サンクリストバル島沖海戦 -3


 

 サンクリストバル島沖海戦。
 1942年10月28日午前2時17分より始まった日本海軍と米海軍の艦隊決戦は次の戦闘に大別される。
① 戦艦戦:戦艦同士の砲撃戦
② 巡洋艦戦:巡洋艦同士の砲雷戦
③ 水雷戦:駆逐艦を中心とする砲雷戦
 ②と③は米戦艦部隊に肉薄して魚雷を放とうとした日本海軍艦艇を米艦艇が阻止しようとして発生した戦いである。
 故に始終攻め手は日本海軍だった。
 米海軍は隙を見て戦闘離脱しようとするも、執拗な日本海軍の追撃を受けて全面対決に発展する。
 結果、両軍に甚大な被害を与えたのだった。






サンクリストバル島沖海戦 -3 scene

「―――敵3番艦に命中弾!」

 艦隊決戦が始まって15分後、最初に命中弾を与えたのは日本海軍だった。
 先に夾叉弾を得ていた「長門」が斉射に切り替えたところ、その第一撃目で命中弾を得たのである。
 だが、艦前部に被弾した「コロラド」は炎上しているものの戦闘行動に支障はないらしく、変わらず全砲塔から反撃を実施した。
 それでも先制弾を叩き込んだ日本艦隊の士気は上がる。

「さすが『長門』ですね」
「うむ」

 小林の言葉に高須は頷いた。
 長く連合艦隊の旗艦を務めた「長門」はその艦齢に見合った砲撃経験がある。
 それはカタログスペックでは分からない、どういった動作の時にどういった弾道を描くのかという体験を豊富に積んでいるということだった。
 所謂、ノウハウを知り尽くした「長門」は、「陸奥」と並んで日本海軍戦艦部隊でも圧倒的な命中力を誇っている。
 金剛型は艦齢こそ長門型より上だが、近代化改装された影響がまだ残っていた。
 因みに大和型は初の実戦砲撃である。

「だが、負けてられません。―――砲術長」

 艦長に話を振られた砲術長は自信満々に言った。

「5射ください。当てて見せます」

 因みに今の「大和」の成績は5射全て遠弾である。
 急速に縮まる距離に砲撃角度が追い付いていないのだ。

「装填完了、射撃ヨシ」
「撃ッ」

 3砲身しか射撃しないとは言え、46cm砲の砲撃は「大和」の巨体を揺らす。

「敵1番艦主砲発射」
「針路2度変更、速度宜侯」

 見張員の報告を受け、艦長はわずかに針路を変える。
 そうして狙いをずらすのだ。

「だんちゃーく、今」

 砲術参謀の言葉に誰もが敵艦を見遣るが、着弾炎は見えなかった。

『全遠』
「下げ2度」
「装填完了」

 流れ作業のように砲術要員が動く中、敵の40.1cm砲弾が到来する。
 それらは全て「大和」の右前に着弾した。
 その水柱が落ちた後、「大和」が発砲する。

「距離三二〇ではこんなものか。なかなか当たらんな」

 高須の言う通り、両軍合わせて命中弾を得たのは「長門」の1発だけ。
 その「長門」も次の斉射は全て外れていた。

「回避を最低限にし、距離を詰めてみますか?」

 左右に艦を振っている関係で、30,000mからは思うように距離が縮まらない。

「相手の砲術も大したことがないようだから・・・・・・・・・・・・寄ってみるか」

 高須は闇の先を睨みつけながら呟いた。
 遠いか近いかで砲塔旋回角度は合っている日本軍に対し、米軍は未だ左右に散っている。
 それが敵の訓練度の問題なのか、空襲の影響なのかは分からないが、あまり当たる気がしない。
 ならばもう少し近づいてこちらの命中力を上げる方が効果的に思われた。

