南太平洋海戦 -3
南太平洋海戦。 忠実では1942年10月26日に勃発したそれは、日本海軍空母艦隊の最後の煌めきだった。 この日、空母航空隊は大打撃を受け、二度とその傷を癒すことができなかった。 航空隊の壊滅。 その要因は戦闘機の絶対数不足による攻撃隊護衛の失敗、攻撃機の防御力不足が挙げられる。 また、潜在的には搭乗員の練度低下もあるだろう。 だが、本物語では以下の点が忠実と異なっている。 ・戦闘投入空母数 これは第三艦隊に大型空母2隻(「翔鶴」、「瑞鶴」)、中型空母2隻(「蒼龍」、「雲龍」)、小型空母2隻(「瑞鳳」、「龍鳳」)が、第一艦隊に準中型空母2隻(「隼鷹」、「飛鷹」)、第二艦隊に準中型空母2隻(「雷鷹」、「鳴鷹」)がいた。 これは忠実の空母4隻(「翔鶴」、「瑞鶴」、「隼鷹」、「瑞鳳」)を上回る。 ・搭載機数 上記空母数の違いから当然搭載機数も異なる。 物語では約610機を投入し、真珠湾攻撃を上回る機数を持ってきていた。 ・戦闘機比率の変化 戦闘機専用空母の投入もあり、戦闘機比率は搭載機中で最大となった。 ・新型艦上機の投入 九七式艦上攻撃機が天山に、九九式艦上爆撃機が彗星に、それぞれ換装。 さらに零式艦上戦闘機も二一型から二二型に変わっている(第四、第五航空戦隊は二一型のまま)。 これらの違いが、どう戦況に影響するのだろうか。 南太平洋海戦 -1 scene 「―――第一波攻撃隊、発艦!」 1942年10月26日午前11時、ウラワ島北東。 ここを航行する日本海軍第三艦隊旗艦・空母「翔鶴」の飛行甲板で甲板要員が旗を振った。 それに合わせて車輪止めが次々と外され、プロペラの推進力で零戦が甲板を疾走する。 風上に向かって最大戦速で突っ走る「翔鶴」との合成風を得て、甲板先までまだ距離がある時点で先頭機がふわりと浮き上がった。 ベテランが習得した、短距離発艦である。 「制空隊、ですか」 それを艦橋から見ながら、嘉斗は呟いた。 主力空母4隻から12機ずつ、計48機が攻撃隊に先行して敵艦隊(目標A、第17任務部隊)を目指す。そして、上空にいるであろう敵防空隊を制圧するのだ。 ワイルドキャットは改良版が投入され、零戦は開戦時の優位性を失っていた。 それでも一対一ならばまだ零戦はワイルドキャットに優位だ。 その優位が崩れる戦闘が、攻撃隊を守りながらの戦いである。 ならば、その枷を取っ払ってやればいいのだ。 それを考えたのは――― 「―――どうだ、"学者様"。これが航空攻撃だ」 「制空隊の投入」を考えた張本人――源田実中佐が声をかけてきた。 「敵防空隊を先に蹴散らし、悠々と攻撃隊が突入する。確かに戦闘機の比率が高くないとできない戦法ですね」 (得意げな顔は少々ムカつきますが) 戦闘機比率の増加。 それは攻撃隊比率の低下を意味する。 中央では猛反発があったが、ひとつの理論的な説明とひとつの実質的な要因がそれを黙らせた。 理論的な説明は、敵戦闘機を排除しなければ攻撃隊が撃墜され、敵艦隊に発揮される攻撃力が減衰する、というもの。 実質的な要因は、攻撃隊の搭乗員育成には時間がかかり、膨張する空母航空隊の攻撃隊機数を比率分確保することが困難と言うもの。 「第三艦隊が持つ戦闘機は何機なのでしょうか?」 嘉斗は内心ドキドキしながら源田に問うた。 彼が「学者様」と強調したことにやや不穏な空気を感じているからだ。 「三航戦が防空専門なのは理解しているな?」 「ええ」 三航戦(「瑞鳳」、「龍鳳」)は搭載機30機程度の小型空母を主力としている。 その小さな腹にはほぼ戦闘機で占められ、今回は零戦60機を配備していた。 「主力となる空母には―――」 一航戦(「翔鶴」、「瑞鶴」):72機、二航戦(「蒼龍」、「雲龍」):64機。 計196機だ。 艦上機約400機で構成される第三艦隊の航空隊の内、約半数が戦闘機の計算だった。 「敵戦闘機を排除して敵艦隊にとどめを刺す」 ギラリと目を光らせた源田だったが、次の瞬間にはやや不満そうに付け加える。 