サンクリストバル島沖海戦 -1
(―――さあ、待っているぞ、日本海軍) 1942年10月26日午後5時15分、ガダルカナル島東北東。 ここをアメリカ海軍第64任務部隊が航行していた。 その戦力は"主力艦隊"と呼ばれてもいい強力なものだ。だがしかし、空母部隊が敗れたため、砲火を交えずに撤退に移っていた。 (追ってくるよな、日本海軍) そんな劣勢の中、戦艦「サウスダコダ」の艦橋に立つウィリアム・リー少将は仁王立ちのまま水平線を睨みつけていた。 その方向は東北。 日本海軍主力部隊がいる方角だ。 (お前たちもそのつもりで第一艦隊を投入してきたんだろう) アメリカ海軍はこの第三次ソロモン海戦に6隻の戦艦を投入している。 一方、日本海軍も最新鋭を含む複数の戦艦を投入している。 夕闇が迫り、航空機が跳梁した時間は終わろうとしていた。 これからは夜戦が可能な水上艦艇の時間だ。 (お前たちは夜戦が得意なのだろう?) これまでのガダルカナル島北方海域で交わされた水上艦艇同士の戦いでは、日本軍の驚異的な夜戦能力によってアメリカ海軍は多大な損害を受けていた。 だが、戦艦同士の殴り合いはまだない。 戦艦vs戦艦の戦いは本年初頭に交わされたミンダナオ島沖海戦だ。 (この時のアメリカ艦艇は旧式艦だった) おまけに相手は新型だった。 (今度はこっちも新型だ) 第64任務部隊の所属艦艇は以下の通りだ。 戦艦「サウスダコダ」、「ワシントン」、「ノースカロライナ」、「コロラド」、「ペンシルベニア」、「アイダホ」。 重巡「ソルトレイクシティ」、「チェスター」。 軽巡「アトランタ」。 駆逐艦「ウォーク」、「グウィン」、「ベンハム」、「カッシング」、「ドレイトン」、「ステレット」、「オバノン」、「アーロン・ワード」、「フレッチャー」。 戦艦6隻、重巡2隻、軽巡1隻、駆逐艦9隻、計18隻。 戦艦は「サウスダコダ」、「ワシントン」、「ノースカロライナ」が新鋭戦艦だ。 40.6cm砲搭載艦として、世界最高峰に位置するとリーは自負している。 詳細不明の日本海軍新型戦艦も恐れるものではないと判断していた。 「―――対空レーダーに感あり!」 頼もしげに主砲の方針を見ていたリーを、レーダー観測員の声が引き戻した。 「北北東より接近中。・・・・100機近い大編隊です!」 「何ィッ!?」 同乗するウィリアム・ハルゼー中将が叫ぶ。 「攻撃隊・・・・?」 リーも驚いた。 偵察機ではなく、攻撃隊だ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 午後5時だ。 まだ日没はしていないが日は傾いており、300kmは離れているであろう敵空母部隊へ帰還する時には夜になっているだろう。 「対空戦闘用意!」 狙いは空母部隊だろうが、用意するに越したことはない。 第64任務部隊はガダルカナル島とサンクリストバル島の間を通過して撤退するアメリカ軍の殿だ。 (こちらを発見して攻撃してくる可能性は否定できない) こう思いつつも艦隊決戦に思いを馳せるリーは、どこか他人事のように鳴り響く対空警報を聞いていた。 サンクリストバル島沖海戦-1 scene 「―――次はどう動くかだが・・・・悩ましいものだな」 第64任務部隊が日本海軍攻撃隊を察知する1時間30分前の午後3時43分。 ウラワ島東方を第三艦隊は航行していた。 第一次攻撃隊の第一波および第二波を収容し、戦果確認と再出撃可能機の算出中である。 なお、被弾した空母「翔鶴」は旗艦のままだ。 