第一章「入学、そして継承」/3


 

 音川町のとあるカトリック系教会。
 こじんまりとしたものだが、結婚式用に作られた施設とは風格が明らかに違った。
 その風格に誘われ、敬虔なクリスチャンだけでなく、見物客などで休日は賑わう。

「―――デュノワを一騎、討ち取ったのは炎術師、か・・・・」

 そんな教会の主役とも言える聖堂にて、ひとりの修道女が十字架に向かって跪いていた。
 両膝を床に付き、両手を組んで一心に祈る姿はベールから溢れるブロンドの長髪と相俟って荘厳な雰囲気が漂っている。

「はい。名を鹿頭朝霞。"東の宗家"・鹿頭家当主で、おそらくは歴代でも五指に入る方です」

 その修道女の後方で、両手を体の前で合わせた侍女が言った。
 彼女の服装は典型的なメイド服だ。

「対鬼族戦で名を上げ、私たちとは第二次鴫島事変で刃を交えています」
「我は参加しなかったが・・・・どうか?」

 聖女であり、騎士である修道女は立ち上がった。
 立ち振る舞いにはただの修道女にはない威厳と、武芸者のみが醸し出す威圧感に満ちている。そして、武芸者でもなかなか出せない、死線を越えた経験のある凄みがその肉体には宿っていた。

「熾条鈴音と共闘し、大禍津日と八十禍津日を相手に互角の戦いを。因みに彼女が相手したのは八十禍津日です」
「あの猛攻と消耗戦を生き抜く炎術師、か。ふむ、確かにデュノワ一騎では苦しいか」

 修道女は振り返り、今まで離していた侍女に告げる。

「情報提供感謝する。また、何かあれば頼む」
「はい」

 侍女は一礼し、その姿がぼやけ始めた。

「そなたとそなたの主に神のご加護があらんことを」

 修道女は言葉と共に十字を切る。

「Amen」

 その言葉に侍女はほのかに微笑み、姿を消した。






唯宮心優side

「―――ほら、しっかり歩けっ」
「む〜り〜で〜す〜」

 フラフラする心優は直政に引っ張られて通学路を歩いていた。
 例によって亜璃斗は我関せずで後ろを歩いている。

「じゃあ、朝飯食ってこいよっ」
「い〜や〜で〜す〜」

 手を引かれる心優はふにゃっとした笑みで拒否した。

「政くん、いいことを思いつきました」
「却下」
「おぶってください」
「却下だっ」
「えー」

 大声で拒否され、心優は不満そうに頬を膨らませる。

「そもそもなんでメシ食ってこないんだよ」

 今日の心優は寝起きも良かったので、時間的には余裕だった。
 朝食を取る時間は充分にあったのだ。

「今日は何の日か知ってますか?」
「え? ・・・・んー」

 思いつかないのか、直政は目を泳がす。

「身体測定ですよ、身体測定っ」
「・・・・なんだ、そんなことか」
「何だとは何ですかっ!? 乙女にとって来て欲しいような来て欲しくないようなやっぱり来て欲しくないと思うけど来てしまうと言う日なんですよっ」

 バッと手を振り払って力説した。

「どっちなんだよ?」
「特にほら、体重とか体重とか身長とか・・・・・・・・胸囲とか」
「あ? 最後、何だって?」
「何でもないんですっ」

 ピシャリと言い返した心優はひとりで歩き出し、崩れ落ちる。

「あー、もう、ようするに体重測定のために朝食抜いたんだな?」
「そうです。悪あがきでも何でも結果が残るならやってやるです。女の子なら誰でも通る道なんですっ」
「亜璃斗はしっかり食ってたぞ」
「え?」

 ポカンとこちらを見る心優に直政が亜璃斗を指差してみた。

「朝食。いつも通り自分で作って、一緒に食べた」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 信じられないものを見るような視線がだんだん裏切り者を見るような視線へと変わっていく。そして、亜璃斗も無表情から意味ありげな笑みへと変わった。