「本来ならば第二波攻撃がそのとどめだったのだがな」 今回の攻撃もいつも通り二波に分かれる。 第一波は制空隊48機を送り出した後、本命の攻撃隊を送り出す。 内訳は以下の通りだ。 艦戦32機、艦爆56機、艦攻60機の計152機。 制空隊と合わせて200機の大編隊だった。 「第一波の目標Aは、空母2隻です。四航戦との戦闘で被害も出ているでしょうから、第一波だけで撃破できるでしょう」 「そうなんだがな~」 嘉斗の言葉に源田は納得がいかないように首を傾げる。 「・・・・あなたが提案したことでは?」 目標Aが見つかった後、ほぼ同規模の目標B(第16任務部隊)が見つかった。 この時、第一次攻撃(第一波・第二波)で目標Aを葬り去る。そして、続く第二次攻撃で目標Bを叩くのが司令部の主流だった。 それに対し、源田が第一波で目標A、第二波で目標Bを主張したのだ。 曰く「空母部隊を無傷で放置すれば痛いしっぺ返しを食らう」である。 その意見に小沢が同意し、攻撃隊を二分することとなった。 「あの場ではそう主張したが、撃沈することを考えると、各個撃破が理想だ」 「ですが、ここで敵空母4隻に打撃を与えておけば、後の第二師団の上陸と補給で邪魔をされる可能性がずいぶん減ります」 「その通りだ。さすがは情報の専門家だな」 源田がパシッと嘉斗の肩を叩く。 (各個撃破は戦術的、同時攻撃は戦略的。どちらが正しいかは難しいですが、このタ号作戦の場合、まず間違いなく戦略的判断が正しいです) そう思ったからこそ、嘉斗は司令部に何の発言もしなかったのだ。 「ただ、少し第二波は物足りないですね」 艦戦56機(内制空32機)、艦爆28機、艦攻36機の計120機。 十分に強力な攻撃隊だが、第一波に比べると見劣りする。 「そもそも第一波、第二波と分けるのは飛行甲板の関係だからな」 源田が大型空母である「翔鶴」の甲板を見下ろす。 飛行甲板長242.2m、幅29m。 現在、日本海軍が実戦投入できる最大空母である彼女だが、艦上機の発艦必要距離の関係上、一度に全機を発艦できない。 このため、どうしても攻撃は第一波と第二波に分けざるを得ないのだ。 (このような場合、どうしても第一波には発艦制限ギリギリで編成して送り出し、続く第二波は少なくなる) 第二波を甲板上に上げて発艦させるにはその機数が少ない方が短時間で済む。 第一波を送り出している以上、敵攻撃隊がいつ艦隊を襲ってもおかしくない。 発艦作業時間は脆弱な時間であり、それを短くする面からしても致し方ないのだ。 「目標Aを一撃で屠り、目標Bには第二次攻撃隊を送る。これが理想だろうな」 そう言った源田は嘉斗に視線を戻す。そして、艦橋要員に見えないように胸倉を掴んで引き寄せた。 こめかみにはきれいな青筋が浮かんでいる。 「で? な・ん・で、ここにいるんだよ、宮様・・・・ッ」 「見えないように胸倉掴むことに称賛するべきか、聞こえないように叫ぶことを器用ですねと言うべきか・・・・・・・・・・・・迷いますね」 「迷ってねえでさっさと答えろよ・・・・」 存在がバレても飄々とする嘉斗に毒気を抜かれ、源田は手を離した。 「よく分かりましたね」 襟を整えながら嘉斗は己の魔術が未だ発動していることを確認する。 「顔はこの距離でもぼんやりしているが、むしろそれが怪しい」 「・・・・なるほど」 確かに顔を合わして声を交わしているのに相手の顔が認識できないのは不自然だ。 (この認識阻害は、相手と接触する時には使えませんね) 「次は別の顔を認識するようなものにしましょう」と思った嘉斗は源田に質問を重ねる。 「でも、それだけで僕とは分からないでしょう?」 「第三部にそうまでして艦隊に乗り込もうとして、"アレ"を使える人間はお前しか知らん」 源田も魔術自体をここまで目の当たりにするのは初めてだ。だが、嘉斗――というより皇族――が魔術の使い手だということは、佐官級の軍人なら誰でも知っていた。 「それで? 