第一章「入学、そして継承」/6


 

「―――ここは・・・・?」

 森が燃えていた。
 業火に包まれた木々は己が動けないことを悔やみながら朽ち果てようとしている。しかし、そんな彼らを巻き込みながら、人影が火花を散らして戦い続けていた。
 掃射される機関銃にも怯まず戦い続ける様はまさに「絶対防御」を体現する地術師らしい。

【これは十年前の・・・・6月2日よ】
「十年前・・・・」

 今から十年前の6月2日。
 それは御門宗家が滅亡した日ではないか。
 事実、御門家の前衛隊は敵の大軍に押され、後退を始めていた。

【我はこの地の神として、全てを把握しておった。そして、戦の準備も終わり、後は出陣するだけとなっておったわ】

 戦車砲の斉射と思われる閃光と轟音が大地を震わせる。
 上空を旋回していたヘリが火達磨となって墜落した。

(まるで・・・・戦争だ)

 中世のように天嶮を利用した地の利では埋められない絶対的な蹂躙。
 火力と機動力にて押しまくる総力戦を体現する現代兵器の前に、過去幾度も時の軍隊を押し返してきた精鋭が崩れ出す。

『ここからは私の記憶になります』

 前衛を支援していた第二陣に対地ミサイルが突き刺さった時、視界が暗転した。

「―――弓槻家が壊滅。敵機甲部隊、穂村家を迂回して侵攻してきますっ」
「むぅ・・・・」

 壮年の男は朱塗りの大身槍を手に唸りを上げた。
 突発した総力戦はどうやら自軍の劣勢のようだ。

「敵歩兵隊、機甲部隊と共に展開っ。穂村家は包囲されつつあり」
「すぐに援軍を出せっ。そして、邪魔なヘリ部隊は叩き落とせっ」

 飛礫の奔流が本家近くまで侵入してきたヘリ編隊に集中し、滅多打ちにして撃墜した。しかし、それまでに撃ち込まれた対地ミサイルで鉄壁を誇る本家の壁に幾つもの大穴が穿たれている。

「俺も戦闘態勢を整えるか」

 男が屋敷の奥へと引き返そうとした時、本陣前に爆音が轟いた。

「何があったっ!?」

 予想以上に早い衝撃に側近たちが浮き足立つ。

「敵歩兵隊、突破―――ぐはっ」

 伝令に駆けてきた術者の背中が柘榴のように弾けた。
 血肉が噴出し、走った勢いのままに地面に叩きつけられる。

「いたな、総大将」

 その後ろからゆらりと現れる数名の人影に本陣は動揺した。

「鬼族!? 生き残っていたのか・・・・」

 本陣付の術者たちが各々武器を構えて戦闘態勢に入る。

「ふ、なかなかに楽しませてくれる。長物、というのもいいかもしれん。これが終われば大薙刀でも鍛えてみるか」

 地術師の血を吸った大太刀を肩に担いだ甲冑姿の男は豪快に嗤った。

「ふん、ならば俺が相手してやろう。・・・・だが、槍と太刀では間合いが違いすぎるな」

 壮年の男は負傷して後方に下がってきた男に己の持っていた大身槍を手渡すと、腰に佩いた太刀を引き抜く。

『な、御館様、正気ですか!? 馬鹿ですか!?』

 周囲の鬼族たちもそうだが、目前の甲冑を着た男はそれ以上の威圧感を放っていた。
 それだというのに自身の最大の武器を手放すとは、正気とは思えない。

(大丈夫だ。きっと俺の息子が俺を超える使い手としてお前を存分に振るってくれるさ)

