第二章「初ライブ、そして初陣」/1


 

「―――集まったな」

 この城の天守閣の一室にある「作戦室」と呼ばれる大広間には少年少女、合わせて9人が集まっていた。
 上座の少年と次席の位置に座す少女を最年長にし、末席に座る少年を最年少にしており、その平均年齢は13才と低い。

「今回の作戦については参謀長が説明する」

 上座に座る少年に紹介された銀髪の少女は居並んだ実戦担当者を見回した。

「それでは説明しよう。此度の目標は西日本にあるSMOが最後の拠点――高雄研究所である」

 参謀長は手で何も操作することなく、スクリーンに映し出された映像を操作する。
 映し出されているのは日本地図であり、その鳥取・岡山県の県境付近に赤点が点滅していた。

「これは衛星が捉えた映像だ」

 すぐに地図が拡大され、山中に設けられた研究施設が出る。

「2月に勃発した第二次鴫島事変以来、SMOは西日本に展開していた主力を関ヶ原以東に撤退させることで戦線の縮小・戦力の高密度化を図っていた。しかし、この高雄研究所からはいつまで経っても撤退する気配はない」

 参謀長は再び全員に視線を送りながら続けた。

「理由としてはこの研究所は表の世界でも活躍する有名な研究施設であると言うことが挙げられる。しかし、真の理由はそれではない」

 元々、このメンバーの中で首席と次席、さらにもうひとり以外は元々参謀長の指揮下にある。だからこそ、彼女は全幅の信頼を寄せられていた。

「この施設はSMO監査局研究施設。研究内容は"人造異能力"である」
『『『―――っ!?』』』

 最年長の少年を除く全員がビクリと肩を震わせる。

「我ら【叢瀬】の初陣に相応しき作戦であろう」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」

 五人が黙って頷いた。
 同じ姓を持つ彼らは意気揚々と本州に上陸した後の初めての実戦となる。

「余らは全【叢瀬】を以てこの研究所に強襲を懸けるっ」

 声ではなく、意志という名の鯨波が大広間を震わせた。






唯宮心優side

「―――それでですね、政くん」

 唯宮心優はくるりとスカートを翻し、少し後ろを歩いていた眼鏡をかけた少年に向き返った。
 腕は後ろで組まれ、足はリズムを取るように楽しげに歩みを進めている。

「5月6日に決まりました」
「何が?」

 少年――穂村直政は首を傾げて頭上に「?」を乱舞させた。
 因みに今日は4月25日だ。
 心優の言う日にちまでは約10日の期間がある。

「もう、話聞いてたんですか?」
「いったい、いつの話? 開口一番だったような気がするけど」

 直政の更に後ろを歩いていた兄と同色の眼鏡をかけた穂村亜璃斗が言う。

「そこはほら、察するとこですよ・・・・愛とかで」
「「無理」」
「即否定ですか!? っていうか、亜璃斗には否定されたくないですっ」
「え、心優、私のことをそんな目で・・・・・・・・・・・・どうしよう、兄さん」

 あまり表情を変えないが、心底困ったように見える。

「頑張れ、兄さんは見守っていてやるぞ」
「意味が分からない」
「おいっ」
 ボケに乗ったというのにはしごを外された。

「えっとそれで、わたしの話はいつになったら聞いてくれるんですか?」

 ちょっと涙目になりながら直政の袖を引く。

「もうぅ、いいですか? 5月6日は統世学園のイベントがあります」
「そうだっけ?」
「そうなんですっ」

 腕を組んで首を傾げる直政に一度ならず二度までも出鼻を挫かれた心優は叫びを上げる。

「・・・・統音祭」
「何それ?」
「・・・・『統一性のないなんでもいらっしゃい音楽の祭』」
「・・・・なにそれ?」
「とう―――」
「あー、もうっ。話が進まないじゃないですかっ」

 馬鹿な物言いを延々と続けそうな雰囲気を醸し出す兄妹の間に割って入り、心優は直政に指を突きつけた。

「誰でも登録さえすれば参加できるステージです。つまりは文化祭のステージがひとつのイベントになったものです」

 統音祭。
 毎年、5月に行われる行事だが、出席義務はなく、休日に行われる参加自由のイベントだ。
 参加方法は実際にステージに立つもよし、観客として視聴するのもよしという完全娯楽目的である。しかし、軽音部や吹奏楽部などの音楽系の部活や同好会は文化祭に並ぶ発表の場として重要視している。また、演劇部などの系統の発表に時間を取られる文化祭とは違って、全日程が音楽発表なので、他の学生の参加もまず間違いなく認められるのである。