「よし、距離二七〇まで接近するぞ」
「一気に五〇も!?」
「ちまちま距離を詰めても状況は変わらん」

 「それに」と続けた高須は小林に笑み混じりで言う。

「第三艦隊のおかげか、速度はこちらの方が上だからな」
「と、言うことは・・・・」
「うむ、うまく行けば丁字を描けるかもしれん」


 丁字(T字)戦法とは簡単に言えば、敵艦隊を「丁」の字の下側に、味方艦隊を上側に例え、敵の縦隊に対して横隊を組むことで、敵の砲撃可能砲門数を激減させ、味方はほぼ全力で敵の先頭艦から撃破していくものである。
 これを成立させるには高度な艦隊行動と、何より相手より優速であることが必要だ。
 日本海軍は日露開戦の折にこれを必勝法にするために訓練し、その艦隊運用のために連合艦隊を創設したのである。
 言わばお家芸とも言うべき戦法だった。


「なら、距離を縮める間に水雷戦をやってもらいましょう」

 小林が高須にそう提案した。
 戦艦同士の砲撃戦中に第三水雷戦隊は第一戦隊を追い抜いて前に出ている。
 それに応じて米軍の駆逐艦たちも前に出ていたが、未だ戦火は交えていなかった。
 戦艦同士の戦いが様子見だというのに、水雷戦隊が先走って本格戦闘を始めるわけにはいかないのだ。
 しかし、戦艦部隊が本格戦闘を覚悟したため、彼らが様子見する意味はない。

「探照灯を照射した方が良いか?」

 目印がなければ突撃針路も決められない。
 橋本信太郎少将は果敢な男だが、旗艦「川内」が照射するよりもすでに火蓋を切っている「大和」が照射する方が良いだろう。

「いえ、その必要はありません」

 話を聞いていた艦長――高柳儀八大佐が胸を張って言った。

「もうまもなく、松明が灯りますから」
「「松明?」」

 高須と小林が首を捻る中、砲術参謀が言う。

「第10射、だんちゃーく、今ッ」

 一拍置いて、敵1番艦上に炎の花が咲いた。

『命中!』

 見張員からの報告を待つまでもなく、艦橋は歓声に満ちた。
 砲術長の言う通り、5射で命中弾を得たのだ。
 それは闇夜に巨艦を照らす、松明になった。




「―――敵艦隊、一気に増速しました!」
「何!?」

 被弾の衝撃から立ち直る間もなく、日本艦隊が動いた。
 「サウスダコダ」艦橋でハルゼーは叫ぶ。
 先の被弾で転倒して頭を打った彼は、毒づきながら左舷を見遣った。
 そこには射撃を続けつつも高速で前に出てくる敵戦艦部隊がいる。

(何をするつもりだ・・・・?)

「いかん! トウゴウターンだ!」

 リーはすぐに日本軍の意図を悟った。
 空襲で速度が低下しているアメリカ艦隊を追い越し、その舳先でT字を描いて滅多打ちにするつもりなのだろう。

「敵巡洋艦部隊、後方より接近!」
「敵水雷戦隊、急角度で順次回頭! 反航戦の構え!」

 次々と入った、敵補助艦艇の動きにハルゼーは眉をひそめた。
 戦艦部隊の後ろを追従していた敵巡洋艦部隊がこちらに接近する。
 それは戦艦部隊が攻撃位置に着くための時間稼ぎだろう。しかし、重巡と言えど戦艦と撃ち合えばただではすまない。

「日本の重巡は魚雷を持っています!」
「肉薄して魚雷を撃ち込むつもりか」

 自身の参謀長であるマイルズ・ブローニング大佐に言われ、ハルゼーは日本軍の意図を悟った。
 戦艦部隊が射撃しながら位置を変える以上、アメリカ軍は応射しなければならない。
 日本軍は無防備となる――東郷ターンを実施する場合――主力艦隊を助けるため、水雷戦に出た。
 アメリカ戦艦部隊がこれに応じるには副砲の射撃しかないが、主砲戦闘中に副砲戦闘も生起すると両方の命中率が落ちる。
 敵の狙いはこれにより優位位置を占めること、アメリカ戦艦への魚雷を発射することだろう。

