ケ号作戦 -1


 

 ケ号作戦。
 「捲土重来」の頭文字から名づけられたその作戦内容は「ガダルカナル島の味方戦力救出」である。
 御前会議で決定した「ガダルカナル島からの撤退」を成し遂げ、戦線を整理するために必要な軍事作戦だった。
 投入される戦力は撤収作戦に駆逐艦20隻、支援部隊に第二艦隊だ。
 タ号作戦ほどの大規模ではないにしろ、難易度はそれ以上と見積もられていた。
 撤収中に動けないのは駆逐艦も輸送船も同じだ。
 第三次ソロモン海戦の傷を癒しつつあるガダルカナル島の航空戦力も危険だが、それ以上に危険な存在がいた。
 在ガダルカナル島米軍陸上部隊。
 日本陸軍の最精鋭である第二師団を撃退したそれらは、最近は基地を守るだけでなく、ガダルカナル島内の日本陸軍を駆逐するために動いている。
 撤収作戦のためにはこれらを押しとどめる戦力が必要だった。






ケ号作戦 -1

「―――敵戦車3輌接近中!」
「速射砲へ支援要請だ!」
「迫撃砲、撃ち方用意!」

 1943年1月29日ガダルカナル島ボネギ川近辺。
 ここで日本軍と米軍の地上部隊が激突していた。
 日本軍は2週間前に緊急上陸した矢野大隊。
 米軍は駐留部隊から派遣された1個連隊である。
 編制上戦力差があるが、米軍の連隊は損耗が激しい。
 それでも実質的な戦力は700名vs1,400名と倍の差があった。
 また、米軍が戦車を保有するのに対し、日本軍は保有していないという違いがある(第二師団と上陸した戦車は全損)。

「米軍の奴ら、アウステン山で一杯食わされたのが頭に来ていると見えるな」

 呟いたのは矢野大隊の指揮官・矢野桂二陸軍少佐。
 彼は歴戦の指揮官だが、彼が率いる兵は30歳前後の補充兵が中心であり、実戦力に乏しかった。
 現在はその評価を覆すほどの奮戦を見せているが、米軍の攻勢も激しい。
 航空支援がなければこうも善戦できなかっただろう。

「少佐殿、航空支援来ます!」

 双眼鏡で空を見ていた兵が叫んだ。
 その声を受け、北西の空を見れば確かにゴマ粒上の黒点がいくつも浮かんでいる。

「隼です!」

 見る見るうちに接近し、高度を下げた航空機はバンクしながら矢野たちの頭上を通り過ぎた。そして、敵陣深くに黒い塊を落とす。
 それらは地面に着弾するなり爆発し、そのひとつが敵戦車1輌を吹き飛ばした。

「戦闘爆撃仕様か・・・・」

 一式戦闘機Ⅱ型。
 250kg爆弾2発を搭載可能な他、速度・航続距離も向上したバージョンアップ機だ。

「敵、後退していきます!」

 爆弾を落として身軽になった隼は何度も低空に舞い降りて機銃掃射をしていく。
 たまりかねた米軍は後退し、物陰に隠れようとしていた。

「戦線の整理だ! 負傷兵は後方へ護送しろ!」

 矢野はそう言うなり傍に倒れていた味方兵を担ぎ上げる。

(あともう少しだ・・・・ッ。頼むぞ、海軍!)

 矢野大隊の活躍で、1万名以上の残存兵が各撤収地点に集結していた。
 他には動かせない重傷兵とそれを護衛する後衛部隊(指揮官・松田教寛大佐)2,000名がいる。
 ただし、この2,000名の中には矢野大隊も含まれていた。
 つまり、日本軍は米軍の猛攻をわずか2,000名で守り切る構えだったのである。



 1月29日の陸上戦は、戦車を伴う波状攻撃に耐え切った時点で終了した。
 日本軍に追撃する余裕なく、米軍もアウステン山の戦いから続く損耗に疲弊している。
 米軍は今回の日本軍の作戦は大規模な増援と新たな総攻撃の準備と見ていた。
 これを阻止するため、ガダルカナル島に残存する日本軍を撃退しようとする。
 そうしなければ増援を得て強大になった日本軍を撃退することは困難なのだから。