『ちょ、今っ。まさにNow! 私の使いどころですよ!?』

 思念によって伝えられたことに納得できなかった。
 ここぞというところで振るわれず、何が神宝か。

「・・・・御神宝、残念ですが宗主は決められたようです」

 しかし、宗主の代わりに槍を受け取った槍持ちの家系の男が走り出した。
 その全力疾走によって、急速に本陣から視界が離れていく。

「御門宗家宗主――御門直虎、参るっ」

「おおおぉぉ!!!!」

 互いの大将同士の一騎打ちにて、両軍の本陣は激突した。



「―――その槍を持って逃げたのが・・・・直隆氏、ということですか?」
「そうだ。私は前線で戦っていたが負傷してな。本陣に後退した時に宗主に言われたのだ」

 穂村家の居間では先程尋ねてきた者たちと直隆の会談が行われていた。

「鬼族が現代兵器を揃えて襲ってきたという事実に宗主は危険を感じておってな。今を退けてもすぐに襲ってくるに違いないと」
「確かに補給が万全の現代では決戦=終戦にはならないからな」

 少年の方が尤もだというように頷く。

「そこで宗主は若い術者を中心に脱出する者たちを決め、それを私が指揮するように命じたのだ」

 途中、襲撃を受けて損害を受けたが、脱出班の7割は今も生存していた。

「本拠を・・・・捨てたのですか?」

 信じられないとばかりに目を見張る少女に直隆は諭すように言った。

「御門は地術師じゃぞ、お嬢さん。この地表にいる限り、我らは守護神と共にある。しかし・・・・」

 直隆は腕を組み、唸るように声を出す。

「急を要した故に御神体と神宝は回収できていない。あの後、すぐに回収部隊として数人を派遣したが、誰ひとり帰らんかった」
「・・・・監視されていたかもしれませんね」
「おそらく、そうだろう」

 目を閉じ、意気揚々と本拠へ向かっていった者たちを思い出した。

「本当に陣代として恥ずかしい限りだ。今は軽挙を戒めている」

 『陣代』とは首将に変わって軍務を総べる者という意味があるが、幼少の当主の後見役という意味もある。
 要するに当主代行だ。

「それでは、今もあなたが旧御門勢力の総帥と考えてもよろしいのですか?」
「ああ、構わない。若者ばかりでな、こういう仕事は年寄りがする者だ」

 直隆の返答を聞き、それまで会談を担当していた少女が視線を隣の少年に移した。

「ふむ、ならば"あいつ"じゃなく、あんたに言えばいいのか」

 瞑想していた少年が鋭い視線を直隆に向ける。

「戦況は動き出した。今こそ御門宗家復興を願い、打って出るべきではないか?」
「私たちはすでにそのための戦闘態勢を整えつつあります」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 主家再興。
 その言葉に心動かされない遺臣などいない。だがしかし、直隆は首を振った。

「今の我々の願いはただひとつ。主が荒波に耐えられるまでの安寧である」

 確かに新旧戦争は主家再興には打って付けのシチュエーションである。しかし、戦争というものは力なき者を容赦なく淘汰する。そして、残念ながら御門宗家はその辺りの諸家と比べても遜色がないほど弱っていた。

(そのような状況で打って出るほど戦略に疎いわけではない)

 特に拙い指揮で当時の戦力を失ってしまった身としては当然である。

「困ったな・・・・」

 そこで初めて、少年は困惑した表情を見せた。

「え゙、まさか・・・・」

 ぎょっとした顔で少年を見る少女。

「はっは、まさか失敗するとはな。・・・・実はもう、この訪問自体が事後承諾みたいなものなんだよな」
「また!? だから、もう少し慎重に事を運ぼうよっ」

 少女が少年の襟首を絞め上げる中、直隆は表情を歪める。

「・・・・ッ、まさか、鹿頭家は・・・・」
「そういうこと。悪いが、事態は完全に俺たちの手を離れたみたいだな、陣代。いやぁ、参ったね」
「誰のせいよっ」

(亜璃斗・・・・頼んだぞ)

 直隆は唯一事態を動かせる位置にいる"穂村家次期当主"に想いを託した。






穂村亜璃斗side

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 少女は広場から少し高い位置で戦いを見ていた。
 彼女と同年代の少女が鬼族の精鋭ふたりと激突し、苦戦しながら打倒して討ち取ったことから、その少女は自分よりも強いことが分かる。
 だから、"見ていた"。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 彼女は肩で息をする少女の背後へと回り、息を殺して進軍する。
 態勢が整わない内に奇襲し、撃破するのだ。