俺の質問には答えてくれないのか?」 「ああ、どうして僕が第三艦隊にいるのか、でしたっけ」 「正しくは戦場に、だがな」 源田は視線で「危険な」とも付け足す。 「情報収集・解析・伝達のためですよ」 「・・・・別にお前でなくても良いだろう?」 第三部は諜報機関も有している。 その者たちを投入すればよいだけだ。 「そこまで言われると僕である必要性はないですね~」 「馬鹿か、お前・・・・ッ」 身分を隠している嘉斗はただの第三部要員だ。 皇族の血筋を発揮する場面はなかった。 「まあ、来てしまったものは仕方ありません。全力で僕を守ってください」 「・・・・俺は今、貴様をくびり殺したいよ・・・・・・・・」 マイペースな嘉斗に疲れ、ふらふらと持ち場へ戻っていく源田。 「・・・・僕が来た意味も、本当はあるんですけどね」 聞こえないように呟き、嘉斗は視線を甲板に戻す。 そこでは甲板整備員たちが第二波攻撃隊の準備に追われていた。 1942年10月26日午前11時47分。 アメリカ海軍の第17任務部隊と第16任務部隊の航空攻撃隊は空中集合を完了させた。 空中集合に想定以上の時間がかかったため、やや遠い日本艦隊を攻撃するのには燃料残量が不安だが、彼らは翼を翻して敵艦隊へと進撃を開始する。 その編成は以下の通りだ。 第16任務部隊からワイルドキャット30機、ドーントレス38機、アヴェンジャー27機の計95機。 第17任務部隊からワイルドキャット42機、ドーントレス57機、アヴェンジャー33機の計132機。 総計227機(艦戦72機、艦爆95機、艦攻60機)。 「―――防空隊発艦開始!」 攻撃隊を見送った後、休まずに作業した甲板整備員が車輪止めを外し、空母から防空隊を出撃させた。 第16任務部隊は32機、第17任務部隊は30機のワイルドキャットが空で待ち受ける。 (防げるだろうか・・・・) 上空で編隊を組む戦闘機を見ながら、第17任務部隊司令官であるジョージ・マレー少将は心の中で呟いた。 30機という戦闘機は決して少なくない。 だが、相手は300機以上の航空機を運用する。 攻撃隊を護衛する戦闘機も多いだろう。 (やはり頼みはアトランタ級か・・・・) マレーが視線を向けたのは空母2隻を守るように寄り添う巡洋艦だ。 アトランタ級軽巡「サンディエゴ」、「ジュノー」。 従来の25口径12.7cm砲ではなく、新開発された38口径12.7cm両用砲を搭載している。 主砲口径としてはやや物足りないが、高射砲としては優秀だ。 連装8基16門は脅威だろう。 「やはり16TFと合流した方が良かっただろうか」 マレーは参謀長にそう質問した。 第16任務部隊と合流すれば戦闘機は70機となり、分厚い壁となる。 「合流した場合、一網打尽にされる可能性があります」 「まあ、そうだな・・・・」 ミッドウェー海戦で日本海軍は虎の子の空母4隻全てが被弾した。 第一次攻撃で、「赤城」、「加賀」に、第二次攻撃で「飛龍」、「蒼龍」に攻撃を与えている。 2回に分かれたが、1回の攻撃で全てに損害が与えることも可能だった。 「我々にできることはこちらが繰り出したパンチが敵を倒し、向こうのパンチをガードすることだけです」 参謀長の言葉に頷き、マレーは空を見上げる。 軽快な音を立てて旋回する味方戦闘機に目を細めた。 「―――レーダーに感あり! 方位東北東、数100以上!」 「来たか・・・・」 まず間違いなく、日本軍の攻撃隊だ。 「対空戦闘用意!」 マレーの命令に各艦が対空砲の試射で応えた。 「―――レキシントン級・・・・『サラトガ』か!?」 1942年10月26日午後0時21分、米海軍第17任務部隊上空。 ここに日本海軍第三艦隊から出撃した第一波攻撃隊(隊長・村田重治少佐)が到達していた。 「少佐、『サラトガ』の奴は沈んだんじゃなかったんですか?」 空母「サラトガ」はこれまで何度も撃沈を報じられている。 「『不死身』らしいぜ。