「―――しぶとい・・・・」

 1月29日夜、矢野大隊に相対する形で展開する連隊の連隊長は苦虫を噛み潰したような顔で、敵陣を睨みつけた。
 この日の損害は戦車3両、トラック14台、死傷者76名。
 特に戦車の喪失は痛い。
 これでこの連隊に配備された戦車は全て失われたことになる。

(いや、俺の判断ミスでもある)

 連隊長は鉄帽をかぶり直しながら戦闘を振り返る。
 緒戦において、アメリカ軍は日本軍の機関銃掃射を前に歩兵を進ませることができなかった。しかし、機関銃では戦車の正面装甲は貫けない。
 このため、戦車を前面に押し出した力攻めを決断した。

(これで決まったと思ったのだが・・・・)

 機銃掃射で歩兵の無駄な損耗を避けたアメリカ軍は、戦車周辺に歩兵を配備せず、戦車だけで前進させる。

(ジャップの対戦車戦闘は常軌を逸していやがる)

 それに対して予想外の抵抗を日本軍歩兵は示した。
 味方の機銃掃射の合間を縫って歩兵が接近し、戦車の脆弱な部分に吸着式地雷を取り付けで爆破したのである。
 結果、これまでに10両近い戦車が撃破されてしまった。
 代わりに200名近い敵歩兵を車載機関銃や戦車胴体で蹂躙していたのだが。
 それでも損害に見合う戦果を得た日本軍は、アメリカ軍の突進を今日まで耐え続けているのだ。

「連隊長、基地からの伝令で明日の昼には大規模な輸送部隊が到着するとのことです」
「輸送部隊だと? こちらの航空戦力が無力化されている以上、荷揚げ作業は危険だと思うのだが・・・・」

 だからこそガダルカナル島のアメリカ軍は日本軍の反攻を恐れ、補給を待たずに敵軍を撃破しようとしているのである。

(いや、小型空母が護衛しているのか・・・・)

 昨年の第三次ソロモン海戦の結果、アメリカ軍は周辺海域の制空権を喪失した。
 さらに日本海軍の空母部隊が近くを遊弋し始めると、制海権をも失って補給は困難を極める。
 故にアメリカ軍は小型空母――護衛空母を投入し、日本海軍の空母部隊を撤退させた。
 自身も相応の損害を受けたのだが、補給を得たガダルカナル島のアメリカ軍は息を吹き返している。

(その結果がアウステン山の戦いではな・・・・)

 年末から年始にかけて得られた物資をほぼ使い切った。
 さらにここ数日の航空戦で展開した航空戦力も枯渇しつつある。

(だから大規模輸送なのだろうが・・・・)

 疲弊した陸上部隊の交代。
 喪失した武器弾薬・食糧・医薬品の補充。
 飛行場整備重機、航空戦力の再展開。
 これらをなすには数隻の輸送船では足りない。
 少なくとも20隻を超える輸送船がこちらに向かっているだろう。
 その護衛として小型空母がついていることは想像に難くなかった。

(だが、日本軍がそれを許すか?)

 連隊長には「日本軍恐れるに足らず」と口走る将校に賛同することはできない。
 彼らは確かに列強の一角たる戦闘能力がある。
 個々人の力では体格に勝るはずのアメリカ兵でも太刀打ちできないこともあった。そして、安易な補給を許さない強かさもある。

(日本軍を嘲る輩はここ数か月に周辺海域で沈められた輸送船の多さに口を閉ざすだろう)

 日本海軍は潜水艦や基地航空隊だけでなく、艦隊まで投入してきたのだ。
 「補給阻止」の意識は相当高い組織と言えるだろう。

「味方戦闘機!」
「何!?」

 仲間の声に空を見上げれば、見慣れないシルエットの単発機が空を飛んでいた。
 その翼には確かに星マークがあり、アメリカ軍を示している。

(新型機・・・・?)

