ニュージョージア島の戦い -4


 

 1943年7月。
 この時の太平洋戦線は南方戦線で連合軍の攻勢を日本軍が迎え撃つ構図だった。
 開戦以来の日本軍攻勢はミッドウェー島、ガダルカナル島、ポートモレスビーで阻止されている。
 これらを巡る戦闘で両軍に多大な損害が発生したが、それは1943年7月より攻守を逆転して再現された。
 実際にはその間も主導権争いも激しく行われたが、両軍が仕切り直しとばかりに激突し始めたのは1943年の7月である。

 この時、両軍のテーマとなっていたのはこれまでと変わらず、空母部隊の行方だった。
 日本軍は真珠湾攻撃、インド洋作戦で空母部隊が主力を担っている。
 さらに続く南方戦線でも第三次ソロモン海戦で活躍した。
 連合軍はこの日本海軍空母部隊に辛酸を舐めさせられているため、この撃滅が戦術目標として挙げられている。
 そのためにソロモン戦線で戦端を開き、この応援にやってくるであろう日本海軍を叩く。
 これがこの戦域のアメリカ海軍の作戦だった。

 これによりソロモン戦線の航空優勢は基地航空隊(陸軍および海兵隊)に任されたが、先の第二次ダーウィン空襲での打撃とラバウルを中心とする日本軍の頑強な抵抗を前に思うように進んでいない。
 レンドバ島上陸部隊が夜間爆撃で叩かれた折からアメリカ陸軍は海軍に対して空母部隊の航空支援を要請したが、アメリカ海軍は日本海軍の動向から拒否していた。
 日本海軍はトラック諸島に集結していると考えられており、その出港を捕捉できるかどうかが作戦の成否を決める。
 このため、トラック島周辺海域に6隻の潜水艦が配備されていた。


 そんな潜水艦たちに司令部から通信が入る。
 それは7月7日に日本海軍が出港するというものだった。






ニュージョージア島の戦いscene

「―――潜望鏡、上げ」

 1943年7月7日トラック島南西海域。
 ここにアメリカ海軍潜水艦「ホー」が潜んでいた。
 本来ならばパラオ方面の通商破壊戦に投入される予定だったが、急遽トラック諸島の監視に振り分けられたのだ。

(戦果を稼げなくてアンラッキーだぜ)

 通商破壊戦は輸送船撃沈という戦果がある。
 一方で、監視任務はひたすら敵艦隊の動向を確認するだけで魚雷攻撃は禁止されていた。

「艦長、通商破壊よりも数段危険なんですからね?」

 忌々しさが表情に出ていたのか、副長が言う。

「この海域は不定期に日本海軍による潜水艦狩りが行われています。その結果、数隻の味方が未帰還になっているのですから」
「分かっている」

 彼の発言も忌々しいが、本当のことだった。
 日本海軍の手口は巧妙だ。
 平時の定時報告を利用した欺瞞通信でアメリカ海軍潜水艦を集め、航空機と対潜艦艇を使った徹底的な爆雷戦術に出る。
 その結果、トラック諸島の監視任務は非常に危険度が高く、経験豊富な艦長しか任されないものとなっていた。
 結果的に監視密度が下がり、さらに通商破壊に出る潜水艦も減少に繋がっている。

「―――敵影なし」

 考えている間に視界範囲内に敵がいないこととの報告が上がった。
 時刻は午前8時39分。

(日本海軍は馬鹿みたいに正確だからな)

 ハワイの暗号解読班の情報では、今日の午前7時にトラック島に集結していた艦隊が出港する予定だという。
 いろいろな情報を組み合わせた結果、ソロモン戦線へ向かう空母部隊の可能性が高いとのことだった。
 その"可能性"を"確実"にするために「ホー」の他、「キングフィッシュ」、「ホエイル」が投入されていた。

(こっちの新型潜水艦がどこまでできるか・・・・)