(守る、絶対に。あそこに近付く者は何者であろうとも排除する)

 どんな手を使っても、だ。
 それが卑怯とは思わない。
 力なき者が力ありき者に勝つには少々卑怯なこともしなければならない。
 譲れないものを天秤に掛け、さらに重いものを優先して他を切り捨てる。
 そうすることで得られるチャンスを彼女――穂村亜璃斗は逃すつもりはなかった。

「・・・・ッ」

 殺気は一瞬、術の起動も一瞬で済ませ、高速で石の飛礫が少女――鹿頭朝霞に殺到する。
 避けようのない速度と方向から迫った奔流はしかし、朝霞が持つ鉾の一閃にて炎上した。

「ふん、奇襲とはやってくれるじゃない」

 肩で息をして、ところどころから血を流しながらも朝霞の戦意は旺盛だ。
 その歴戦の猛者を感じさせる威圧感に亜璃斗の背筋が冷たくなる。

(怯むな、相手は手負い)

 十数分にも及んだ激戦は確実に朝霞を蝕んでいたはずだ。

(落ち着いて戦えば、勝てる・・・・)

 亜璃斗はトンファーを取り出し、それを旋回させながら間合いをはかる。
 トンファーは近接武器なので、鉾と相性は悪いかもしれない。だが、打撃武器なので刃があるものにあるような制限はないので使いやすい。
 さらに白兵戦であるならば、地術師である亜璃斗が有利だ。

(距離さえ詰めれば不利ではないっ)

 勝機を見て取った亜璃斗が大地を蹴り、"気"の身体能力強化以上の速度で肉薄した。そして、物心ついた頃から振るっている武器を叩きつける。
 "気"を纏わせ、自動車を一撃で破壊できる威力を持つ打撃はしかし、同様の打撃で迎え撃たれた。

「「・・・・ッ」」

 互いの"気"が鎬を削る衝撃が爆風を生じさせ、お互いの髪や服がはためく。

「どうして・・・・私は襲われてるのかしら・・・・?」

 受けたダメージは同等だが、やはり蓄積したダメージがあるのか、朝霞は少し苦しそうだった。

「守る、全てからっ」

 体勢を低く保った突進体勢で再び距離を詰め出す。
 対する朝霞は炎弾で迎え撃とうとしたのか、こちらに手を突き出した。しかし、結局打つことなく、トンファーと鉾は二度目の衝撃波を周囲に放射する。

(いい判断・・・・ッ)

 亜璃斗は近接兵器特有の切り返しの速さとトンファー特有の動きで攻勢に出ながら思った。
 この闇夜の炎弾はその威力よりも閃光に意味がある。
 それは目眩ましというものだが、地術師は例え盲目であろうとも視界を確保した状況と同じように戦う。
 ならば、生み出した光源の傍にある闇に相手が隠れるというデメリットの方が大きくなるのだ。

(やっぱり・・・・戦い慣れてるっ)

「はぁっ」
「―――っ!?」

 石突が地面にぶつかった瞬間、爆発が起きる。そして、その衝撃は石たちを亜璃斗へと飛ばした。

(地術師に無駄なことをっ)

 多少赤熱していようとも石の動きさえ止めてしまえば意味はない。
 一瞬とも取れる時間でその制御を成し遂げた亜璃斗の足下に力なく石は落ちた。だが、ほっと息をつく亜璃斗に月明かりを遮った影が落ちる。

「え!?」

―――ドォッ!!!

