ニュージョージア島の戦い -5


 

 ニュージョージア島バイコロ。
 同島北西部に位置するこの沿岸部は1943年7月10日時点で、日本軍の重要拠点だった。
 ニュージョージア島の戦いにおける日米主力は島南西部に集中していたが、このバイコロを巡る攻防戦も主力部隊の激突に勝らずとも劣らない激戦だった。

 日本軍はバイコロの他にバイコロの北東と南西の高台に陣地を築いており、ザナナ西北西陣地と同様の防衛戦術を採った。
 このため、攻めあぐねたアメリカ軍は味方に支援を求める。
 本来であれば主力軍が激突する南西部に集中するべきであろうアメリカ海軍空母艦隊はバイコロへの攻撃を強めた。
 それは兄弟分である海兵隊がここにいたからである。
 結果、バイコロ周辺はアメリカ海軍艦載機の猛爆撃を受けた。
 7月10日にバイコロ周辺の海兵隊はこの爆撃効果を評価するために進撃を停止する。しかし、その分を補うとばかりに銃弾が飛び交ったのが、主戦場・ザナナ西北西陣地だった。






ニュージョージア島の戦い -5 scene

「―――容赦ないな、敵さんは」

 7月10日午後2時、ザナナ西北西日本軍陣地。
 川上久真陸軍大尉は塹壕に籠ったまま呟いた。

「ええ、昨夜に増援が来てよかったですね」

 参謀が言う通り、昨日までの戦力ならば押し通されていただろう。

「米軍はおそらく2個歩兵連隊規模で攻めてきています」

 陣地東方より第103歩兵連隊、陣地南方より第169歩兵連隊が押し寄せていた。
 日本軍は第103歩兵連隊に対してこれまでこの陣地に籠っていた川上以下海上機動大隊が、第169歩兵連隊に独立歩兵大隊が当たっている。
 第169歩兵連隊はこれまでの戦闘で消耗しているとはいえ、連隊規模だ。
 独立歩兵大隊の火力では厳しいものがある。

(ま、こっちのがツラいけどな)

 これまでの戦闘で使用不可能になった重火器も多い。
 新手を相手にするには心もとなかった。

「ただ、どうやら敵さんは白兵戦をお望みのようだな」
「基本的に兵による平押しですからね。得意の火力戦はどうしたのでしょうか」
「大方、昨夜に撃沈された船に重火器を積んでいたんだろうよ」

 撃沈された輸送船は船上部構造物を海面から出したまま停止している。
 あの状態では浮上させたとしても積載物は全滅だろう。

「ついていますね」
「ああ」

 人海戦術で押し寄せる米兵に対し、日本軍は効率的に戦っている。
 事前に設定された砲撃地点に誘導して叩いた。そして、そこから逃れようとする米兵を機関銃で掃射する。
 さらにジャングルが深い場所に誘引して同士討ちをさせた。

(でも、初日に比べると少ないな、同士討ちは)

 米軍は敵と確認してから撃つように厳命しているのだろう。

(だが、それはこちらが先手を取れるということだ)

 敵味方を区別しようと近づいてくる部隊を引き付け、一斉射撃で粉砕するような戦術がいたるところで成功している。
 昨日までと違うのは、今日にケリをつけようとする米軍が損害を顧みずに前に出てくるのだ。
 結果、日本軍は前進陣地を放棄し、高台周辺に追い込まれていた。

(ただ、北方にザナナ北方に上陸したと思われる部隊は戦闘に参加していない)

 おそらくはジャングルに阻まれて、戦場に到達できなかったと思われる。

「とにかく、耐えるしかないな」

 砲兵戦力が足りない米軍の高台突撃は、機関銃などで対抗できる。
 さらに海上戦力からの砲撃は同士討ちを避けて不可能。
 敵単発機による空爆は、何故か島北方に集中しており、無視できそうだ。

(うむ、耐えられるぞッ)




 米軍は両連隊ごとに400名近い死傷者を出し、総攻撃は大打撃を受けて失敗した。
 川上が思った通り、日本軍が高台を守り切ったのである。しかし、日本軍は多数の重火器・弾薬を消耗し、翌日以降の防衛戦に支障が出るレベルだった。




「―――まるで、夜逃げだな・・・・」
「まさにその通りですがね」

 7月10日夜。
 川上は眼下の米軍陣地を見下ろしながら、疲れた体に鞭を打っていた。
 さすがの米軍も夜まで攻撃をかけてこず、陣地を煌々と照らして日本軍の夜襲に備えている。