「If you run after two hares, you will catch neither(二兎を追う者は一兎をも得ず)」

 リーはこういう状況のことわざを言い、視線を敵戦艦部隊に向けた。

「我々は敵の本隊を叩き続けるべきです」

 本隊とは戦艦部隊のことだ。

「やってくる者どもは我々のナイトにお任せしましょう」
「そうだな」

 ハルゼーが命じると、「サウスダコダ」から発光信号が飛ぶ。
 それを受け、アメリカ海軍の巡洋艦や駆逐艦が動きを変えた。
 それぞれの日本海軍を迎え撃つのだ。

(しかし、先程の被弾・・・・)

 被弾は艦後部の艦上構造物をグシャグシャに破壊して貫通。
 背面の海上で爆発した。
 結果、「サウスダコダ」は戦闘に関与していない右舷艦上も大打撃を受け、対空機銃弾の誘爆などで火災が発生している。
 だが、ハルゼーが気になっているのはそこではなかった。

「なあ、リー。16インチ砲の被弾はあそこまでの衝撃があるものなのか?」
「え? ・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・・・・・・・・」

 16インチ砲の対艦戦闘は史上初である(この物語では「ビスマルク」追撃戦は起きていない)。
 だから、誰も16インチ砲の威力を目の当たりにしたことがないのだ。

「どうにも先頭艦2隻は続くナガト級戦艦よりも大きいようだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 長門型戦艦の基準排水量はおよそ4万トン。
 サウスダコダ/ノースカロライナ級戦艦のそれは3万5,000トン。
 「サウスダコダ」よりも大きい「長門」より大きい日本海軍の新型戦艦。
 その戦艦が搭載する主砲は果たして16インチ砲なのだろうか。

(もしかするとあれは、18インチ砲搭載戦艦なのではないだろうか)

 ハルゼーとリーの脳裏にこの疑問が浮かんだが、口にすることはなかった。

「・・・・問題ありません。我らが戦艦は重防御です」

 アメリカ戦艦の建艦理念は防御力重視だ。
 普通は自分が搭載する主砲に耐えうる装甲を持つものだが、アメリカ戦艦はそれを強化していた。
 しかし、それで1ランク上――18インチ砲に耐えうるかどうかは未知数だ。

「・・・・そう、だな」

 それでもハルゼーは未確認の情報で狼狽える軍人ではなかった。

「戦場で相見えた以上相手のランクなど関係ない。ここはルールに縛られたボクシングの会場ではない」

 速度を上げたためか、もう一度測距からやり直している敵戦艦を睨みつける。

「ルール無用の殺し合いの場だ」

 ハルゼーの言葉に艦橋要員が頷いた時、接近する日本重巡が発砲を開始した。




「―――世界最強の戦艦、か・・・・」

 「大和」が放った主砲が敵戦艦を貫いたのを見た第七戦隊司令官――西村祥治少将は呟いた。
「だが、我々も世界最強の重巡に乗っている」
「その通りですな」

 重巡「国見」艦長が頷く。
 自身が操る艦に絶大な信頼を寄せているのだ。


 国見型重巡洋艦。
 基準排水量14,000t。
 最大戦速33kt/h。
 20.3cm連装砲塔5基、12.7cm連装高角砲4基、61cm四連装魚雷発射管4基。


 諸元だけ見ると高雄型重巡より一回り大きく、その分速度が遅い。そして、攻撃力は同等だ。
 だが、改高雄型重巡と呼ばれる国見型の特徴は対弾防御と水中防御が強化された点である。
 基準排水量の増加と速度の低下はこの影響だった。
 元々1930~1934年に建造される予定だったが、ロンドン海軍軍縮会議の結果から延期される。しかし、設計は続けられており、高雄型の近代化改装を経た姿から再設計された。
 条約失効後に建造を開始。
 昨年にネームシップである「国見」が、今年の8月までに残りの「雲仙」、「石鎚」、「有珠」が就役していた。
 この海域には完熟訓練中である「有珠」を除いた3隻が投入されており、彼女らで第七戦隊を構成している。