 これまでで一番の衝撃と轟音が鬼族戦で荒れ果てていた一帯に響き渡った。
 朝霞が鉾の末端付近を両手で握り込み、大上段から振り下ろしたのだ。
 長物の長さを最大限に利用した遠心力と"気"は辛うじて両手を交差してトンファーで受け止めた亜璃斗を大きく吹き飛ばす。だが、鉾の威力はそれだけに留まらず、激突した岩盤にすり鉢状の穴を形成させた。

「はぁ・・・・はぁ・・・・でも、ちょっと分かってきたわ」

 亜璃斗は衝撃のほとんどを地面へと流したためにダメージの蓄積はない。しかし、予想以上に早い鉾の使いに驚いていた。
 普通、長物は懐に飛び込まれた瞬間、無用の長物に成り果てる。
 それでも、朝霞は得物を手放さず、予想以上に早い切り返しで亜璃斗の猛攻を凌いだのだ。

「あなた、私が御門の聖域を荒らしに来たと思ってるんでしょ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はぁ・・・・残念だけど、それは勘違い。私はそれをしようとしてたあいつらを退治したのよ」

 亜璃斗は視線を朝霞に向けたまま、意識だけを血の海に突っ伏しているふたりの鬼族に向ける。
 なるほど、鬼族と戦っていたのはそう言うわけだったのか。

「ふぅ・・・・」

 亜璃斗から急速に闘志が薄れていったのを感じたのか、朝霞は大きく息を吐いた。

(ん?)

「・・・・どうして」
「え?」
「どうして、そこが御門の聖域だと知ってる?」
「・・・・あ」

 「あっちゃー」とでも言うように額を抑えて天を仰いだ朝霞に亜璃斗は疑念を膨らませる。

「そもそも、どういうつもりで私たちに近付いた?」

 思えば直政に色々意味深なことを言っていたようだし、やはりこれも偶然とは思えない。
 亜璃斗は「御門宗家の聖域防衛」とはまた違った理由で戦闘態勢を取り始めていた。

(ううん、どうして聖域を守るように戦った・・・・?)

 疑念をさらに膨らませた亜璃斗は思考状態に入った。
 直政と戦う時、亜璃斗は前衛でありながら打開策を探す参謀でもある。
 そういった経験が敵から意識を逸らさず、物事を考えられるようになっていた。

(もしかして・・・・聖域を守ったのではなく・・・・)

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「考え事? 余裕ね。いいの? 私に回復する暇を与えて」

 そう言って朝霞は立ち位置を変える。―――まるで"亜璃斗から聖域を守るような"立ち位置に。

「ま、私はいいんだけどね、時間なんて」
「―――っ!?」

 その瞬間、稲妻のようにひとつの仮説が浮き上がった。

「兄さん・・・・ッ」
「そ、穂村直政はこの中よ。・・・・ただ、私はどうしてこんなことしてるのかは私自身が聞きたいんだけどね」

 後半の呟きは亜璃斗には聞こえない。

「入らせてもらう」
「許すわけにはいかないね」

 己が属す勢力とは逆のことをいう立場という、奇妙な言葉を放ったふたりはそのまま再び己の武器を構えた。

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 <土>が反応していくつもの地割れを亜璃斗の足下から発し、<火>が反応して朝霞の周囲が陽炎で霞む。

