「それぞれの夫婦物語」/六
鵬雲四年後半は、九州の大名たちにとって大きな転換期となっていた。 龍鷹侯国。 片腕として名高かった鷹郷近衛少尉従流を追放し、生まれつつあった派閥を消し去った鷹郷侍従忠流は、度重なる戦争で疲弊した国力を回復させていた。 宿敵とも言えた聖炎国との同盟は継続し、南九州に確固たる地盤を築き上げる。 表石七八万石、実石にして一〇三万一〇〇〇石を領する龍鷹侯国が動員する兵力は約三万六〇〇〇。 かつて中華帝国の遠征軍を破った精鋭は、軍事改革を経て蘇りつつあった。 聖炎国。 肥後中部のみとなったが、西国屈指の堅城・熊本城は健在である。 新たな検地も終了し、表石二七万一〇〇〇石(実石 三〇万石)を計上。 兵力にして一万余の動員力を得た。 基本的に龍鷹軍団と連動し、肥後北部を火雲親晴から奪還することを目的として動く。 燬峰王国。 佐世保の家臣化、松浦郡の津村氏と従属的同盟を結び、肥前西部をほぼ完全に領有化した。 表石も二六万一〇〇〇石(実石三五万)となり、津村勢を加えた軍勢は一万五〇〇〇を超える。 龍鷹侯国との同盟を解消、亡命してきた従流を受け入れ、結羽の婿養子とする。以後、従流は燬羅橘次郎従流と名乗ることとなる(近衛少尉の官位は返還)。 虎熊宗国。 出雲の侵攻を跳ねのけ、岩国椋梨氏を下したことで、名実ともに西国最大版図を持つ大国となる。 表石一七八万九〇〇〇石(実石 二一五万五〇〇〇石)となり、八万六〇〇〇の兵を動員する。 九州方面は対肥前として村中城に熊将が、対肥後として肥後北部に火雲親晴がいる。 さらに豊後の銀杏国とも関係は良好で、筑後二郡を領する柳川城の田花氏(九万五〇〇〇石)を傘下に治めている。 故に、虎熊―銀杏連合軍の総兵力は十万を超え、南九州へは七万を超える兵力を送ることができた。 銀杏国。 直接的に龍鷹および聖炎国と事を構えたことはなかったが、政治的問題で虎熊宗国側だった。しかし、豊後水道で警戒艦隊が殲滅されたことや上方貿易を邪魔する伊予時宗氏と龍鷹侯国が結んだことで、状況は一変する。 本国の豊後は三五万七〇〇〇石だが、阿蘇の瀬堂氏、延岡の神前氏を従属させたことで表石は四五万五〇〇〇石。 さらに商業や鉱業といった振興策の結果、実石は六二万三〇〇〇石に上り、動員数は二万二〇〇〇弱である。 それぞれの国が、それぞれの準備を行った。 次に待つのは、大戦役の号砲だ。 そんな緊張状態が鵬雲五年の春だった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 鵬雲五年三月一五日、肥前国竜造寺跡。 そこで鷹郷改め燬羅従流は座禅を組んでいた。 丸められた頭で、身に着ける衣装も法衣だ。 出家こそしていないが、形は完全に僧である。 だが、僧足りえないものがもうひとつあった。 「―――従流」 背後から声がかかる。 それは少女のもので、やや弾んでいた。 走ってきたのだろう。 「またひとりで抜け出して・・・・。護衛の武士が涙目で走り回っていたわ」 「<鷹聚>を個人使用にすれば、鉄砲の狙撃にも耐えられますよ」 座禅を解き、立ち上がる。 「それより、君も護衛を振り切ってきたのでは?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いい天気ね?」 「・・・・ええ、本当に」 ごまかしに付き合い、結羽に倣って従流も空を見上げた。 そこには蒼穹の晴天が広がっており、雲仙の火山灰もない。 一昨年に比べて昨年は豊作であり、食糧事情は大きく好転していた。 それは燬峰軍団がいつでも動ける、ということではある。 しかし――― 「虎熊宗国との講和はうまくいってよかったわね」 「ですね。向こうとしても敵を減らしたいはずですから」 一昨年の冬に、村中城に展開していた虎熊軍団の一部が撤退していた。 