これは同じく被害を受けた空母「蒼龍」が沈没したために損傷艦が「翔鶴」だけとなったからだ。 敵航空攻撃を受ける可能性が減った今、艦隊を分ける方が潜水艦に襲われる可能性が高くなると司令部は判断した。 「速報では米海軍の残存空母は目標Bの『ヨークタウン』級2隻です」 悩む小沢に対し、源田が言った。 「また、索敵の結果、敵戦艦部隊もいます」 戦艦6隻と強大だ。 こちらの第一艦隊より強力と言える。 「戦艦部隊の位置は空母部隊よりも近いのだな?」 「はい、目標Bは約300km。戦艦は約250kmです」 「しかし・・・・」と源田は続けた。 机の上に置かれた海図を指差し、そこに置かれた駒を示す。 「第一艦隊はウラワ島南方に進出していますが、敵戦艦部隊との距離は200km前後でしょう」 敵は手負いの空母部隊をかばいながら撤退している。 速度は遅く、偵察機の報告では15kt/h程度だった。 一方、第一艦隊は22kt/hで西方へ突進している。 7kt/h差。 メートル法に換算すると13km/h差。 それは距離を詰めるのに15時間かかり、約600kmも移動することを意味する。 「艦隊全体の補給などを考えると捕捉・撃滅することは困難です」 源田ははっきり言い、その言葉に小沢も頷いた。 行軍距離が延びればそれだけ補給部隊も戦線奥深くに侵入することになる。 敵潜水艦の脅威は薄れておらず、いたずらに補給部隊を危険に晒すわけにはいかない。 「ここは戦艦部隊を無視し、薄暮攻撃を覚悟で敵空母に再攻撃をかけるか否かを議論するべきでしょう」 ガダルカナル島をめぐる戦いで、制海権よりも制空権の方が重要視されるようになっている。 その制空権を握るには敵空母の撃滅が条件だ。 「第二次攻撃隊を送り出すとなると帰還は日没後となるぞ」 「熟練搭乗員を選抜すればよいでしょう」 ベテランが減ったとはいえ、夜間着艦をこなせる搭乗員がいないわけではない。 第一次攻撃によって空母だけでなく、護衛艦艇も損傷した敵部隊だ。 多少、攻撃機の数が少なくても手負いの空母を葬るのは容易い。 「今ここで敵空母を叩かねば後の禍根になります」 脅すように言い放った源田に、小沢は考え込むように顎に手を当てた。そして、視線を参謀長である山田定義に向ける。 「参謀長はどう考える?」 山田は源田と同じく航空屋だ。 だが、戦局を見通す目は少将と中佐では比べ物にならない。 「・・・・このタ号作戦で与えられている我々の作戦目的は制海権・制空権の確保です」 山田は少し悩んでから物事を整理するために前提を話した。 「その作戦目標はガダルカナル島周辺を遊弋する米海軍の撃破でした」 山田の言葉に小沢以下が頷く。 「それは空母部隊の撃破、戦艦部隊の撤退で達成したと言えます」 ガダルカナル島周辺の敵は一掃したのだ。 「故に私は危険の伴う夜間着艦を念頭に置いた空母攻撃は取り止め、ガダルカナル島周辺に進出すべきと考えます」 「参謀長!?」 山田の意見具申に源田が悲鳴混じりの声を上げた。 それを手で押さえ、山田は続ける。 「第一艦隊も同調すべきと連合艦隊司令部へ意見具申するべきです」 戦果拡大は必要だが、攻撃隊の損耗は無視できない。 "航空屋"故のもうひとつの判断に源田は歯噛みするしかなかった。 山田が言うことも理解できるのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・よし、我らは―――」 「―――待ってください」 決断を口にしようとした小沢を遮ったのは、これまでほとんど話すことのなかった情報将校の従兵だった。 