南太平洋海戦 -1


 

「―――ヘンダーソン基地が艦砲射撃を受けただと!?」

 1942年10月26日午前1時、サンタクルーズ諸島西方沖。
 ここをアメリカ海軍第64任務部隊が航行していた。
 数10km東方には第16任務部隊が、さらに南東数10kmに第17任務部隊が展開している。

「昨日に敵重巡部隊は撃退したのではなかったか?」

 報告を受けて声を荒上げたウィリアム・ハルゼー海軍中将だったが、次の瞬間には冷静に戻っていた。
 しかし、心の中で日本軍の敢闘精神を喜んでいる。

「今度は戦艦を投入してきたようです。ヘンダーソン基地は火の海になっており、昨日から陸揚げしていた物資も大半が炎上する見込みです」
「何という・・・・」

 第64.2任務部隊が壊滅するほどの損害を受けて撃退した日本軍だったが、彼らの次の矢はさらに強力だったようだ。
 主力を失った第64.2任務部隊の残存艦では相手にならなかっただろう。

「戦艦の名前は分かっているのか?」

 ウィリアム・リー海軍少将が報告を持ってきた兵に聞いた。

「い、いえ・・・・。ただ、電文の中には14インチ砲と思われる、と」
「14インチ砲か・・・・」

 ならば金剛型もしくは奥羽型だろう。

「・・・・・・・・コンゴウ・タイプではないでしょうか」
「ほう?」

 発言したのはひとりの参謀だ。
 艦橋にいる者たちの注視を受け、若干怯んだ彼だが、ハルゼーから説明を求める視線を受けて言葉を続けた。

「オウウ・タイプは第一戦隊に属し、ナガト・タイプと行動を共にしています」

 ただし、ガダルカナル島に艦砲射撃しているのは14インチ砲のみという。

「コンゴウ・タイプは空母の護衛や劣勢の戦線に臨時に派遣される、使い勝手のいい戦艦です」

 「だから今回もそうではないでしょうか?」と言う言葉を視線に込めた参謀に頷き、ハルゼーはリーに向き直った。

「この者の言う通り、コンゴウ・タイプだったら、敵が撤退する場所に空母がいる可能性は大きいな」
「・・・・そうですな。明日には航空攻撃および上空支配で制空権確保。それと共に陸上部隊の上陸、という作戦かもしれません」

 リーもハルゼーと同じことを思っていたようだ。

「しかし、最初から航空攻撃を実施なかった理由は何だ?」
「・・・・分かりませんが、航空機の損失を嫌ったのではないでしょうか」

 「ラバウル航空隊の航空攻撃でヘンダーソン基地は無力化できていませんから」とリーはやや自身なさげに言った。
 それでも筋は通っている。

「日本軍はミッドウェー海戦がトラウマになっているのかもしれんな」

 ミッドウェー島攻撃中に横槍を入れられたミッドウェー海戦。
 今回はその轍を踏まないよう、日本軍は最初に艦砲射撃、続いて航空攻撃に切り替えたのかもしれない。
 何せ艦砲射撃ならば夜間にも攻撃できるからだ。

「・・・・もしかすると、明日の夜も再び突入してくる、か・・・・?」
「可能性は否定できませんね」

 ハルゼーの言葉を聞いたリーの顔に冷たい笑みが浮かぶ。

「となると、敵艦隊は近海に待機し、さらにそれには空母を伴っているかもしれんな」

 リーと全く同じ笑みをハルゼーは浮かべた。

「ガダルカナル島に顔を向いたまま、海に沈むがいいわ・・・・ッ」

 ハルゼーは艦隊にガダルカナル島近海へ進出するように命じる。そして、後続する他艦隊にも命じた。
 これらの命令はそれぞれの中間に位置する駆逐艦への発光信号で行われる。

 その結果、南東を航行していた第17任務部隊への通達がやや遅れた。
 この影響は翌日に、アメリカ軍不利となって表れることとなる。
 何にせよ、26日早朝に、アメリカ艦隊は西北西へ、日本艦隊(第一・第三)は東南東へと移動した。
 これは両軍の索敵にも影響し、結果的には勝敗にも影響する。
 やはり戦いは、戦う前からかなりの部分が決まっているものなのだった。






