朝鮮自治政府と兵器量産計画
1941年1月1日、日本政府は将来の朝鮮半島独立を目指す自治政府の発足を宣言した。 これは日本が掲げる「民族自決」に起因するものであり、「五族共存」にも繋がる。 共存を掲げつつ朝鮮半島に対して植民地政策を採っていた日本は、その矛盾を指摘されていた。 このため、日本は将来的な独立を朝鮮半島に許すことで、その主張を補完する。 これで世界各国は日本を非難する武器をひとつ失うこととなった。 これは悪化するアメリカとの交渉で、不利にならないための処置でもある。 自治政府の代表には元朝鮮王族であり、日本の王公族である李垠が就任した。 また、朝ソ国境警備隊を基幹に朝鮮陸軍を発足。 海軍もソ連海軍を仮想敵に整備されることとなる。 朝鮮開発scene 「―――ようやく軌道に乗ってきたか」 李垠臨時大統領は、各地の国営施設の建設状況報告書を読んでいた。 現在は日本統治時代に建設されたものを利用しているが、一国家としての需要を満たすものではない。 詳しく言えば、製錬所や製鉄所、軍事施設である。 陸軍は国境警備隊時代の戦力と日本陸軍から抜けてきた朝鮮人がいた。 兵力は国境警備隊が、指揮官は旧日本陸軍から。 これが一定の戦力として、国防を担っている。 また、志願兵を中心に兵力増強が図られていた。 急務なのは、飛行場と航空機工場だった。 ソ連を仮想敵としている朝鮮は、航空戦力において著しく劣っている。 元々、防空は日本陸軍が担っていたのだ。 「九七式戦闘機製造工場、九七式重爆撃機製造工場・・・・」 朝鮮空軍は日本陸軍の航空機を採用し、ライセンス生産することに決まっていた。 朝鮮製航空機の一部は、満州にも出荷される。 「大統領、海軍を忘れて貰っては困りますな」 海軍大臣は、持っていた書類を机に置いた。 「釜山に海軍用の軍港を作るべきです」 「分かっている」 釜山には日本海軍が展開している。 大型ドックも日本軍艦が占拠していた。 今のところ、朝鮮海軍は海防艦、水雷艇を配備し、潜水艦を建造中である。 全てはウラジオストクを封鎖するためである。 だが、戦力的に不十分であるため、空から制圧しようと考えていた。 (結局、独立しても日本のために製造業を発展させるだろう) 戦車や飛行機、軍艦を作るために、朝鮮の資源を投入する。そして、その戦力は日本のために消費されるだろう。 「とにかく、我々は朝鮮独立のために、働かなければなりません」 朝鮮自治国化に朝鮮国民は諸手を挙げて賛成した。 確かに長い目で見れば、日本は破綻寸前だった李氏朝鮮の代わりに朝鮮を近代化させている。 そうでなければ、自治国になったからと言って、兵器を生産できるほどの国力を蓄えられなかっただろう。 それでも、朝鮮人は日本人に対して負い目があった。 日本は対等であろうと手を差し伸べてくれたが、それを素直に信じられるほど自分たちはお人好しではないのだ。 『日本が戦うのは日本のためだけだ』 日清戦争で李氏朝鮮は清から独立した。 だが、それは朝鮮半島という立地条件からだ。 日本は国防上、清の影響力を半島から駆逐したかった。 続く日露戦争も同じ。 ロシアの手から朝鮮を守り、日本本国を守るため。 言わば、日本にとって、朝鮮半島は本土防衛の防波堤なのだ。 『日本は本土を守るため、朝鮮半島で戦争する』 誰もがそう考えていた。 『そして、日本の一部である限り、その状況は変わらない』 そう考えたものたちが、反日抗争を繰り広げていたのだ。 (それこそ、意味のない) 世界とは中国と、朝鮮、日本だけではないのだ。 「大統領、本日も寄付金がたくさん集まりましたよ」 「それはいいことだ」 朝鮮自治政府は、自国民に対して公共工事などの予算金に対して、寄付を募っていた。 