造船の町・呉


 

 広島県呉市。
 40万人が住む一大都市だ。
 古くは村上水軍の一派が根拠地としており、明治以降は大日本帝国海軍鎮守府が置かれている。
 天然の良港には造船メーカーがドックを建造し、島嶼部にも小さな造船所が建造されていた。
 特に加藤友三郎首相が始めた公共事業の影響で、多くの施設が増強されている。
 ロンドン海軍軍縮会議で決まった戦艦「扶桑」の解体も行われていた。
 1933年には、各国の海軍調査団が「扶桑」を見学し、戦力無効を承認している。
 このため、塩竃造船所に用意されていたドックにて代替艦である戦艦「奥羽」の建造が始まっていた。





高松嘉斗side

「―――ただいま帰りました」

 1934年6月1日、高松嘉斗は呉市にある俊山荘に帰宅した。

「おかえり」

 迎えてくれるのは、4年前に妻となった高松亀――旧姓、有栖川――だ。

「遅かったね」
「はい、ちょっと」

 あまり感情の変化を表に出す嘉斗ではないが、今ははっきりと沈んでいた。

「・・・・東郷平八郎元帥が・・・・逝かれました」

 自室に移り、お茶を一口含んだ嘉斗が口にする。

「・・・・・・・・・・・・あの"軍神"も逝くの・・・・」

 亀が湯呑を持ったまま中空を眺めた。そして、喪に伏すように目を閉じる。
 東郷平八郎は、ワシントン海軍軍縮以来、嘉斗の味方であり続けた。
 今の海軍は、戦艦建造を重視する伏見宮一派を中心とする艦隊派と軍縮して空母主体の艦隊を目指す条約派が生まれている。
 現在、艦隊派は軍令部を、条約派は海軍大臣を務めているが、その衝突は日増しに激化していた。

「これで海軍のトップは伏見宮になってしまいましたね」

 女中が準備した料理を、亀が嘉斗の前に置く。そして、自分もその対面にお膳を置いた。
 一緒に食べるのが、高松流だ。

「もう誰も逆らえませんよ」

 嘉斗は、皇族はあくまでもアドバイザーで、組織のトップになるべきではないと考えていた。
 このため、対面人事で参謀本部、軍令部双方のトップに皇族が君臨している姿はよくないと思っている。
 実力が伴わない人事は、組織を止めてしまう。
 特に両輪である海軍省と軍令部が仲が悪い今、この人事は最悪だった。
 尤も参謀本部は参謀次官である真崎甚三郎と陸軍大臣である荒木貞夫の間に協調関係があるらしい。

「陸軍は満州事変の影響で地方の暴走が怒りやすいことを知った。その体質改善に両トップが協力するのはいい傾向です」
「海軍は?」
「ロンドン海軍軍縮会議の影響で予算がないです」

 嘉斗が肩をすくめる。
 海軍軍人の妻として、豊富な知識を持っている亀に説明した。
 木梨軍縮、宇垣軍縮で金を作った陸軍とは違い、海軍軍縮会議は無理な支出を絞っただけである。
 故に何をしようにも何らかの犠牲をさらに強いなければならない。

「この意見は両派とも一緒です。ですが、その次に造る船が違います」

 戦艦、重巡洋艦、軽巡洋艦、航空母艦、駆逐艦、潜水艦と制限を受けた日本海軍が、次に何らかの船を建造して戦力を維持するには、ふたつの道がある。
 既存の艦艇を廃艦にし、代替艦を建造すること。
 既存の艦艇を改修し、戦力を向上させること。
 前者は扶桑型戦艦2隻を奥羽型戦艦二隻に代替すること。
 後者は金剛型戦艦4隻を高速戦艦改修すること(ただし「比叡」は練習艦)。
 伏見宮率いる艦隊派は大艦巨砲主義者が多い。
 当然、これは行うだろう。

「ですが、航空母艦の新規建造計画はありません」

 現在建造中の空母「龍驤」も、諸元変更命令が出て大変らしい。
 そもそも、ロンドン海軍軍縮会議は、空母の枠組みを作るため、という目的もあった。
 故に釣り合いを取るために、アメリカは建造しているが、日本は行わない。
 ここに世代差が生まれるだろう。

