第一章「入学、そして継承」/4


 

 御門宗家。
 地術最強として、【熾条】や【渡辺】などと肩を並べる精霊術師の一族だ。
 地術師の特性から六宗家中最高の防御力を誇り、『絶対防御』と謳われていた。
 その性質らしく、本拠も難攻不落の地勢を持ち、風術師に次ぐ索敵能力を駆使して過去いくつもの大戦に勝利してきた。
 彼らの本拠にはかつて火山が噴火した時の溶岩流が基盤となっており、多量の磁鉄鉱が含まれている。
 本来ならば、方位磁石を狂わせるほどの磁力は発生していないが、御門宗家が戦闘態勢に入った時、その磁力が増大して「方位が分からなくなる」という状態に陥る。さらには容易に方向感覚を失ってしまう、木々の大群に覆われた場所がその本拠を覆い隠していた。
 そう、その場所こそ、自殺の名所と名高き樹海。
 山梨県南西部、富士山の北西麓に広がる原野―――青木ヶ原である。






穂村直政side

「―――お、静岡に入ったぞっ」
「でも、目的地って静岡の東だろぉ、まだまだじゃねえか」

 4月下旬、統世学園高等部の1年生たちはクラスごとにバスに揺られ、東名高速の上り線を驀進していた。

「はぁ・・・・」

 直政は窓際の席に座り、ぼんやりとした視線を窓の外に向ける。
 身体測定以後、朝霞は直政に接触することはなく、質問から約2週間が経過していた。

(どうしたもんかなぁ・・・・)

 同じ諸家だというのにその戦闘能力には雲泥の差がある。
 確かに諸家ながらも退魔の名門として育ってきた朝霞に対し、直政は自分が持つ能力を理解し、それをわずかに運用するような弱小勢力だった。
 それでも、炎術は最大攻撃力こそあれ、防御力はそう高くない。だからこそ、彼らは近接戦闘に主眼を置いた武術を修得する。
 それは熾条流炎術として大成し、炎術師は少数が相手では目立つ炎術よりも武術を好む傾向があるらしい。
 対して、地術は御門宗家がそうであったように、当初から対軍に設定された大規模術式が多い。
 基本術式とされるものも、他の精霊術では中規模に該当しており、諸家のような感応力が低い術者たちは専ら、その防御力を活かした武術に傾倒している。
 いい例が亜璃斗と言える。

(でも、俺は・・・・)

「政くん? どうしました? 乗り物酔いしました?」
「・・・・いや」

 隣にいた心優が声を掛けてきた。

「ですよねぇ。政くん、乗り物には強いですものね」
「ああ、おかげさまでな」

 唯宮家が保有する高速人員派遣機は超音速で航行できるだけでなく、その機動性も一昔前の戦闘機に匹敵する。
 唯宮邸に務める使用人たちの話では、本当に戦闘機の改造版だという。
 電子戦に必要な設備や武装を取り除き、速度と機動性に特化させたのだと。

(胡散臭いけど・・・・信じちまうよな・・・・)

 直政は一度と言わず、十数回もその機体に搭乗した。
 家の前に急停止したスポーツカー改造車に有無を言わさず連れ込まれ、空港でその他の民間機に見送られながらテイク・オフ。空の旅を楽しむ間もなくGの洗礼を受けた果てに待っていたのは―――

「いい経験だったでしょう?」
「黙れ、諸悪の根源」
「ひどっ」

 パーティーが嫌になって途中退場したドレス姿の御嬢様。
 そのおかげで日本各地の主要都市には行ったことがある。―――ただ、その過程は全く楽しめないのだが。

「っていうか、いいのかよ。レクレーションの途中だろ?」

 1年B組は担任教師である栗山の適当さで、このバス旅の前日に学級委員が未決定だったことに気が付いた。
 いや、それまで気が付いていなかった生徒たちも問題なのだが。

「いいんです。盛り上がってますから」

 ストン、とそれまでバス全体を見回していた心優が席に座る。

「学級委員としては、楽しんでいない政くんの心配をするわけです」
「心優・・・・」

 何故か朝霞に対抗心を燃やす心優は朝霞が1年A組の学級委員だと亜璃斗に伝えられたのが原因で立候補していた。

「最近、ずっとそんな顔でいますね」

 覗き込むように上体を傾ける心優は心配そうに眉を寄せる。

「何でもないから」

 そんな上目遣いから逃れるため、直政は心優の額に手を伸ばした。
 手は心優の前髪の下に潜り込み、暖かな額に触れる。そして、そのままアイアンクローの要領で上体を戻した。