「敵巡洋艦、前に出てきました」
「だろうな」

 西村は予想通りの敵の動きに頷いた。
 "見張りの神様"と呼ばれる水雷屋は敵となる巡洋艦を睨みつける。

「ペンサコーラ級とノーザンプトン級か」

 「ペンサコーラ」はミッドウェー海戦で沈めているので、あそこにいるのは「ソルトレイクシティ」だろう。
 ノーザンプトン級は2隻とも健在のため、艦名の判断はできなかった。

「米重巡の問題児だな」

 砲撃力と防御力は特筆するものはあるが、無理に詰め込んだ設計であるためにいろいろ不具合がある。
 特に凌波性の低さと復元力の小ささは戦闘艦として致命的だろう。

(30年代前半の失敗作だな)

「続くのはアトランタ級軽巡ですな」

 参謀長の言う通り3隻目は重巡ではなく軽巡だった。
 就役は1941年12月と新しい。

「ま、我々の敵ではない」

 確かに米重巡は硬い。だが、低い水中防御は弱点と言える。
 つまり魚雷には弱いのだ。

「砲撃しつつ接近、射点を確保すれば魚雷を発射してこれを排除する。その後、残りの魚雷で戦艦を攻撃する」

 目標はあくまで戦艦だ。
 敵巡洋艦隊はそれを邪魔する障害物でしかない。

「右砲雷同時戦。攻撃目標、敵先頭艦」

 第四戦速で接近する第七戦隊に対し、敵巡洋艦も高速で移動していた。
 形としては同航戦であり、両者ともに斜行しているため、その距離は急速に近づいている。

「距離二〇〇!」
「距離一八〇で発砲する」
「宜侯」

 西村はそこまで言うと司令官席に腰かけた。

「任せた、艦長」
「ハッ」

 艦長は敬礼して答え、視線を敵艦に固定する。そして、見張員が「距離一万八〇〇〇」と言うなり射撃命令を下した。
 20.3cm砲5門が測距に従って砲弾を吐き出す。
 続く「雲仙」、「石鎚」も砲撃を開始した。

「距離一五〇!」

 戦艦同士の砲撃戦と違うのは、日本海軍が接近を止めないことである。
 それにアメリカ巡洋艦部隊はおののいたのか、射撃速度を早めて接近を阻止しようとしていた。

「司令長官、魚雷発射距離は?」
「・・・・水雷参謀。どのくらいがよいか?」

 艦長からの問いに西村は己の幕僚を呼んだ。
 互いに命中弾を得ていない状況だが、長距離魚雷戦をするというならばもうそろそろ射撃距離を決めておかねばならない。

「距離一〇〇以内で撃ちたいところです」
「となれば九〇だな」

 西村は頷き、艦長を見遣る。
 艦長は水雷長を呼び出し、雷撃距離と雷速を伝えた。

「そうだ、艦長」
「何でしょう?」
「魚雷の信管調整は設計通りだな?」
「はい。水雷要員には口を酸っぱくして言い聞かしています」
「ならよい」

 艦長の返答を聞き、西村は司令官席の背もたれに背を預けた。

「早爆はもったいないからな」

 信管感度を敏感にし過ぎ、ちょっとした衝撃で爆発する魚雷が多数報告されている。
 これを受け、信管調整は司令部から直接指示がない限り、設計通りに行うことを連合艦隊で厳命していた。

