満州事変 -2


 

 柳条湖事件及び十月事件首謀者の処罰。

 柳条湖事件

・関東軍司令官・本庄繁中将。
 部下の暴走を止められなかったことから、統率力不足を露呈。
 故に予備役へ。

・朝鮮軍司令官・林銑十郎中将。
 中央の指示なく、軍を動かしたことから、統帥権違反。
 故に死刑。

・参謀本部第一作戦課長・建川美次少将。
 関東軍の行動を黙認したことから、統率力不足。
 故に、予備役。

・関東軍高級参謀・板垣征四郎大佐。
 柳条湖事件の首謀者として、故に死刑。

・関東軍作戦参謀・石原完爾中佐。
 柳条湖事件の首謀者だが、少数戦力で満州を制圧した作戦立案能力を買われ、死は免じられる。
 故に退役命令。

・奉天特務機関補佐官・花谷正少佐、張学良軍事顧問補佐官今田新太郎大尉ら爆撃実行者。
 上官命令に従ったが、先見の明がないと判断。
 故に、退役命令。



 十月事件

・参謀本部ロシア班長・橋本欣五郎中佐。
 クーデター首謀者。
 故に、死刑。

・他、中心人物。
 クーデターを首謀し、襲撃部隊の長となる。
 故に、退役命令。

・桜会会員
 クーデター主戦力。
 会の解散。



 これに合わせ、天皇暗殺を狙った桜田門事件の首謀者も死刑された。




 これらは南次郎陸軍大臣、金谷範三参謀総長が断行し、青年将校に衝撃を与えた。
 実力行使に対する重い罰に、嘆く者は多かったが、彼らはやり過ぎたと感じた者も多い。
 それでも、青年将校は政府の言いなりとなる高級将官に対する不満が爆発するはずだった。
 それを沈静化させたのは、引退していた武隼尚賢元帥であった。
 1932年5月6日。
 もうひとつの懸案事項であった上海事変の停戦協定が結ばれた翌日、南と金谷両名は職を辞任。
 両名を伴い、尚賢は参謀本部内にて自害した。
 陸軍薩摩閥、上原閥、九州閥と受け継がれた、対長州・山県閥の系譜は、ここに終焉する。
 3人とも人気のある重鎮だったため、青年将校は再び衝撃を受けた。
 翌日に新聞に掲載された遺書を読み、多くの青年将校が涙する。
 要約はこうだ。


 自分たち陸軍の重鎮が不甲斐ないばかりに、青年将校を追い込んでしまった。
 結果、御上を騒がせることとなり、その責を負い、我々は自害する。
 くれぐれも諸君は軽挙妄動を慎むよう、伏してお願い申し上げる。


 準元老とも言える武隼尚賢の死を、迪斗は重く受け止め、後任の陸軍大臣、参謀総長に、中国不拡大を徹底するように命じた。






リットン調査団scene

「―――日本は、建前ではなく、本当に満州を独立国として扱うのか・・・・」

 溥儀は新関東軍司令官として就任した武藤信義の告げた言葉に、衝撃を受けた。

「当然です。満州国は女真族の国家。民族自決が日本の考えでございます」

 日本が提示した軍関連の要求は、5年以内に満州国軍を近代化配備すること。
 それを見届け、日本軍は段階的に撤退すること。

「まず、国内政情不安定のため、近衛軍を創設することを強く勧めます」
「・・・・うむ」

 熱河省を中心に未だ動向不明の勢力があり、満州国固有の戦力が必須だった。
 国防を日本軍が担うのならば問題ないが、自分たちで守らなければならないのならば、独自の軍を整備しなければならない。

「日本人・漢人・朝鮮人・満洲人・蒙古人による『五族協和』を建国理念とし、まず、五族を成立させるために、『満州人』を確立させる!」

 溥儀は、不甲斐なかった清時代と違い、自ら国政を主導することを決めた。
 軍閥に頼らない軍を編成するため、志願兵のみで構成される近衛軍を編成する。
 戦力は二個歩兵連隊、1個騎兵大隊、3個砲兵中隊を中心にしており、旅団程度だった。
 それでも、満州国に臣従した軍閥は大きな衝撃を受ける。
 故にそれを邪魔するために、密かに中国国民党と通じ始めた。
 正確に言えば、張学良とである。
 そんな張学良が目をつけたのは、熱河省の湯玉麟だった。
 彼は満州国宣言に同意しながらも3万の抗日軍を育成している。
 だが、満州国にとって、最大の敵がすでに上陸していた。
 それは国際連盟日支紛争調査委員会が派遣した調査団。
 通称、リットン調査団である。


