真珠湾攻撃 -2
「―――やりやがった」 黒煙を上げる真珠湾を眺めながら、軍港清掃員のロバート・マッキンニーが呟いた。 午前10時現在、上空に日本機の姿はない。 だが、彼の網膜には我が物顔で乱舞する日本海軍機が焼き付いていた。 「おい、貴様! そこで何をしている!?」 ロバートに警戒中の兵が声をかけてくる。 その兵は殺気立っていた。 陸軍の彼はどうしようもないのだろう。 「戦闘中だ、早く避難しろ!」 戦艦「アリゾナ」を始め、沈んだ多くの艦艇で救出作業が始まっている。 無事だった航空機は上空警戒で旋回しているが、今のところ陸軍の出番はない。 「・・・・・・・・・・・・俺も動くとするぜ。仲間も動いているだろうしな」 「は?」 ロバートは身に宿る魔力を活性化、一瞬で兵に詰め寄った。そして、隠し持っていたナイフでその喉首を掻き切る。 「カッ」 声にならない音を傷口から漏らした兵の喉に布を当てた。 「おっと、あんまり血を流すな。これから借りる服が汚れるだろ? ・・・・って、もう息はないか」 ロバートは亡骸から服をはぎ、自らのものと変えていく。 「よっし、お仕事お仕事・・・・・・・・・・・・いや、奉仕活動か?」 ロバートの父は移民だ。 商船でこき使われた彼は日本への渡航中に死亡、ロバート自身も日本で捨てられた。 以後、日本で育った彼はアメリカに対する祖国の念などかけらもない。 (何が自由の国だ。・・・・いや、自由か) 「力のある奴だけが自由の国だ!」 兵から奪ったM1ガーランドを構え、頭上に翻っていた星条旗を撃ち抜いた。 真ん中に穴が開いた旗が舞う向こう―――真珠湾工廠群が無傷で残っている。 (日本はもう一度来る。・・・・"あの人"がこの程度で終わらせるはずがない) ロバートは軍帽を目深にかぶり、工廠群へ走り出した。 特別攻撃scene 「―――ハルゼー中将、太平洋艦隊司令本部より通達です」 「ようやく状況が把握できたか?」 ウィリアム・ハルゼー海軍中将は、航空母艦「エンタープライズ」の戦闘艦橋で呟いた。 場所はホノルル西方約150マイル。 指揮下にある航空部隊は貧弱だ。 何せ任務はウェーク島への航空機輸送だったのだから。 「午前9時21分、洋上の全艦船の指揮権を移譲!」 (太平洋艦隊司令本部は指揮能力を発揮できない、か・・・・) 「空襲規模と来襲方角から日本軍の空母は約6隻、予想退避進路は北西!」 攻撃しろ、とは言わない。 いや、言うわけがない。 「常識で判断しろ、か・・・・」 ハルゼーは出発前のキンメルとの会話を思い出した。 11月27日、アメリカは日米交渉を打ち切り1週間以内に何らかの軍事行動に出る、という日本の外交暗号を傍受していた。 この関係で中部太平洋中最も危険なウェーク島への輸送作戦が立案されたのだ。 ハルゼーは第8任務部隊を率いて出撃する際、万が一日本を刺激した際どこまでやってよいかを尋ねた時、キンメルはこう言った。 『常識で判断しろ!』 部下を信頼し、部下の判断の全てを負うという言葉に、ハルゼーは感動した。 「まずは南方へ避難し、スプルーアンスと合流する」 「はっ」 第8任務部隊を糾合する。 日本空母に勝てないかもしれないが、侵攻してくるだろう敵水上部隊に一泡吹かせる。 その思いで南下したハルゼーを、日本軍索敵機は見つけることができなかった。 そして、その時を迎えることとなる。 「司令本部より通達!」 合流した第8任務部隊の艦橋は、真珠湾からの急報に揺れた。 「日本軍の第二次攻撃が始まりました!」 (ジャップは徹底的にやるようだな!) 司令官の椅子に座っていたハルゼーは拳を握りしめる。 「日本軍はまだハワイにいるぞ! 索敵機を出せ! ハワイ北西だ!」 「はい!」 「ハワイ近海の全艦艇に無線連絡! 怪しい機体を見かけ次第報告するように伝えろ!」 「し、しかし、それではこちらの位置が・・・・」 「ジャップの艦隊は総力を挙げて真珠湾を攻撃中だ。