ニュージョージア島の戦い -6


 

 ニュージョージア島の戦いは第二段階に入っていた。
 米軍の上陸から橋頭保を攻撃し続けていた日本軍陣地を7月11日に米軍が陥落させる。
 しかし、日本軍はすでに撤退していた。
 さらにあらかじめその陣地に向けて照準を合わせていた野戦砲で、7月11日夜に米軍を打ち据えて損害を与える。
 それでもこの陣地を舞台にした攻防戦はその日に終了した。
 次なるフェーズはムンダ飛行場東方に位置する陣地。
 ここは日本軍にとっての主戦場との位置づけであり、ニュージョージア島を守備する海上機動旅団の主力が展開している。
 対する米軍は、これまで攻撃の主力を担っていた第169連隊が戦力枯渇(累積2100名53%)により司令部護衛に回った。
 このため、第172連隊が北回りで、第103連隊が直進してムンダを目指すこととなる。
 両軍の主力が激突した7月13日以降、地上戦では一進一退の攻防が続く一方で、空中では米海軍空母艦隊の航空隊が加わったことで、徐々に制空権を失いつつあった。






ニュージョージア島の戦い -6 snece

「―――敵、上陸を開始しました!」

 1943年7月15日、昼。
 この日、ニュージョージア島南部戦線に動きがあった。

「なんと堂々と・・・・」

 南東支隊を指揮する佐々木登陸軍少将は双眼鏡を覗きながら呟く。

「船団規模から2個連隊というところでしょうか」

 同じように双眼鏡で確認していた参謀長が言った。

「ああ。もしかしたらレンドバ島に上陸していた部隊の残りかもな」

 捕虜に尋問した限りはニュージョージア島を攻めているのは第43歩兵師団に所属する3個連隊だ。
 今、ムンダから見て1km少し東―――イランガーナ(Ilangana)に上陸しようとしている部隊は規模的には別部隊だろう。

(だが、敵であることには変わりない)

「南方戦線を下げる」
「砲撃はされませんか?」

 上陸中の部隊を叩くのが基本である。

「上陸船団を護衛している駆逐艦に撃たれて消耗するだけだ」

 日本軍が持っている砲よりも遙かに大きな口径を持つ駆逐艦に撃たれれば、撃たれ負けるのは分かっていた。
 それに米軍による準備砲撃もない完全奇襲であるため、上陸地点を狙えるように照準を合わせた火砲はない。
 とはいえ、戦略的に妙手だったかというと、そうではない。

「しかし・・・・奴らバカなのか?」
「よっぽど焦っているのですかね?」

 佐々木の問いに参謀長が首を傾げる。
 準備砲撃がないということは、上陸地点の掃海や地雷撤去を行っていないということだ。

「我々があの上陸点を考慮していなかったとでも思っているのでしょうか」
「としか思えんなぁ・・・・」

 この会話中に、敵上陸地点付近から複数の爆発音が聞こえてきた。
 上陸用舟艇が機雷原に突っ込んだのである。

「「南無」」

 佐々木と参謀長が海に向かって手を合わせる。
 その先に広がる地獄絵図を思いながら。




 米軍はこの日、十数隻の上陸用舟艇LCAが無惨にも破砕されたところでイランガーナ上陸は中断された。
 300人近い死傷者を出したが、戦果も得られなかったのである。
 このため、米軍は上陸船団の護衛艦隊から分離した駆逐艦数隻が掃海や上陸地点への艦砲射撃を開始した。
 時間を稼いだ日本軍はこの方面に対処するために1個独立歩兵大隊を抽出。
 上陸地点への迫撃砲照準などの作業に追われた7月15日の夜。
 日本海軍は空中と海中から上陸船団に攻撃を仕掛けた。



