真珠湾攻撃計画


 

 真珠湾攻撃作戦。
 正史では1941年12月8日(ハワイ時間は7日)、日本海軍第一航空艦隊が、アメリカ太平洋艦隊根拠地であるハワイオアフ島真珠湾を攻撃した作戦である。
 最後通牒を手渡してから行われるはずだったこの奇襲攻撃は、外交側の不手際で通知が1時間遅れとなる。
 結果、作戦は成功するも「真珠湾攻撃は日本軍のだまし討ち」とプロパガンダが作られ、アメリカ国民の怒りを買った。
 だが、戦略結果はともかく、戦術的に大勝利であり、アメリカ艦隊は戦艦戦力を喪失することとなる。
 それは魚雷を改造した技術側と奇襲作戦を成功させた戦闘員の、不断の努力に支えられていた。
 この作戦構想は1941年1月14日、山本五十六連合艦隊司令長官が第十一航空艦隊参謀長・大西瀧治郎に手紙を出したところから始まる。
 以後、第一航空戦隊先任参謀・大石保、参謀・源田実が実行計画の完成を命じられ、本格的に始まった。
 問題点は兵力、雷撃能力および航続距離(航路選択含む)などであった。
 兵力は9月に航空母艦「瑞鶴」が完成し、第五航空戦隊を用いることで解決。
 雷撃能力は搭乗員の猛訓練と九一式魚雷改二で解決。
 航続距離はドラム缶搭載で解決。
 日本海軍は空前絶後の作戦を実行可能にまで持って行ったのだ。
 だが、本来作戦を立案する軍令部と実戦部隊である第一航空艦隊は難色を示していた。
 この説得に当たったのが連合艦隊参謀・黒島亀人と山本五十六本人である。
 10月19日、黒島は、

 「この作戦が認められなければ、山本長官は連合艦隊司令長官を辞職すると仰っている」

 と軍令部次長・伊藤整一中将に言った。
 これに驚いた軍令部総長永野修身大将は作戦実施を認めたのである。
 ある意味、陸軍中級参謀の独断専行に似ているが、山本の目的に沿っていた。
 また、山本は実戦部隊司令部の意見も理解できるが、研究もしてくれと頼むことで説得した。






志布志scene

「―――もっと低く飛べ!」

 第一航空艦隊空中指揮官・淵田美津雄は無線機に向かって大声を張り上げた。
 それに応じ、錦江湾を突入してきた九七式艦上攻撃機はさらに高度を下げる。
 海面ギリギリを飛ぶため、海面には白波が立った。

「そうだ! その感覚を忘れるな!」

 淵田はひよっこである「翔鶴」搭乗員に言い放つと、満足げに無線機を見る。

「機内無線とは、またいいものやな」

 戦闘機乗りは手信号などで合図した方がいいと言うが、航空要員大養成の結果、練度不十分な搭乗員が数的主力を占めるようになった。
 彼らを使い物にするには、機内無線は有効だ。

「陸軍の戦車でも使っているようだからな」
「―――ええ、武隼少将がねじ込んだそうで」
「貴様も似たようなものやないか?」

 淵田はひとりごとに返答した既知の相手に振り返った。

「久しぶりやな、宮様」
「ええ、久しぶりです、美津雄」

 そこに立っていたのは、高松宮嘉斗殿下だった。

「今は何をしている?」
「大本営特務参謀です」
「・・・・何をするのかさっぱり分からんな」

 淵田は謎が多い同期の仕事を、そう多く知ろうとは思わない。
 ただ、日本のために、そして、兵のために戦いやすい環境を整えていると思っている。

「航空隊はどうですか?」
「まだ駄目や。どいつもこいつも動きが硬い」
「そりゃ、あなたのように鼻歌交じりで曲芸飛行する人たちばかりではないでしょう」
「曲芸飛行は実の分野だ」