無線一本を気にする余裕などない」 何せ今現在も、ハワイ近海は無線が飛び交っているのだから。 「この戦は負けだ。・・・・だが、一矢報いるぞ!」 「「「はい!」」」 艦橋が大きく動く。しかし、その動きを止める出来事が報告された。 「司令本部より続報!」 電信員は解読した暗号文を片手に、静まり返った艦橋を見回す。 「敵航空機は約200機。攻撃主目標は工廠群、燃料タンク。敵飛来方向は・・・・・・・・・・・・」 そこで彼は口をつぐみ、暗号文書を握り締めた。 「どうした、報告せよ」 参謀長の言葉に彼はハルゼーを見る。 「ここで途切れました。・・・・つまり」 彼は大きく息を突き、ゆっくりと告げた。 「太平洋司令本部が爆撃を受けました」 「―――来たかッ」 エドウィン・レイトン中佐はキンメル海軍大将の言葉を受け、司令部の窓から空を見上げた。 そこには上空警戒に当たっていたアメリカ軍機をほぼ瞬時に葬り去った日本海軍機がいる。 (あの戦闘機・・・・) 昨年に重慶で初陣を果たした新型戦闘機だろう。 「レイトン中佐」 「何でしょう、長官」 「情報主任参謀としてのアドバイスが聞きたい」 キンメルは視線を同じく窓の外に移す。 地上のアメリカ軍はすぐさま反撃に移っているが、上空を支配するのは戦闘機だ。 軽快な動きで回避されているし、何より攻撃隊の本隊ではない。 「第二次攻撃の目標はなんだ?」 「・・・・おそらく、工廠群と燃料タンクでしょう」 「なるほど、一撃目で武器を奪い、二撃目で家を奪う、か」 「用意周到な日本軍らしいでしょう」 空襲警報の質が変わった。 (敵攻撃部隊が来たか) 「長官、敵編隊、北西より工廠群へ接近中!」 「数は!?」 「約150!」 キンメルは内線電話を握り締めたまま報告してきた参謀に頷きを返す。そして、電信員に向き直った。 「洋上のハルゼーに通達だ!」 レイトンはキンメルの言葉を聞きながら司令部の建物から出た。 視界には日本軍の編隊が大きく映っている。 九七式艦上攻撃機の編隊が工廠群向けて水平爆撃を与えていた。そして、艦上爆撃機の小編隊が各地を急降下爆撃している。 (小編隊による爆撃?) 水平爆撃よりも急降下爆撃の方が命中率が高い。 (ということは・・・・敵は真珠湾工廠群の施設位置を完全に把握している・・・・?) 本当だとしたら一大事だ。 「・・・・ッ!?」 腹に響く大爆発。 そちらへ視線を向ければ、燃えている方角から予想される被害箇所は、潜水艦魚雷格納庫。 「待て、何かおかしいぞ!」 黒煙が急速に海側へ向かっていく。そして、それは瞬く間に潜水艦基地を包み込んだ。 (あんな炎の挙動はしないはず。まるで"油が引かれていたか"のように・・・・・・・・・・・・) 「レイトン中佐! 燃料タンク備蓄群が燃えています!」 「何、そんなはずは・・・・ッ」 内線が破壊されたのか、走ってきた兵の報告にレイトンは燃料タンク方面を見る。 「な、に・・・・ッ」 そこは確かに大火が支配していた。 「有り得ない!」 重油は一般にあるイメージほど燃えやすいものではない。 爆撃を食らったとしてもタンクが破壊されて燃料がこぼれる程度のはずだ。 それが、まるで灯油がこぼれたかのような火災になっている。 (これは、まさか・・・・) レイトンは海軍情報部の職員だ。 だから聞いたことがある。 (魔術、か?) イギリスをはじめとしたヨーロッパ諸国が対テロのために組織した魔術師専門部隊――騎士団。 それに相当する部門が日本にもある。 皇族の安全を守るための、侍従武官制度というものが。 日本は魔術が色濃く残っており、国内反政府勢力ですら魔術師を擁しているという。 だから、日本は外国に魔術的諜報員を配備するよりも国内を優先していた。 「だが、もし開戦に当たり、多くの魔術的工作員を派遣していたとすれば・・・・」 真珠湾の施設配置。 不自然な火災。 「中佐!」 「―――っ!?」 