囮scene

「―――夜が明けたな」

 1942年10月26日午前6時、サンタイサベル島北方。
 ここを日本海軍第二艦隊が航行していた。
 第二艦隊は艦砲射撃後、サボ島南方を抜けると北上、そのままサンタイサベル島東方を回り込むようにして針路を変え、西北西へと向かっている。

「白石、四航戦はどの辺りか?」

 第二艦隊司令官・近藤が海図を眺めていた参謀長・白石に訊いた。

「・・・・はっきりとは・・・・。こちらが第二反復攻撃に入ること、戦線離脱したことは無線発信しているので、それを考慮した動きをしているでしょうが」

 本来の会同計画はなしになっているため、お互い手探りに合流するしかない。

「まあ、もうしばらくすれば上空に偵察機が飛んでくるでしょう」

 周囲100km以内に展開していることは確実なのだ。
 偵察機を飛ばせば発見できる距離である。

「もうすぐ偵察機が来るのは米軍のものも一緒だぞ、混同するなよ」

 むしろ東方に位置している分、米軍の方が夜明けは早い。
 空母が近海にいるのならば、もうすでに偵察機が飛び立っているだろう。

「電探要員は注意を怠るなよ」
「「はい!」」

 近藤の言葉に、まだ年若い水兵が答えた。
 彼らは技本から派遣された電探(レーダー)のオペレータだ。
 第二艦隊の重巡以上の艦艇には対空電探が取り付けられている。
 今回はそのテストでもあった。

(しかし、艦砲射撃でも壊れないとは進歩したな)

 昔は主砲を発射した衝撃で真空管が破損、使用不能になったものだ。

(これが第八艦隊にも搭載されていれば、サボ島沖海戦のような不意打ちはなかったのか・・・・)

 二式二号電波探信儀一型は対空用だが、対艦用にも一応使用できた。
 サボ島沖海戦の混乱は、米艦隊の発見が遅れたことに起因する。
 電探があれば少なくとも自分たちとは別の艦隊が展開していたことは分かったはずだった。

「電探に感あり!」
「方位は!?」

 白石が問うと、電探員は生唾を呑み込みながら報告する。

「北西と・・・・・・・・南東から」

 北西は味方。
 南東は―――敵だ。

「・・・・ッ、対空戦闘用意!」

 近藤は命令を下した後、電探員の下へと歩み寄った。

「距離は分かるか?」
「それは・・・・」

 技師は困ったような顔をする。

(まだそこまでは無理か・・・・)

「では、電探の最大探知距離は? 単発機単機でだ」
「それならば50~100kmです」
「50~100km・・・・」

 航空機の巡航速度は300km/h程度だろう。

「10分程度で上空に至るな」
「すでに視界にいるかもしれません。―――対空警戒を厳にせよ!」

 白石が命じ、同時に勝手な対空射撃も禁止した。そして、近くの雲の下へと艦隊を動かす。
 まだ海上には薄闇が広がっており、敵偵察機が第二艦隊を見逃す可能性もあった。

『4時方向に敵機!』

 対空見張員からの報告により艦橋に緊張が走る。

「距離と高度は!?」
『・・・・・・・・約三万と・・・・・・・・四〇〇〇?』

 少し自信なさげだが、その距離で発見したことに近藤は驚いた。

(全く我が軍の兵は優秀だな)

『こちら電信室! 敵機より電波発信!』
「発見されたか・・・・ッ」
『敵機近付いてきます!』
「射程距離に入り次第順次撃ち方始め!」

 高角砲が旋回し、敵機へと向く。

「あ! 電探新たに目標捕捉! ・・・・・・・・・・・・北西!」

 艦橋にいた数人の視線が北西に向かった。しかし、そこには今から潜り込もうとしている雲がある。
 だが、彼らの視線もすぐに迫りくる敵機に向かった。
 外周に位置する駆逐艦が対空射撃を開始したのだ。

(まあ、当たらんよな)

 空に咲いた爆炎に驚いたように翼を震わせた敵機だが、気にせずに近づいてくる。

『敵機、第二報を発信した模様』
「こちらの艦隊編制が露呈しましたね」

 白石が額に汗をにじませながら言った。

「致し方ない。囮は作戦で決まっていたことだ」

 近藤が首を振って応じた時、艦橋内に声にならないざわめきが走る。

「どうし―――」

 彼らに釣られて空を見上げた近藤は絶句した。

『て、敵機墜落・・・・』

 バラバラと無数の塊に分離して落ちていく。
 その傍を2機の別の航空機が通り過ぎた。

『ぜ、零戦・・・・ッ。味方です!』

 対空見張員の報告に艦内から歓声が上がる。
 それは反転上昇に移った零戦の翼に描かれた日の丸が鮮やかに艦隊に見せつけられた時に最高潮に達した。
 零戦はその歓声に応えるようにバンクすると、再び哨戒へと戻っていく。

