ラエ・サラモアの戦い -2


 

 ラエ・サラモアの戦い。
 忠実では同地での戦いは半年以上に渡って激戦が展開された。
 R.E.S.T.の世界でも長い戦いが続けられている。
 本話の1943年9月1日時点で、戦線はサラモア周辺で膠着していた。
 だが、それは連合軍にとって望んだ状況でもある。
 連合軍の目的地はラエだった。
 サラモアが攻略目標であると誤認させ、ラエ守備隊をサラモアに引きつけるのだ。
 その試みは成功していた。しかし、その代償として払った損害は連合軍の想定を超えている。


 投入された戦力はオーストラリア陸軍第3師団(2個旅団、6個歩兵大隊)、アメリカ陸軍第41師団第162歩兵連隊の約2万。
 これが大損害を受けた。
 オーストラリア陸軍は第5師団(1個旅団、後に1個旅団を追加)を加え、第3師団の部隊を引き継ぐ形で増強する。
 アメリカ陸軍は第41師団を3回に分けて輸送しようとしたが、8月10日の第1回輸送時に日本海軍艦載機の攻撃を受けて輸送船団が壊滅。
 1943年3月のダンピールの悲劇(ビスマルク海海戦)をやり返された形となった。
 戦力増強に失敗し、サラモア攻略の主軸はオーストラリア陸軍の約4個旅団によって継続されている(内2個旅団は損害多数)。


 一方、日本陸軍は第五一師団(3個歩兵連隊基幹)および3個独立歩兵大隊、南海支隊の生き残り、さらに独立戦車大隊などが展開。
 また、戦力としては海軍陸戦隊1,000名も含まれる。
 合計約1万5,000名だった(第五一師団はダンピールの悲劇で戦力減)。
 尤も最初から全軍がサラモアに集まっていたわけではない。
 連合軍の攻勢を跳ね返す内に損害が増え、ラエを守備していた連隊が前進。
 さらに独立歩兵大隊も全て前線に投入されていた。
 このため、ラエを守るのは南海支隊と海軍陸戦隊のみとなる。
 この状況を打開するため、日本海軍の協力を得て、8月10日に3個独立歩兵大隊と補充兵を得ていた。
 また、マダンを守っていた第二〇師団が陸路(ラム渓谷を開削)で8月19日にラエに到着している。
 ラム渓谷の道は上空から徹底的に秘匿されており、連合軍は日本軍の増強は海からの小船団だけと判断していた。

 このような情勢下の中、連合軍は本戦役の転換点となる大作戦を発動しようとしていた。






ラエ・サラモアの戦い -2 scene
「―――は? もう一度言ってみろ!」

 1943年9月3日午後21時、ポートモレスビー。
 この地に置かれた南西太平洋方面連合軍司令部の総司令官・ダグラス・マッカーサー陸軍元帥はジョージ・ケニー空軍准将を睨みつけた。

「上空督戦はご遠慮ください」

 ケニーがマッカーサーに怯まずに同じ言葉を繰り返す。
 ケニーが同じことしか言えない無能ではないことを知っているマッカーサーは、これで冷静になった。

「ふぅ・・・・」

 パイプの煙草に火をつけ、一息つく。

「OK。まずは話を聞こう」

 椅子の背もたれに深く座ったマッカーサーに促され、ケニーは部屋の壁に張り出されたニューギニア島の地図を指さした。

「我々は8月17~18日にかけて、ウェワクに展開していた日本軍機を叩きに行きました」

 所謂、ウェワク爆撃である。
 この時期、日本軍はニューブリテン島ラバウルを航空要塞としていたが、ソロモン方面ではブーゲンビル島にも一大航空基地を築きつつあった。
 このため、連合軍の偵察機が索敵した結果、日本軍がラエよりも北西に日本軍が終結しているマダンの他、ウェワクで大規模な航空基地が確認される。
 ニュージョージア島の戦いの結果、連合軍はソロモン方面の飛行場が使えなくなっていた。
 このため、パイロットをニューギニア戦線に移動させ、一時的に戦力を増強している。
 この戦力を用い、ウェワクに集結していた日本軍機を叩いたのが8月17~18日だった。

