二・二六事件 -1


 

 二・二六事件。
 1936年当時、大日本帝国陸軍は満州事変以後に陸軍を牛耳る真崎甚三郎率いる皇道派とそれに反対する統制派に分かれていた。
 真崎甚三郎を派閥中から見張る武隼派の頭目である武隼時賢が1934~1935年までドイツに出張していた時、事態は大きく動く。
 真崎教育総監の更迭と永田鉄山殺害(相沢事件)である。
 これにより、両派の対立は武力行使も辞さない構えとなり、皇道派内でも慎重派の軍高官と改革派の青年将校に分かれた。
 クーデター未遂事件として有名な二・二六事件は、その皇道派改革派の青年将校が起こした事件である。
 その理念は天皇を唆す元老重臣を暗殺し、政財界を正常に戻す、というものだった。
 ターゲットは岡田啓介(内閣総理大臣)、鈴木貫太郎(侍従長)、斎藤實(内大臣)、高橋是清(大蔵大臣)、渡辺錠太郎(陸軍教育総監)、牧野伸顕(前内大臣)である。
 しかし、直前で、高松嘉斗海軍少佐が付け加えられた。
 皇道派から離れていた武隼派に影響を与え、陸軍の統制を乱す存在とされたのだ。
 海軍情報局も青年将校の動向に目を光らせていたが、決起まで嘉斗がターゲットであることに気がつかなかった。

「―――全軍、状況を開始せよ!」
 1936年2月26日未明、磯部浅一一等主計の号令一下、近衛歩兵第3連隊、歩兵第1連隊、歩兵第3連隊、野戦重砲兵第7連隊らの部隊が、雪の降る東京を席巻した。






襲撃scene

「―――もし」

 1936年2月26日、午前5時12分。
 東京市高輪に位置する高松宮邸で、就寝中の嘉斗夫妻は声をかけられた。

「・・・・なんですか?」
「ん~・・・・」

 亀は横でぐずっているが、軍人で朝が早い嘉斗はパッチリと覚醒する。
 目の前では短刀を握った新米の女中と、その喉元に大鎌の刃を押しつけた八尾富奈がいた。

「・・・・どういう状況ですか?」

 問いかけながら亀を抱き寄せて、とりあえず短刀の切っ先から逃げる。

「見ての通り、暗殺されそうになってたで」

 「もし」は嘉斗にではなく、女中に向けられたようだった。
 それに嘉斗が起きてしまっただけようだ。

「暗殺される身に覚えはありますが、あなたにはありませんよ?」

 顔面蒼白で震えている女中の顔を覗き込む。

「あ、ああ・・・・ぁ・・・・」

 ポトリと短刀を取り落とし、放心する女中。
 その短刀を嘉斗は静かに回収した。

「ほい」

 トンと首筋を叩き、女中を気絶させる。
 富奈はくたりと力が抜けた女中を抱えて横に寝かせた。

「錯乱しそうだったから、とりあえず」
「ええ、助かりました」

 嘉斗は富奈に礼を言い、未だ寝ている亀の頭を優しく叩く。

「はぁ・・・・とりあえず、宮内省に連絡を」
「海軍やないの?」
「こういう時は、組織の小さい宮内省の方が早く動くでしょう」

 富奈は亀にもそうだが、嘉斗にも敬語は使わない。
 使ってもボロが出る平民だから、使わない方がいい、という彼女の発言は、いい感じに後ろ向きに前向きだった。

「ん?」

 急いでいるが、静かに歩く足音がする。
 それに気がついた富奈は再び得物を拾い上げた。
 彼女の武器――大鎌は屋内では不利だが、その奇怪さで襲撃者は怯む。
 その隙に彼女の体術で昏倒させればいい。
 そう思い、嘉斗自身、枕元の拳銃には手を伸ばさなかった。

