サンクリストバル島沖海戦 -2


 

「―――後10分で会敵予想海域に到達します」

 1942年10月27日午前1時11分、サンクリストバル島東方海域。
 ちょうどガダルカナル島とサンクリストバル島を結ぶ直線上を日本海軍第一艦隊が航行していた。
 水偵による前路哨戒を実施し、米海軍を探している。しかし、灯火管制で夜闇にまぎれているであろう米海軍をまだ発見できていなかった。

「敵の速度を見誤ったか?」

 高須は隣の小林参謀長に聞く。
 米海軍を一向に発見できないことに、高須は「もしや米海軍はすでに撤退しているのではないか?」という疑問を抱いたのだ。

「いえ、こちらの偵察機も確かに敵速度が低下したことを確認しています」

 第一艦隊は水上偵察機を敵艦隊上空に派遣し、対空砲火を躱しながら30分に渡って触接した結果、敵の被害、航行速度、方向はかなり正確に分かっていた。
 だから、まず間違いなくこの辺りにいるのだ。

「・・・・敵はこちらを捉えているのか?」
「第三部が把握した敵電探の性能から考えると、さすがに距離があるのでまだしょう」

 第三部が把握した米海軍の電探はCXAMという名前らしい。
 対空電探ではあるが、対水上用としても利用できる。
 その探知能力は約30,000mというのだから、予想海域に敵艦隊がいたとしても遠い。

「それに30,000mならばこちらの見張員も確認可能です」

 おまけに言えば戦艦の砲戦距離だ。

「・・・・小林、見張員も人間だ。絶対に見つけられるとは限らない」

 一方、電探は機械だ。
 信頼性が正しければほぼ確実にこちらを見つけるだろう。

「砲戦距離内でこちらが見つけられず、向こうが見つけている場合は非常に危ない」
「・・・・見張を厳とせよ、と命じます」

 小林は楽観を諦め、表情を引き締めて言った。
 それに頷き、高須は思う。

(こちらの21号電探も対水上電探として使えないものだろうか)

 現在の対空電探である二式二号電波探信儀一型は、最大目盛が150kmと対水上電探としては大きい。
 今のままでは対空はともかく対水上は使えない。

(頼む、敵艦隊を見つけてくれ・・・・ッ)

 高須は祈るように、在空中の7機の水偵からの報告を待った。






サンクリストバル島沖海戦-2 Scene

「―――10時方向、光源あり! 吊光弾の発光と思われる!」
「『武蔵』2番から入電! 敵戦艦部隊発見! 方位―――」

 午前1時28分、日本海軍は米戦艦部隊を発見した。
 位置は予想よりもやや南東だったが、許容範囲内だ。

(祈りが通じたな)

 高須は次々と入る報告に頷き、司令官長席から立ち上がった。

「総員戦闘配置!」

 艦長の命令に復唱が返る中、高須は双眼鏡を水平線に向ける。

「まだ目視には遠いか」
「距離八万です。まだ水平線の向こうですな」

 針路が今のままなら速度差は5kt/hという。
 交戦距離に入るまで1時間以上かかる。

「敵に気付かれる前に戦闘態勢に入ろう」
「同意します」

 小林の同意を得た高須は通信兵に命令した。

「作戦開始を通達、各艦は所定の通りに行動せよ、と命じろ」

 急ぎ発光信号の要員に命じるその兵士の背中に続けて言う。

「後、訓示を届けよ」

 数分後、戦場へ急行するために速度を上げた戦艦「大和」から艦隊全所属艦向けて光が瞬く。
 それと同時に連合艦隊司令部向けにも同文の無電が飛んだ。


『発、第一艦隊司令長官。
 宛、艦隊麾下全将兵。
 敵主力艦隊見ユトノ警報ニ接シ第一艦隊ハ直チニ接敵、コレヲ撃滅セントス。本日月光煌々ナレドモ浪高シ』


「日本海海戦ですか?」

 打電を終えたのを確認した小林が笑み混じりで高須に言う。

「私はこういう時に名文は思いつかん。ならば、誰もが知る言葉を借りるのが良い」

 「事実、士気が上がっただろう?」と続けた高須はニヤリと笑った。
 電文・発光信号と同じ言葉を艦長経由で受け取った「大和」将兵が奮える。
 そんな空気を介しないうねりのようなものを高須は感じていた。

