ラエ・サラモアの戦い -1


 

 ニューギニア島ラエ。
 1920~1930年代のゴールドラッシュで誕生した貨物港であり、1937年にラバウルから移った植民地首都となっていた。
 因みに遷都の理由はラバウルの火山噴火だった。
 1943年6月の同地はニューギニア島に上陸した日本軍の重要拠点であり、ニューギニア方面最前線と言ってもいい立地である。
 ビスマルク海海戦で補給に失敗したが、その後の海軍の手厚い保護で第十八軍のニューギニア島進出が行われる。

 結果、ニューギニア島には軍直轄部隊の他に第二○師団、第四一師団、第五一師団が展開しており、それぞれがウェワク、マダン、ラエに司令部を置き、全軍合わせて約六万が展開していた。
 最前線であるラエ・サラモアには中野英光中将が率いる第五一師団の他に1943年4~5月に急派された3個独立歩兵大隊、1個独立戦車大隊(一式中戦車30輌)が配備されている。

 この戦力はブナに孤立して全滅した南海支隊よりも多く、何より常設師団だった。
 隷下には歩兵連隊3個(六六・一〇二・一一五)、捜索五一連隊、野砲兵第一四連隊、工兵第五一連隊、輜重兵第五一連隊が所属しており、全戦力が展開していた。
 砲兵など一部の装備を置いてこなければならなかった第二師団よりも強力だ。
 日本陸軍からすれば充足した正規部隊を守備につけており、その攻防戦に威信を賭けていたと言えた。






ラエ・サラモアの戦いscene

「―――さらに増援が来るのか。それは心強い」

 1943年6月21日、ニューギニア島サラモア。
 ここに日本軍第五一師団主力が前進していた。
 重要港であるラエを守るのは歩兵第一一五連隊の他、南海支隊の残存兵一〇〇〇に、海軍陸戦隊一〇〇〇の約五〇〇〇。
 師団司令部を置いたサラモアには第五一師団(1個歩兵連隊欠)の他に3個独立歩兵大隊、1個独立戦車大隊が集結しており、おおよそ二万が展開していた。

「どの程度来るのだ?」

 中野中将は連絡将校に尋ねる。
 第五一師団は連合軍の反撃が近いことを見越し、外郭陣地を形成するために5月より豪州軍第3師団が守る陣地を攻撃、これを占領していた。
 損害は軽微だったが、豪州軍の手強さをその目で見ている。
 味方は多いに越したことはない。

「機関銃中隊、迫撃砲中隊をそれぞれ5~10個を計画しています」
「それは心強いな」

 この攻勢作戦中も工兵隊が持つ重機群がサラモアの陣地を充実させたため、南方からの攻勢には絶大な防御力を発揮する見込みである。
 そこに機関銃や迫撃砲がさらに加われば、連合軍に対する大きな備えとなるだろう。

「ただし、連合軍の地上戦力による攻勢もまもなくと言うところと思われます」
「うむ」

 ソロモン方面ではまだ航空戦が続いているらしいが、ラエ・サラモア周辺への連合軍空襲が止んだのは6月20日だ。
 空襲によりラエ・サラモアの味方航空基地は壊滅しており、現在も再建の目途が立っていない。

「こちらの増援は空輸で行われます」
「空輸・・・・。海軍による水上機の輸送か」

 制海権を失っているが、制空権はまだ平等だ。
 昨日も海軍の二式大艇が不足しがちな医薬品や缶詰などを満載して飛来していた。
 第五一師団に所属する衛生隊はこの地に進出した時とほぼ同じ量の医薬品が揃ったと喜んでいる。

(すぐに使うことになるだろうが)

 南方戦線は軍が展開するだけで消耗する過酷な戦場だ。

「海軍軍令部第三部からの情報では、敵軍は豪州軍第3師団を主力に米軍の第41師団の1個歩兵連隊も加わる見込みです。兵力はおよそ2万5000~3万と見ています」

 連絡将校は手にしていた紙から視線を上げ、中野の目を見て言う。

「ただし、先の外郭部の戦いで1000名近い死傷者を出しているようです」
「ふむ。それでも数的不利であることは変わりないな」

 約一万の兵力差は小さくない。

「どれだけの防衛支援が得られるか・・・・」

 中野は小さく呟いた。

「連合軍の反攻が開始されるとさすがに海軍の補給も減るだろう?」
「それは・・・・そうですね」

 連絡将校は頷く。

「となると、マダンからの補給陸路がいつ完成するか、か」

 現在、マダンからラエへの補給路建設が続けられている。
 ここも日本陸軍の重機群が投入されており、開戦当初と比べれば作業進捗は早い。だが、完成までにまだ時間がかかる予定だった。