「―――殿下、一大事です」

 障子の外から男が声をかける。
 どうやら、襲撃者ではないようだ。
 彼は高松宮邸を警護する皇宮警察のトップを務める高山空也巡査長だ。

「こっちもビックリするくらいの出来事が起きたばかりですが、何ですか?」
「?」

 嘉斗の返答に引っかかりを覚えたのか、一度首を傾げる。しかし、すぐに気を取り直し、ゆっくりと『一大事』を伝えた。

「首相、斎藤内相、高橋大蔵相など邸宅が襲撃されました」
「・・・・将校の暴走ですか?」

 五・一五事件のようなものが起きたのか、と問うた。

「いえ、兵が動かされています。クーデターです」
「何!?」
「ふぁ!?」

 嘉斗の大声に、亀が飛び起きる。

「何? 何かあらんと!?」
「落ち着いてください、亀」

 どこの言葉か分からない言葉で驚いた亀を宥め、嘉斗は立ち上がた。
 とにかく逃げなければならない。
 嘉斗が暗殺されかけたのと無関係ではないだろう。

「兵が動いているとすると・・・・海軍省も危険ですか」

 陸軍と海軍が協力していないとは限らない。
 五・一五事件はあくまで将校単独の暴走だ。
 しかし、今回は兵が動いている。
 将校が政治目的に、天皇から預かった兵権を使っているのだ。
 同じように見えても意味が違い、そして、数が違った。

(少なくて数百、多ければ千単位の兵力が動いている・・・・)

 そんな兵力が個人の抹殺に動けば、護衛の警察官では守り切れない。
 バタバタと誰かが走ってきて、高山に耳打ちした。

「殿下、情報が少し入りました。どうやら警視庁も襲撃を受けた様子」

 彼は警察官だが、こういう時に情報をくれる友人をたくさん抱えている。
 それが今、役に立っているのだ。

「どこ行く?」

 富奈が言外に脱出することを進言した。

「横須賀へ。横須賀鎮守府に行きましょう」

 現在の横須賀鎮守府長官は米内光政、参謀長は井上成美だ。
 間違ってもクーデターに協力する人間ではない。

「すぐに支度してください」

 嘉斗は半目で話を聞いていた亀を立たせた。

「ちょっと・・・・待って・・・・」

 未だ寝起きでふらふらしていた亀は傍に置かれていた顔面ごと冷たい水瓶に突っ込み、覚醒する。

「よひ! 逃げる!」
「勇ましいのに言っていることはかっこわるい」
「うるっさい!」

 富奈の言葉に反応を返すが、どう逃げるかは専門家である彼らに任せるしかない。

「高山さん、さっき新人の女中が殿下を殺そうとしてたんやけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 亀が大急ぎで着替える中、高山が黙考した。

「なるほど」

 嘉斗の着替えも完了した頃、高山が発言する。

「彼女の裏には陸軍皇道派がいます」
「それは何故?」

 嘉斗の問いに、障子の向こうで高山が頷いた。

「警視庁や憲兵隊の上層部では、皇道派の若い連中に何かしでかす気配があると気がついていました」

 何故、彼がそんなことを知っているのかは謎だが、情報が確かなら道筋が見えてくる。

「なるほど。彼らには僕を暗殺する動機があります」

 最近の軍政・外交を動かしたのは嘉斗の手腕だ。
 伏見宮に対抗する形で海軍省を動かしたのだ。
 この動きは少なからず陸軍にも影響しており、また、これらは閣僚をも超える越権行為と言える。
 統帥権侵犯などと理由に、裁かれても文句は言えない。
 だが、嘉斗は直宮だ。
 だから、襲撃ではなく、暗殺を選んだのだろう。

「きっと、この女性が暗殺成功を合図で伝える手はずだったのでしょう」
「ということは、暗殺失敗は後数分で分かるでしょうね」

 嘉斗と高山が頷き合った時、別の警察官が駆け込んできた。

「門前に1個分隊。分隊長は近衛第三連隊所属を名乗っており、殿下を保護すると言っています!」
「・・・・早すぎます。まさか近衛が加わっているとは思いたくありませんが」
「・・・・では、お引き取りいただくように伝えてきます」

 若い警官は緊張に顔を引きつらせながら戻っていった。

『すでに海軍特別陸戦隊が来る手はずになっています。警護はありがたいですが、お引き取りを―――』

 頭を働かしたのか、海軍の名前を使っている。
 確かに海軍将校でもある嘉斗が頼りにするのは海軍だろう。だがしかし、嘉斗は皇族でもあったのだ。
 皇族を守るのが近衛である。