「よく燃える・・・・」
 佐々木が見つめる先、南方の海が真っ赤に染まっていた。
 7月15日の深夜。
 絶妙な日本海軍の攻撃が炸裂したのである。



「くそ、どうなっているんだ・・・・ッ」

 上陸船団の中で、傾く輸送艦の中で、その艦長は毒づいた。
 この艦は複数のLCAを運搬している。
 それはその中に多数の陸兵を積んでいることを意味していた。

「艦長、我々も退艦しなければ・・・・ッ」

 甲板で退艦の指揮をしていた副長が艦橋に戻ってくる。

「どの程度退艦は進んでいる?」
「甲板に出てきた兵は大半が退艦を完了しています。残りはあとわずかです」
「・・・・そうか」

 総員退艦命令を出してからまだ30分ほどだ。
 それで甲板に来た兵員全ての退艦に目途が立っていると言うことは、それだけ退艦できる兵が少ないと言うことだ。

(無理もない。魚雷が命中したのが居住区のすぐそばだったのだ・・・・)

 昼間の機雷原への突撃し、九死に一生を得て生還した兵が休んでいた区画である。
 おそらく最初の爆発で多くの兵が戦死したのだろう。
 疲れて眠っており、苦しみを感じる間もなく死ねた兵が多いことは、不幸中の幸いなのだろうか。

(そんなことは、ないか・・・・)

 死んだのに、幸せなどない。

「艦長! 早く!」

 副長の声とともに爆発音が聞こえた。
 他の艦船が機雷に触れたのか、炎上していた艦艇の積み荷が誘爆したのか、そのどちらかである。

(しかし、我々に命中したのは魚雷だった・・・・)

 航空攻撃は水平爆撃だったというのに。
 それとも潜水艦が潜んでいたというのか。

(いや、ありえん)

 ここは浅瀬が広がっているのだ。
 潜水艦が潜んでいれば、身動きが取れない。
 さらに上空から容易に発見され、撃沈されていたはずだ。

(それとも、新兵器か何かか?)

 そのような疑問を抱きながら艦長は副長に引っ張られて甲板に出た。そして、次に起こった爆発で副長諸共四散する。
 生還したら報告しなければならない。
 それが最期に脳裏に浮かんだ思考であったが、それをなすことも、受け継ぐこともできず、彼の思考は永遠の白に塗り潰された。




 艦長の疑問に答えると、海中に潜んでいた別戦力が魚雷を放ったのである。
 それは何度もザナナ上陸船団を苦しめた、特殊潜航艇である。
 ラバウルから飛来した一式陸攻に気を取られた船団に、ゆっくりと狙いを定めて魚雷を放ち、輸送艦2隻を撃沈した。
 一式陸攻の高高度水平爆撃はほとんど損害を与えられなかったが、艦砲射撃を妨害している。
 さらに密かに機雷を投下しており、掃海したと思っていた米軍は翌日の上陸戦でも損害を出した。
 それでも7月16日の日中にはイランガーナに上陸し、第二戦線を形成することに成功する。
 尤も地雷の除去が間に合わず、橋頭堡構築中に100人近い損害を出した。
 さらにその夜から橋頭堡向けて日本陸軍の砲撃が始まる。
 この第二戦線もザナナと同じ状況になったのであった。

 そもそも7月14日から始まったイランガーナ上陸戦だけで、米軍は投入した2個連隊約8000名の内、1000人近い死傷者を出している。
 また、ニュージョージア島の戦い初期から主力として戦っていた第169連隊は損害甚大と言うこともあり、後方へ撤退した。
 ニュージョージア島南西戦線において、米軍は3個師団(4個連隊)が展開し、これに日本軍の1個海上機動旅団(2個海上機動大隊基幹)と3個独立歩兵大隊が対峙。
 損害を考慮すると、米軍は残存約1万4000名である。
 一方で日本軍は約7000であり、如何に米軍の増援が大きいか分かる。
 そして、何よりその増援として上陸した2個連隊に相対するのが、1個独立歩兵大隊という絶望的な戦力差だった。




「さて、どうするか」

 7月15日深夜、新戦線――イランガーナ橋頭堡へ向けた夜間砲撃の最中、南東支隊司令部は作戦会議を開いていた。
 開戦から10日が経ち、身なりを気にする余裕がなくなってきた幕僚たちは、前線督戦などの影響で汚れた軍服を着用している。しかし、薄明かりに照らされた顔の中で、目だけは爛々と輝いていた。