「痛いですよ・・・・」

 割と乱暴だったため、抗議の声が聞こえるが、無視。

「何があったかは訊きません」

 そっと心優は膝に置かれた直政の手に自分の手を重ねる。

「ただ、わたしは隣にいますから」

 そのまま直政の右肩にもたれかかってきた。

「お、おい・・・・って、え?」
『おお』

 目の前に広がるスケッチブック。
 その端を摘む手を追って視線を上げれば、央葉がいつもの無表情で後部座席から身を乗り出している。

『『『でかした、央葉っ』』』
「あら?」

 央葉がふたりに注目したことで、クラス全員がこの機を逃さず、入学以来距離の近さを見せつけ続けるふたりに殺到した。
 因みにバスガイドさんが席に座るように悲鳴を出すように注意しているのを、担任の栗山がめんどくさそうに、だが役得を噛み締めつつ宥めている。

「いつもいつも仲良さそうにしてるけど、ふたりってどういう関係!?」「ふたりって出身中学違うよね!?」「どうやって知り合ったの!?」「くそ、穂村、お前羨ましすぎるぞっ」「どうやったらこんな娘と知り合え、いや、お近づきになれるんですか!?」「教えて下さい、師匠っ」

「お、お、お?」

 あまりの勢いに直政はのけぞった。そして、背中を窓にはりつかせ、可能な限り彼らと距離を取ろうとする。

「あら?」

 体重を預けていたものが動いたせいでバランスを崩した心優は、手近なものに抱き着いた。

『『『おぉ』』』

 歓声が上がり、クラスメートの興奮に拍車がかかる。
 その原因である心優は思わぬ出来事に直政の首に腕を回したまま胸に頬ずりした。
 むしろ慌てたのは直政である。

「離れろ、心優っ」
「ヤですっ」
「っんな力一杯否定するなっ」

 ますます抱き着く力が増したことに頬が紅潮した。
 心優は胸こそ小さいと卑下しているが、体は充分女らしい丸みを帯びている。だから、押し付けられる体の柔らかさに直政はたじたじとなった。
 そんなふたりを見ていたクラスメートたちは我慢できずに騒ぎ出す。
 それは収拾不可能になり、直政は早々に今までの噂を上塗りするものが生まれるのを阻止することを諦めた。

「おーい、お前ら。騒ぐのはいいが、到着だぞ」

 不思議と良く通る声が生徒の鼓膜を震わせる。
 窓ガラスが割れんばかりの喧噪に支配されていたバスで唯一我関せずを貫いていた栗山が、バスガイドからマイクを強奪して通知した。

「みんな楽しい一泊研修場・・・・」

 生徒が振り向くのに満足した栗山は窓の外を指差す。
 窓の外には混交林の大原始林が広がっていた。

「青木ヶ原だ」
『『『・・・・・・・え?』』』

 青木ヶ原。
 原野とされるが、森林が発達していることから「青木ヶ原樹海」とも呼ばれている。
 これは貞観六年(864年)に富士山の寄生火山である長尾山が噴火して流れ出した溶岩台地の上に形成されている。
 垂直分布では落葉広葉樹が発達するはずなのだが、溶岩台地であることから養分や水分が少なく、針葉樹が発達していた。また、周辺には洞穴や洞窟が数多く存在している。
 「自殺の名所」として東尋坊と並んで名高いが、遊歩道やキャンプ場がある観光地である。だが、先のイメージが強いため、多くの自殺体が見つかることも事実だった。
 また、そうでなくともうっかり森の中に入ってしまえば、遊歩道とほとんど離れていない距離であっても方向感覚が狂い、遭難することもある。
 ある意味、ここほど規則を守るべき場所は存在しないだろう。