「―――満州国を潰せ! 満州は俺らの土地だ!」

 中華民国・錦州。
 ここを本拠にした張学良は、連日こう叫んでいた。
 国民党を率いる蒋介石は、国際連盟に依頼して外交的解決を求めている。しかし、張学良は武力解決を求めていた。
 このため、張学良の下に集結した兵力は日夜、戦闘訓練に明け暮れている。
 満州国に展開する日本陸軍は日々増えていた。
 同時に、満州軍の創設が宣言され、近衛軍が編成されている。

「急がなければいけない・・・・」

 日本政府は不拡大方針を打ち出しているが、それは言い換えれば、今現在の領域を放棄しない、ということだ。

「日本に揺さぶりをかけ、化けの皮をはぐ」

 それをなすには、リットン調査団が訪れている今しかない。




「―――大日本帝国陸軍参謀本部付武官、武隼時賢大尉です」

 時賢は満州国首都・新京に到着したリットン調査団を迎えた。

「満州国での安全は、我が部隊が担当致します」
「ほう? 満州国に編成された近衛軍ではないのかね?」

 第2代リットン伯爵ヴィクター・アレグザンダー・ジョージ・ロバート・ブルワー=リットンは、自分を迎えた軍人を訝しげに見遣る。

「編成を重視するためと、軍では要人警護に向きませんから」
「・・・・貴殿は軍人であろう?」

 リットンの視線を受けても微動だにしなかった時賢の答えに、素直な疑問を投げかけるリットン。

「私は士族出身です。また、多少の"アレ"も使えます」
「・・・・なるほど。日本にはまだ多く残っていると聞いている」

 イギリスの貴族らしく、時賢の言葉を正確に理解した。

「また、日本軍が護衛を担当する理由についてですが・・・・」

 時賢は真正面からリットンの眸を見る。

「現状況において、リットン卿は満州国の在り方に疑問を抱いているはず」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 イギリスの植民地支配に貢献してきたリットンは、時賢の言葉に何も返さなかった。
 ただ、薄い笑みを浮かべるのみである。

「もし、独立に批判的な報告書を提出されれば、と気が気でない満州国民が、暴挙を起こさないとは限らないのです」
「それは貴殿ら日本軍将校も同じでは?」
「確かにそうですね」
「・・・・む?」

 あっさりと認めたことに、リットンは驚いた。

「ですが、我々は大日本帝国軍人です。世界的に重要な要人を暗殺するほど、外交音痴ではありませんよ」

 時賢は手で自動車を指し示す。

「また、日本軍が守っている要人を殺害しようとする満州国民もいません」

 「そうなれば、現状、満州を守っている日本軍を敵に回すのですから」と続けた時賢は、リットンと共に自動車に乗った。
「素直な方だ」
「欧州の権謀術数を習得しておられるリットン卿からすれば、下手な謀は逆効果です」
「だから、清廉潔白な武隼家当主がいらしたか」
「・・・・父か祖父をご存じで?」
「お父上を。欧州大戦で、ね」

 リットン卿が遠い目をする。
 武隼尚賢は当時、陸軍大将として欧州派遣軍の指揮を執った。
 総司令官ではなかったが、重要な立ち位置であり、武隼軍団と呼ばれた部隊は、ドイツ軍団と激戦を繰り広げている。
 そのニュースは欧州中に駆け巡り、「日本軍に武隼あり」と言わしめていた。
 父・久賢が固持した元帥を引き受け、若手が暴走する陸軍において、重石となる。

