ドーリットル空襲
「―――インド洋でイギリスは大敗したようだ」 アメリカ合衆国・ルーズベルト大統領は居並ぶ会議参加者を見回した。 コーデル・ハル国務長官、ヘンリー・スティムソン陸軍長官、ウィリアム・ノックス海軍長官、ジョージ・マーシャル参謀総長、アーネスト・キング合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長だ。 「セイロン島沖海戦ですな」 ノックスが無表情に言う。 セイロン島沖海戦。 それは日本軍によるイギリス東洋艦隊の拠点であるセイロン島空襲とその後に起きた航空戦の名称だ。 イギリス軍は日本軍の暗号を解読していたが、空母「加賀」座礁に伴う作戦中止をほのめかす通信を傍受したため、コロンボに戦艦群を帰還させた。 結果、日本軍の空襲に捕まり、リヴェンジ級戦艦4隻は大破着底(その後放棄)、その他艦艇多数喪失という最悪の事態となる。 イギリス軍は少数の爆撃機で反撃を試みたが失敗し、逆に空母「ハーミーズ」等を失った。 その後、生き残ったイギリス艦隊は巧みに日本軍の索敵を回避し、日本軍撤退の報を受けてアッドゥ環礁に帰還する。 だがしかし、マダガスカル島攻略のために出撃したところ、待ち受けていた日本軍潜水艦の雷撃を受けた。 結果、空母「インドミダブル」が轟沈。 一連の海戦でイギリス海軍は戦艦4、空母2、重巡2、駆逐艦2を喪失している。 しかも、日本海軍はほぼ無傷だった。 おまけにこちらのハワイ-西海岸同様、潜水艦による通商破壊戦を実施している。 イギリスはイタリア海軍に対抗する関係上、インド近海にほとんど展開していなかった。 このため、少なくない数の商船が撃沈されているという。 なんにせよ、日本海軍はインド洋作戦に成功した。 敗北したイギリスの被害は5月に予定されているフランスのヴィシー政権支配下のマダガスカル島侵攻作戦に影響するほどだという。 「キング大将、例の件はどうなっているかね?」 ルーズベルトは4月になっても収まることがない日本軍の攻勢にイライラしながら、キングに聞いた。 「経過は順調です。何より空き巣になりそうなのが良い」 「いつアタックするのかね?」 「空爆予定日は4月19日です」 「そうか。各員に最善を尽くすように伝えたまえ」 ルーズベルトはそれだけ言い、地図を睨みつける。 その視線の先には、「TOKYO」があった。 「―――イかれてる。イかれているなぁ、我らが首脳部は。―――なあ、参謀長!」 1941年4月18日、北西太平洋。 針路を西に取りながら、ウィリアム・ハルゼー海軍中将は上機嫌で参謀長に話しかけた。 彼が座上する空母「エンタープライズ」の艦橋からは、航空機を飛行甲板に載せた姉妹艦「ホーネット」が見える。 飛行甲板に並ぶその航空機は海軍のものではなく、陸軍のものだ。 B-25 中型爆撃機「ミッチェル」。 空母史上初の試みの中核をなす機体だ。 「まさか陸軍の爆撃機を空母から発艦させようとは・・・・ククク」 「発案したのは海軍ですよ?」 「ああ、だが、採用したのは上層部だろう?」 ハルゼーは楽しくて仕方がないとばかりに笑みを浮かべる。 「真珠湾の時は空振りしたんだ。敵空母でも出てこないかな」 「主力はインド洋作戦に出ていますので、出てこないでしょう」 「出てくれば苦戦必至ですよ」と参謀長は呆れた。 正規空母2隻とはいえ、「ホーネット」は空母艦隊戦に使用できない。 「エンタープライズ」単艦では苦戦は免れないだろう。 「インド洋と言えば・・・・イギリスも大したことないな」 「泊地空襲は自身がタラント空襲で実施しているというのに」 参謀長も同意見のようで、ため息をつきながら首を振った。 「しかし、4月上旬に敵主力艦隊がインド洋にいたんです。今回は出てきませんよ」 「ううむ。残念だな」 ハルゼーが本当に悔しそうに唸る。しかし、その表情も次の瞬間には緊張に支配された。 「―――日本軍哨戒艇を視認!」 「『ナッシュビル』砲撃開始!」 ハルゼーも波に翻弄される小さな哨戒艇を確認する。 「こんなところに哨戒艇だと!? 日本本土からどれだけ離れていると思っている!?」 