「で、電探に感あり! ・・・・・・・・方位、北西」

 電探員は歓喜の面持ちで告げた。

「反射波の大きさから艦船。・・・・四航戦だと思われます」
「そうか・・・・」

 近藤は目を閉じ、四航戦を率いる角田覚治少将の顔を思い浮かべる。

(感謝するぞ、角田)

 四航戦は第二艦隊と合流するために反転したのだろう。
 それは自分たちを危険に晒す行為だった。
 それを決断した角田に対し、近藤は心の中で頭を下げる。

「何にせよ合流し、敵の航空攻撃に備えねば」




 10分後、第二艦隊は四航戦を目視で確認。
 発光信号でやり取りをしながら合流し、戦艦と空母を中心にした輪形陣を形成。
 艦隊指揮は近藤が、航空戦指揮は角田が執ることに決定した。
 これを受け、戦いの様相は航空戦へと移っていく。
 第三次ソロモン海戦第二幕、南太平洋海戦が勃発した。




「―――奥宮、米軍の攻撃隊はいつ頃来るか?」

 四航戦司令官・角田覚治少将は旗艦「雷鷹」にて航空参謀である奥宮正武少佐に訊いた。

「発見されたのは第二艦隊基幹で、我々四航戦は発見されていませんが?」

 奥宮は言外に「敵は来るのか?」という疑問を伝える。

「来るさ。偵察機と連絡が取れなくなった。それを撃墜されたと考えるのが普通だろう」

 サンタイサベル島北方にまで基地航空隊の零戦が護衛に出張ることは考えにくく、さらに早朝に到達していることはもっと考えにくい。
 ならば近海に空母が存在していたと考える。
 そう角田は言っているのだ。

「で、来るとした場合、いつ頃来ると思う?」

 最初の質問に戻った。

「・・・・零戦からは偵察機はドーントレスだったとのことです」

 ドーントレスの航続距離は1,000~1,200km程度と見積もられている。
 索敵を考えた場合、その先端は400kmくらいだろう。

「日の出の時間からの感覚ですが、あのドーントレスは往路で、しかもまだ先端部に達していなかったと思われます」
「うむ。ならばその行動半径の内側。そうだな、仮に彼我の距離が300kmだったとしよう」
「攻撃隊発進、空中集結の時間を考慮しても、60~90分でこちらに辿り着くと思われます」

 発見されてからすでに20分が経過している。
 敵が発進準備にどれだけ時間をかけるかは未知数だが、少なくとも後10~20分までには迎撃の戦闘機を上げておかねばならないだろう。

「となれば残りは敵の機数だな」

 それによって迎撃機の数も変わる。

「100機を下ることはないと思われます」
「ほう?」

 来襲時間予想よりもはっきり告げられた言葉に、角田は興味深そうに奥宮を見た。

「何故だ?」
「第三部からの情報で、敵空母は2ないし4隻と判明しています」

 米軍の空母は「レンジャー」を除き90機搭載可能と考えられている。
 このため、敵機は180~360機と見積もられていた。

「仮に敵が2隻とし、空母を守るための戦闘機を残したとしても、100機以上は出せます」
「そうすると、こちらは出し惜しみせずに全力出撃しなければならないか」
「すでにそう命令しています」

 角田の言葉に奥宮が返す。
 その時、「鳴鷹」から光が発せられた。

『「鳴鷹」より、「我、発艦準備完了」とのこと』

 見張員からの報告に、奥宮と角田が頷き合う。

「所定の取り決めに従い、迎撃隊順次発進せよ」




「―――少し遠いな」

 「日本艦隊発見」の報を受け、ハルゼーは参謀長であるマイルズ・ブローニング大佐と話していた。
 戦艦2隻を含む有力な艦隊との距離は約300km。
 空母を含む第16任務部隊からは350km、第17任務部隊からは450km。
 以前の攻撃隊編成では攻撃できなかった距離である。

