ニュージョージア島の戦い -2


 

 ニュージョージア島。
 ソロモン諸島・西部州における最大の島であり、ニュージョージア諸島の主要島だ。
 全長は約72kmであり、西部にはクラ湾をはさんでコロンパンガラ島が、東にはブングヌ島、南にはレンドバ島が位置する。また、東側の沿岸にはマロボ礁湖が形成されている。
 西部のムンダには日本軍の飛行場が建設されており、これが1943年6月時点の連合軍の奪取目標だった。

 日本軍はムンダを中心に西部に布陣しており、東部は連合軍が確保している。
 しかし、島は起伏が激しく、深いジャングルに覆われており、東部から西部へ陸路での移動は困難だった。
 故に連合軍は島西部への上陸作戦を実施する必要がある。
 これを支援し、ムンダへ圧力を加えるために6月30日に連合軍はレンドバ島へ上陸した。
 ここに砲兵陣地を構築し、ムンダへ砲撃するのである。

 上陸は成功したが、連合軍は日本海軍機の夜間爆撃に悩まされ、想定した効果は得られなかった。
 ムンダ飛行場は使用不可能にできているが、その周辺の日本軍陣地を破壊することはできていない。
 このため、連合軍は計画通り、やや離れた地点に上陸することにした。






ニュージョージア島の戦い -2

「―――すげぇ・・・・」

 アメリカ陸軍第43歩兵師団第169歩兵連隊に所属するリチャード・マーフィー1等兵は口の中で呟いた。

(あそこにいる奴は地獄に旅立っただろうな・・・・)

 1943年7月4日深夜、ニュージョージア島西部ザナナ。
 普段の夜は月や星の明かりが周囲を照らしていたであろう海岸。
 今日はそこを爆炎が彩っていた。

「しかし、戦艦だともっとすごいのかな?」

 頭上を通過する砲弾は駆逐艦の12.7cm砲弾だ。

「とーぜんだろ?」

 隣にいた兵が言う。

「戦艦の艦砲射撃を見たことがあるが、別格だ」
「まあ、生身の人間からしたら、駆逐艦の口径も重砲級だ」
「俺たちは畑のように耕された大地に降り立つわけだ」
「焼け焦げた金属で火傷しないように注意するくらいだろうぜ」

 マーフィーの言葉を皮切りに周囲の兵が話し出す。
 彼らがいるのは海岸線から少し離れた上陸短艇群の1隻だ。
 輸送船団自体はオネアビジー・エントランスに残り、上陸短艇だけがサセベル島とバラウル島の水道を通って、ザナナ沿岸の小島群に隠れている。
 艦砲射撃が終わり次第、彼らは今まさに地獄の業火に焼かれている海岸に上陸する予定だ。
 事前情報では日本軍の水際陣地は確認されていないが、迎撃を受ける可能性があるという。

(ま、その迎撃もこの砲撃で破綻しただろう)

「お?」

 改めて照明弾が打ち上げられた。
 砲撃終了と上陸開始の合図だ。

「よっしゃ、行くぜ!」

 艇長がそう叫び、第169歩兵連隊を載せた数十の上陸短艇が動き出す。

「いよいよか・・・・」

 必要な訓練は受けているが、マーフィーは初陣だ。
 講義では日本兵の残忍性を学んでいる。

(チビのくせに驚異的な身体能力と狂気を孕んだ悪魔のような兵士。情け容赦なくとどめを刺すことが肝要)

 「ニホントウ」というサーベルで、敵兵の首を跳ね飛ばす恐ろしい奴らだ。

(頼れるのはこの銃だな)

 後の世界でも名銃と歌われるM1 ガーランドを握り締め―――



―――轟音と共にその感触を失った。



「―――は?」

 一瞬にして視界が切り替わり、なぜかマーフィーは空を飛んでいた。
 眼下には爆発する複数の上陸短艇と、彼と同じく宙を舞う仲間。

(いったい・・・・・・・・?)

 「なにがあったのか」とその続きを思う前に、彼の意識は永遠に途絶した。




「―――おい、どうなっている!?」

 オネアビジー・エントランスに遊弋し、送り出した上陸短艇を見送っていた輸送船の船長―――ジョン・ウィリアムズ海軍少佐は眼前で発生した複数の爆発を見て叫んだ。
 そうこうしている内に爆発は増え、上陸短艇が燃えていく。
 海に投げ出された兵士は必死に岸へと泳いでいるのが確認された。

「・・・・・・・・・・・・機雷かもしれません」

 乗り込んでいた海軍士官がそう呟く。

「なんだと!?」

 海岸に砲火は確認できないため、迎撃部隊からの上陸阻止砲撃ではない。
 また、上陸短艇が進んでいる海域の水深は浅く、潜水艦とも思えない。
 となれば、事前に日本軍は機雷を設置していたとしか考えられないのだ。