「そこで生まれたのが、空母に換装できるような大型輸送艦を建造する」

 これが後の空母「瑞鳳」と「祥鳳」だ。
 これに潜水母艦である「龍鳳」も加えられることとなる。
 ただ、もう2隻、変わった船を建造し、運用していた。
 基準排水量1万6,000トンと大きく、艦種は輸送艦ながらも内部は航空機の格納庫になっている。
 ただ艦影は中央に艦橋を持ち、前後にクレーンを備えた輸送艦だ。
 目的は島嶼部に航空機を輸送するためである。
 島嶼部まで普通の輸送艦で輸送するには解体するしかなく、現地で組み立てが必要だ。
 その手間を省くために、到着した時は格納庫からエレベータで甲板に上げ、クレーンで島に下ろす輸送艦を建造したのだ。
 もちろん、必要になれば艦橋やクレーンを除去し、全通甲板にしてしまえば、空母として利用できる。
 搭載機数は50~60機と、正規空母に準ずる戦力を保持できるはずだった。
 これが後の「雷鷹」、「鳴鷹」である。

「これでは加藤友三郎首相が拡張したドックは宝の持ち腐れです」

 戦艦、空母が可能なドックは全国に8つ。
 現在、朝鮮の釜山、中国の大連には、改修を可能とするドックがそれぞれひとつずつある。
 武装を取り外した戦艦「扶桑」、「山城」の解体工事ならば、内地でなくともできる。
 近いうちに、これらは旅順と釜山に回航されるだろう。
 故に2つ、空くのだ。

「ここで、軍令部は戦艦を押すはずです」

 1935年が新規戦艦建造禁止の期限である。
 もし、二隻の戦艦が建造され始めれば、1930年代後半も、日本は空母を建造できない。
 空母能力の成長著しいこの時期に新型空母を建造できない技術的格差は、向こう10年に影響するだろう。

「なら建造すれば? とりあえず、軍縮会議を結んでいない国向けに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何気ない一言を放った亀は、箸に手をつけて黙々と食べ始めた。

「・・・・そうか、ロンドン会議は、日米英とイタリア、フランスのみ」

 ワシントン海軍軍縮会議のように、多数の国が参加しているわけではない。
 日本の友邦国であるタイ、軍備を拡張し始めたドイツ、トルコなどにも海軍艦艇輸出を行ったことがある。
 しかし、それらは大きくても軽巡洋艦だ。
 一万トンはおろか、5,000トンも超えていない。

(いや、どこの国も空母は欲しいはず・・・・)

 イタリア、フランスもロンドン会議は条件付き参加だ。
 確か空母については、批准していない。
 フランスはワシントン会議では六万トンの権利を持っているが、建造したのは一隻だけだ。
 植民地への航空機輸送任務でも有益であるはずだが、やはり陸軍国と言うことだろうか。
 イタリアに限っては建造していない。
 海軍国であるイタリアが建造していない理由は、ノウハウを知らないのだろう。
 それを合わせて売り込めば、いい商売ができそうだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もくもく」

 嘉斗が熟考している内に、亀は食べ終わる。そして、箸をゆっくり嘉斗の膳へと伸ばし始めた。

「その角度では届きませんよ」

 あっさりと亀の冗談だと見破った嘉斗は、膳に箸をつける。

「さすが鉄砲屋」
「いえいえ」

 嘉斗は今、海軍砲術学校に通っていた。
 海軍も陸軍も、航空科を作っていたが、嘉斗は入らなかった。
 先輩の小園、同期の源田、淵田は航空科に進んでいる。
 嘉斗も誘われたのだが、断っていた。
 というか、皇族だから事故の多い航空機に乗せたくない、と宮内省に拒否されたのだ。
 それでも嘉斗は主流派の情報が入りやすい鉄砲屋に身を置くことを早くから決めていた。しかし、その交友関係は兵学校を抜けば、鉄砲屋に寄ってしまっている。

(この辺りで亀の意見を聞くのもいいかもしれません。・・・・そのためには―――)

