"第三次"国共合作
「―――以上が真珠湾作戦の軍状奏上となります」 侍従長の言葉で、淵田美津雄中佐、嶋崎重和少佐は肩の力を抜いた。 1941年12月26日。 今日、皇居において異例の佐官級による軍状奏上が行われていたのである。 (ガチガチに緊張していたな) 高松嘉斗は直宮として天皇の傍にあった。 そこから見下ろす佐官たちは、まるで喋る置物の如く固まっていたのだ。 (ま、無理もないですか) 今回の話題は世紀の大作戦であった真珠湾攻撃。 日本海軍の第一航空艦隊は真珠湾軍港、飛行場、海軍工廠を破壊し、その備蓄燃料と弾薬を大きく損耗させた。 また、停泊していた海軍艦艇にも打撃を与え、最終的には戦艦部隊を壊滅させている。 開戦劈頭の奇襲攻撃は日本軍の十八番だったが、ここまで決まったのは初めてだった。 日露戦争では旅順口攻撃が敢行された。 陸軍上陸を支援するという戦略目的は達成されたが、旅順艦隊の無効化と言う作戦目的には失敗。 後の旅順攻防戦へと発展することとなった。 しかし、今回は「南方作戦への妨害除去」という戦略目的と「敵主力艦隊の撃滅」という戦術目的が達成された。 その達成度は日露戦争の日本海海戦並みだった。 問題はアメリカが容易に主力艦隊を再建できる国力を持っていることである。 「それでは、失礼します」 佐官たちはさすがにきれいな敬礼をして回れ右する。 真珠湾作戦が終わったとはいえ、未だ本命の第一作戦は続行しているのだ。 彼らにはやらなければならないことが山積みしている。 「嘉斗」 「さて、僕もそろそろ行きます」 嘉斗は兄の声を半ば無視して退出しようとした。 「待たんか」 声と共に轟音が鳴り響き、嘉斗は咄嗟に飛び退く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 見れば先程いた場所の絨毯が焼け焦げている。 「兄上。いきなり雷撃とかどういうつもりですか?」 近衛兵が目を丸くしているが、侍従長はため息のみだ。 「構わん。ここにいるのは魔術を知っている者のみだ」 「別に僕は魔術が一般人にばれることを心配したわけではないんですけどね」 嘉斗は腰に手を当て、呆れ気味に天皇を見る。 「次兄のように武闘派ではないのですから」 現在、肺結核のために御殿場で療養している次兄は体術を基本とした魔術を得意とする。 彼と長兄はよくケンカした仲で、宮城の大木をへし折ったこともあった。 言い換えれば体術自慢の次兄とケンカできるだけの戦闘力を、長兄は持っているのだ。 「貴様も軍人だろう」 「技術を尊ぶ海軍ですがね」 嘉斗は軽口を返した後、兄に正対する。 「で、何用でしょう?」 「貴様、先の真珠湾攻撃に参加したそうだな」 「大本営特務参謀として参加いたしました」 「・・・・貴様は横須賀航空隊の教官ではなかったか?」 横須賀航空隊は錬成部隊兼新兵器実験、新戦技実験部隊である。 一応、帝都防空網の一部を担っているが、その教官が戦場に出ることはない。 「まあ、いいじゃないですか」 「よくあるか!」 「どわ!?」 降ってきた雷撃を、身を前に投げて躱した。 「だから死にますって」 「夫婦喧嘩で死線を潜り抜けている貴様にとって、回避するのは容易だろう」 「あれ、喧嘩じゃなくて一方的なんですけどね」 嫁――亀の太刀捌きを帰宅の度に受けるためか、無駄に嘉斗の回避技術は高い。 「とにかくこれからは内地で大人しくしていろ」 「なぜ?」 「・・・・貴様ならば分かるだろう。この戦、皇族が積極的に関わってはならない」 この戦に負ければ連合軍は積極的に戦争に介入したとして皇族を叩きにくるに違いない。 何せ第一次世界大戦ではドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国が滅亡した。 