「連合艦隊司令部より返電! ・・・・・・・・こ、これは・・・・ッ」

 暗号を解読した通信兵が感極まって言葉を詰まらせる。

「どうした、早く報告しろ!」

 小林が叫ぶと、通信兵は直立不動で声を張った。


『発、連合艦隊司令長官
 宛、第一艦隊将士諸君
 皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ』


「「「―――ッ」」」

 艦橋上にいる全将兵の背が震えた。

(長官はズルいなぁ。俺がああ打つことを見越して"コレ"を預けたのだろう)

 「あと、俺への返電じゃなく、兵士を含む全員への返電が憎らしい」と高須は苦笑する。だが、次の瞬間には表情を引き締めて大音声で命じた。


「Z旗を掲げよッ」
「「「オオゥ!!!」」」


 スルスルと「大和」のマストにZ旗が登り、南海の風を受けて翻る。
 それを見た後続艦「武蔵」が発光信号で僚艦へ伝えた。


『Z旗掲揚』


 それだけでこの海域に展開する将兵の士気が急上昇する。
 第一艦隊は、日本海開戦以来となる主力艦隊同士の艦隊決戦へ向けて突進した。




 サンクリストバル島沖海戦。
 これは1942年10月28日午前2時17分に勃発した日本海軍とアメリカ海軍の主力艦隊による艦隊決戦の名称だ。
 両軍合わせて戦艦が12隻も揃った戦いは、第二次世界大戦でも初めてのことだった。
 しかも、両軍とも最新鋭戦艦を投入したこともあり、後の世でも軍人や戦史研究家、軍事研究家がこぞって研究した海戦である。
 彼らが口を揃えて言ったのは、日米両海軍が「ほぼ"同条件"で激突した戦い」だった。


 戦闘方式:夜間砲雷戦闘
 戦艦隻数:6 vs 6
 主砲口径および数:
  日本海軍46cm×18、40.1cm×16、35.6cm×16の計50門
  米海軍40.1cm×35、35.6cm×24門の計59門
 射撃管制:共に観測機(米海軍はレーダー破損のため)


 異なるのは主砲性能だけだ。
 大和型が投入されたことで、日本海軍の方が口径は上。
 だが、砲門数で米海軍が勝っていた。


 後世の人間が言う戦略的"五分"の状況。
 勝敗を分けたのは、戦術だった。




「―――同航右砲戦、目標米戦艦群」

 戦艦「大和」の夜戦艦橋に高須の声が響いた。
 高須は復唱の声を聴きながら水平線を睨みつける。
 1942年10月28日午前2時17分、サンクリストバル島東方沖。
 ここに日本海軍と米海軍の主力艦隊が出会った。
 米海軍は空襲で損害を受けているが、それでも十分な戦闘能力を有している。
 特に偵察報告にあった最新鋭戦艦3隻は脅威だった。

「長官、陣形はこのままですか?」

 観測機の情報では、米海軍戦艦群は以下の陣形らしい。
 先頭から「サウスダコダ」、「ワシントン」、「コロラド」、「ペンシルベニア」、「アイダホ」、「ノースカロライナ」の順だ。
 一方、日本海軍は先頭から「大和」、「武蔵」、「長門」、「陸奥」、「比叡」、「霧島」だ。
 主砲口径×砲門数で比較すると以下の通り(○:日本軍有利、×:同軍不利、-:互角)。


 「大和」(46cm×9)vs「サウスダコダ」(40.1cm×9)・・・・○
 「武蔵」(46cm×9)vs「ワシントン」(40.1cm×9)・・・・○
 「長門」(40.1cm×8)vs「コロラド」(40.1cm×8)・・・・-
 「陸奥」(40.1cm×8)vs「ペンシルベニア」(35.6cm×12)・・・・○
 「比叡」(35.6cm×8)vs「アイダホ」(35.6cm×12)・・・・×
 「霧島」(35.6cm×8)vs「ノースカロライナ」(40.1cm×9)・・・・×


