ルンガ沖航空戦
ルンガ沖航空戦。 忠実では1943年6月16日に日本海軍がガダルカナル島ルンガ岬付近で連合軍の輸送船団に対して行った航空戦である。 開戦後初めて「航空戦」という名称がつけられた戦いだったが、日本海軍は大損害を受けて敗北していた。 中部ソロモンへの攻勢を察知して、その輸送船団を狙ったものだったが、連合軍の分厚い航空防衛戦力に阻まれた形だ。 これは数か月前のガダルカナル島の戦いとほぼ同じ状況だった。 だが、この物語ではこの方面の空爆は夜間爆撃に限っており、昼間は基本的に防空に専念した。 このため、この物語で言うルンガ沖航空戦の大半は連合軍によるニュージョージア島攻撃に対する事前航空作戦に対応し、多くがラバウル上空や中部ソロモン上空だった。 ではなぜ、「ルンガ沖航空戦」と呼称するのか。 それは一連の航空戦の中で、日本海軍が最後の最後で反撃に出たからである。そして、忠実とは違い、目覚ましい戦果を挙げたものだった。 ルンガ沖航空戦scene 「―――思わしくないな」 1943年6月27日夜、ガダルカナル島近海。 ソロモン関連空域を担当するマーク・ミッチャー海軍少将は報告された資料に目を通して顔をしかめた。 「連日の空爆でもラバウルはおろかブーゲンビルも制圧できんか」 ソロモン方面の日本軍主要航空基地はラバウル航空要塞、ブーゲンビル島であり、前進基地(戦闘機専用含む)がさらに前線部分に配置されている。 「敵の戦闘機が多い。さらに新型が確認されているのも問題だが・・・・」 チラリと新型機の写真を見遣るミッチャー。 「こちらの攻撃不足も問題か・・・・」 すぐに自軍の被害情報に視線を戻した。 4月の日本軍航空攻勢で受けた被害の回復に手間取り、5月ではなく、6月から実施となったのだが、それでも計画に狂いが生じた。 6月空爆の計画ではガダルカナル島からだけでも毎日50機を出す予定だった。だが、日本軍の第二次ポートダーウィン空襲により、攻撃に参加するはずだった搭乗員の多くが死傷している。 アメリカ本土からの増援を受けたが、それでも数が足りず、結局20~30機での攻撃となった。 結果、迎撃する日本戦闘機とそれほど変わらない数となり、大きな損害を受ける部隊も出てしまう。 どちらも苦しめた航空消耗戦の結果、日本軍の前線基地であるムンダ飛行場などは使用不可能にし、ニュージョージア島近隣の制空権は米軍が握ったと言える。 「司令官、残念ながら限界です」 航空参謀のひとりがこれからの損害予想を記した報告書を持ってきた。 「これまでのキルレシオと敵戦力残存予想、それにこちらの損害蓄積予想と増援を組み込んでも、もう持ちません」 キルレシオとは撃墜対被撃墜比率のことだ。 今回は連合軍戦爆連合vs日本軍戦闘機の数値を元にしている。 残念ながら劣勢であり、それは攻める側である点を考慮しても変わらない。 日本軍は撃墜されても脱出したパイロットは救出される可能性が高い。 一方、連合軍は脱出しても未帰還となる。 「こちらの被撃墜および帰還後廃棄機体は出撃比率の25%に達しています」 100機で出撃した部隊が次に出撃できる機体が75機ということだ。 戦闘機も爆撃機も同様の損害比率であり、戦闘機隊が身を挺して爆撃機を守れているわけでもない。 「多少の余裕と後方からの補充で今まで戦っていましたが、限界です」 これまでの戦いでガダルカナル島を中心に出撃した延べ数は800機に及ぶ。 この内、撃墜されたり、全損したりして失われた機体が200機ということだ。 「作戦前の稼動機は?」 「約400機。攻撃中の増援は100機で、総数が500機でした」 「損耗率40%か・・・・。ひどいな」 「ええ、ひどいです」 陸上戦力は30%の損害を受けた段階で壊滅判定される。 それは兵力が残っていても指揮系統の混乱や部隊ごとの戦闘力に違いが生じ、統一指揮が困難になることも要因だ。 結局、これを解消するには後方に下がって、再編するしかない。 (航空隊も一緒だ) 編隊で戦う航空隊はペアを失った同士でペアを組ませることは可能だ。だが、その戦力は著しく低下する。 初対面に近い人間に背中を預けることができるのか。 戦い方の癖なども異なる人間が本来のパフォーマンスを発揮できるのか。 