連合国は敗北した敵国の国家体制を変更することに何のためらいもないのだ。 「戦争責任を時の政権に押し付けたとしても、お咎めなしとはいかないと思いますが」 そんなに甘いのならば、そもそも先の帝国は滅亡していない。 「国体護持の話ではない」 「・・・・それは、ここだけの話ですよね?」 目を丸くしている近衛兵を魔力で威嚇しながら訊く。 「絶対に黙っていろ」と。 侍従長も心得ているのか、さりげなく近衛に重圧をかけている。 おかげで近衛兵たちの顔色は真っ青を通り過ぎて、死相のような土気色だ。 「連合国が天皇制を除こうとした時、国民は蜂起するだろう」 「でしょうね」 大日本帝国の国主――帝は、他の帝国の皇帝とは違う。 他の帝国民は皇帝のために死をも厭わず戦うのは少数だろう。だが、日本はそうではない。 高い就学率に裏打ちされた価値観がそれを強迫観念に近いレベルで強要する。 帝がいない日本は日本ではない。 いや、"帝がいない日本では生きていけない"。 「合理的思想を身に着けている欧米人には理解できないでしょうが・・・・」 天皇制排除の宣言。 それは日本国民へ死刑宣告であり、天皇制維持の確約が得られるか国民が全滅するまでかの焦土戦になるだろう。 弾丸がなければその辺りの武器で、それもなければ素手で立ち向かうに違いない。 「それを避けるため、我々は極力戦闘に不介入でなければならない」 「本気で介入すれば一個艦隊くらい潰してやるがな」と続けた帝の言葉に、何人かの近衛兵が卒倒した。 「そして、もし天皇制を排除したらどうなるか、を秘密裏に各国政府に訴えていくんですね」 「そうだ。貴様が整備している部隊を使えばできるだろう」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 さすがは帝。 嘉斗の事をよく見ている。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 睨み合いとも言える魔力のぶつかり合いが謁見の間を支配した。 それに何人もの近衛が意識を飛ばしかける。しかし、それもすぐに彼らの耳に届いた声で踏みとどまった。 「兄上」 嘉斗は軽い溜息と共に穏やかな声で呼ぶ。 「分かってくれたか」 その声音に込められた意思に気付き、帝が安堵の息を吐いた。 「はい」 嘉斗は笑顔で頷き、踵を返す。 「では、横須賀で大人しくしていましょう。―――僕は、ね」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 最後に付け加えられた言葉に帝は眉をひそめた。だが結局は何も言わずに見送ることにする。そして、弟が退出すると、疲れたようにかぶりを振った。 「やれやれ。気苦労が多くて困る」 「それが帝と言う者です。昔のように好きにされては困ります」 侍従長の言葉に帝は顔を引きつらせる。 「私はあいつのように無鉄砲ではない」 「皇后殿下のおかげでしょう」 「ああ、今もあいつは裏でバットに釘刺していたからな・・・・」 魔術の気配察知で分かった。 だから、兄弟喧嘩に発展しない内にふたりとも止めたのだ。 「・・・・して、どうするおつもりですか?」 侍従長はため息をついて辺りを見回した。 そこには近衛兵たちが何人も倒れている。 皇族ふたりの魔力に当てられたのだ。 「任せ――」 「―――あら、もう終わったの?」 「ヒィッ!?」 聞こえた声に思わず心臓が口から飛び出そうになった。 「ん~、せっかく準備しましたのに・・・・。―――侍従長、少し試しても?」 「どうぞ。ただし私は後片付けに忙しいので」 卒倒した近衛兵ふたりを両肩に担ぐ侍従長は、目礼を以てその場から脱出する。 「じゃ、あなたかしら?」 「・・・・いや、待て話し合おう。そして、その武器を下ろそう」 掌を彼女に向け、玉座から後ずさる。 