「如何に敵戦艦が航空攻撃で損害を受けているとはいえ、主砲は全力射撃が可能なのですが・・・・」

 近代化改装を経ているとはいえ、金剛型に1クラス上の最新鋭戦艦と戦えとは厳しい命令だ。
 小林は「霧島」が早々に撃破され、数的不利になることを危惧していた。

「今ここで陣形を変えようとすれば、そこを米軍は衝いてくるぞ。そっちの方がよっぽど危険だ」

 小林の懸念は尤もだが、それを高須は戦術的不都合から切り捨てる。
 それに高須は軍艦性能で不利でも致命的ではないと思っていた。
 本来ならば「ノースカロライナ」は2番艦もしくは3番艦を務めていたはずである。
 それが最後尾に位置しているということは、日本海軍が持つ40.1cm砲搭載戦艦と戦うことが難しいほどの損害を受けたということと考えていた。
 そして、それは事実なのだ。
 「ノースカロライナ」は魚雷による速度低下と爆弾による射撃指揮所1箇所の使用不能という損害が出ている。
 これは言わずもがな砲撃戦に影響を与える。
 だから、リーは最後尾に「ノースカロライナ」を置いたのだ。

「距離四二〇(42,000m)!」

 見張員が距離をカウントする。
 砲戦距離ではないが、交戦距離と言っていい至近距離だ。

「さあ、もう時間がないぞ。覚悟を決めろ」
「まるでぐずっているように言わないでいただきたい」

 憮然と言い返した小林は、ため息で全ての感情を流した。そして、意見具申する。

「長官、ならば―――」


 午前2時25分、「大和」と「サウスダコダ」の距離が40,000mに達した時、「大和」の艦上で9つの光が生じた。
 遅れて届く轟音にアメリカ軍将兵は発砲したのだと悟る。しかし、同時に首を傾げた。
 距離40,000mは遠い。
 サウスダコダ級およびノースカロライナ級戦艦の主砲最大射程距離は約37,000m。
 その1割弱増しの距離だ。
 砲弾は虚しく水柱を立てるだけだろう。


「―――な、なんだぁっ!?」

 「サウスダコダ」の副砲射撃指揮所にいたダニエル・ハナセック軍曹は目の前で広がった炎に悲鳴を上げた。
 炎は放射状に広がって「サウスダコダ」近辺に落下する。
 日本海軍の先頭艦から砲撃を受けたらしいが、まだ遠いから安心していた。
 そもそも発砲光も水平線の向こうに見え隠れする程度の小さな点である。

(それでもこんな大きな爆発を・・・・・・・・って、なんで"爆発"?)

『第4射まもなく着弾』

 敵の発砲光から着弾までの時間から逆算した第4射到達時間が艦橋から届いた。
 彼我の距離はお互いが詰めようとしている関係で縮まっている。
 だが、それでも届く距離ではない。

(本当、か・・・・?)

 知識は「届かない」と言っているが、先程の爆発を見ると不安になってきた。

「な、なあおい」
「何だ?」

 隣の戦友に話しかける。

「防盾ってどこかにあったか?」
「は? ここは指揮所の中だぜ?」

 「この壁自体が防盾だろ?」とばかりに彼はコンコンと壁を叩いた。

「そうだが・・・・」

 次の瞬間、ハナセック軍曹は嫌な予感がして顔を正面に戻す。そして、見た。

「「―――っ!?」」


 先程よりも近い位置で爆発した砲弾から放射された爆風が火の粉と共に「サウスダコダ」を襲い、艦上構造物を強かに打ち据えた。
 それらは威力的に「サウスダコダ」をどうこうするものではない。

『副砲射撃指揮所、被害報告はどうした?』

 どうやら「大和」が叩きつけていたのは対空砲弾だったらしい。
 驚異的な飛距離と子弾散布域の広さだが、それまでだ。

『・・・・おい、副砲射撃指揮所!? 応答せよ!?』

 46cm対空砲弾の弾片は高速で副砲射撃指揮所を襲い、防弾ガラスを紙細工のように叩き割っていた。そして、そのガラス片と共に内部をズタズタに引き裂く。
 それはそこにいた人体も同様だ。

『・・・・チッ、誰か指揮所に確認へ行って来い!』

 艦長の命令が響く中、第5射が「サウスダコダ」手前で爆発した。
 それはちょうど「サウスダコダ」より手前を航行していた駆逐艦に火の粉が舞い落ち、艦上構造物に引火する。
 それは遠目からも赤々と見え、艦隊の位置を露呈させた。

「―――おいおい、なんかでけぇのがいるぞ」

 日本艦隊上空に達した弾着観測機――OS2U「キングフィッシャー」の機内で、機長を務めるビリー・キース少尉は同僚に言った。
 同僚も呆然と長距離一斉射撃を行っているモンスター戦艦を見下ろしている。

(まるで他の戦艦が子供のようだ・・・・)