「アヴェンジャーにしていてよかったですね」

 新型艦上攻撃機、TBF。
 通称、アヴェンジャー。
 アメリカ海軍が採用した最新鋭攻撃機だ。
 全幅16.5m、全長12.2m、全高4.2mとやや大型で、最大速度436km/hを誇る優秀機だ。
 特徴はTBDよりも大型化した燃料タンクと魚雷機内搭載機能である。
 これにより魚雷搭載時でも長い航続距離(正規1,788km)と安定した飛行が可能だった。

「攻撃半径が400kmになるからな」
「そう考えると、17TF(Task Force)はやや遠いですね、ドーントレスには450kmは辛い」
「そこはジョージが考えるだろう」

 事実、第17任務部隊の司令官であるジョージ・マレー少将はドーントレスが搭載していた爆弾の換装を命じていた。
 1,000ポンド爆弾を外し、500ポンド爆弾へ換装したのである。
 これによる軽量化で航続距離を伸ばし、さらに艦隊自体も増速して少しでも日本艦隊との距離を詰めた。
 結果として、第16任務部隊の攻撃隊発進から1時間近く遅れてしまう。
 それでも、そもそも攻撃できない、ということにはならなかった。

「両TFからそれぞれ120機ずつ出撃するんだな?」
「事前の取り決めではそうです」
「OK。合わせて240機。日本の機動艦隊は大打撃を受けるだろう」

 何せミッドウェー海戦を上回る攻撃なのだ。
 ミッドウェー海戦で大型空母を失った日本海軍に防ぐ手立てはないだろう。
 ハルゼーは先制パンチを食らってグロッキー状態になる日本艦隊を夢想した。




『―――中継機より各機。「愛宕」より通信あり』

 1942年10月26日午前7時20分、日本海軍第二艦隊上空。
 ここに四航戦の戦闘機群が待機していた。
 各指揮官機に装備された短距離無線電話に、中継機としての役割を与えられた二式艦偵から声が届く。

『電探に感あり、敵大編隊捕捉、推定100機以上。方位は―――』

(おいでなすったか・・・・)

 「雷鷹」戦闘機隊に所属する椙谷俊希海軍一飛曹がマフラーを口元まで引き上げながら思った。

(「龍驤」の仇を討ちたかったが、仕方がない)

 2ヶ月前の第二次ソロモン海戦。
 梶谷は空母「龍驤」の戦闘機隊として戦っている。
 撃墜されてしまったが、漂流しているところを助けられた。
 戦功が評価され、一飛曹に昇進し、その時に僚機を務めた箕面と共に四航戦に配属されている。
 今度は1個中隊12機の副指揮官であり、小隊長になっていた。
 この2ヶ月は新米を叩き上げると同時に指揮官としての勉強をしている。
 その立場での最初の戦いが「龍驤」が沈んだのとほぼ同海域、同目的の作戦ということに、運命を感じていた。

「ただあの時とは違うぜ」

 「龍驤」よりも大きい雷鷹型空母2隻。
 同じ目的――敵機動部隊を引き付ける囮――であるために、搭載機もほぼ戦闘機で占められている。
 零式艦上戦闘機二一型96機(各48機)。
 第三艦隊が配備する新型ではないが、まだ十分第一線級の戦闘力を保持している。

『四航戦司令部より各機、「事前の取り決め通り撃破せよ」。以上、健闘を祈る』

 二式艦偵が通信を終えると同時に翼を振り、戦闘機隊から離れ始めた。
 如何に高性能機であろうとも戦闘機ではないのだ。
 戦闘に巻き込まれると撃墜は必至だった。

(そうそう、戦いは俺たちに任せな)

 梶谷がそう思うと同時に、第一陣とされる48機は電探が探知した目標向けて動き出す。
 なお、第二陣48機は現在上昇中だ。
 事前の取り決めとは、先に発艦した第一陣が敵編隊に取り付いて戦闘機を引きはがす。そして、第二陣が丸裸になった敵攻撃隊を襲う。
 圧倒的なまでの戦闘機数だからこそ可能な、二段構えの迎撃だった。



「―――いたな」

 10分後、高度5,000mを飛行していた梶谷たち第一陣は高度4,000mを飛ぶ米軍攻撃隊を発見した。
 見た限り、戦闘機40~50機、爆撃機40~50機、雷撃機30~40機といったところだ。

