せ号作戦 -2


 

 戦車師団。
 名前の通り、戦車を主戦力とする師団だ。
 日本軍は歩兵を主戦力とする歩兵師団を保有している。しかし、欧州戦線のドイツに倣い、戦車を中心とする編制の必要性を感じていた。
 それが身に染みたのは、ノモンハン事件である。
 ノモンハン事件ではソ連軍が多数の装甲車両を投入した。
 これに日本軍は速射砲や工兵を中心とした歩兵戦力で対抗し、大苦戦した経験がある。
 事件末期こそ2個戦車旅団の投入と言う荒業で勝利した。だがしかし、その勝利自体が装甲戦力の威力を物語っていたのである。

 これを受け、日本軍は師団にも相応の装甲戦力を配備することを決定した。
 それと同時に戦車旅団を超える、戦車師団の編制に着手したのである。
 その編制は2個戦車旅団(2個戦車連隊、1個歩兵大隊基幹)、1個歩兵連隊、1個砲兵連隊を基幹としている。
 通常の機械化師団が持つ戦車は60輌。
 これに対して戦車師団が持つ戦車は240輌。
 実に4.5倍だ。
 現在編制済みは3個師団。
 この内、2個師団がせ号作戦第二段階の要だった。






武隼時賢side

「―――南京の総司令部より入電中!」

 1942年5月23日、中華民国宜昌。
 ここに戦車第2師団が展開していた。
 戦車は九七式改中戦車を主力とし、九五式軽戦車も含まれている。

「『発、支那派遣軍司令部。宛、第11軍および戦車第2師団―――」

 全車両がエンジン音を鳴らし、命令を待っていた。しかし、師団司令部は建物の中で座っていた。
 その下に伝令兵がやってきたのだ。

「―――作戦開始』、とのことです」

 兵は緊張した面持ちで文面を読み上げ、敬礼してきびすを返した。
 後には総司令部の命令を受領した戦車第2師団首脳陣と総司令部から派遣された要員が残る。

「岡田中将」

 その要員である時賢は首脳陣の上座で腕を組み、目を閉じている将官に声をかけた。

「うむ」

 岡田資。
 鳥取県出身の陸軍中将だ。
 歩兵科出身だが、1939年には陸軍戦車学校長に就任。
 その後、1940年に相模陸軍造兵廠の長に任じられる。
 この造兵廠は戦車を製造しており、ほぼ機甲科に転向したと言ってよかった。
 この結果、新設された第2戦車師団の司令官に任じられたのである。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 岡田が目を開いて立ち上がった。そして、右手を振りながら下知を下す。

「作戦開始だ!」
「作戦開始!」
「全車両出撃!」

 岡田の言葉に周辺が動き出した。
 まもなくして出撃を知らせるラッパの音が響き渡る。
 それに伴い、1万人近い将兵の魂が震える波動が司令部にも届いた。

「武隼殿」

 やがて岡田と時賢、それぞれの従兵のみとなった司令部に、岡田の声が響く。

「何でしょう?」

 階級が下である時賢を敬称付きで読んだことから、ここからは私的な発言と取れた。

「秩父宮様に、戦勝報告を届けてやりたいな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 嘉斗の兄である秩父宮は現在、肺結核のために御殿場で療養生活を送っている。
 岡田は秩父宮付侍従武官だった。
 さらに戦車関連に転向してからはその御殿場に位置する富士裾野演習場に通っている。
 この時に先の縁からお見舞いに行っていることを、時賢は嘉斗から聞いていた。
 岡田もまた、秩父宮から嘉斗と時賢の交友関係を知っているのだろう。

「ええ、私たちの戦、見せてやりましょう」

 武昌付近に展開していた第11軍(6個師団、2個独立混成旅団、計14万5,400)、戦車第2師団(戦車240輌)が動き出した。
 せ号作戦開始から中国軍は第11軍の動向に気をつけていた。だが、北支那派遣軍の猛攻とその進撃阻止、さらに北方戦力集中などが重なり、その監視網と戦力はガタガタになっている。
 その隙を一瞬で突いた日本軍は、北支那方面軍の進撃が霞むほどの進撃速度を発揮した。
 その原動力は、第2戦車軍団だった。



