開戦前夜
「―――知らない星座ばかりですね」 1941年12月7日夜。 航空母艦「赤城」の甲板で、高松嘉斗は星空を見上げていた。 すでに第一航空艦隊はハワイ近海に進出しており、明日の夜明けとともに真珠湾攻撃部隊を発艦させる。 「思えば遠くまで来たものです」 「全くだ」 「と、苦労を分かち合いたいが・・・・」 「「貴様は何もしていないだろ」」 「失礼な」 嘉斗は背後から聞こえてきた容赦ない評価に振り向く。 「そりゃあ、航空参謀と空中総指揮官に比べれば暇だったでしょうが」 源田は航空参謀として、航空隊全般のメンテナンスを、淵田は空中総指揮官として、数百機の航空機を運営するシミュレートを、それぞれ部下と共に行っていた。 「ま、貴様は目に見えないことをやっていたんだろうが」 「まさかここまで来るなんて思いませんでしたね」 嘉斗は再び空を見上げる。 「露骨に話逸らすなや」 淵田が隣に見て、肩を組んできた。 「思えば同期、けっこう中心にいるんやなぁ」 「・・・・そうですね」 高松嘉斗:海軍中佐、大本営特務参謀兼横須賀航空隊教官。 源田実:海軍中佐、第一航空艦隊航空参謀。 淵田美津雄:海軍中佐、第一航空艦隊空中総指揮官。 柴田武雄:海軍中佐、第三航空戦隊副長兼飛行長。 猪口力平:海軍中佐、人事局第一課員。 清水洋:海軍中佐、海軍航空本部教育部員兼海軍省教育局員。 内藤雄:海軍中佐、南遣艦隊参謀。 入佐俊家:海軍少佐、鹿屋航空隊飛行長。 鈴木正一:海軍少佐、海軍航空技術廠飛行實驗部部員。 立花止:海軍少佐、軍令部第三部部長直属部員。 玉井浅一:海軍少佐、筑波航空隊飛行長。 福地周夫:海軍少佐、空母「翔鶴」運用長。 などなどである。 多くが参謀や実戦指揮官に就いている。 「何人、生き残るんでしょうね」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 嘉斗の何気ない発言にふたりは黙り込んだ。 「・・・・ああ、すみません」 沈黙の理由に気が付いた嘉斗はふたりに対して頭を下げる。 「珍しく弱気だな」 「ええ、何せもう2か月も家に帰っていないものですから」 嘉斗の冗談とも思える発言にふたりは顔を見合わせて頷いた。 「・・・・貴様は戦死しないな」 「うむ、きっと"事故死"と言う名の家庭内制裁で片づけられるな」 「うわ、有り得そうな未来を語らないでください」 「「有り得そうなことをどうにかしろよ!?」」 左右から嘉斗の頭を殴る。 間抜けな音が響き、嘉斗は小さく悲鳴を上げた。 「無理ですって」 「なんでだよ?」 「―――明日、第二子の出産予定日なんです」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 ふたりは顔を引きつらせる。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 そして、再びふたりで視線を合わせた。 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 さらに同時にポケットに手を入れる。 「ぅわ、二円しかないぞ、俺」 「おいおい、俺なんて一円やんけ」 ふたりで手持ちの金額を確かめ始めた。 「仕方ない」 「ああ、そうだな」 ふたりは笑顔でポケットに金を仕舞う。 「「香典は一銭でいいか?」」 「最少価格!? 確実にそれ以上は持っていましたよね!?」 「というか、死ぬの確定ですか!?」と続けた嘉斗の肩を、ふたりは優しく叩いた。 「生き残れると思うのか?」 