燬峰軍団も動員を解いている。 農作業に困らないよう通常動員だったが、収穫期に人出が多いことに越したことはない。 「で、何か分かった?」 「ええ」 従流は視線を、焼け落ちた竜造寺に戻して言う。 「竜造寺の変および温泉神社の破壊に携わった【力】は同一です」 「しかし」と続けた。 「―――"鈴の音"とは違います」 鷹郷忠流side 「―――出港したか・・・・」 鵬雲五年三月一七日、鹿児島城で忠流は一〇〇〇の兵が宮崎港を発ったこと聞いた。 「相川舜秀殿を総大将に、後藤公康殿、吉井忠之殿が副将とした軍勢ね」 「新たな同盟軍になった時宗氏の南征支援というが、態のいい厄介払いだな」 「お前ら・・・・」 忠流と共に報告を受けるのは、紗姫と昶だ。 本来部外者のはずが、婚姻関係を結んでから積極的に政治の場に出るようになった。 尤も決定権を持っていないので、介入するわけではないのだが。 「よいではないか、貴様と妾の仲だろ?」 「それはそうだが・・・・」 もう忠流は昶に敬語を使わない。 忠流は昶と婚姻したことにより、正式に皇族と認められ、皇位継承権すら得ていた。 同じ皇族となり、夫婦となった今、敬語を使う意味はない。 「わ、私も・・・・ッ」 何に対抗しているのか、やや身を乗り出しながら言う紗姫。 その額を小突いて下がらせ、ため息交じりに言った。 「お前は『道具』と思えば何も思わん」 「ひどい!?」 心外だ、という表情を浮かべる紗姫。 「えっと、いいか?」 「ああ、悪かったな、源次」 報告していたのは、忠流の甥・鷹郷源次郎勝流だ。 先日、十二才の誕生日と共に元服した。 東郷海軍卿秀家の副官という扱いだが、海将・鷹郷実流の忘れ形見であり、海軍内での発言力は大きい。 (というか、東郷自体が源次の最大の保護者だからな) 「一〇〇〇の陸兵を乗せた艦隊は八幡浜へ行くぜ?」 「ああ、そこで北東、北西、北から分進した時宗勢と大洲で合流する」 大洲城は幾度も時宗勢を押し返した堅城だ。 しかし、今回の各部隊は二〇〇〇で構成され、龍鷹軍団を加えれば七〇〇〇に達する大軍。 これまでの攻撃よりも倍近い兵力を動員していた。 これは時宗氏が東予地方との講和によって生まれたものである。 同時に龍鷹海軍が宇和海を遊弋することによって、宇和島勢の移動を掣肘する。 大洲を攻略すれば、宇和島まであと少しである。 中予、南予を領有すれば、時宗氏は瀬戸内を扼する強大な勢力に発展するだろう。 西海道で戦うには脇を固める位置にいる時宗氏は重要な要素だった。 「南予はまあ、いいだろう」 忠流は脇息に身を預けながら天守閣の窓から空を見る。 「源次」 「あ?」 「虎嶼持弘はいつ動くと思う?」 「知るか」 吐き捨てるように言った。 「おいおい、お前は橘次亡き今、侯位継承者第一位なんだぜ?」 「それこそ知るか。とっとと子どもを作れっての」 「「な!?」」 忠流と紗姫が赤面し、昶がクツクツと笑う。 「ただ、安心しろ。何があっても脇は海軍が守ってやる」 「もし、失敗すれば?」 「その尻ぬぐいも海軍がする」 元服したての少年部将と思えない力強さで勝流は宣言した。 「海軍が敗北して上陸されたら、どうやって海軍が尻ぬぐいするんだよ?」 「屋久島や奄美大島の兵は海軍所属だろ?」 「三〇〇くらいしかいないじゃないか」 「それでどうにかするっての。まあ、無理な分は宮内省の軍勢を借りるさ」 「鹿児島城守備隊か・・・・。ま、その辺りは任す」 「おうおう、任せとけ」 勝流はひらひらと手を振って立ち上がる。 「じゃ、リリスのところに顔を出してくるわ」 「西洋娘のところか」 昶が反応を示す。 リリス・グランベル。 イスパニア艦隊提督――ゴドフリート・グランベルの娘にして、各地の技術や戦略を知識と修める才女だ。 