 実とは、源田実だ。
 彼も彼らの同期である。

「しかし、壮観ですね」
「ああ、せやな」
「・・・・ちょっとうるさいですけど」
「・・・・住民たちには慰謝料? のようなものを支払ってはいる」

 ここに集っている搭乗員は、一~五航戦のすべてだ。
 さらに錬成部隊もいるため、総機体数は約1,000機。
 日本海軍が持つ空母搭乗員の全てがいると言っていい。

「相手は戦艦、か・・・・」
「・・・・ええ」

 淵田は攻撃隊総隊長という肩書を持つため、真珠湾攻撃については聞かされていた。

「米海軍太平洋艦隊の屋台骨、です」

 攻撃目標は、戦艦「カリフォルニア」、「メリーランド」、「テネシー」、「アリゾナ」、「ウェストバージニア」、「ペンシルバニア」、「ノースカロライナ」。
 計7隻。
 それも16インチ砲搭載戦艦が3隻だ。
 同級は戦艦「長門」、「陸奥」しかないため、ここで潰しておかなければならない。

「沈められますか?」
「魚雷が10発、800kg爆弾が10発命中して、浮いていられる船はこの世にあるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「全ては無理かもしれん。だが、半数はあの世に叩き込んで見せる」
「実が作戦を立て、美津雄がそれを遂行する、か・・・・」

 嘉斗は先に続いて超低空で錦江湾に侵入した攻撃隊を見ながら呟いた。

「ふん、ならば貴様はどうする?」
「そうですね」

 パチンと指をはじく。
 すると、高度を下げ過ぎて海面に激突しそうだった1機が"不自然に"急浮上した。

「戦争を終わらせましょうか」

 目を見張った淵田が嘉斗を見ると、彼は背を向ける。

「また、会いましょう」
「――――――――――」

 淵田が放った制止の声を、上空を駆けた轟音がかき消した。




「―――山本長官も無茶を言う」

 鹿児島南方の海上に日本海軍の第一航空艦隊が遊弋していた。
 これは臨時艦隊なので、艦隊行動の訓練なども航空訓練と並行して行っている。
 その旗艦「赤城」の会議室には、艦隊司令部の幕僚たちが集まっていた。
 トップは第一航空艦隊司令長官・南雲忠一中将である。
 彼は真珠湾攻撃反対派であったのに、その指揮をとらなければならないことに嘆いていた。
 9月に軍令部が行った兵棋演習では、敵戦艦5隻、空母2隻を撃沈破する代わりに味方正規空母4隻中3隻沈没、1隻大破で機動部隊全滅という結果に終わっていたのだ。
 現在の作戦では最新鋭大型航空母艦「翔鶴」、「瑞鶴」を加え、航空機180機が追加されているとはいえ、危険な作戦には変わりない。
 下手をすれば、開戦早々、日本海軍は正規空母全てを失いかねないのだ。
 航空艦隊の長として、空母の有効性は理解している。
 この攻撃力が何の妨害もなく、水上艦艇に向いた時、戦艦はともかく巡洋艦は抗しえないだろう、と水雷屋として思っていた。