「―――ふむ、なかなかに楽しそうなことをしておるな。どれ、我も混ぜてもらおうか」
「「―――っ!?」」
 声に数瞬遅れ、閃光の奔流が広場へと雪崩れ込んだ。






穂村直政side

『―――忌々しい槍持ちの一族は私をこの地に押し込めて封印し、生き残りを連れてこの場を去りやがりました。その中にあなたもいたのですよ』

 すでに記憶の奔流は止まっており、直政は元の地面の感触を感じていた。

「・・・・直虎って」
『御門直虎。当時の宗主であり、歴代で見ても戦闘能力においては決して低くはない方で御座いました』

 記憶を探るように遠い目をするリス。

『何より、御曹司の御父上では御座いませんか』
「嘘だろ・・・・」

 確かに「直虎」とは直政の父の名前だ。
 それが御門宗主を務めていたとすれば、直政は―――

「俺が・・・・御門の直系・・・・?」

 冗談じゃない。
 もしそうだとすれば、どうして直政は諸家と言われても納得できる【力】しかないというのか。

【そんなことは簡単じゃ】
「―――っ!?」

 お堂の奥から聞こえてきた声の内容にビクリと直政は肩を震わせる。

「今、心を・・・・」
【ここは我の聖域ぞ? 氏子の思考が読めずして何が神か】

 そう豪語した守護神は直政の疑問を一言で解決した。

【そなた、"本当の地術を見たことがあったか"?】
「―――っ!?」

 その言葉が電撃のように直政と貫く。
 思えば、ここ数年、直隆や亜璃斗は地術師の特性を利用した体術は見せても決して"地術"は使わなかった。

【穂村の家と言えば、槍持ちの家であり、先鋒を任される武門の家柄。しっかりと腰を据えた術よりも体術に傾くことは致し方なかろう】

 つまり、直政はしっかりとした地術を知らないのだ。
 如何に直系と言えども天才でなければ、師もなく術を操れるはずがない。

【御門の家は「絶対防御」。自然と受け身の術が体に馴染むのは仕方がない。我がこのような姿をしているのもそのためよ】
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 お堂の中は先程の闇が綺麗さっぱり取り払われており、御神体の姿が見通せた。

「それは・・・・」

 椅子に腰掛けるようにして安置されていたのは、武士が纏っていた甲冑である。そして、その正しい保存方法で安置された甲冑は有名なものだった。
 兜は越中頭形兜で立物がなく、具足は朱漆塗仏胴具足。
 これは徳川四天王の一角、井伊兵部大輔直政がかの関ヶ原の戦いで着用していたと伝えられる甲冑だ。
 "井伊の赤鬼"。
 その異名の原型となった朱具足である。

【ふむ、この鎧に覚えがあるのか? だとすれば、なるほど。あの穂村の者も考えていたと見える】

 赤具足の隣にはまるで従者のようにリスが立っていた。

【我はな、時の宗主が思い描いた通りの甲冑に変貌することができる。そなた、この甲冑の持ち主を知っておるな?】
「井伊、直政」
【ふむ、なかなかの武功者だったようだな。我もその者が存命の頃、名を聞いたことがある】
『先程の記憶、そして、甲冑から何か思いつきませんか、御曹司』
「は?」

 突然の問い掛けに答えよりも戸惑いが来る。
 何よりこの突然の出来事に思考がついて行っていないのも答えの出ない原因のひとつだと思う。

『はぁ・・・・。とんでもない大馬鹿野郎のようです。これからの苦労が透けて見えるようですね』

 これ見よがしに大きなため息をついたリスはこちらに駆け寄って言った。

「御曹司の名前は『直政』、でしょう? そして、直虎公が選んだ守護神の姿は井伊"直政"公の甲冑。・・・・どれだけ、直虎公が期待していたか分かりますか、御曹司」

(己の守護と同じ名前を・・・・)

 それに「御曹司」というのは名門の子息らに付けられる敬称だが、元は武家、それも源氏嫡流の子息の敬称である。

(つまり・・・・)

【そうじゃ。直虎が倒れた今、御門を継ぐのはその意志を預けられしそなた、ということじゃ】
「俺が・・・・宗主?」

 事の大きさに戦慄した。
 それは滅亡したとされる宗家の再興であり、また、滅亡させたと思われる勢力との飽くなき戦いを意味する。
 これまでの『諸家』として、時代の片隅にいた生活ではなく、激動の時代に打って出ることを意味していた。

【ん? ・・・・ほぅ】
『如何なされました?』

 守護神が別の場所に意識を向けたのに気付いたリスが問い掛ける。

【いや、門前の騒がしさが別のものになっての。ちょうどよい、試練はこれにするか】
「試練?」
『御門の宗主は他家の宗主とは違い、ただの当主ではないのです。当代一の戦士、これが宗主となりうるのですよ』
【つまり、直虎がそなたを後継者と定めておったとしても、我らが認めねば宗主にはなれん。過去、幾度か御門は宗主のいない御代を送っておる】
『まだ、俺は宗主になるとかそんなこと・・・・』

