第二次ソロモン海戦 -1


 

 ソロモン諸島。
 南太平洋メラネシアにある島嶼群の名称だ。
 南からサンタクルーズ諸島、サンクリストバル島、ガダルカナル島、マライタ島、フロリダ諸島、ニュージョージア諸島、サンタイサベル島、チョイスル島、ブーゲンビル島と続く。 
 命名者は1568年にヨーロッパ人として初めて訪れた、スペイン人探検家のアルバロ・デメンダーニャ・デネイラ。
 彼はガダルカナル島で砂金を発見した。
 これを彼が探し求めていた古代イスラエルのソロモン王の財宝だと考え、それらが眠る島として「ソロモン諸島」と名付けたとされる。
 1893年にイギリスの植民地となり、1900年にはドイツ領だった北部も獲得して統一した。
 太平洋戦争勃発後、日本軍は米豪分断を図って侵攻。
 ガダルカナル島やツラギ島などを占領する。
 そして、航空要塞化するために基地建造を開始するが、それが完成する前に米軍の反攻を迎えたのだった。






高松嘉斗side

「―――ソロモン諸島・・・・」

 1942年8月15日、大日本帝国神奈川県横浜市日吉地区。
 ここに慶應義塾大学日吉キャンパスがある。
 尤も現在このキャンパスは日本海軍によって接収され、連合艦隊司令部が置かれていた。
 つまり、連合艦隊司令部は陸に上がったのだ。
 これはミッドウェー海戦の戦訓も基づく処置である。

「ガダルカナル・・・・」

 連合艦隊司令部は南太平洋の海図を広げ、米軍の反攻が確認された地域を確認していた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どこだ?」

 連合艦隊司令長官・山本五十六海軍大将は、一向に見つからないその島に、首を傾げる。

「載っていないのではないでしょうか」

 同じく見つけられなかった参謀長・宇垣纏海軍中将が首を振った。

「うーむ、この地域の作戦は考慮していなかったからな・・・・」

 山本も肩をすくめる。
 ポートモレスビー攻略作戦時にさんざん議論したが、そもそも連合艦隊はソロモン諸島への進出に反対していた。
 理由は主な策源地から遠いこと。
 米豪遮断作戦においてソロモン諸島が持つ意義が小さいことだった。
 特に遮断作戦については、米軍はさらに遠方のフィジー諸島を根拠地とする以上、物理的遮断は不可能なのだ。

「しかし、早急に手を打たねばならないでしょう」
「巡洋艦同士では勝ったんだろう?」
「ですが、空母部隊は残っています」

 「敵空母部隊撃滅は必須です」と続けた宇垣に、山本は頷く。

「ま、撃滅したことにはならんな」

 山本は地図から視線を移した。
 そこには書類の束を手に持った従兵を従えた佐官がいる。

「軍令部はいったいどう見ているのだ? ・・・・いや、第三部が、か」
「うむ、報告したまえ、高松中佐」
「はっ」

 佐官――嘉斗は短く返礼した後、従兵から書類を受け取った。

「まず、第一次ソロモン海戦について、現状確認です」

 「米軍はBattle of Savo Islandと呼んでいるようですが」と、さらっと米軍情報を口にする。

「こちらの航空攻撃は7日と8日に行われましたが、不首尾に終わっています」

 不首尾どころか大損害だ。
 日本軍は一式陸攻を多数喪失した。
 原因は零戦の航続距離限界で、十分に護衛できなかったこととされている。
 少数の艦艇を破壊したが、敵軍に攻撃を躊躇させるものではなかった。

「艦載機の艦爆隊が喪失前提で投入されなかったことは褒めるべきことですね」

 嘉斗はため息交じりに言う。
 当初は9機の九九艦爆が投入される予定だった。
 しかし、航続距離が足りず、帰還できない。
 このため、攻撃後に着水し、搭乗員だけ拾い上げるつもりだった。
 これを出撃寸前にその作戦を知った連合艦隊が止めさせたのである。

「この迎撃に多数の敵戦闘機が確認されており、空母部隊が近海にいるのは確実です」
「うむ、間違いないだろう」

 嘉斗の断定に山本も同意した。

「次に、水上艦艇による夜戦は戦術的に勝利と言えましょう」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 嘉斗の言葉に山本と宇垣が不機嫌になる。
 両者とも第一次ソロモン海戦の結果に満足していないのだ。