『ええい、君側の奸がここにもか!』

―――バンバンッ

「「「「―――っ!?」」」」」

 銃声に4人は体をビクつかせた。

「容赦ないわね!」

 富奈はそう言い、もう一度武器を握りしめる。

「敵は軍人。ただの一般人による襲撃ではありません」
「だから!?」
「僕も出ます!」

 嘉斗は己の【力】を呼び起こす。

「応戦して突破! 行くで!」

 ブンッと大鎌を振り、飴細工のように壁を切り取った富奈は、その向こうで口をポカンと開けていた陸軍軍人に宣言した。

「銃が最強の武器やと思わんことやな!」

 再び振るわれた大鎌には【力】が上乗せされており、慌てて小銃を構えた軍人たちをなぎ倒す。

「命を狙われたら仕方ありません。この程度であれば四王国の盟約にも抵触しないでしょう」

 多くの兵力が投入されているのか、沈黙した7人の後からまだまだやってきた。

「残念ですが、まだ死ぬわけにはいかないんですよ!」

 嘉斗の手に生じた炎を、信じられない目で見た軍人たちに、その炎を投げつける。
 早朝の高輪に爆音が轟いた。




「―――戦力は圧倒的ですか・・・・」

 嘉斗は物陰に隠れ、息を整えていた。
 途中まではよかった。
 富奈が敵戦力を削ってくれたおかげで逃亡できたのだが、やはり相手は世界最強とも謳われる日本陸軍歩兵。
 体力が違う。
 重い小銃を持って、自分たちより早く走る兵に早々追いつかれた。

「追いつかれても蹴散らせるんやけど・・・・」

 自分たちの中で一番体力があり、一番重い武器を持っている富奈はケロリとしている。

「でも、完全に悪者になったなー」

 治安部隊の象徴である軍人とそれを蹴散らす怪しい大鎌女。
 目撃した市民はどう考えても富奈を悪者と断じた。
 今では自警団が出動して、軍と協力体制にある。

「僕も制服を着ていればよかったですね」

 同じく拳銃を構える高山は周囲に目を配りながら言う。

「警官が混じっていれば、民衆が敵に回ることもなかったでしょう」
「それは・・・・どうやろ・・・・」

 一番体力のない亀は嘉斗の腕の中でグッタリしていた。

「警官の制服を着た誘拐犯と思われてもおかしくない」
「・・・・そですか・・・・」

 皇宮警察としてのプライドをポッキリ折られた高山が項垂れる。

「さてさて・・・・どうしましょ」

 こちらは疲労困憊の混成部隊。
 頼れるのは足のみ。
 対する敵は日本最高峰の近衛歩兵。
 民衆を味方につけた情報収集力と車両も持つ。

「単純に言えば、車両を奪ってしまった方がいいです」
「となると、殿下たちには隠れてもらって、囮で兵を連れ出し、手薄な車を奪う、ってことやな?」
「ええ・・・・問題は、囮の方とはぐれてしまうことですが・・・・」

 富奈と高山が善後策を練っている。

「ふぅ・・・・ふぅ・・・・」

 それを聞きつつ、亀は額に浮いた汗を拭った。
 彼女とて同年代の女性よりは体力がある。だが、やはり軍人教育を受けた人間とは比べられない。
 現役軍人である嘉斗、侍従武官である富奈、徴兵経験を持つ高山。
 彼らと比べるとなんと己の貧弱なことか。

(考えないと・・・・)

 亀にできるのは考えることだ。
 海に出る嘉斗の代わりに築いた人脈とその利用法。

「見え、た・・・・」
「ん? 何かありましたか?」

 嘉斗は優しく抱き寄せ、その口元に耳を近づける。

「武隼・・・・」
「「「―――っ!?」」」

 武隼家。
 陸軍における薩摩閥の巨頭だったが、満州事変の責任を取り、武隼尚賢が自害して失墜。
 薩摩閥――上原勇作元帥が受け継いだため、上原閥とも――は瓦解。
 それでも機甲科のホープ・武隼時賢陸軍中佐を中心に若手が集まっている。

「なるほど、その手がありましたか・・・・」

 だが、今回は武隼時賢を頼るものではない。
 確かに彼は今、戦車開発の最前線に立ち、後の九七式中戦車の開発を行っている。
 だが、実戦部隊を持たない時賢が増えたとしても、今の状況は変わらない。