「・・・・まさか・・・・」

 ウィリアムズは輸送船を指揮するために徴集された退役した海軍軍人であり、第一次世界大戦を経験している。
 ガリポリの戦いなどで敵前上陸の難しさ、敵の予想していないポイントでの上陸を知っている。
 今回も敵のいない地点を選ぶことで、安全に部隊を上陸させる計画だった。

「機雷があるとしたら、日本軍は我々の上陸ポイントを読んでいたということではないか?」
「・・・・いえ、そういうわけではないと思います」
「なぜそう思う?」

 この船に派遣された海軍士官――少尉――に聞く。

「読んでいたというのであれば水際陣地があるでしょうし、艦砲射撃の間、内陸で耐え忍んでいたとしても、上陸短艇に対する攻撃が陸上からないのはおかしいです」
「確かにな」

 上陸部隊は大混乱に陥っている。
 今、陸上から攻撃があれば撃退できるに違いない。

「機雷の数も少ないですから」

 爆発があったのは10数回だ。
 4,000名の兵員と物資を運ぶ上陸短艇の数は100を超える。
 本気で機雷原があるのであれば、もっと被雷しているはず。

「念のために設置していた機雷に、運悪く突っ込んでしまったというわけか・・・・」
「おそらく・・・・」

 なんと不運なことだろう。
 被雷数が全体から見れば少ないとはいえ、おそらく100人を超える死傷者が出ている。

「明日、本体の上陸前に掃海が必要だな」
「はい。それに今日上陸した部隊にはできうる限り、内陸まで進出してもらわなければなりませんね」

 今夜に上陸した4000名は橋頭保の確保と後続が安全に上陸するための露払いだ。
 このため、翌日には周辺へ威力偵察に出る予定だった。




「―――チクショウ! 奴らどこから―――ガフッ」
「ヒッ!?」

 7月5日午前10時。
 第172歩兵連隊がザナナへ上陸している中、第169歩兵連隊に所属する1個大隊はザナナ西北西に広がるジャングル内で不意遭遇戦を戦っていた。
 いや、戦うなどとおこがましい。
 一方的に翻弄されていた。

「ど、どうなっているんだ・・・・?」

 地面に這いつくばったトマス・アーノルド1等兵はたった今戦死した戦友の陰に隠れながら呟く。

「日本軍はいないんじゃなかったのか・・・・?」

 昨夜、待ち伏せ的な機雷でいくつかの上陸短艇が撃沈されたが、大半の人員と物資は無事に上陸した。
 その後、夜襲が得意な日本兵に備えたが、音沙汰もなく、戦略的奇襲に成功したと判断されている。
 このため、橋頭保の拡大とその橋頭保を見渡す高台――と言っても最高点は100m超――の占領を目指してアーノルドが属する大隊が派遣された。
 ジャングルをかき分ける必要があったので、中隊に分かれて異なる方面から侵攻。
 その侵攻も分隊規模に分かれて進軍する方式である。

 当初はジャングルに苦しみながらも緩やかな坂を上っていた一行だったが、360°全てがジャングルになった時に、部隊が展開している位置に迫撃砲砲弾が落下した。
 最初の一発で分隊長が戦死したアーノルドが属す分隊は続く猛射撃によって次々と隊員が倒れた。
 アーノルドたちも撃ち返すが、敵の姿が見てないのであまり手ごたえがない。
 そうこうしている内に別方向から銃撃を受けて最後の戦友が先程戦死したのだ。

(まだ撃っていやがる)

 銃声は小さくなったが、まだ周辺で戦闘が続いているらしい。だが、アーノルドたちと戦っていたと思われる部隊は沈黙していた。

(こちらを撃破したと考えたかな)

 その判断は間違いない。
 反撃できるとしたらアーノルドだけであり、すでにその意思は挫かれている。

(このまま隠れてやり過ごそう)

 熱帯の湿気は不快だが、死ぬよりはマシだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しばらくすると、銃声すらなくなった。

「・・・・生き残ったか」

 立ち上がり、空を木々の隙間から空を見上げる。
 そこには洋上の空母から出撃したと思われるF4Fが旋回していた。

(日本軍は位置が露呈するのが嫌で攻撃を止めたのかな・・・・)

 数m移動するのが大変なジャングルとは違い、空は自由だ。
 迫撃砲の発射点を見極めて機銃掃射ができるのだ。

(クソッ。聞いていたよりも戦い慣れているな、日本軍は)