「我が軍は三川軍一中将を司令官に、重巡五、軽巡"一"、駆逐艦一で白地へ突入しました」


 第八艦隊(三上中将)の重巡「鳥海」。
 第六戦隊(五藤存知少将)の重巡"「最上」、「三隅」、「鈴谷」、「熊野」"。
 第十八戦隊(松山少将)の軽巡「夕張」。
 第二十九駆逐隊の駆逐艦「夕凪」。
※ 忠実では、重巡は「青葉」、「衣笠」、「加古」、「古鷹」、第十八戦隊には軽巡「天龍」が加わっていたが、この物語ではすでにこれらの艦は存在しない。


「交戦の結果、こちらは小破程度で特筆する被害がなく、米軍には大打撃を与えました」

 最上型重巡は長らく水雷戦隊の旗艦を務めたが、阿賀野型軽巡の就役に合わせて重巡戦隊を編制した。

「まあ、撤退する折に潜水艦の雷撃を受け、『三隅』が撃沈されてしまいましたが」

 勝ち戦の雰囲気を吹き飛ばす被害だ。
 この数ヶ月で駆逐艦も潜水艦に撃沈されており、対潜戦闘が課題に挙がっていた。

「・・・・うむ。敵の損害は分かっているのか?」
「通信傍受の結果、次のことは確実と見られます」


 撃沈:
 重巡四(「キャンベラ」(豪)、「ヴィンセンス」、「クインシー」、「アストリア」)
 駆逐艦一(「ジャーヴィス」、戦場離脱中の空襲により)
 損傷:
 重巡一(「シカゴ」)、駆逐艦二(「ラルフ・タルボット」、「パターソン」)


「これだけの戦果を残し、損害もないのに輸送船団を攻撃しないとは・・・・」
「全くです。尤も敵の奇襲攻撃やその後の空母部隊の位置取りを掴めなかった航空隊と潜水艦も本作戦の重要性を全く分かっていない」

 山本と宇垣の不機嫌さは、第八艦隊の健闘不足だ。
 邪魔をする敵巡洋艦艦隊を排除したならば、その向こうにいた敵輸送船団を撃滅するべきだったのだ。

「まあ、これでガダルカナル島奪還作戦が続くわけです」

 日本軍は奪還部隊の第一陣として陸軍の一木清直大佐率いる一木支隊をガダルカナル島へ送り込むことを決めている。
 これは第4駆逐隊指揮の駆逐艦6隻が護衛し、すでにトラックを発していた。
 この陸軍部隊は元々ミッドウェー島用に編制された部隊である。
 さらに川口清健少将率いる川口支隊の増援も決定した。
 これらの護衛および敵迎撃艦隊の撃破のため、日本軍は近藤信竹中将率いる第二艦隊と小沢治三郎率いる第三艦隊を投入することを決めている。

「敵空母は3隻です。今の第三艦隊では劣勢ですが?」
「仕方なかろう」

 第三艦隊が保有するのは空母「翔鶴」、「瑞鶴」、「龍驤」の3隻だ。

「『雲龍』が就役したのでは?」

 嘉斗が手元の書類を確認して言った。
 今回は速度が命のため、分散して航空機輸送に従事している第二航空機動艦隊を召集している暇はない。
 それは分かるが、正規空母である「雲龍」を戦線に加えないのは、戦力の分散と言えないだろうか。

「仕方がなかろう。ただでさえ第二・第三艦隊の共同作戦で現場の指揮系統が混乱しやすい。そこに新部隊を投入しても混乱が広がるだけだ」

 「雲龍」はミッドウェー海戦直後に就役したが、未だ戦力化されていない。
 それでも航空隊を載せてトラックに向かい、第三艦隊と合流することは可能だ。だが、第三艦隊の一因として行動するには訓練時間が足りない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 今度は嘉斗が不満そうに黙り込んだ。

「高松、言いたいことは分かる」

 宇垣が諭すように言う。
 戦力の分散。
 それこそがミッドウェー海戦の敗因のひとつなのだ。

「だが、今回は敵の作戦に対する突発的対応なのだ。押っ取り刀で駆けつけるのは仕方がない」

 「仕方がない」を繰り返す山本も悔しそうだ。
 ミッドウェー以後、日本海軍は組織刷新、編制変更を進めてきた。
 また、これから新造艦の就役や新航空隊の編制が一気に進む。
 だというのに前線では戦闘が続き、熟練度兵が死傷する。
 海軍全体の練度は下がり気味で、ミッドウェー以後の人事異動でそれは進んでいた。
 2ヶ月に及ぶ訓練でどうにか様になってきているが、未だ途上と言わざるを得ない。