「明日は休みです。出かけましょうか」
「・・・・うん」

 結婚して3年、ふたりはほとんど一緒にいた。
 最初は欧米の外遊だ。
 帰国してからは、同じ家に住み、海軍軍人の妻として行動している。
 時々、新聞社などが取材に来ようとするが、亀の侍女である富奈に追い払われていた。
 とは言っても、仕事ばかりで私用で出かけたことなど、数えるほどしかない。

「呉ならではの見学をしましょう」


 翌日。


「ああ、確かに呉らひい」

 亀は揺れる視界の中をドーンと占拠している鋼鉄の塊を見上げていた。
 基準排水量3万2,759トン。
 速力26.5kt/h。
 四一センチ連装砲塔4基。
 大日本帝国が世界に誇るビック7の一角、戦艦「長門」である。

「もうまもなく、長門は改修工事に入ります」
「金剛型も行われるのに?」

 日本が保有する戦艦は金剛型4、扶桑型2、伊勢型2、長門型2の計10隻。
 このうち、扶桑型が解体、金剛型・長門型が改修工事となれば、日本を守る戦艦は伊勢型のみとなる。
 確かに重巡洋艦が就役し、日本の砲雷戦能力は向上していた。
 それでも、手薄になることには変わりない。

「ああ、伊勢型も改修工事を行いますよ」
「・・・・日本から、戦艦が姿を消す・・・・」
「一時的に、ですけど。だから、見せたかったんです」

 嘉斗たちがいるのは、呉における戦艦係留地・柱島が見える海上だ。
 小型の船で接近し、その様子を観察していた。

「どうですか?」
「大きい。空母より強そう」
「あはは。空母は空母が戦うわけではありませんからね」

 嘉斗は苦笑し、波で体勢を崩した亀を支える。
 海軍軍人は自然と膝を使って、波に対応する術を身につける。
 その技術を使って嘉斗は彼女を支え続けた。

「・・・・ありがと」
「いいえ」

 これくらいで顔を赤くする妻に苦笑し、嘉斗は話を続ける。

「この秋に、防衛大学へ入ります」
「・・・・となると、呉から引っ越し?」
「ええ。東京に戻ります」

 防衛大学は陸海共同の大学だ。
 海軍軍人が陸軍のことを学べる最初で最後の機会であり、卒業試験は陸海軍人共同で行われる。
 外国人も受け入れており、現在ではタイ、トルコがほぼ毎年受験していた。
 最近では、イタリア、ドイツ、スペインなどの欧州からも来ている。

「防衛大学では、航空機の陸海共同開発なども研究されているようですよ」
「空飛ぶのは同じやからね」

 厳密に言えば任務で違うのだが、共同開発して使い分ける方が資金面で優しかった。

「あ・・・・」

 頭上を爆音が通り過ぎる。
 亀の視界には複葉機が3機、編隊を組んで飛んでいた。

「九〇式艦上戦闘機ですね」
「うん、よく見る」

 戦艦を見に来たはずが、戦闘機を見上げるふたり。

「あそこを航行しているのは、『赤城』ですね」

 航空母艦「赤城」。
 天城型巡洋戦艦二番艦として建造されるはずだったが、ワシントン軍縮会議で空母改装が決まった軍艦だ。
 現在は空母「鳳翔」と共に第一航空戦隊を形成している。

「赤城って関東の赤城山?」
「ええ。現在は山の名前は重巡ですが、当時は巡洋戦艦のものだったんです」
「そういえば、金剛型も山」

 ふたりが戦闘機の訓練を見上げている間、船は戦艦から離れて岸へと近づいていく。
 そこには、ふたりの海軍軍人が同じように空を見上げていた。

「あれ?」

 先に気がついたのは、嘉斗である。
 海軍の第二種礼装を身につけたふたりは、それぞれ少将と大佐だ。

「お初にお目にかかります」

 それでもふたりは嘉斗たちに頭を下げた。

(それも当然ですか・・・・)

