第一章「入学、そして継承」/7


 

 穂村直政は音川に何が起きているのか、と訊いた時、逆に朝霞から質問された。
 『本当に、知る覚悟がある?』
 この言葉に穂村直政は答えを返せなかった。
 それは知れば、戻れないという意味であり、戻れないのは今のような裏表を緩やかに行き来する生活へだった。
 穂村直政はその前日に起きた戦いで力不足を体感している。そして、その後に行われたその質疑応答で同い年の朝霞に圧倒された。
 敵わない、と正直に思わされた。
 知識や戦闘技能、戦場経験だけでなく、最も足りないのは事柄に関わる事に対する想い。
 つまりは覚悟だ。
 そして、覚悟とはそれを貫く『強さ』が必要である。
 それは戦闘能力でもあるが、最大の要件はその世界において己を貫く『意志』だ。
 質問した時の直政は好奇心が刺激されていたことと、己の町は己が守っているという自惚れがあった。しかし、その自惚れに気付かされた穂村直政は一言も言い返せなかったのだ。

【その目、気に入った。ならば、己の心意気を貫いて見せぃっ】

 言葉にできぬなら、示せばいい。
 今はもう、あの時の【力】なき自分ではない。

(関わっていこう)


―――この世界を構成する全ての出来事に、相応の覚悟を持って。


 全てと向き合い、そして、己の意志を貫くために。
 "御門直政"はゆっくりと神宝――大身槍・<絳庵>を強く握り締めた。






鹿頭朝霞side

「―――お前、何?」

 朝霞と亜璃斗の邪魔をした閃光はレーザー砲のように地面を焼け焦げさせながら駆け抜けた。
 その輝線からしっかりと体を外した亜璃斗が誰何の声を上げる。

「ふふ、我が名はピュセル」
「ピュセル? 『少女』って、笑わせてくれるわ」

 朝霞は鉾の柄をしごき、新たに現れた正真正銘の敵に向き直った。

「ふむ? 現代ではそう言うのか。はは、我の時代では『女中』というものだったがな。時は移ろうものよ」

 突然現れた女性はその手に十字架を模した大剣を持っている。しかし、先程の攻撃はその剣からではなかろう。

(額からレーザー光線・・・・異能者?)

 魔術師と考えるよりも異能者と考える方がしっくり来る。
 だとすれば、彼らのみが持つ独自の理さえ見抜けば決して怖い相手ではない。
 朝霞はここ1ヶ月、みっちりと戦闘訓練を積んできた。
 己のスタイルを身に付けるのも大事だが、敵によって戦法を変える柔軟性も大事だ。
 むしろ時任蔡亡き後、朝霞に稽古を付けている熾条一哉は武術よりもそういう戦法に秀でていた。

(まず、対応できないところからの不意打ち・・・・)

 ゆらりと漆黒の穂先が陽炎に包まれ出す。
 視線をやれば、亜璃斗も完全に戦闘態勢に入っていた。
 体勢を低くし、トンファーを下椀に密着させている。

「時にそこの長柄の娘よ」

 今にも飛び掛からんとする亜璃斗を一瞥した女は大胆にも視線を朝霞に向けた。

「何?」
「そなたには我が麾下の者が世話になった。お礼参りといこうか」

 女の背後の闇が深みを増す。そして、その闇が複数の形をなした。

「「なっ」」

 驚きはふたつ。
 その形はふたりが知っている"騎影"だったからだ。

「それじゃ・・・・あの妖魔は・・・・ッ」
「そう、我の麾下――デュノワだ」

 名前などどうでもいい。
 ただ、視界にいるだけでも、騎士の数は十数騎。
 そんな彼らがまるで競馬のように横列に並んだ。

(・・・・来る)

 間違えるはずのない突撃体勢。
 その右手に構えるランスによって槍衾を組み、そのまま密集態勢によってこちらを押し潰そうという腹だ。

「させないっ」
「え、ちょっと!?」

 同じ判断を下したのだが、起こした行動は真逆だった。
 デュノワが大地を蹴ると同時に亜璃斗も疾走に入る。
 目指すは一点突破。
 一撃にて隊列を突破し、そのままピュセルに肉薄する気なのだ。