 全て最新鋭のガトー級潜水艦だ。
 基準排水量1,526t、全長95m、全幅8.2mと日本海軍の伊号潜水艦より一回り小さい。しかし、魚雷発射管が艦首に6門、艦尾に4門と同時雷撃数は上回っていた。
 魚雷はMk.14に置き換わっていたが、信頼性に不安がある。
 この点においては日本海軍の魚雷の方が優れているかもしれない。

(ま、相手にするのは水上艦だ)

 出港当初は潜水艦に気を付けているが、時間が経つごとに注意力は失われていく。
 そこを捉えるのだ。

「―――右舷前方より推進音多数」
「来たか」

 推進音が聞こえてくる方向にトラック島がある。
 十中八九、トラック島を出港した日本艦隊だろう。

「距離は?」
「・・・・・・・・おおよそ5,000m」

 自信がなさそうだが、聴音員の判断を尊重する。

「微速前進。潜望鏡で見える範囲まで近づくぞ」

 5,000mではまだ水平線の向こうだ。
 逆に言えばそんな距離から複数の推進音が聞こえるほど、敵の数が多い。

「距離4,000m」
「潜望鏡、上げ」

 部下に任せず、今度は自分が覗く。

「・・・・駆逐艦だ」

 真っ先に見えたのは駆逐艦だ。
 こちらに対して横腹を見せているので、近づいているわけではない。

(その向こうに見えるのは―――)

 目を凝らすと水平線の向こうに屹立するいくつかの煙突が見える。
 おそらくは大型艦だ。

(針路は・・・・南方だな)

 まず間違いなく、ソロモン戦線へ向かう艦隊だろう。

「よし、このまま潜航し―――」

 「やり過ごしてから通信だ」と言葉を続けることができなかった。

―――ドンッ

「―――っ!?」

 艦体直近で発生した爆発に艦が大きく揺さぶられる。

「爆雷!?」
「急速潜航!」

 驚く兵員たちに指示し、艦長は揺れる艦内で掴めるものを掴んで体を固定する。

(周辺に駆逐艦はいなかった。遠方爆雷投射か? いやしかし、それでは離れすぎている・・・・)

 「未知の攻撃された」も重要な情報だ。
 その攻撃方法が分かれば、味方を救うことができる。

「推進音・・・・近づいてきます・・・・」

 爆雷は1発だけだったが、周辺にいた駆逐艦が近寄ってきたのだ。

「さあ、長い戦いが始まるぞ」


―――日本海軍が敵潜水艦の艦体圧潰音を探知したのは、それから4時間後だった。



 1943年7月7~8日にかけ、トラック諸島周辺で連絡を断ったアメリカ海軍潜水艦は「キングフィッシュ」、「ホエイル」、「ホー」の3隻だった。
 撃沈される前に伝達された情報やそもそも攻撃を受けなかった潜水艦の情報から、アメリカ海軍は今回の空母艦隊出撃情報は日本海軍が発したデマと結論付ける。
 何せ待ち構えたかのような対潜行動に、作戦後もトラック諸島から減らない通信量。
 日本海軍はアメリカ海軍が監視網を張っていることを逆手に取り、潜水艦狩りを実施したのである。
 だが、膨大な通信を解読していた暗号解析班からの情報にアメリカ海軍首脳部はひとつの結論を出した。

 暗号情報は第三艦隊司令部に発した空母航空部隊の通信と推定されていた。
 その内容は「搭乗員訓練未了、戦闘ニ耐エラレズ」である。
 これは日本海軍の主力部隊である空母艦載機隊が相次ぐ消耗に耐えられずに戦闘に耐えられなくなった理解された。
 空母の隻数こそあるが、航空機を操縦する搭乗員の絶対数は日本海軍の方が少ない。
 また、養成にかかる時間もアメリカ軍の方が短い。
 それは戦前から言われていた通説であり、快進撃を続けた日本海軍もようやく地力の差に直面したのだ。