「しかし、長官、確かに太平洋艦隊は初めに撃滅する必要があります」

 南雲長官に意見したのは、源田参謀だ。

「だが、南方作戦がおろそかになるぞ?」
「第三、第四航空戦隊がいるので大丈夫でしょう」

 これらは商船改造空母だ。
 攻防力に不安が残るが、零戦ならば大丈夫。
 源田は絶対の自信を持っていた。

「攻撃第一目標は戦艦群、第二に敵飛行場及び航空部隊です」

 先任参謀・大石保が書類を見ながら言う。

「攻撃機は雷撃部隊と800kg爆弾水平爆撃部隊へと分けます。基本的に爆撃機体は飛行場を制圧します」

 魚雷攻撃と水平爆撃による戦艦群攻撃と急降下爆撃による敵航空部隊の制圧。
 これが二波予定されている奇襲攻撃の骨子だ。

「海軍工廠、潜水艦基地、重油タンクへの副次目標とし、主目標攻撃に失敗した部隊が行います」

 完全な奇襲となった場合、この副次目標は攻撃されないだろう。
 だが、第二波は強襲となることが予想されるため、この目標設定は重要だった。

「戦艦への攻撃ですが、同時に特殊潜航艇が魚雷攻撃します」
「重油タンクは攻撃目標から外してもいいのでは?」

 草鹿龍之介少将が発言した。
 重油は燃えやすいと思われているが、意外と燃えにくい。
 確実に燃やすには機数がいる。
 副次攻撃目標にしても爆弾がもったいない。
 日本海軍でも空襲に備えて燃料は地下に貯蓄されている。
 地表タンクは囮の可能性があった。

「ふむ、検討の余地がありそうですね、副次目標も」

 大石は明言を避け、さらなる検討を行うとした。

「・・・・で、どうしてここにいる?」

 大石は末席で優雅に茶を飲んでいる佐官を睨みつける。

「高松中佐! 貴様は横須賀海軍航空隊の教官ではないのか!?」

 誰も突っ込まなかったが、彼は我慢できなかったようだ。

「ええ、その肩書もありますが、大本営特務参謀として正式の辞令をもらいますよ」
「・・・・何?」
「そもそも横須賀航空隊は、兄上ができるだけ近くに、と言ったせいで行われた人事です」

 嘉斗は湯呑を置き、まっすぐに大石を見た。

「かりそめの人事、というやつですよ」

 大石は軍令部時代に嘉斗に会っている。
 その印象は皇族の名の下に「独断専行する生意気な後輩」だ。

「・・・・チッ。・・・・・・・・それで、情報士官としては何らかの情報を持ってきたんだろうな」

 嘉斗は血脈と人脈で様々な情報を得ている。
 そんな彼がここにいるのだから、太平洋艦隊に対する情報を持っているに違いない。

「ええ、もちろん」
「・・・・本当ですか?」

 草鹿は信じられないとばかりに目を見張った。
 彼は大石のように中佐としてはなかなか見られない。
 その態度は皇族に接するようだった。

(これだからたちが悪い)

 上級士官になればなるほど、嘉斗の事を皇族扱いする。
 それは彼の意見が通り、情報が集まりやすいということだ。
 ずっと参謀畑で歩いてきた大石としては面白くない。

「さて、もったいぶっても仕方ありません」

 嘉斗は持ってきたカバンから資料一式を取り出した。

「昭和16年9月現在の真珠湾です」
『『『―――っ!?』』』

 見せられた資料の重要性と機密性に、幕僚たちは思わずのけぞる。

「き、貴様というやつは・・・・ッ」
「私は全世界に友だちがいますから」

 にっこりと笑った嘉斗によって、空襲計画の細部が修正されることとなった。




「―――アジア艦隊に増強されたのは、戦艦2、重巡1、軽巡2、駆逐艦8、か・・・・」

 山本五十六連合艦隊司令官は、情報部からもたらされた情報に唸りを上げた。
 戦艦は14インチ砲の「ネバダ」、「オクラホマ」である。

「欲を言えば、空母も1隻ほど追加して欲しかったな」
「それでは手強くなりますが?」

 参謀長・宇垣纏が無表情で言う。

「各個撃破できていいじゃないか」
「恐れながら、空母も追加されれば、真珠湾作戦を諦めねばなりませんが?」
「いいや、1隻ならば、南方作戦に投入する商船空母でも十分対抗できる」