驚愕する参謀長のよそにハルゼーはそれ自体が攻撃力を持てとばかりに哨戒艇を睨みつけた。 攻撃する駆逐艦は2隻に増えたが、対象が小さすぎてなかなか当たらない。 (とっとと沈め! ジャップの木端船が!) 「敵哨戒艇、無電を発信! 発見されました!」 「クソッ!」 ダンッと指揮机を叩き、参謀長に向き直った。 「直掩機を飛ばすぞ。敵がうようよ集まってくるに違いない」 「はっ」 「後、ドーリットルに今から飛べるか確認しろ」 「は? しかし、遠すぎ―――」 「それを決めるのは貴様ではない、奴だ。急げ!」 「は、はい!」 ハルゼーは素早い判断力で即攻撃を決断、ドーリットルもそれに賛成したため、米艦隊は発艦準備に入った。 その間にも飛び立った戦闘機や艦爆が哨戒艇を追い回しており、それらの無電が日本中の基地を騒がせる。 それは、嘉斗が勤務する横須賀基地も一緒だった。 帝都空襲scene 「―――敵空母2隻を含む機動部隊発見?」 4月18日の早朝、司令室に呼ばれた嘉斗は眉をひそめた。 そもそもその情報でなぜ自分が呼ばれたのかもわからない。 「位置は?」 「関東東方、約1,200kmだ」 「あの辺りには何もありません。となれば十中八九、敵機動部隊の目標は東京でしょう」 「正規空母2隻で東京を?」 上野司令は驚いたようだ。 無理もない。 いきなり敵首都を空爆である。 真珠湾の燃料タンクを破壊された関係で、米軍の活動は不活発だった。しかし、最近、最前線のマーシャル諸島が空爆されている。 「だが、私もその可能性もあるとは思っている」 可能性を思いついていたが、嘉斗が一言でその可能性を口にするとは思わなかったのだ。 「可能性を否定して欲しくて君を呼んだのだがね」 それは叶わなかった上野が苦笑する。 上野は上層部から嘉斗を戦場に行かせないように圧力を受けていた。しかし、嘉斗の仕事ぶりは作戦よりも情報収集とその解析力にあると見た上野は、これ幸いと先の情報を渡した。 「なぜ、そう思うのかね?」 「我が軍は大半が南方へ出撃しています。今の日本本土は空き家同然ですよ」 急速に広がった勢力圏を埋めるため、大半の航空隊は外地にいる。 内地にいるのは練習隊や機種変更中の部隊のみだった。 「米軍がそれを知っているかは分かりませんが・・・・」 嘉斗は司令室に貼られた日本近海の地図を見る。 「アメリカ国民の戦意高揚を狙う目的で、大統領命として敢行してもおかしくないかと」 嘉斗は石原の言葉を思い出していた。 日本に足りないトップのカリスマ性。 アメリカはそれを有しているのだ。 「ルーズベルト大統領とキング司令長官ならばやりかねません」 「なるほど。まあ、空襲警戒警報は発令されている。発見が早かったので明日は楽に迎撃できよう」 「明日?」 「片道1,200kmの爆撃行程など、単発の艦上機では無理―――っと、電話か」 (単発の艦上機では、か・・・・) 上野が電話を取ったため、嘉斗は己の思考に沈んだ。 (あのアメリカが乾坤一擲の作戦に出た。・・・・足の長い攻撃隊を有する日本軍に対し、足の短い航空機で挑むだろうか) 挑んでくれれば返り討ちにするのみだが、どうにも違和感がある。 そんな特攻をするような国ではないはずだ。 「は!? いえ、はい。確かにそう思い、ここにお呼びしておりますが・・・・」 「?」 上野の様子がおかしい。 汗をダラダラ流しながらこちらを何度も見ている。 「はぁ、分かりました。―――高松中佐」 「何でしょう?」 「陸軍の防衛総司令官からお電話だ」 「それって・・・・」 東久邇宮稔彦王。 東久邇宮家初代にして現当主。 皇族随一の自由主義的思想の持主と噂され、日米戦も公然と反対していた人物だ。 「お電話変わりました、高松です」 『おお、嘉斗、久しいな』 いきなり軍の形式を無視した馴れ馴れしい言葉遣いが来た。 「ええ、稔彦さんもお元気なようで」 『っと、旧交を温めたいが、本題に入ろう』 陽気な声が一転し、真剣味を帯びる。 『米空母発見の報、本当か?』 「ええ、本当です。こちらの哨戒艇も被害を受けています」 航空機や艦艇の攻撃で少なくない哨戒艇が被害を受けていた。 