「あのお方がこんなつまらぬことで命を落とすなど、残念なことこの上ない」

 リットン卿は目を伏せ、本当に悲しそうに言った。

「ならば、その犠牲の上に成り立つ満州国を認めていただけませんか?」
「それとこれとは別問題だな」

 時賢の冗談に、リットンは笑いながら返す。

「だが、わかった。本国の意向を無視し、公平に判断致しよう」
「ええ、それでお願いします。参謀本部は全力を挙げ、不穏分子を排除します」

 2人を乗せた自動車は、混乱から徐々に立ち直りつつある新京を走り、溥儀が待つ執政官邸へ向かった。


 リットンは6月までに調査を終え、満州国を出国する。そして、北京で報告書作りを開始した。
 調査途中、日本が満州国を承認するかしないかで揉めていた犬養毅が斃れる五・一五事件が発生する。
 要因は、武隼元帥以下三名の死を以て収拾するはずだった満州承認問題を、政府が認めない態度を採ったことからである。
 尤も自害した3人は、満州国を認めるようにという発言は行っておらず、完全に青年将校の暴走だった。


「―――は? 嘱託が誘拐された?」

 1932年7月。
 リットンに従い、中国を訪れていた時賢の下に、関東軍嘱託・石本権四郎が朝陽寺にて拉致されたという情報が入った。

「関東軍の動きは?」

 視線だけでリットンが話を聞いていないことを確認した時賢は、声を潜めて側近に質問する。

「関東軍主力ではなく、第六師団が調査のために熱河省へ進みました」
「第六師団か・・・・」

 熊本鎮台を元にする、日本陸軍の精鋭だ。
 現在の師団長は坂本政右衛門中将であり、土佐出身の快男児である。

「坂本中将ならば暴挙はない」
「関東軍はどうします?」

「すぐに参謀本部に無線を打て。真崎次長ならば、何とかしてくれるだろう」

 真崎甚三郎。
 佐賀県出身であり、旧上原閥に属した軍人だ。
 現在の参謀総長は閑院宮載仁親王であったが、実権は彼が握っている。そして、彼も戦線不拡大方針を遵守していた。

「我々はどうします?」
「調査団を守る。もし、中国軍の仕業であれば、さらに挑発してくるだろう」
「分かりました。何人かを斥候に出させます」

 側近の彼は、一個小隊の長だ。

「リットン卿は狙われないはずだ。他の者を守れ」
「はっ」

 中国の狙いが、リットン調査団による満州国無効ならば、その判断ができるリットンは生かすはずだ。
 ならば、狙われるのは他の人員である。

「武隼大尉、どうかされましたか?」

 熱河省の役人と話をしていたリットンは、何やら周りの軍人が忙しく動き始めたことに気がついた。
 彼も海軍本部で修行した人間である。
 陸軍と海軍の違いはあれど、そういう空気には敏感だった。

「いえ、何も? と言いたいですが、満州で事件です」
「・・・・一体に何が?」
「当方の嘱託が拉致されました」
「・・・・・・・・・・・・関東軍が動きましたか?」

 リットンの言葉に、周囲の調査員たちも立ち上がる。

「いいえ。日本は戦線不拡大の方針を貫いています」


 事件発生から数日。
 日本軍が回収した現場の遺棄書類を調査し、張学良の指示であることを特定した。
 関東軍はすぐに軍事行動を起こそうとしたが、真崎が止める。
 この作戦で無理矢理戦端を開かせようとした張学良の作戦は失敗した。
 熱河省代表と石本の救出に努力することを約束させる。しかし、張学良ではなく、南京政府軍事委員会が石本の引き渡し要求を拒否するように命令した。
 これを知った日本軍は、張学良が黒幕であると判断する。
 だがしかし、真崎が関東軍を抑え、リットン調査団がいる間の暴挙を押さえ込んだ。


 10月2日、リットンは調査報告書を提出した。
 結論から言えば、曖昧さが残る調査報告である。
 まず、日本軍の軍事行動だが、自衛的行為とは言い難い。
 満洲国は、地元住民の自発的な意志による独立とは言い難く、その存在自体が日本軍に支えられている。
 しかし、建国から数ヶ月、地元住民は満州国の存在を意識しつつある。
 また、満州国固有の軍隊も編成され、新京警備だけでなく、各地の戦線に出征している。
 このため、日本軍は早期に満州から撤退すべきである。