「ラバウルよりは手薄と判断したのだったな」
「はい。確かに手薄は手薄でした」

 対空砲火の密度はラバウルより小さく、迎撃機は一式戦だった。
 ラバウルで確認されている新型機――紫電or紫電改――はいなかったのだ。
 結果、爆撃に成功して滑走路に大穴を開けた。

「日本軍の貧弱な土木力では復旧できないほどの爆撃を与えたはずでした」

 それと引き換えに攻撃隊の2割をウェワク上空で喪い、破損機を含めると3割を喪ったのだが。

「それが昨日の偵察爆撃では復活しています」
「何?」

 ウェワク爆撃にはB-17も出撃し、かなりの爆弾を降らせた。
 それがわずか2週間で復活するというのか。

「日本軍はかなりの重機群を輸送していたというのか」
「はい。また、木々に覆われていましたが、掩体壕なども整備していたのだと考えられます」

 ケニーはマッカーサーに偵察機が撮ってきた写真を渡す。

「むう・・・・」

 そこにははっきりとした滑走路と十数機の単発機が映っていた。

「天気予報からラバウル方面は悪天候、作戦空域は晴れの日を狙っていますが、この日はウェワク方面も晴れの予報です」
「ラバウルの航空隊は行動を阻害できるが、ウェワクの航空隊は活動可能か」
「はい。このため、明日からウェワク空襲を再度行う予定ですが・・・・」

 ケニーが顔をしかめる。

「どうした?」
「8月17日に実施した規模の空爆は不可能です」

 失った航空機は回復していない。
 また、ここ数日のラバウル空爆で多くの航空機を失っていた。

「作戦を中止し、航空機の回復を待っていては、日本軍はさらに強大になる可能性が高い」

 マッカーサーは大きく紫煙を吐き出し、強い口調で言う。

「やるならば明日からだ」
「はい。ですから元帥はここにいて、総指揮を執っていただきたいのです」
「・・・・・・・・私がやるべきことは督戦ではなく、臨機応変な後方指揮というのだな?」
「ハッ、その通りであります」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ケニーの言葉にマッカーサーは考え込んだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・OK。今回は君の進言を受け入れよう」
「ご理解いただきありがとうございます」



 ラエ・サラモアの戦いにおける連合軍の第二段階。
 この開始にマッカーサー元帥は忠実とは違って、上空督戦を諦めた。
 そして、その判断は正しかったと言えるだろう。



「―――ウワァッ・・・・・・・・ガボゴボッ」

 1943年9月4日深夜、ラエ東方40kmポポイ。
 ここにオーストラリア軍第9師団およびアメリカ軍第2工兵特殊旅団が上陸を開始した。
 駆逐艦数隻による1時間に及ぶ艦砲射撃の結果、上陸短艇を下ろして上陸を開始。
 先鋒を担った第2工兵特殊旅団(約7,000名)が橋頭堡を築く中、洋上で待機していたオーストラリア軍輸送船を魚雷が襲った。
 数本の水柱が照明弾で照らされた中に立ち上り、そのただ中にいた輸送船が爆炎を上げる。
 弾薬を積んだ輸送船が爆発したのか、衝撃波が周囲に放出され、上陸短艇に乗り込んでいたオーストラリア兵を暗い海の中に叩き込んだ。
 魚雷の命中本数は8本に至り、6隻が被雷。
 内、4隻が沈んで2隻が座礁する。
 言うまでもなく、ブアに展開した特殊潜航艇の戦果であったが、浅瀬から放たれたと思わなかった護衛艦艇は沖合の潜水艦を警戒した。
 このため、特殊潜航艇は全艇帰還に成功する。
 それでも連合軍は2万5,000名がポポイに上陸し、ラエ東方に新たな戦線を生み出した。



「―――降下ァッ!」

 1943年9月5日、ラエ西方ナサブ高原にアメリカ軍第503空挺連隊が空挺降下を開始。
 連日の連合軍による爆撃で破壊されていたラエ飛行場周辺に降り立った。
 上空を戦闘機が護衛する中、連隊は飛行場を制圧する。

