新戦力


 

 マル4計画。
 それは軍縮条約から脱却した、将来の主力艦を整備する造船計画だ。
 それらの艦が1941年から次々と就役していた。
 目玉はなんと言っても大和型戦艦。
 一番艦である「大和」はミッドウェー海戦で連合艦隊の旗艦として出撃している。
 世界一の巨砲――四六センチ砲を、まだ実戦で放ってはいないが、その威容を海兵たちに見せつけていた。
 その姉妹艦である「武蔵」も、工期の短縮に成功する。そして、1942年8月に戦列に加わることとなった。






高松嘉斗side

「―――大きい・・・・」

「はは、まあ、六万トンを超えますからね」

 1942年8月5日、嘉斗は妻である亀を連れ、長崎軍港を訪れていた。
 目的は言うまでもなく、本日就役する戦艦「武蔵」の見学だ。
 嘉斗は伏見宮に代わり、主要艦の式典に出席するようになっていた。

「2隻で終わり?」
「ええ、三番艦、四番艦を作る話もありましたが、却下されました」

 マル5計画で最後の最後まで揉めたのだが、大和型三番艦、四番艦は見送りとなった。
 その後に開戦を見越した改マル5となり、新戦艦建造は当面先送りとなっている。

「そもそも同型艦を3隻以上用意したのが、金剛型だけです」

 嘉斗は宙を見て記憶を漁りながら言った。
 正確には前弩弓戦艦である敷島型(「敷島」、「朝日」、「初瀬」、「三笠」)がいる。
 だが、これは国産戦艦ではない。
 国産戦艦で3隻以上の同型艦がいるのは確かに金剛型だけだ。
 尤も「金剛」はイギリス産なのだが。

「その分の国力を空母や巡洋艦に回したんですよ」
「へぇ・・・・」

(あ、あんまり興味なさそう)

 嘉斗は「武蔵」の巨体に隠れる形で停泊する新重巡・国見型に見向きもしない亀の姿に苦笑した。

「真珠湾などでアメリカの戦艦を沈めましたから、少しは数の不利は補えましたよ」

 日本海軍が保有する戦艦は、「武蔵」を入れて10隻。
 一方、アメリカ海軍は開戦以来4隻を喪失し、12隻。
 ワシントン海軍軍縮会議の結果、対米英6割だったことから考えると、戦力差は小さくなっている。

「でも、これから艦隊決戦は起きるの?」

 亀が首を傾げながら聞く。
 緒戦の第一作戦では、アジア艦隊相手に艦隊決戦が勃発。
 アメリカの戦艦「ネバダ」、「オクラホマ」を撃沈していた。
 だが、FS作戦中に勃発した珊瑚海海戦、MO作戦中のミッドウェー海戦では、どちらも空母同士の海空戦しか発生していない。
 戦艦同士の砲撃戦はおろか、巡洋艦同士の砲撃戦すら起きていないのだ。

「いいえ、ありますよ。・・・・いや、生起せざるを得ない状況に持って行けば良いんです」
「ふぅん?」

 鉄砲屋である嘉斗の言葉を特に否定する知識を持たない亀は、視線を「武蔵」に向け直した。

「あ・・・・」

 すると、その視線にとある軍人が気付いたようだ。

「おお、これは高松・・・・・・・・宮殿下、お久しゅうございます」
「有馬大佐、お久しぶりです」

 軍人の名は有馬馨といった。
 海軍大佐であり、二号艦の艤装員長を務め、二号艦改め「武蔵」となった後は艦長を務めている。
 その前職は戦艦「比叡」艦長であり、嘉斗が「比叡」砲術長だった折の上官だった。
 それ故に親しげにかつため口で話しかけようとした。しかし、嘉斗が軍服を着ていないことに気付いたため、敬語に直したのだ。
 軍服を着ていないということは、今の嘉斗は皇族かつ直宮なのだから。

「どうですか、『武蔵』は?」
「ええ、心強いですね」

 有馬は嘉斗の返事を聞いて破顔した。しかし、すぐにやや気落ちした表情になる。

「どうかしましたか?」
「いえ、本日から戦列に加わるのですが・・・・」

 有馬は声を潜めて続けた。

「連合艦隊からは何の指示もないんです」
「・・・・何も、ですか?」
「・・・・はい」

 本来、新型戦艦が就役すると、それは連合艦隊の旗艦となる。
 このため、連合艦隊司令部が大挙としてやってくるはずだった。
 だが、司令部は陸に上がったため、「武蔵」は自動的に第一戦隊に編入されている。
 旗艦は新型戦艦が務めるのが通例なので、「武蔵」が第一戦隊の旗艦となっていた。
 だから、連合艦隊司令部が来ないとしても、第一戦隊司令部がやってくるはずだ。だが、それが来ない。
 この状況に有馬が首を傾げていたのだ。