(よほど昨日の夜襲が堪えたと見える)

 そのせいで今日の総攻撃も失敗したのだろう。
 攻撃の主力が銃剣突撃であったのは、投入するはずだった砲戦力の枯渇に他ならない。

(ただ、さすがの俺たちも今日に夜襲をする元気はないぞ)

 正直、指揮官レベルでも今動いているのはつらいのだ。
 今日一日戦った兵からすれば、今にも眠り込みたい気分だろう。

「しかし、この仕掛けを考える陸軍中央・・・・遊んでいただろ」

 川上は仕様書を眺めながら呟いた。

「上海事変で海軍が経験した市街戦を参考にしたそうですよ」
「なるほど、あそこも地獄だったと聞くからな。―――っと」

 参謀の言葉に頷いていると、走ってくる伝令に気づく。

「隊長、ホ地点、完了しました」
「地図にも書き込んだな?」
「はい、完璧です」
「よし」

 敬礼した兵に答礼を返して下がらせた川上は、いつの間にか後ろに並んでいた幕僚たちを見回した。

「予定量の設置は完了したな」
「少し足りないかと思いましたが、どうにかなりましたね」
「ああ、それほど今日は激戦だった。お前たちの中には最前線まで出てもらった者もいる。ご苦労だった」

 川上の視線は、軽いケガをした数人の幕僚に向けられる。
 彼らは小さく頭を下げただけで何も言わなかった。

「じゃ、転進するぞ」
「「「ハッ」」」


 1943年7月11日午前3時、日本陸軍は激戦地であったザナナ西北西陣地から撤退した。
 そこに残されたのは大量のトラップ。
 遺棄された物資を持ち上げた瞬間に爆発するもの。
 ジャングルの枝葉を退けた衝撃でピンが抜ける手榴弾。
 軽く埋め戻した塹壕を利用した落とし穴(刃物の埋め込み式)
 簡単に誘爆する砲弾。
 等々。


 これらの猛威は7月11日の日中に陣地を攻撃した米軍に牙を剥いた。
 これまでの戦闘で砲弾が欠乏していた米軍は10日と変わらぬ白兵戦スタイルで攻め込み、これらのトラップで多大な犠牲を払う。
 また、そのトラップで疑心暗鬼になった部隊は同士討ちを起こしてしまい、両連隊ごとに100名近い死傷者を出した。
 結果的に夕方には高台を制圧するのだが、この2日間で計1,000名近い死傷者を出したには小さな戦果と言える。
 この高台は橋頭保の安全確保という、緒戦なのだから。

 日本軍はムンダ飛行場東方陣地に引き上げ、さらに強固な防衛線を敷いている。
 これを受け、米軍は第37歩兵師団の主力部隊の投入を決定した。
 これらの部隊の護衛のためにザナナ洋上にいた護衛艦隊が7月11日の夕方から姿を消す。
 これは高台制圧の目途が立ったためとも言えるが、早急であった。
 日本軍は航空攻撃と西北西陣地への夜襲を敢行。
 油断していた米軍を撃破し、橋頭保は再び砲爆撃で地獄と化した。
 翌日に米軍は反撃に出たが、7月10日と同じく日本軍は撤退しており、残した罠でまた少なからぬ損害が出る。
 この日に西北西陣地に対して空母艦載機による空爆を実施したのに、空振りに終わったのだ。

 結局、米軍はこの西北西陣地攻略に多大な犠牲を払った。
 特に主力を務めた第169連隊は2,100名の死傷者を出し、戦力枯渇判定で以後は司令部護衛に回ることとなる。

 日本軍はニュージョージア島攻防戦の緒戦では、戦術的勝利をもぎ取った。
 この勝利が戦局に与える影響はいかほどなのか。
 それはもう少し先で判明することだろう。




「―――いよいよか・・・・」

 1943年7月13日、中部太平洋・トラック諸島。
 ここにラッパの音が鳴り響いていた。
 それを耳にしながら、小沢治三郎海軍中将は小さく呟いた。
 彼が指揮する大日本帝国海軍・第三艦隊を基幹とする連合艦隊が出撃するのだ。

「第三次ソロモン海戦以来の、大戦力ですね」
「ああ。開戦から一年半経つというのにまだこれだけの大戦力を投入できるとは、な」

 参謀長・山田定義海軍少将の言葉に小沢は頷きながら言った。
 前連合艦隊司令官・山本五十六海軍元帥(戦死後、特進)が開戦前に言った、「初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる」は達成している。
 だが、この発言に続く「2年3年となれば全く確信は持てぬ」がどうなるか、この一戦にかかっていると言えた。