「確か時賢の妻は亀と富奈さんの同級生でしたね」
「ん」

 武隼穂衣(ホイ)。
 旧姓、島津。
 曾祖父は佐土原藩最後の藩主・忠寛、祖父は西南戦争で薩摩軍として戦って戦死した啓次郎。
 啓次郎は21歳で戦死したが、武隼久賢が子息(後の明次郎)を救出。
 明次郎は陸軍将校としてお家再興の道を歩んだが、欧州大戦にて戦死した。
 その娘であった穂衣は本家には帰らずに武隼家に身を寄せる。
 そして、紆余曲折があり、15も離れた時賢に嫁入りした。

「穂衣さんなら、確実に動いてんなー」

 変わり者だが世話好きで自分たちのように孤立はしなかった穂衣。
 彼女の特徴は、富奈ですら認める射撃能力にある。

「『島津の真髄は、鉄砲!』とか叫んでたし・・・・」
「まあ、穂衣さんの個人戦闘力はさておき」

 実質、侍従武官に誘われたほどの腕前だが、「家を守る」と断り、専業主婦を貫いている。
 実力、家柄共に侍従武官隊長級なのだが。

「むしろ、武隼家私設部隊は大きな戦力です」

 穂衣は父と同じく欧州大戦で戦死した軍人の遺児を引き取ったことがある。
 負い目があった武隼尚賢も黙認し、遺児たちは穂衣を中心に固い絆で結ばれていた。
 陸海軍の軍人になり、時賢や嘉斗の側近になっている者までいる。しかし、女は軍人にはなれない。
 このため、武隼家に入って穂衣と同じく武芸の道に進んだ娘も多いのだ。

「確か憲兵隊が警戒対象に設定していました」
「穂衣・・・・」

 高山の言葉に、富奈が額に手を当てた。

「とにかく、連絡が取れれば・・・・って、そうはいかないようですね!」

 角を覗いた高山が慌てて顔を引っ込める。
 バタンバタンと自動車の扉を閉じる音がした。そして、軍靴の音が聞こえてくる。

「チッ、屋上やね!」

 上を見た富奈が建物の上から見下ろす兵に気がついた。

「このままでは武隼邸に行くまでに捕まりますね」

 武隼邸は島津公爵邸のすぐ近くだ。
 ここからでは遠い。

「でも、ええように車があんで!」
「ちょ―――八尾さん!?」

 富奈が駆け寄ってくる兵に対して敢えて突撃した。
 それに驚いた高山が慌てて手を伸ばすが間に合わない。

「さあ、また昏倒・・・・って、え?」

 大鎌を振りかぶり、小銃を向けて威嚇する兵に叩きつけようとした富奈が固まった。
 歩兵は確かに駆け寄っていたが、その奥に3人1組の機関銃がある。
 その銃口は富奈に向けられており、銃手の人差し指が握り込まれた。

―――バババッ

 十一年式軽機関銃は最大30発の6.6mm弾が撃てる。
 白兵戦能力では敵わないと見た反乱軍はさらなる火力の補充を成し遂げたのだ。
 如何に富奈が強くとも不意に発射された弾丸をどうしようもない。
 弾丸は次々に邪魔な富奈を駆逐せんと迫り―――

「・・・・ッ!?」

 横合いから抱きつかれ、弾丸が富奈に突き刺さることはなかった。

「ぐ、ぅ・・・・ッ、無事か!?」

 横っ飛びでどうにか富奈を押し倒した高山が怒声の如き声色で状態を問う。

「う、うん・・・・」

 どうにかそう返事するだけで、富奈は高山の顔を見上げるしかできない。

「くっそ」

 高山は富奈を押し倒したまま、拳銃を兵に向けた。
 同時に嘉斗も物陰から兵に銃を向ける。
 だが、多勢に無勢。
 彼らを蹴散らせるだけの力を持つ富奈は、高山に助けられた時に大鎌を大きく手放していた。