共に陸軍、海軍の皇族軍人として言葉を交わす。 『狙いは、東京だな?』 「状況から見てそう思われます」 『・・・・なら、明日が空襲か?』 「それは分かりません」 『ん?』 「今日の可能性もあります」 『・・・・・・・・どういうことだ?』 嘉斗は自身が感じている違和感について説明した。 『分かった。陸軍航空隊には哨戒機を飛ばし、戦闘機も上げるように命令する』 「こちらも索敵機を出させます」 『頼む。陸軍は洋上での索敵は不慣れだからな』 時を重視するふたりはあっさりと通話を終え、自身がなすべきことをなすために動き出す。 「と、いうことです。引き続き電話を借ります。また、新型偵察機の出撃準備を発令してください」 「・・・・わ、分かった」 本来ならばいくつもの手続きを踏まなければならない事案が、この電話一本で解決した。 東久邇宮防衛司令長官は、皇族とその役職の権限をフル活用し、首都防空体制を確立する。 彼をトップに近隣陸軍航空隊が統一指揮下に入り、出撃機の準備に追われた。 防衛司令部も出撃機数の把握に努め、防空計画を立案する。 東久邇宮は作戦を海軍軍令部にも通達し、海軍が洋上での迎撃、陸軍が陸上での迎撃と取決め、海軍航空隊の基地は独自で防空に入るように命令した。 結果、陸海軍機は双方を誤認することなく防空戦闘に従事できる体制が確立される。 陸軍は九七戦、一式戦、二式単戦に加え、試作戦闘機キ61も出撃準備に入る。 海軍も九六艦戦、零戦を出撃準備に入らせた。 時刻は午前10時17分。 嘉斗が確約して出撃させた海軍偵察機が敵編隊を発見する。 場所は関東東方250kmの海上。 「―――敵は少数で低空を飛行中。機体は双発爆撃機。B-25と思われる」 索敵機からの情報は正確だった。 報告したのは、海軍横須賀航空隊所属十三試艦爆空冷エンジン搭載型である。 海軍偵察機が敵機を視認したことを受け、日本政府は空襲警報を発令し、陸海軍機に迎撃命令が下した。 発令に遅れること30分、試験的に設置されていた房総半島・勝浦の電探も敵影を捕捉。 陸海合わせて100機を数える航空機が空へと舞い上がった。そして、地上管制や新戦術を駆使して敵捕捉のために動き出す。 ここに東京初空襲が始まった。 「―――敵発見! 2時の方向低空を飛行中! 1機!」 「機銃撃て!」 敵を発見した木更津空所属の九六陸攻が対空機銃を敵の方向向けて撃った。 するとそれを見た零戦3機が敵爆撃機へと降下していく。そして、20mm機銃を叩きこむ。 「敵爆撃機の対空射撃が弱い、か?」 操縦桿を握る機長は、破片を撒き散らしながら必死に逃げる敵爆撃機を見て呟いた。 (しかし、おそろしく頑丈だな) 九六陸攻ならば最初の攻撃で火だるまになっているだろう。 (さすが爆撃機だけで東京を空襲しようとするだけはある) 「通信士、司令部が言うB-25の数は10~15だったな?」 「はい。大きさから考えてこの程度が限界です」 空母1隻をこれに当て、もう1隻が護衛だ。 投機的な作戦だが、投機的だからこそ十分な護衛と言えた。 「この護衛空母部隊は引き返すようです」 「だろうな。今日に攻撃しているんだったら、引き返すさ」 現在の距離では敵海軍機は日本上空に届かない。 また、この陸軍機は空母に着艦できない。 (だとしたら、このB-25はどこへ行くつもりだったのだろう) 「戦闘機隊、敵爆撃機撃墜!」 「ぃよぉしっ! まだ来るぞ。しっかり見張れ!」 「「「はい!」」」 上空偵察機と化した彼らはさらにもう1機を見つけ、海中に叩き込んだことで任務を終えた。 この戦術は真珠湾作戦で淵田美津雄中佐が上空指揮を採ったことを参考にしている。 九六陸攻ならば通信機器を積めば、刻一刻と変わる状況を把握できた。 それを何とかして戦闘機隊に通達していたのだ。 関東沖に進出した九六陸攻は6機。 これに零戦9機付き、計54機という分厚い壁だ。 この陸攻と戦闘機のコンビネーションの結果、海軍は敵爆撃機本土突入前で9機撃墜に成功した。 「残りは陸軍さんですよ」 横須賀や海軍飛行場には護衛に残った九六艦戦がいるが、基本の迎撃は陸軍機である。 「―――落ちろ!」 