「今回は敵巡洋艦に当たらずとも、その先にいる戦艦に当たる可能性がある」

 ほとんどない確率だが、バタビア沖海戦では流れ弾となった酸素魚雷が友軍を襲っている。
 ベテランの水雷屋が驚くほどの射程距離を持つのが九三式酸素魚雷なのだ。

「夾叉!」
「斉射切り替え!」
「装填完了」
「撃てェッ」

 敵1番艦「ソルトレイクシティ」に夾叉弾を得た「国見」が斉射に切り替える中、2番艦「雲仙」が命中弾を得た。
 「チェスター」は艦後部に命中し、派手な爆炎を上げる。
 続いて「石鎚」が「アトランタ」に命中させ、こちらは2クラス上の威力を見せ付けた。
 艦前部に命中した砲弾は「アトランタ」第1砲塔を歪ませて使用不可能にし、畳みかけるように斉射に移行している。
 一方、米軍は未だ夾叉すら得られていなかった。

(米軍は電探を便りしていたのか?)

 空襲で狙われたのは戦艦だけではない。
 いや、むしろ巡洋艦を筆頭とする護衛艦艇こそ零戦による機銃掃射の標的となった。
 それ故に軒並み電探や射撃管制装置等が損傷しているのである。
 結果、命中精度の大幅な低下を招いていた。

「距離一〇〇―――っ!?」

 距離を読み上げている途中に、風切り音と共に飛来した砲弾が「国見」を引っ叩く。

「~~ッ。被害報告!」

 物に掴まって耐えた艦長が叫ぶと、すぐに各所から報告が入った。
 命中一、艦後部飛行甲板。
 予備の零観が全損、燃料に引火して炎上中。
 その他、舵破損や浸水などの被害なし。

「消火急げ! いい的になるぞ!」

 副長が叫び、艦橋内が騒然となる中、黙々と懐中時計を見ていた砲術参謀が叫んだ。

「だんちゃーく、今!」

 その声に思わず誰もが敵を睨む。そして、暗闇に咲いた2つの花に歓声を上げた。

『観測機より「艦前部に1発、後部に1発。特に前部は敵砲塔周辺に命中」とのこと』

 電信兵の報告の通りだと、敵の砲撃力を減らすことができた可能性がある。

「距離九五」
「魚雷発射よぉい」

 艦長の言葉に水雷長が双眼鏡を覗き込みながら部下に諸元を告げた。

「方位30度を中心に5度扇状」

 その最終調整通りに右舷魚雷発射管が動く。
 「国見」の片舷魚雷発射数は8発。
 1発1発が巡洋艦レベルならば致命傷になる威力を持っていた。

「距離九三」
「敵砲弾飛ら―――」

 被弾の衝撃が「国見」を揺るがす。
 被弾は艦後部であり、今度は水平甲板を破って艦内で爆発した。

「・・・・さすが、一〇〇を切ると目視でも有効だな」

 西村が艦長に言う。

「だが、魚雷到達まで約6分30秒。敵が変針しないようにこの殴り合いに付き合ってもらわなければならん」

 国見型重巡が搭載するのは最新鋭20.3cm砲(55口径、通称3号)で、国見型のみが搭載する主砲である。
 その射撃速度は毎分3発なので、魚雷到達までに20回近くの斉射が可能だ。
 これを10門合わせれば200発近い20.3cm砲弾を敵に発射できる。
 だが、それは敵も一緒だ。
 むしろ射撃管制システムによって毎分4発近いと考えられていた。
 これだけの砲弾を交し合えば、如何に同クラス砲に対して防御力を高めた国見型、米重巡と言えどただでは済まないだろう。