 このため、アメリカ海軍は7月9日に最終判断した。



―――ソロモン海域への日本海軍主力艦隊の援軍はない。



 よって、当該海域にいるアメリカ空母艦隊は苦戦するニュージョージア島攻略に振り分ける。そして、被害を受けるだけのトラック諸島監視は緩和し、潜水艦隊を撤退させた。



「―――以上が米海軍の暗号を解読した結果です」
「・・・・恐ろしいな」

 1943年7月10日、トラック諸島。
 ここで第三艦隊司令長官・小沢治三郎海軍中将が第三部からの情報員・高遠中佐の報告を受けていた。
 居並ぶ幕僚たちも小沢の一言に頷いている。
 昨日も欺瞞通信で潜水艦狩りを実施しているが、先日よりも低調との途中経過を受けていた。
 どうやら米軍はトラック諸島への警戒を緩和したようだ。

「長官、頃合ですね」

 参謀長である山田定義海軍少将が小沢に言う。

「そうだな」

 小沢が視線を軍令部から派遣された源田実海軍中佐に向いた。
 それに源田は小さく頷く。

「よし」

 小沢は幕僚たちに振り返り、下知した。

「友軍を救いに行くぞ」
「「「オオッ!!!」」」

 前線から届く奮戦の通信に歯噛みしていた海軍将校が奮起の声を上げる。
 そこからすぐに、彼らは己の職務を全うするために動き出した。






「―――ふん、来ない、か・・・・」

 1943年7月9日、ツラギ島北方。
 ここを航行していたアメリカ海軍第3艦隊は司令部からの通信を受けた。
 それはすぐさま解読され、司令官の元へと運ばれる。

「ジャップの奴め。怖がっているのか?」

 命令文を一読したウィリアム・ハルゼー海軍大将が呟き、命令文を隣の参謀長に渡す。

「『作戦変更。ニュージョージア島攻略を支援せよ』ですか」
「ああ、夜間爆撃で上陸部隊が叩かれているようだし、地上戦も苦戦していると聞く」

 7月6日から続く日本海軍機の夜間爆撃で橋頭堡が叩かれ、重火器を失った陸兵も近くの高台を占拠できない状況だ。
 空母部隊では夜間爆撃を迎え撃つことはできないが、日本軍の強力な前線基地であるブーゲンビル島を叩くことはできそうだ。
 さらに島上空に陸軍が担当している日中の上空警戒も援護できる。

「島北部の攻略も苦労しているので、艦砲射撃で援護ができますな」

 ニュージョージア島北西部のバイコロを攻略するために上陸した海兵隊と陸軍は日本軍の頑強な抵抗に遭っている。

「本日から明日にかけて、陸軍の増援部隊が到着するが、制空権を握らなければ第一陣の二の舞になるので重要な任務ですな」

 参謀長がチラチラとハルゼーの顔色をうかがう。
 日本海軍の主力部隊との決戦を夢見ていた司令官の機嫌が悪くならないようとの配慮だった。

「ふん、海のジャップ退治は諦めるが、陸にもジャップはいるしな」

 参謀長が危惧したような機嫌の悪化は見られない。しかし、やはりどこか面白くなさそうだ。

「陸の1万程度を駆逐するには、いささか強力すぎるか?」
「ええ、そうでしょうね」

 ハルゼーの言葉に参謀長が頷く。

「合衆国海軍最強艦隊ですからな」



 アメリカ合衆国第三艦隊。
 1943年3月にアメリカ海軍南太平洋部隊が改編されて設立された航空機動艦隊だ。
 隷下の任務部隊は30番台の番号が振られている。
 元方面艦隊だが、所属する艦艇は主力級であり、アメリカ海軍最強艦隊と言っても過言ではなかった。
 所属する戦艦と空母は以下の通り。
 戦艦:「メリーランド」、「インディアナ」、「マサチューセッツ」、「アラバマ」。
 空母:「エンタープライズ」、「エセックス」、「レキシントンⅡ」、「プリンストン」。
 戦艦は全て40.6cm砲搭載戦艦であり、「インディアナ」以下はサウスダコタ級戦艦と新型である。



(まだまだ、奴らを殺し尽くすには物足りないがな)