「当然、我が軽音部も大本命として参加します。ですから、これがわたしの初公演、ということになります」

 えっへんと胸を張って威張る心優。

「絶対に見に来て下さいね?」
「ああ、分かった分かった。分かったから腕を組もうとするなっ」

 ちょっと赤い顔で慌てて腕を振り解く直政を心優は幸せそうに見つめた。

(見に、来てくれるんですね)

 直政と一緒に、と望んだ学園生活の中で唯一ひとりで臨んでいる部活動。
 その成果を直政が見に来る、これほど嬉しいことはない。

「絶対ですよ?」
「はいはい」
「嘘ついたら針千本飲ませますよ?」
「う、お前が言うと冗談に聞こえない」
「はい♪ 針なんて何十万本でもすぐに手に入りますから♪」

 そう言うと、紡績業の重鎮――唯宮家の御令嬢はにっこりと笑った。



「―――はいはい、休憩でごわすぅ」

 放課後、軽音部部室にてパンパンと軽音部部長が手を鳴らした。
 その音を聞いて、汗水垂らして作業していた部員たちは手を休める。

「はぁ・・・・はぁ・・・・さ、さすがに疲れました・・・・」

 心優は机にマイクを置き、額の汗を拭った。

「そりゃあね、あんた何曲よ」

 呆れた口調で同級生がジュースを手渡してくれる。

「えーっと・・・・10?」

 礼を言って受け取った心優は片手で折り数えて答えた。

「それをほとんど休憩なしでしょ? 休憩って言っても先輩たちのバンドが途中で入るだけで時間にしては数分だし」
「まるで、心優のためのイベントみたい」
「それに軽音部は毎年取りだからねぇ」

 今年の軽音部入部者は9人。
 内4名が女子で、彼女たちは見事にパートが違うと言うことでバンドを組むことが決まっている。しかし、心優は先の文化祭などで活躍した軽音部のエースバンドにも入っていた。
 それはそのバンドのボーカルが昨年卒業してしまい、人がいなくなっていたのでその代用に心優を起用している。

「ふっふっふー、心優は我が部の新兵器。これで演劇部のもんに目にものぉ言わせてやるけぇ」
「部長・・・・」

 腕組みをして高笑いする朝比奈八千穂。

「何か、悪役っぽいです」
「「「うんうん」」」

 ものすごい勢いで同意を示す三人に部長は逆に胸を張った。

「悪役が怖くて部長ができるかっ」
「「「それなんか違う!?」」」
「まあ、仕方がなか。あっしの作った歌をここまで完全に歌いこなすなんざ、後にも先にもこの娘だけじゃき」

 ガシッと心優の両手を握る部長。

「あんただけやで、新人はッ」
「「「部長、あたしら忘れてはります」」」
「ぐほっ」

 腰、首、後頭部と仰け反る順番に打撃を与える辺り、新入生でもさすがは統世学園生である。

「下剋上、下剋上かえ!?」
「おー、頑張れー」
「いてこませー」
「2年の反応薄ッ!?」

 こんな風に休憩時間も騒がしい軽音部は統音祭の大取と決まっていた。
 吹奏楽部は外部で演奏会があるが、部活といえどもいくつかのバンドの集まりである軽音部はこのような学校行事でなければなかなかライブの機会がない。
 その辺りを考慮した大取の抜擢ではあるが、初めてである心優は荷が重かった。

「というか、どうしてわたしはこんなに歌うんですか?」

 ややげっそりした心優は少々やさぐれた視線を部長に向ける。

「や。だって、全部完璧にできそうな感じで歌うけん。どこまでできゅうか試したいやん。耐久実験♪ 耐久実験♪」
「人で実験しないで下さいっ」

 「ひょっひょっひょ」と高笑いしながら去っていった部長は遠くで不気味だと3年生にパンチを食らった。しかし、倒れながらも笑いを止めずにくねくねする部長に近付ける者はなく、誰もが遠巻きで気味悪がっている。

「もぅ・・・・」

 思わず苦笑が漏れ、心優は視線を窓の外へと向けた。
 そこには春の日差しに照らされたグラウンドがあり、運動部たちが汗を流している。そして、視線を上向ければ運動部系が嫌がる長く、急角度の階段があった。

(政くん・・・・)

 その上にある第五道場では直政が胴着を着て汗を流しているだろう。

(政くんの・・・・胴衣姿・・・・)

「ぽ〜」
「心優、心優っ、涎ッ」
「はっ、わたしとしたことがっ」

 慌ててハンカチで口元と言わず、机も拭く。



『―――のぉわぁぁぁぁぁぁっっっっっ!?!?!?!?!?』



 ゴロゴロゴロゴロ。
 その瞬間、視界の端を何やら見知った少年が、聞き覚えのある声を上げて、階段を転がっていった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「え゙、あれ、あんたのダンナじゃ・・・・」