(無謀すぎるっ)

 別に味方ではないが、敵の敵は味方という理論で助けることに決めた。
 いや、それ以前にクラスメートを見殺しにするほど、朝霞は表の自分を捨てていない。

「ああ、もぅっ」

 穂先に集中していた<火>を周囲に展開。
 瞬く間に十数個の炎弾を生成した朝霞はまるで弾幕のようにそれらを撃ち出した。
 狙い澄まされた一撃は数騎に命中して押し返し、何発かは眼前に着弾してたたらを踏ませる。

「―――っ!?」

 それは亜璃斗も一緒だった。
 彼女は目の前で爆発した炎の勢いに押され、それまでの突撃速度を消滅させられる。
 苛立ったようだが、目の前に迫った数騎の対応に迫られたらしく、何の反応も返ってこなかった。

「さてと・・・・」

 騎馬隊の突撃というのはやはり伊達ではない。
 頭上を抑えられる脅威。
 大地を揺らす馬蹄の響き。
 自動車に匹敵するような衝突力。
 さすがは機関銃が普及するまで陸戦の花形であり続けた古来からの兵種である。

(三騎・・・・)

 牽制とばかりにはなった炎弾は敵の密集態勢を崩しており、彼らもそれを整え直す気はないようだ。

(一対一なら、怖い相手じゃないっ)

 ドンドンと腹に響く轟音を上げて再び撃ち放たれた炎弾は左右の二騎に集中してその進撃を鈍らせた。そして、全体の先頭を駆けてきた騎士向けて朝霞は走り出す。

「はぁっ」

 両者の激突の瞬間、騎士の一歩手前で地面が爆ぜた。
 思わず前脚を上げて重心を後ろに流した騎士の後ろ脚を、朝霞は走り抜け様に鉾で強かに殴りつける。
 馬の脚というものはその自重を支えるにはあまりにも非力である。
 日本の在来種ならばともかく、脚が長いサラブレッドのような形である騎士の下半身もそうだったのか、いとも簡単に骨らしいものを砕いた感触が手に伝わった。

「ふっ」

 続いて突入してきた二騎の穂先を一方は躱し、一方は鉾で弾いてやりすごす。
 同時に亜璃斗を攻撃しようとこちらに側面を向けていた騎士に炎弾を叩き込み、振り返り様に背後で立ち上がろうと藻掻いていた騎士の背を貫く。
 火柱がひとつできる間に駆け抜けた騎士たちは再び突撃態勢を作ろうと集まり出していた。

(ん? 一騎足りない・・・・?)

 突撃してきたのは全部で十七騎。
 再突撃準備をしているのは十五騎だ。

「・・・・やるじゃない」

 見回した朝霞は石化した騎士をトンファーで砕く亜璃斗を見留めた。
 どうやら、トンファーの端を体内に押し込み、内部から石化させたようだ。

「諸家になど、負けない」
「残念。本当に残念なことに私も血筋の上では分家なの」

 状況を理解し、共闘以外にないと判断したふたりは自然に歩み寄っていた。

「しかも、忌々しいことに先鋒の一族よ」
「同じ」

 ふたりは視界の端からピュセルを離さないようにしながら騎士たちに向き直る。そして、今度は同じタイミングで走り出そうとした敵へと炎弾と飛礫が襲いかかった。
 炎弾は衝撃で跳ね飛ばし、飛礫は敵の体内へと潜り込む。
 砲兵と歩兵のような役割でふたりは騎兵の突撃を妨げた。
 たまらず騎兵は三手に分かれ、正面と左右からの側撃へと切り替える。
 その瞬間、朝霞は大地を蹴った。
 編隊がばらけた一瞬の隙を衝く、強襲戦法だ。

「はぁっ」

 目指すは正面の四騎。
 自身の突撃と共に炎弾を撃ち出した朝霞はその火網から逃れてきた一騎に肉薄した。
 鋭い突きを鉾を合わせて右へ流し、騎士の右側へと滑り込む。そして、素早く斬り返してきた旋回の一撃をしゃがんで躱し、遠心力で右上方へと伸び上がるような形になった騎士の脇へと穂先を串刺した。