 今日の嘉斗はオフで、亀を連れている。
 周囲には宮内省がつけた特別な護衛がおり、少将レベルが自由にできる陸戦隊が束になっても敵わない武力を従えていた。
 つまり、今の嘉斗は皇族なのだ。
 それを分かっている彼らは、敬語で話しかけたのである。

「先日まで第一航空戦隊司令長官を務めておりました、山本五十六です」
「航空母艦『赤城』艦長、塚原二四三です」

 ふたりは敬礼しながら名を名乗った。
 身分が明らかになったことにより、周囲で臨戦態勢だった護衛たちは肩の力を抜く。

「お二人とも実たちの口からよく聞きます」

 源田実曰く、ふたりは航空屋らしい。

「はっは、我々もよく耳に致しますよ」
「ですから、本日、ちょっとお話にきたのです」

 ふたりの言葉を聞き、嘉斗は肩をすくめた。

「亀、どうします?」
「その名で呼ぶな。・・・・行く」
「あれ?」

 思わぬ回答に思わず疑問符がつく。
 嘉斗は「この人たちと話をするか?」という問いだったが、亀は「この人たちと話をするが、一緒に来るか?」と訊かれたと思ったらしい。

「ひろさまがこの人たちと話さないなんて思わんから」

 嘉斗の問いを正確に理解し、さらにその内面を理解した亀は手で富奈に合図する。

「お呼び?」
「ん」

 持っていた日傘と帽子を渡した。
 ふるふると頭を振り、髪から帽子の後を消す。

「奥方様もついてこられるので?」

 山本が眉をひそめた。

「ええ。彼女は僕の相棒ですから。公私ともに」
「・・・・・・・・有栖川家のご令嬢、ですか・・・・」

 山本はため息をつき、嘉斗たちが乗っていた船に乗り込んだ。

「招待しますよ、我が艦に」

 そう言って塚原も船に乗る。

「・・・・『赤城』」

 亀の視線の先には、航空機を収容する空母「赤城」の姿があった。



 山本五十六。
 後に日本海軍を代表する戦略家として、世界にその名を轟かせる。
 真珠湾攻撃を指示した司令官であり、賭博士としても有名だ。
 なにげに知られていないが、日本海軍が世界に誇った陸上攻撃機の発案者であり、大戦略、戦略共に太平洋戦争緒戦の日本海軍を牽引した人物である。

 塚原二四三。
 日本海軍きっての航空屋と知られる。
 中国戦線ではなかなか指揮する機会が得られなかったが、太平洋戦争緒戦のマレー沖海戦にてイギリス戦艦を撃沈した基地航空隊は塚原が指揮した。
 井上成美と並ぶ、最後の海軍大将でもある。


 この日、大艦巨砲主義に真っ向から対抗するふたりと知り合えたことは、嘉斗の政治活動に大きな影響を与えた。
 特に航空屋のトップと話せたことは、今後の空母運用に刺激を受けた。




「―――艦長、お帰りなさ・・・・って、山本司令!?」

 飛行甲板にいた航空兵が驚きの声を上げた。

「って、ええ!?」

 さらに乗り込んできた私服のふたりに仰天し、その声が他の兵にも伝わる。

「ああ、彼らは客人だ。ちょっと失礼するよ」

 山本は驚く兵たちを放置し、ふたりを艦内へと連れて行く。
 よほど肝が据わっているのか、亀も兵に一礼すると颯爽と歩き始めた。

「どうだね、『赤城』は?」
「多段式空母とはこうなっているのですね」

 嘉斗は初めて乗る「赤城」の艦内をキョロキョロと見遣る。

「『加賀』はもう全通式の工事が始まっていましたっけ?」
「6月から開始です。『加賀』が終わり次第、この『赤城』も行います」

 空母「鳳翔」が練習空母に近い扱いになった分、「加賀」「赤城」の両艦は実験艦としての性質が強かった。
 その実験も一段落し、より実戦に特化した戦闘空母に生まれ変わるのだ。
 因みに建造中の「龍驤」は電気溶接などの建造技術を取り入れた、これまた実験艦である。

「遠回りひた」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 ズバッと言われた本当のことに、3人の海軍軍人は沈黙した。

