第二次ソロモン海戦 -2
第61任務部隊。 それはガダルカナル島近海に展開するアメリカ艦隊の名称だった。 所属する任務群は3群(第11、第16、第18)であり、それぞれが空母を保有している。 これが接近する日本軍を迎え撃つ戦力だった。 だが、第18任務群は補給のために南下しており、8月24日の戦闘には間に合わないだろう。 このため、参加するのは第11群と第16群。 第11群は第61任務部隊を率いるフレッチャー中将が直卒する。 空母「サラトガ」を基幹に重巡2隻、駆逐艦4隻。 第16群はキンケイド少将が率いている。 空母「エンタープライズ」、戦艦「ノースカロライナ」、重巡「ポートランド」、軽巡「アトランタ」、駆逐艦4隻。 水上戦力は第16群の方が強力であり、南下中の日本海軍主力部隊が水上戦力を繰り出してきた場合、迎撃するのは彼らだった。 この海域に集った空母は日本側が3隻、アメリカ側が2隻。 戦後の評価では日本軍は本隊と支隊に分け、戦力を分散したことが指摘されている。だが、アメリカ軍もこの時点では異なる指揮系統に空母を分散させていた。 これがどう戦況に影響するかは分からない。 互いに手さぐりの状況で、戦いは始まってしまったのだ。 航空戦scene 「―――敵空母は小型、か・・・・」 フレッチャー中将は索敵機の情報に悩んだ。 「『龍驤』と思われます」 「となると、今ガダルカナル島を叩いている攻撃機の護衛をしている戦闘機もこれから出ているのか・・・・?」 「分かりません。ですが、出ている場合は今攻撃を仕掛ければ容易に撃沈できると思われますが?」 参謀長が言外に攻撃を進言した。 上空を守る戦闘機が少ない。 もしくはガダルカナル島を攻撃していた編隊が帰った時に襲えるかもしれない。 どちらにしろ有利である。 一方、今攻撃をしなければ、ガダルカナル島から戻った戦闘機が臨戦態勢を整え、立ちはだかってくるかもしれなかった。 「攻撃隊は待機しているか?」 「準備できています」 「・・・・・・・・・・・・現在の索敵結果から他の敵部隊が発見できなかった場合、攻撃をかける」 フレッチャーは空母戦闘の難しさを痛感しながら指揮を執っていた。 「『エンタープライズ』には待機するように命じろ」 「ハッ」 (小型空母にかまけている間に敵主力に攻撃されては敵わんからな) 情報では敵主力はここにいない。だが、好戦的な日本軍が空母を含む艦隊を持つアメリカ軍に、たったあれだけの戦力で向かってくるとは思えなかった。 (絶対に日本軍はいる!) フレッチャーの勘がそう告げており、それを幕僚の誰も否定しない。だがしかし、結局のところ他の敵部隊は確認できなかった。 それでもフレッチャーは発見した場合に備えて戦力を残し、自分の部隊の「サラトガ」から攻撃隊を発進させる。 ワイルドキャット12機、ドーントレス18機、デバステイター8機の計38機。 これは「サラトガ」の攻撃力の約半数と言えた。 全体の攻撃力からすれば4分の1。 戦力の小出しだが、相手が小型空母の場合、十分な戦力と言える。 「司令、そろそろ会敵する時刻です」 「うむ」 時計を見ていた副官が顔を上げてフレッチャーを見た。 『―――索敵機より入電中!』 「索敵機!?」 フレッチャーが驚きの声を上げる。 先程の索敵は失敗したが、さらに追加で投入した機体だった。 『大型空母2を含む敵艦隊発見!』 「攻撃目標変更だ! すぐに打電しろ!」 発見された敵空母艦隊は攻撃目標からやや北方に位置する。 今からならば攻撃可能だ。 また、すでにフレッチャー艦隊は日本部隊に発見されている。 無線封止は無意味な行動だった。 『攻撃隊隊長より返信なし』 「もう一度発信だ、いいか、返事があるまで何度でも、だ!」 そう言ってフレッチャーはまるで敵を睨むかのような視線を正面の窓に向ける。 (ミッドウェーを再現してやるッ) 敵空母部隊を壊滅させたミッドウェー海戦。 ここでこの2隻を沈めれば、それと同程度の打撃を日本に与えることができるだろう。 (太平洋戦争を終わらせてやる!) フレッチャーの命令を無電室は繰り返し発信した。だがしかし、通信状況の不備からか、それは攻撃隊に届かない。 結局、38機は「龍驤」向けて突撃した。 