 考えてみれば、日本軍は中国大陸で中国軍と交戦経験が長い。
 欧州のような数師団同士の大会戦の経験は少なくとも、遭遇戦と言った小規模戦闘には慣れているのだろう。

「はぁ、帰るか」

「―――そうだな、地獄に帰れ」

「ッ!?」

 咄嗟に銃を構えようとした両腕が斬り飛ばされた。
 くるくると回転しながら宙を舞う両腕を信じられない面持ちで見ていたアーノルドの視界が突然ズレる。

「―――っ」

 何かを発する喉を切り裂かれたアーノルドは薄れゆく中、理解できない日本語を聞いた。

「全て剥ぎ取れ。武器・弾薬・食糧を運び出すぞ」



 7月5日、ザナナ西北西に進出した大隊は一方的に翻弄されて死傷者500を数えた。
 衝撃的な数値だが、確認に出た部隊の報告では大半が同士討ちだったと。
 最初に命中した迫撃砲でパニックになった分隊が隣の分隊を攻撃。
 それに反撃し、銃声に過敏に反応した他の部隊へそれが伝播していったと見られる。
 姿の見えない相手に怯えた兵たちが味方と気付かずに引き金を引き続けた結果の悲劇だった。

 また、死者の中には100名を超える行方不明者がカウントされている。
 これはパニックで逃げ出し、ジャングル内で迷子になったと判断された。
 この行方不明者が死傷者の中で大きな割合を占めており、今後も問題となるであろうと認識されている。

 なお、一部の日本兵も確認されていたが、上陸部隊を海上へ押し返すほどではないと判断された。
 このため、7月5日の戦果としては全長1km、幅300mと言った狭い地域を橋頭保として確保したのである。
 この地域にアメリカ陸軍第43歩兵師団に所属する第169歩兵連隊および第172歩兵連が展開した。
 残りの連隊である第103歩兵連隊は戦況次第で移動する予定を立てている。

 また、島西部北岸のバンドコナ川北東岸域に海兵隊の1個襲撃連隊と陸軍の第37歩兵師団第148連隊2個大隊の計4600名が上陸した。
 こちらはほぼ邪魔されることなく上陸が完了する。しかし、バンドコナ川の先には日本軍が展開していることは確認されていた。




「―――撃退したか・・・・」
「ハッ。ほとんどは同士討ちだったようですが・・・・」
「よい。見事な戦果だ」

 1943年7月5日、ムンダ日本軍陣地。
 その守備隊司令部で佐々木少将は伝令の報告を受けて一息ついた。
 佐々木がいるのはムンダ飛行場を見下ろす高台であり、先程まで激戦が展開されていた東方戦線ではない。
 しかし、砲撃音の轟音は聞こえており、それに味方が勝利したことに安堵した。

(よく支えたな・・・・)

 日本軍はムンダに対する敵前上陸がない場合、連合軍はザナナに上陸するであろうことは読んでいた。
 しかし、水際陣地を作る余裕はなく、両方に上陸され場合を考えて、ムンダ北方・ザナナ西方の高台に陣地を構築している。
 そこは野戦砲や機関銃陣地、地雷原が広がり、それを木々が覆い隠していた。
 また、ザナナ西北西の高台には海上機動旅団に属する1個大隊が展開している。
 本日はここの部隊と接触した敵軍が自壊したのだ。

「参謀長、部隊配置はどう変える?」
「ハッ。斥候の見立てによれば―――」

 ザナナに上陸した兵力は7000~8000名。
 一方、バンドコナ川北西岸に上陸した兵力は4000~5000名。
 現時点の敵兵力はおおよそ1万強と言えた。

「島南岸に上陸した部隊はここ、ムンダの占領。北岸に上陸した部隊はバイロコの占領と思われます」
「ムンダは当然として、バイロコか」

 バイロコはコロンバンガラ島と繋がる補給路の要衝だ。

「当方の兵力展開は以下の通りです」

<ニュージョージア島南西部>
 ムンダ高台本陣地:司令部附、1個海上機動大隊、1個独立歩兵大隊(4000名)
 ムンダ飛行場北方:1個独立歩兵大隊(1100名)。
 ザナナ西北西陣地:1個海上機動大隊(1200名)。
 計6300名。

<ニュージョージア島北西部>
 バイロコ北東陣地:1個海上機動大隊(1200名)。
 バイロコ南西陣地:1個独立歩兵大隊(1100名)。
 両陣地隙間に分散:1個独立歩兵大隊(1100名)。
 計3500名。

<ニュージョージア島西部>
 ノロ港湾部守備:海軍特別陸戦隊、港湾運営部隊(1000名)。

「まあ、ノロはともかく、実戦部隊は約1万名なわけだ」

 つまり、現時点で戦力は互角だ。

「敵の戦車は?」
「まだ確認できていませんが、ほぼ確実にいるでしょう」

 正規の海上機動旅団であれば36輌の戦車が定数である。しかし、このニュージョージア島で戦車の運用は難しいため、これらの代わりに迫撃砲や速射砲、機関銃が余分に配備されていた。