「―――ちょっと、気が引けるくらいの戦力差だった」

 作戦開始から1週間、戦車第2師団は十堰に到達していた。
 途中、少なくない中国軍と交戦したが、まともな戦車や対戦車武器のない中国軍を鎧袖一触する。
 あまりの進撃速度に十堰は防衛体制を整える暇もなく、守備隊は逃げ出した。
 そこを難なく占領し、戦車第2師団は補給と整備を行っている。

「いい天気だ、雲一つない」

 時賢は指揮車の荷台に寝っ転がりながら呟いた。

「まもなく、前方の哨戒および爆撃に出る海軍航空隊が視界に入りますよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 言われた途端に、戦爆連合のプロペラ音が聞こえてくる。

「副官よ」
「何でしょう?」
「各方面の状況は?」

 気を取り直し、時賢は司令部で情報を仕入れていたはずの副官に質問した。

「第11軍は順調のようですね。予定通りの場所に師団を配置しつつ明日には2個師団、3個旅団が到着する見込みです」

 第11軍の主力は機械化されているとはいえ、戦車師団と比べると行軍速度はどうしても遅い。
 その日程調整のために攻略が検討されたのが、この十堰だった。

「洛陽の方も計画通りです」

 第11軍および戦車第2師団の作戦行動はいたってシンプルである。
 北支那方面軍を迎え撃つ中国軍の背後を駆け抜け、敵軍を広範囲包囲する。
 先頭を駆ける戦車第2師団は洛陽まで進出し、その後は包囲した敵軍に対して突撃する計画だった。

「さすが阿南さん、なかなかの行軍速度だな」
「嫌味ですか?」

 副官がげんなりして肩を落とす。

「そういうつもりはないがなぁ・・・・」

 時賢はぼやきながら再び空を見た。
 阿南惟幾は東京都出身の歩兵科将官である。
 内務官吏であった父親は大分県出身であり、武隼久賢や尚賢とも繋がりがあった。しかし、本人自身は派閥とは距離を置いている。

「問題を起こさないといいけど」

 阿南の才能は軍政寄りであり、実線指揮官としては不安があった。
 太平洋戦争第一作戦、香港攻略作戦の支援で長沙方面の牽制を目的に軍事行動を開始。
 途中で暴走して第二次長沙作戦に発展し、多大な損害を出して敗北したのだ。

「大丈夫でしょう。今回は軍司令官にも裁量がほとんどない、支那派遣軍の正規作戦ですから」
「お前もなかなかひどいのな・・・・」

(しっかし、敵軍は大混乱だろうな・・・・)

 まだ完全に包囲されてはいないが、東部主戦場である鄭州地域(第5戦区)は北方に第12軍、南方に第11軍の2個師団が徐々に包囲網を狭めている。
 東方の第13軍は動いていないが、第5戦区の李宗仁は慌てていることだろう。

(まあ、第5戦区は問題ないだろう)

 如何に大軍とはいえ、日本軍正規軍が万全の態勢で臨むのだ。
 負けはしないだろう。

「問題はここから、か・・・・」

 洛陽。
 河南省西部に位置し、中国の首都になったこともある都市だ。
 第1軍の一部が攻撃中だが、後方に共産党ゲリラが現れて正面戦力が不足している。
 さらに想定していなかった第8戦区からも増援が来ているらしい。

「あ、洛陽はもう大丈夫ですよ」
「は?」

 第11軍が第二作戦で動いたように、北支那方面軍も第二段階を開始。
 洛陽を包囲していた第1軍は歴史的価値と国民感情を優先して攻略を断念、東方へ後退する。
 これを延安の第8戦区より増援を受けた洛陽守備隊が追撃。
 共に歩兵を主力とする部隊同士が交戦する中、後方待機していた戦車第1師団の1個旅団が中国軍に突撃した。
 戦闘自体はものの1時間で終了。
 中国軍は3割に及ぶ死者行方不明者を出して洛陽へと潰走する。しかし、彼らを待っていたのは、洛陽に翻る日章旗と砲口を向けた戦車第1師団の残りもう1個旅団だった。
 破滅的な突撃の末に洛陽守備隊は壊滅。
 洛陽はほぼ無傷で日本軍の手に落ち、死者行方不明者3万、捕虜1万5,000という守備隊の8割を喪失する。
 対する日本軍は死傷者わずか1,000人と少数だった。