これに名家や豪商など反応し、莫大な資金が集まっている。 彼らは自治政府が本当の独立政府になる時に行われる選挙に出馬予定だった。 つまり、今からどれだけ朝鮮に貢献したのか、アピールしたいのである。 「まずは道路」 すでに日本の開発結果として、主要幹線道路は完成していた。 確かに国作りにおいて、主要都市の充実が第一と考えられる。しかし、長い目で見た時、各地を繋ぐ道路というものは確実な財産となる。 大都市への人口集中を抑えられ、土地という資源を有効活用できる。 「鉄道網の充実と主要幹線の配備」 公共工事とは民間の発展を支える資源を作ること、そして、国民を守る力を作ることだ。 「閣下、日本軍半島方面軍司令長官がお越しです」 「・・・・会おう」 半島方面軍(旧朝鮮軍)の削減の話だろう。 日本陸軍は中国介入以来、約15万の軍隊を駐留させていた。しかし、満州軍の整備が進むにつれ、これも減少傾向にあった。 朝ソ国境も日ソ交渉が進むにつれて警戒が弱まっている。 日本政府は朝鮮自治国に国防を任せ、大規模に方面軍を削減する方針だった。 具体的に兵数を削減し、浮いた予算で戦車や航空機を増産するつもりなのだろう。 日本陸軍中央は、南進論に傾いているのだから。 「久しいですね、司令官殿」 「いやいや、大統領閣下も壮健なようで」 大統領自身、元日本陸軍の将校である。 司令官とは面識があった。 「さて、本題ですが・・・・」 司令官は襟を正した。 「半島方面軍を朝鮮教導軍と改称し、3万まで兵力を削減します」 「3万・・・・」 朝鮮陸軍は正規5個師団+α。 約10万だ。 それも訓練中であり、実戦部隊はその2割と言ったところである。 「あと、こちらの施設を建設していただきたい」 「・・・・これは!?」 手渡された書類のタイトルは「戦車増産計画」。 「九七式改中戦車・・・・」 ノモンハン事件の戦訓を取り入れた、改良戦車の増産計画だ。 「この工場を、朝鮮に?」 正直、九七式改中戦車は、一式中戦車の量産が軌道に乗るまでの補完に過ぎない。 だがしかし、九七式戦車シリーズの集大成である一式中戦車と九七式改中戦車の運用目的は少し違う。 一式中戦車は九七式改中戦車よりも一回り大きい車体に、五七ミリ長砲身戦車砲を搭載する。 正面装甲が特に分厚く、速度がやや落ちていた。 歩兵随伴を目的とした諸元だ。 対して、九七式改中戦車は装甲と速度のバランスを取った、機動型である。 これは対戦車戦を意識した諸元だ。 日本陸軍中央は、南方戦線に九七式改中戦車を、大陸戦線に一式中戦車を配備するつもりなのだ。 (満州国にある工場では、数が足りずに、朝鮮でも作る、か・・・・) 「もちろん、この工場で製造した戦車は朝鮮軍にも配備しても構わない」 大陸で戦争が起きれば、満朝軍も参加する。 その時に歩兵では満足な戦力にならない。 日本が求めているのは自分に従う弱卒ではなく、自分と肩を並べて戦う強兵なのだ。 「日本は大陸を満州と朝鮮に任せ、海の向こうと戦うつもりか?」 李垠は核心を質問した。 「・・・・海軍は、覚悟を決めつつありますね」 そう濁し、司令官はもうひとつの書類を手渡す。 「現在、釜山の造船所で"建造中"の軍艦です」 「建造中?」 伊勢型戦艦を解体中だったはずだ。 確か一時休止し、少し前に再開していたはずである。 「こ、これは・・・・ッ!?」 チラッと書類に目を通した李は絶句した。 「こんなものがあちらさんの秘密兵器、というやつでしょう」 伊勢型戦艦空母換装計画。 進捗率75%。 予想就役時期、1942年10月。 「・・・・ということは、旅順でも?」 「の、ようです」 伊勢型戦艦の解体は、軍縮会議で決まったことだ。 