「実は第一戦隊司令がまだ決まっていないのですよ」
「そうなのですか?」

 嘉斗が種明かしした事実に、有馬が驚いた。
 こちらも連合艦隊司令長官が兼任していた役職であり、どういう立場の人間が適当か、海軍省人事部が首を捻っていたのだ。

「どうにも第一戦隊は連合艦隊付きから第一艦隊への配備も検討されているらしく」

 第一艦隊は1903年に発足した常設艦隊だ。
 麾下には第二戦隊、第三戦隊の戦艦とそれ以下の戦隊番号を持つ巡洋艦部隊を配し、水雷戦隊が加わっている。
 最近では護衛の空母部隊も加わり、ミッドウェー海戦に出撃。
 何ら戦闘に関わることなく帰還していた。

「第三戦隊は空母付きと正式に決まりましたしね。連合艦隊の艦隊編成は再構築の真っ最中です」
「その関係で、人事も遅れているのですか」

 人事発令しても、その組織自体が再編でなくなってしまっては異動損だ。

「もうまもなく決まると思いますけどね」

 嘉斗はそう呟き、「武蔵」を見上げる。
 やはり、この威容は見上げざるを終えない。
 因みにこの司令官人事は後に海兵35期・高須四郎海軍中将が第一艦隊司令長官を兼任する形で決まることとなった。

「そう言えば高松宮、明日には横須賀ですか?」
「・・・・『雲龍』就役の話をお知りですか」
「情報漏洩ではありませんよ。艤装員同士の情報交換です」

 「他艦の進捗状況を知ることで納期厳守を意識するんです」と有馬が笑う。
 米海軍は高い確率でこちらの建造状況を調べていると見られ、マル4計画からは海軍の情報部隊がこれに対処していた。
 その結果、信じられないことに、海軍関係者が市井の民に話し、それを一般人が噂するために情報が漏洩するという事実が発覚している。
 ミッドウェー海戦で米軍がこちらの攻勢を認識できたのもその関係だと推定されていた。

「まあ、行きますけど・・・・」
「あちらは『武蔵』とは違い、量産性を持つのでしょう?」
「の、はずですがね」

 航空母艦「雲龍」。
 マル4計画で量産型空母の試験艦として計画され、建造されていたものだ。
 全長227.35 m、水線長223.00 m、水線幅22.00 m、深さ20.50 m
 基準排水量17,150トン、満載排水量21,779トン。
 飛行甲板216.90 m×27.00 m(エレベータ2基)。
 速力34.28 kt/h
 搭載機数約75機。

「改飛龍型、と呼ばれる方もいますが・・・・確かにこれからの空母戦力の主力でしょう」

 戦艦改造空母であった「赤城」や「加賀」はもちろん、日本式空母の集大成と言われる翔鶴型空母には敵わない。
 だが、高い生産性を意識しており、数の上では来年以降に同型艦が次々と就役、主力空母になる予定だった。

「では、来賓席に行ってきます」
「はい、よく見ていてください」

 有馬に別れを告げ、亀を連れて歩き出す。

「いっぱい就役する」
「ええ、第二次ロンドン軍縮会議での仕掛けがようやく効いてきましたね」

 日本海軍はドイツが協議継続を拒否することを知っており、早くから条約失効後の建造計画を進めてきた。
 この点、米英は条約失効が確実になった時からの計画だ。
 国力の差でその計画が形になる時期はあまり変わらないだろうが、少なくとも劣ることはなかった。

(あれがなければ彼女たちの就役は1944年になっていたでしょうから)

「ひろ様の悪巧み、成功。さすが」

 ポンポンと褒めるように背中を叩く亀。

「褒めてくれるのはうれしいですが、悪巧みと言われるのは複雑ですね」

 苦笑しながらお返しにと亀の頭を撫でる嘉斗。
 そんないくつになっても微笑ましい夫婦ぶりを見せながら、ふたりは来賓席へと赴いた。






 1942年8月現在の日本海軍の軍艦は以下の通りである。
 斜文字は忠実には存在しない艦艇を示す。
 一方、忠実に存在する艦艇だが、この時期にはまだ就役していなかった艦艇はそのまま記す。