「海軍艦隊は?」
「ソロモン戦線でも敵の攻勢発動が間近であり、こちらの戦線に敵主力艦隊が出撃することを掴んでいるとのことです」
「ラバウルもそちらに向かざるを得ないか」

 中野は舌打ちした。

「マダン、ウェワクの戦闘機隊とホーランジアの爆撃機隊に期待するしかないか・・・・」

 日本陸軍は1942年の南方本格介入以来、これらの航空基地を拡充している。
 この地域だけでも戦闘機200機以上が展開しており、ポートモレスビーへの夜間爆撃にも参加していた。
 連合軍はラエの飛行場はラバウル空襲の通り道であるために積極的に行ったが、先の三地域にはほとんど空襲を行っていない。
 このため、これらの飛行場は数・質ともに拡充されていた。

(問題は洋上飛行ができる搭乗員の確保だったがな)

 中野は心の中で呟く。
 長らく大陸で戦っていた陸軍航空隊は何の目印もない海の上を飛ぶことを苦手としていた。
 苦手と言うより知識がないために不可能というのが正しい。

(それでも海軍航空隊の教官が出向することで解決したが)

 今では搭乗員養成の必須技能として教えられていた。
 また、数においても搭乗員大量養成の効果が出てきており、中国大陸で戦闘経験を積んだ搭乗員が南方に回されつつある。
 これらの戦力がニューギニア島に展開すれば500機も夢ではないと言われていた。

(これが実現すればラバウルの負担も減る)

 ラバウルの二正面作戦状態が解消されれば、南方戦線は安定するだろう。

「そのためにはここを奪われるわけにはいかんな」

 ラエ・サラモア地区は飛行場の適地が多い。
 ここが取られるとラバウルへの圧迫が強まるのだ。

「司令部やラバウルに伝えることはありますか?」

 まだ通信は途絶していないが、無暗に無線を飛ばして暗号を解読されるわけにはいかない。
 とはいえ、毎度毎度伝令を使っていては負担が増える。
 連絡将校は海軍の水上機を使っているので、文字通りひとっ飛びだ。

「では―――」

 中野は司令部の机に広げられた地図を示して言う。

「サラモア南方に広がる低高地にいくつも陣地を形成している。上空からは見えにくいように細工をしてな」

 基本的には地形の高低を利用した急拵えの陣地だ。
 これならばコンクリートや多大な土木量はいらない。
 要所要所には重機を始めとした土木量を投入したが、要塞というには心もとない陣地だ。

「ここに機関銃や迫撃砲を配置し、いくつもの火力集中地点を設定している」

 いわゆる、キルゾーンと言われる領域だ。

「戦車が通過できる場所も限られているため、ここを通過しようとする敵戦車を撃破するために速射砲が集中している」

 連合軍の主力戦車であるM4中戦車はまだ太平洋戦線に現れていないが、この戦線の主力と言えるM3中戦車は日本軍の貧弱な装備でも対抗できた。
 だが、今回もM3中戦車が主力かは分からないので、対戦車戦力はその地点に集中配備している。
 万が一、想定外の場所に現れた場合は戦車部隊が後方から現場に駆けつける手はずだった。

「問題は連合軍がサラモアを迂回する場合だ」

 連合軍のこの地区の目的地はラエだ。
 このためにサラモアは防波堤のように位置しているが、サラモアを攻撃せずともラエを落とせる。
 海上機動によりラエに敵前上陸する方法や内陸部を切り開くことでラエに達する方法、さらには空挺部隊による強襲も考えられた。

「サラモアで戦闘が始まった場合、ラエは後方基地となり、それほど戦力を残せない」
「ラエ防衛のために海軍や航空部隊による支援は必須。できればラエを守る陸上部隊の増援が必要、ということですね?」
「その通りだ」