答えは否である。 (そうやって無理して出撃して、損害を増やすという負のスパイラルに陥りかねない) いや、すでに陥っているのだろう。 連日の疲労もあるが、ここ最近は損害の大きさが目立っていた。 「日本軍も同じ状況だと思うか?」 「日本軍の落下傘は多く確認されています。おそらくですが、搭乗員の消耗より機材の消耗の方が大きいでしょう」 日本軍基地は空爆を受けている。 十分な整備を受けられない戦闘機は飛び立つことができない。 それを補う十分な基地補修能力と補給能力は連合軍に劣っている日本軍も苦しいはずだ。 「戦果はどうだ?」 「ニュージョージア島のムンダ飛行場については破壊完了。ただし、偵察では重機と思われる車両も確認されており、修復されないように定期的に叩く必要があるでしょう」 「叩きすぎるなよ?」 ムンダ飛行場はこれから行われるソロモン攻略戦でアメリカ軍にとっても重要な価値を持つ基地だ。 「完全破壊ではなく、使用不可能にすることを重点に進めます」 「うむ。因みにこちらの航空攻撃で日本軍の前線への輸送は減っているな?」 「偵察では港湾に見られる船舶は減少傾向とのことです」 「よしよし」 日本海軍は駆逐艦でも輸送を実施している。 運べる量は微々たるものでも日本兵は驚くべき忍耐力で、戦闘力を維持するのだ。 連合軍の損害を減らすには日本軍に十分な補給をさせないことが大前提である。 「こちらは思ったよりも損害を受けたが、ニュージョージア島の制空権は得た。作戦発動を遅らせる必要はないだろう」 「ハッ。では攻勢中止を通達し、各部隊には上陸支援のための準備を命じます」 「頼む」 参謀の敬礼に答礼したミッチャーは退出する彼を見送り、視線を海に向けた。 「ハルゼー大将、ターナー少将、後は頼んだぞ」 戦力枯渇による事前航空攻撃の中止により、これからの戦いの主力は水上艦艇と航空母艦航空隊に委ねられる。 ミッチャーにできることは日本海軍基地航空隊よりも早く、自軍の航空隊を再建させることだけだった。 ―――だが、日本軍はそれを許さなかった。 「―――いったい奴らのどこにこんな力が・・・・」 1943年6月28日、ガダルカナル島ヘンダーソン飛行場。 ここの防空壕の中でミッチャーは呟いていた。 コンクリート窓の向こうに広がる海ではいくつかの輸送船が炎に包まれており、その上空では激しい航空戦が繰り広げられている。 さらには滑走路にいくつもの大穴が開き、エプロンに駐機されていた爆撃機が崩れ落ちていた。 「日本軍にこちらを攻撃されるとは・・・・ッ」 ミッチャーは血が滲むほど唇を噛む。 空襲警報は深夜だった。 こちらの攻勢中は鳴りを潜めていた夜間爆撃が再開されたのだ。だが、夜間爆撃の被害は微々たるものだ。 日本軍爆撃機の爆弾搭載量は少なく、バラまかれる爆弾は少ない。 一方、地上目標は動かないため、飛行場施設に落下する確率が高い。 これは一年近く続くガダルカナル島への爆撃に日本軍が慣れている証拠だ。 爆発に巻き込まれた施設や重機、航空機などの損害を受けた。 (その結果、夜明けからの上空警戒に穴が開いた・・・・ッ) 爆撃を受けたのは最前線のラッセル島も同じである。 ラッセル島もガダルカナル島も滑走路の穴を埋める作業や破片を集める作業に従事した結果、上空待機の戦闘機を出すタイミングが遅れた。 (日本軍はこれを待っていたのだ・・・・) 早朝に現れた日本海軍戦闘機隊はラッセル島とガダルカナル島上空を占有。 無理に地上攻撃に出ず、飛び立とうとする戦闘機を狙う。 そうこうしている内に日本海軍の昼間爆撃が始まった。 それも一式陸攻の水平爆撃だけでなく、九九式双発軽爆撃機の急降下爆撃も加わる。 急降下爆撃で対空陣地を破壊され、800kgと思われる大型爆弾が編隊水平爆撃で滑走路に叩き込まれた。 無駄のないピンポイントとも言える爆撃は阻止する戦闘機がいないために生まれた余裕からだ。 (完全に、こちらの攻め手を緩めたことを逆手に取られたッ) 日本軍は何かしらの方法で連合軍が攻撃を停止したことを知った。 それを受け、温存していた攻撃戦力を振り分けたのだ。 「だが、どのように温存していたというのだ・・・・」 制圧できていないとはいえ、地上施設に損害も出ている。 