 山本は力強く頷いたが、そもそも仮定の話で意味はない。

「現状、アジア艦隊に対する手は如何するおつもりですか?」

 宇垣もそう思ったのか、話を前に進めた。

「第一航空艦隊を編成した今、手持ちの艦艇でマレー作戦およびフィリピン攻略作戦を行う必要があります」

 宇垣の視線は太平洋の海図に向く。
 そこには艦船を模した駒が置かれていた。

「残っているのは、戦艦『長門』、『陸奥』、『奥羽』、『相武』、『金剛』、『榛名』」

 宇垣が黒板を使いながら説明していく。

「航空母艦『鳳翔』、『龍驤』、『雷鷹』、『鳴鷹』」

 「鳳翔」と「龍驤」は第三航空戦隊、「雷鷹」、「鳴鷹」は第四航空戦隊だ。

「三六センチ砲の旧式戦艦とはいえ、こちらも戦艦2隻は割かなければならない」

 イギリス東洋艦隊も戦艦を派遣するという噂がある。
 そうなれば、日本海軍は少ない戦艦をさらに分けなければならない。

「戦略的奇襲のためには、第一戦隊は動かさない方がいいでしょう」

 黒島亀人大佐が発言した。
 山本の腹心であり、真珠湾攻撃の全案を練った人物だ。
 第一戦隊「長門」、「陸奥」、「奥羽」、「相武」を動かさず、第一航空艦隊の奇襲までの安全を確保しようというのだ。
 もし、第一戦隊が呉を出港し、臨戦態勢に入れば、真珠湾も臨戦態勢に入る。
 そうなれば、第一航空艦隊が返り討ちに遭う確率が高くなる。
 だが、それは第一作戦の成否に影響していた。

「・・・・黒島、第一戦隊が動かないとなれば、どのようにして南方の敵戦艦を撃沈するのだ?」

 使える戦艦「金剛」、「榛名」はアジア艦隊とは互角だろうが、それを片付けた後に極東艦隊と戦えるとは思えない。

「極東艦隊はマレー上陸部隊の補給を絶つために北上してくると考えられます」
「だろうな」
「ならば、海南島からの攻撃範囲に入るでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 宇垣は沈黙した。
 海南島に配備されるであろう陸上攻撃機部隊は強力だ。
 その攻撃力だけで、戦艦を撃退させることができるだろう。
 山本が真珠湾攻撃に踏み切ったのも、この成長した基地航空部隊の存在があったからだ。
 山本が航空本部長に就任した時から拡大した基地航空隊は、ここ一番で効果を発揮していた。

「宇垣君、君が戦艦の数で物事を計ろうとしているのは分かる。私も元砲術科だからね」

 山本は諭すように言う。

「だが、アメリカとの国力は圧倒的だ。そして、アメリカは元気な国だ」

 日本軍が激闘の末に勝利した戦争――日清・日露――では、両国とも斜陽だった。
 清は相次ぐ欧州との戦争に敗北し、ロシアは欧州側の南下政策に挫折している。
 ただし、ロシアは十分な戦力を残しており、地勢的問題があっただけだった。