「おい、貴様、長官の言葉を―――」 「参謀長」 注意しようとした山田を源田が止める。 これも非礼なことだったが、山田は源田の表情を見て毒気が抜かれた。 源田のそれは、呆れや諦めという源田らしからぬ表情だったからだ。 「君は・・・・・・・・・・・・誰だ?」 小沢は嘉斗のことを思い出そうとしたが、記憶にないことに驚いた様子で呟いた。 「ちょっと、いいんですか?」 嘉斗の背中から"正規"の情報士官である高遠信光が声をかけてくる。しかし、嘉斗は取り合わずに魔術を解除した。 「軍令部第三部所属、高松嘉斗中佐です」 「「「た、高松!?」」」 途端にはっきりした嘉斗の顔に、司令部要員は愕然とする。 "なぜ気付かなかったのだろうか"。 その顔は見知った直宮――高松宮嘉斗殿下のそれだった。 (まあまあ、いいじゃありませんか) 「おいおいどうすんだよ。おい!?」とでも言いたげな視線を向ける源田に苦笑し、嘉斗は海図を指差す。 「確かに第三艦隊の奮闘で敵空母部隊を撃破しました。しかし、戦艦部隊が残っているではないですか」 「いや、そもそも殿下が何故ここに・・・・」 「この敵戦艦部隊は戦力を喪っていません」 山田の呟きを無視し、嘉斗は続けた。 「もしここで我々が変針し、第一艦隊もこれに続けば、この敵戦艦部隊がガダルカナル島沖に戻り、味方上陸部隊を攻撃するかもしれません」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 嘉斗の指摘に小沢と山田は黙り込む。 そうなのだ。 米艦隊が撤退しているのは、この海域に第三艦隊等の強力な日本海軍がいるからだ。 「だが、どうする?」 沈黙する首脳ふたりに代わり、源田が発言した。 「第一艦隊が追い付くには彼我の距離が遠すぎる。航空部隊で攻撃するにも夜間着艦できる者たちを選りすぐっても攻撃力が足りない」 源田の感覚だと、攻撃隊は雷爆合わせて30機が関の山だろう。 手負いの空母を仕留めるのと無傷の戦艦部隊を沈めるのとでは必要な攻撃力が違う。 「いえいえ、何も航空攻撃だけで戦艦部隊を撃破する必要はありませんよ」 「「「?」」」 小沢、山田、源田が揃って腕組みして首を傾げた。 全く同じタイミングで同じ行動をしたことに嘉斗は思わず笑みを浮かべる。 「我々の武器は航空機だけですか?」 嘉斗にできるのは提案だけだ。 決定的な意見具申をしてはならない。 それは情報将校の職分を超えることだ。 だから、"気づき"を促す。 「・・・・・・・・・・・・そうか、戦艦か」 やはりというか、そこに気が付いたのは"航空屋"ではない小沢だった。 「源田、少ない攻撃力だが、戦艦部隊の足を緩めることは可能か?」 「・・・・・・・・魚雷さえ当てられれば速度は低下します」 山田や源田も思い至ったのか、したり顔で頷く。 「では、山田。参謀たちと共に敵の戦艦部隊をどの程度減速させることができ、さらに第一艦隊の進撃速度をどの程度上げれば、作戦行動半径内で収まるかを計算せよ」 「はっ」 山田が航海参謀などと共に海図に張り付く。 「源田は『瑞鶴』へ移動し、飛行長に作戦内容の説明および搭乗員の選抜を行え」 「承知いたしました」 源田が一礼すると艦橋から急ぎ足で出て行った。 嘉斗と擦れ違う時、チラリと見てきたが、結局何も言わずに走り去る。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 それを見送り、嘉斗は小沢に向き直った。 「仕方がない人だ・・・・」 その様子を見て、小沢は脱力したように司令官席に座りこむ。