「無様」
「キー・・・・・・・・きゅ〜」
「あ、おいっ、心優」

 目を回した心優は助け起こしてくれた直政にしぶしぶ背負ってもらって登校することになった。
 因みに心優はチョコレートの一欠片で復活した。



「―――唯宮心優、159.6cm」

(あぁ・・・・)

 ガックリと肩を落とし、心優はカーテンで仕切られた空間から出た。

(うぅ、160cmの壁は大きいです)

 心優は決して低くはない。だが、やはり160cm以上は欲しいと思っているので、あと数ミリが本当に遠いのだ。

「―――168.2cm」
「え?」

 隣から聞こえてきた数値に愕然とする。

(え? ここ、女子測定会場ですよね? 男子じゃないですよね!?)

 ものすごい勢いで隣に視線を移した心優はそのカーテンの向こうから出てきた人物を見た。
 ポニーテールの女の子だ。

(し、信じられません。あんなに背が高くて、手足も長いですっ)

「って、あなたですかぁっ」

 思わず心優は叫んでいた。
 周りがビックリしてこちらを見ているのにも気付かず、心優はその女子生徒に詰め寄る。

「あれ? あなた、昨日と一昨日店に来てた娘ね」
「てぇぃっ」

 素早く身体測定の結果が書かれた用紙を奪い取った。

「なっ!?」

 驚く少女を尻目に心優はその用紙に目を通そうとし―――

「あら?」

 忽然と姿を消した用紙。
 さらには自分のものすら消えている。

「へぇ」
「え?」

 隣から意味ありげな声が聞こえ、心優は全身から血の気が引く思いをした。

「まさか・・・・」
「ふぅん」

 2枚の用紙の内、1枚から顔を上げた少女はゆっくりと心優を足先から頭のてっぺんまで見る。

「なるほど」
「何がなるほどなんですかっ」

 手をつきだし、用紙を奪還しようとした。しかし、絶対的な速度の差で避けられてしまう。

「くっ、このっ、ててぃっ」

 ピョンピョンと周りを跳び回り、必死に用紙に手を突き出すが、掠りもしない。

「ぜは・・・・ぜひ・・・・」

 数分も続かなかった奪還戦は体力のない心優の完敗で終わった。

「あなた、体力ないわね・・・・」

 敵にまで呆れられる始末。

(く・・・・このような屈辱、名門唯宮家のわたしが・・・・)

「っていうか、何したいの、あな―――」
「隙あり、ですっ」

 声と共に手を伸ばすのではなく、飛び掛かる。
 勝負は終わったと認識していた少女はその心優の行動に意表を衝かれた。だが、少女は反射だけで用紙だけは心優の手を躱す。

「う、わ・・・・と」

 それでも体は避けることができなかったらしく、心優は顔から少女の胸に飛び込んだ。

「む・・・・」

 顔の表面に触れるのは体操着の感触だ。しかし、その向こうにあるであろう弾力は悔しいが自分にはないものである。

「こ、これは・・・・」

 思わず心優は手を伸ばしていた。
 それは用紙のように逃げはせず、簡単に心優の手は捉える。

「ちょ、な、え?」

 混乱する相手を無視し、ただ無心に指を動かす筋肉を運動させ続けた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おお」

 少女のそれは身長から逆算した平均ではその数値に近いものだろう。しかし、心優の前に立ちはだかる厳然とした差があった。
 相対的にどうこうではない、絶対的な差。

「う、うぅ・・・・」

 瞳が潤み出す中、心優はそれを少し乱暴に握り締める。

「イタッ、痛いって」
「うわぁんっ」

 先程よりも鮮明に伝わった感触に心優はショックのあまり測定会場から飛び出した。

「わたし、負けてませんからぁっ」

 ひどく、負け犬っぽいセリフを叫びながら。

「何なのよ・・・・」

 取り残された少女――朝霞は頭痛に耐えるようにこめかみを押さえる。
 因みに朝霞の手にはまだ、心優の測定結果があった。






穂村直政side

「―――はー・・・・学園によってやり方が違うねー」

 直政は測定のために長蛇の列に並びながら呟いた。
 統世学園の身体測定は男子は各測定項目によって場所が分けられており、自分たちでその場所を回る仕組みだ。しかし、女子は覗き防止などから一箇所に固められ、厳重な警備によって守られているらしい。
 因みにこれは煽動されてその一箇所に特攻し、撃退された生徒たちから聞いた。
 未だあの辺りでは上級生同士の激しい攻防戦が繰り広げられているという。
 男女で時間帯を分ければいいとは思うが、そもそも生徒数が多いのでそうすれば1日では終わらない。だからこの措置を取っているらしい。