「お前の嫁やろ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 もう一度、嘉斗は夜空を見上げる。 「・・・・帰りたくないなー」 「お前の嫁なら、物騒な侍女連れて戦場にまで来そうじゃないか?」 「ああ、しかも後ろで敵軍がとばっちり食ってるとかな」 「いやに想像できそうな無双予想ですね」 「いやいや、未来予想や」 「参謀として、実現度大、とでも言おうか」 からからと笑うふたりに、嘉斗は心の中で呟いた。 (亀たちなら、できるかもしれませんね) 魔術を全開した戦いにおいて、一個中隊程度ならば余裕で撃滅できるだろう。 (もしかすれば、そんな戦闘が起きるかもしれない・・・・) 報告ではフランス国内でのゲリラ戦で、魔術が使われた痕跡があるらしい。 太平洋戦争は島嶼戦の連続となり、閉鎖された空間で生き残りを賭けた生存戦争となるだろう。 故に両軍が多用するはず。 (そんな状態になったら、彼女は来てしまうかもしれません) そう思い、嘉斗は決意を新たにする。 「帰ります」 「お、そりゃいい覚悟だ」 「骨は・・・・拾えないな」 「応援するのか意志を挫くのかどちらかにしてくだ、さいッ」 決死の覚悟をからかわれ、嘉斗は涙目でふたりに拳を叩きこんだ。 ―――魔力を乗せた、割と本気の一撃を。 開戦前夜scene 「―――もう間もなく、宣戦布告予定時刻です」 1941年12月7日午後11時51分。 山本五十六連合艦隊司令長官は、幕僚と共に連合艦隊旗艦・戦艦「長門」の夜戦艦橋にいた。 その山本に懐中時計片手に声をかけたのは、参謀長である宇垣だ。 「間違いなく、宣戦布告はなされるのであろうな」 「そのはずですが・・・・」 大日本帝国は日本時間の12月8日午前0時に、アメリカ合衆国に宣戦布告する。 これは天皇の厳命でもあり、外務省はその通りに動いていた。 「宮内省からも人員が派遣されているようです」 (高松宮が手を回したか?) もしくは伏見宮かもしれない。 伏見宮元帥は海軍のことに口を出さなくなった代わりに、伏見宮自身の権力で何か動いている。 それが高松宮と共謀しているのかは謎だが、勢い軍事に傾きつつある高松宮とは違い、政財界で活動しているようだった。 「しかし、血筋とは恐ろしいものよ」 山本が小さく呟く。 その恐ろしさを知り、大学校にも入っていなかった青年と同盟を組んだ。だが、高松宮嘉斗殿下は想像以上だった。 (血筋だけでなく、明治の元勲以上とも言われた武隼公の愛弟子としての手腕、か・・・・) 自身の大博打の結果、得ることができた艦隊は以下の通りだ。 なお、斜字・下線は忠実にない艦である。 戦艦 長門型「長門」、「陸奥」。 奥羽型「奥羽」、「相武」。 金剛型「金剛」、「比叡」、「榛名」、「霧島」。 ※ 建造中 大和型「大和」、「武蔵」。 正規航空母艦 大型空母 「赤城」、「加賀」、「翔鶴」、「瑞鶴」。 中型空母 「飛龍」、「蒼龍」。 小型空母 「鳳翔」、「龍驤」、「瑞鳳」。 ※ 建造中 「勢凰」(旧伊勢)、「向鳳」(旧日向)。改翔鶴型「迅鶴」、「閃鶴」。雲龍型「雲龍」、「天城」、「葛城」。 ※ 計画中 雲龍型「笠置」、「阿蘇」。祥鳳型「祥鳳」。同型艦なし「龍鳳」。 改造航空母艦 雷鷹型「雷鷹」、「鳴鷹」。 大鷹型「大鷹」。 ※ 建造中 飛鷹型「飛鷹」、「隼鷹」、大鷹型「雲鷹」、「沖鷹」。 重巡洋艦 利根型「利根」、「筑摩」。 高雄型「高雄」、「愛宕」、「摩耶」、「鳥海」。 妙高型「妙高」、「那智」、「足柄」、「羽黒」。 最上型「最上」、「三隈」、「鈴谷」、「熊野」。 ※ 建造中 改利根型「雲取」、「臼杵」。改高雄型「国見」、「雲仙」、「石鎚」、「有珠」。 ※ 計画中 改鈴谷型「伊吹」、「鈴鹿」。 軽巡洋艦 球磨型「球磨」、「多摩」、「北上」、「大井」、「木曽」。 長良型「長良」、「五十鈴」、「名取」、「由良」、「鬼怒」、「阿武隈」。 川内型「川内」、「神通」、「那珂」。 夕張型「夕張」。 ※ 建造中 阿賀野型「阿賀野」、「能代」、「矢矧」、「酒匂」。大淀型「大淀」、「仁淀」。 一等駆逐艦 峯風型「峯風」、「澤風」、「沖風」、「灘風」、「矢風」、「羽風」、「汐風」、「秋風」、「夕風」、「太刀風」、「帆風」、「野風」、「波風」、「沼風」。 神風型「神風」、「朝風」、「春風」、「松風」、「旗風」、「追風」、「疾風」、「朝凪」、「夕凪」。 睦月型「睦月」、「如月」、「弥生」、「卯月」、「皐月」、「水無月」、「文月」、「長月」、「菊月」、「三日月」、「望月」、「夕月」。 特Ⅰ型「吹雪」、「白雪」、「初雪」、「深雪」、「叢雲」、「東雲」、「薄雲」、「白雲」、「磯波」、「浦波」。 特Ⅱ型「綾波」、「敷波」、「朝霧」、「夕霧」、「天霧」、「狭霧」、「朧」、「曙」、「漣」、「潮」。 特Ⅲ型「暁」、「響」、「雷」、「電」。 初春型「初春」、「子日」、「若葉」、「初霜」、「有明」、「夕暮」。 白露型「白露」、「時雨」、「村雨」、「夕立」、「春雨」、「五月雨」、「海風」、「山風」、「江風」、「涼風」。 朝潮型「朝潮」、「大潮」、「満潮」、「荒潮」、「朝雲」、「山雲」、「夏雲」、「峯雲」、「霞」、「霰」。 陽炎型「陽炎」、「不知火」、「黒潮」、「親潮」、「早潮」、「夏潮」、「初風」、「雪風」、「天津風」、「時津風」、「浦風」、「磯風」、「浜風」、「谷風」、「野分」、「嵐」、「萩風」、「舞風」、「秋雲」、「冬雲」、「春雲」、「島雲」。 夕雲型「夕雲」。 ※ 建造中 夕雲型「巻雲」、「風雲」、「長波」、「巻波」、「高波」、「大波」、「清波」。島風型「島風」。 ※ 計画中 夕雲型11隻。島風型15隻。秋月型10隻。 二等駆逐艦 若竹型「若竹」、「呉竹」、「早苗」、「朝顔」、「夕顔」、「芙蓉」、「刈萱」。 松型※1「松」、「竹」、「梅」(先行建造艦はドイツ、イタリア、タイなどに販売)。 樅型21隻(他艦種に変更多数)。 ※ 建造中 松型「桃」、「桑」、「杉」、「槇」、「樅」、「樫」。 ※ 計画中 松型8隻。 ※1 日本海軍に配属時に順次一等駆逐艦に変更。 伊号潜水艦 海大3a:伊五一三、伊五一四、伊五一五、伊五一八。 海大3b:伊五一六、伊五一七、伊五一九、伊六〇。 海大4 :伊六二、伊六四。 海大5 :伊一六五、伊一六六。 海大6a:伊一六八、伊一六九、伊七〇、伊一七一、伊一七二、伊七三。 海大6b:伊一七四、伊一七五。 巡潜1 :伊一、伊二、伊三、伊四、伊五。 巡潜2 :伊六。 巡潜3 :伊七、伊八。 巡潜甲:伊九、伊一〇。 巡潜乙:伊一五、伊一七、伊一九、伊二一、伊二三、伊二五、伊二六。 巡潜丙:伊一六、伊一八、伊二〇、伊二二、伊二四。 特機雷:伊一二一、伊一二二、伊一二三、伊一二四。 ※ 建造中 海大7型 10隻、巡潜乙型7隻。 呂号潜水艦 海中4:呂二六、呂二七、呂二八。 海中5:呂二九、呂三〇、呂三一、呂三二。 海中6:呂三三、呂三四。 ※ 建造中 海中中型3隻、小型6隻。 総計(建造はかっこ書き) 戦艦8(+2) 正規航空母艦7(+7) 改造航空母艦3(+4) 重巡洋艦14(+6) 軽巡洋艦15(+6) 一等駆逐艦83(+8) 二等駆逐艦31(+6) 伊号潜水艦45(+17) 呂号潜水艦9(+9) これだけの艦隊を揃えた事実よりも建造中の艦艇の多さに注目してほしい。 