 その可能性に思い当たった連隊長は期待ではなく不安に駆られた。
 新型機が日本軍に通用するかは未知数だからだ。

(まるで歯が立たないとかいうことになれば・・・・)


―――ガダルカナル島はアメリカ軍にとって地獄と化すだろう。




「―――あれは?」

 米軍の新型戦闘機がガダルカナル島上空に到達した時、ちょうど日本陸海軍の連合攻撃隊が同島に到着しようとしていた時だった。
 日本軍は敵飛行場の爆撃を、米軍はその飛行場に着陸しようとしていた中の、遭遇戦である。
 最初に敵機を見つけたのは日本軍側だった。

(見慣れない翼の形状・・・・。新型か?)

 日本海軍の零戦隊を統率していた秦野道成大尉は隊内無線のスイッチを入れる。

「こちら風一番、敵機発見。十二時方向下二〇(正面下方2,000m)」
『リハ一番了解』

 直衛隊である海軍零戦隊(頭文字より「風」)から爆撃隊である陸軍隼隊(同、リハ)に敵の存在を知らせた。

「続いて敵は新型戦闘機と思われる。まずは制空隊が一当てするのでリハは空中待機」
『了解、武運を祈る』

 秦野は翼を振り、麾下の零戦の注意を引くと、速度を上げて敵戦闘機へ向かう。

(まだ気づいていないな)

 秦野は舌なめずりしながら思った。
 よほどの素人なのか、それとも着陸に集中しているのか、こちらに気付いた節はない。
 敵機は12機。
 こちらは24機。
 数的に優勢だが、これ以外にも機体性能とパイロットの腕、戦術が勝敗を分ける。

(こっちは零戦でも新型だぞ)

 零戦三二型を駆る秦野は自信を持っていたが、米軍がひ弱な新型戦闘機を投入してくるとは思えない。
 F4Fも零戦との戦い方を覚えて油断ならない敵になっている今、この戦闘は今後の日米戦闘機戦闘の行方を左右するものになるかもしれなかった。

「落ちろッ」

 結局そのまま敵新型は零戦に気付くことなく、後ろ上方から覆い被った零戦の射撃を受けて3分の1が何もできずに撃墜される。
 続く戦闘でも零戦の機動についていけず、次々と撃墜された。
 結果、零戦は空中衝突した1機を除いて損害なし。
 米軍は7機空中分解、3機不時着大破、2機飛行場強行着陸で全機喪失。
 一方的な結果となった。


 だが、秦野はその戦闘で危機感を覚えた。


「搭乗員が未熟すぎただけだ。これをある程度の熟練度を持つ奴が乗れば苦戦するぞ」

 やや蒼褪めながら秦野は高度を上げていく。
 代わりに侵入した隼隊が爆弾を投下し、さらに地上への機銃掃射を開始した。

「えーっと敵機の特徴は―――」

 右足太ももに固定していたメモ帳に右手で鉛筆を走らせる。
 基地への報告内容をメモし、忘れないようにするためだった。
 メモ内容は次の通りだ。
 また、その後ろの( )に正式な値を記す。

 全長:10mほど(10.16m)。
 全幅:11~13m(12.49m)。
 翼形状:逆ガル式、零戦より翼面積が広い(29.18m2)。
 速度:零戦三二型以上、600km/hか?(636km/h)。
 武装:機首2挺、翼4挺、12.7mmと思われる(その通り)

 わずか1回の戦闘でここまで正確に見て取れた理由は、秦野は試作機のテストパイロットを務めたことがあるからだ。
 何はともあれ、米軍新型戦闘機――F4U コルセアの初陣は散々な結果に終わった。
 それはF4Fの後継機問題にも発展する。
 F6F ヘルキャットの開発遅延も重なり、米海軍の単発戦闘機開発に暗雲が漂いつつあった。




『―――大本営より入電中』

 1942年1月29日深夜、ガダルカナル島北方沖。
 ここを航行している日本海軍第二艦隊の旗艦・戦艦「奥羽」の夜戦艦橋に通信室から声が届いた。

「大本営だと?」

 当直の士官が首を傾げる。しかし、すぐに近藤中将を呼んでくるように指示した。
 その間にも報告は続く。

『発、大本営海軍部、宛、太平洋展開中全艦艇―――』

 ガダルカナル島東方に重巡を含む米輸送船団発見。
 第七〇五航空隊および第七〇一航空隊が夜間攻撃を実施。
 重巡2隻に命中弾。
 陸攻の損害大きく、再夜襲は不可能。