(とは言っても・・・・長すぎだぞ・・・・)

 十数分掛けて、ようやく直政は視力測定・内科検診教室に入れた。
 つまりはそれまで教室の外――廊下に並んでいたと言うことであり、列がそこまで長蛇であると言うことだ。

「って、待てっ」
『『『―――っ!?』』』

 入った瞬間、直政は目の前の事実にツッコミを入れた。
 周りの人間がその突然の行動にビクリと反応する。しかし、直政は目の前の事実に釘付けになっていた。

「何で叢瀬がさも当然に男子の身体測定会場にいるんだよっ」

 視力検査のため、片目を隠すための道具を手に持っているのはクラスメートの叢瀬央葉だ。
 入学二日目に担任によって「むらせなかば」にされた少女は、今やクラス全員から「なかば」と認識されている。
 人形に制服を着せたような容姿をしている彼女は女子からはおもちゃにされ、男子からはその奇抜な態度から気さくに話しかけられていた。しかし、この行動は奇抜にも程がある。

『何かおかしいことが?』

 央葉は周りを見て、自分を見てからそうスケッチブックに書いた。
 因みに周りの人間は現実逃避しているのか、そもそも気を確かに持っているのか分からないほど無反応である。

「いやおかしいだろっ」

 ツッコミにも央葉は首を傾げるだけ。

「お前、大丈夫か?」

 本気で心配になって問い掛けると、央葉はものすごい勢いでスケッチブックに鉛筆を走らせた。そして、それを担当医に見せた後、直政に見せる。

「・・・・いや、そう言う意味じゃなく・・・・」

 そこには視力検査用に上下左右のどれか一方が欠けた丸が並んでいた。
 おそらくは壁に掛けられたものに書かれていたものの写し。
 ようは視力は『大丈夫』なのだ。

「お前、女だろう!?」

 央葉が着る制服は白地の上衣に赤いスカーフ、セーラーと袖口には1年を示す青のラインと縫い目、スカートは赤いプリーツ加工のもので後ろで結ぶ帯のようなものがある。
 完全無欠に統世学園高等部女子生徒の制服だった。
 これで女じゃないとかいうやつは―――

『男』
「―――って、アホかお前はぁっ!?」
『証拠、見る?』

 テクテクと近くに寄ってきた央葉は直政を見上げながらスケッチブックを見せる。

「証拠?」

 央葉は頷くと、いきなり自分の制服に手を掛けた。

「なっ!?」

 バサリと落ちる上着に思わず目を見張ったが、それはすぐに怪訝なものに変わる。
 怪我をしているのか、右腕に包帯が見えるが、それ以外は何の問題もない―――男の体だった。

「でぇ!?」

 ただ平坦なだけでない、そもそも骨格自体違うと分かる胸。
 それはどうしようもないほどの証拠として目の前の人物の性別を押し出す。

「え? マジで?」

 そろそろと手を伸ばし、触れて見るも感触はやはり硬い。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「?」

 はっと我に返った直政は自分のしていることが恥ずかしくなってうずくまった。
 央葉が不思議そうにしているのが幸いだが、何て言うか痛い。いろんな意味で痛すぎる。

「―――あ、あ、ぁ・・・・」
「ん?」

 小さな声と共に周りの視線が流れたのが分かった。

「え? おいおい・・・・」
「贅肉の塊には騙されないって信じてましたけど・・・・」

 「本物!?」「本物だよ!?」と周りの男子どもは慌てて体を隠しているけれども、目の前にいる央葉はそんな行動に一切出ない。また、直政は自分がその体に手を伸ばしている事実を忘れていた。