「・・・・ま、そうですね、嘉斗さんもいないし」 「いたら何かしたのか!?」という問いは、懸命にも飲み込んだ。 「―――しくじりおったか」 「・・・・怖いですよ」 1942年1月2日、正月早々、嘉斗は押っ取り刀で首相官邸に駆け出しそうな亀を宥めていた。 話題は中国戦線だ。 これまで中国戦線は国共内戦に介入する形で戦っていたのだが、12月31日に状況が急変した。 「でもこれ、東條内閣の致命的な失敗」 12月31日に蒋介石が重慶へ亡命し、重慶国民党政府を樹立した後、毛沢東率いる共産党と講和。 その第三次国共合作の結果、"侵略国家"である日本に宣戦布告したのだ。 中国南部に展開していたアメリカ式訓練を受けた国民党軍十万も続々と重慶へ集結。 各地の軍閥も蒋介石へ忠誠を誓うなど、中国大陸は急速に敵になりつつあった。 南京の汪兆銘は蒋介石の亡命は国民党党首から降りたものと判断し、南京国民党政府を樹立して引き続き日本へ援助を請うた。 その目的は共産党の破砕と蒋介石の排除である。 米英は日本の腹背をつける位置にできた同盟軍の援助を大々的に実施することを決定。 日本は重慶を日干し――援蒋ルートの遮断――にするため、ビルマ侵攻作戦を前倒しにした。 今まさに中国戦線は風雲急を告げているのだ。 「蒋介石を蔑ろにし、汪兆銘と関係を深めた結果、と言えるでしょうね」 嘉斗は母親の怒気に蒼くなった息子の背中を撫でながら言う。 因みに今は食事中で、亀は箸で机を貫いていた。 その行動に感化された娘が真似をし、恐ろしいことに再現している。 (なんなんでしょう、この食卓は・・・・) というか、女性が強すぎる。 「ってことは今、陸軍はてんてこ舞い?」 引き抜いた箸でおかずを摘む亀。 「ええ、再編に継ぐ再編ですよ」 北部・中部・南部に分けていた軍をまとめる総軍(支那派遣軍)はすでにあったが、主な仕事は三軍の調整役だった。 しかし、これからは三軍を手足のように扱い、中国戦線自体を指揮しなければならない。 「というか、撤退すれば? 中国にいる意味ないやん」 給仕をしていた高山富奈が言う。 「撤退するわけにはいきませんよ」 単純に国共合作がなったのならば撤退すればいい。 だが、問題はこれを支援する米英の存在だ。 「日本軍が撤退し、中国全土が中国の手に渡れば・・・・その領土を足掛かりに米英による日本空爆が始まります」 「それを防ぐために中国を占領するって?」 「それじゃ侵略者と言われても仕方ない?」 「まあ、それだけならそうですね」 日本軍が中国に展開している理由・経緯は複雑で、もはや収拾がつかない。 戦争指導部も中国戦線の意義について決めかねている節があった。 「調略による各地軍閥の切り崩しと汪兆銘政権の強化が一番いい対策ですが、陸軍がそれに気づくかどうか・・・・」 軍事力で中国を圧倒できるほど、日本軍は大きくない。 だから、現地の味方を増やした方がいいのだ。 汪兆銘だけで国共合作連合軍に対処できるようになれば、撤退の流れとなる。 「戦いに勝つだけが勝利じゃない、か・・・・」 武家出身である亀からしたら不満な考えだろう。 「特に中国は戦いだけでは勝てません」 幾度も共産党相手に会戦を行い、勝利してきたというのに戦況は泥沼だ。 香港作戦のどさくさに紛れて実施された第十一軍による第二次長沙作戦は失敗。 「しかし、陸軍はなかなか南方へシフトすることが難しくなりましたね」 嘉斗としては中国から出来うる限り撤兵し、南方に振り分けてほしかった。 だが、それは不可能だろう。 「各地の軍閥の支持を得るには、汪兆銘を頂くしかありませんね」 米英軍は蒋介石を中国戦区連合軍総司令官に据え、参謀長にアメリカ人のジョセフ・スティルウェルが就任していた。 中国の顔を立てているのである。 尤も中国戦区連合軍の大半は中国軍なのだから当然と言えば当然だ。 