「―――敵編隊確認!」 午後1時50分、「龍驤」上空。 日米両軍の航空機隊はお互いを認識した。しかし、米軍が確認したのは高度4,000mで待機していた零戦8機である。 さらに上空の6,000mに待機していた8機には気が付かなかった。 結果、梶谷たちは奇襲に成功する。 (占めた!) 梶谷はマスクの中でニヤリと笑った。 ワイルドキャット8機が編隊から離れ、下空の零戦に向かっていく。 このため、攻撃隊を守るワイルドキャットは4機になった。 圧倒的に有利である。 「行くぞ!」 上空から逆落としに零戦8機がドーントレスに襲い掛かった。 「おらおら落ちろ!」 照準に大きくはみ出すまで近づき、機銃の発射ボタンを押す。 機首から12.7mm機銃弾が、両翼から20mmが飛び出し、次々と命中した。 「よし!」 20mm弾の炸裂弾がドーントレスの翼で爆発する。そして、その威力に耐え切れずにへし折れた。 炎に包まれるドーントレスが落ちていく中、梶谷機は急上昇に転じる。 「もういっちょ!」 下方からの突き上げで再度ドーントレスを襲う。 前方上空からの攻撃であったため、今度は前方低空からの攻撃だ。 そこには爆弾が抱えられており、先程とはやや遠くから放った12.7mm弾がそれに命中。 ドーントレスは爆弾の起爆で四散した。 「よしよしよし!!!」 チラリと後ろを見れば、列機の箕面が必死についてきている。 (なかなかやるじゃあないか) 他の仲間はそのまま低空へ突き抜けてしまったようで、ドーントレスの上空に抜けたのは梶谷と箕面だけだ。 「4機足りないな」 ドーントレスが14機に減っていた。 先程の攻撃で4機撃墜できたのだろう。 「けど、まだまだぁ!」 旋回機銃が飛んでくる中、梶谷はドーントレスから距離を取りながら追い越した。 彼らの怖いのは後方機銃である。 このため、前方から攻撃を仕掛けるのだ。 (ワイルドキャットはどこに行った?) 前方で8機同士の戦闘が交わされているのは見た。 パッと見た限り、優勢のようだ。だが、その味方は攻撃隊への攻撃に参加できなさそうだ。 「まあ、俺たちしか攻撃できないからやらないとな」 翼を翻し、反転降下して攻撃。 今度は奇襲でなかったため、梶谷の第一撃は避けられた。しかし、その避けた先に箕面機が突っ込んでおり、彼は反射的に全力射撃する。 それらがことごとく命中し、ドーントレスは落ちて行った。 (やるもんだな!) 箕面の対応に感心しつつ、梶谷は冷静に状況を判断する。 その結果、反転上昇せずに降下した。 「雷撃機は・・・・だいぶ減っているな」 見た限り2機しかいない。 それを2機のワイルドキャットが必死に守っているらしい。 「お?」 デバステイターを攻撃していた零戦のうち、2機が上昇してきた。 見れば分隊士の編隊だ。 「バンクしながら上昇している・・・・・・・・そうか!」 梶谷も操縦桿を引き、上昇軌道へ入る。 分隊士は他の味方に雷撃機を任せ、爆撃機の撃墜に切り替えたのだ。 「さあ行くぜ!」 護衛がいないとはいえ、ドーントレスの数は多い。 さらに頑丈とあってはなかなか落ちなかった。 かなりの機銃弾を食らわせたにもかかわらず、だ。 結果、味方艦艇の対空砲圏内に入った時、まだ10機のドーントレスが生き残っていた。そして、それらは腹に抱えた爆弾を「龍驤」向けて放つべく、爆撃進路に入る。 ここからは味方の高角砲弾幕に巻き込まれる可能性があり、離れざるを得なかった。 (頼むぞ・・・・) 爆撃を阻止できなかった梶谷は歯噛みしながら周囲に目を配る。 まだまだ敵はいるかもしれないのだ。 ミッドウェー海戦では敵の攻撃が終わったと思った時に急襲されたらしい。 「しかし、全く当たらないな」 敵の狙いが「龍驤」と分かり切っているため、「利根」、「時津風」、「天津風」の高角砲や対空機銃が空に昇っていくが、当たらない。 「お?」 そう思ったら命中したのか、1機が四散した。 続けてもう1機が火を噴いて離脱していく。 (艦爆は一塊になって突撃するから、当たり出すと当たるもんなのかな) いざ急降下に移るとそうでもないのだろうが。 「あ!?」 そう思ったら残った8機が数珠繋ぎになって急降下を始めた。そして、その数瞬後に 「龍驤」が右に首を振り始める。 (完璧なタイミングだ! さすが艦長!) 急降下途中に機銃弾が命中した1機を除き、7機が爆弾を投下。 だが、それらは軸線がずらされたために虚しく海中をかき乱すだけだった。 「あぁ!?」 離脱する敵機を撃墜するために機体を動かした梶谷が悲鳴を上げる。 「龍驤」の艦尾から爆炎が上がったのだ。 「野郎、やりやがったな!」 スロットを全開にして追いかけた梶谷だったが、脱兎のごとく逃走する敵機を捉えることはできなかった。 「龍驤」を攻撃したサラトガ攻撃隊は多大な犠牲を払った。 未帰還はそれぞれ以下の通り――( )内は出撃数――だ。 ワイルドキャット5機(12)、ドーントレス11機(18)、デバステイター8機(8)。 それぞれ42%、61%、100%の未帰還率であり、攻撃隊全体は63%と散々な結果だ。 特にデバステイターは全滅しており、目も当てられない。 また、帰還した機体でも損傷が大きく、廃棄処分とされたのがワイルドキャット2機、ドーントレス2機。 結果的に米軍は28機を喪失し、74%の損耗率を記録した。 その結果は「龍驤」に爆弾1発命中という虚しいものだ。 如何に小型空母でも、商船改造空母でない「龍驤」は爆弾1発では沈まない。 戦闘能力を奪っているかもしれないが、これから始まる翔鶴型との戦いに不安を残したのだ。 だが、フレッチャー中将は「翔鶴」らを発見した段階で「エンタープライズ」と共に「サラトガ」に残存する航空機を発進させた。 エンタープライズ隊はワイルドキャット20機、ドーントレス27機、デバステイター10機、アヴェンジャー8機の計63機。 サラトガ隊はドーントレス2機、アヴェンジャー5機を参加させる。 米海軍の攻撃隊は計70機となり、強力な一撃として日本艦隊を目指していた。 時刻は午後14時12分。 「龍驤」上空での戦いがひと段落しつつある時、両軍の主力部隊が雌雄を決するために激突しつつあった。 「―――間一髪だな、これは・・・・」 午後14時30分、「龍驤」甲板。 降り立った梶谷は、艦尾に開く大きな破孔を見て呟いた。 「ホントですね」 初陣で初撃墜を記録した箕面も呆然としている。 「龍驤」に命中した爆弾は、艦尾を貫いた後、角度的な問題で艦外に飛び出してから爆発した。 結果、喫水上の艦尾にダメージを負ったが、「龍驤」は航行だけでなく、航空機離発着にも影響なしという不幸中の幸いという被害だった。 「おーい! ガダルカナル攻撃しに行った奴らが戻ってくるから飛行甲板を空けろぉ!」 「ぅおっとヤベヤベ」 整備員の声に梶谷たちは慌てて飛行甲板から退く。 それを見て甲板要員が旗を振り、上空を旋回していた零戦が着艦体勢に入った。 (何機か欠けてるな) 梶谷は上空を見上げて思う。 出撃したのは20機だが、どう見ても20機はいない。 ガダルカナル島には敵飛行場が完成しているらしく、そこから飛び上がった戦闘機に食われたのだろう。 (こっちも2機落とされたからな) 先程の防空戦で2機を失い、1機を損傷機として捨てた。 搭乗員は脱出して引き上げられたために被害はないが、敵地で撃墜された場合、帰還は望めないだろう。 (脱出して、運よく味方の支配地域に降りていればいいな) 編成されて間もないとはいえ、龍驤航空隊の仲間である。 「梶谷さん、敵はまた来ますかね」 やや興奮気味の箕面が聞いてくる。 「来るだろうが、一航戦の攻撃隊が全てやってんじゃねえかな」 先程、一航戦が敵空母に攻撃を仕掛けたらしく、艦橋はト連送を受信していた。 (こっちを囮にしたんだ。しっかり仕留めてくれよ、エリートさんや) 梶谷たちが認識していた通り、一航戦から発進した第一攻撃隊は午後14時28分、米空母部隊に攻撃をかけた。 第一次攻撃隊は関衛少佐率いる九九艦爆27機、零戦10機。 九七艦攻が欠けるのは、急な会敵で準備が間に合わなかったからだ。 それでも攻撃隊を出撃させた辺りに、ミッドウェー海戦の戦訓が見える。 因みにこの攻撃隊は全て「翔鶴」から発進されており、続く第二次攻撃隊が全て「瑞鶴」から発進された。 この攻撃力分散も米軍と同じであり、両軍ともに未だ空母戦闘に不慣れであった証拠だ。 だが、攻撃機発進で乱れていた陣形を整える前に襲われたアメリカ海軍には、この少数での攻撃も効いた。 