「グアッ!?」

 しかし、飛行場自体は地雷等の罠が多く仕掛けられており、空挺のために軽装備であったアメリカ兵は多くの損害を出した。
 それでも空挺作戦自体は奇襲となったため、日本軍の反撃はほとんどなく、飛行場を制圧。
 連合軍はラエを東西から挟み込む態勢を構築する。
 アメリカ軍はラエ飛行場を使用可能状態に持って行くが、空挺後から始まった悪天候のために増援が来なかった。
 一方で、オーストラリア軍第9師団によるラエ東方からの攻撃への対処に手一杯の日本軍も飛行場奪還に動けない。
 そうこうしている内に天候が回復。
 9月11日よりオーストラリア軍第7師団第25旅団が空輸で運ばれ出した。
 増強された連合軍は西方からもラエを圧迫し出したのだ。


 一方、日本軍もやられっぱなしではなかった。
 連合軍の予想に反して、ラエは増強されており、第二〇師団が防衛の中心を担う。
 師団司令部を含む主力がラエ東方に対峙し、構築していた陣地で迎え撃った。
 さらにラエ西方の丘陵部に構築していた陣地には1個歩兵連隊と1個独立歩兵大隊が守る。
 包囲されつつもそれぞれに対応したラエはさながら籠城戦に出た。
 そして、籠城戦を戦う場合、後詰――増援が必要だ。
 その増援を担う部隊――第四一師団がマダンを出発し、陸路でラエへと向かう。
 ラム渓谷に密かに建設していた自動車道を駆け抜け、途中からは徒歩となるが、それでも連合軍が思いも寄らぬ戦力でラエ防衛に出たのである。




「―――撃て!」

 1943年9月11日、ラエ東方のタリ(Tali)-アポ(Apo)。
 ここを流れるバソ川を挟んで、日本軍と連合軍が激戦を展開していた。
 日本軍は高台に砲兵部隊を展開させ、アポに対して砲撃している。
 一方、輸送船を撃沈されたことで砲兵部隊が欠けている連合軍は、とにかく川を渡ろうと米軍第2工兵特殊旅団を中心に突撃していた。
 そこにいくつもの機関銃陣地から弾丸が集中。
 ズタズタにされた連合軍兵士から流れ出た血がバソ川を赤く染めている。

「大盤振る舞いだな」

 第二〇師団長・片桐茂陸軍中将は、前線を双眼鏡で視察しながら言った。
 師団司令部は高台の中腹に設置されており、その頭上を野砲兵第二六連隊が装備する九五式野砲が75mm砲弾を吐き出している。

「改造三八式野砲よりも命数が延び、さらに海軍の輸送船によって、ラエには砲弾が多数ありましたからな」

 片桐の言葉に反応したのは、隣に立っていた参謀長・中井増太郎陸軍少将だ。

「川を渡られて、接近戦になると、砲撃はできないからな」
「はい。それに敵さんは砲兵部隊がいないようですから」
「うむ。今のうちに削れるだけ削りたい」

 偵察の結果、上陸した連合軍は1個師団と1個旅団規模と見られていた。
 戦力は2万を下回ることはないと第二〇師団司令部は判断している。
 第二〇師団は朝鮮で編制された常設師団だが、まだ3個連隊制へ移行していない。
 このため、麾下には第三九歩兵旅団、第四〇歩兵旅団の計4個連隊、1個砲兵連隊、1個工兵連隊がいた。
 兵力にすれば2万5,000名にも及ぶ大軍だ。
 とはいえ、ラエ西方にも部隊を派遣しており、東方で連合軍と戦うのは全軍ではない。
 兵力がものを言う白兵戦に入る前に削りたいのだ。

「幸い、西方への攻撃は低調だからこちらに集中できるな」

 空挺後の数日は、西方陣地への攻撃は限定的だった。
 空挺部隊は軽装だからなのと、悪天候による空輸の低調さが原因と見られている。
 司令部の中には逆に攻撃に出て駆逐する提案も出たが、空挺部隊も連隊規模と見られるため、断念していた。
 西方陣地から攻勢に出られるのは1個独立歩兵大隊だけであり、逆に損害を受ける可能性があったのだ。
 その代わり、選抜部隊による夜襲などで地味に損害を与えている。