 ハルゼーは手元にある戦力に満足していなかった。
 空母は大型空母3隻、小型空母1隻の航空機約340機と足りない。
 このため、イギリス海軍から「ヴィクトリアス」(約50機)を借り受けていた。だが、これでも約390機である。
 日本海軍は戦艦8隻(内、40.6cm以上4隻)、空母8隻以上(大型4隻、中型2隻、小型2隻以上)を保有しており、正面から戦うには強大過ぎた。
 故に連合軍はニュージョージア島支援に集中する日本海軍を横撃しようと考えていたのである。

(ロバートの報告ではだいぶ練度が落ちているようだしな)

 日本の空母艦隊と戦ったのは1943年1月末のガダルカナル島近海だ。
 アメリカ海軍を指揮したのはロバート・C・ギッフェン海軍少将であり、この海戦で空母「インディペンデンス」を失っている。しかし、彼我の戦力的には空母「エセックス」も喪失していてもおかしくはなかった。
 彼女が九死に一生を得たのは日本海軍のパイロットの腕が落ち、爆弾を命中できなかったためだと報告している。

(奴らもそれを感じ、必死に訓練をしているのであろう)

 しかし、パイロットはすぐに養成できるものではない。
 だから、今回は空母艦隊は出てこないのだ。

(まあ、我々も褒められた腕ではないが)

 空母に載っているパイロットの多くが初陣だ。
 戦闘機には海兵隊に混じってソロモン海域で日本軍と戦った者もいるが、全体から見れば少数である。

(ニュージョージア島攻略作戦における上空支援の経験は今後に生きるだろう)

 兵は実戦を経験すると恐ろしく成長する。
 少しでも危険度の低い任務で慣れ、後の激戦を生き残る猛者が生まれれば僥倖だった。

「ジャップとの決戦は先送りだ」
「ええ、奴らが手に入れる時間の生贄にされた哀れな子羊をおいしくいただきましょう」

 ハルゼーに頷いて見せた参謀長の言葉にハルゼーは嗤う。

「子羊か。ラム肉はうまいから期待だな」
「ええ、本当に」

 一呼吸の間、両者は笑みを交わし、表情を引き締めた。

「針路をサンタイサベル島北方へ向けろ。近距離からのラッシュでニュージョージア島に立てこもる日本軍を叩き潰す!」






 1943年7月9日。
 この日、アメリカ海軍は作戦目標を日本海軍第三艦隊からニュージョージア島守備隊へ変更した。
 これは後の歴史家がターニングポイントのひとつに挙げた決断となる。
 また、この日はニュージョージア島の戦いにおいて、大規模夜戦が勃発した。
 7月9日日中からアメリカ軍の増援部隊によるザナナへの上陸が始まっており、アメリカ軍はザナナ橋頭保に約4,000名、さらにザナナ北東に1,000名を上陸させる。
 この中には在地の第169歩兵連隊、第172歩兵連隊が所属する第43歩兵師団司令部も含まれていた。

 上陸規模は日中だけで終わらないほどの大規模であり、夜間も続けられる。しかし、その深夜に輸送船団の数隻が雷撃で撃沈された。
 船には重火器類が積載されており、これが海の底に沈む。
 さらにアメリカ軍が警戒していた西北西陣地からではなく、ムンダ手前の陣地を守備していた日本軍が戦車を含む大規模攻勢に出た。
 増援を前にして気を緩めていた第172連隊がその標的となり、激しい戦闘が展開される。
 アメリカ軍は複数の日本軍戦車を撃破したが、自身も500名近い死傷者を出してしまった。
 それでもアメリカ軍は第103歩兵連隊を中心とする増援部隊を上陸させ、再攻勢の戦力は整ったと言える。
 一方、日本軍も激戦地である西北西陣地に夜襲の合間に1個独立歩兵大隊(約1,000名)を増援に加えていた。
 彼我の戦力は絶対的であるが、日本軍には地の利がある。
 両海軍が動き出す中、ニュージョージア島の戦いにおける緒戦の岐路が始まろうとしていた。









第91話へ 赤鬼目次へ 
Homeへ