戦艦
 大和型「大和」、「武蔵」
 長門型「長門」、「陸奥」。
 奥羽型「奥羽」、「相武」
 金剛型「金剛」、「比叡」、「榛名」、「霧島」。

正規航空母艦
 大型空母 「翔鶴」、「瑞鶴」。
 中型空母 「飛龍」、「蒼龍」、「雲龍」。
 小型空母 「鳳翔」、「龍驤」、「瑞鳳」、「龍鳳」。
 ※ 建造中 「勢凰」(旧伊勢)、「向鳳」(旧日向)。改翔鶴型「迅鶴」、「閃鶴」。雲龍型「天城」、「葛城」、「笠置」、「阿蘇」。
 ※ 計画中 雲龍型「生駒」、他4隻。龍鷹型「清鳳」

改造航空母艦
 雷鷹型「雷鷹」、「鳴鷹」。
 飛鷹型「飛鷹」、「隼鷹」。
 大鷹型「大鷹」、「雲鷹」、「沖鷹」。
 ※ 建造中 大鷹型「神鷹」、「海鷹」、「天鷹」

重巡洋艦
 国見型「国見」、「雲仙」、「石鎚」。
 利根型「利根」、「筑摩」。
 高雄型「高雄」、「愛宕」、「摩耶」、「鳥海」。
 妙高型「妙高」、「那智」、「足柄」、「羽黒」
 最上型「最上」、「三隈」、「鈴谷」、「熊野」
 ※ 建造中 改利根型「雲取」、「臼杵」。国見型「有珠」。改鈴谷型「伊吹」、「鈴鹿」

軽巡洋艦
 阿賀野型「阿賀野」
 球磨型「球磨」、「多摩」、「北上」、「大井」、「木曽」。
 長良型「長良」、「五十鈴」、「名取」、「由良」、「鬼怒」、「阿武隈」。
 川内型「川内」、「神通」、「那珂」。
 夕張型「夕張」。
 ※ 建造中 阿賀野型「能代」、「矢矧」、「酒匂」。大淀型「大淀」、「仁淀」。

一等駆逐艦
 峯風型「峯風」、「澤風」、「沖風」、「灘風」、「矢風」、「羽風」、「汐風」、「秋風」、「夕風」、「太刀風」、「帆風」、「野風」、「波風」、「沼風」。
 神風型「神風」、「朝風」、「春風」、「松風」、「旗風」、「追風」、「朝凪」、「夕凪」。
 睦月型「睦月」、「弥生」、「卯月」、「皐月」、「水無月」、「文月」、「長月」、「三日月」、「望月」、「夕月」。
 特Ⅰ型「吹雪」、「白雪」、「初雪」、「深雪」、「叢雲」、「東雲」、「薄雲」、「白雲」、「磯波」、「浦波」。
 特Ⅱ型「綾波」、「敷波」、「朝霧」、「夕霧」、「天霧」、「朧」、「曙」、「漣」、「潮」。
 特Ⅲ型「暁」、「響」、「雷」、「電」。
 初春型「初春」、「子日」、「若葉」、「初霜」、「有明」、「夕暮」。
 白露型「白露」、「時雨」、「村雨」、「夕立」、「春雨」、「五月雨」、「海風」、「山風」、「江風」、「涼風」。
 朝潮型「朝潮」、「大潮」、「満潮」、「荒潮」、「朝雲」、「山雲」、「夏雲」、「峯雲」、「霞」、「霰」。
 陽炎型「陽炎」、「不知火」、「黒潮」、「親潮」、「早潮」、「初風」、「雪風」、「天津風」、「時津風」、「浦風」、「磯風」、「浜風」、「谷風」、「野分」、「嵐」、「萩風」、「舞風」、「秋雲」、「冬雲」、「春雲」、「島雲」
 夕雲型「夕雲」、「巻雲」、「風雲」、「長波」。
 ※ 建造中 夕雲型「巻波」、「高波」、「大波」、「清波」。島風型「島風」。
 ※ 計画中 夕雲型十一隻。島風型十五隻。秋月型十隻。

二等駆逐艦
 若竹型「若竹」、「呉竹」、「早苗」、「朝顔」、「夕顔」、「芙蓉」、「刈萱」。
 松型※1「松」、「竹」、「梅」「桃」、「桑」、「杉」。
 樅型二一隻(他艦種に変更多数)。
 ※ 建造中 松型「槇」、「樅」、「樫」、「榧」、「楢」、「櫻」、「柳」、「椿」、「檜」、「楓」、「欅」