まあ、それも今日でおしまいだがな」 村田が操る新型艦攻・天山は高角砲の砲弾をかいくぐりながら、眼下に展開する敵艦隊を睥睨していた。 周囲に邪魔する戦闘機はなく、護衛の零戦たちが飛び回っている。 当初、30機近い敵機がいたらしいが、制空隊48機が追い払っていた。 「総隊長より各隊長へ」 村田が無線電話のマイクスイッチを入れて声を出す。 「翔鶴隊は前のレキシントン級を、瑞鶴隊は後ろの空母を叩け」 一航戦と二航戦では前者の方が練度は高い。 だから、重要な艦艇の攻撃には一航戦が選ばれた。 「蒼龍隊と雲龍隊は護衛艦艇、特にあのバカスカ撃ってくる軽巡を黙らせろ」 瑞鶴隊隊長からは軽快な声で、二航戦の隊長たちからはやや不満そうな声で「了解」と返ってくる。 (大丈夫、次来るときは貴様らが主役だ) 二航戦の不満は次の攻撃で解消させる。 そう誓った村田は大音声で命じた。 「ト連送だ!」 操縦桿を引き倒し、一気に海面ギリギリまで降下する村田機から「突撃せよ」を意味する無電が発せられる。 それを合図に日本海軍第一波攻撃隊は各々の目的へと突撃を開始した。 (「サラトガ」と・・・・ありゃたぶん「ワスプ」だな) レキシントン級とヨークタウン級は有名であり、ベテランである村田はその艦形を頭に叩き込んでいる。そして、実戦でも見たことがあった。 だが、後方のやや小さい空母は見たことがない。 (「レンジャー」よりは大きいみたいだから、「ワスプ」で決まりだな) それならば敵空母の中でも低防御に位置する。 瑞鶴隊ならば問題なく沈めるだろう。 「二航戦が攻撃開始!」 上空警戒していた偵察員が叫ぶ通り、二航戦が攻撃を開始した。 ミッドウェー海戦で効果を確認した通り、まずは護衛艦艇を叩く。 まず、村田が名指しした軽巡へ数機が急降下した。 濃密な対空射撃の結果、3分の1が撃墜されたが、残りは投弾に成功。 軽巡「サンディエゴ」に着弾一、至近弾二。 軽巡「ジュノー」に着弾二、至近弾二。 炎上する軽巡の脇を通過した攻撃機が重巡2隻向けて魚雷を投下。 重巡「ルイビル」の右舷に2発命中し、同艦は舵を損傷して大傾斜する。 そこに被弾して空中をのた打ち回っていた艦爆が体当たり、抱えていた爆弾諸共大爆発し、炎上した。 「ようし、行くぞ」 護衛艦艇の悲鳴とも言える爆発音を耳にした村田は旋回していた天山の機首を空母に向けた。 炎上する艦から発生する煙と対空要員の混乱から明らかに敵の動きが鈍い。 輪形陣を切り裂いた一航戦はそれぞれの目標に肉薄した。 「艦爆隊、上空に侵入!」 「よしよし、理想的な雷爆同時攻撃だな」 村田は操縦桿を小刻みに動かし、機体を左右に振って対空砲を逸らす。 「距離四〇〇〇!」 「ここからだぞ!」 二航戦が攻撃したのは巡洋艦からは弾丸は飛んでこないが、まだ重巡は「ノーザンプトン」がいた。 さらに空母自身も対空機銃を持っている。 それらが射程に入る4,000m以内はまさに火の海に突入するようだ。 「菊谷機被弾! ・・・・あ、ああ、小松機被弾!」 瞬く間に2機が撃墜された。 (クソッ。戦闘機に邪魔されていないのにこれか!) 米軍の対空弾幕は日本のそれとは比べ物にならないほど濃密だ。 「二〇〇〇!」 「まだ―――っ!?」 ガンッと強い衝撃が機体を揺さぶった。 村田はヒヤリとしたが、機体も低空で安定したまま発動機も問題なく回っている。 「さ、左翼に穴が開いています・・・・」 (新型機さまさまだな!) 機銃弾を受けたが、堅牢な天山は耐え切ったようだ。 「一五〇〇!」 「投下用意!」 「はい!」 「艦爆、急降下!」 「サラトガ」に対し、彗星が急降下していく。 空母上空で機銃弾が交差し、捉えられた彗星1機が四散した。 それでも彼らは腹に500kg爆弾を抱えたまま突撃する。 「一〇〇〇!」 「投下!」 「・・・・ッ」 魚雷が機体を離れ、反動で浮かび上がる機体を押さえつけた。 ここで浮き上がれば、対空砲火の餌食になる。 「堀岡機被弾!」 (チッ、浮き上がったな) 堀岡は今回が初陣の新米だ。 