「それも時間の問題だな」

 ここ数日、ラエ飛行場に着陸する輸送機の数が増えていた。
 ウェワクに展開する陸軍航空隊が空襲しようとしているが、ウェワクやマダンに配備された航空隊は続く空襲に対抗するので精一杯だ。
 また、ラバウルにいる海軍航空隊は再建中であり、さらにニューブリテン島の他の場所に飛行場を建設中だった。
 つまり、ラエ西方の敵増援を阻むことは難しい。

「第四一師団に任せるしかないな」

 マダンから向かっている第四一師団は、元々は中国戦線の治安維持部隊だった。
 しかし、汪兆銘が率いる中国軍が増強され、これを治安維持に用いるようになっている。
 このため、これらの治安維持部隊は次々と実戦部隊へと編制替えされていた。
 第四一師団も再編のために中国戦線から撤退。
 日本で再編成後に蘭印で訓練し、1943年2月より南方戦線に再配置されている。
 先のラエ一斉補給と同時にマダンに全部隊が到着していた。そして、ラエが攻撃されると、第一八軍は第四一師団の投入を決定。
 第四一師団は第二〇師団が通ってきた道を進んでいるはずだ。
 その進路上にラエ飛行場がある。
 連合軍からすれば背後から襲われることを意味した。

「そうですね。西方の敵軍がこちらに襲いかかっている分、背後は気にしていない」
「ああ、奇襲となるはずだ」

 日本軍の砲弾が敵車両を叩いたのか、大きな爆発音が轟く。
 それを合図に、連合軍は撤退を始めた。

「日没1時間前です。正確ですね」

 サラモアの戦いでも日本軍の夜襲で痛い目に遭っている連合軍は、夜襲に備えるために日没前に撤退する。そして、夜襲を事前に察知するために鳴子や集音器を周囲に設置するのだ。

「本日は夜襲を予定していたか?」
「予定していません」

 片桐の問いに中井は短く答えた。

「ただし、ブアにいる海軍から小部隊での夜襲を計画している旨が届いています」
「海軍が? 艦艇での艦砲射撃か?」

 ならば逆にその混乱に乗じて大規模夜襲を計画するべきではないかと片桐は考える。

「いえ、小部隊とは陸上部隊とのことです」
「陸上? 海軍特別陸戦隊に夜襲はできないだろう」

 敢闘精神は高いが、夜襲と言った高度な陸上戦術を訓練するわけがない。

「そうなのですが・・・・。とりあえず、特別な訓練を受けた小部隊による夜襲を行うので、同士討を避けるためにこちらの夜襲は取りやめてほしい、と」
「・・・・そうか。まあ、夜襲効果として敵の睡眠を妨げられれば何でもいい」

 片桐はそう言って、海軍による小規模夜襲を意識から外した。




「おい、いったい海軍は何をしたんだ?」

 片桐は東方で激しく燃え上がる炎を見ながら呟いた。
 突如鳴り響いた爆音は、その後も数度鳴り響き、闇夜を赤く染める。
 それは連合軍の陣地がある地点と見られ、海軍の夜襲であることは事前情報から明白だ。

「弾薬庫でも破壊しましたか・・・・」

 中井も起きてきて、片桐の傍に立つ。そして、双眼鏡で炎の発生源を探った。

「炎が上がっているのは前線ではなく、後方ですね」
「となると、海軍が展開するというブアから来たのか」

 その行軍方法が陸路なのか、海路なのかは不明だ。
 だが、連合軍は背後から奇襲され、大いに混乱していると言える。

「・・・・攻撃されますか?」

 後方の混乱で、前線に動揺が走っている可能性がある。
 ここで攻勢に出れば、連合軍の前線も崩れるかもしれない。

「・・・・いや、止めよう」

 片桐は首を振った。

「我々が高台にいるから火の手が見えるのだ。敵軍は後方で何かが起きていることは分かっているだろうが、その程度は分かっていない」

 後方が崩れているという確証がなければ、そう簡単に前線は崩れない。
 また、夜襲だと分かっているのであれば、前線も防備を固めているだろう。

「だから、我々は夜襲とは言え、強襲状態で敵陣へ突撃することになる」

 それは悲惨な結果となったガダルカナル島の戦いと同じとなる。
 補給や増援がそう簡単に見込めない以上、戦力の低下は回避するべきだった。

「承知いたしました。各部隊にも逸らないように厳命しておきます」
「頼んだ」

 中井は各部隊に伝達する。
 実際に夜襲の準備に移ろうとしていた中隊もあり、これらを待機させた。
 この中隊は独断専行をしようとしたわけではなく、命令があった場合に即応できるようにという判断であったが、それでも全兵が起床している。
 しかし、出撃準備を止めさせた結果、将兵たちはゆっくり休むことができた。