海軍はその知識を元に大改革を行っている。 政略面に置いても龍鷹侯国はその優れた知識を利用していた。 「次の戦い、それらの改革の芽が出る戦い、と言える」 「どうせ、準備ができた、という時に何か起こすんでしょ?」 「・・・・いや、何か起こるんじゃないかなー?」 紗姫の言葉にすっとぼける。 「起こせはしないだろ」 「昶・・・・」 「この戦、基本的には待ち戦だ」 「・・・・仰るとおりです」 虎熊軍団と銀杏軍団は準備ができ次第、侵略戦争を起こすだろう。 その戦線は肥後戦線と日向戦線になる。 燬峰王国が虎熊宗国と講和した以上、肥前戦線はないだろう。 肥後戦線の焦点は熊本城攻防戦。 日向戦線は南日向での野戦決戦となるだろう。 それは誰でも予想できることだ。 ただ分からないのは、戦争勃発の時期だけである。 「燬峰王国と講和したと同時に動くと思っていたんだけどな」 「やっぱり、何か仕掛けていたんじゃないか」 昶が呆れた。 「そんなの誰でも予想ができるだろ」 「だから動かなかったんでしょ」 すでに黒嵐衆は虎熊宗国内に相当数潜伏している。 岩国城攻防戦を終えた虎嶼晴胤が四〇〇〇を率いて福岡城に入っていることは掴んでいた。 どうやら長門国、周防国が動員できる二万の内、今回の南征に加わるのは四〇〇〇だけらしい。 それでも対燬峰王国用に肥前衆を残すとしても、筑前、筑後、豊前の軍勢だけで四万近い戦力を動員できる。 晴胤の四〇〇〇、火雲親晴の北肥後衆六〇〇〇を加えれば、五万。 それだけの兵力が動くのならば、どこかで兆候が出るはずだ。 「―――いいえ、虎熊軍団はもうすぐ動きますよ」 「・・・・幸盛」 声に反応して部屋の入り口を見れば、そこには側近・御武中務少輔幸盛が立っていた。 「ただいま帰りました」 「遅かったな」 「直帰せずに、途中で松山に寄っていたので」 「そういえばそうだった」 幸盛には今回の時宗氏による南下作戦の打ち合わせに行っていたのだ。 「虎熊軍団がもうすぐ動く、とは?」 「銀杏軍団に陣触が出ている可能性があります」 「ほぉ」 忠流が目を細めた。 「豊後水道に出ていた銀杏水軍の警戒船団が引き上げました」 「なるほど。陣触に従い、母港へ帰還。次に出港する時は・・・・」 忠流と幸盛が視線を合わせる。 「「銀杏軍団の出陣の時」」 紗姫と昶が呆れた顔をした。 ふたりの顔があまりに得意げだったからだ。 「―――やっぱり似てんじゃねえか」 ふたりの嫁の想いを代弁したのは、同じく帰還した長井弥太郎だった。 「帰りやしたぜ。・・・・後、紹介するんじゃなかったんすか?」 「あ」 「しまった」という顔をする幸盛。 「あ?」 「え、えーっと・・・・陛下、椋梨氏の方をお連れしています」 「ああ、なるほどな」 忠流が頷くと、幸盛が廊下の向こう側に声をかける。 (女子ども、か・・・・) 入ってきたのは十才に届くかどうか、という少年と、彼の背中を支える忠流と同年代の少女だった。 ふたりは幸盛を見た後、忠流の前に平伏する。 「椋梨連太郞ともうします。このたびはお招きありがとうございます」 挨拶したのは少年の方だった。 「叔母の加奈と申します。私たち以下二〇〇名、これからお世話になります」 (新当主は連太郞の方で、後見人が加奈、という少女か・・・・) すでに岩国城が陥落し、椋梨宏元以下幹部たちが行方不明だと報告を受けている。 「ようこそ、龍鷹侯国へ。歓迎する」 忠流は幸盛の方を見遣った。 「ここでの生活は幸盛を頼れ」 「はい」 加奈はおっとりと頷き、幸盛の方に頭を下げる。 「よろしくお願い致します」 「ええ」 幸盛も優しく微笑んだ。 「・・・・ほぉ」 「どした?」 昶が感嘆の息をつく。 「いや何、あのふたり・・・・怪しいな」 「ん? ・・・・・・・・・・・・ああ、なるほど」 忠流も何となく漂う桃色の雰囲気に気付いた。 (周防の名族と幸盛が繋がるのはいいことだ) 「幸盛」 「はい?」 忠流の手招きに、幸盛は首を傾げながら近寄る。 「別に椋梨加奈を娶ってもいいぞ」 「―――っ!?」 カァッと幸盛が頬を赤らめた。 「馬鹿・・・・」 「え? あ・・・・」 額を押さえた紗姫の呟きに顔を上げた忠流は、幸盛と同じように顔を赤らめた加奈を発見する。 (聞かれた、か・・・・) 「れ、連太郞とやら」 「はい」 少年は年長の様子に気付いた様子はなく、素直に返事した。 「天守閣からの景色を見てみたくはないか?」 「はい! 見たいです!」 「よ、よーし、行くぞー」 「「あ・・・・」」 連太郞の手を連れ、部屋の外へ連れ出す忠流。 それに応じて、紗姫と昶も離脱する。 (弥太郎もいつの間にかいないし) チラリと振り返った忠流は見た。 お互い顔を真っ赤にした幸盛と加奈がチラチラとお互いに視線を送っていたのを。 「―――茂兵衛」 「はっ」 鵬雲五年三月二〇日、忠流は自室で霜草刑部少輔忠久と向かい合っていた。 「"鈴の音"について、何か分かったか?」 「はい。まずは彼女の足取りですが」 彼女が使う不可思議な術式の痕跡は意外と残っていた。 なまじ強力な分、空間に刻まれてその修復が間に合わないのだ。 「最初に【力】を使ったと思われるのは、先代の暗殺未遂前です」 「つまり、貴様の兄・久兵衛を操る時、ということか?」 「はい」 龍鷹侯国先代・鷹郷侍従朝流。 中華帝国の琉球侵攻を押し返した英雄であったが、この鹿児島城の本丸御殿で何者かに襲撃された。 その時の傷が元で亡くなったわけではないが、それから龍鷹侯国の混乱は始まったと言っていい。 その下手人は黒嵐衆の取りまとめであった霜草家当主・霜草久兵衛邦久である。しかし、忠義一徹と言っていい彼がそんな暴挙に及ぶとは到底思えない。 その後、久兵衛は"鈴の音"と行動していることから、彼女に操られているというのが龍鷹侯国の見解だ。 「内乱ではいくつか発見できましたが、その後は佐敷川の戦いまで大人しくしていたようです」 「その後も大人しくしている、ということか」 忠流が本格的に探し出してから、"鈴の音"はまるで息を潜めるかのように行動していない。 それは最重要容疑者である紗姫と昶が厳重な監視下にあるからか、ただの気まぐれかは分からなかった。 「罠を張り、そこに誘導して殲滅する龍鷹軍団の戦術が通じないとはな」 龍鷹軍団は野戦決戦を好む。 鹿屋家という別働隊を機動させ、敵を戦場に誘引し、そこで殲滅するのだ。 「今回の罠として、銀杏国を用意したというのにな」 「ええ、銀杏国は我々の思惑通りに動きましたが、そこに"鈴の音"が関与した痕跡はありませんでした」 "鈴の音"に対する罠。 それは龍鷹軍団による南予支援である。 忠流は"鈴の音"が九州の戦乱を望んでいると見ていた。 だから、わざと日向に穴を開けたのだ。 岩国を救いに行く時に銀杏国の庭である豊後水道を堂々と通り、戦闘行為まで行った。 これまで直接的に戦闘を交わしたことがなかったが、この挑発行為で一気に銀杏軍団司令部は反龍鷹侯国へ傾いた。 そこに日向灘を守るべき龍鷹海軍が南予方面に駆り出されたと知ったら、銀杏軍団は絶好の好機と見て動きたくなる。 銀杏軍団が動けば、虎熊軍団は呼応せざるを得なくなる。 銀杏軍団の背中を押すのは"鈴の音"だ。 つまり、"鈴の音"の思惑に乗る形で、虎熊・銀杏連合軍の思わぬ形での開戦を忠流は計画したのである。 その開戦計画は成功したが、"鈴の音"は現れなかった。 だから、両軍は踏みとどまり、開戦は延期されている。 「銀杏国内部まで虎熊宗国の意志が反映されていないのか、"鈴の音"が黒嵐衆の網にかからなかったのか・・・・どちらだと思う?」 