午前中だけでガダルカナル島に飛来した航空機は戦闘機60機、爆撃機40機に及ぶ。 ラッセル島と合わせれば、延べ数は180機に届く。 (如何にラバウルが航空要塞と言われていようと、ここまでの数があるとは思えない) 考えられるのは空母艦隊だが、飛来する爆撃機は空母から発艦不能な機体だ。 確実にラバウル近辺から飛来してきたものである。 「敵爆撃機、投弾を終えて帰還を開始しました」 「上空には少数の戦闘機がまだ残っていますので、注意をお願いします」 鉄ヘルメットをかぶって偵察に出ていた幕僚が戻ってきた。 「所感でいい。被害は?」 ミッチャーは幕僚たちをねぎらう言葉の後、すぐに状況報告を求める。 「敵の爆撃は飛行場関連に集中しており、ツラギ島や海域を航行していた輸送船に被害はありません」 視界に映る輸送船は陸上への荷揚げ中だった不運な輸送船だったということだ。 「攻撃目標を絞った故の攻撃密度だったか」 ミッチャーは息をついた。 ツラギ島周辺には反攻作戦に使用する戦車等の車両や重火器などが集積されている。また、それらを運ぶ専門の船舶も多い。 これらが無事であることは不幸中の幸いだ。 「飛行場の復旧見込みは?」 「奴らのデカい爆弾の結果、いくつも大穴が開いており、爆撃機は運用不能です」 「一方、周囲の小規模飛行場まではカバーできておらず、これらからは戦闘機が発進可能です。・・・・その余裕があれば、ですが」 ―――ダダダダダダッ 「「「―――ッ!?」」」 突然の轟音にビクリと肩を震わせるミッチャーたち。 すぐに腹に響く爆音が耳に届いた。 「・・・・隙を見て飛び立とうとしたF4Uが撃墜されました」 「クソッ、抜け目ないジャップめッ」 (真珠湾攻撃の時のハワイはこんな感じだったのだろうか) 1941年12月のハワイ・真珠湾攻撃。 日本軍は第一波と第二波の間に戦闘機のみ残して制空戦闘を継続した。 結果、奇襲効果が第二波まで拡大し、より損害を広げたのだ。 「奴らはまだやってくるぞ」 「しかし、確認されている爆撃機の数はこちらが想定する爆撃機の数に達しています」 「すでにこの攻撃が想定外だ。役に立たない想定は捨てたまえ」 異を唱えた幕僚にそう吐き捨て、従兵を呼ぶ。 「港湾部に接舷している輸送船に出港して空襲圏外に避難するように命じろ」 港湾部まで繋がっていた通信網はすでに寸断されている。 伝えるには戦闘機に見つからないように移動するしかなかった。 「敵がラバウルから攻撃している場合、帰路に2時間、再爆撃の往路に2時間で最短4時間後だ」 実際には機体チェック、再爆装も必要なので、5時間後と言えるだろう。 地上集積している物資は被害を受ける可能性はあるが、船が残っていれば運べる。 (これだけあれば船団を逃がすことは可能だ) ―――そんなミッチャーの希望をぶち壊す報告が入ったのは1時間後だった。 「―――長官、ルンガ岬沖を航行している駆逐艦がしきりに警報を発しています」 「何!?」 報告を受けたミッチャーは鉄ヘルメットをかぶって、注意深く防空壕の外に出た。 すると、かすかに警報が聞こえる。 「空襲警報・・・・」 駆逐艦に備えられたレーダーが航空編隊を捉えたのだろう。 上空に占有している日本軍戦闘機は代わりの機体が飛来しており、相変わらず隙が無い。 故に駆逐艦が捉えた航空機編隊は日本軍のもので間違いない。 「船舶避難状況は?」 「半数ほどが出港を始めたところです」 「最悪なタイミングだな!?」 港湾部に接舷していると身動きが取れずに破壊されるが、水深が浅い場所では浮上措置が取れる。だが、海に出てしまえば浮上措置が取れない深度に撃沈されかねない。 さらに出港したばかりで対空防御編隊も組めていないのだ。 (いったいどこから飛来してきたのだ・・・・ッ!?) 「西北西より敵編隊! 数・・・・約100!」 「駆逐艦、対空射撃開始!」 「まだ早いぞ!?」 ミッチャーは驚くも、無理はないと感じていた。 ここに集っている駆逐艦はいわゆる護衛駆逐艦であり、乗組員たちは予備役招集や即応応募に応じた海運関係者だ。 日本軍航空機編隊と真正面から戦うことを想定していない貧弱な装備と戦闘経験のない兵。 