「―――ほらぁ、しっかり命綱つけろよぉ。マジで遭難するぞぉ」
「あり得ねえ・・・・」

 直政は栗山の号令で縄を体に巻き付けながら呟いた。
 もちろん、地術師である以上、直政に遭難などあり得ない。
 例え、本当に方位磁石が使えずとも関係なかった。だが、それは直政と亜璃斗くらいである。
 他の生徒はそんな能力はないだろうし、他の超人的な感覚も持ち合わせていないだろう。
 だから、この青木ヶ原での一泊研修――宿泊施設はなく、キャンプ――はかなり危険だった。
 もし、夜中にふらっと散歩に出た場合、戻ってこられない可能性が高いだけでなく、最悪の場合、死体で見つかるのだ。

「政くん政くん、わたしとも繋ぎましょう?」

 タタタッと縄を片手に走り寄ってくる心優はバスでの一件に何らダメージを受けた形跡はない。
 むしろ、晴れやかに笑っていた。

「順番に繋がないと歩けないだろ?」
「いいえ、繋ぐのはこの縄を赤色に塗ったヤツでして・・・・」
「ん?」

 見れば確かに心優の持つ縄は赤い。

「縄というのは藁、アサ、シュロの毛など植物繊維をよって細長くしたものでして、現在は化学繊維が使用されています」

 さすがは紡績業で今の基盤を築いた唯宮財閥の御令嬢。
 すらすらと縄についての詳細が出てくる。

「また、糸、というものは綿や羊毛、比較的短く切った化学繊維あるいはこれらの混紡糸を揃えてひねりをかけたものと絹やナイロンなどの長い連続した繊維を集束してひねりをかけたものの総称でしてね、政くん」
「・・・・待て、お前は何が言いたい?」

 何故か嫌な予感がして後退るも、引っ張られた隣の生徒が苦情を言ってきたために動けなくなった。

「つ〜ま〜り、です」

 ズイッと赤い縄を突き出した心優は薄い胸を張る。

「縄は糸の一種。この縄は歴とした『赤い糸』なんですっ」
「やっぱそう言うオチかっ」
「さあ、政くん。小指出して下さいっ」

 『赤い糸』を片手に迫る心優はもう一方の手で直政の腕を掴もうとした。

「嫌だっ。っていうか、それ荒縄じゃねえかっ」
「強度は重要ですから」

 ビンビンと引っ張ってみせる。

「千切れるわ、俺の指がっ」
「ハッ、それは盲点でしたっ」
「そうだろう、だから―――」
「でも、政くんなら大丈夫ですっ」
「何!? その根拠のない自信!?」
「だって政くんですから」
「ホントに根拠ないし!?」

 いやもう、ホントビックリだ。

「―――仲がいいのは結構だけど、集合なのよね」

 心底めんどくさそうな声と共に心優の肩に手が置かれた。

「1−Bの委員長が率先して個人行動してどうするの」
「うっ」
「さ、行くわよ」

 心優の襟首を掴み、ズルズルと引き摺っていく朝霞。

「あ・・・・」

 見事に置いてきぼりを喰らった直政はポカンと口を開けたまま固まる。
 結局、朝霞は視界から消えるまで一切、直政の方を見ようとしなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ポンポンと肩が叩かれる。

「ん?」

 少し項垂れたまま視線を動かせば、そこには男子生徒の制服を着た央葉がいた。
 本来の姿であるというのに何故か違和感が生じるのは、入学式以降の強烈な刷り込みのせいだろうか。

「や、慰められると何か微妙な気分なんですけど・・・・」
「?」

 とりあえず、央葉は首を傾げながら、自分の胴体と直政の胴体を縄で繋いでいく。
 「ほ」と「む」で、女子を抜かせば直政の後ろは央葉と言うことになる。だから、今そうして命綱を結んでいるのだ。

「そういや、どうして命綱、なのに・・・・みんな縄って表現するんだ?」
『罪人みたいに引っ立てられるみたいだから』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 直政は思い浮かべた。
 江戸時代のような役人が綱の先を持ち、自分たちが数珠繋ぎのようにされて連れて行かれるのを。
 役人はこう言う。―――「お縄に頂戴した」と。

「・・・・おお」

 この状況、現物は「綱」なれど、表現は「縄」。
 的確な言葉だと今認識した。

「・・・・・・・・って、ダメじゃねえかっ。ってことは俺たち今まさに刑務所行き!?」
「?」
「だぁっ!? っていうか、叢瀬さん!? 何故に俺の両腕も一緒に胴体にくくりつけてますか!?」