<――――――ッッ>

 炎と共に右腕とランスが吹き飛び、苦悶の声を上げる騎士を尻目に振り向き様に迫っていた穂先を弾く。さらに頭上からの打撃を横に飛ぶことで躱し、受け身を取ると共にもう一度大きく跳躍した。

「・・・・ハッ」

 馬蹄にかけようと横合いから突っ込んできた騎士をやり過ごし、見事に視界を遮ってくれたその騎士が通過すると共に低い体勢のまま朝霞は二騎士の足下に舞い戻る。

「セッ」

 伸び上がるようにして繰り出した穂先が深々と左側の騎士を貫き、左手を離して足を馬に乗せた高い場所から右手一本で鉾を扱った。
 胸を深々と刺さっていたはずの鉾が神速で引き抜かれ、弧を描いて右側の騎士へと躍りかかる。

「・・・・ッ」

 兜を砕く小気味よい反動が右腕に伝わると同時に二騎士の体内に流し込んだ<火>を活性化させた。
 まるで攻撃を喰らって誘爆した軍艦のように、内部から炎を噴き出した二騎はぐらりと揺れて倒れ伏す。

「次ッ」

 熱い吐息混じりの声を出して戦闘態勢を取った。
 右腕を失って衝突力だけで勝負しようとする手負いを追撃する前に正面で唯一残った無傷の騎士を捜す。

「ヤバッ」

 亜璃斗は朝霞と違い、六騎が集中した右翼へと向かっていた。そして、その打たれ強さ故の肉薄攻撃で一騎を葬ってはいるが、周囲を囲まれて防戦一方に陥っている。
 そこに正面から抜け出した二騎と、迂回していた左翼の五騎が向かっていた。

(今更走り出しても敵の一撃目は防げない・・・・ッ)

 援護に走り出すも、朝霞にはそれが分かっている。
 案の定、亜璃斗は横合いから突撃してきた騎士から横殴りの一撃を受けて吹き飛んだ。しかし、驚異的な頑丈さを見せつけ、立ち上がろうとする。

「・・・・ガッ」

 そこに強烈無比の一撃。
 それは打撃を喰らっても手放すことのなかったトンファーをも吹き飛ばし、多量の流血を伴わせるほどの威力を持っていた。

「チィッ」

 追撃態勢に入ろうとした騎士たちに特大の火球を叩き込む。
 火力ではなく、爆発力に主眼を置いた火球は爆発すると同時に騎士たちを大きく後退させた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・」

 亜璃斗の前に走り込み、その血塗れの腕を取る。

「・・・・生きてる」

 弱々しいがしっかりとした脈が返ってきて安心した。

「ホント、頑丈ね」

 安心するのはまだ早い、というかお門違いなのは分かるが、とりあえず安堵する。そして、新たな闘志を胸に立ち上がった。

(劣勢を覆す何か・・・・)

 これまでは敵の密集態勢をうまく崩し、言わば混乱させて討ち取っている。しかし、今度はこちらが動けない以上、ここでその密集態勢を迎え撃つしかない。
 直系ならば、正面から灼き尽くす術式を行使するだろうが、あいにくそこまでの感応力を朝霞は持っていなかった。

「・・・・ん?」

 朝霞は首を傾げながら地面に手を当てる。

「揺れてる・・・・?」

 地鳴りのようなものが響いた。そして、それは徐々に大きくなってくる。
 そんな朝霞を隙と見たのか、騎士たちは一斉に大地を蹴った。

「・・・・くっ」

 地鳴りが気にならなくなるほどの地響きを轟かせて進撃してくる騎士たちに炎弾を叩き込もうと<火>を集める。しかし、それが騎士たち向けて飛翔することはなかった。

―――ドォォォッッッ!!!!

