ケ号作戦 -2


 

 米海軍空母艦隊。
 日本海軍第二艦隊が探し求める米艦隊10隻は、輸送船団の東方をゆっくりと西進していた。
 その陣容は以下の通りだ。
 航空母艦「エセックス」、「インディペンデンス」。
 重巡洋艦「ウィチタ」。
 軽巡洋艦「コロンビア」、「モントピリア」。
 駆逐艦「コンウェイ」、「シュバリア」、「エドワーズ」、「ラ・ヴァレット」、「フレーザー」、「ミード」。
 元々所属していた軽巡「クリーブランド」、駆逐艦「テイラー」、「ウォーラー」は輸送船団と共にいる。
 上空に戦闘機を上げてはいるが、「自分たちは後方に位置している」という意識はあった。
 また、兵の意識は海面下、つまりは潜水艦に向いている。
 大西洋でUボートに痛い目を見た米兵からすれば当然と言えた。






ケ号作戦 -2

(―――この辺りに敵空母がいるってことだな)

 二式艦上偵察機の操縦桿を握る加藤健太少尉は時折眼下の海を見下ろしていた。

「片桐、見逃すなよ!」

 ただずっと見ているわけにはいかないので、後部座席の片桐修二二飛曹に呼びかける。

「わかってますって、少尉。この視界です。見逃すことなんてありえません」

 片桐が言う通り、眼下には雲ひとつない。
 それは加藤機がいる高度4,000mでも同じだった。

「少尉こそ、敵戦闘機には気を付けてくださいよ」
「分かってる。敵さんも電探を持っているんだ。貴様が見つける前に敵さんはこちらを見つけているさ」
「ですね~。ああ、早く偵察機にも電探つかないかな」
「そうなるとお前の作業が増えるぞ?」

 二式艦偵は複座機であり、後部座席の片桐は航法・電信・偵察・後部機銃といくつもの作業をこなさなければならない。

「うげ、それは嫌っすね」

 片桐が顔をしかめた。
 ただでさえ目は忙しなく眼下を警戒し、手は無線機をいじり、時折航法を確認している。
 それに電探操作が加われば、手が三つあっても足りない。

「何でも本土では新型偵察機の研究開発が始まっているらしいけどな」
「ホントっすか? それが三座だったら楽なんすけど」
「この機体みたいに元が艦爆じゃないなら、三座だろ」
「なら文句ないっす」

 片桐がそう言った後、すぐに右側窓に張り付くようにして下を見た。

「二時方向に航跡! 多い!」
「ああ、俺も確認した!」

 加藤は操縦桿を倒し、加速しながら方向転換する。そして、すぐに機体を横滑りさせた。

「チッ、グラマン2機」
「後部機銃、出すっす!」

 12.7mm機銃を突き出し、背後に付こうとするF4Fに向ける。

「まだ撃つな、よ!」

 加藤が操縦桿を倒すと機体が上昇を始めた。
 F4Fの2機もすぐにそれに追随し、上昇しようとする。

「撃て」
「・・・・ッ」

 二式艦偵とF4Fが直線となったその瞬間、片桐が発砲した。
 対してF4Fは上昇姿勢でまだ機首が加藤機に向いていない。
 結果、12.7mm機銃弾はF4Fのコックピットを貫き、パイロットを傷つけた。

「よし!」

 ガクリと一度上げかけた機首を落とし、そのまま落ちていくF4Fの1機を尻目に加藤は再び艦隊に機首を向ける。
 敵戦闘機はもう1機残っているが、落ちる1番機を回避したことで姿勢を崩しており、すぐに加藤機を追撃できなかった。

「片桐、大型空母を含む敵艦隊発見の第一報」
「はい!」

 草鞋をひっくり返した艦形は見間違えようもない空母だ。

「あれは・・・・新型か?」

 大きい空母も小さい空母も見たことがない形だ。

(事前情報にあったエセックス級とインディペンデンス級か・・・・)

「片桐、写真機は積んでいたか?」
「・・・・いえ、積んでません」
「そうか、仕方ないな」

(新型空母識別の参考になると思ったんだが・・・・)

 周辺に高射砲の弾幕が広がり出した。
 そう簡単に当たらないだろうが、照準が嫌に正確な気がする。

(長居は無用、と・・・・ッ)