「―――夜明けとともに攻撃、殲滅せよ・・・・」

 近藤は艦橋に上がるなり手渡された大本営文を読み、そう呟いた。

「第二艦隊宛ではありませんよ?」
「この海域で基地航空隊が動けない以上、事実上、我らへの攻撃命令だろう」

 「素直に第二艦隊を呼び出せば、我々がここにいることを米軍に気付かれるかもしれんからな」と続けた近藤は、海図に向かう。

「航海長、敵の位置はどこだ?」

 せっせと海図に駒を置いていた航海長に問いかけた。

「ハッ。陸攻隊が攻撃した地点は我らの位置から南東へ約1,000kmです」
「敵が向かってきた場合は問題ないが、損害を受けて撤退していた場合、追いつけるか?」

 敵は低速の輸送船を伴っているとはいえ、危険海域まで突入する輸送船だ。
 15kt/hは出せるだろう。
 敵が逃げる場合、速度差は10~15kt/hとなり、夜明けまでに200~300kmほどしか距離を詰められない。

「700kmは艦上機の作戦行動半径外です」

 航空参謀が言った。
 実際にはできないことはないが、新米が多い搭乗員に無理はさせられない。

「どうにか距離を詰める方法はないか・・・・」
「対潜艦隊運動を止めて増速するか?」
「哨戒機の出せる昼間ならともかく夜間にそれは危険すぎる」

 直進する艦船は潜水艦にとって格好の獲物だ。

「とにかく、できうる限り急ぐしかあるまい」

 結論は出ないが、敵が避退しているかわからない以上、艦隊を前進させるしかない。
 下手に迂回などすれば、逆に遠のく可能性もあるのだ。

「明日は夜明けとともに索敵機を上げ、攻撃隊は敵船団発見次第発進としよう」
「重巡を含むとはいえ、輸送船団に艦上機を用いるのはもったいない気がしますが、仕方ありませんね」

 魚雷や爆弾は砲弾に比べると高価だ。
 どうせなら戦艦や空母に使いたい。

「・・・・そう言えば、敵は正規空母を持ってきているのではなかったか?」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 近藤の言葉に、艦橋内が凍り付いた。

「・・・・そう、でしたね。夜間攻撃だったため迎撃機を出すことができなかったのでしょう」

 航空参謀が口にすると、参謀長も続く。

「明日の索敵は敵輸送船団狙いだけでなく、敵空母部隊狙いでも出しましょう」

 下手をすると輸送船団は囮の可能性がある。
 参謀長が言外に込めた考えに、居並んだ参謀たちは頷いた。

「よし、じゃあ、あまり夜明けまで時間もないが、交代で休むように」

 近藤はそう言い、我先にと自室へ引っ込む。
 それを見送り、参謀たちも誰が先に休むかでやや揉め始めた。
 その様は海戦前というのにのどかなように見える。
 その光景にこれが初陣のとある少尉は「驚いた」と後に述懐した。






 翌1月30日、基地航空隊の夜襲を受けたというのに、それでも引き返さずにガダルカナル島へ向かう敵船団を発見。
 陸上攻撃機による昼間魚雷攻撃が敢行された。
 これは夜間攻撃に必要な技量を持たない新米搭乗員も投入される。
 それでも11機だったが、これが見事に重巡「シカゴ」を撃沈した。
 その代わりに戦闘機の迎撃を受け、7機が撃墜される。
 そして、攻撃隊は突入前に重要な報告をしていた。

『敵船団上空に戦闘機あれども、護衛空母甲板には航空機満載』

 つまり、護衛空母の飛行甲板は使用不可能であり、戦闘機を飛ばすことができない。
 ならばどうして戦闘機は在空していたのか。
 米軍はガダルカナル島南東にも航空基地を設けていることは分かっている。だが、燃料に余裕のある双発機――例えばP-38――ではなく、単発のF4Fが確認された。
 まず間違いなく、別に空母がいるのである。
 これを探すべく、第二艦隊から扇状に二式艦上偵察機が発艦した。









第77話へ 赤鬼目次へ 第79話へ
Homeへ