 直政はいつの間にか央葉によってグルグル巻にされている。

『ほれ行くぞ、ポチ』
「ポチじゃねぇっっっ!!!」

 ズルズルと小柄な央葉に引き摺られていく直政だった。






少女たちscene

「―――政くん?」

 飯ごう炊さんというどこの林間学校だとツッコミが飛び交った夕食の片付けをしていた時、直政がひとり離れたところで森を見ていることに気が付いた。
 そのまま放っておけば、森の奥に歩いていきそうな危うさが漂っている。
 それに気付いた心優は隣の子に断り、ゆっくりとした足取りで直政に近付いた。

「こ〜ら、サボりはいけませんよ、政くん」
「・・・・ッ、・・・・心優か」
「はい、心優です」

 にこりと微笑み、そのまま直政の隣へと並ぶ。

「すぅ〜・・・・はぁ」

 心優は大きく息を吸い込んで、吐き出した。
 そうすることで新鮮な空気が肺の隅々まで行き渡るのが分かる。

「気持ちいいですね、森林浴って」

 目に映るのは広葉樹と針葉樹が織りなす圧倒的なまでの森林。
 決して肥沃な地ではないというのに頑張って根を張る自然の力を目の当たりにした心優は上機嫌で直政を仰ぎ見た。

「森林浴はいいけど、あんまりキャンプ場から離れるなよ」
「大丈夫です、政くんがいるから」
「・・・・どういう意味だよ?」

 何故か直政が声のトーンを落とす。
 複数の楽器が奏でる音楽からひとつの楽器の旋律を楽譜に落とせる心優はそんな声音に敏感だった。

「どうかしました?」

 小首を傾げながら問うと、直政は焦りながらも否定する。

「ふぅん、まあ、いいですけど」

 そう言いながらも釈然としない気持ちが渦巻いていた。
 最近、直政は何か隠し事しているような気がする。

(そりゃ、世間で言う幼馴染みほど一緒にいたわけではありませんけど・・・・)

 心優は幼稚園の頃から良家の子女が通うことで有名な私立校に通っていた。だが、直政は亜璃斗と共に公立校に通ってきている。
 屋敷も幼い子どもだとしても容易に通すような警備態勢ではなく、毎日会っていたわけではない。
 ただ、直政が使用人の目を盗んでちょくちょく遊びに来たくらいだ。
 そんな下手をすれば普通の友だちたちのとの時間よりも少ないかもしれないふたりの時間を繋いでいたのは直政の祖父――穂村直隆と、心優の父――唯宮栄(ヒサシ)だった。
 直隆は5年前から3年前まで使用人の長――つまりは執事長を務めていた。
 厳つそうながらも快活な直隆が執事服を着ながら屋敷を歩き回っていたのはまだ記憶に新しい。
 その関係で、直政や亜璃斗も唯宮邸に入れるようになっていた。
 直政の両親である直虎と亜華美(アケミ)がすでに亡くなっていたので、穂村家の大人は直隆しかなく、ほとんど住み込みに近かった直隆は彼らを使用人たちが住む屋敷に預けていたからである。
 小学校高学年は心優はほとんど使用人たちの屋敷で直政や亜璃斗と遊んでいた。しかし、直隆が引退し、穂村邸にいるようになると、直政たちは自然と唯宮邸を離れ、隣の穂村邸にいることが多くなる。
 中学時代は心優も遠い私立校に通うようになり、小学校と比べれば疎遠になった方だった。

(だから、高校は絶対同じところに通おうと決めたんです・・・・)

 直政の傍にいるために。
 直政のことを理解するために。
 直政が安心してくつろげるように。

「政くん」
「・・・・え?」
「バイト・・・・決まりましたか?」
「・・・・あ」

 指摘されて初めて気が付いたように呟きを漏らす直政。

「もぅ、ダメじゃないですか」

 腰に手を当て、ため息をついて呆れてみせる。

「じゃあ、今からでも遅くないです。軽音部に入りましょう」
「いや、俺音楽苦手だから」
「大丈夫です。わたしがみっちり教えて上げます。朝から晩まで」
「遠慮します」
「もぅ、ずっと一緒にいられるというのに・・・・」