 ギギギとブリキのおもちゃのような音を立ててこっちを見た同級生を押しのけ、窓を開け放った心優は叫ぶ。

「政くん、わたしそこにいないですっ。ここですよぉっ」
「どう考えてもアンタ迎えに来たんとちゃうから。ってか、心配すんのそこなん?」

 部長の冷静な一言に軽音部全員が頷いた。






穂村直政side

「―――つつつ・・・・」

 直政は体中がズキズキと痛む中、起き上がった。
 その動作に固まっていた運動部員一同が一斉に引いたが、直政はそれどころではない。

「って死ぬわぁっ」
「―――死んでないじゃない」

 階段の上から下りてきたポニーテール少女は風に靡く髪を払いながら直政を見下ろした。
 その格好は直政と同じ袴姿であり、その背中で揺れるポニーテールが映える。
 実際、グラウンドでは朝霞の姿に目を奪われ、ボールが直撃して悶絶している者たちも多かった。

「それに、あれだけ転がっても手放さなかったのは関心」
「え、そう?」
「ええ、その根性が勝敗を分けるわよ」

 彼女の肩に止まったリスもうんうんと頷いている。

「って、刹。いつの間に・・・・」

 家臣の裏切りに愕然とする直政を無視し、朝霞が手にしていた長柄を肩に担いだ。

「さ、戻るわよ。ここで始めてもいいけど、さすがに運動部の皆さんに悪いからね」

 朝霞が手にしているのは槍兵が訓練に使用する長物である。
 穂先の部分に金属ではなく、布を被せた状態だ。しかし、柄の部分は耐衝撃使用になってはおらず、打撃武器としては充分。
 むしろ槍術ではないが、棒術としては十分に通用する代物だった。

「ほら立った立った」
「少しは休憩しようぜ」

 さすがに1時間連続での実践形式鍛錬は辛い。

「強く、なりたいんでしょ?」

 振り返った視線は鋭い。

「実戦に休憩なんてないわよ。こちらが待ったと言っても待ってくれない。1時間どころか数時間戦い尽くめってのもあるわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 実体験が伴う言葉にはやはり説得能力がある。
 亜璃斗が言うには朝霞は対鬼族戦闘だけでなく、現在の新旧戦争膠着を作り上げた戦闘――第二次鴫島事変でも重要な役割を担ったらしい。
 あの戦いは科学と神秘が鎬を削る、まさに戦争だったという。
 そんな戦いに一族を率いて参加し、誰一人欠けることなく凱旋した当主の言葉は、同じく当主という立場にある直政の心に強く響いた。

「そうだよな。俺たちみたいな弱小はトップが無敵でいないと他に負けるからなぁ」
「あなたたちと一緒にしないで。私は強豪だと思ってはいないけど、弱小だとも思ってないわ」

 風で前に流れてきたポニーテールを背中に払いながら言うその言葉には確かな威厳が見られ、尊敬の念を抱かずにはいられない。
 当主と宗主の違いはあれど、衰退の極みにいる家長であるには変わりない。