「・・・・佐敷川の戦い以降、何度も捕捉しかけていた以上、前者だと思いたいものですな」 「はは・・・・だな」 苦笑したふたりだが、ふたりとも悪い方を考えてしまう。 (監視付きの生活の中、どうにか動く他の手足を手に入れた、ということか) 「全く、相手が仕掛けてくれば、応じるというのにな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どうやら、仕掛けに来たようですぞ?」 「ん?」 茂兵衛が姿を消すと同時に障子の向こうに人影が立った。 数はふたつ。 「大丈夫だ」 それに応じ、腰を上げた幸盛を手で制す。 彼はずっと後ろに控えていたのだ。 「―――邪魔するぞ」 「あ、あぅ~」 入っていいか、という問いもなく、障子を開けたのは昶だった。そして、その昶に腕を引っ張られているのが紗姫だ。 彼女の顔は真っ赤に染まっており、涙目でこちらに助けを求めている。 「幸盛、席を外せ。夫婦の会話じゃ」 隻眼の瞳から抗いがたい力を感じたのか、幸盛がこちらに一礼して退出した。 「おいこら! 逃げるな!」 「すみません!」 「それでよい。たまには早く帰って嫁候補を愛でてやれ」 「あぅ」 昶の言葉に、紗姫がうめき声を上げる。 「体調はどうだ?」 「? ああ、最近は安定している」 体が弱いが、無理をしなければたまに微熱を出す程度だ。 数か月に及ぶ平和で回復したのは国力だけではなかった、ということである。 「ふむ、ならば問題ないな」 「え、ちょっ!?」 昶が紗姫の背中に手を回す。 それに慌てた紗姫が後ろに手を回すが、それよりも昶が早く動いた。 「いつまで照れているか、このヘタレ槍めが」 「きゃん!?」 ゲシッと腰を直蹴りされ、紗姫は前へと吹っ飛ぶ。しかし、昶はその手に何かを持ったままで、さらにそれを思い切り引いた。 「回れ!」 「ホントに回ったぁ!?」 蹴られた勢いでたたらを踏んでいた紗姫は、腰に与えられた回転力に抗うことができず、グルグルと回る。 「「ぐへっ」」 それは腰についていた赤い布がなくなっても続き、そのままの勢いで忠流に激突した。 「・・・・ふたりとも、もう少しかわいらしい悲鳴を上げたらどうだ?」 昶がため息をつくが、ふたりはそれどころではない。 「あわあわあわ!?」 紗姫に押し倒された形となり、ふたりの顔はすぐ傍にあった。 いつもの澄ました表情ではなく、顔を真っ赤にして瞳が潤んだ紗姫は、控えめに言ってもかわいらしい。 おまけに帯が取られたために服が乱れ、合わせ目が開いて奥の肌色が見えていた。 「伊勢の大名は嫡男に早くから女を与えて慣れさせていたぞ?」 「―――ッ!?」 肩に引っかかっていた小袖を下され、声にならない悲鳴を上げる紗姫。 忠流も一気に広がった肌色の面積に思考停止している。 「貴様ら、それで本当に世継ぎを残せるのか?」 自らも着物をはだけさせた昶がため息混じりに言い放ち、とりあえず、忠流を剥きにかかった。 「ちょっ!? 俺も!?」 「細い体だな。もう少し鍛えろ。・・・・ん? 引き締まってはいるのか」 「え、そうなの?」 「恥ずかしがってたんじゃないのか、お前は!?」 こちらの体に手を這わせてきた紗姫にツッコミを入れる。 「まあ、しばらくはこう・・・・こいつの性徴を楽しむか」 「きゃあ!? 胸掴まないで!?」 「ん? そう言えば揉めば大きくなると・・・・・・・・こいつの手を、えい」 「ぅお!?」 「はっは、ふたりとも真っ赤で可愛いなぁ」 慌てた忠流と紗姫の声と楽しそうな昶の声が本丸御殿に響いた。 同日、福岡城と高崎山城に集結していた虎熊軍団と銀杏軍団の本隊が南征のために出撃した。 それぞれの目標は肥後国と日向国。 ここに「日肥の乱」と呼ばれる、龍鷹-聖炎連合軍対虎熊-銀杏連合軍による全面戦争が始まった。 |