「は!?」

 騎士たちが踏み締めた地面が大きく膨れ上がる。そして、その奔流に騎士たちが巻き込まれた。
 空中に打ち上げられてはどうしようもない。
 騎士たちは手足をばたつかせながら放物線を描き、受け身も取れずに大地に叩きつけられた。
 弱々しい痙攣を伴いながらも不屈の闘志で騎士たちは立ち上がろうと藻掻きながら、自身たちを吹き飛ばしたものを見る。
 大地がめくり上がった急造の丘の上に赤い甲冑を纏った影が立っていた。

【―――ふむ、久しぶりの地表である】
『ああ、戦場が私を呼んでいる・・・・ッ』

 やたら歓喜に震える声がするが、それは"彼"のものではない。

「え? 何? どういうこと? ―――って」

 朝霞は全ての疑問を解決する前に落下してくる岩塊の迎撃に力を振り絞った。






穂村直政side

「―――うわ・・・・っ」

 気が付けば地表にいた。
 直政は慌てて辺りを見回す。すると、破壊され尽くした岩塊の只中で殺意を孕んだ視線をこちらに向ける朝霞と動かない亜璃斗を見つけた。

「亜璃斗ッ」

 殺意混じりの視線も気になったが、さすがにこちらの方が優先だ。
 直政は驚くほど軽い甲冑を着たままふたりの下へと駆けつけた。

「大丈夫か!?」
「生きてるわ、意識を失ってるけど。・・・・それより」
「うっ」

 簡潔に亜璃斗の状態を表した朝霞はギラリとした視線を直政に向ける。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ、いい。いろいろあるけど、全部終わった後で」

 ため息と共に朝霞は鉾を地面に突き刺した。そして、空いた手に"気"を集中させ、亜璃斗の止血に入る。

「任せていいのね?」

 チラリと視線を寄越す朝霞。

「・・・・おう、任せとけ」

 その視線に大きく胸を張って答えた。

【おうおう、見栄を張りおるわ】
『よ、見栄っ張り』
「やかましいわ、お前らっ」

 己が着込む鎧と槍にツッコミを入れ、直政は敵へと向き直る。

「ふ、楽しそうだな」

 敵は地面からの攻撃に自身の騎馬隊が壊滅したというのに余裕の態度を崩していなかった。

「テメェもな。よくも妹を可愛がってくれたな」

 不敵な笑みを浮かべている女性に槍の穂先を向ける。

「ふ、真紅の鎧・・・・なるほど、貴様が御門の継承者か」

 女性は少し考えるそぶりを見せたと思うと、パチリと指を鳴らした。

【む?】
『新手ですっ』

 彼女の周囲に生じた闇が騎士の形を取っていく。
 その数は二〇を下らない。
 さらに、彼らは顕現すると同時に走り出していた。
 先程までの隊列などない、歪な突撃態勢。

「受け止めなさいよ」
「・・・・くっ」

 思わず下がりかけた足を朝霞の声で戻す。そして、立ち向かうようにもう一歩前に出た。
 二〇数騎の突撃如きで揺れ動く大地に視界を揺らされながら、直政は槍を構える。

『この素人・・・・ッ』

 刹から叱責が来るが、仕方がない。
 今まで槍など振るったことがないのだから。

【ふ、ならば試練を変えようか。状況が状況だからの】
「・・・・ッ」

 途端に頭の中に流れ込んでくる膨大な情報。
 それはこの戦場においての情報だけでなく、"御門流地術兵法書"などと書かれた書物まであった。そして、そのページは勝手にめくられ、ひとつの術式が脳裏に描き出される。

【これを見せるのは一度切りぞ? そなたの先祖が綿々と受け継いできた軌跡じゃ】
「・・・・っ、・・・・・・・・了解ッ」

 早速、直政は目を閉じて<土>に命じて術式の構築にかかった。
 初めて"術式"というものを使う興奮に支配されるが、直政は意外な緻密性を以てその細部を詰めていく。

「・・・・ッ」

 開いた目には騎士たちが鯨波の声を上げて突撃する光景が映った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 直系の血筋が繰り出す膨大な<土>が歓喜の声を上げて陣形を作り出す。
 イメージは無数の穂先。
 穂先を陽光に反射させて布陣する槍兵の群れ。

「"槍旗貫穿(ソウキカンセン)"ッ!」

 その瞬間、直政の足下から土の槍が突き出した。
 突き出しては引き込む。
 その動作を果てしなく続け、まるで津波のように前進した槍の波は騎士たちを容赦なく呑み込み、貫き、穿ち抜いていく。
 ランスを振るってひとつを退けても同時に繰り出される十数の穂先は躱せずにズタズタにされた騎士たちはその波が去った時、自身の姿すら維持できずに消え去っていた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・」