「おいおい、元々手薄になった洛陽を落とすのは戦車第2師団だろ」
「そこは安岡中将の臨機応変さ、でしょうね」

 安岡正臣。
 鹿児島出身の陸軍中将だ。
 歩兵科出身だが、ノモンハン事件では第1戦車団長として出征。
 その後、1941年3月に予備役へと編入された。
 しかし、太平洋戦争の勃発と共に召集され、新設された第1戦車軍団の司令官に任じられたのである。

「となると、今後はここを拠点に第1戦区に突撃か・・・・」

 一応、こういう状況も想定していた時賢は目を閉じて中国の地図を思い浮かべた。

「第1戦区の蒋鼎文はどう出るかな」

 蒋鼎文。
 国民革命軍の重要人物であり、北伐や日中戦争で活躍した軍人である。
 対日最前線部隊として、膨大な兵数を抱えていた。
 日本陸軍の運動戦を展開しても、どこかで必ず少なくない敵とぶつかるだろう。

「あ、ちょっと待ってください」

 副官が無線機に向かった。

「はい。はい。・・・・分かりました」
「どうした?」
「海軍からの報告です。海軍航空隊の前進完了。これより西安や延安方面への爆撃を開始するそうです」

 西安や延安は第8戦区の重要拠点であり、包囲網破壊に動きそうな部隊がいる。
 海軍の足長爆撃機隊は、これらを牽制するために動くのだった。

「一式陸攻の新型機、か・・・・」

 一式陸上攻撃機二二型。
 全長19.63m、全幅24.88m、全高6.00m。
 エンジンを火星二一型に変更し、防弾装甲を追加した新型だ。
 最大速度も上昇し、航続距離もやや延長された。
 何せ爆装状態で2,500km、増槽過荷で6,060km。
 戦闘行動半径は2,000kmと陸軍からすれば規格外だ。

「大きな被害を出さなければいいですが」

 開戦から一式陸攻の脆弱性は指摘されている。
 そのために二二型では防弾装甲が追加されていた。
 しかし、一式陸攻の最大の特徴であり、最大の弱点であるインテグラルタンクは健在だ。
 防弾装備は一一型でもあったが、それは不十分だった。
 今回の追加装甲も十分と言えるかは戦ってみなければわからない。

「今回は護衛戦闘機も出せないだろうしな」

 零式艦上戦闘機も進出しているが、西安などには随伴できない。

「陸軍航空隊はさらに前進しています。一式戦ならば援護可能ではないでしょうか」
「報告態勢は整っているが、協同体制はまだだ」

 時賢は空を見上げた。

「まあ、先に制空戦闘を依頼するくらいするだろう」
「一応、こちらからも進言しておきます」
「よろしく」

 時賢は空を見上げながら地図を思い浮かべる。

「・・・・南方の第6戦区は?」
「第11軍が牽制しているはずですが・・・・」
「敵軍は大軍だ。哨戒はしていないのか?」
「海軍が重慶への空爆を続行していますが、特に哨戒行動には出ていません」

 海軍の爆撃機に随伴する戦闘機も周囲を警戒しているが、それは上空警戒だ。

「・・・・甘かったか」

 陸軍航空隊はほとんどこの作戦にかり出されている。
 戦闘機隊も陸上部隊への攻撃していた。
 陸軍の陸上部隊と航空部隊は指揮系統が異なる。
 現場の判断で航空隊が呼べるのは、直協機のみだ。

「―――どういうことだ?」

 岡田が副官を伴ってやってきた。

「はっ。中国軍第5戦区の一部が動いている可能性があります」
「作戦では第11軍が牽制するはずだが?」
「その第11軍も今回の作戦にかり出されている以上、南方の正面戦力が低下しています」
「・・・・つまり、全て牽制できていない、ということか」
「はい。1~2個師団は出ているかもしれません」