「片桐、大型空母一、小型空母一、戦艦なしと、第二報を送れ!」
「了解!」
 加藤はそのまま敵艦隊上空を最大戦速で突き抜けた。
 そうすると迫っていたF4Fは味方の弾幕に突っ込めずに迂回する。
 故に加藤機の追撃ができなくなるという寸法だった。

―――ガガンッ

「「オオッ!?」」

 機体下部から突き上げるような衝撃が抜ける。

(発動機の回転数は異常なし、燃料計も異常なし)

「片桐、異常は?」
「・・・・右翼に大穴が開いている以外になしです」
「大穴?」

 振り返れば、確かに大穴が開いている。だが、基部までダメージが伝わっていないのか、加藤の感覚では全く問題なかった。

(さすがは急降下爆撃機として設計された機体、か・・・・)

 加藤は二式艦偵の防御力に舌を巻きながら、快調なエンジンを回して一気に艦隊から離脱する。
 その機体から第3報として、以下の通信が空を舞った。


『米空母艦隊規模は大型空母一、小型空母一、巡洋艦一、駆逐艦四』


 この艦隊の位置は輸送船団の北東に位置しており、第二艦隊との距離は約550km。
 何とか攻撃隊の作戦行動半径内だった。
 これを受け、第二艦隊は待機させていた攻撃隊を発進し、針路を敵空母艦隊に向ける。
 また、第二艦隊が敵空母艦隊を相手にすることから、ラバウルの基地航空隊は敵輸送船団に向け、第二次攻撃を決心した。
 距離も縮まったこともあり、増槽を付けた零戦も護衛に出す。
 これで万が一敵戦闘機が張り付いていたとしても、午前中のような大損害は出さないはず。
 今回の主目標は敵輸送船であり、敵戦闘機がいなかった場合、零戦は護衛艦艇の対空砲を制圧する。
 これで敵船団にダメージを与えることができるだろう。
 問題は、敵新型空母との戦いだった。




「―――敵空母発見、か・・・・」
「無事撃退してくれるでしょうか・・・・」

 1943年1月30日ソロモン諸島洋上、重巡「鳥海」艦上。
 ここにガダルカナル島へ突入する艦隊が集結していた。
 現地艦隊である第八艦隊麾下と増援を含む20隻にも及ぶ駆逐艦である。
 本来は魚雷を敵艦に叩きつける彼女たちだが、今回はそれを下して多数の上陸艇を積載していた。

「大丈夫だろう。空母の隻数ならば勝っている」

 副官の懸念に第八艦隊司令長官・三川軍一海軍中将が答える。

(第二艦隊にあの大型空母を編入させた連合艦隊司令部は冴え渡っているな)

 敵は大型一、小型一。
 対する日本海軍は大型二、中型二だ。
 搭載する航空機は倍以上違うだろう。

「だが、艦隊の針路を変える関係で、敵基地への艦砲射撃は望み薄だろうな」

 そうなればヘンダーソン基地の飛行場を制圧できないため、航空機による妨害が想定される。
 日本軍も空爆を続けているが、ほぼ確実に迎撃機が上がってきていた。
 このため、敵航空戦力は一定以上残っている。

「作戦よりも厳しくなりそうだ」
「ですが、我々はやるだけです」
「そうだな」

 第八艦隊に課せられた任務は一万人以上の同胞を救出すること。
 5か月に及ぶガダルカナル戦役を終了させること。

(頼むぞ、橋本、木村)