(第三次ソロモン海戦の折はまだ優勢だったが、着実に戦力差は埋まっている)

 今回の戦力は五分と見るのが連合艦隊司令部の見解だ。
 軍令部はまだ日本海軍が有利と見ているが、現場の雰囲気は厳しい。
 日本海軍空母機は新型機に換わっているもののベテランの枯渇による航空戦力の低下。
 全てはこれに尽きる。
 この上、空母の隻数が逆転されれば、一気に戦局は厳しくなるだろう。

(陸軍が頑張っているが・・・・)

 ニュージョージア島が奮戦しているのは十分な準備ができたからだ。
 それを支えたのが輸送である。
 海軍戦力がひっ迫すれば、この輸送がなくなり、途絶することになる。
 こうなると、孤島では戦えないことはガダルカナル島が証明していた。

「先発の掃海艇隊から信号。『敵潜水艦、機雷共になし』です!」
「よし」

 小沢は視線を艦橋に居並んだ幕僚に向け、頷きあう。

「出港だ!」
「「「出港!」」」




 トラック諸島を出撃した第三艦隊を基幹とする連合艦隊は以下の通りだ。

 第三艦隊:小沢治三郎海軍中将(兼戦域総司令官。参謀長:山田定義海軍少将)。
 第一航空戦隊:空母「翔鶴」、「瑞鶴」(航空機180機)
 第二航空戦隊:空母「飛龍」、「雲龍」(航空機150機)
 第三航空戦隊:空母「龍鳳」、「清鳳」(航空機70機)
 第八航空戦隊:空母「勢鳳」、「向鳳」(航空機186機)
 第三戦隊:戦艦「金剛」、「榛名」
 第八戦隊:重巡「利根」、「筑摩」
 第十戦隊:軽巡「阿賀野」
  第四駆逐隊:「嵐」、「萩風」、「野分」、「舞風」
  第十駆逐隊:「秋雲」、「夕雲」、「風雲」
  第十六駆逐隊:「初風」、「雪風」、「天津風」
  第十七駆逐隊:「浦風」、「磯風」、「谷風」、「浜風」
  第六一駆逐隊:「秋月」、「照月」、「涼月」、「初月」

 第一艦隊:清水光美海軍中将(決戦戦力、第三艦隊とは別針路)
 第一戦隊:戦艦「大和」、「武蔵」
 第二戦隊:戦艦「長門」、「陸奥」、「奥羽」、「総武」
 第十一水雷戦隊:軽巡「龍田」
  第六駆逐隊:「雷」、「電」、「響」
 以下、臨時編入
 第六戦隊:「国見」、「雲仙」、「石鎚」、「有珠」
 第二水雷戦隊:軽巡「神通」
  第十五駆逐隊:「親潮」、「黒潮」、「陽炎」
  第二四駆逐隊:「海風」、「江風」、「涼風」
  第三一駆逐隊:「長波」、「巻波」、「大波」、「清波」


 合計で、戦艦八、空母八、重巡六、軽巡三、駆逐艦三一という大戦力だ。
 航空戦力も第三艦隊の固定翼機を主力とし、586機に達する。
 とはいえ、主力は第三艦隊であり、第一艦隊は戦果拡大の機会があれば突進する予定だった。

 これに別動隊として、パラオを出港した第二航空機動艦隊とラバウルを拠点とする第八艦隊がラバウル北方で集結する。
 目指すはニュージョージア島であるが、臨時編成のためにやや離れた海域で会同した。
 一緒に航行する時間を延ばして、少しでも連携を取れるようにするためである。

 第二機動艦隊:桑原虎雄海軍中将(参謀長:酒巻宗孝少将)
 第七戦隊:重巡「鈴谷」(艦隊旗艦)、「熊野」、「新月」(臨時)
 第六航空戦隊:空母「隼鷹」、「瑞鳳」(航空機90機)
 第七航空戦隊:空母「雷鷹」、「鳴鷹」(航空機120機)
 第二五駆逐隊:「冬雲」、「春雲」、「島雲」
 第八艦隊:鮫島具重海軍中将
 旗艦:重巡「鳥海」(艦隊旗艦)
 直属:軽巡「夕張」
 第十一駆逐隊:「初雪」、「夕霧」、「天霧」
 第二二駆逐隊:「皐月」、「水無月」、「文月」、「長月」