対空砲火を物ともせずに進んでいたB-25の上面から逆落としに攻撃を仕掛けた。 機首と主翼から12.7mmと20mmの弾丸が飛び、異音を立てて敵爆撃機へと叩きつけられる。 20mmが主翼構造を破壊したのか、バキリと主翼を折って敵爆撃機が墜落していった。 「次はどこだ!?」 撃墜記録を伸ばした彼は、僚機と共に上昇して周囲を見回す。 東京の空は各地の基地から打ち上げられる対空砲の傘とその隙間を乱舞する陸軍戦闘機が支配していた。 「凌ぎ切ったのか?」 東京周辺に展開していた陸軍戦闘機の主力は九七戦である。しかし、九七戦では性能差があり過ぎて追尾できないと予想された。 このため、防衛司令部は九七戦をエリア制圧に回す。 端的に言えば十数機からなる編隊で基地上空や主要施設上空を旋回させ、敵爆撃機の爆撃意志を逸らしたのである。 そうして誘導したエリアには一式戦や二式単戦が待ち受けており、それらが撃墜を担当した。 特に二式単戦が持つ20mm機銃は抜群の破壊力を持っている。 「こちらの新型機が海軍の戦闘機と同じ兵装、か。一式戦は少し遅れているなぁ」 零戦と同世代である一式戦は機首の12.7mm機銃×2のみだ。 確かに零戦よりも防弾性に優れるが、敵を倒せないのでは意味がない。 「っと、燃料がやばいな」 空気抵抗の大きい低空で何度も敵爆撃機にアタックした関係で、思ったよりも燃料の減りが早かった。 そもそも満タンではなかったのだ。 「帰投するぞ」 手信号で僚機に伝え、彼は基地へと進路を取った。 「ん? 交代に上がる奴がいないのか?」 滑走路には戦闘機は並んでおらず、整備員たちは帰還した機体のチェックを行っているようだ。 「空襲は終わったのか?」 その問いに、ばっちりのタイミングで答えた者が地上にいたことは、当然彼が知ることはなかった。 「―――空襲は終わりだ」 同時刻、防衛司令部内で東久邇宮は電話をかけていた。 相手は親戚の高松嘉斗である。 『どうしてわかるんです?』 「海軍の集計で、洋上撃墜は7機だったな?」 『はい』 「陸軍は本土上空で9機撃墜した。そして、他に攻撃はない」 合わせて16機。 海軍が試算した10~15機と一致する。 「いくつかの爆弾が落され、機銃掃射もされたが、被害は軽微だ」 この爆撃は戦闘機の邀撃を受けた爆撃機が機体を軽くするために落としたに過ぎない。 戦術的に被害は戦闘機2機が撃墜されただけだ。 また、空襲警報で避難していた国民が多いため、地上の被害も極限されていた。 『とりあえず、良い訓練と戦訓ができましたね』 本土に残っていた新米搭乗員たちが実戦とその雰囲気を経験したのは、非常に有意義なことだ。 「ああ。早急に防空体制を整える必要がある」 戦訓はやはり迎撃態勢についてだろう。 海軍はなかなか面白いことをしたと聞いている。 『陸海の情報がお互いに早く伝わるといいですね』 「その通りだ。いくつかの電探施設を共用としようと思うんだが、どうだろうか?」 『良い提案だと思います』 「ならば進めるとしよう」 東久邇宮は己のメモに書いた先の提案に丸印をつける。 「それはそうと、敵爆撃機発見の第一報、いやに正確だったな」 『試作機の搭乗員は優秀ですし、それが索敵機だったので現在確認されている連合軍機の全てが頭に入っていたそうです』 「それは素晴らしい」 『また、発見した時に低空を飛んでいたのは偶然ではなく、確信を持っていたようです』 「ほお?」 『高高度で侵入すれば迎撃を受ける可能性が減りますが、それは奇襲の場合だけです』 すでに米空母は発見されていた。 それでも敢えて飛ばしたということは奇襲を諦めて強襲としたのだろう。 そうなれば遠目から発見されにくい低空を飛んでいる可能性が高い。 また、少数ならば海面の日光反射で高高度からの発見が遅れることも予想された。 この予想が当たっていたからこそ、日本軍は敵を早期に捕捉、撃墜することができたのだろう。 「どちらにせよ、その索敵機の搭乗員は殊勲甲だ。陸軍からも改めて礼をしよう」 『本人たちにも伝えておきます』 「まじめな男だな」と東久邇宮は思った。 いろいろ破天荒な話は聞くが、基本的に真面目なのだろう。