 一方、


 満洲に日本が持つ条約上の権益、居住権、商権は尊重されるべきである。
 国際社会や日本は中国政府の近代化に貢献できるものであり、居留民の安全を目的とした治外法権はその成果により見直せばよい。
 一方が武力を、他方が「不買運動」という経済的武力や挑発(irritation)を行使している限り、平和は訪れない。


 言外に第三者からの仲介を得て、停戦協定を結ぶべし。
 その席上において、満州問題を協議せよ。
 これがリットン調査団の結論だった。

「満州国の国としての承認がどうなろうとしても、日中の関係が改善しないことには意味がない」

 つまり、リットン調査団の結論は、満州国の承認可否ではなく、双方の主張を盛り込んだ停戦協定宣言だった。






熱河作戦scene

「―――武隼くん、よくやってくれた」

 真崎参謀次長は、時賢が帰るなりそう言って迎えた。
 国連のリットン調査団が、満州国承認を先送りしたことにより、その帰属は日中間に委ねられる。
 つまり、満州国を守り切れば、満州国を独立させることができる。
 日本の世論も戦争に傾いていた。
 朝陽寺事件も長引き、山海関事件が発生し、日中は戦火を交えている。
 さらには熱河省には張学良軍が侵攻していた。
 柳条湖事件から組織を一新した関東軍は真崎の指示を受け、耐えに耐えている。
 だから、国際世論も日本の味方だ。
 平和を望んだリットン調査団の結論を無視したのは、中華民国なのである。

「キミは昇進だ、武隼少佐」
「は? いえ、しかし、自分はまだその資格を・・・・」

 大尉から少佐になるために必要な年数をまだ過ごしていなかった。

「柳条湖事件が錦州にまで拡大しなかったのは、キミのおかげだ。その功績だよ」

 真崎が立ち上がり、窓の外を見る。

「武隼元帥の喪に伏しているところ悪いが、再び中国に行って欲しい」
「・・・・いきなりですね」

 本来の任務は柳条湖事件のため、有耶無耶になった。
 その後のリットン調査団の護衛を果たしている。
 帰国して、柳条湖事件の責任を負って自害した武隼尚賢の喪に伏す予定だった。

「・・・・許可を得ますか?」
「もうまもなく、陛下と参謀総長に裁可を求める」

 真崎は振り返らず、事情を話し始める。
 真崎が戦線不拡大の方針を示していたのは、その戦争が迪斗の意志ではなかったからだ。
 戦機が熟し、迪斗の許可が得られれば、日本陸軍は総力を挙げて中国軍を撃破するだろう。
 張学良率いる中国軍は義勇軍を含めた、約20万と見積もられている。
 大陸にいる日本軍は、2個師団と五個旅団の約7万人。
 満州軍は創設したばかりの陸軍1個師団と軍閥を含めた5万。
 総勢12万の日満軍に対し、中国軍は正規軍10万、義勇軍10万の総勢20万。
 両軍併せて約32万。

「紛争にしては、大規模すぎますね」
「ああ、満州問題を解決するためだけならば、な」

 ニヤリと真崎が笑う。

「だからこそ、拡大させるわけにはいかん」

 しかし、すぐに真顔に戻った真崎が振り返る。

「日中戦争までは発展させないために、貴様が行くのだ」

 真崎が提示した参謀本部監査軍団の戦力は1個歩兵連隊、2個戦車中隊、1個騎兵中隊、2個整備中隊だ。
 兵力は約2,500。

「ちょ、ちょっと待ってください! 少佐では、連隊に相当する戦力は率いられません!」

 連隊を率いるのは大佐だ。

「待ちたまえ。司令官は違う」
「誰ですか?」
「前田利為大佐だ」
「前田・・・・」

 前田利為。
 元加賀藩主一族・前田家の当主。
 陸軍内に密かにあった加賀閥のトップでもある。

「現在、前田卿は第二近衛歩兵連隊を率いている。それを投入するということは?」
「・・・・陛下のご意志ですか」

 戦線不拡大は天皇と政府の意志である。しかし、軍事行動を起こす許可を貰うためには、保険をかけていることを説明する必要があった。

「監査役の派遣だけでは、効果が薄いんですね」
「軍を止められないからな」

 そうやって暴走したのが柳条湖事件である。

「2,500止められますか?」
「組織を一変した。本当に保険だよ」

 そう笑った真崎は、絶対の自信をにじませていた。


 1933年2月4日、迪斗は参謀総長に対して、作戦の許可を通達した。
 その条件は、万里の長城を超えないこと、である。
 これに真崎は不満を示したが、御上の命であると作戦部隊に厳命した。
 ほぼ同時期、張学良も本気で熱河省の攻略を決定、軍を送り込む。
 これに対し、満州国は熱河作戦の実施を決定、関東軍に援軍要請した後、張景恵を総司令に任命した。
 ここに、約3ヶ月続く熱河の戦いが幕開ける。