「まさか・・・・まさか・・・・」

 心優は俯いてプルプル震え出す。

「ちょっと待て、心優っ。誤解だっ」
「まさか政くんが男色家だったなんてぇ〜!?」

 ツインテールを翻し、脱兎の如く走り去る心優。

「違うっ、っていうか、他に言うことあるだろ、お前ぇっ!?」

 開けっ放しの扉から見える、廊下の端で見事にすっ転んだ心優に直政はツッコミを入れた。



「―――それで、央葉さんはどうしてそのような格好で学園に?」

 昼時、ようやく心優の誤解を解き、直政は央葉と共に食堂に来ていた。
 そこかしこで女子たちの大食いが見受けられるが、そこは見ないのが処世術と言える。
 実際、何か言ったらしい男どもが床に転がり、時々足蹴されていた。

『制服を用意した者が着せた』
「要するに、叢瀬は何の違和感もなく、女物の制服を着たんだな?」
「・・・・(コクリ)」

(やっぱおかしいぞ、こいつ)

 央葉はその心優よりも10センチばかり小さいだろう体躯に信じられない量の食糧を詰め込んでいた。
 今も着ている制服から、辺りに散乱している女子たちと全く区別が付けられない。

「誰も何も言わなかったのか?」
『何か言いたそうにしてたけど?』

(ああ、おかしいと思ってる奴はいたのか・・・・)

 それでも止められなかったということは央葉に制服を着せた人は結構、逆らえないヒトなんだろう。

「だけどな、叢瀬。もうちょっと周りの目を気にした方がいいぞ」
「まあ、央葉さんがどんな方であろうと、クラスメートには変わりませんけど」
「心優・・・・」

 心優のすごいところは、他人のどんなところも個性として認め、偏見の目で見ないことだ。
 前にそれを指摘すれば心優はこう答えた。

『打算と悪意、それらに染まる社交界で最も高潔にあろうとしているだけです』

(そう言うこと聞くと、名家の御嬢様だと思えるんだよなぁ)

 逆を言えば、普段からはとても想像できないと言うこと。

(そういえば、御嬢様と言えば・・・・)

 直政は昨夜のことを思い出す。
 その場で問われた覚悟。
 それはまだ、持てないでいた。

「・・・・くん」

 情けないことに、直政はそのまま帰ってきた。
 朝霞はそれを止めることなく、眠そうに見送った。
 それが力ない者と、ある者との覚悟の違い。

「・・・・さくん」

 自分のようにただ必死なだけでなく、しっかりとした武術に裏打ちされた整った戦闘にて敵を制す。
 退魔界という激動に身を置きつつもその世界の根幹である退魔をこなす本当の退魔師。

(ああいうふうに強くありたいなぁ)

「政くん?」

 武器である鉾のようにまっすぐ伸ばされた背筋。
 動く度にその余韻として翻るポニーテール。
 敵を射抜くような鋭い視線に凛とした力のある声。

「―――呼んでるみたいだけど」

(そう、こんな風な・・・・って)

「え?」

 声がした方へと視線を向けた。
 視界の下方では心優が何やら頬を膨らませているが、中心にいる少女は思い出していた姿と同じように鋭い視線を直政に注いでいる。

「あ・・・・」

 つっとその視線が直政の対面に流れ、形のいい眉が顰められた。

「何て格好してるのかしら?」
『おかしい?』

 スケッチブックを見せると同時に首を傾げる。

「ええ。格好もそうだけど、それがおかしいことに気が付いていないあなたの思考回路が」
「ああっ」

 言いたいけど言ってはならぬと必死で我慢してきた言葉を言われてしまった。

「どうしてここに?」
「ああ、安心して。あなたに用はないから」
「うっ」

 昨夜遅くにお邪魔して、結局覚悟も何も示せずに帰宅したヘタレとしては口を噤むしかない。

「えーっと、唯宮心優、さん?」
「何ですか?」

 心優の機嫌は分かりやすく悪い。更に言えば、手をその柔らかい手で握ってくるのは止めて欲しい。

「はい」

 すっと差し出される用紙。

「え? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ」
「忘れ物よ。人が多いから見つけるのに苦労したわ。目立つ容姿してるのにね」
「あら、ありがとうございます」