 主砲を斉射しているのは日本戦艦群の先頭2隻だ。
 「長門」以下は沈黙している。
 それでも発砲炎に照らされており、先頭2隻と後方4隻の差が分かる。

(それに、この轟音と長射程は・・・・)

 「まさか18インチ砲搭載艦・・・・?」と呟いたキースを後部座席の同僚が現実に引き戻した。

「少尉! 後上方に敵機!」
「―――っ!?」

 慌てて横転させた機体脇を曳光弾と徹甲弾が突き抜け、続いて水上機が通過する。

「おいおい、マジか!?」

 機影は零式観測機だ。
 名前通りOS2Uと同じく弾着観測、偵察が任務の機体である。
 間違っても戦闘行動はできない、はずだ。

「あ!?」

 視界の端で味方のOS2Uが火を噴いて墜落した。

「目潰しか!?」

 キースは自軍のレーダーが破損していることを知っている。
 ここで観測機を喪えば、艦隊決戦に影響することは痛感していた。

(だけど、それは日本軍も分かっていた・・・・ッ)

 だから観測機を落としに来たのだ。

「敵機上空!」
「・・・・ッ!?」

 言葉と共に降ってきた機銃弾を避け、キースの視界が暗転した。
 左横から飛んできた機銃弾がコックピット諸共キースの肉体をズタズタに引き裂く。
 火の玉が戦艦「大和」の傍に落ちるなり、日本海軍上空における曳光弾の煌めきが消えた。



「―――長官、敵観測機、全機撃墜です」
「ほお、零観もやるではないか」

 零式観測機は複葉と旧式然とした姿だが、無類の安定性と高い各党性能を持っている。
 零戦を水上機型にした二式水上戦闘機よりも軽快だと言われ、慣れれば夜間戦闘もこなす。
 大した機体ではない米観測機では太刀打ちできなかっただろう。

「武蔵4番、吊光弾第二弾投下!」
「距離三六〇!」

 斜めに切れ込むようにして距離を詰める第一艦隊の旗艦「大和」の艦橋に報告が入る。
 それはどれも「時は来た」と思わせるものだった。

「弾種変更、徹甲弾! 『長門』以下、各々の目標に対して撃ち方よぉい!」

 高須は上空の明かりと海上の炎に浮かび上がる敵戦艦を睨みつけながら命じる。

「距離三四〇から砲撃する」
「了解」

 高須の言葉に小林が頷いた。
 また、その言葉を聞いた高柳儀八艦長も頷く。
 大和型戦艦の特徴は世界中の戦艦に対してアウトレンジ戦術が採れることだった。しかし、それでは長門型や金剛型がついてこられない。
 だから敢えて近づき、全艦砲撃可能な距離で勝負するのだ。
 被弾の可能性も大きくなるが、米軍の目は死んでいる。
 レーダー等の電子機器が損傷し、観測機も撃墜した。
 おまけに夜戦だ。
 これまでのソロモン戦線で、米軍の夜戦能力がそれほど高くないことは分かっていた。

(日ごろの訓練成果を出す理想的な状況だ)


 日本海軍は全艦が右砲雷同時戦の構えで米海軍に接近していた。
 その陣形は次の通りだ。
 艦隊前路哨戒部隊(「秋雲」、「夕雲」)を進ませ、その後方に戦艦部隊(「大和」、「武蔵」、「長門」、「陸奥」、「比叡」、「霧島」)が続く。
 さらに戦艦部隊後方には重巡部隊(「国見」、「雲仙」、「石鎚」)が続き、機を見て接近、水雷戦で敵戦艦を攻撃する。
 第三水雷戦隊(+第六駆逐隊)は戦艦部隊の外側を並走する形で航行しているが、いざ主力艦同士の砲撃戦が始まると増速して魚雷の射点につく構えだ。
 第六駆逐隊は逆側、戦艦部隊内側につき、敵駆逐艦が戦艦に接近するのを阻止する。
 最後に後方哨戒部隊(「巻雲」、「風雲」)を置き、残敵掃討や味方艦救援に動く。


(真っ向勝負の陣形だ!)

 高須は参謀が告げるカウントダウンのような距離を聞きながら思った。

(正面から撃破し、日本海軍の底力を見せつける!)

「三四〇!」


「―――こぉげき始め!」


 次の瞬間、「大和」の3砲塔3門が火を噴き、世界最大の主砲が徹甲弾を撃ち出した。









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