 三川の視線は撤退戦を指揮するふたりの少将へ向かう。
 実際には見えないので、彼らが座乗する駆逐艦にだが。

「敵艦隊攻撃隊より入電中!」

 その時、彼らの未来を左右する重大な報告が入ってきた。




「―――ひゃっはぁーッ!!!」
「やったったでーッ!!!」

 ガダルカナル島東方の洋上に歓喜の声が上がった。
 だがすぐに彼らはコックピットと言う閉鎖空間で反響した自身の声に顔をしかめる。

「ぐ、ぐぉぉぉ・・・・。―――おい、池田。報告しろ」
「りょ、了解・・・・」

 先の第三次ソロモン海戦で初陣を飾った彼らが歓喜する光景が広がっていた。
 後部座席の池田二飛曹が無線キーを叩き、その光景の報告文を送り出す。


『敵空母艦隊攻撃、大型空母に爆弾一、小型空母に爆弾二、魚雷三命中』


 ここで一報告として送り、第二報の準備にかかる。
 周囲に護衛として残った零戦はいるが、対空砲火もまばらで敵機の姿はない。
 落ち着いて無線機を操作した。


『小型空母は洋上停止、傾斜して炎上中、撃沈確実と認む』


 この報が空を駆け巡っている時、件の艦隊ではギッフェン海軍少将が憎々しげに空を見上げていた。

(ジャップがこれほどとは・・・・)

 視線で敵機を落とせたらと思うが、落とすべき敵機はすでに上空を去っている。

(艦隊保全が裏目に出たか・・・・)

 ギッフェンはガダルカナル島に近づくと艦隊を空母艦隊と輸送船団に分けた。
 足が長い日本海軍双発攻撃機の行動半径外に空母を置き、輸送船団を護衛しようと考えたのだ。
 事実、今朝に行われた船団攻撃では護衛の戦闘機が敵機を多数撃墜していた。
 一方で、夜襲を受けて動きが鈍っていた重巡「シカゴ」が撃沈されている。

「司令、敵機の編成から考えるに、攻撃隊は敵空母部隊です」
「それは分かっている」

(如何に日本海軍機の航続距離が長かろうと、陸上基地からここまで単発機が飛んでこられるはずがない)

 実際には飛べるが、片道切符となる。

「被害は?」
「『エセックス』の甲板中央に爆弾1発命中。甲板や格納庫内で火災が発生していますが、航行に支障ありません」

 今の速度低下は消火のためであり、火が消えれば艦隊行動は可能だった。

「一方、『インディペンデンス』は爆弾2、魚雷3発を受け、火災・傾斜のために航行不能です」
「はっきり言ったらどうかね?」
「・・・・鎮火および復原の可能性低し。敵の第二攻撃を考慮すると放棄するしかないかと」
「・・・・そうか」

 予想していたこととはいえ、ギッフェンは肩を落とす。
 第18任務部隊は初陣の空母を失おうとしているのだ。

「しかし、敵機が100機以上来襲し、被弾・被雷が6発とは幸運だったのか?」
「かも、しれません。空襲の規模的に『エセックス』が助かったのは幸運です」

 アメリカ軍は来襲する日本軍に気が付き、持てるだけの戦闘機を上げていた。
 計50機弱の迎撃戦闘機はよく戦ったが、新米が多いアメリカ軍は零戦に苦戦する。
 それは日本軍側も同じだったが、多くの攻撃機が戦闘機の傘を突破して艦隊に突撃した。
 投下された爆弾と魚雷は40発を超えていただろうが、命中は6発。
 命中率は15%。
 他に4発の至近弾が確認されており、損害も受けている。だが、これを合わせたとしても25%。
 これまでの日本軍からすれば低い数値だ。

(日本軍も続く戦争にベテランが枯渇しつつあるのやもしれんな)

 ギッフェンの考え通り、続く戦争で熟練搭乗員の数は減っている。しかし、今回の戦いと言う面ではやや違った。
 日本軍の攻撃隊は半数が初陣、残り半分も大陸での戦闘経験があるだけ。
 対艦攻撃が初めてというものは実に4分の3にも上ったのである。
 今回の第二艦隊が配備していた航空部隊は二線級だったのだ。
 だから、日本海軍は新鋭大型空母である「エセックス」の撃沈に失敗したことは痛恨であり、その代償は数か月後に支払うことになる。
 だが、それはこのケ号作戦には関係のない話だった。

「―――司令、輸送船団より報告です」

 思考の海に沈んでいたギッフェンは参謀のひとりの言葉に顔を上げる。そして、参謀の沈んだ顔を見て顔を顰めた。

「内容は?」

 予想できているが、聞かないわけにはいかない。

「再び双発攻撃機の攻撃を受け・・・・・・・・」

 参謀が言葉を詰まらせた。

「・・・・どうした? 言え。貴官には報告する義務がある」

 参謀の態度で相当手痛いダメージを被ったことは分かったが、聞かなければ判断ができない。

「ハッ、失礼いたしました」

 ギッフェンの言葉を受け、参謀が手元の紙に視線を落としながら報告した。
「敵機約30機の攻撃を受け、駆逐艦『ド・ヘイヴン』轟沈を始め、護衛空母『シェナンゴ』、『スワニー』、輸送船7隻大破炎上・航行不能、5隻中破炎上中、その他多数が機銃掃射を受けて損傷しました」