(こちらが夜襲をしないでいいのはいいなぁ)

 片桐は心の中で呟く。
 昼に猛攻を抑えた後、夜襲部隊を編成して夜に攻撃。
 これだと相手も休めないが、こちらも休めない。

(海軍には明日以降も頑張ってもらいたい)

 そう思いながら、片桐は祈るようにそっと手を合わせた。



 片桐の願いが届いたのか、海軍の小規模陸上部隊による夜襲は連日続く。
 その結果、9月13日以降には連合軍の攻勢に陰りが明らかに見えてきた。
 川を渡る必要があったので、米軍の工兵特殊旅団が出ていたが、途中から豪軍第9師団も加わる。
 それでも疲労と砲弾不足で攻めあぐね、バソ川だけでなく、河口にも多くの遺体が広がる大損害を出した。
 連日の夜襲による物資損耗だけでない。
 日本海軍は連合軍将校の暗殺も企図し、いくつかは成功していた。
 これらが積み重なり、継戦能力が限界に達しつつある。


 それでもラエを攻めるのは東方からだけではない。
 天候が回復したことで、豪軍第7師団第25旅団が空輸された西方で、連合軍は戦力を整えつつあった。
 また、ワウより陸路にて進んでいた同師団第21旅団がマークハム川南岸に到着しつつある。
 つまり、西方から2個旅団が迫っているということだった。
 これが西方より攻勢を開始した場合、防御する1個歩兵連隊+1個独立歩兵大隊ではかなり厳しい戦いになる。
 戦況打開のためには増援が必要だ。




「―――今、どのくらいだ?」

 1943年9月14日。
 大日本帝国陸軍第四一師団長・真野五郎陸軍中将が参謀長・伊藤章陸軍大佐に訊いた。

「ハッ、Maningという地点のようです。ラエ飛行場までおおよそ60kmと言ったところでしょうか」

 因みに彼らが発したマダンからは200km近く離れている。
 これは直線距離ではなく、行軍距離だ。
 9月7日に先遣隊がマダンを発してから1週間で200kmを進んだことになる。
 これはこの戦線では驚異的なスピードだった。
 それも日本陸軍が半年をかけて建設した車用道路のおかげである。
 木々の合間を抜け、時には木を植えるなりして欺瞞した道は蛇行が多いのが難点だが、将兵の移動を安全にしていた。
 連合軍の航空機が上空を通ることもあるが、車両の排気煙をスコールがかき消す。
 結果、ほとんど空襲を受けることなく進出していた。

「確かManingだと車用道路の先端部分に近いな」
「その通りです」

 伊藤が東方――ラエの方角を見遣る。
 忠実よりもずっとマシとは言え、貧弱な土木装備ではマダンーラエ間の開通はできなかった。

「つまり、この辺りから徒歩か」
「一応、九四式自動貸車も随伴が可能です」
「いや、貴重な車両だ。これらはマダンからここまでの輸送に従事してもらおう」

 第四一師団がラエに到達すればそれで戦闘が終わるわけではない。
 後方の補給路の確保という意味でも、この地点に有力な部隊を残す予定だ。
 物資集積点とするならば、その集積する物資を後方から運んできてもらう方が効果的である。

「ここからは基本的にソダで行こう」

 ソダ、とは九八式装甲運搬車のことだ。
 最前線での弾薬輸送用の車両であり、1tの積載量を持つ。
 人馬よりマシとは言え、行軍速度が落ちることは間違いなかった。

(片桐、辛いだろうが耐えてくれよ)

 真野は陸軍士官学校の1期下の後輩を思い、目を閉じる。そして、次に目を開けた時に伊藤に命じた。

「行くぞ、一分一秒が惜しい」
「ハッ!」









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