 初の大規模術式の発動を終えた直政は肩で息をするのがやっとだ。
 広場一帯はでこぼこに耕された状態になっており、とても基盤岩帯であったとは思えない。

【うむ、見事だ】
『はい。私の出番がないのは少々寂しく感じられますが・・・・初陣にしては上出来でしょう』

 彼らの賛辞など耳に入らないほどの疲労が直政を包み込むが、ここで膝を付くわけにはいかなかった。


「―――そこの鎧と槍よ。我を忘れているのではなかろうな」


 まだ、敵は残っている。

【忘れてはおらん。だが、そなたからは戦意が窺えん】
「ふむ、なるほど。武神は武人を知る、か」

 女性は手にしていた大剣を己の背に収納すると背を向けた。

「お、おいっ」

 そのあっさりとした退き様に思わず声を掛ける。

「若き宗主よ。お前が選んだ道、それは我々と交差することになろう」

 首だけこちらに振り向かせ、彼女は笑った。

「その想い、しかと大地に足付けた時のお前を楽しみにしているぞ」
「―――っ!?」

 彼女の周囲の闇が気配を持つ。
 それは二〇どころではなく、数百数千にまで届こうかという『軍勢』。
 そんな自分を守る騎士に囲まれた彼女は爽やかな笑顔を残し、闇へと消えた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何の未練もない、あっさりとした引き際。
 それはあれだけ圧倒的【力】を見せた直政を意に介していないという想いを見せつける。
 その事実と、その事実が導き出すこの世界の過酷さに直政は絶句していた。

「・・・・・・・・・・・・ん」
「・・・・ッ、亜璃斗!?」

 背後から聞こえた呻き声に呆然としていた直政は振り返る。
 ガシャリと鋼の音が鳴り、それにビクリと亜璃斗が体を震わせた。

「・・・・あ」

 朝霞に抱えられた体勢でぼんやりと瞼を開いた亜璃斗は直政の姿を見て吐息を漏らす。

「・・・・手遅れ」
『・・・・と、いうことは、やはりあなたたちが御曹司をこの地に送ることを拒んでいたのですね?』

 直政の肩から降り、伏せられた亜璃斗の視線に向かった刹。
 その背からは憤りが感じられた。

『何故、と訊いてよろしいでしょうか? というか答えやがれ・・・・です』

 射るような視線に晒され、数秒言いよどんだ亜璃斗。しかし、吐息混じりだが、話し始めることにしたらしい。

「・・・・無視していたわけではない。滅亡から1ヶ月後、祖父が送り込んだ回収隊は襲撃を受けた。私の両親を含む7名全員が死亡した、と判断された」
「私の・・・・って」

 直政は亜璃斗の物言いにとある確信を得た。

「そう、兄さんと私は血が繋がってない。私は穂村直隆の孫で、御門亜華美の姪。つまりは兄さんとは従姉妹。・・・・直系と分家という血統上の違いはあるけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「この地の戦いで現役を退いた祖父の代わりに戦力を率いるはずだった父たちの死は長い戦力の空白化を生んだ」
【脱出したのは子どもたちだったな】
「・・・・はい。今の私たちと同年代以下の子どもと護衛。ただ、逃げる途中で襲撃を受け、小さな子どもたちは私と兄さん以外はぐれてしまって、そのまま・・・・ゲホッ」

 朝霞のおかげで止血ができてるとはいえダメージが蓄積しているのだろう。
 亜璃斗は苦しそうに胸を抑えた。

「亜璃斗、もういいから」
「ううん、言う」

 肩に置かれた直政の手を握り、亜璃斗は直政の眸をじっと見上げる。

「現在、祖父が保有する戦力は私を含めて十数人。それも、かつてのように家ごとに円居を構成し、集団戦を戦い抜ける戦力ではない」

(亜璃斗は・・・・俺に言っている)