「―――――――――」

 眩暈がした。
 大破と言っているが、軍用爆弾ないし魚雷を受けて助かる船はないだろう。
 まだ沈んでいないだけで、喪失は確実と言える。
 つまり、輸送船団は駆逐艦1隻、護衛空母2隻、輸送船7隻をたった1回の航空攻撃で失った。

「大破した輸送船の内訳は兵員船3隻、戦車・糧秣・弾薬・油槽船の各1隻ずつです」

 眩暈だけでなく、足からも力が抜け、思わず司令席にしがみつく。

(へ、兵員輸送船3隻だと?)

 この輸送船団の目的はガダルカナル島に駐留する陸兵の交代要員だ。
 船団全体で5,000名は下らない。
 これらの兵は分散せず、居住施設を持つ兵員輸送船にまとめられていた。

(それが撃沈された・・・・?)

 1隻辺り500~1,000名が乗船しており、仮に750名だった場合、3隻合計で2,250名。
 半数が無事脱出していたとしても1,000名近い将兵が犠牲になる計算だ。

(この輸送作戦は失敗だ)

 実戦部隊が何隻撃沈されようとも、それは戦術的敗北だ。
 だが、"ガダルカナル島陸上戦力の補給"を果たせなければ、それは戦略的敗北になる。
 戦略は戦術の上位に位置する以上、この戦いの敗北は決定したと言えた。

「司令?」

 何も返答しないギッフェンを不審に思った参謀が恐る恐る顔を上げる。

「・・・・だ」
「はい?」

 呟かれた言葉を聞き取れなかったのは参謀だけではない。
 参謀長以下、幕僚の全員が首を傾げた。

「撤退だ! 動けない船は総員退艦命令を出し、自沈処分だ」
「えぇ!? ガダルカナル島はもう目前ですよ!?」

 ギッフェンの判断に驚いた参謀長は海図を指差し、ギッフェンに命令の撤回を促す。
 だが、ギッフェンは参謀長に首を振った。

「我々は制空権を喪失した。この状態でルンガ湾に入っても、敵の航空戦力によって殲滅される」
「それは・・・・」

 ない、とは言えない。
 すでに第18任務部隊が保有していた空母は1隻中破、1隻喪失、2隻大破炎上中の状態だ。
 飛ばせる航空機は1機もない。
 空母戦闘で空に送り出していた戦闘機もガダルカナル島へ向かうように指示を出したが、ヘンダーソン飛行場が着陸可能状態とは思えなかった。
 十中八九、不時着となって全損判定となっているに違いない。

「我々にできることは生き残った輸送船を連れ帰り、次の補給物資の入れ物を用意するだけだ」

 ギッフェンはそう言って肩を落とし、司令席に座った。

「・・・・命令を打電します」

 参謀長がそう言うと、電信員は唇を噛みながら撤退命令を暗号化する。


『第18任務部隊は至急作戦海域を離脱せよ』


 この無電が空を飛び、アメリカ軍は連れ帰る見込みのない船に魚雷を叩き込んだ。
 後にレンネル島沖海戦と名付けられる海戦は、アメリカ海軍の完敗となる。
 アメリカ海軍は新鋭の「インディペンデンス」を含む空母3隻、駆逐艦1隻を喪失。
 「エセックス」も中破したことで、保有していた約220機中200機を喪失した。
 生き残ったのは「エセックス」の格納庫にいた20機で、出撃した機体は被撃墜・不時着大破もしくは空母と共に海没する。
 対する日本海軍は27機の艦上機、17機の陸上機を喪失するも艦艇の被害はなし。
 ガダルカナル島周辺の制空・制海権を完全に掌握する。
 これを受け、南東方面艦隊は駆逐隊のガダルカナル島突入を命じた。









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