「ほら、立ちなさい」

 だから、直政は差し出された手を取ることなく、自力で立ち上がった。

「今日こそは一本取ってやる」

 「あら?」と差し出した手を宙にさまよわせる朝霞を置き、直政は階段に足をかける。

「ふぅ、できるものならやってみなさい。まだ初めて一週間の素人に負ける私ではないわよ」

 朝霞も運動部連中に一礼すると追ってきた。

『日々精進ですぞ、御館様』
「・・・・いい加減お前はこっちに帰ってこい」

 ひょいっとシマリスの体を引っ掴み、自分の肩へと戻す。

『ああ、何てことを。こんな汗臭い男の肩なんぞ誰が進んで乗りたがりますか』

 ぴょんっと飛び降り、そのまま走り去ろうとする刹。

「待てや、こらっ」

 直政はすかさず棒を構えた。
 それは文字通り叩き込まれた構えである。

「よし、次は刺突の練習」
「おうよっ」
『ちょっとお待ちを!?』
「的は動くという実戦形式よ」
「おっしゃぁっ」
『のぉぉぉ!?!?!?!?』

 直政はちょろちょろと動き回る刹を穂先で捉えんと刺突を繰り返し、運動部が見守る中、その階段を駆け上がった。



「―――げ、げふ・・・・もうダメだ・・・・」

 部活で全体力を使い切った直政は支給された制服の帯をきっちりと締めた。
 そうした制服に着替えると気分が引き締まるが、緊張だけは抜けてくれない。

「失敗はしないぞ、うん」

 パンパンと己の頬を軽く叩く直政。

『全く、御門宗主とあろうものがアルバイト、ですか。嘆かわしいものです』

 御門宗家を継承した直政はとある店のアルバイトに採用されていた。
 仕事内容は飲食店のホール担当。
 つまりはウエイターである。

「―――着替えたかな、新人くん?」

 更衣室の外からノックの音と雇い主の声が聞こえた。

「あ、はいっ。大丈夫です」
『むぎゅっ』

 直政は慌てて刹を荷物の中に放り込んで返事する。

「あ、なかなかに似合ってるじゃない」

 「開けるわよ」と入ってきた彼女は直政の姿を見て目を丸くした。

「うん、私の目に狂いはなかった」

 満足そうに頷かれるのは少々恥ずかしい。

「あ、ごめんね。私ばかり楽しんで。じゃあ、教育係のところに連れてくわ」
「教育係?」

 直政は店長の後に続きながら訊いた。

「そう。ベテランってわけじゃないけど、キミの疑問はすぐに教えてくれるわ」
「なるほど」
「因みにかわいいからって手を出しちゃダメよ・・・・店内では」

(店外ではいいのかよっ)

 思わずツッコミを入れそうになったが、懸命に喉の奥に飲み込む。
 それを楽しそうに眺める店長はおそらく分かっていたに違いない。

「うん、これだから統世生は止められないわ」

 何故かものすごく楽しそうだ。
 わきわきと動かしている手が怖い。

「ま、詳しいことは彼女に訊いて。この向こうにいるから」

 「じゃあねー」と去っていく店長の背中を見送り、直政は目の前のドアを見た。
 部屋名を示すプレートから何故か紙が抜き取られているが、店長がここだと言ったのだからここなのだろう。

「失礼しまーす」

 と言っても、直政はある程度人物を予想していた。

『え? ちょっと待―――』

―――カチャ

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 部屋の中で相対したお互いは無言。
 この部屋で『待っていた』少女は制服である小袖を羽織っている。―――ただし、前は留めていないが。

「・・・・えーっと」

 直政はポリポリと頬をかくが、視線を逸らすことまではできなかった。
 きっと男としては仕方がないことなのだ、うん。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 少女は無言で背後に手を回し、そこにあった金属バットのグリップを握り締める。

「物騒っ。いや、その行動もそうだけど、どうして更衣室に金属バット!?」
「アンタみたいな輩を血祭りに上げるためよぉっ」

 大上段から振り下ろされた一撃を左に体を開くことで回避。しかし、相手も豪の者。
 踏み込んだ勢いのまま肩を直政の体に叩き込んだ。そして、反動を利用して間合いを離す動作に体の捻りを追加し、振り切っていたバットを横薙ぎに振るう。

「どわっ」

 右下から跳ね上がったバットを屈むことで避け、体が上に伸びきった少女の足を左足で払った。
 その行動は最早反射に近い。
 朝霞によってスパルタで鍛えられた接近戦闘の成果がここで発揮された。

「ひゃわっ」

 慌てていたところで足を払われた少女はストンと尻餅をつく。
 その落下の衝撃は中途半端に肩に引っ掛かっていた小袖を滑り落ちさせた。また、下半身はだらしなく伸ばされている。
 途端に露わになる白い肌とそれを申し訳程度に隠す下着。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ」

 声にならない悲鳴を上げた少女――朝霞は慌てて小袖を肩にかけ直すと後ろを向いた。そして、手の届くところに落ちていた帯を無茶苦茶だが、とりあえず巻く。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 ふたりとも先程を越える事態に表面上は落ち着きを取り戻した。

「それで、どうしてここにいるの?」

 きゅっと己の体を抱き締めるように手を回した朝霞は背を向けたまま問いかける。

「あ・・・・ああ、俺、今日からここでバイトするから。・・・・それで、店長がここに教育係がいるって・・・・」
「・・・・・・・・そう」

(ああ、気まずい。気まずすぎて死にそうだ)

 内心では頭を抱えてガクガクしているが、表面上は身動きが取れなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 後ろを向いているために朝霞の表情は分からないが、耳まで赤くなっている。
 やはり、余程恥ずかしかったのだろう。

(まあ、当然だよな・・・・)