戦艦2隻、正規空母8隻を建造する大型ドックをはじめ、巡洋艦ドック、駆逐艦ドックを多数備えられたのは、加藤友三郎が進めた改革を後の政府も踏襲したからだ。 この改革により日本は同時建造能力を飛躍的に向上させた。 また、駆逐艦についてはドイツを筆頭にした第三国への輸出体制を貫いたことにより、民間造船所を抱えることができた。 第四艦隊事件、友鶴事件の教訓を下に徹底した技術改善もプラスに働き、電気溶接技術によるトラブルが激減。 結果、工期短縮に繋がっている。 基礎工業能力の向上が支えた目に見える成果はこれだけではなく、日本軍の装備充実に貢献していた。 高松嘉斗と言う皇族が、己の血筋と人脈を以て成し遂げた変化。 その産物である日本軍は巨大軍需工場群を従える、文字通りの巨人・アメリカ合衆国とどう戦うのだろうか。 そして、どう終わらせるのであろうか。 そのひとつの答えが、真珠湾攻撃だった。 投入される戦力は第一航空艦隊。 「艦隊」と名はついているが、建制外の臨時編成のものだ。 参加艦艇は以下の通りである。 一航戦「赤城」、「加賀」。 二航戦「蒼龍」、「飛龍」。 五航戦「翔鶴」、「瑞鶴」。 第三戦隊より戦艦「比叡」、「霧島」。 第八戦隊「利根」、「筑摩」。 第一水雷戦隊、重巡「熊野」、第一七駆逐隊「谷風」、「浦風」、「浜風」、「磯風」、第一八駆逐隊「陽炎」、「不知火」、「秋雲」、「霞」、「霰」。 第二潜水隊「伊十九」、「伊二一」、「伊二三」。 以上が臨時編成の第一航空艦隊である。 航空機540機。 内訳、零式艦上戦闘機216、九九式艦上爆撃機144、九七式艦上攻撃機180。 世界最大の攻撃能力を持つ艦隊だった。 (―――いよいよか・・・・) 大日本帝国大本営特務参謀・高松嘉斗中佐は、伏見宮海軍元帥より賜った懐中時計で時間を確認した。 その日時は皇紀2601年(西暦1941年)12月8日午前1時30分。 しかし、周囲は夜明け直前である。 それはここが日本ではないことを意味していた。 では、どこなのか。 嘉斗がいるのはアメリカ合衆国ハワイ準州近海であり、大日本帝国海軍連合艦隊第一航空艦隊旗艦・航空母艦「赤城」の戦闘艦橋であった。 「長官、攻撃隊、発進準備整いました」 航空参謀・源田実海軍中佐が僚艦の発光信号を確認し、暗に長官に発進許可を求めた。 その言葉と共に艦橋にいるほぼ全ての要員が第一航空艦隊司令長官・南雲忠一中将へと向く。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 南雲中将は目を閉じ、大きく深呼吸した。そして、カッと目を見開くと大音声で宣言する。 「第一波攻撃隊発進! 続いて第二波攻撃隊も早急に発艦準備。徹底的に叩き潰せ!」 水雷屋出身である猛将・南雲中将は戦闘艦橋に響き渡る大声で攻撃命令を下した。 「赤城」から五隻の僚艦に発光信号が発せられ、各飛行甲板から零式艦上戦闘機の発艦が始まる。 そう、これは大日本帝国海軍による、アメリカ合衆国海軍太平洋艦隊根拠地・真珠湾基地への奇襲攻撃の一幕であった。 (日本はここまで来ましたよ・・・・) 「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。 大本営陸海軍部、12月8日午前6時発表。 帝国陸海軍は今8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」 |