これで日本軍の大航空編隊を相手にするのだ。 (恐怖が先に立ち、手に持った武器を先に撃ちたくなる心理は分かる) 「敵はジーク40、ヴァル30、ケイト30」 双眼鏡を眺めていた偵察員の報告に、ミッチャーは唸り声を上げる。 「空母機だが、旧式か」 「小型空母が近海に進出しているのでしょうか」 「・・・・かもしれん」 ポートダーウィンを襲ったのが敵主力空母艦隊なのだとすれば、改造空母を集めた"第二航空機動艦隊"が残っている。 これらが援軍に出てきたのかもしれない。 (だが、これらの出撃は察知されていないぞ) 分からないことだらけだ。 だが、唯一分かることは、海上に迷い出た輸送船は奴らにとって好餌である事実と、それを逃がす日本海軍ではないということだけだった。 ルンガ沖航空戦。 この戦いで米軍は250機の航空機を喪失した。 これは作戦前と作戦中の増援を含め、50%に達する損耗率である。 最終日の空襲にて喪われた50機はほぼ地上喪失だったが、200機は攻勢作戦で失われ、未帰還機は150機を数えた。 さらにパイロットの死者・行方不明者は500名に上る。 6月20日に米軍はガダルカナル島周辺の空域を守ることすら覚束ないほどの損害を受けたのだ。 また、航空戦最終章を彩った日本海軍攻撃隊と米軍輸送船の死闘は悲惨を極めた。 飛来した戦爆連合は107機で、船舶攻撃力を持った爆撃機・攻撃機は63機である。 この内、対空射撃で3機を撃墜したものの60機が投爆・雷に成功。 命中率は4割近い23発に上り、至近弾は7発だった。 結果、護衛駆逐艦2隻、輸送船17隻が沈没、3隻が大破・座礁、12隻が何らかの損傷を追った。 命中の割に損害が大きいのは輸送船が独自の判断で逃げ回った結果、衝突や対空機銃の味方撃ちが発生したためだ。 一方、日本軍も戦闘機の損耗が激しく、掌握したガダルカナル島周辺の制空権の維持は不可能だった。 ただし、北部・中部ソロモンの制空権を確立したとも言え、来る連合軍反攻に備えて前線に戦力や物資を輸送する時間を稼いだのだ。 源田実side 「―――そうですか。はい、はい。これからもお願いします」 1943年6月21日、軍令部第三部執務室。 「ふぅ~、うまくいきましたよ」 そこで前線の報告を受けた嘉斗は客用のいすに座る源田に言った。 「情報とは恐ろしいな」 「ええ。ですが、そこに的確かつ迅速な判断と前線将士の奮闘がなければ、ここまでうまくいきませんでしたよ」 「違いない」 源田は出されていた茶を口に含んで唇を濡らし、嘉斗に言う。 「ここに俺が呼ばれているということは種明かしをしてくれるのか?」 「種明かしというわけではありませんが、そうですね」 嘉斗が源田とは机を挟んで向かいにある椅子に腰かけながら言った。 「第三部というよりその中の特務室第四課の功績です」 「組織図には載らない実働部隊、か・・・・」 源田は軍令部員であるため、当然その存在は知っている。だが、所属員が誰であるかは知らない。 ただ嘉斗がその一員であることは何となく察していた。 (ただの構成員というより主要幹部なんだろうけどな) 「第四課は陸軍の中野学校と対比される者たちで構成されており、この春から最前線配備が始まりました」 源田の想像通り、第四課の機密情報を口にする嘉斗。 それは幹部級構成員でなければ知らない情報だ。 「中野学校は敵後方や本国、第三国に浸透することを想定しているという噂だが?」 「第四課も同じですが、特に戦地にて直接情報を持ってくる者たちもいるのですよ」 嘉斗が背にする窓から西日が入り、嘉斗の顔に影を作り出す。 「現地部隊とは交わらず、独自行動をする部隊で、時々上級命令として、航空機や潜水艦を派遣してもらいます」 「ほう? それでよくやっていけるものだ」 部隊というのは後方支援部隊がいなければ戦力を維持できないのだ。 「まあ、ひとりひとりがエキスパートですからね」 嘉斗は茶を飲みながら言う。 ただ「何のエキスパートなのか」には触れなかった。 「今回、ガダルカナル島に進出していた第四課は米軍の状況や命令伝達まで全て調べ上げ、ラバウルにいる連絡員に伝えていました」 その連絡員がラバウル航空隊を動かし、ルンガ沖航空戦の勝利をもたらしたのだ。 