 直政が率いる勢力の現状を話し、覚悟を強いているのだ。

「上等だ、亜璃斗。一度没落したからなんだってんだよ」
「兄さん・・・・」
「俺は見た」

 目を閉じ、洞穴の中で見せられた光景を思い出す。

「奮戦して儚く散っていった・・・・そうまでして俺たちを残してくれた戦士たちをな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「弔い合戦をしたいっていうのは嘘じゃないけど本当でもない」

 直政の言葉をその場の誰もが聞いていた。
 部外者である朝霞も亜璃斗に"気"を当てている以上離れられない。

「ただ、俺は隠れてるんじゃなく、胸を張ってこの世界を生きていきたいと思う。そのために立ちはだかる敵がいるなら踏み潰す。それだけだ」

 その堂々とした宣言に亜璃斗は朝霞の手を退けて平伏した。
 それは「兄」と呼んでくれていた「妹」ではなく、御門宗家一番備――穂村家の次期当主としての姿だ。

【よくぞ言うた、"直政"】

 カラカラと満足そうに笑った守護神は初めて直政の名前を呼んだ。

「え? あれ? 名前?」
『おめでとうございます、"御館様"。これで晴れて御門の主に御座ります』

 亜璃斗の隣で同じように平伏する刹。

「・・・・えーっと?」
【ふむ、ならば継承の儀、さらにその証をなさねばならぬな】
「あ・・・・」

 身に滾っていた【力】が抜け、赤光と共に守護神が広場に再降臨する。
 その姿はやはり、先程と同じ兜が立物のない越中頭形兜で、具足が朱漆塗仏胴具足だった。

【そなたが望む防御の形は何ぞや?】
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 この質問に父は直政を守るために「直政」の名を持った武将の鎧を選んだ。
 それも、徳川家最大の戦である関ヶ原の戦い本戦に臨んだ井伊直政が着用した甲冑を、である。
 ならば、その覚悟を体現した末に今も生きている直政が選ぶ甲冑はひとつ。

「・・・・うん、これだ」
【・・・・ほぅ、なるほど。面白いっ】

 守護神がそう言った瞬間、彼の甲冑が弾け飛んだように赤光に変わった。

「うわ・・・・っ」

 その光をもろに受けた朝霞が思わず手をかざす。

【直政の覚悟、しかと顕してみせようぞ】

 衣替えが嬉しいのか、何やら興奮していた声音と共に赤光が収まった。

【ふむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?】
「兄さん、何を思ってこれを?』
「あ? あぁ、いやぁ、前の甲冑は関ヶ原の戦いだったから、その後の奴を、と・・・・」
『へー・・・・』

 マジマジと刹は守護神の新たな姿を見遣る。
 今の甲冑は越中頭形金箔押天衝脇立兜に朱漆塗桶側胴具足という代物だ。
 この甲冑が以後、「彦根の赤備」と呼称されて持て囃される甲冑の原型となったものである。
 ただ、オリジナル要素として具足の胸の部分には御門家の家紋である「笹輪に親子水晶」が彫り込まれていた。

「えーっとさぁ、部外者でしかも鎧のこととか分かんないんだけど、一言言わせてくれない?」

 「はい」っとばかりに朝霞が右手を挙げる。

「どうぞ」
「その頭、なんかウサギみたいよ」
「「『【・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・】』」」

 変化から微妙な空気に包まれていた4者は思い思いに沈黙した。

「「『・・・・ああ』」」
【納得するなっ】

 ポンと手を叩く三者に守護神は渾身のツッコミを入れる。
 他の者と違って動けない辺りが、何とも情けなく映った。

「はは、まあいいじゃないか。これからよろしくな」
【・・・・ふん、まあ決まったものは仕方ない】
『しっかりと私の使い方を覚えてくださいね、御館様』

 契約を結んだひとりと1ぴきとひとつは「現実逃避」というもので笑みをこぼす。

「とりあえず、鎧なんて持ち帰れないから後日もう一回来て回収なさいな」
「・・・・リスも」

 その笑みも朝霞と亜璃斗の現実的な物言いに沈黙した。






Epilogue

「―――よし、これで完成、っと」
【うむ、それでいい】

 一泊研修から3日。
 直政はようやく御門宗家の守護神を穂村家に招くことができた。
 報告を受けた直隆は唖然としていたが、宗主となった直政の決定に異を唱えることはないようだ。
 昨夜も手帳を手に方々に連絡を取っていた。
 おそらく分散している分家の戦力を集結させようとしているのではなかろうか。