「さあ、始まりだ」

 後ろを振り返って僚機の位置を確認する。
 問題なく後続するのに笑みを浮かべ、視線を総指揮官機に向けた。
 すると、総指揮官機は翼を振ると同時に逆落としに急降下していく。

「・・・・ッ」

 無駄のない攻撃動作に反射的に操縦桿を倒した梶谷もそれに続いた。
 視界の端に後続も続くのが見える。

(訓練通り動けているじゃないか)

 そう思いながら梶谷は急速に変化する気圧に顔を引き攣らせながら、F4F――ワイルドキャットに狙いを定めた。
 米軍は寸前になって零戦に気付き、ワイルドキャットらは迎撃しようと機首を巡らせたが、もう遅い。
 零戦の機首や翼から機銃弾が放たれ、ワイルドキャットの機体を切り刻む。
 20mm炸裂弾が命中したワイルドキャットは金属片をまき散らしてのたうち、その多くが黒煙を吐き出して墜落した。

(行きがけの駄賃だ!)

 第一陣の役目はワイルドキャット隊の排除だが、奇襲になったため第一陣の多くがドーントレス上空へ到達している。
 零戦隊は指揮官も新米が多く、彼らは作戦に従って反転上昇に移っていた。だが、一部のベテランはそのまま降下し、ドーントレス隊に取りつく。
 後部座席の兵が慌てて機銃を向けてくるが、急接近する零戦を撃墜するには時間が足りなかった。
 12.7mmと20mmの弾雨にさらされたドーントレス数機が火を噴いて墜落する。
 わずか一撃で零戦隊48機は、7機のワイルドキャットと6機のドーントレスを葬り去った。

「さあ、後は適当に邪魔しつつ第二陣に任せるぜ」

 翼を振って上昇に転じ、慌てて迎撃戦に入るワイルドキャットに向かう。
 面倒な攻撃隊護衛、敵爆撃機撃墜に囚われることなく、梶谷たち第一陣は思う存分戦うことができた。
 一方、ワイルドキャットは味方攻撃隊を気にするあまり、どこか積極性に欠ける戦いを演じる。
 その結果として、双方共に新人が多かったにかかわらず、キルレシオは圧倒的に日本軍が優位に立っていた。




「―――零戦進入!」

 防空隊第一陣と米軍第一陣が激突してから30分後、四航戦は戦闘機収容に勤しんでいた。
 海上を疾走する空母に合わせて減速した零戦が飛行甲板上で針路を合わせ、ドシンと音を立てて着艦する。
 相対速度差の関係で飛行甲板上を滑っていくが、すぐに着艦フックがワイヤーを捉えて減速していった。

「寄れ寄れ!」

 完全に止まった零戦に整備員が駆け寄り、搭乗員が降りると数人がかりで脇へと退けていく。
 搭乗員は握り飯等の戦闘糧食を詰め込み、飛行長に戦果報告をし、飛行長からも現状報告を受けていた。

「昇降機、来ます」

 ベルを鳴らしながら昇降機が格納庫から上がり、そこに先程の機体を押し込む。そして、四方をチェックして機体が入り切っていることを確認する。
 合図を受けて昇降機が下がり、零戦が格納され、飛行甲板が平坦になるとその整備員は着艦指示員に向けて大きく合図した。
 それを受け、旗が振られて着艦許可が出る。
 すると間髪入れずにもう1機の零戦が着艦態勢に入った。
 後は先の繰り返しである。

「おらさっさと点検しろ!」

 格納庫でベテラン整備員が叫ぶと、若い整備員たちが下りてきたばかりの零戦に取り付いた。
 機体を押して昇降機から出す。そして、その零戦を簡易チェックし、再出撃可能と判断すれば燃料車や給弾車を呼んで補給させた。