そして、周囲の力を借りることに躊躇いがない。 おまけに皇族の力を使うことにも、だ。 (重臣はその姿勢を危惧しているようだが・・・・) そのために嘉斗は前線に出ることができない。 (だが、その方が良いかもしれん) 嘉斗は全体を俯瞰し、状況を判断することができる人間だ。 日本軍軍人はとある一点に集中した時、非常に素晴らしい性能を発揮する。しかし、そのために視野が狭くなりやすい。 特に軍政では顕著だ。 「嘉斗はそこを補うことができるのだな」 受話器を置き、腕を組んで考える。 「うちの人員でそんなことができるのは、誰だ?」 ひとり名が浮かんだのは、石原莞爾だ。 だが、陸軍を止めて久しく、考え方が独創的過ぎる。 また、考えに具体例が欠けていた。 「武隼時賢殿ではないでしょうか?」 皇族補佐の秘書がそう言った。 彼は東久邇宮の考えを読むのが得意と言っていいほど、見事に心の内を言い当ててくる。 「武隼家の当主か・・・・」 明治期の薩摩閥を受け継いでいる。 東久邇宮の同期でも鹿児島県出身の牛島満がそうだ。 と言っても統制派のように派閥でガチガチなわけではない。 緩やかな連合と言うのが正しい。 主な活動は情報交換である。 「確か新型戦車について意見書を出していたな」 「九七式中戦車の改良やその運用でも画期的な発案をしていますから」 「そいつが言う新型戦車か」 それにも興味があるが、物怖じせずに意見具申する態度 「奴は今どこにいる?」 「支那派遣軍にいます」 「・・・・畑さんのところか」 大陸ならば戦車を思う存分に使える。 そういう判断と彼を国内に置いておきたくないという圧力が人事を動かしたのだろう。 「現在考案中の作戦が終了次第、奴を本土に呼び戻すぞ」 「裏工作はお任せください」 先程も言った通り、彼は皇族専用の秘書だ。 軍人ではない。 だからこそ、裏工作も得意だった。 何せ、彼も魔術師なのだから。 アメリカ合衆国side 「―――キング司令長官、マーシャル参謀総長、いったいどうするつもりかね」 4月19日、アメリカ合衆国ワシントン。 その年の大統領執務室でルーズベルトは苦虫を噛み潰したかのような顔でふたりを睨みつけた。 東京初空襲には成功。 ただし、爆撃機隊は全機未帰還、東京にさしたる被害なし。 艦隊には傷一つなかったが、それでも作戦規模の割には寂し限りだった。 というか、燃料が高くついた。 未だ日本海軍の潜水艦がハワイ-西海岸で遊弋しており、昨日もタンカー1隻が沈められている。 ハワイの備蓄燃料も十分といえないので、今回の空振りは地味に痛い。 「報道管制をしているが、日本が派手にラジオで騒ぎ立てている」 曰く「米空母帝都空爆。されど防空隊により殲滅」、「帝都空襲。精鋭防空隊が阻止」、「帝都空襲、空母から陸軍機。米軍の奇抜な槍も我らが荒鷲の前に無意味」などと謳っている。 特に最後はかなり正確だった。 ドーリットルたちが東京上空まで侵入したのは、日本軍だけでなく、民間人や外国人にも目撃されている。 そのため米軍のマークをつけた爆撃機が日本軍戦闘機に撃墜される様は、事実として世界中を飛び回っていた。 先程もイギリスを率いる男から嫌味な電話がかかってきている。 『投機的な作戦を好まれるのは貴国の美徳ですが、少々チャレンジが過ぎたのでは?』 思い出しただけで腹が立つ。 ルーズベルトは大統領命で実施したことを棚に上げ、軍のトップを責め続けた。 その間、マーシャルは申し訳なさそうにしていたが、キングは無表情だった。 「何か言い訳があるのかね、キング?」 その態度にイラついたルーズベルトが発言を許す。 「なれば」 マーシャルがキングの口を塞ごうと動くが、彼の声が空気を震わす方が早かった。 「日本軍が太平洋で作戦に出る兆候を察知しましたが、今作戦に貴重な空母を2隻投入した関係で空母が足りません。そんな状況を覆すための作戦を考える必要があり、これ以上愚痴に付き合うわけにはいきませんので失礼いたします」 一方的に言い放ち、回れ右をするキング。 呆気にとられるルーズベルトとマーシャルを残し、キングが退出していく。 扉が閉まる瞬間、ルーズベルトは声にならない叫びを上げた。 |