「残る部隊には一層訓練に励むよう希望します」
「うむ、それは任せてくれ」

 嘉斗は軍令部の人間だ。
 日々の訓練まで指示できない。だが、連合艦隊にも軍令部の作戦に応えるだけの練度を用意する義務があった。
 だが、戦いを終えても、戦い前の戦力が残っているわけがないことは、嘉斗にも分かっている。

(敵戦力を減殺しなければ・・・・ッ)

 嘉斗は嘉斗で、己の戦いのために自分の部署へと走り帰った。






第二次ソロモン海戦scene

「―――ふぃ、腹減った・・・・」

 1942年8月24日、ガダルカナル島北方近海。
 ここに重巡「利根」と空母「龍驤」、駆逐艦「時津風」、「天津風」がいた。
 これらの艦隊の役割は近海に出てきているアメリカ機動部隊を引き寄せる囮とラバウルからのガダルカナル島爆撃における同島上空の制空権確保である。
 まさに二兎を追っているわけだが、「龍驤」はその任務のために偵察用九七艦上攻撃機の他には全て零式艦上戦闘機で占めていた。
 航空母艦「龍驤」。
 小型空母であり、基準排水量は11,733トン。
 全長180.0m、水線幅20.3m。
 飛行甲板は158.6m×23.0m。
 搭載機数は最大48機(補用機含む)。
 このため、この作戦では零戦36機、九七艦攻12機を搭載している。
 九七艦攻は偵察任務で周辺の海域を索敵中で、アメリカ海軍の空母を探していた。
 また、分隊の旗艦である「利根」には電探が取り付けられており、敵航空機の接近に備えている。

「椙谷二飛、戦闘食です」
「おお助かる」

 椙谷俊希海軍二飛曹は整備員が持ってきた握り飯と味噌汁を受け取った。

「いやぁ、やっぱりいいね」

 味噌汁を口にし、首を振る。

「常夏の海のど真ん中で味噌汁」
「日本が如何に進出したか、分かりますね」
「んだんだ」

 握り飯をほおばりながら頷く。

「上から見ても島は見えませんか?」
「高度四〇〇〇くらいじゃあなあ。・・・・一万まで行けば分からんが」

 整備員の質問に首を傾げながら答える。

「直掩任務だから海上にも目を配っていたんだけどな」

 艦隊の危険は敵航空機だけではない。
 潜水艦こそ不意打ちを得意とする強敵だった。
 まだ例は少ないが、アメリカ海軍の潜水艦に沈められた駆逐艦もあるのだ。

「あとどれくらいで上がれそうだ?」

 先程まで梶谷は二直目として朝に空に上がり、艦隊護衛についていた。
 この間にガダルカナル島攻撃援助のための攻撃隊も見送っている。
 敵からの攻撃はまだないが、発見されたのが午前9時。
 今が13時13分だから、もういつ来てもおかしくない。
 現在、「龍驤」には零戦が16機しかいなかった。
 ガ島へ攻撃援助に行った20機が帰ってくるまで、この戦力が全てである。
 梶谷は高角砲や対空機銃の威力をかなり低く見ていた。
 あんなもので敵の攻撃は防げない。

「エンジンの調子も良さそうなので、今は給油中です」

 そう答えた整備員は声を潜めて聞いてきた。

「で、空で"遊んで"はいないんでしょうね」
「あ、ああ。今日はいつ敵さんが来るか分からんから」

 梶谷は頬を引きつらせて目をそらす。
 先日、直掩任務中におもしろがって空中戦闘訓練をした。
 その時、調子に乗って機銃を発射。
 戦闘機乗りからしたらちょっとしたお茶目だったのだが、帰還してから整備長にしこたま怒られた。
 どうやら2割近く撃っていたらしい。

「全く。いざ敵が来た時に弾がありませんとか言わないでくださいね」
「だから今日は撃ってねえよ!」
「いつも撃つな、ってんですよ!」

 ふたりが怒鳴り合った時、先行する「利根」が発光信号を発した。

「何だ?」

 梶谷が首を傾げた瞬間、けたたましくベルが鳴り響く。

「緊急!?」
『艦長の加藤だ』

 艦長・加藤唯雄海軍大佐の声が甲板に設置されたスピーカー越しに聞こえてきた。

『「利根」の電探が敵編隊を捕捉した』

 大慌てで飛行長が甲板に出てくる。そして、手を大きく振って指示を出す。

『全戦闘機、迎撃せよ』
「「・・・・ッ」」

 艦長の言葉を聞き、梶谷は整備員と共に己の零戦にとりついた。

「行けるか!?」
「大丈夫です!」

 整備員が工具を突っ込み、慣性始動器を作動させる。そして、しばらくして「コンタクト」と叫んだ。

「よぉしよし」

 エンジンと繋がったプロペラが回り出し、甲板には待機していた零戦4機のそれが響き渡る。
 着艦して20分近く経っているが、まだまだ暖気が残っているので問題なく飛び立てるだろう。