 現状の戦力で戦えるところまで戦うつもりだが、戦い続けるには支援が必要だ。
 近代軍隊は無補給で戦うことができないのだ。

「必ず伝え、実現させます」

 敬礼して司令部を退出した連絡将校は、その夜に水上機に乗ってマダンを経由してラバウルへ帰還した。




 翌日の夜に連絡将校が言った通り、機関銃中隊や迫撃砲中隊の進出が始まる。そして、6月25日には予定されていた全部隊の輸送が終了した。
 また、同時にラエ・サラモア方面の船舶輸送中継地であったフォン半島・フィンシュハーフェンからは撤退した。
 ダンピール海峡の監視のために少数部隊は展開するが、守備兵力を置かず、少数部隊も危険が迫れば小型船舶を用いて脱出することが許可される。
 なお、この少数部隊の大半は海軍第三部の特殊部隊であり、高い戦闘能力と生存能力を有していた。
 フィンシュハーフェン撤退により、ラエ・サラモアを支える補給路は空路だけとなる。
 このため、第十八軍はマダン-ラエ間の陸路整備に集中した。
 ラエに空輸すると同時に輸送船団がマダンに到着し、重機や建設資材を運搬する。
 連合軍大空襲を耐え切った結果、ニューギニア島北方海域の制空権は拮抗しており、護衛戦闘機を付ければそうそう攻撃されることはなかった。




「―――来たか・・・・」

 1943年6月30日未明、サラモア。
 ここで中野は米軍上陸の報に接した。

(予定通りか?)

 連合軍による大空襲の戦果はいまいちと言えるだろうが、反攻作戦は予定通りのようだ。
 数日前に「米軍出港、サラモア方面へ向かう」という報告を受けており、部隊には臨戦態勢を取らせていた。
 このため、海上に連合軍船団を発見した歩兵第一〇二連隊第三大隊は速やかに撤退。
 同部隊が守備していたナッソー湾へ連合軍が上陸を始める。
 そこはサラモアから南方30kmの位置であり、連合軍は態勢を整えれば攻勢に出ることは明白だった。

「規模は?」
「連隊規模、とのことです」

 実際に上陸したのは米軍第41師団第162歩兵連隊だが、これは日本軍の歩兵連隊よりも強力だ。

「豪州軍も前進を開始しました」
「始まるな。全部隊には作戦通りに行動するように通達しろ」
「ハッ」

 中野の命令を受け、伝令兵が敬礼して駆け出した。

「本郷」

 中野は参謀長である本郷忠夫に声をかける。

「作戦としては、敵に出血を強い続けるので良いのだな?」
「はい。大規模な反撃は備え、粘り強く戦うことが肝要です」

 ガダルカナル島の戦いでは無理な攻撃で大損害を被り、せっかくの戦力がわずか数日で磨り潰された。

「もう一度前線の指揮官に伝えておくか」

 前線を指揮する青年将校が血気はやるあまりに突撃しかねない。
 現場の決心を重視するが、戦線自体を崩壊させる可能性があり、その辺りは手綱を引かなければならなかった。

「第十八軍司令部より通達」
「言え」
「『上空支援ハ任サレタシ』」
「ありがたい」

 ラバウルからは難しいが、ニューギニアにある陸軍航空基地から支援が来るのだ。

「ラウカヌ地区の第一〇二連隊第三大隊より後退許可要請が入りました。所定の弾薬は撃ち尽くしたとのこと」
「ならば長居は無用だ。後退を許可する」

 ラウカヌ地区の高所より撃ち込まれた砲弾は米軍の上陸地点に降り注いだはずだ。
 未明から早朝にかけて上陸したとはいえ、未だ物資は山積みだったであろう。
 そこに短時間だが集中的に砲弾を撃ち込むことで物資に損害を与えたのである。

(さすがにラウカヌ地区を防衛するほどの陣地構築は間に合わなかったからな)

 ジャングルという天然の防壁はあるものの、それは両軍に牙を剥く。
 こんなところで損耗していては長期戦は戦えない。
 さっさと退くに限るのだ。




「―――敵陣地より反撃なし」
「砲撃止め」

 「砲撃止め」と復唱が入る中、米駆逐艦の艦長は双眼鏡で敵陣地があると思われる箇所を見た。
 撃ち込まれた12.7cm弾の影響で小さな火災が上がっている。しかし、その中にいるのであろう日本兵の姿は見えない。

「弾薬が誘爆するような爆発は見えなかったな?」
「はい」

 砲術長が頷いた。

「また、砲撃があるかもしれん。砲戦態勢のまま待機」
「ハッ」

 ニューギニア島の駆逐艦がいるのはナッソー湾であり、6月30日の未明に米軍が上陸した箇所だ。
 上陸作業に問題はなかったが、日が昇ってからラウカヌ地区の半島から砲撃を受けた。
 迫撃砲と思われる砲弾が短期的に上陸ポイントに集中し、死傷者と物資の火災が発生。
 上陸部隊からの要請を受けて上陸船団の護衛をしていた駆逐艦が砲撃すると沈黙する。そして、駆逐艦も砲撃を止めると、先程と違う場所から迫撃砲が撃ち込まれ、その地点に再び駆逐艦が砲撃する、という流れが何度も発生していた。