「戦艦も空母も改修して、本当に大丈夫?」
「中国を相手にするのならば、重巡で十分です」

 山本がそれに答える。

「また、中国との戦いは陸軍と航空機だけですよ」

 上海事変では陸戦隊を派遣している。しかし、艦艇となると別だ。
 市街戦に艦砲射撃をぶっ放すわけにはいかない。

「それで、本題を聞かせてもらえますか?」

 艦橋の一室まで連れてこられた嘉斗は、用意された椅子に座って言った。
 といいつつ、何となく話の内容は分かっている。

「単刀直入に申し上げましょう」

 山本が軍帽を脱ぎ、頭を下げた。

「東郷元帥亡き今、伏見宮様率いる艦隊派に対抗できるのは、高松宮のみ」
「直宮として、艦隊派の暴走を抑えていただきたい」

 五・一五事件を引き起こしたのは、若手の艦隊派だ。
 最近は陸軍の急進派とも連絡を取り合っており、クーデターを起こす可能性がある。
 陸軍の主流派は真崎甚三郎率いる旧九州閥が握りつつあった。
 だが、それに不満を持つ者が海軍に接触しているのだ。

「伏見宮は潮風の分かる方ですが、時代の流れについて行けていません」
「このままでは日本海軍は砲雷戦力だけの旧式海軍に成り果ててしまいます」

 山本と塚原は交互に話し、日本海軍の未来を憂える。

「つまり、僕に条約派の旗印をしろと?」

 条約派とは軍縮会議に賛成した一派であり、これらに対抗する形で艦隊派が生まれた経緯がある。

「いいえ、条約派はすでに潰されました」
「大角海軍大臣、ですか・・・・」

 大角人事と呼ばれる、条約派粛正人事を成し遂げたのは大角岑生だ。
 尤も彼自身は大した政治観念はなく、背後から伏見宮に操られた結果である。
 山梨勝之進、谷口尚真、左近司政三、寺島建、堀悌吉、坂野常善などが予備役に追いやられた。

「ええ、特に堀を切られたのは、海軍にとって痛手です。これ以上、無意味な人事はされたくない」

 山本はそう言うが、今後はますます締め付けが強まることが予想される。

「すでに鈴木貫太郎侍従長には話をつけています」

 嘉斗と侍従長が口添えすれば、天皇から鶴の声があるかもしれない。
 そう、彼らは期待しているのだ。

「僕はまだ尉官ですよ?」
「ええ、ですが、皇族です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「血筋」という言葉に、10年以上前のことを思い出した。

『血筋は嫌いだが、血筋がなければできないこともある』

 嘉斗の師――武隼久賢が遺した言葉である。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かりました。僕の人脈も使って伏見宮に対抗しましょう」
「おお、決められましたか」

 塚原が破顔した。

「山本さん、あなたが進めている航空機の計画、存分に行ってください」
「はっ」

 山本が進めるのは、艦載機と基地航空隊の育成である。

「ですが、戦艦も武器です。投入することを考えておいてください」
「・・・・分かりました」

 山本が頷いたのを確認した嘉斗は、亀に視線を向けた。
 彼女は出されたお茶を熱そうに飲んでいたが、視線に気付いて顔を上げる。

「他に何かありますか?」
「空母技術を売れ」
「「・・・・は?」」

 即答された内容に、山本と塚原が固まった。

「いや、昨日の話は、公式の場では・・・・」
「ここ、非公式。そひて、彼らは仲間。話しておいて損はない」

 淡々と語られた言葉に、嘉斗はため息をつく。
 そもそも、聞かれた時点で説明しなければ、航空屋のふたりに信頼はされないだろう。

「まだ、ほんの思いつきなんですけどね・・・・」

 と、話し始めたはいいが、何となく山本の答えが分かった。

「おもしろそうですな!」
「・・・・やっぱり」

 自他共に認める賭博士の言葉に、嘉斗はガックリと肩を落とす。

(とんでもない人と徒党を組んだかもしれません)

 しかし、後悔すると同時に道も開けた気がした嘉斗だった。









第9話へ 赤鬼目次へ 第11話へ
Homeへ