これは条約違反と言われてもおかしくない。 (いや、違う・・・・) 解体工事は行われ、戦力無効化が確認された後に旅順、釜山に廻航された。 その後、工事は続けられたが、大陸状況の悪化などで作業中断。 1年前に工事が再開された。 この再開された時期には、すでに軍縮条約は失効していた。 (条約が失効すると確信していたとしか思えない・・・・) 日本は2度の軍縮会議で、列強を欺いて見せたのだ。 (そう、これが日本だ・・・・) 李は隣国の恐ろしさを垣間見た気がした。 「釜山造船所はこの空母竣工後、新たに空母を建造する」 それは朝鮮に返還しないことを意味した。 「同時に朝鮮が建造中の駆逐艦ドックにこの駆逐艦を建造して貰いたい」 「・・・・海軍大臣を呼んでも?」 「よろしい」 李は陸軍出身だ。 駆逐艦の諸元を見ても分からない。 幸い、海軍大臣は少し前までここにいた。 まだ、遠くには行っていないだろう。 「旅順や釜山の軍港整備は、後に誕生する政権への贈り物でなかったのだな」 日本は第二次世界大戦の勃発を予想していた。 このため、自国の衛星国を増やし、軍縮条約下でも一定の戦力を保有できるようにしたかったのだろう。 だが、思ったよりも軍縮時代が短く、衛星国の整備が間に合わなかった。 それでも、すでに造船所は完成していたのだ。 「失礼します」 「これについて、説明せよ」 入ってきた海軍大臣に駆逐艦の情報を渡す。 彼も元日本海軍の軍人であり、海軍省に出入りしていた経験を持つ。 「・・・・これは、陽炎型? いえ、少々違う・・・・」 「夕雲型、と呼んでいました」 「新型? いえ、改陽炎型ですか・・・・」 基準排水量2,077t(公試2,520t)。 最大速度35kt/h(航続距離18kt/hで5,000海里)。 12.7cm連装砲3基、61cm四連装魚雷発射管2基。 "連装25mm機銃8基、連装40mm機銃4基"。 "爆雷80"。 「驚きました。バランスの取れた、"駆逐艦"ですね」 海軍大臣は「駆逐艦」を強調した。 日本海軍の駆逐艦は対主力艦戦闘に特化した仕様であり、対空戦闘や対潜戦闘に疎い。 言わば、小型巡洋艦とでも言うべき艦種だった。 「一定の火力を維持したまま、対空機銃や爆雷の装備を増やした」 「結果的に、強力な駆逐艦が誕生した、か?」 「ええ。さらにこれは量産を念頭に設計されている」 「ほう? ―――司令官殿、これを朝鮮で建造すると?」 「ああ、日本や旅順、高雄などで大増産する。旧式駆逐艦との入れ替えでな」 「・・・・この建造の見返りは、旧式駆逐艦の譲渡、か・・・・」 ソ連極東艦隊を仮想敵とするならば、日本海軍の駆逐艦は心強い。 ソ連海軍の駆逐艦など、ものともしないだろう。 事実、海軍大臣が眸を輝かせている。 中小国からすれば、小型艦でも大型艦と戦えるものは欲しいのだ。 「それで、司令官殿の目的は、これを渡すためだったのですか?」 「・・・・ええ」 朝鮮には各国の諜報員が集っていると考えられていた。 日本陸軍の憲兵隊を中心に取り締まりをしているが、おそらくはほとんど効果を発揮していない。 このため、秘密を守るために造船所の警備を強化しなければならない。 だが、強化すれば逆に怪しい。 だからこそ、少しだけ情報を流すのだ。 朝鮮海軍増強のために駆逐艦を建造する。 だから、その警備のために人員を増やす。 大型ドックと駆逐艦ドックは近いため、その言い訳が通る。 また、朝鮮海軍が如何に駆逐艦を増産しようと、各国には関係ない。 (悔しいことにな) よって、日本海軍は、大型ドックの警備を強化でき、新型駆逐艦も怪しまれずに量産できるのだ。 「日本海軍には情報のブレーンがいるのだな」 「・・・・きっと、堀悌吉ですね」 「・・・・? 