「・・・・・・・・悪かったよ、知らなかったとは言え、着替えてるところ入ってきて」

 沈黙に耐えきれず、直政は早口に謝罪を口にした。

「じゃ、俺は外で待ってるから」
「・・・・・・・・・・・・分かったわ」

 コクンとこちらを見ずに頷いた朝霞を確認し、更衣室の扉を閉める。
 憎らしいことに、そこには「更衣室」というルームネームのシールが貼ってあった。

「はめられた・・・・」

 深々とため息をつき、肩を下げる。

「―――うん、偉いね」
「え?」

 横を見れば廊下が広がっており、そのまま視線を下げるとひとりの少女がいた。
 漆黒の長髪が特徴的な少女は腕を組んでうんうんと頷いている。

「あそこで謝れる子はそういないよ。あんなに慌てたのに謝罪の言葉が出るってことはいい子なんだね、君」
「・・・・ッ」

 ニコッとこちらを見上げてくる表情に直政は射抜かれた。

「さって、店長の悪戯は予想通りだったから、朝霞ちゃんが復活するまで少し時間掛かるかな」

 固まっている直政を置き、少女は反動を付けて壁から離れる。

「私が教えてあげるよ。といっても、基本的なことだけだけど。詳しいことは朝霞ちゃんに聞いてね」

 「行くよ」と言って廊下を歩く立ち振る舞いはバイトの制服を着ていると言うよりも、本当に着物を着慣れているという自然な動きだった。
 見本として見せられた接客でもそれが崩れることなく、テーブルの間を舞うように歩いて行くように見える。
 その優雅な動きは直政の心を捕らえて離さなかった。
 直政が知っているどの女の子よりも背は低く、あどけない顔立ちと仕草は年下に見える。しかし、その穏やかで優しげな雰囲気は同年代ではなかなか備えられない母性を感じさせた。

「これが・・・・魔性の女というものか・・・・ッ」
「何わけのわからないこと言ってるのかしら」

 ポンと肩が叩かれる。

「はぁ、全く、ひどい目にあったわ」
「し、鹿頭・・・・」

 憧れの対象となった少女とは対照的に背の高い少女の顔を見た瞬間、先程の光景がフラッシュバックした。
 長身の長い手足を彩る白い肌。
 年相応の曲線を覆い隠す薄い布生地。
 何よりそれらを隠していそうで隠していない着物の―――

「ちょっと、思い出さないでよっ」
「ぐぇ」

 その影響か襟首を締め上げながらも頬を染める朝霞が可愛く見える。

(いや、実際に鹿頭はかわいいんだけど・・・・って違う)

「あ、朝霞ちゃん復活したんだ」

 パタパタとフロアの奥から駆けてくる憧れの女性。

「・・・・・・・・その一言で全てを把握している状況にいて全く止めようとしなかった、という事実が知れましたよ」
「あ・・・・あはは・・・・」
「笑っても誤魔化されません」

 後頭部に片手を当てて笑う少女にピシャリと言う。

「ご、ごめんごめん。なんか割り込むタイミングが見つからなくて」
「少しでも気配を出してくれたらいいんですっ」
「まあ、それはいいとして。―――これからは朝霞ちゃんに教えてもらってね」
「・・・・調子がいいところはあいつそっくりですね。―――ってか、教えてもらってたの?」

 いきなり美少女ふたりから注視を受けた直政はタジタジとなった。

「といっても簡単な流れだけだよ。実践を含んだものはまだ」
「ありがとうございます、瀞さん」
「ううん、いつも一哉が迷惑かけてるからね」
「それについては否定しません」

 くすくすと笑いながら瀞と呼ばれた少女はゆっくりとした足取りで去っていく。
 その後ろ姿をぼんやりと眺めていた直政は隣から来る鋭い視線に気が付いた。

「な、何だよ・・・・」
「別に」

 朝霞は側にあった棚からお盆を取り出し、直政に手渡す。

「っていうか、どうしてここをバイト先にしたの? 確か面接ってあの日の後よね?」

 あの日とは心優に連れられ、亜璃斗と共にやってきた入学式の翌日だ。

「おう」
「・・・・普通、ここ選ぶ?」
「だって、鹿頭がいるだろ」

 至極真面目な口調で伝えられた内容に朝霞の動きが止まった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そして、お盆で顔の下半分を隠し、上目遣いで一言。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ストーカー?」
「―――っ!? いやいやいや、知り合いがいる方が心強いというかッ。・・・・ほら、今だって普通に話せてるしっ。だから、そんなに距離取らないでェッ」
「店長、アレ、ストーカーです。クビにして下さい」
「おいおいおいおいオイッ」

 神速の踏み込みで直政から数メートルの距離を取った朝霞は直政を指差しながら不名誉な進言をする。

「あらあらあら、面白い子雇ったかしら。大丈夫、ストーカーだってひとりの人間よ」
「なんかいろんなもの認められた!?」









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