「情報か・・・・」 「まあ、それを信じて、爆撃機隊をパラオに避難させ、好機が来ると呼び寄せて、叩き伏せる決断をした草鹿中将を称賛するべきです」 草鹿任一海軍中将。 第一航空機動艦隊の参謀長であった草鹿龍之介を兄に持つ。 ラバウルにあり、当該空域を担当する第十一航空艦隊を指揮し、今回のルンガ沖航空戦を戦った。 (最初に話が来た時は驚いた) 作戦を担当する源田も実際の戦闘経緯とその前の作戦準備は知っていた。 敵情報から大空襲を察知した第十一航空艦隊はラバウルに展開していた爆撃機隊を後方に退避させ、代わりに戦闘機部隊を大挙として前進させる。 そして、後方では基地航空隊だけでなく、訓練中の空母艦載機隊の一部も戦況を見守った。 連日の空襲に耐えながら連合軍に出血を強い、ついに連合軍が息切れした瞬間を狙い、後方から爆撃機隊が前進。 たった1日の空爆でガダルカナル島主要基地と前進基地を叩き潰した。 空母艦載機もブーゲンビル島から出撃し、対空砲火の弱い輸送船団を叩くという貴重な実戦経験を積んだ。 もちろん、これほどの作戦は草鹿一人ではできず、海軍航空隊全体による作戦である。だが、それの現場指揮を執った草鹿は称賛されるべきだろう。 「しかし、第四課は誇るべき戦果を挙げたと思うぞ?」 決断するためには正しく、質のいい情報が必要だ。 桶狭間の戦いで勝利した織田軍の第一勲功は今川義元が桶狭間にいることを知らせた者だという。 「いいえ、第四課が表に出るわけにはいきません」 嘉斗が首を振る。 「"我々"の存在は公然の秘密ですから」 ついに嘉斗は自分も第四課であることを告白した。 「・・・・・・・・なんだ? 俺はここで宮様に殺されるのか?」 思わず椅子から腰を浮かす。 体術や銃剣術ならばともかく、何でもありの総合戦闘力では源田は嘉斗に勝てない。 それでも思わず身構えなくてはならないほどの秘密情報の暴露だった。 「・・・・そんなことはしませんよ」 にっこりと笑みを浮かべられるが、冷汗は止まらない。 「ただ、実はこれから重要部署の参謀や指揮官になる人材です。そんな人材に我々の有効性を知ってもらおうと思っただけです」 「でも、秘密ですよ」と唇に人差し指を当てて、ウインクして見せた嘉斗に、源田は別の寒気を覚えた。 「止めぃ。うら若き乙女ならばともかく、大の男がそんなことをするな」 「・・・・ですね、冗談が過ぎました」 鳥肌が浮いた腕をさするふたりから、先程の空気が霧散する。 「とにかく、米軍の第一撃を切り抜けた、と言えるのか?」 「かろうじて、ですけどね。ここからが本番です」 「気が抜けないな」 源田は肩をすくめて椅子の背に深く体を預けた。 「ええ、ここから数か月、どれだけ連合軍に損害を与えられるかが勝負です」 「二戦線で?」 「ええ、ソロモンとニューギニア、二正面作戦ですね」 言ってげんなりしたのか、嘉斗が小さくため息をつく。 「戦線ひとつ、吹き飛ばす新兵器が開発されないものかぁ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 思わず天を仰いで言った、源田の何気ない一言。 それに嘉斗は唇を小さく動かすも、結局は何も言わなかった。 「まあ、ぜいたくを言っても仕方がない」 「・・・・はい。我々は我々にできることをやるだけです」 「できないことは上を動かしてさせてでも、な」 剛毅な笑みを浮かべた源田は立ち上がる。 「ちょっと第三艦隊に発破かけてくるわ」 「・・・・はい、お願いします」 机に置いていた軍帽をかぶって背を向けた源田は、最後まで嘉斗の浮かない表情に気づかなかった。 「―――戦線をひとつ吹き飛ばす新兵器・・・・」 誰もいなくなった執務室を小さく震わせる言葉。 「それを敵が開発中であることは、さすがに言えませんね・・・・」 嘉斗は背もたれに体を預け、天を仰ぐ。 「原子爆弾。これが完成する前に戦争を終わらせなくては・・・・」 どんな魔術よりも威力の大きい科学の申し子。 それが日本に向けられた場合、どれだけの悲劇が起きるか想像できない。 「でも、まずは前です」 ガダルカナル島の戦い以来、日本軍と連合軍が真正面から激突する戦いが始まろうとしていた。 |