 大きすぎる話に狼狽する直政は手を振りながら後退った。
 この問題は明らかに自分の処理能力を超えている。
 完全に混乱した直政は思わず愚痴った。

「くそ、俺が何したってんだよ・・・・ッ」
【・・・・これを見ても、まだそのような腑抜けたことを抜かすか?】
「―――っ!?」

 直政の脳裏に浮かび上がる光景。
 それは守護神が持つ<土>が情報を送り込んだのだ。そして、その洞穴の入り口付近の広場にて激戦が繰り広げられていた。

「亜璃斗!?」

 その中で、トンファーを持った少女が横殴りの打撃を受けて大きく吹き飛ぶ。そして、受け身も取れずに凸凹の岩盤に叩きつけられた。さらに立ち上がりかけたところにもう一撃。
 ゴロゴロと地面を転がった亜璃斗はそれが止まっても、今度はすぐには立ち上がらない。
 広がっていく赤黒い血と手放されて転がるトンファー。
 爆炎の煌めきで映し出されたその姿は弱々しく蠢くだけだった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
【ここで躊躇しておれば、ここは安全だが、表は血の海になろうぞ】
『「兵は拙速を尊ぶ」と言います。さっさと決断しやがれ・・・・です』

 とても神に連なる者とは思えぬ脅し。
 それでも、今はそれを気にする余裕はない。
 後悔するかもしれない。だが、ここで決断を渋って失った時間に怒るであろうことを考えると・・・・

(そんな後悔、怖くねえっ)

「いいだろう、やってやろうじゃねえか」

 直政は握り込んで震える拳をお堂の壁に叩き込みながら宣言した。

「宗主でも御家再興でもやってやらぁっ。その上で何も失わせやしないっ。・・・・だから、四の五の言わずにさっさと【力】を寄越しやがれっ、この愚神どもっ」

 オプションとして轟音がついた宣誓。
 直政の双眸には先程までの翻弄される少年の影はない。
 ただ、目的を決め、それに向かってまっすぐ突き進もうとする、愚直なまでの鋭さがあった。

【ふむ、契約の言葉は少々腑に落ちぬが・・・・】

 ガシャリと鋼を鳴らし、守護神は言葉を続ける。

【その目、気に入った。ならば、己の心意気を貫いて見せぃっ】

 衝撃波のように【力】が放射され、地震が起きたかのような地鳴りが洞穴を走り抜けた。

【―――刹(セツ)】

 合戦前の高揚感を感じさせる吐息の中で己の従者を呼ぶ。

『はっ』

 刹と呼ばれたリスが鎧に向かって頭を下げた時、トスッと背後で何かが地面に突き立った。

「これ・・・・」

 振り返った先にあったのは、見せられた記憶で直政の父が直隆に託した槍である。

【手に取れ、後継者よ。その槍こそが宗主の証】
『御門宗家の神宝であり・・・・私自身であります』

 テテテ、と地面を駆けたリス――刹は直政の肩に飛び乗った。

(これが・・・・神宝・・・・)

 長さは2メートル50センチといったところか。
 そのうち穂先が30センチを超え、いわゆる大身槍だと言うことが分かる。
 柄は朱漆塗りでところどころに金の装飾があった。
 華美すぎず、されど無骨すぎず。
 武器としての性格と宝としての外見を高めた末の一品と言えよう。

「・・・・ッ」

 そんな一族が代々受け継いできた槍の柄を思い切って握り締めた。

「うわ・・・・」
【手を離すな、後継者っ。今手を離せば先程の誓いを反故したと思えっ】

 途端に送り込まれる膨大な【力】に驚き手放そうとした直政の頭に響き渡る守護神の声。

「・・・・くっ」

 【力】の奔流に耐え、歯を食い縛る。

『それでいいのです』
【ふむ、ならば征くぞ、戦場へ】

 甲冑から赤光が放たれたかと思うと、それは直政の視界を覆い尽くした。









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