 中国軍の1個師団は約6,000人で構成されている。
 1~2個師団程度で戦線を覆すほどではない。

「それでも、まずいな」

 包囲している軍勢の背後から敵が来れば、逆包囲の可能性がある。

「とっとと終わらせるか」

 一気に包囲網を狭め、包囲した相手を殲滅するのだ。
 それがなくなれば、敵の増援は無意味だ。

「しかし、それには時間がいりますね」
「・・・・何を考えている?」
「1個連隊を貸してください」
「50輌程度でどうするんだ?」
「足止めします」

 中国軍は満足な対戦車装備を持っていない。
 戦車50輌あれは十分に戦える。

「敵を殲滅せず、防御に徹するというのか?」
「そうです。戦車は機動力と突破力が強みですが、その火力も歩兵には脅威です」

 戦いつつ後退し、包囲殲滅戦が終わるまで耐えるというのだ。

「・・・・1週間だ」
「1週間?」
「1週間でさらに内部に防衛戦線を構築するように進言する」

 攻撃正面が狭まれば、あまる戦力で外部に対する防衛線を作る。
 元々、今回の占領域は放棄する予定だった。
 だから、岡田の作戦案は問題ない。

「第2戦車師団はこれより包囲殲滅を開始する。第11軍は現在の位置から攻撃を開始するように総司令官に進言する」

 岡田がきびすを返した。

「装備の点検、出撃準備に2日かかる」
「その間に作戦をまとめてみせます」
「頼んだぞ」



 陸軍の九七司偵が移動する第5戦区の部隊を発見したのは、その日の午後だった。
 戦力は時賢と岡田が考えていた通り、2個師団。
 ただし、分散しており、一戦線というわけにはいかなかった。
 畑総司令官は第2戦車師団1個戦車連隊を武隼時賢少将に指揮を任せることに同意する。
 さらに進出していた支那派遣軍の航空部隊に対し、これの攻撃を命じた。
 本来の包囲殲滅戦に投入する航空戦力は北支那派遣軍でまかなう。
 それでも撃破は難しいと考えられた。



「―――それでは作戦会議を始める」

 時賢は通称・武隼支隊の各戦車大隊長と戦車歩兵中隊長を前にそう言った。

「本日から航空部隊による攻撃が始まっているが、効果は薄いだろう」

 元々、航空攻撃は敵陣地や装甲兵器を相手にする。
 敵が敗走中の場合に追撃で用いると、敵を離散させることは可能だ。しかし、進軍中の敵に対しては、あまり効果がないのだ。
 野砲と違って、航空爆弾の効果範囲など限られている。
 多数の兵を殺傷するほどではなかった。

「効果としては敵の進軍速度が鈍るくらいだが、これが大切だ」

 今回の作戦目的は包囲殲滅作戦が終了するまでの時間稼ぎだ。
 故に戦略目標は敵軍の行動を遅滞させることである。

「少将、質問をよろしいでしょうか?」
「許可する」

 ひとりの大隊長が挙手し、質問を許可すると、彼は立ち上がった。

「戦車部隊だけでは航空部隊と同じ結果になると想うのですが・・・・」

 戦車が砲撃するのは、徹甲弾と榴弾である。
 その榴弾でも効果範囲は大きくない。
 この榴弾はトーチカを破壊するためで、対人ではない。
 もちろん、人を殺すことはできるのだが、歩兵部隊を撃破するほどではなかった。

「まさか車載機関銃で戦えというわけではありませんよね?」

 九七式改中戦車は九七式車載重機関銃を2挺搭載している。しかし、それで歩兵部隊をなぎ払えるほどの車両数はない。

「繰り返すが、敵軍を撃破する必要はない」
「・・・・どういうことですか?」
「諸君らには敵軍と交戦しながら後退してもらう」
「「「?」」」

 首を傾げる部隊長を尻目に時賢は副官を見遣った。
 副官は部隊長の前に置かれた長机に地図を広げる。

「昨日より主力部隊は包囲殲滅戦を開始しました。敵軍は総崩れでほとんど抵抗がありません。降伏する部隊も多く出ています」
「今回のせ号作戦の目的は第1戦区と第5戦区の殲滅だ。その作戦の邪魔をしそうな部隊の邪魔をするのが我々の目標である」
「ですから、敵軍を撃破するのでしょう?」
「違う。撃破すれば確かに邪魔はされないが、それは難しいだろう?」

 部隊長たちは頷く。

「なら、戦場に辿り着かせなければいい」
「航空部隊と共に遅滞戦術に出る、ということですか?」
「そうだ」

 部隊長たちが顔を見合わせた。

「・・・・それで、いつまで?」
「最低1週間」

 時賢の返事に、部隊長たちは顔を引きつらせる。
 遅滞戦術とは言え、一万を超える中国軍を迎え撃つのは至難の業だった。

「そこで作戦が必要になるのだ」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 ここで黙るのがこの時代の日本軍軍人である。
 言われたことに関しては、疑いもなく実行し、驚異的な忍耐力で達成する。しかし、実際に困難なことでも馬鹿正直に真正面から捉える気質があった。
 俗に言うまじめなのだ。