「イランガーナへの偵察部隊の報告では、揚陸した物資も少なく、また、地雷撤去が不十分であるため、動き出すまでに時間が掛かりそうとのことです」
「だが、その間に東方の敵を駆逐することは不可能だ」

 東方――第172連隊および第103連隊もジャングルと日本軍の防衛線に阻まれながらも前進している。
 その速度は遅々としているが、これを撃破するのは相当難しかった。

「この方面で明日に総攻撃が予想されます」
「大規模砲撃の傾向が見られるのだったか?」
「はい」

 米軍はザナナ周辺陣地の攻防戦では、彼我の距離が近く砲兵部隊を使えなかった。
 一方、今の最前線は後方に砲兵陣地を構築できる。
 偵察部隊の見立てでは、その砲撃準備が整ったということだった。

「準備は進んでいるな?」
「抜かりなく」

 うまくいけば大損害を与えられるだろう。
 だが、それでも撃破には至らない。

「島北部、バイコロ戦線においても、米軍の増援が確認されたそうです。こちらは阻止ができず、相当数の物資が陸揚げされた模様です」
「それは厳しいな」

 この方面でも日本軍は兵数的に劣勢だった。

「その方面は高台が攻防線になっているのだったな?」
「はい。しかし、もう支えきれず、明日にでも撤退するため、各所に罠を仕掛けている最中です」

 北部でも主戦線の後退が企図されており、第1段階の防戦が嘘のように、劣勢に立たされていた。

「水上艦艇部隊は?」

 佐々木が海軍幕僚に質問する。
 この陸戦の劣勢を覆すには周辺に遊弋して航空攻撃を繰り返す、米空母部隊の排除が必要だった。

「第八艦隊司令部からは何も。ただし、第八艦隊麾下の艦艇は出撃して作戦行動中です」
「ううむ、水雷戦隊を中心とする部隊で出来るのは少数の増援と物資の輸送くらいだ」

 それもかなり危険な作戦であることは、ガダルカナル島の戦いで陸海軍の共通認識となっている。

「事前の作戦通りであれば、海軍主力は出撃しているはずです」

 海軍幕僚の言う通り、当初の作戦は以下の通りだ。
 ニュージョージア島で持久。
 それに引き寄せられた米艦隊を日本海軍主力が撃破。
 制海権を奪った日本軍が反抗に出て米軍を駆逐。

(作戦通りであれば、米艦隊はこの島に引き寄せられている)

 だから、日本海軍主力も出撃したはずである。

「仮に米空母艦載機の空爆が始まった翌日に海軍主力が出撃した場合、ここに来るまでにどの程度の時間が掛かる?」

 佐々木の質問に幕僚は考え込んだ。しかし、すぐに計算できたのか、顔を上げて答える。

「潜水艦による哨戒を避けるため、まっすぐ進んでくることはありません」
「それは分かる」
「これを考慮した場合、おそらく5~7日かかるでしょう」
「そんなにか・・・・」

 ため息が司令部に充満した。
 空爆開始が7月12日。
 7月13日に出撃したとして、到着は7月18~20日という計算になる。

(最低限、あと5日は持ちこたえる必要があるか)

 日本海軍が米海軍との決戦に持ち込むには、ニュージョージア島の奮戦が必須だ。

「ムンダの放棄も視野に入れる必要があるな」

 すでにムンダの飛行場は機能していない。
 滑走路は穴だらけだし、地上設備も大半が破壊されていた。
 米空軍は積極的にここを攻撃しているし、日本軍が補修を止めた今でも何発かの爆弾が落ちる。

(まあ、対空陣地は生きているので、爆撃進路に入る爆撃機に損害を与えているのだが)

 機能停止からこれまで、対空砲火で数機の敵機を撃墜していた。
 向こうからすれば戦果ゼロの攻撃で、いらぬ損害を出していると言える。

(だが、対空陣地の砲を前線に持ち込めれば、砲不足も少しは緩和されるというのに)