「敵主力艦隊の3セットか4セットを相手にすると思いたまえ」
「・・・・それは・・・・」

 宇垣は賢い男だ。
 艦隊決戦に勝利し、修理もままならない内に次の艦隊が来ればどうしようもない。
 ならば、替えのきく航空戦力で戦う方が経済的だった。

「・・・・アメリカが航空機の力に着目すれば?」
「・・・・イタチごっこだな」
「・・・・どう考えても、早期決着しか勝ち目はないわけですか」

 宇垣の頭脳がめまぐるしく回転する。

「東条首相は、その辺りを理解しているのでしょうか?」
「さて、それはどうかな?」

 軽く応じ、山本はトランプを繰り出した。

「一勝負、しないかい?」
「・・・・賭けはしませんよ?」

 山本の誘いに宇垣はため息をつきながら応じる。

「はっは、大丈夫だ。勝った方の夕食が少し豪華になっているだけだよ」
「それは負けた方の夕食が少し貧相になるということですよね? 具体的に言えば白飯になると」

 因みに今日は金曜日。
 誰もが楽しみにする海軍カレーの日だ。
 負けるわけにはいかない。
 宇垣は鉄仮面のままそう思った。






真珠湾scene

 ハワイオアフ島真珠湾。
 ハワイ王国はかつてアメリカが西太平洋で捕鯨する船舶への燃料供給拠点とするために滅ぼされた。
 以後、アメリカにとって重要な拠点であり続けたが、太平洋艦隊の根拠地になったのは1941年のことだ。
 もっともそれ以前から基地化されていたが、あくまで停泊地であり、母港とする艦隊はいなかった。
 だが、ルーズベルト大統領は日本に対する宥和政策の結果、日本は中国で暴れていると世論に叩かれた。
 これを受け、大統領は日本に圧力を加えるため、強弁に真珠湾進出を推し進めた。
 当時の太平洋艦隊司令長官兼合衆国艦隊司令長官であったジェームズ・リチャードソンを解任してまでである。
 リチャードソン大将は真珠湾には以下のような問題があると反対していた。

 ・合衆国艦隊の主力を駐留させるには施設・防御力が貧弱。
 ・本土から2,000海里以上も離れた孤島で補給が困難。
 ・艦隊進出が日本にいらぬ刺激を与える可能性。

 防御力については第19回演習でアーネスト・キング中将が真珠湾北西から海軍工廠への奇襲空襲を成功させていたのである。
 これは日本軍による真珠湾攻撃そのものだったが、大統領は無視した。
 こうして、太平洋艦隊はハワイ真珠湾に進出したのである。



「―――日本と戦争になると思うか?」

 ハワイオアフ島真珠湾のアメリカ太平洋艦隊司令本部。

「ならねえと思っているのか?」

 最初に問いかけたのは、太平洋艦隊司令長官兼合衆国艦隊司令長官であるハズバンド・キンメル大将だ。
 今年の初めまでは少将だったが、ルーズベルト大統領のむちゃくちゃ人事で就任していた。
 その問いに問いで返したのが、航空戦闘部隊司令官兼第2空母戦隊司令官・ウィリアム・ハルゼー中将だ。
 上司と部下の関係だが、アナポリスでは同期のふたりは仲が良かった。

「ま、いざとなれば、俺と『エンタープライズ』が撃破する」

 そう言い、ハルゼーは停泊する己の空母の方を見やった。

 航空母艦「エンタープライズ」。
 ヨークタウン級航空母艦2番艦。
 アメリカ海軍の軍艦において、7代目エンタープライズだ。
 愛称は「ビックE」。
 基準排水量19,800t、満載排水量25,500t。
 全長247m、艦幅25m、全幅35m、喫水8.5m。
 最大戦速32.5kt/h。
 航続距離12,500海里/15kt/h。
 乗員2,919名。
 搭載機96機。

 日本海軍が誇る最大空母「加賀」とほぼ同じサイズを持つ空母だ。
 艦上戦闘機はF4F ワイルドキャット、艦上爆撃機SBD ドーントレス、艦上攻撃機TBD デヴァステイターだ。
 もし戦争になれば日本艦隊を苦しめると期待されていた。
 実際、空母「エンタープライズ」は太平洋戦争で幾度も被弾するのだが、不死鳥のように復活し、最後の最後まで日本軍の前に立ちはだかり続けた。

「そううまくいくものでしょうか?」

 ハルゼーの自信に満ちた言葉に疑問をぶつけたのは、第5巡洋艦戦隊司令官・レイモンド・スプループアンス少将だ。

「日本海軍は強い」

 怪訝な顔をするハルゼーに向かい、スプルーアンスは言葉を続ける。

「日清戦争、日露戦争、そのどちらも日本は格上の相手と戦い、勝利した。侮れるものではありません」
「常勝海軍、かね?」
「そう思っている若者は多いでしょう」

 彼の国は五・一五事件、二・二六事件と日本が大国と信じる若者に揺るがされている。
 今回も満州事変のような開戦謀略で開戦しかねない。
 たとえ、日本政府が戦争回避に動こうとも。