そして、眉間を揉み始めた。 「眼底疲労ですか? まあ、綱渡りの作戦が続きますからね」 自身も疲れを延すように伸びをする。 「・・・・殿下?」 「お前のせいだろ、分かってんだろ!?」という剣呑な視線を放つ小沢。 「ああ、もうひとつ」 それを飄々と受け止めながら嘉斗は親指で行儀悪く、並走する巨艦を指差した。 「アレ、ここにいるより前線に送る方が役に立ちません?」 「・・・・っ・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・はぁ・・・・」 何かを言おうと口を開けた小沢だが、漏れ落ちたのはため息。 「第十一戦隊と・・・・・・・・第一〇駆逐隊を第一艦隊に合流させるべく準備を開始させろ」 「『比叡』と『霧島』を、ですか?」 「敵は戦艦6隻。如何に第一艦隊が強力でも隻数は変えられない」 主砲の口径よりも数の方が強いこともあるのだ。 なお、第一〇駆逐隊は戦艦の護衛だ。 「第一艦隊より返信! 『貴艦隊の作戦具申に賛同す。今宵の南海は日の丸で埋め尽くす』とのことです」 まだ年若い通信兵が頬を紅潮させて第一艦隊司令長官――高須四郎海軍中将の言葉を代弁した。 「おお、逸っているな。さすが高須さんだ」 この第三次ソロモン海戦において、未だ砲火を交えていないのは第一艦隊のみである。 彼らが持つ戦艦は決して対地艦砲射撃のためではない。 同じ海のモンスター――戦艦を打ち沈めるためのものである。 「決戦は続くが、明日の朝日が昇るまでには終わらせる!」 小沢がそう叫ぶと応じるように艦橋要員が声を上げた。 (・・・・・・・・これでいいですよ) 嘉斗はチラリとこちらを見てきた小沢に頷く。 今回の戦闘継続決定は嘉斗が行ったようなものだが、彼は決定的な言葉を一切口にしていなかった。 嘉斗は現状把握をもう一度させただけで、作戦内容についての意見具申はしていないのだ。 故に戦闘詳報には嘉斗の名前が載ることはない。 それは皇族による積極的な戦争介入の証拠が残ることはない、ということである。 「全く、面倒です」 嘉斗の意志を組んでくれた小沢に一礼し、嘉斗はため息交じりに言った。 「―――ええそうですね」 その肩をガシリと掴む高遠。 「記録には残らずとも記憶に残ってしまいました。私が隠れ蓑になるために乗船した意味がなくなってしまいましたが、それはどうするつもりですか?」 いい笑顔で迫ってくる高遠に嘉斗は笑顔で告げる。 「僕に影響のない範囲で頑張ってください」 「ああ~!? 帰ってきてください、磯崎さん!」 開戦直前まで嘉斗と皇室を繋いでいた宮内省役人の名を呼ぶ高遠を、嘉斗は一瞬で思考から切り捨てた。 (さあ、出番が来ましたよ、戦艦の) 嘉斗は戦場へ向かう戦艦「比叡」、「霧島」の後姿を見ながら思う。 (世界最大の巨砲が唸るその場所・・・・) 願わくは鉄砲屋として、その場にいたかった。 (後は頼みますよ、第一艦隊) 嘉斗は脳裏に焼き付いた戦艦たちの雄姿にそう思う。そして、ちょうど「瑞鶴」での調整を終えて戻ってきた源田から逃げるため、艦内へ早足で逃げ出した。 第三艦隊の4空母から出撃したのは、合計88機と、源田が予想していたよりも多くなった。 零戦50機、彗星21機、天山17機がその内訳であり、圧倒的に零戦が多い。 制空権をほぼ確保しているというのにこれだけの戦闘機を出撃させる理由は、敵艦への機銃掃射が目的だった。 機銃弾で軍艦を沈めることは難しい。しかし、艦上構造物を破壊することは可能である。 対空機銃や電探を始めとする精密機器を潰すのも手。 