「ぐ・・・・ッ」
「え、高山さん?」

 視界の端にある雪が赤く染まっていく。

「掠り傷だ。・・・・とは言えませんね」

 高山は数カ所の弾痕を負っていた。
 特に右足は大腿部を弾丸が貫通している。

「ここは『俺に構うな、先に行け』という場面ですね」

 ゴロリと一転し、富奈の上から退ける高山。
 その銃口は立ち止まった兵たちのひとりを狙っていた。
 兵たちは小銃を向けながら、様子見している。

「僕が撃たないと思っているようですね」

 兵たちの沈黙は、高山たちが投降するのを待っている沈黙だ。
 彼らは近衛だ。
 できうる限り、皇族に被害が及ばぬようにしたい。
 故に直接戦闘は避ける。
 機関銃掃射はあまりにも邪魔な富奈を除去するためだけのものだろう。

「甘い、甘いです!」

 高山の指が動く。
 高山の職務は高松宮家の護衛だ。
 自分がここで脱落しても彼らが逃げ切れば勝利なのだ。
 そして、ここで自分が引き金を引けば、彼らの注意は自分に向く。
 となれば、あの関西弁の侍従武官がきっと逃がしてくれるだろう。

「う、動くな! 動くと撃つぞ!」

 高山の決死の視線を受けた兵が動揺した。しかし、それはすぐに目の前の男も富奈と同じく『敵』と認識した視線となる。
 つまり、殺す覚悟をしたのだ。

(遅いですよ)

 すでに富奈が動き出した気配がしている。
 武器を失ってはいるが、彼女ならば大丈夫。

「半数は減らして見せますよ!」

 速射には自信がある。
 兵は6名。
 ズタズタになる前に3人くらいは―――

「―――つまらんもん見せうな、や!」
「「「「「「おごっ」」」」」」

 横合いから飛んできた大鎌がまとめて兵を吹き飛ばした。
 兵を建物の壁に大きく叩きつけた大鎌はくるくると回転し、とりあえず嘉斗たちを物陰に押し込めていた富奈の目の前に突き刺さる。

「お、お前!」

 機関銃が新手に向き直った。
 新手は袴姿の女性だ。しかも、背中に赤ん坊を背負っていた。

「後、使ってよか代物とかあうやろ!」

 そんな形で右足を使って転がっていた大鎌を蹴った新手は、その勢いのまま左足を軸にして回転する。そして、機関銃に向き直った瞬間、手に持っていた拳銃を発砲した。

「ぐわっ」
「それ、もう使えん」

 機関銃の銃口にスッポリと拳銃弾が入っている。
 確かにこれでは暴発以外の道はない。

「それに、後ろ気をつくうや」
「「「へ?」」」

 呆然としていた兵が後ろを振り返ると共に地面に叩きつけられた。
 いつの間に背後に回っていた他の女性たちが持つ棒術訓練用の棒で強かに叩かれたのだ。

「ふぅ・・・・富奈、少し鈍ったのではないかしら?」

 雪をブーツでかき分け、長い髪をかき上げながら歩いてきた女性が富奈を睥睨する。
 対する富奈は、そんな視線を歯牙にもかけずに高山に駆け寄った。

「ちょ・・・・」
「訛ったのは、あんたの口調」
「うぐっ。あなたに言われたくはないわね」

 代わりに対応したのは亀だ。
 薩摩訛が消えたきれいな標準語で話されても、先程の言葉が頭に染みついている。

「久しぶり、穂衣」
「相変わらずね、亀」

 武隼穂衣と高松亀が視線を交差させる中、穂衣が連れてきた女性陣は兵をふん縛り、高山の治療を始めた。

「実家の確執は、とりあえず置いておきませんか?」

 穂衣の実家は島津家。
 亀の実家は有栖川だが、遡れば会津松平家。
 戊辰戦争で敵対し、激戦を繰り広げた家だ。

「とりあえず、逃げましょう」

 嘉斗の視線の向こうで、新手としてやってきた自動車が、富奈の一撃を食らって雪山に突っ込んだ。




 1936年2月26日午前8時12分。
 磯部浅一は甚大な損害を受けた高松嘉斗の暗殺作戦の中断を決断。
 陸軍上層部との交渉を優先させ、各部隊に待機を命じた。
 これによりクーデターの武力行使は一段落し、舞台は陸軍省と宮城へ移り変わる。
 それでも情報は迷走した。









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