思考中に地面へと引き倒される。 「な、何を!」 「敵機直上!」 司令部の建物の方から声がし、対空射撃の音が聞こえてきた。だが、その音を吹き飛ばすように3つのプロペラ音が聞こえる。 「って、しまった!」 敵が真珠湾の正確な施設位置を把握しているということは、太平洋艦隊司令本部の位置も把握しているということ。 「・・・・ッ」 兵の手を振り払い、体を起こしたレイトンは見た。 対空砲火を物ともせずに急降下した九九式艦上爆撃機が爆弾を次々と投下する。 それは見事な精度で落下し、太平洋艦隊司令本部の屋上を貫通、その腹の中で持てる爆発力を解放した。 「―――っ!?」 吹き飛んだコンクリートが辺りに撒き散らされ、レイトンはもう一度地に伏す。 「中佐、どこか怪我を―――ガッ!?」 瓦礫に当たったかと思ったのか、兵が立ち上がった。そして、銃声と共に吹き飛んだ。 「司令部壊滅を確認。もうここには用はない、行くぞ!」 倒れ伏した兵の体の向こう―――アメリカ兵らしき影が動いている。 (まさか・・・・あれが・・・・) 250kg爆弾の爆炎の中、暗躍する人影を見たレイトンは決意した。 (必ず・・・・必ずその影を突き止めてみせるぞ!) 「―――特別攻撃隊、全ての目標へ爆撃完了」 「ご苦労様です」 空母「赤城」の艦上で報告を受けた嘉斗は一息ついた。 開戦前にハワイに移り住んでいたR.E.S.T.要員から得た真珠湾施設地図を下に爆撃指定したのは、太平洋艦隊司令本部を始め、魚雷格納庫、潜水艦司令本部、変電施設などの重要施設だ。 「また、燃料タンクも予想以上に炎上しているようで」 「それは行幸ですね」 報告に顔色を変えず、しれっと答えた嘉斗を源田が半目で見ているが、無視だ。 表の参謀である彼が知るべきことではない。 「しかし、太平洋艦隊は重油を地下に埋設していなかったのか・・・・」 「石油生産国の余裕、というところでしょう」 大石の呟きに応じる。 (まあ、後は真珠湾が攻撃を受けるなど考えていなかったのでしょうね) 「索敵機からの報告は?」 「未だありません」 源田が敵空母を探すための索敵機の動向を訪ねたが、答えは報告なしだった。 それを受け、源田は嘉斗に向き直る。 「仕方がありませんね」 嘉斗は首を振った。 「今から再換装すれば時間がかかりすぎます。ここは戦艦部隊と軍港設備を潰した、としましょう」 嘉斗の言葉に司令部要員は胸を撫で下ろした。 強力な戦力を持っているとはいえ、この作戦というか艦隊編成が前代未聞なのだ。 どこで破たんするかわからない以上、早く撤退したいと思うのは人間の性である。 「第一次攻撃隊が帰投次第回頭。本土へ帰還する」 南雲がそう言い、司令部要員は艦隊に所属する全艦に伝えるために動き出した。 「高松中佐」 「何でしょうか、長官」 南雲が司令席から降り、嘉斗の傍までやってくる。 それはこれからの話を周りに聞かせたくないということだろう。 (相手は"闘将"・・・・いや、猛犬ですか) かつて艦隊派と条約派の口論で艦隊派に属する南雲は条約派の井上成美に言ったそうである。 『ぶっ殺してやる』、と。 「君の目的は何だ? いや、最終目的は武隼久賢公と一緒なのだろう」 武隼久賢は自分の行動方針を周囲に語っていた。 『【日本】という国家の生成とその維持』 「ええ、確かに僕の目的は久賢公と同じです」 長い時間をかけて国家観を作ってきた欧米、中国とは違い、日本国民は「日本国」という概念が希薄だ。 今の国家観は明治政府が必死に作ったものでしかない。 だが、明治維新も元々の体制の上に国家を作ったのだ。 元々の体制。 日本が2600年続けてきたとされる天皇制。 それが崩壊した時、「日本」という国が崩壊して四散する。 後はアメリカやソ連、中国などに翻弄される、一地方に成り下がるだろう。 天皇制の崩壊は国家としての日本を終わらせるに足る威力を持つ。 