「エンタープライズ」に爆弾3発が命中したのだ。 だが、第二次攻撃は空振りに終わり、日本側の攻撃はそれで打ち止めとなった。 一方、アメリカ側の第二次攻撃はというと、ちょうど進路上に「龍驤」が飛び込んでしまったため、再び「龍驤」を攻撃する。 70機という第一攻撃隊の倍近い機数だったが、「龍驤」も30機の零戦を上げて迎え撃った。 迎撃戦においては、戦闘機の数は日本側の方が多く、早くから敵攻撃隊に対して攻撃できるという利点を生かす。 結果、再びアメリカ軍は多大な損害を受けた。 ただし、今回はちゃんとその代償を頂いたのである。 「―――畜生!」 梶谷は暖かい海に漂いながら悪態をついた。 機械的な動きでパラシュートを切り離し、浮き輪代わりの背嚢に体を預けながら黒煙の方を見遣る。 そこには真っ赤な炎を噴き出す「龍驤」の姿があった。 爆弾4発、魚雷1発。 それが彼女をえぐった敵の矢の数だ。 龍驤戦闘機隊は善戦した。 ワイルドキャット4機、ドーントレス10機、雷撃機10機は確実に葬り去っている。 それでも敵機は圧倒的多数だったのだ。 艦隊の対空兵器が貧弱なため、戦闘機の傘で阻止できなかったそれらは「龍驤」に集中。 彼女は巧みな操舵で半分以上の攻撃を避けたが、遂に捕まった。 (俺がもっと落としていたら・・・・ッ) 敵の数に焦った梶谷は、不注意にドーントレスの後方から近づき、その後方機銃を受けて撃墜されたのだ。 咄嗟の判断で脱出したが、列機の箕面はどうしただろうか。 「あ・・・・」 敵の攻撃が終わったのか、「龍驤」に駆逐艦が放水を開始した。 上空には再集結した零戦が旋回している。 見た限りあまり減っておらず、撃墜されたのは数機程度だろう。 と思ったら、1機が離れて梶谷の上にやってきた。 上空から海面に広がる白いパラシュートは目立つ。 きっと梶谷に気付いた者だろう。 (って、お前か・・・・) 優れたパイロットが持つ視力で上空を旋回する機体番号を見た。 それは列機――箕面機を示す番号である。 「へへ。助けるはずが助けられてやんの」 艦隊の方を見れば、「利根」から複数の水上機が射出された。 駆逐艦は1隻が消火活動、もう1隻が周辺警戒に忙しく、パイロット救出は水上機に任されたようだ。 見ればすぐにこちらに1機が向かってくる。 (どうやら敵討ちをする機会に恵まれそうだな) 「龍驤」はダメだろう。 あの小さな艦体に爆弾4発は多すぎる。 今はただ、少しでも下火にして生存者を救出するのみだ。 (だけど、まだこちらには空母がある) 梶谷のような歴戦戦闘機パイロットはどこでも引っ張りだこだ。 (絶対に敵を討つからな!) そう心に誓い、海面を滑るように着水した水上機に手を振った。 第二次ソロモン海戦。 8月24~25日かけてガダルカナル島近海で交わされた日米の戦いだ。 これはガダルカナル島への空爆、空母同士の戦闘、日本輸送艦隊とアメリカ爆撃機との戦闘、日本海軍駆逐艦によるガダルカナル島ヘンダーソン飛行場に対する艦砲射撃といくつもの戦闘があった。 この結果、日本軍は空母「龍驤」、駆逐艦「睦月」、輸送船「金龍丸」を失い、軽巡「神通」が中破した。 対するアメリカ軍は「エンタープライズ」が中破したのみで喪失艦なし。 しかし、多数の航空機を喪失した。 その喪失航空機は、「エンタープライズ」内で破壊された機体を含むと約70機となる。 空母2隻で180機弱を投入していたため、損耗率は約40%だった。 特に攻撃隊の損耗が激しく、雷撃機隊はほぼ壊滅している。 零戦の壁を突破することが如何に難しいかを証明した形となった。 しかし、それでも敵空母を撃沈し、日本軍の作戦遂行意思を挫いたことは間違いない。 このため、第二次ソロモン海戦は珊瑚海海戦のような中途半端なものではなく、戦略・戦術的にアメリカ軍の勝利となった。 以後、日本軍は輸送船による輸送を諦め、駆逐艦や大発を使用した鼠輸送、蟻輸送にて川口支隊や補給物資を輸送することとなる。 これらは増強されたヘンダーソン飛行場から飛び立つ敵機に悩まされ、駆逐艦「朝霧」が轟沈するなど被害が続出。 こうして補給が先細りとなり、徐々に後世で言う「餓島」の様相をなしつつあった。 |