 ※ 計画中 松型八隻
 ※1 日本海軍に配属時に順次一等駆逐艦に変更
斜文字は忠実には存在しないもしくはクラスチェンジしたもの

伊号潜水艦
 海大3a:伊五一三、伊五一四、伊五一五、伊五一八。
 海大3b:伊五一六、伊五一七、伊五一九。
 海大4 :伊六二。
 海大5 :伊一六五、伊一六六。
 海大6a:伊一六八、伊一六九、伊一七一、伊一七二。
 海大6b:伊一七四、伊一七五。
 巡潜1 :伊一、伊二、伊三、伊四、伊五。
 巡潜2 :伊六。
 巡潜3 :伊七、伊八。
 巡潜甲:伊九、伊一〇。
 巡潜乙:伊一五、伊一七、伊一九、伊二一、伊二五、伊二六。
 巡潜丙:伊一六、伊一八、伊二〇、伊二二、伊二四。
 特機雷:伊一二一、伊一二二、伊一二三。
 ※ 建造中 海大7一〇隻、巡潜乙七隻。

呂号潜水艦
 海中4:呂二六、呂二七、呂二八。
 海中5:呂二九、呂三〇、呂三一、呂三二。
 海中6:呂三三、呂三四。
 ※ 建造中 海中中型三隻、小型六隻。

総計(建造・計画中はかっこ書き)
 戦艦 十
 正規航空母艦 九(+八)
 商船改造航空母艦 七(+三)
 重巡洋艦 一七(+五)
 軽巡洋艦 一六(+五)
 一等駆逐艦 八六(+五)
 二等駆逐艦 三三(+一一)

日本海軍喪失艦
 航空母艦 三
 「赤城」(ミッドウェー海戦)、「加賀」(ミッドウェー海戦)、「祥鳳」(珊瑚海海戦)。
 一等駆逐艦 八
 「疾風」(ウェーク島の戦い)、「如月」(ウェーク島の戦い)、「東雲」(ミリ攻略作戦)、「菊月」(ツラギ攻略作戦)。
 「狭霧」(潜水艦)、「夏潮」(潜水艦)、「子日」(潜水艦)、「霰」(潜水艦)。
 伊号潜水艦 七
 伊七〇、伊六〇、伊六四、伊七三、伊二三、伊二八、伊一二四。



 一方、米海軍は悲惨だった。
 真珠湾攻撃に始まる日本軍の第一作戦、FS作戦(珊瑚海海戦)、MO作戦(ミッドウェー海戦)等の結果、以下の艦艇を喪失している。

米海軍喪失艦
 戦艦 五
 「アリゾナ」(真珠湾攻撃)、「カリフォルニア」(真珠湾攻撃)、「ウェストバージニア」(真珠湾攻撃)、「ネバダ」(ミンダナオ島沖海戦)、「オクラホマ」(ミンダナオ島沖海戦)。
 航空母艦 二
 「レキシントン」(珊瑚海海戦)、「ホーネット」(ミッドウェー海戦)。
 重巡洋艦 三
 「ヒューストン」(バタビア沖海戦)、「ペンサコーラ」(ミッドウェー海戦)、「ニューオーリンズ」(ミッドウェー海戦)。
 軽巡洋艦 五
 「ローリー」(真珠湾攻撃)、「デトロイト」(真珠湾攻撃)、「ホノルル」(真珠湾攻撃)、「マーブルヘッド」(ジャワ島沖海戦)、「ボイス」(ミンダナオ島沖海戦)。
 駆逐艦 十
 「カッシン」(真珠湾攻撃)、「ショー」(真珠湾攻撃)、「タウンズ」(真珠湾攻撃)、「エドサル」(バタビア沖海戦)、「シムス」(珊瑚海海戦)、「ウォーデン」(ミッドウェー海戦)、「モナハン」(ミッドウェー海戦)、「フェルプス」(ミッドウェー海戦)、「モーリー」(ミッドウェー海戦)、「ハンマン」(ミッドウェー海戦)。
 水上機母艦 一
 「ラングレー」(第一作戦)
 潜水艦 四
 「シャーク」、「パーチ」、「ピケ―ル」、「シー・ライオン」、「グラニオン」。




 双方の喪失艦を比較すると、次の通りとなる(日本vsアメリカ)。
 戦艦:0 vs 5。
 空母:3 vs 3(水上機母艦を含む)。
 巡洋艦:0 vs 8。
 駆逐艦:8 vs 10。
 潜水艦:7 vs 4。

 駆逐艦や潜水艦に際してはほぼ互角だが、戦艦と巡洋艦の差が大きい。
 だが、空母に関しては楽観できない。
 これから新造艦就役ペースはアメリカ海軍の方が早い。
 どれだけでの空母を沈めることができるか、それが今後を決めるだろう。









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