「槍はどうする?」
『私をお連れください。でしたら、必要な時に喚び出しましょう』
「えー」
『何で嫌そうなんですかっ!? こんなかわいい小動物を連れていれば、おなごにも人気が出るでしょう』
「下世話」
『なんですとー!?』

 飛び掛かってきた刹を回避し、守護神に問い掛けた。

「そういや、あの聖域を捨ててよかったのか?」
【ん? まあ、いいだろう。陸地にいる限り、大地の上にいるのだから】
「当たり前だろ」
『ていっ』

 ペシッと刹が直政を叩くことに成功する。

『馬鹿ですか? つまりは人が生活する空間であれば、どこでもOKということですよっ』
【いや、幾ばくか誤りがあるが】
『なんですとー!?』
「二度ネタ禁止」

 肩の上で大げさに驚く刹の額にデコピンを撃ち込んで撃墜した直政は再び守護神に向き直った。

「まあ、ここが嫌になったら言ってくれ。この家の下を掘るから」
【いや構わぬ。このように人の生活を見られるというのも一興】
「物好きな奴だ」
『御館様は「敬う」という心をどこに捨て置かれたのです―――あっ』

 失礼な物言いをする刹の腹を指先でつつく。

『お? おお!? こ、これは・・・・ッ』

 何やら肩で悦び始めた刹。
 そんな目上の者たちのやりとりに亜璃斗が小さな笑みをこぼした。


「―――あぁ〜〜〜っっっ!!!!!!!!」


 突然、絶叫が穂村邸を震わせる。

「・・・・っ、心優!?」

 ビクリと肩を震わせた――この行動で刹が振り落とされた――直政は慌てた仕草で振り返った。

「なになに何ですか!? この小動物は!?」

 顔面から床板に墜落していた刹を抱き上げる心優。

「何って・・・・リス」
「どーして政くんがリスなんて飼ってるんです?」

 ぎゅっと胸にかき抱いた体勢で見上げてくる。

「・・・・いや、一泊研修の時に拾った」
「ズルイですっ、私にもそんな偶然が欲しかった!」

 より一層力を込める心優の腕の中で刹がビクビクと痙攣していた。

「それに・・・・甲冑なんてあるし・・・・」

 そのままの体勢でじーっと甲冑を見遣る心優。
 こう見えても御嬢様なので、こういった文化的なものの知識は深い。

「何の用?」

 このままではボロが出ると思ったのか、亜璃斗が声を掛けた。

「あッ! そうでした、政くんっ」
「な、何だ・・・・?」

 キラキラと輝く瞳に見つめられ、直政は後退りする。

「デートしましょう、もちろん泊まりがけでっ」
「するかっ」
「あぅっ」

 絶叫のツッコミとスパーンッと小気味よい音が響いた。

「不法侵入の上にその理由がそれかっ!?」
「だって暇なんですよ!?」
「俺が知るかっ。・・・・俺はもうすぐバイトの面接なんだよ」

 そう言って歩き出す。

「? ついに決めたんですか? でしたら私が裏から絶対に受かるように手配を―――ああっ、携帯返してくださいっ」
「お前は俺に肩身の狭い労働環境を築くつもりかっ」

 直政はピンク色の携帯を握ったまま靴を履いた。そして、振り抜き様に軽く放り投げて返す。

「お、ほっ、とわっ」

 見事なお手玉を披露したが、しっかりとキャッチ。
 因みにその隙に刹は脱出して直政の肩の上で汗を拭っていた。

「じゃあな」
「行ってしまうんですね?」
「・・・・そうだけど?」

 微妙に声音が気になり、玄関に手を掛けたまま振り返る。

「その世界は辛く険しいですよ?」
「そうだろうな。・・・・でも、それが働く、ってことだろ?」
「・・・・後悔、しませんね?」
「? 入学前から決めてたし。あ、時間ヤバイし、行くわ」
「・・・・うん、行ってらっしゃい、政くん」
「おう」

 直政は肩に刹を乗せたまま、玄関を開けて外へと出て行った。









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