 開戦までに集積していた武器弾薬。
 日本軍にしてはかなりの量であったにも関わらず、これまでの戦闘でずいぶん数を減らしていた。
 現在のペースで使用を続ければ、あと3日で枯渇するとも言われている。
 かなりの戦果を挙げていると見られる、夜間砲撃も停止を考える段階に来ていた。

「まあ、俺たちは敵に出血を強いるしかないな」

 佐々木がそう呟いた時、南西部橋頭堡から爆音が轟く。
 日本軍が放った迫撃砲弾が、敵の弾薬を誘爆させたのだった。






「―――総攻撃でも抜けないのか・・・・」

 1942年7月16日午後3時12分、ニュージョージア島北部戦線。
 ここを担当しているアメリカ軍司令部は、先程届いた報告にため息をついた。
 アメリカ軍はニュージョージア島において、全面攻勢に出た。
 島の南北両方で総攻撃に出るだけでなく、空母艦載機を含む航空部隊が全力支援に出ている。
 午前中いっぱいの間、砲爆撃が日本軍陣地に見舞った。
 大陸の陸戦では考えられない密度で投下された火力だ。

(どれだけ頑強に作っているのだ)

 実際には攻撃の予兆を察知した日本軍は最前線陣地から撤退。
 攻勢準備砲爆撃後に陣地に戻り、ジャングル走破に四苦八苦していたアメリカ軍を迎え撃ったのである。
 日本軍はトーチカなどを作らずに地面を掘り下げたり、盛り上げたりと、昔ながらの空堀と土塁を構成していた。
 これをアメリカ軍の砲爆撃でも潰し切ることができず、逆に日本兵の隠れ場所を提供しただけとなる。
 さらには倒れた木々がアメリカ兵の進撃を遅らせるだけでなく、多数の迷子を発生させていた。
 結果として、アメリカ軍は南西戦線の4個連隊が打撃を受け、合わせて1000名近い死傷者(行方不明者含む)を出してしまう。
 だが、日本軍も最前線陣地を放棄し、戦線を大きく下げざるを得なかった。
 これは南西戦線において、アメリカ軍の4個連隊が陸路で連絡可能になったことを意味している。

 一方、北部戦線でも多大な犠牲を出していた。
 バイコロを攻撃するために必要な高台の攻防戦が続いており、ここを攻めるアメリカ軍は今日も撃退されてしまっている。

(とはいえ、今日は手応えがあった)

 明らかに日本軍の銃火に鈍りが見えたのだ。
 ただし、それを体験したアメリカ兵の多くが死傷したのだが。

「司令官。海軍に支援砲火をお願いしては如何でしょうか?」
「そうです。南方は駆逐艦などの支援砲撃があるのに、何故に北部はないのですか?」

 複数の幕僚が不満を露わに具申してくる。
 南部の手厚い支援に比べ、北部は戦力も少なく、支援もない。
 今日の航空攻撃でも、爆撃機を護衛していた海軍の戦闘機が帰りがけに機銃掃射をしただけだった。
 しかも、おそらくはほとんど意味がなかっただろう。

「海兵隊が意気込んでいるからなぁ」

 海軍の陸戦部隊というには大所帯の海兵隊が、海軍に支援を要請せずに独自攻略を目指している。
 この意識が海兵隊の高い損耗率を示しているのだが、その血で開いた道が陸軍よりも広く、大きいこともまた事実だった。

「その海兵隊も元気がないみたいですが・・・・」
「確かに」

 幕僚の言葉に司令官が頷く。
 今日の総攻撃ではすぐに撤退していた。

「どうやら、攻撃を始めてすぐに前線の中隊長が狙撃されて戦死したそうです」
「また? 昨日も部隊長が戦死していなかったか?」
「はい」

 高台を攻撃しているため、高所からこちらの状況が見えるということもあるが、この戦線の将校死傷率は異常だ。
 この司令部の幕僚も何人かが戦死している。

(奴らに凄腕のスナイパーがいるんだろうな)

 そう。
 日本軍との戦いの特徴のひとつに、中級指揮官の犠牲の多さがある。
 中隊長レベルの戦死が多く、大隊長も戦死していた。
 ジャングルの戦いで交戦距離が近いこともあるだろうが、時に正確な狙撃で撃ち倒されるのだ。

(武士は将の首を取ったという。その文化の名残か?)