「侵略ではなく援軍と宣言するならば、なおさらトップは汪兆銘にするしかないでしょう」 そう言い、嘉斗は紙と筆を取った。 宛先は参謀総長・杉山元陸軍大将だ。 彼は帝国国策遂行要領決定時に、楽観的な返答を行って帝に叱責された過去を持つ。 きっと皇族である嘉斗の手紙には驚き、可能な限りそれを実行しようとするだろう。 (兄上も良いことをする) 「悪い顔してる」 思わずにやけた嘉斗に亀は半眼を向けるが、嘉斗は気にせず一筆を書き上げた。 武隼時賢side 1942年1月20日、汪兆銘は南京国民党軍を設立し、その総司令官に就任した。そして、総参謀長には日本陸軍の畑俊六陸軍大将を据える(参謀副総長は中国人)。 支那派遣軍は、組織上は南京国民党軍麾下に収まり、これらと協同することとなる。 しかし、実質的主力は日本軍であり、日本軍は独自の指揮系統の下、中国軍撃滅の作戦を立て出した。 そこにシンガポール陥落を見届けた武隼時賢陸軍少将が赴任したのである。 「―――武隼少将、頼むぞ」 畑は敬礼する時賢の肩を叩き、ニッと笑った。 「私は砲兵科出身だ。だから、戦車の事は分かるだろうと思う者が多くて困る」 戦車が砲兵科か騎兵科かという議論があり、そこに歩兵科が加わって泥沼になったことがある。 結局、機甲科ができたのだが、それでも砲を扱う以上、砲兵と見る者も多かった。 「中国大陸は広い。自動車化しなくてはとても戦えない」 「はい。ですが、単純に追いかけるだけでは殲滅できません」 「うむ。だから、戦車をよく理解し、それを作戦段階で反映できる奴を待っていた」 マレー電撃戦を経験した時賢は、中国方面が欲しい人材だったのだ。 「1942年前半に大規模攻勢を考えている。まずはその辺りを作戦部と協調して詰めてくれ」 「了解しました」 「うむ」 畑は時賢の派閥に属しているわけでも、敵対しているわけでもない。そして、その才能や人柄は天皇から信頼されていた。 米内内閣倒閣原因を作るなど、陸軍と言う歯車に逆らえない人物ではあったが、国内随一の戦力を預かることになった支那派遣軍総司令官にはふさわしい。 「ああ、武隼君」 「はい?」 「陸軍はまず、中国を下すつもりのようだ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 日本本国では中国を下し、インドなどからドイツ・イタリアと繋ぎを取りたい陸軍と太平洋戦線を主戦場にしてアメリカと戦って講和の糸口を掴みたい海軍で、作戦主導権を争っている。 「日本国内でそんなことを言っている余裕はない」 畑は執務机の椅子に腰かけ、鋭い視線を時賢に向けた。 「徹底的にやり給え」 「はっ」 これが歴史に残るアジア初の大機甲作戦――せ号作戦の始まりとも言える会話だった。 「―――ううむ、なかなか難しい」 支那派遣軍作戦部で時賢はさっそく頭を抱えていた。 中国戦線は広い。 日本軍は華北・華中・華南の三戦区に分かれているが、それでも広かった。 「まずはどこで攻勢に出るか、だな」 時賢の前に座り、共に地図を眺めるのは、参謀副総長である野田謙吾陸軍中将だ。 熊本県出身であり、比較的時賢に近い人物である。 「蒋介石の裏切りで、混沌としているのでは?」 「ああ、だが、中野学校を中心とした諜報部隊がいい仕事をしている」 地図には展開する中国軍が色分けされていた。 国民党軍蒋介石派・汪兆銘派、共産党軍、その他軍閥(軍閥の中でも支持勢力)に、だ。 「この中で味方は汪兆銘派のみ」 「それも戦況次第で裏切る可能性がありますね」 「ああ」 「ふむ・・・・。戦術・戦略的に旨みがあるのはやはり華中でしょうか」 時賢の視線は西安に向いている。 「なぜ、そう思う?」 