「小刻みな針路変更で敵を到達予想位置に導く」

 西村は司令官席から立ち上がり、発砲を繰り返す敵艦を見据えた。

「距離九〇!」
「魚雷発射!」
「発射!」

 艦舷から計8発の魚雷が海に投下される。
 それらは短い距離の白い航跡を残し、すぐにそれは掻き消えた。
 酸素魚雷の特徴である、無航跡である。

「『雲仙』、『石鎚』も魚雷発射!」
「『雲仙』艦橋付近に被弾!」

 魚雷到達まで大きな進路変更をせず、四つになって叩き合っていた中、見張員が悲鳴混じりに叫んだ。
 敵2番艦(「チェスター」)と撃ち合っていた「雲仙」にも立て続けに砲弾が命中したのだ。
 その1発は魚雷発射管をスクラップに変え、さらに1発が艦橋下へ命中した。
 12.7cm副砲はグシャグシャになったが、艦橋は折れずに屹立している。しかし、中にいる艦長以下将兵の安否は分からなかった。

『「雲仙」より発光信号。「我、戦闘可能ナリ」』
「よしっ」

 西村は思わず拳を握り締める。
 被弾からすぐに報告があった以上、艦長以下主要な人員は無事だったのだろう。

(不幸中の幸い、か)

 魚雷を発射する前であったのならば、誘爆して大参事になっていたはずだ。

(しかし、高雄型だとこうはいかんな)

 「雲仙」に命中した20.3cm砲弾は先の被弾で5発を超えた。
 叩かれているのは「国見」も同じだが(4発被弾)、高雄型に比べて重防御もあってか、未だ重要地点を撃ち抜かれてはいない。
 一方、「ソルトレイクシティ」は砲撃で第1砲塔が使用不可能となっており、さらに続く砲撃で大火災が発生していた。

(これは・・・・・・・・マズイか?)

 見張員が確認した命中数は8発。
 敵艦に相応のダメージを与えているようだ。

『あ、敵1番艦、速度低下、針路外れます!』
「チッ、やっぱりか」

 叩き過ぎた。
 艦に発生した火災を抑えるためには速度を低下させるしかない。
 だが、速度を低下すれば戦闘を続けられない。
 故に戦線離脱を図り、これまでと同じ針路を取らない。
 その結果、「国見」が放った魚雷は「ソルトレイクシティ」の針路とは異なる場所を通過することとなった。

(撃破はしたが、撃沈はできないか・・・・)

 完全勝利ではないが、勝ちは勝ちである。

「攻撃目標を敵2番艦へ―――」
『―――敵2番、3番に魚雷命中!』

 攻撃変更指示を出そうとした西村の耳朶を見張員の歓喜の声が打った。

「・・・・ッ」

 目を凝らした先に炎に照らされた赤白い水柱が2艦の左舷に立ち上っている。
 両方とも1本ずつの被雷だったが、その威力は絶大だった。
 水柱が崩れ、その奔流に艦上を洗い流された「チェスター」と「アトランタ」が姿を現す。
 それは大きく傾斜し、漂流するだけとなっていた。

「艦長、左魚雷戦は可能か?」
「・・・・・・・・はい。ですが、その前に火を消しませんと」
「戦艦のいい的になるか」

 「国見」は4発、「雲仙」は5発、「石鎚」は7発の主砲弾を食らっている。
 沈むような損害ではないが、火災が発生していた。
 まるで松明のようであり、これで敵戦艦に突入すれば副砲で滅多打ちにされるだろう。

「一度離脱して再襲撃の機会を窺うぞ」

 ここで反転しても左魚雷戦の角度は確保できない。
 西村はそう指示しつつ、熾烈な砲撃戦を行う戦艦と水雷戦隊の方を見遣った。

(しばらく、持ちこたえてくれ)

 水雷戦隊は軽巡「川内」がいるとは言え、戦力はほぼ互角だろう。
 その援護ができないことは悔しいが、一時の情に流されて準主力艦である重巡を喪うわけにはいかない。
 巡洋艦同士の戦闘には勝利した。
 まずはそれで満足し、再戦の機会を窺うのだ。
 ようやく機会を得た水上の艨艟たちによる饗宴はまだまだ終わりそうになかった。









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