「日本が最初に攻めるのはフィリピン、マリアナ、かな」
「だと思われます。・・・・ウェーク島も同時に攻略に動くでしょう」

 ウェーク島は日本海軍の根拠地であるトラック諸島に近い。
 まず間違いなく、奪いにくる。

「海兵隊を派遣した方がいいか・・・・」

 結局は負けるだろうが、時間さえ稼いでくれれば太平洋艦隊が出港し、ウェーク島を攻撃する日本軍の横腹をつける。

「しかし、日本海軍は開戦劈頭の奇襲攻撃を得意とします」

 日清戦争の豊島沖海戦(奇襲かどうかは諸説あり)、日露戦争の旅順口攻撃・仁川沖海戦だ。

「旅順口では強大なロシア海軍に立ち向かうための敵艦隊撃滅作戦です」
「もし、日本が同じ手を打つとすれば・・・・」
「マニラか!」

 英国のシンガポールは遠い。だがしかし、海南島から一直線にマニラを目指したとすれば、アメリカアジア艦隊を壊滅できる。

「・・・・ハート大将は気づいているだろうか」

 アジア艦隊は増強されることが決まっており、日本に対する重荷を任務とする。
 だが、その重みも払いのけようと、開戦劈頭の奇襲を敢行すれば・・・・

「アジア艦隊は消え去り、上陸した日本陸軍と激戦を展開する友軍を助けるため・・・・」
「我ら太平洋艦隊は日本主力艦隊と真正面からぶつかることとなる、か」

 日本が持つ戦艦は長門型、奥羽型、金剛型の8隻。
 太平洋艦隊と互角だ。

「・・・・これは気を引き締めねばならんな」

 キンメルが背筋を伸ばすと、他の出席者も同じようにした。
 日本海軍は容易ならざる相手。
 それが太平洋艦隊幕僚の共通意見となる。
 その事実を、まさか自分たちの身で経験することになるとは、この時誰も予想しなかった。






単冠scene

「―――おや?」

 1941年11月25日、北海道択捉島単冠湾海軍基地。
 そこで嘉斗は首を傾げた。
 目の前には絶句し、微動だにしない第一航空艦隊の面々がいる。

「なぜ、このような雰囲気に? 僕は普通に挨拶したつもりですが?」
「「その普通の挨拶が問題だーっ!!!!!!」」

 首を傾げる嘉斗に、源田実と淵田美津雄が渾身のツッコミを入れた。

「何で、貴様がここにいる!?」
「ええ、ですから大本営からの出向で―――」
「ここは第一線部隊だぞ!?」

 源田は艦橋の窓から見える光景を指さす。
 そこには出港を待つ艨艟たちがどっしりと腰を落ち着けていた。

「圧巻ですね~」
「お前は根拠地に初めて来たお上りさんかぁっ!?」

 手に持っていた書類で思い切り嘉斗の頭を叩く。

「・・・・痛いですよ? それに作戦指示書をこのようなことに使ってはいけません」
「・・・・・・・・・・・・もう嫌だ、こんな同期・・・・」

 へこたれない嘉斗に、源田はさめざめと涙を流しながら壁に身を預けた。

「うん、作戦前でナーバスになっているのですね」
「いや、お前が消耗させたんやろ」

 今度は淵田が嘉斗の後頭部にチョップする。

「・・・・おかしい。何故、同期に蔑ろにされるのか・・・・」

 因みに3人のやり取りの間でも、艦橋要員は固まったままだった。

「で、ホンマになんでおるんや?」
「そうだ! 貴様は横須賀航空隊の教官とか大本営の特務参謀のはずだろう!」
「ふ、それは世を忍ぶ仮の姿という奴ですよ」

―――パコンッ

「・・・・・・・・先程も言いましたが・・・・」

 ふたり同時して頭を叩いてきたことに言及せず、嘉斗は改めて自己紹介した。

「本日付で第一航空艦隊に出向を命じられました!」

 ピシッと敬礼し、言葉を聞いた艦橋要員はもう一度石化する。
 翌日、この珍客を乗せたまま、第一航空艦隊は出撃した。









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