「連合国はこの戦争に勝てば、その後の敵国のことなど、どうでもいい」 ワイマール憲法を制定されられたドイツが良い例だ。 ナチスを擁護するつもりはないが、彼らが生まれドイツ国民に支持された下地を作ったのは間違いなく連合国なのだ。 「僕の目的はただひとつ、戦争に負けるにしても、国体は守り切る」 「国体護持」 「はい。それを成すためにこの第一航空艦隊は絶対に必要なんです」 「・・・・分かりました」 南雲は胸に手を当てて一礼する。 「殿下の鉾を預かる身として、粉骨砕身する所存であります」 「僕の鉾ではありませんよ?」 嘉斗は手を振って南雲の仕草を止めさせた。 「あなた方は日本の鉾です」 「―――長官、真珠湾第二次攻撃が実施されました」 「南雲がやったか!」 真珠湾工廠群への攻撃が始まった頃。 呉に停泊する連合艦隊旗艦――戦艦「長門」の戦闘艦橋で、山本五十六海軍大将が驚きの声を上げた。 「戦果は?」 「ドックや燃料タンク、潜水艦基地や魚雷格納庫、太平洋艦隊司令本部を爆撃したとのこと」 「副次目標もやってのけたか」 山本の代わりに聞いた連合艦隊参謀長・宇垣纏海軍中将は山本に向き直る。 「高松中佐を派遣した効果でしょうか?」 「かもしれん」 第一航空艦隊に乗りたいと言い出したのは嘉斗だが、許可したのは連合艦隊司令部だ。 「これが陛下に知れたら大目玉かな」 「海軍大臣に知れても大目玉でしょうね」 開戦前に最前線から遠い場所に、という陛下の意向を反映した横須賀航空隊教官の地位。 その任を解いてはいないが、最前線に行かせたのだ。 「最悪、腹を切るか」 「そんなことで腹を切らせる陛下ではありませんけどね」 「・・・・兄弟戦争が勃発するか」 喧嘩ではなく戦争だ。 宮廷の櫓ひとつくらい倒壊させかねない。 「おそらく止めるのは、皇后殿下か・・・・高松宮妃かと」 「・・・・ふたりとも強いからな」 両方に会ったことがあり、両方の男の行き過ぎを腕っ節で沈静化させたところも見ている。 「戦艦などを見て、一騎当千など夢物語だとは思っているが、陸軍からしたらどうなのだろうな」 「・・・・1個中隊くらいひとりで相手しそうですからね」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 宇垣の言葉に、ふたりして黙り込んだ。 「真珠湾作戦の報告は現場の人間に任せよう。ほら、確か源田と淵田は殿下の同期だ」 「え、ええ。それがいいですね。我々も真珠湾だけでなく、第一作戦全体を見なければなりませんし」 ふたりして汗をかき、前代未聞の佐官級報告を決定する。 ふたりの名誉のために言う。 決して怒れる陛下とそれを拳で宥める皇后を見たくないからではない。 1941年12月8日、アメリカ合衆国ハワイ準州オワフ島真珠湾軍港。 アメリカ太平洋艦隊の根拠地であるここは開戦劈頭の奇襲攻撃を受けて壊滅。 駐留されていた戦艦を初めとした多数の艦艇、軍用ドック、燃料タンクなどが炎上した。 しかし、居住区や軍施設外に対する攻撃は皆無であり、被害は自軍が撃ち上げた対空砲弾の着弾だけだった。 これは日本軍の高い訓練度と戦術爆撃の意志、真珠湾の仕組みを知っていた情報収集力がものを言った。 この精密攻撃の結果、太平洋艦隊は主力戦艦だけでなく、司令部すらも失う。 ハワイ近海の水上艦指揮権限を委譲されていたハルゼー中将が司令官代理となった。しかし、ハルゼーは艦隊集結後に反撃に出たため、真珠湾軍港の指揮ができなかった。 ハワイアメリカ軍自体は陸軍が指揮したが、陸軍も日本軍の上陸に備えたため、内部の引き締めができなかった。 この間に軍港はさらなる混乱が生じた。 停電が発生したり、水道管に穴が空いたりなどだ。 このため、救出活動や消火活動に影響し、少なくない被害が生じた。 真珠湾軍港は向こう数ヶ月の停止を余儀なくされたのである。 こうして、太平洋艦隊は日本軍の第一作戦を邪魔することが不可能となったのだった。 |