機体操作を誤り、機体が上昇。 そこを対空機銃に撃ち抜かれたのだろう。 「艦後部を抜けるぞ!」 左右から挟むように別艦攻隊と打ち合わせしていた。 その時に村田隊が艦後部、別動隊が艦前部を抜けるように決めている。 「・・・・ッ」 甲板よりも下を通過する際、対空機銃を撃っていた米兵と目が合ったような気がした。だが、それも一瞬で村田は「サラトガ」の艦尾を抜ける。 「おらおらおら!」 偵察員が後方機銃で「サラトガ」を撃っていた。 「命中!」 だがそれもすぐに歓喜で引き金から手を離す。 「命中・・・・5!」 「5!?」 偵察員の言葉に振り向きたい衝動を抑えながら、村田は低空飛行のまま輪形陣を抜けた。 「本当か、それは!?」 上昇飛行に入りながら振り向いた村田の目には大炎上する「サラトガ」の姿しか見えない。 「はい! 左舷に2、右舷に3です」 (奴の方が多く喰らわせたか・・・・) 村田隊が担当したのは左舷側だ。 右舷担当の戦果が多かった。 「攻撃隊集まれ、と無線打て」 総隊長として戦果報告も仕事のひとつだが、今回はより詳しい戦果報告のために二式艦偵が出ているため、免除されている。 (戦果は後に分かるさ。それよりまだ仕事が残っている・・・・) 村田に残る仕事はでき得る限り攻撃隊をまとめ、遭難機を出さないことだった。 「零戦、寄ってきます」 「おう、ありがたい」 再集結中の攻撃隊は敵防空隊にとって好餌である。 復讐にかられた彼らは執拗なのだ。 それを阻む戦闘機隊がいち早く集結したのはありがたい限りだった。 (いったい何機生き残った?) 村田は大穴の空いた主翼を眺め、改めて冷や汗をかく。 「見た感じ、100機はいる、か?」 思うほど撃墜されていないのかもしれない。 ただ被弾機は多そうだ。 (九七艦攻や九九艦爆だともっとひどかったかもな) 村田はある程度集結したと判断し、機首を北東へ向けた。 第三艦隊第一波攻撃隊の被害は以下の通りだ。 なお、帰還後に全損と判断された機体を含み、( )内は損害率 零戦12機(15%)、彗星14機(25%)、天山16機(27%)、計53機(26%)。 未帰還機は30機で、戦死者は65名だ(後に17名は漂流中を救助)。 この損害を代償に得た戦果は以下の通りだ。 撃沈(命中爆弾数・同魚雷数)。 空母「サラトガ」(4・5)、「ワスプ」(5・3) 重巡「ルイビル」(1・3)。 軽巡「ジュノー」(4・0) 駆逐艦「モーリス」(2・0)、「バートン」(0・1)。 大破。 軽巡「サンディエゴ」(2・0)。 駆逐艦「オースチン」(1・0)。 小破。 重巡「ノーザンプトン」(1・0)。 空母を集中的に叩いた一航戦の戦果は特筆するものがある。 「サラトガ」は両舷に穿たれた孔から雪崩れ込む海水を抑えることができず、一度も立て直すことなく海没した。 「ワスプ」は大炎上の末に弾薬に引火、大爆発を起こして真っ二つとなる。 その様子は日本海軍が派遣した偵察機が確認した。 何度も撃沈情報を流されつつも君臨した「サラトガ」はついに南海の海底に叩き込まれたのである。 アメリカ海軍は艦艇はもちろん、多くの将兵を喪った。 大型艦である「サラトガ」、「ワスプ」が被弾・被雷から比較的短時間で海没したことが原因である。 両艦とも被弾もしくは被雷時に艦橋要員が死傷したため、総員退艦命令が遅れた。 結果、2隻だけで3,000名近い戦死者を出す。 第一線級の艦艇を動かせる将兵は、そう簡単に補充できるものではない。 アメリカ海軍はたった一度の攻撃で、それだけのものを喪ったのである。 だがしかし、戦いはまだ続く。 帰る場所を失った第17任務部隊の攻撃隊と第16任務部隊が日本海軍第三艦隊を目指している。 さらに日本海軍第二波が第16任務部隊を目指していた。 両攻撃隊が母艦を発したのはほぼ同時。 両艦隊は互いを認識後に距離を詰めるために動いていたため、両攻撃隊の針路は非常に似通っている。 そうして、有名な"擦れ違い"が生じた。 |