 本作戦は、関東軍総司令官・武藤大将の指揮の下、関東軍全戦力が投入された。
 一部、新編成の機甲部隊が投入されるなど、データ蓄積の部分でも有意義な戦いだ。
 敵将であった湯玉麟の人望がなかったのか、裏切り者が相次ぐ。
 また、真崎によって押さえつけられていた関東軍は、その憂さを晴らすかのように突撃した。

 日本軍は兵力差を物ともせず戦況は日本軍優位に進む。
 開戦から3週間で、日満軍は熱河省を制圧。
 蒋介石は敗戦の責を負わせて張学良軍を解体、張景恵は新京へと凱旋した。
 しかし、蒋介石は日本軍へのちょっかいを止めなかった。
 このため、日本軍は万里の長城を国境線として確保するため、いくつかの作戦を発動する。

 相次ぐ敗北と共産党の台頭から蒋介石は日本軍よりこれを重視し始めた。
 蒋介石は北部軍閥の処理を達成した段階で、共産党を宿敵に定める。
 この結果、日満軍は満州国から中国軍の影響を排除した。

 5月31日、中国と日満は停戦協議を行い、停戦協定に調印。
 事実上、中国は軍事力による満州再占領に諦めた。
 結果、満州国は国際的に承認されずとも、独立国としての治安維持を達成する。
 同時に、日本軍は関東軍の完全統制に成功し、満州事変を終えたのだった。




「―――前田大佐、我々の出番はありませんでしたね」

 新京に凱旋した時賢は、指揮車に立つ前田に話しかけた。

「良いことだ。本来、軍はこうではなくてはな」

 前田は加賀藩前田家の当主である。
 前田利家公から続く武門の出身であり、軍に統率を求める人物だった。

「しかし、武隼君の機甲戦も見て見たかったかな」
「私は発案者で、実際の指揮は別物だと思いますよ」
「機甲戦はまず、戦車を知らないとどうしようもないだろう」
「その通りですけどね」

 今回編成された機甲部隊は主に騎兵隊と同じ使い方をされた。
 敵軍を迂回し続け、それに怯んだ敵軍が後退を開始する中を歩兵隊が追撃。
 追撃部隊に対してさらに怯んだ敵軍が潰走に移る場面が目立った。

「本来ならば追撃にも機甲部隊を前面に出せればさらに戦果拡大できたのですけど・・・・」
「そのためには圧倒的に戦車の数が足りないな」
「ですね。中央に戦車の量産を依頼しておかねばならないでしょう」

 真崎は戦車の運用実績並び改良事項の調査も依頼していたのである。
 時賢は機甲作戦を実施するには戦車の数が足りないと報告するつもりだった。

「それがいいだろう。中国との戦いはこれで終わりとは思えない」
「・・・・まだまだ続くと?」

 前田の意見に時賢は表情を硬くする。

「当然。ここで引き下がるのならば中国は今まで生き残っていない」

 時に苦杯を舐めてまでもいつの日かの勝利を夢見る。
 大国なのに大国らしくない。
 これがいくども王朝が変わろうとも「中国」としてあり続けた彼の国の凄味である。

「満州は守っても、敵が屈服するまで戦争状態は続く」
「国内を転覆させますか?」

 中華民国は共産党という獅子身中の虫を飼っている。

「共産主義とつるむことは国際政治的に許されんよ」
「そうですね・・・・」

 下手をすると今以上に日本が孤立しかねない。

「我々にできることは、来るべき戦争のために戦力を整えるだけだ」

 以後、前田は公爵としての地位を生かしたロビー活動で陸軍の将来を動かすこととなる。そして、それが後々の東條英機との対立に繋がるのだった。









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