 ただし、指揮官先頭という伝統もあるので、日本軍も指揮官の死傷率は高いという予想もあった。

(お互いに指揮官レベルが足りなくなると、泥仕合になるからな・・・・)

 戦術レベルの選択肢がなくなり、お互いの力と力をぶつける稚拙な戦闘となるのだ。

「・・・・いや、まさか、もうなっているのか・・・・」

 彼の背中に冷たい汗が流れる。
 本日の総攻撃。
 何かチャンスがあったのだろうか。
 南方は増援を得たが、敵の陣地に正面から突撃したに過ぎない。
 確かに戦車を先頭にした。しかし、迫撃砲で履帯が吹き飛ばされ、立ち往生している間に対戦車砲で撃ち抜かれたという。
 総攻撃で押し潰すほど、戦略的優位にも立っていないのに、芸の何もない総攻撃で撃退されただけだった。

(そして・・・・)

 北部戦線はもっとひどい。
 確かに増援を受けたが、攻め手を増やしたわけでもない。
 いたずらに突撃し、機銃掃射や迫撃砲を受けて怯み、どこからか出てきた敵の一団に横撃されて混乱。
 日本軍の銃剣突撃を受けて撤退した。

(だが、自分たちが苦しい時、敵もまた苦しいという)

 最後の銃剣突撃。
 普通に考えればいらない選択肢だったと思われる。
 銃剣突撃は最終手段であり、効果も大きいかもしれないが、犠牲も大きいのだ。
 冷たい汗の流量が増え、顔からも血の気が引いた気がする。

(うん、きっとそうだ、そうにちがいない、だって―――)

「司令官?」
「―――ハッ!? 大丈夫だ! ジャップの奴ら、今頃撤退しているかもしれんぞ!」

 冗談だったが、司令部の空気が少し軽くなる。
 アメリカ軍の司令官は、稚拙な戦闘指揮に気付きつつ、それが致命的ではないことを願うのみだった。



 だが、司令官の言うことは当たっていた。
 1942年7月16日深夜。
 日本軍は北方戦線の攻防点であったバイコロ南東部の高台から撤退し、バイコロに守備兵を集結させる。
 さらに南方戦線ではザナナから迫る2個連隊とイランガーナに上陸した2個連隊の間にあった散兵陣地から撤退。
 主力部隊をムンダ飛行場東方陣地に集結させた。
 もちろん、その跡地には多数の罠を仕掛けている。

 翌17日。
 米軍は撤退に気付かず、罠と同士討ちで少なからぬ損害を受けた。しかし、同地を占領し、両方面の目標である戦略的用地へ王手をかけたのである。
 この日本軍の撤退を受け、ニュージョージア島の戦いは第2段階が終了した。
 第1段階は米軍の上陸と橋頭堡の確保。
 第2段階は日本軍の主要防衛陣地前の前進陣地攻防戦だった。
 そして、いよいよ、両軍の決戦とも言える、主要陣地攻防戦である第3段階へと進もうとしている。
 それを前に、両軍は7月18日を使って、部隊の再編に臨んだ。
 この再編で、米軍は現地指揮官を第43師団長から第37師団長へ変更する。
 これは進捗しない攻略に業を煮やした、更迭だった。



 一方、日本軍もソロモン諸島を小型船舶や大発で移動した1個独立歩兵大隊がコロンバンガラ島に上陸。
 玉突きを起こすようにコロンバンガラを守備していた1個独立歩兵大隊がニュージョージア島に上陸した。
 同隊は北部にも南部にも移動せず、上陸地点に待機。
 同時に陸揚げされた武器弾薬はそれぞれの前線へと運ばれる。
 さらに夜間爆撃はしなかったが、数機の二式大艇が医療品を輸送し、わずかな重傷者を乗せて帰還した。



 両陸戦部隊が再編で静まりかえる中、周辺海域に戦雲が急速に垂れ込み始めていた。









第93話へ 赤鬼目次へ 
Homeへ