「梶谷、来い!」
「分隊士!? ・・・・・・・・あ、作戦会議か!?」

 空に上がるだけで頭がいっぱいだった梶谷は慌てて分隊士の下へと駆け寄った。
 まだ機内無線は指揮官機にしか配備されていない。
 梶谷のような下っ端は空に上がれば手信号でしか意思疎通ができない。
 だから、上がる前にできうる限りの情報を持っておかなければならないのだ。

(こんなことしてていいのかな?)

「大丈夫だ、安心しろ。敵さんがやってくるまでまだ30分はあるさ」

 分隊士が慌ててきた梶谷に笑いかける。

「さあ、アメリカさんの情報だ」

 事前にもらっていた情報は、アメリカ空母の隻数だった。
 大型空母2~3隻、航空機が180~300機である。
 これは本隊である「翔鶴」、「瑞鶴」を合わせて180機より圧倒的に多い。

「敵の数は100機以下と思われるそうだ」
「随分少ないですな」
「敵さんは『龍驤』の姿を確認している。小型空母だから戦力の温存を図ったんだろう」

 「龍驤」に対して全力攻撃をしては、本命の日本軍機動部隊を発見しても攻撃できない。
 そんな状態を避けたかったのだろう。

「敵戦闘機は放っておけ。狙いは艦爆もしくは艦攻だ」

 分隊士の話では、今から飛び上がる梶谷たちは上空で待機する編隊と合流。
 8機編隊を作って高度6,000mに待機。
 敵の頭上から攻撃をかける。
 また、現在格納庫で出撃準備中の8機は3,000~4,000mで敵を迎撃する。

「必然的に俺たちは艦爆を担当することになるだろう」
「ドーントレスか・・・・」

 敵の雷撃機と違い、艦爆は頑丈でなかなか落ちない。
 12.7mm機銃ではなく、確実に20mmを当てなければならないだろう。

「最終的には2機体制で動くことになるだろう。梶谷、箕面を頼むぞ」
「任されました」

 梶谷は胸を叩いて請け負った。
 箕面とは今回が初陣の新人だ。
 空戦技術も稚拙で、未だ空母への着艦に不安が残る。だが、目と思い切りがよく、経験を積めばいい戦闘機乗りになるだろう。

(そういう風にするために、こんなところで死んでもらっては困るし、なっ)

「いっ!?」

 ガチガチに緊張する箕面の尻を蹴り上げ、「空でも陸でもお尻には気をつけな」と笑みと共に訓示(?)した。

「発進よし! おらおら、準備しろぉ!」

 飛行長が腕を振り回しながら叫ぶ。

「じゃあ、いっちょやるか!」

 梶谷は拳を叩き合わせ、分隊たちと共に零戦へ走って行った。






 1942年8月24日、第二次ソロモン海戦勃発す。
 珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦に続く空母対空母の対決が予想される。
 日本海軍は空母「翔鶴」、「瑞鶴」、「龍驤」。
 アメリカ海軍は空母「エンタープライズ」、「サラトガ」。
 アメリカは近海に「ワスプ」も展開していたが、給油のために南方へ移動していた。
 日本海軍の主力部隊はトラック島北方に位置するという情報を受けていたのだ。
 もちろん、それはデマであり、デマを流したのは日本軍令部第三部である。
 勝敗に影響があるかは分からないが、米軍の参加兵力を減らしたのは評価できるとされよう。

「―――接敵しましたか・・・・」

 第三部の事務所で、嘉斗は無線傍受の結果を受けていた。

「ラバウルからのガダルカナル島攻撃はうまくいったようです」

 通信傍受データを持ってきた士官がそう言う。

「どうせすぐに復旧するでしょう」

 その報告に対して、嘉斗は興味なさげに呟いた。
 アメリカ軍の基地補修能力は日本軍のそれを大きく上回っている。
 これまで何度も攻撃を仕掛けているが、ガダルカナル島の航空基地能力を奪うことはできなかった。
 龍驤航空隊のおかげで攻撃隊の損耗が少なく済んだ。
 それだけだろう。

「問題はこれからです」
「大丈夫です、やってくれますよ」

 士官の表情は言葉と違ってすぐれない。
 ミッドウェーの敗戦がここにも影響していた。

(頼みますよ、小沢さん・・・・)










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