「日本軍の主力が投入可能です」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 華北はゲリラ掃討戦でほとんど占領しているが、延安に国民党軍第八戦区軍が展開している。 華中には第五・第一戦区軍が展開しており、日本軍の第11軍が突出した形になっていた。 華南は南京から上海まで続く占領地を得ているが、それ以外は点である。 「華中にいる敵軍を機動戦で包囲殲滅します」 「徐州会戦で失敗したじゃないか」 「準備不足と機甲戦力がいなかったからですね」 「といってもこちらにはあまり機械化部隊はいないんだがな」 対ソ連に傾注していたため、機甲戦力は北支那方面軍が保有している。 これらが南下すれば華北ゲリラに目撃され、作戦がばれかねない。 日本軍はこれまで何度も包囲戦を企図し、その都度逃げられてきた。 今回もそうなれば、中央から叱責されるだろう。 「華北は第一戦車師団ですね。早くからあり、九七式改中戦車と九五式軽戦車を主力としていたと思います」 「まあ、一式の配備はまだまだだからなぁ」 「上海に本土から戦車を陸揚げし、新しい戦車師団を作ってはどうでしょう?」 「お、おいおい」 いきなりすぎる。 「参謀本部も新しい戦車師団の必要性は理解していますし、私は戦車が活躍できるのは大陸戦線だと報告書を書いています」 その時賢が中国に派遣されたのだ。 「華北の部隊をゆっくりと南下させ、それに釣られた華中の敵軍が迎撃態勢を調える中、支那派遣軍が新戦車師団と共に一気に背面を包囲」 華北機甲部隊も一気に敵右翼を攻め、敵地奥深くで新戦車師団を中心とする部隊と合流。 「合流地点は南方戦線を終えた落下傘部隊に占領してもらいます」 「また逃げるのでは?」 「今度はアメリカへのアピールのために逃げませんよ」 「・・・・しかし、大軍が必要だぞ?」 「そうですね。・・・・数個軍が必要でしょう」 概算兵力は20万ほどか。 「占領地の治安維持部隊も必要ですから・・・・少なく見積もっても30万は必要でしょうね」 「30・・・・」 これまでの最大作戦である武漢作戦でも日本軍は9個師団、約35万名だった。 時賢はそれに匹敵する数値を言ってのけたのだ。 参謀副総長が絶句するのも無理はない。 「全て日本軍である必要はありませんよ?」 占領地の治安維持部隊など国民党軍汪兆銘派で十分だと思っている。 「満州国軍、朝鮮自治軍も使えるはずです」 「イギリスと同じ考えか・・・・」 植民地大国であるイギリスは、植民地の治安維持を本国軍隊が指揮する別の植民地軍に実施させていた。 マレー作戦で日本と戦ったインド兵もそれである。 そうすることで治安維持に伴う事件の不満は、日本ではなく、満州や朝鮮に向くことになる。 「満州国軍は約15万、朝鮮自治軍も5万を数えます。両軍が1割ほど派遣すれば、約2万」 これに国民党汪兆銘派の南京軍10万から2万ほど出させれば、日本軍は1個師団に匹敵する戦力を節約できる。 「また、戦意を喪失した兵は捕虜とします。後に再教育を施して国民党軍に加わってもらいます」 この時の中国軍の兵は士気が低い。 基本的に無理矢理戦わされているため、当たると脆い。 この脆さが、日本軍が包囲殲滅できないひとつの理由だが、逆に捕えてしまえば中国軍に対する忠誠心もない。 この兵を調練すれば国民党軍汪兆銘派へ鞍替えすることとなるだろう。 実際、大本営などはそれを狙っていた。 「せ号作戦」 「はい?」 「せ号作戦。そう名付ける、この作戦」 野田は立ち上がり、時賢の言葉を殴り書いた自身のメモを手に取る。 「作戦部に検討させる。君は総司令官殿に意見具申してくれ」 「分かりました」 この意見具申は通り、秘密裏に支那派遣軍の中で第三戦車師団が編成された。 それだけでなく、中央は第五・第六戦車師団の編成を開始する。 こうして支那派遣軍は武漢作戦以来の大作戦へと動き出した。 |