艦橋に射撃し、要員を殺傷するのも手。 一撃必殺とばかりに魚雷発射管を狙うのも手だ。 とにもかくにも敵の足を止める。 そのために送り出された88機の矢は、殿を受け持つ目標C(第64任務部隊)へ向かった。 距離が近い分、帰還も早くなる。 第三艦隊は25kt/hで西へと爆走し、帰ってくる搭乗員たちのために少しでも明るい時間を確保しようとした。 「―――クソッ、やってくれたな、ジャップ!」 1942年10月26日午後6時10分、サンクリストバル島沖西北西100kmの位置。 ここにアメリカ海軍第64任務部隊がいた。 その旗艦・戦艦「サウスダコダ」の艦橋で、ウィリアム・ハルゼー中将は忌々しげに空を見上げている。 ついさっきまで日本海軍機が席巻していた空をだ。 「被害状況知らせ!」 リー少将が叫ぶ中、ハルゼーは唇を噛んで悔しがった。 (まさかこちらを攻撃してくるとは・・・・ッ) 油断をしているつもりはなかったが、あの攻撃は予想外である。 30分ほど前、上空に到達した40機弱の戦闘機が急遽翼を翻して降下した。 第64任務部隊よりも南方の空母「ヨークタウン」に向かうと思われていた航空隊の、それも戦闘機が戦艦部隊を襲うなど、誰が予想しえようか。 (全く、ジャップはクレイジーだ!) 低空に降下した零戦は慌てて対空機銃に飛びついた米兵をあざ笑うかのように飛行し、機首と翼の機銃を発砲した。 12.7mmと20mmの弾丸で沈む船はいない。だが、艦上機器と対空要員は別だ。 機銃の破損や機銃員の死傷が続出し、さらに大胆な艦橋への射撃も行われる。 対空射撃によってアメリカ海軍がパニックに陥る中、低空から接近した艦爆、艦攻による肉薄攻撃も行われた。 「司令官、被害を受けた戦艦は本艦と『ノースカロライナ』、『アイダホ』です」 リーの被害報告にハルゼーは表情を歪めながら頷く。 被害をまとめると以下の通りだ。 戦艦:「サウスダコダ」爆弾1発、「ノースカロライナ」爆弾と魚雷各1発、「アイダホ」魚雷1発。 巡洋艦:重巡「チェスター」爆弾1発、軽巡「アトランタ」爆弾1発。 駆逐艦:「モンセン」至近弾1発。 その他:零戦による機銃掃射の影響で対空機銃座や艦上設備が損傷。 「現在、火災鎮火のために速度を低下。さらに魚雷により『ノースカロライナ』、『アイダホ』は速度規制があります」 「これは問題です」とリーは硬い表情で言った。 「どの程度で動ける?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・対潜航行もありますので、実質的に12kt/hでしょう」 ハルゼーの問いにリーが憎々しげに答える。 「航海参謀、確か10kt/hを出せれば明日の朝には敵の空襲圏外に出られるのだな?」 「ハッ、その通りです。さすがにガダルカナル-サンクリストバル南方へは進出してこないでしょう」 航海参謀の答えにハルゼーは頷き、リーに向き直った。 「速度は問題ないが、その顔はまだ何か悪い知らせがあるのか?」 「・・・・ええ」 リーは表情を歪めたまま報告する。 「レーダーを始め、射撃指揮所や測距儀などを損傷した艦があります」 「・・・・ほう」 「もし敵戦艦部隊が夜戦を挑んできた場合、この点で本艦隊は不利となります」 主砲は撃てるが、命中率が低下したということだ。 おまけにこちらは速度が出ない。 相手の命中率が上がったと見るべきだ。 「敵戦艦は4隻。こちらが手負いとは言えそう簡単に挑んでくるとは思えませんが・・・・」 参謀長が口を挟むが、彼に向けてハルゼーは首を振った。 