 頬を膨らませた心優は直政から顔を背け、楽しそうにはしゃいでいるクラスメートに視線を移した。

「あ、キャンプファイアーが始まるみたいです。行きましょ、政くん」
「踊らないからな」
「聞こえません」

 心優は駄々をこねる直政の手を取り、人の輪の方へと歩き出す。

「お、おいっ」

 慌てた声が頭に落ちるが、直政が強引に振り払わないことを知っている心優は構わず歩いた。

「お、おいでなすったぜ」
「このクラス公認第一号者たちのお出ましだぁ」

 逆に直政の大声がクラスメートを振り返らせる結果となり、彼らの喧噪を誘うだけだ。
 事実、ふたりをはやし立てる声が降り注ぎ、直政は恥ずかしそうに、心優は自慢げに彼らの輪に加わった。

「さあ、政くん、踊りましょう」

 握っていた手を軸に反転した心優はにこりと微笑む。

「はぁ・・・・強引な奴」
「褒め言葉と受け取っておきますね」

 少し吹っ切れたような顔をした直政に、心優はより一層笑みを深めた。

「バスの中でいいましたよね? ただ隣にいるって」
「・・・・そうだな」
「ちょっと訂正です」

 スピーカーを通して、曲が流れ出す。

「わたしは政くんにとって、のどかで平和な、そんな日常の象徴で居続けましょう」
「心優・・・・」
「だから政くんは安心して下さい。何があってもわたしは『わたし』ですから」

 そして、ふたりは最初の一歩を踏み出し―――

「いったぁっ」
「うわ、すまんっ」

 思い切り踏み違えた。



「―――携帯、通じるのね・・・・」

 キャンプ場の外れ、キャンプファイヤーに背を向ける形で朝霞が立っていた。
 背後からは統世生の楽しそうな騒ぎ声が聞こえてくる。
 初めこそは畏怖していた彼らもその好奇心を抑えることができず、はしゃいでいた。ただし、決して集団からはぐれようとはしていない。
 規律を守るという規範意識をこれほどまでに共通概念として抱いている集団も珍しいだろう。

(・・・・無茶苦茶ね)

 退魔界という裏に身を置く朝霞でも、統世学園は異常だった。だが、その異常に対応し、打開策を見つけていく統世生にはいつも驚かされる。

「さてと・・・・」

 見下ろすは一通のメールが開かれた携帯電話。
 その液晶のぼんやりとした光に照らされた朝霞の表情は浮かなかった。

「どうしたものかしら・・・・」

 送り主は鹿頭家の後見人である熾条一哉。
 その内容は端的かつ意味不明なものだ。

(はぁ・・・・青木ヶ原、か・・・・)

 ここは10年前、物理攻防力最強を誇った御門宗家が滅んだ場所である。
 地術師以外の者では屋敷に到達するまでに多大な犠牲を払うという金城湯池だったのに、御門家が滅んだ理由は10年経っても未だ解明されていなかった。
 御門宗家を相手にして、真正面から戦える勢力など、そう多くない。
 世界に目を向ければその数は飛躍的に増えるだろうが、その前にSMOと激戦になるだろう。
 そう考えれば勢力は国内であり、旧組織に分類される勢力を抜いた場合、それは―――

「―――なぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 背後から聞こえてきた声に朝霞は思考を停止して振り返った。

「あら、かわいい幼馴染みはいいの?」

 そこに立っていたのは直政である。

「ああ、いいんだよ」
「?」

 これまでの直政の言葉とは思えない、やや意志の入った言葉。
 激動を生き抜こうとする退魔界の住人たちが共通して持っている、強い意志。

「何か、あった?」
「あったと言うべきか、気付いたと言うべきか・・・・」

 直政は朝霞に向けていた視線を一瞬だけ逸らし、また戻してきた。

「ただ、これだけは言える」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「音川は俺が育った土地だ。そこが何か訳の分からない脅威にさらされてるのは、黙ってられない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ふっと視線を上向ける。そして、木々の枝に伏していた者と目があった。

「・・・・死ぬかもしれないわよ?」
「生憎、俺は丈夫だぜ」

 直政はゆっくりと己の手を握り込む。

「武術の方も亜璃斗に比べればまだまだ。だけどな、防御力だけは自信がある」

 思えばあの騎士の打撃をまともに喰らっても次の日はピンピンしていた。

「・・・・分かったわ」

 朝霞は直政の方へと歩き出す。

「午前零時、その知覚で気になるところへと行きなさい」

 それだけ言い残し、朝霞は直政の脇を通り抜けた。









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