「ボサッとすんなよ! 後、絶対手抜きするなよ! 手抜きしたら搭乗員だけでなくお前らまで死ぬんだからな!」

 空の戦闘は終わったが、格納庫はまさに今が戦闘状態にある。
 一秒でも早く、空に上げる戦闘機を増やす。
 そのために彼らは己が能力をフルに使っていた。




「―――まだ電探に反応はないか?」

 そんな奮闘を知りながらも、奥宮は艦橋で焦れていた。

「ありません」
「他の艦艇からの信号もありません」

 艦橋要員もその焦りの原因が分かるだけに不安げである。

「敵は絶対に来るぞ、すぐにでも」

 襲来した米軍は120機程度だった。
 これは96機の零戦が取り付くことで、ほぼ壊滅させている。
 戦果は確認中だが、半数近くを撃墜。
 残りも爆弾を投棄して避退した。
 一部が攻撃を続行したが、命中弾なしで切り抜けている。
 間違いなく迎撃成功と言うのに奥宮が焦っているのは、今現在艦隊を守る戦闘機がいない、ということだった。
 もちろん、今在空中の戦闘機は敵が来れば戦える。だが、機体の損傷や機銃弾・燃料の残量が分からない以上、戦力としては当てにできない。

(いち早く収容し、再度上に上げなければ・・・・ッ)

 もう1セット、敵の攻撃隊が来る可能性があるのだから。

「―――奥宮」

(手すき要員に収容の手伝いをさせているが、まだ終わらんのか? くそ、こうなれば俺も行って―――)

「奥宮!」
「―――っ!? は、はい!?」

 雷鳴を受けたかのように直立不動態勢を取り、一瞬後に恐る恐る声の主を振り返った。

「奥宮、落ち着け」

 そこにいるのは角田だ。
 彼は司令席に腰かけ、従兵が入れたお茶を飲んでいた。

「焦っても仕方がない。皆よくやっている」
「・・・・失礼いたしました」

 落ち着きを失っていたことを恥じ、奥宮が小さくなる。

「もちろん、お前もだぞ、奥宮」
「は、はぁ・・・・」

 奥宮は電探の探知範囲が小さいことから、重巡「妙高」と駆逐艦「親潮」を南東に向けての航行を進言していた。
 それは角田から近藤を通すことで実現している。
 艦隊は北西方向へ移動中のため、30分もあれば50kmほど距離が離れる。
 故に「妙高」が備えた電探が敵編隊を捉えた時、第二艦隊までの距離は100~150kmとなる。
 航空機の巡航速度で20~30分だが、それだけあれば零戦は迎撃態勢を取れるのだ。

「『妙高』より入電中」

 第二艦隊はすでに発見されているため、無線封止を解いている。
 だから、50km離れた「妙高」とも無電での連絡が可能だった。

「電探に感あり、南東より100機以上!」
「来たか・・・・ッ」

 まだ戦闘機の収容は終わっていない。
 その事実に奥宮は吐き捨てるように呟いて歯噛みした。

「奥宮、収容できた戦闘機は何機だ?」
「・・・・・・・・『雷鷹』が27機です。『鳴鷹』も同程度でしょう」

 一応正確な数値を知るために発光信号で連絡する。

「では、後5分で『鳴鷹』への着艦中止、残りは全て『雷鷹』へ着艦させよ。そして、『鳴鷹』は戦闘機発信準備に入るように」
「司令! それでは戦闘機の数が足りません・・・・ッ」

 角田の言いたいことは分かる。
 「雷鷹」に着艦させている間に「鳴鷹」から戦闘機が発進すれば、おそらく20機前後は直衛に着ける。
 だが、「雷鷹」が収容して再出撃準備を整えている戦闘機は、全ての戦闘機が着艦しなければ出撃できない。
 最悪、100機以上の敵編隊に20機で挑まなければならなかった。

(先の編隊にも40機近いワイルドキャットがいたんだ。20機ではその壁を突破できない)

「やらねば空に零戦がゼロで臨まなければならん。今こそ決断の時だ」

 そう言った角田が「愛宕」に信号を送らせる。

『戦闘機足リズ。防空戦闘ノ世話ニナル』

 すると「愛宕」から間髪入れずに返答がなされた。

『我ラ第二艦隊、揃ッテ四航戦ノ盾ニナラン』
「・・・・ッ」

 その返答に奥宮は声を詰まらせる。

(俺が・・・・敵の第一波を防いだ後にすぐ出せる戦闘機を温存していれば・・・・ッ)

「奥宮、貴様のせいではない。あの時温存していれば、敵の第一波は防げなかっただろう」
「・・・・長官」
「敵の第二波が防げないとは限らない。しっかりしろよ、奥宮」
「はっ」

 角田の声に、奥宮は敬礼して答えた。










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