退役しなかったか?」 堀悌吉のことは、元退役軍人として知っている。 いろいろな機関に出入りしており、王公族として会ったこともあった。 「正確に言えば、堀悌吉は高松宮殿下のブレーンです」 「・・・・ああ、高松宮か・・・・」 思えば彼は皇族が持つ人脈と武隼久賢の弟子という人脈を駆使し、国家方針決定に関わっている。 大きな決定ではないが、まるで潮流を操るかのように、方々に影響を与えていた。 大演習scene 「・・・・ッ!?」 ゾクリッと嘉斗の背筋を悪寒が突き抜けた。 「砲術長?」 「・・・・い、いえ、ちょっと悪寒が。まるでおじさんから熱視線を浴びたような気持ちです」 時々おかしい言い回しをする嘉斗に、砲術科の兵士は特に気にせず頷く。 「こんなとこでも、それは寒気がしますね」 辺りは紺碧が広がっており、空は蒼穹だ。 「しかし、ここは暑いですね・・・・」 「内南洋ですから」 内南洋エニウェトク環礁。 ここに嘉斗が砲術長を務める戦艦「比叡」を始め、連合艦隊が集結していた。 トラック環礁、クェゼリン環礁に続く拠点として、日本海軍が整備した環礁だ。 日本海軍は、マーシャル諸島に飛行場と艦隊根拠地を多数建設している。 また、主要な環礁には地上戦用の地下基地を建設中だった。 「一大海空戦演習、か・・・・」 今回の大演習では、日本海軍の主力艦隊と基地航空隊、潜水艦隊が参加している。 それぞれが大部隊かつ精鋭だった。 「『赤城』・・・・」 嘉斗は周囲に展開する艦隊から、旗艦を探す。 航空母艦「赤城」、「加賀」、「蒼龍」、「飛龍」。 高速戦艦「霧島」、「比叡」。 重巡洋艦「利根」、「筑摩」。 軽巡洋艦「阿武隈」。 駆逐艦12隻。 計21隻。 編成された第一航空艦隊である。 (トラック島には、日本の主力がいますね・・・・) 戦艦「長門」、「陸奥」、「奥羽」、「相武」。 高速戦艦「金剛」、「榛名」。 航空母艦「鳳翔」、「龍驤」。 重巡洋艦「高雄」、「愛宕」、「摩耶」、「鳥海」。 軽巡洋艦「川内」。 駆逐艦16隻。 別働隊として、 重巡洋艦「妙高」、「那智」、「足柄」、「羽黒」。 軽巡洋艦「鬼怒」。 駆逐艦8隻。 計42隻。 (ウェーク島は大騒ぎでしょうね) 戦艦8、空母6、重巡10、軽巡3、駆逐艦36。 計63隻。 これだけの戦力が集まっているのだ。 他に潜水艦18隻もおり、アメリカに対する最大の示威行為だ。 「砲術長、やっぱり戦争になるんですかね?」 兵卒の質問に、嘉斗は即答を避ける。 本国では連日新聞が騒いでいた。 曰く、「日独伊ソ四国同盟を締結し、米英仏と戦端を開け」。 曰く、「アジアの新秩序を築け」。 などなど。 「もし、なればどうします?」 「戦います」 兵卒は即答した。 少し驚き、嘉斗は彼を見る。 「我々の後ろには、戦う力のない国民がいます。彼らを守るために、戦います」 まさに一兵卒の想いだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 将校は国を守るために戦う。 だが、兵は国民を守るために戦う。 (ならば、その想いが最大限発揮できるようにするのが、僕の仕事ですか) 嘉斗が武隼久賢と約束した仕事。 (アメリカとの戦争に備えよ、か・・・・) 航空機のエンジン音が聞こえてきた。 空を見上げれば、百数十機の航空機が飛んでいる。 それらは次々と空母に降り立っていく。 クェゼリンの飛行場にいた艦載機が、母艦に帰っているのだ。 嘉斗が参加する艦隊は、これから戦艦を主力とするトラック艦隊に殴り込みをかける。 そんな実戦さながらの大演習が行われる。 日本軍は対米戦へ向け、着々と現場レベルで進んでいた。 |