいっ。・・・・というか、前と同じ展開だぞッ」 直政の地術はオーラに守られているのか、神馬に届かない。 直政は突っかかっては弾かれ、それでも向かっていく。 見ている者からして、まるで大人と子供の喧嘩だった。 もし、神馬がもっと白兵戦に優れる体を持っていれば、それこそ勝負にならなかっただろう。 亜璃斗が神馬を軽々と吹き飛ばしたのは、今ならばおぼろげに分かった。 武器の特性を理解し、最も威力のある行動を選択したのだ。 それこそ、経験の差としか言いようがない。 亜璃斗や直隆が直政にこれまで武器を持たせなかったのは、<絳庵>があるからだ。しかし、武器を使わず戦ってきた経験というのは厄介で、それを生かす術が思いつかない。 「はぁ・・・・はぁ・・・・」 地術は届かず、槍術もまた、届かない。 この前と同じと言ったが、この前は敵が巨体であったために当てることはできた。 今回はそれよりもひどいと言える。 (くそ・・・・何のために俺は・・・・) 長物部に入って約一ヶ月。 バイトと両立しながら何とかやってきたつもりだ。 <絳庵>の間合いを理解できるようになったのだから、進歩はしているのだろう。 「でも、実戦で役に立たないと―――ぐぉっ」 今度は避ける暇もなく、土手っ腹に弾丸が命中した。 派手な音が響き、コンクリートの上をごろごろと転がる。そして、着弾地点から十メートル近く移動して、やっと止まった。 「兄さんっ」 「・・・・ッ、来なくていい」 思わず走り出そうとした亜璃斗を止める。そして、意外なほど軽く立ち上がることができた。 「そうか・・・・これが、難しく考えすぎ、か・・・・」 確かに戦闘には効率を求めるのが一般的である。 無駄な動きを省き、収斂された技術は本当に強い。 亜璃斗も朝霞も、一撃の後に続く攻撃を心がけていた。 それは悪いことではない、というか、そうでなければならない。 だがしかし、その考えはひとつの土台の上に形成される。 「俺は・・・・頑丈だったな・・・・って、なっ!?」 言うまでもなく、自身のスペックだ。 強い者たちは自分のことをよく知っている。 できることとできないことを理解した上で、どのように動けば効率的かを考える。 効率とは、絶対値ではなく、比である。 分母と分子が存在する以上、元になる数値が違う。 『ようやく気付きましたか、この馬鹿者め・・・・です』 再び着弾して吹き飛ばされた直政の目の前に刹が立った。 『あなたは歩兵ではありません。戦車です』 歩兵が怯む機銃掃射の中を鼻歌交じりに突き進むことのできる戦車。 『突破口を開く戦車が歩兵のように尻込みしていては、勝てる戦も勝てません』 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 直政は二度吹き飛ばされても尚、手放すことのなかった<絳庵>を握りしめる。 『誰も、御館様にあった戦闘スタイルを教えられなかったのは・・・・御館様自身の耐久力を理解できなかったからです』 神馬が三度、角から弾丸を撃ち出した。 ショットガンの弾幕を防ぐことのできる土壁をやすやす貫通できる威力を持ったそれは、腹に響く低音を以て直政に命中する。 「・・・・ッ」 だが、今度は歯を食いしばり、踏ん張ることで一歩も退かずに耐え切った。 <―――っ!?> 『今は御館様の攻撃は相手に届かないかもしれない。・・・・ですが、並大抵の者が御館様を傷つけることなど、不可能です』 少なくとも、対歩兵用の兵器は直政には通用しないだろう。 『確かに当たらないことはいいことです。ですが、武器も敢えて打ち合うことで活路を見出すことがあります』 「俺の体は武器だって言うのか?」 『武器でしょう? 防具もひとまとめに戦うための道具、ですよ』 土の槍や飛礫が一斉に神馬に襲いかかるが、神馬は持ち前の機動力で躱し続ける。 どうすれば追い込めるとか、そういう経験則が物を言う戦い方はまだできない。 だから、高い防御力を以て模索していけばいい。 『肉を切らせて骨を断つ、という戦い方があります。しかし、御館様は―――』 「肉を切らせず骨を断つ、ってかッ」 直政は打ち出された弾丸に怯むことなく、<絳庵>片手に突撃した。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 戦場から離れた場所で、カンナが直政の激戦を観察していた。 その視線の鋭さはとても負傷した者とは思えない。 一挙動で場を支配してしまえそうな威圧感が漂っていた。 もし、生まれる時代が違えば、圧倒的なカリスマで軍を率いていただろう。 そんな圧力を間近で受けながら、亜璃斗は実際に軍勢を指揮していた。 手持ちの戦力はC班のみであり、このC班は戦場を緩やかに包囲している。しかし、直にA班、B班が到着するはずだ。 これらは神馬が逃走に移れば攻撃を加え、足止めする役目だった。 「穂村・・・・穂村妹」 「・・・・何?」 「お前も地術師だな? 周囲はどうなってる?」 (この威厳は・・・・) 「神馬がここに来る前、明らかに何者かが護衛していた。奴らは結界内には入ってこなかったが・・・・見つけていないか?」 「・・・・・・・・まさか」 直政が神馬と戦った時、何者かと神馬が争っていたという。 