「いいや、奴らは海軍紳士の薫陶を受けている」 日本海軍の師匠はイギリス海軍だ。 彼らの伝統は「Search & Destroy」である。 これを日本海軍も「見敵必戦」として受け継いでおり、戦艦部隊は艦隊決戦のために距離を詰めようとするだろう。 「リー少将、貴様の予想では艦隊決戦は起きるというのだな?」 「はい」 ハルゼーの問いにリーは簡潔に返事した。 「いいだろう」 大仰に頷いたハルゼーは獰猛に笑う。 「さあ、エセ紳士気取りの黄色い猿どもを我らの剛腕で叩き潰すぞ!」 ハルゼーの言葉に皆が雄叫びを上げた。 「―――焦ってはいかんな、参謀長」 1942年10月26日午後5時30分、サンクリストバル島北方。 ここを航行する第一艦隊旗艦・戦艦「大和」の艦橋で高須四郎中将は参謀長・小林謙五少将に言った。 「ハッ、焦っては仕損じることになりましょう」 父や兄が陸軍軍人らしいきびきびとした口調で彼は続ける。 「第十一戦隊が加わればこちらも戦艦6隻。航空部隊が足さえ緩めてくれれば十分に追いつけます」 「そうだな」 高須は大きく頷き、大和の夜戦艦橋から周囲を見遣った。 そこにはやや速度を落としながらも戦場へ急ぐ艦艇たちがいる。 (いつ見ても壮観だ) この艦隊を率いることができる栄誉を旨に、来るべく決戦での必勝を決意した。 第一艦隊の陣容は以下の通り。 第一戦隊:戦艦「大和」(第一艦隊旗艦)、「武蔵」。 第二戦隊:戦艦「長門」、「陸奥」。 第七戦隊:重巡「国見」、「雲仙」、「石鎚」。 第三水雷戦隊:軽巡「川内」。 第十一駆逐隊:駆逐艦「吹雪」、「白雪」、「初雪」、「叢雲」。 第十九駆逐隊:駆逐艦「磯波」、「浦波」、「敷波」、「綾波」。 第六駆逐隊:駆逐艦「雷」、「電」、「響」、「暁」。 これに第十一戦隊(戦艦「比叡」、「霧島」)と第一〇駆逐隊(駆逐艦「秋雲」、「夕雲」、「巻雲」、「風雲」)を編入する。 戦艦6隻、重巡3隻、軽巡1隻、駆逐艦16隻、計26隻の大艦隊だ。 米艦隊が20隻前後とのことで、戦艦戦力が互角でも水雷戦になれば日本が隻数で有利になる。 因みに臨時編成だった第五航空戦隊は第一水雷戦隊主力の護衛を受け、第三艦隊と合流するために東進していた。 「―――っ!? 南南西よりト連送を受信!」 「始まったかッ」 その無電は紛れもなく、第三艦隊による第二次攻撃隊のものだ。 米戦艦部隊への攻撃を開始したのだろう。 「あ、攻撃隊からの戦艦部隊位置情報です!」 攻撃の他に偵察の任務を帯びた航空機がいたのか、第一艦隊宛に無電を打ってきた。 それを捉えた通信兵は暗号を解読してそれを言葉にする。そして、その情報を航空参謀は海図を睨みながら敵を意味する駒を手に取った。 「・・・・ここです」 攻撃隊が示した敵艦隊の位置。 それは第一艦隊から約180kmだ。 対空戦闘中は思うように進めない。 その間に距離を詰めることを考えれば、十分に交戦距離50km以内に持って行ける。 「電探に感あり! 方位170度。・・・・増援の第十一部隊だと思われます」 そんな計算が皆の脳裏を過った時、来援を告げる報告が上がった。 まさに思い描いていた通りの展開。 「―――諸君、決戦だ」 高須は艦橋要員を見回しながら言う。 「もう、"柱島艦隊"などと呼ばせないぞ・・・・ッ」 開戦以来、第一艦隊は呉軍港柱島泊地に在泊することが長かった。 第一航空艦隊が活躍すると、彼らは"柱島艦隊"と蔑称で呼ばれるようになる。 着る必要のなかった汚名を、ここで返上するのだ。 その気持ちは、第一艦隊に在籍する将兵の想いだった。 |