 固定翼機210機と主力空母艦隊と比べて少ないが、機種の新型機換装は済んでいる。
 第三艦隊と共闘できれば、米軍にとってかなり脅威となる戦力だった。
 米軍はパラオも潜水艦による監視をしていたが、トラック諸島と同様に日本海軍の欺瞞通信に騙されて離れるか、撃沈されている。
 第三艦隊と同じく、米軍はその存在を知らないのだ。
 このアドバンテージをどう生かすのか。
 それは作戦次第と言えた。




「―――主力艦隊が出撃したぞ」

 1943年7月14日、大日本帝国東京・海軍軍令部。
 現地ではまだ13日だが、すでに日付の変わった夜中に源田実海軍中佐が高松嘉斗海軍中佐の下を訪れた。
 開口一番に言われた内容は軍事機密であるが、嘉斗も知っていることである。

「そうですか。まあ、敵の潜水艦は欺瞞通信で釣り出されていましたから、大丈夫でしょう」
「ああ、静かなもんだったらしい」

 因みにその釣り出された潜水艦は昨日に撃沈を確認していた。

「陸軍の頑張りに感謝だな」
「ええ」

 ニュージョージア島を守備する日本陸軍の驚異的な粘りの結果、連合軍の戦略が崩れている。
 連合軍はニュージョージア島を餌に日本海軍を釣り出そうとしていたが、ニュージョージア島攻略が思うようにいかず、日本海軍も動かなかった。
 そこで連合軍は作戦を変えて洋上待機していた米海軍戦力の移動を命じたのである。

「サラモアも頑強に抵抗していますからね」
「ああ、急な帰還命令の時はだめかと思ったがな」

 彼らは2週間前までトラック諸島にいたが、ニューギニア方面も見なければならないために本国へ帰還していた。
 その理由はサラモアの頑強な抵抗の結果、遅滞戦術ではなく、何らかの手を打てないかと大本営が考え始めたからである。

(後出し感が大きくて、藪蛇にならなければいいですが。ただ補給は考えなければならないですからね)

 これまで日本軍が連合軍に対して劣勢に立っていたのは、無理な攻勢で疲弊した現地軍が補給を受ける暇もなく反撃を受けていたからに他ならない。
 だが、日本軍は1942年末から足元にかけて戦線を整理し、最前線部隊に十分な補給を行った。
 その補給戦で少なからぬ犠牲も出していたが、海上護送艦隊と航空隊の投入で安定した補給もできた。
 武器と弾薬があるのであれば、日本陸軍は精強だ。
 尤も、彼らの真価は運動戦である故、陣地戦は不慣れである。
 それでも神出鬼没の奇襲戦術などを組み合わせて良く戦っている。

「その頑張りに海軍が応えねばなりませんね」

 日本海軍は後詰である。
 こちらに対して背を向けている敵軍に対して奇襲できれば、その戦果は第三次ソロモン海戦を上回ることも夢ではない。

「敵の規模は?」

 端的に聞いてきた源田に、嘉斗は手元の資料を見ながら答えた。

「戦前の予想と変わりませんね。ただ、どうやら『ヨークタウンⅡ』は間に合わなかったようです」
「と、なると、大型三、小型一に英空母か?」
「はい。それと護衛空母艦隊が動いています」

 米海軍の空母は大型空母「エンタープライズ」、「エセックス」、「レキシントンⅡ」、小型空母として「プリンストン」が投入されていると考えられた。
 投入される英空母は「ヴィクトリアス」だ。
 その搭載機数は「エンタープライズ」とエセックス級航空母艦では約100機、「プリンストン」では約30機、「ヴィクトリアス」では約50機と見られていた。
 このため、米海軍空母艦隊の艦載機は約380機。
 日本海軍と大型空母2隻分の開きがある。しかし、米海軍には護衛空母艦隊がおり、上陸支援で消耗しているとしても、100機程度は残存していると考えられた。

「あまり、余裕はないな」
「第二機動艦隊が間に合って良かったですね」

 パラオでの補給と簡易的な修理を行っていた第二機動艦隊。
 陸軍の粘りがなければ出航は間に合っていなかったとも言われている。

「ただ、それでも油断はできないな」
「はい。先手を取られるもしくは何か出し抜かれると簡単に逆転する戦力差です」

 航空戦力は養成に時間がかかるというのに、あっという間に消耗する特徴がある。
 使いどころを間違えると、それが致命傷になりかねない。

「敵戦艦は今回も強力だな」

 「メリーランド」、「インディアナ」、「マサチューセッツ」、「アラバマ」。
 どれも全て40.6cm砲搭載戦艦であり、「インディアナ」以下は新型のサウスダコタ級戦艦である。