会敵した折にはいなくなっていたらしいのだが、それでも干渉していた事実は変わらない。 「各班に通達。外敵の危険あり。周囲を索敵し、奇襲を回避せよ」 了解を示す言葉が各班から伝わってきた。 これで、敵が空からやってこない限りは索敵網に引っ掛かるだろう。だがしかし、亜璃斗は忘れていた。 かつて青木ヶ原で交戦した際、騎士――デュノワがどうやって現れたかを。 『―――暇そうだな』 「「―――っ!?」」 いつの間にか一騎の黒騎士が立っていた。 その物言わぬはずの騎士から、いつか聞いた女の声が聞こえてくる。 『ひとつ、手合わせ願おうか。今度は貴様も軍勢を連れているようだ』 騎士たちは地面か湧き出るように、続々とその数を増やしていく。 「全班、集結せよ。敵と戦闘に入る」 無線機にそう告げると、それをカンナに差し出した。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 彼女は何も言わずにそれを受け取り、痺れの取れてきた体を操って後ろに下がる。 「兄さんの、邪魔はさせない」 こちらに気付いた直政が一瞬だけ視線を向けたが、その瞬間に弾丸を喰らって吹き飛んだ。 やはり、こちらを援護しながら戦うのは不可能なようだ。 だったら、こっちはこっちで片付ける必要がある。 「・・・・なるほど」 そう呟き、亜璃斗はトンファーをくるくる回した。 『何に納得した?』 「これが私の役目」 直政に軍勢の指揮や戦況などを気にさせることなく、のびのびと戦わせること。 一騎駆けの武者こそ、直政に相応しい。 その他の雑事を引き受けてこその"陣代"。 「亜璃斗ッ」 「何、こいつらッ」 C班が病院前ロータリーに駆けつけ、亜璃斗の隣で武器を構えた。 「敵」 3人の女性に端的に答えた亜璃斗はヘッドセットを装着する。 これで戦いながら、残りの班に指示を下すことができた。 同時に、カンナに指示を出すこともできる。 「撃滅する」 「「「はいっ」」」 突撃を開始した騎士の前に一斉に石の槍が屹立した。 傍観者side 「―――始まったみたいだな」 「お前がそう言うんだからそうなんだろうよ」 戦場から離れた場所で、ふたりの少年が戦場に意識を飛ばしていた。しかし、当事者たちと違って、戦意に震えているわけではない。 ひとりは熾条一哉。そして、もうひとりが結城晴也だった。 彼らは戦闘が始まっているのに、静観するつもりでいる。 「しっかし、あの地術師が御門宗家の生き残りとはなぁ。いつから知ってたんだ?」 「俺は聞いただけだ。・・・・それより、どうして動くな、と?」 一哉は逃がさないとばかりに晴也を見遣った。 そもそも逃げる気がないからここにいるのだろうが、のらりくらりと躱し続けられるのは面白くない。 「一応、俺たちは正式な依頼を受けて動いてたんだが?」 「上の命令を素直に聞くとは驚きだな」 「利害が一致すれば、角を突き合わせることはない」 揶揄するような物言いに、一哉は興味なさ気に答えた。 「利害?」 「俺はこの戦いで穂村家がある程度まとまってくれればそれでよかった」 「なら、願ったり叶ったりじゃねえか。あいつら、役割分担して戦ってるぞ」 視界には映らないが、この辺りの主な状勢は晴也に筒抜けだ。 「まあ、目的は達成できたから、いいのはいい」 一哉は<火>を集め、晴也を恫喝する。 「何故、お前が俺たちの行動を制止した?」 「・・・・なら、どうしてお前は俺の要請を受け入れた?」 さっきから晴也は何も答えていない。 さすがは言葉巧みに統世学園生を扇動している愉快犯だ。 「ってか、もう分かってるんだろ? 俺はカンナとの仲を隠してはいないからな」 「血縁、ってことは隠してるらしいけどな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 その一言で、一哉が結城宗家の家族構成にまで調べを進めていることが知れた。 「あんまり、踏み込まない方がいいぞ。俺はともかく、分家の奴に知れたら、ただじゃすまなくなるぞ。・・・・・・・・うちの分家が」 最後の一言は苦笑混じりに付け加えられる。 「そう深部でもないだろ。神代カンナの伯母とお前の母親が同じ名前だって事はすぐに分かる」 「戸籍や住民票を調べれば、な。一応、今のご時世、個人情報保護法ってのがあるの、知ってるか?」 「それで、可愛い従妹様から頼まれただけで、お前は動くのか?」 一哉は皮肉を無視して話を進めた。 「・・・・おおむね、その認識で間違いはない」 「おおむね、ね。後は結城宗家の問題ではなく、神代家の問題だ、ってわけか」 「・・・・・・・・俺はお前が恐ろしくて仕方ないよ」 「俺は誰も聞いていないのに正確な発言ひとつしないお前が恐ろしい」 晴也は結局、一言も確信に至ることを言いはしなかった。 全ては一哉が予測していたことを、確信に至るレベルの態度を見せただけ。 問いかける相手が一哉のような者でなければ、完全に煙に巻かれていたに違いない。 「ま、後は頑張れや。お前の眼はいいんだろ?」 「神から応援されるとは光栄だな」 後は軽口を交わしながら、各々の方法で戦場の監視を続けていた。 |