「では、作戦を説明します」

 部隊長が作戦の必要性を理解したと判断した副官が話し出す。
 彼は部隊長の前に置かれた地図を示した。

「航空部隊が確認した敵部隊は4つ。それぞれ並進しながらここを目指しています」

 どの部隊も同程度と考えられ、兵力的には3,000×4だ。
 一方、武隼支隊は1個戦車連隊で、歩兵約300、戦車50輌だ。
 例え、一部隊に戦力を集中しても、苦しい兵力配分だった。

「基本的にはこちらも中隊ごとに分けます」

 1個戦車連隊は5個戦車中隊+司令部付1個戦車小隊で構成されている。

「1個中隊ずつ、それぞれの部隊にあたり、後方に本隊として1個中隊+司令部付小隊が待機します」
「1個中隊で、1個連隊規模を―――」

 因みに1個歩兵中隊は分隊単位に分割し、1個戦車中隊に3個分隊(60人)がつく。
 残りの3個分隊は本隊付として待機する。

「この部隊を持って、一撃離脱を繰り返す」

 時賢が副官の言葉を取った。
 それに副官が拗ねたような表情をしたが、すぐに疲れた笑みを浮かべて続ける。

「ここを死守する必要はありません。移動しながら敵を削り取ります」
「・・・・まさに騎兵の戦い方ですね」

 ひとりの大隊長が言った。

「まあ、装甲を得たとは言え、機甲科は元騎兵科。だから、戦い方も騎兵に似たものがあっていいじゃないか」

 その隊長に対して、別の隊長が言う。
 戦車は元々塹壕戦に風穴を開ける、まさに真正面から敵を打ち破る戦法から生み出されている。しかし、その後に騎兵科に配属されていた。
 師団に配属される偵察大隊がその典型である。

「戦車の強みである機動性で敵を翻弄する」

 速度で常に奇襲をなし、砲撃力で敵を圧倒、敵が立て直せばまた速度で逃げ切る。
 それが騎兵戦術の応用である現在の戦車戦術のひとつだった。

「しかし、この作戦を遂行させるには各部隊との連携が大事ですが・・・・いったいどうやって?」

 別の部隊長が質問する。

「直協機を複数借り受けている」

 九八式直接協同偵察機が指揮下に入っていた。
 単葉機にしては短距離での離着陸が可能で、操縦性・低速安定性もよい。
 これらを戦域に常駐させ、空中から戦況を把握し、無線でこれを地上指揮所に伝える。そして、司令部が状況を判断して前線部隊へと伝えるのだ。
 直協機からの無線を受信する環境を整えることは大変だが、南方と違って中国戦線の補給状況は良好である。
 上空にまで直協機がやってくれば十分に通信は可能だった。

「そんなことが・・・・?」
「バトル・オブ・ブリテンではイギリス軍がそれを激しい空戦でやり遂げたぞ?」

 戦域も、速度も空戦ほどではない地上戦に応用できないはずがない。
 尤もこの方法は制空権を得ていなければできない。しかし、今回に限って制空権は気にせずとも良かった。

「基本的には敵に向けて榴弾を撃ち込み、敵が混乱を治めて前進してくれば退避」

 「これを繰り返せ」と時賢が言う。
 それに各隊長は素直に頷いた。

「歩兵はどうするのでしょうか?」

 移動は戦車に乗ればできるが、攻撃時はどうすればよいのか。

「歩兵の使い方は各部隊長に任せるが・・・・」

 時賢は各部隊長の顔を見回す。

「基本的には攻撃前の事前索敵、休息時の周辺警戒、だな」

 戦車が全力を発揮しない間の護衛だった。

「まともに敵とぶつかることはしないように」

 歩兵の数では圧倒的に不利なのだ。
 こちらが圧倒的に有利な戦車で叩く以外に他ない。

「あ、狙撃兵はいるか?」
「はい、6名ほど」
「なら、彼らには出来うる限り、指揮官を狙うように命じてくれ」
「了解しました」

 歩兵隊長は敬礼で答えた。

「さあ、準備しろ。明日から忙しくなるぞ!」
「「「はっ」」」

 手を叩きながら言った時賢の言葉に、全員が直立して敬礼する。そして、時賢の返礼が終わるなり、自分たちの部隊へと駆け出した。









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