「こちらに『大和』、『武蔵』がいるとはいえ、『長門』、『陸奥』が新造艦と対峙するのは不安ですね」

 戦艦は装甲だけではなく、艦命も防御力に影響する。
 どうしても整備で解消しきれない劣化というものはあるのだ。

「その分射撃精度はこちらが上だな」

 源田は楽観的に言ったのではなく、事実として述べた。
 艦命が長い分、砲撃の癖というものは蓄積されている。
 その経験の差が命中率に表れるものだ。

「ですが、アメリカはレーダー射撃を実用化している可能性があります。その場合、返って夜戦では不利になる可能性がありますね」
「で、あれば、夜の内に近づき、朝駆けというのが現実的か」

 作戦参謀らしく、そう呟いた源田は視線を嘉斗に向け直した。

「で? 貴様は何を企んでいる?」
「は? 何のことですか?」

 探るような視線に、嘉斗は当然すっとぼける。そして、従兵が入れた茶を飲んだ。

「お前が茶を飲む時、何かをごまかす時らしいな」
「ごふっ」

 源田の言葉にむせる。

「ケホッ、こほっ。・・・・どこ情報ですか?」
「貴様の嫁からだ。どうだ、信憑性はピカイチだろう?」
「ぐぅ・・・・」

 嫁である亀とは幼馴染である。
 確かに海軍に入ってから疎遠な時もあったが、情報の世界に入る前の嘉斗も知っているのだ。
 嘉斗が気付かない癖を把握していてもおかしくはない。

「で、だ。何を企んでいる?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 再度問われた言葉に、嘉斗は考え込んだ。
 第三部として策はある。だが、その効果は未知数であり、成功率も高くないと見られていた。このため、作戦側がその成功を念頭に行動することは危険と言える。

(ですが、実戦部隊に伝えるか伝えないかを判断するのが参謀とも言えますね)

 源田に伝える=実戦部隊に伝わるとは限らない。
 源田が成功率の低さから実戦部隊への連絡は危険だと判断すれば、当然伝わらない。

(伝えるくらいは・・・・いいですかね?)

「うん、ここからの判断は君に任せましょう」
「え、いや、そんな責任はごめんだぞ」
「まあまあ」
「いや、まあまあとかいう問題じゃないぞ」
「まあまあ」
「あ、聞く気ないな、こいつ」

 嘉斗のごり押しに源田がため息をついて諦めた。

「米艦隊は上陸支援部隊とその周辺を遊弋する戦艦と空母を要する主力艦隊が展開しています」
「そうだな。通信でもそのような兆候がある」

 嘉斗の言葉に源田が頷く。

「そこで問題となるのが、主力艦隊の位置です」
「サンタイサベル島北東海域かつニュージョージア島東北東200~400kmと俺たちは予想している」
「まあ、そうでしょうね」

 ニュージョージア島への作戦行動半径以内であり、日本軍航空部隊の行動範囲外となるとその辺りだろう。
 また、この辺りであればガダルカナル島を後方に置き、万が一の日本海軍の空母部隊が襲撃してきてもすぐに後退することができる。

「それ故に、攻撃できるのは1回と想定していますよね?」
「そうだな。―――って、まさか」
「そうです」

 攻撃チャンスが1回しかないのであれば、米艦隊に与える損害は限定的となる。
 それはもったいないので、その機会を増やす努力をする。

「すでにこちらの海軍の出撃を遅らせたことで、米艦隊に対する奇襲が望めます」

 米海軍は日本海軍の主力部隊襲撃可能性は低いと判断している。
 このため、本来は空母決戦用に待機していた航空戦力をニュージョージア島に振り分けているのだ。

「その奇襲を奇策でさらに効果的にする訳か」
「ええ、興味はありますか?」

 嘉斗は源田に対してニコリと笑みを向けた。
 それに対して、源田もニヤリと笑う。

「第一部も作戦は用意しているし、実戦部隊にもそれは伝えている。だが、貴様の提案次第ではそれを修正してやってもいいぞ」

 互いに奇策を用意していることを伝え、そのすりあわせをするという。
 組織のことを考えれば、越権行為とも言えるが、日本海軍の作戦と情報を牛耳っているのは間違いなくこのふたり。
 将官がこの姿を見ても、きっとため息をついて黙認することだろう。
 だが、第三次ソロモン海戦と違い、彼らは現場にいない。
 実際に戦うのは現場の人間である。
 そのことを、彼らは痛感しつつも、現場の人間が最大成果を出せるように、考えて、整える。
 それが彼らの戦いだった。









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