 頬に手を当て、素直に照れてみせる。

「子どもっぽいツインテールが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 続けられたその言葉にピシッと心優の照れ笑いが固まった。

「・・・・そういうあなたも、赤いリボンって言うのはずいぶん子どもっぽくないですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ピクッと朝霞の頬が動く。そして、そのまま心優と睨み合い始めた。

(ああ、このふたりは致命的に馬が合わないんだなぁ)

 そんなふたりから視線を外し、直政は何気なく人混みに視線を向ける。

(亜璃斗?)

 見ればその人混みに隠れるようにして、亜璃斗がじっとこちらを見ていた。しかし、視点は直政ではなく―――

(鹿頭・・・・?)

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 亜璃斗はこちらの視線に気付いたのか、逃げるようにその場から立ち去っていく。しかし、彼女の麾下にある<土>が朝霞を捉え続けていた。

(もしかして・・・・あいつ、俺の外出に気付いてた・・・・?)






屋上から眺める者たちside

「―――どう思う?」
「ふむ・・・・」

 睨み合う少女ふたりと、その対面で相変わらずすごい量を胃に詰め込んでいる女装少年、さらに消えた妹の方を愕然とした表情で見ている兄。
 それらを視界に収める少年と少女は食堂が見られる校舎の屋上にいた。

「朝霞は警戒されているようだな」

 少年――熾条一哉は弁当の中身を箸で口に運ぶ。そして、飲み込んでから言った。

「手伝う気はないが」
「スパルタだね、一哉」

 水筒からお茶を注ぎ、一哉の前に置いた少女――渡辺瀞は風に弄ばれる髪を抑えながら笑う。

「ここが本拠なんだろう? だったら自分たちの手で守るもんだ」
「本拠、って点なら一哉も変わらないけどね」
「俺はいいんだよ、組織じゃない。そして、組織とするならばここは前進基地だ」

 お茶を口に含み、味わうようにして嚥下してから続けた。

「なら余計に俺の先鋒が守るべきだ」
「もう、朝霞ちゃんは一哉のじゃないよ?」
「一応、鹿頭家は俺が後見人と言うことになってるし、鹿頭は元熾条の先鋒だろ?」
「こんな時だけ【熾条】の立場になる」

 仕方ないなぁ、と言うように肩をすくめた瀞は広げていた弁当箱を片付け始める。

「それで、一哉は朝霞ちゃんに何を指示したのかな?」
「ああ、それは・・・・」
「それは?」

 小首を傾げ、続きを待つ瀞。

「・・・・やるようになったなぁ、お前」
「いい見本が目の前にいるしね」
「・・・・いいように染まったなぁ、お前」
「すっごく刺激的な毎日だしね」
「・・・・強かになったなぁ、お前」
「諦めずに誤魔化そうとする誰かさんのおかげでね」

 妙な空気を感じたのか、屋上にいた生徒たちがコソコソと避難していった。

「これで、いい感じに人払いもできたね」
「おっそろしいなぁ、お前」
「話して、くれるかな?」

 一哉の両肩に手を置き、のし掛かるようにして顔を寄せてきた瀞がものすごい笑顔を向けてくる。
 にっこりという満面の笑みの中、目だけは笑っていないという、そんな笑顔。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」

 それを直視した一哉は思わず視線を逸らし、白旗を掲げた。

「ふぅ、こうでもしないと一哉は教えてくれないからね」
「脅迫って言葉、知ってるか?」
「は〜や〜く」

 瀞は見事に無視して見せ、一哉の隣に腰掛ける。

「はぁ・・・・」

 出会った頃からは信じられない姿にため息をつきつつ、一哉は言葉を選ぶように空を見上げた。
 そこには春の日差しがあり、瀞と初めて過ごす、最後の季節がある。

「御門宗家って・・・・知ってるだろ?」

 そうして、自らがなそうとしていることを話し始めた。









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