「敵はどう動くと考えるか?」
「ザナナ西北西の高台を確保する前にこちらに来ることはないでしょう」
「だろうな」

 あの地点は敵橋頭保を撃ち据えるには最適の場所だ。
 ここを無視して、他に攻撃してくることはないだろう。しかし、艦砲射撃を実施しようにもジャングルが邪魔で弾着観測が難しかった。
 結局は歩兵が展開して、日本軍を追い出すまで戦いが続くだろう。

「増援を送るべきか・・・・」
「それも難しいですな・・・・」

 ジャングルは敵味方に牙を剥く。
 下手に展開する兵力が増えると困った事態になる。

「本陣との隙間に1個独立歩兵大隊を展開させ、陣地構築を急がせるか・・・・」

 ザナナ北西部は中世の城で言う出丸だ。
 死守対象ではないが、敵にできる限り出血を強いさせ、本城を助けるのである。

「まあ、奴ならそう簡単に不覚は取らないだろう」

 佐々木はそう呟き、ザナナ西北西の陣地を任せた部下を思い浮かべた。

「何せ、武隼の弟子だからな」



「望外だったな」

 ザナナ西北西陣地を預かる川上久真陸軍大尉は人事に運び込まれる武器・弾薬・食料を見て笑みを浮かべた。

「まるで火事場泥棒の気分ですが・・・・」

 参謀が苦笑いをするが、行い自体は非難しない。
 戦いで必要だと分かっているからだ。

「地形に沿って歩いてくるのであれば、絶対に通るというところに照準を合わせて迫撃砲を撃ち込むまでは分かりますが、その後にどうやって同士討ちをさせようなどと思いつくのですか」
「なあに、夜襲でも絶対に気を付けなければならない同士討ちを逆手に取るくらい、誰でも思いつくだろうに」

 「奴らは遠目から見ても緊張していたしな」と続けた川上に参謀はため息をつく。

「遠目でそれを見抜ける眼力には恐れ入りますよ」
「はっは、貴様も実戦経験を積めば分かるようになるさ」

 川上は中国戦線で上海事変を経験している。
 包囲された方ではなく、救援に赴いた方ではあるが、海軍特別陸戦隊が市街戦を生き抜いたことに感銘を受けていた。
 そこから戦術を独自研究し、戦車戦を研究していた武隼時賢と研究仲間という間柄だ。
 また、川上自身、鹿児島県出身であり、派閥にも入っていた。

「明日はもっと多勢で攻めてくると思いますが、本当に夜襲をしなくてよかったのですか?」
「夜襲で全滅できるならいいが、逆に損害を受けかねないからな」

 ガダルカナル島では夜襲で多くの損害を受けた。
 その消耗が効いて、敵が反攻に出た時に抵抗が微弱となってしまったのである。

「あと、今日の損害は同士討ちだ。米軍は俺たちがここに布陣していることはまだ知らないだろうよ」

 今日は陣地外縁部にも到達しない内に米軍が自壊したのだ。

「明日は陣地近くまで敵が来れば火点に誘導して十字砲火で殲滅だ」
「ハッ」

 参謀が敬礼したタイミングで、司令部テントの外から声がかかった。

「司令部より通信です」
「入れ」

 通信兵を招き入れると、彼は小さなメモを読み上げる。

「明日未明。海軍の爆撃機隊が敵橋頭保を攻撃する予定なので、灯火誘導されたし」
「海軍はまだ余裕があるのかな?」

 報告を受け、川上は首を傾げた。
 レンドバ島にも夜間爆撃を実施している。
 今日の日中にはおそらく航空基地攻撃を受けているであろうに。

「ま、じゃあ、明日の夜は夜襲だな」
「あれぇ!?」

 あっさりと意見を覆した川上に参謀が素っ頓狂な声を上げた。

「なんだよ、航空隊が橋頭保を爆撃している間に敵を襲えば、敵の混乱は必至だろう?」
「それは・・・・そうですが・・・・」

 「明日の戦闘で打撃を受けないとは考えないのか」という言外の質問に川上はニヤリと笑う。

「アメさんにはここのジャングルは手懐けられないさ」



 川上の言う通り、7月6日に米軍はザナナ西北西陣地を攻略できなかった。
 それ以前に陣地まで進撃することができずにいた。
 熱帯の気候で繁茂した植生に手を焼き、潜む日本兵を警戒するあまりに同士討ちがたびたび発生する。
 すぐに発砲音から味方と分かって停止する冷静さはあったので、7月5日ほどの損害は出なかった。しかし、日本軍は1発も銃弾を撃つことなく、第169歩兵連隊は100名ほどの死傷者を出させたのだ。
 まさに地の利は日本軍にあった。









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