(ジャップめ・・・・ッ)

 艦長の感覚で言えば、今回も空振りだ。
 日本軍は大した損害を受けておらず、また砲撃を再開するだろう。

「上陸部隊は部隊を編成して制圧にかかるようです」
「・・・・大丈夫か?」

 敵陣地はジャングルの中だ。
 陣地に辿り着けるのだろうか。

「結局は制圧しなければここを物資集積地としては使えませんから」
「・・・・確かにな」

 上陸地点が敵の砲火に曝され続けるわけにはいかない。

「さてさて、日本軍はどう出るかな・・・・」

 ニューギニア方面は連合軍の陸軍主導の戦いだ。そして、このサラモア攻略作戦の中心になるのはオーストラリア軍である。
 当面の米陸軍の投入は現在の第162連隊のみだ。



―――ならば、アメリカ海軍は何をしているのか。



「―――上陸地点に敵部隊は見えず、とのことです」
「よし」

 第162連隊がニューギニア島に上陸していた頃、ソロモン戦線のレンドバ島にもアメリカ軍は上陸作戦を展開していた。
 輸送船6隻、駆逐艦8隻を指揮するリッチモンド・ターナー海軍少将は満足げに頷く。
 彼は攻撃輸送艦「マッコリー」に座乗しており、上陸状況を双眼鏡で見ていた。

「ムンダの動きは?」
「ありません」

 レンドバ島の対岸に位置するニュージョージア島ムンダ。
 ここには日本軍の飛行場が建設されていたが、先の航空攻撃で無効化されたままだ。しかし、守備隊の活動は確認されており、ここを制圧するためにレンドバ島に砲撃拠点を作る必要がある。

(日本軍は危険性を理解しているはずだが・・・・)

 レーダーにも反応はなく、日本軍の航空攻撃もない。

―――ドンッ

「「―――っ!?」」

 レンドバ島から轟音が鳴り響いた。
 見れば上陸地点で黒煙が上がっている。
 近くにいた兵たちが慌てて逃げているが、さらに立て続けに轟音と黒煙が発生した。

「・・・・地雷です」
「の、ようだな」

 最初に地雷を踏み抜いたのは重機のようだ。そして、それに驚いた兵が次々と地雷にはまっている。

「艦砲射撃依頼が来ました」
「了解。駆逐艦に砲撃をさせろ」
「Yes Sir!」

 敬礼した兵が無線で駆逐艦に命令を出す中、島で再び爆発が起こった。

(タダでは渡さない、か・・・・)

 ガダルカナル島では攻勢ばかりだったが、今度は守勢に回った日本軍。
 その戦闘力はどの程度なのか。


―――ドォォォォォォンッ!!!!!


「・・・・は?」

 砲撃するために陸地に近寄った駆逐艦「ブキャナン」の艦前方に水柱が上がり、轟音が周囲を支配した。

「・・・・ッ!? 魚雷か!?」
「聴音に問題なし! 機雷かもしれません」

 「マッコリー」艦橋が騒がしくなる中、「ブキャナン」は艦前方を大きく海中に沈めて停止する。

(上陸を急ぎ、掃海をほとんどしなかったことが裏目に出たか・・・・)

 無理もない。
 レンドバ島は日本軍が使用しており、その物資輸送拠点となる海域に機雷網があるとは思わない。
 そんなことをすれば、日本軍は自分の輸送船すら沈めてしまいかねないのだ。

「・・・・まさか」

 ひとつの可能性に辿り着いたターナーは愕然とした表情でレンドバ島を見遣った。
 日本軍の反撃は地雷や機雷といった無人兵器ばかりだ。

「まさか、すでに日本軍は撤退済みであり、地雷や機雷で我々を待ち受けていたというのか・・・・?」



 その答えは「マッコリー」に機雷が衝突したことで得られた。



 レンドバ島上陸戦の結果、アメリカ軍は輸送艦一、駆逐艦一を喪失し、300名近い死傷者を出した。
 アメリカ軍はレンドバ島を完全制圧下に置くために内陸へ進出したが、地雷を始めとしたブービートラップで被害が続出したために諦める。そして、対ムンダ砲撃陣地のみを保持することにした。
 その判断が後々に自身を苦しめることになるが、それはまた先の話である。









第87話へ 赤鬼目次へ 
Homeへ