「それぞれの夫婦物語」/三



 中務省。
 忠流の婚姻と共に龍鷹侯国に設置された新しい省だ。
 朝廷では天皇の補佐を筆頭に朝廷に関する職務全般を担っていた。
 また、警護の任も受けていたが、これは龍鷹侯国では近衛省が担当する。
 故に中務省は言わば側近の集まりであり、忠流の特務を受ける部署でもあった。
 筆頭である卿は空位だ。
 忠流の側近と目される人物たちは、鳴海直武を除いて若年であり、他の卿と同列には扱えないからである。
 故に中務省筆頭は中務大輔が務めることとなった。




「―――石高が増えたのは喜ばしいことだが、領内経営ができないのは痛いなぁ」

 鳴海中務大輔盛武は、久しぶりに国分城の城門をくぐった。

「有能な家臣がいるではありませんか」

 隣に並ぶのは妻の沙也加だ。
 平民だが、高名な金瘡医に師事し、内乱を経て忠流の担当医に抜擢された。
 忠流の体調不良が霊力系と分かった今では、その担当医は霧島神宮系が務めている。しかし、有能な医者を遊ばせておく余裕は龍鷹軍団にはなかった。
 国分城下へと帰さず、何かと仕事を与える。
 中務省ができるまでは、盛武も兵部省の役人だったため、よく顔を合わせていた。

「その有能な家臣のおかげでこうして内助の功を得たわけだが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 黙って照れた。

(本当にお節介だったな)

 今現在、国分領を取り仕切っているのは米倉直繁だ。
 盛武の側近だが、鳴海家重臣である。
 彼は許嫁と死に別れてから結婚することなく過ごしていた盛武を歯がゆく思っていた。
 盛武と沙也加は数年来の付き合いであり、お互いを憎からず思っていたが、積極的に結婚しようとも思っていなかったのだ。
 特に沙也加の方は平民である。
 盛武が彼女を妾に望まぬ限り、結ばれることはなかったに違いない。
 だが、その流れを変えたのは、米倉が武藤晴教にとあることを頼んだことだった。

『沙也加嬢を是非、晴教卿の養女に』

 武藤家は長井家、鳴海家と並んで内乱初期から忠流に尽くした忠臣の家柄である。
 晴教の末子・武藤兵部少輔統教が家を継いでいるが、先先代である晴教も式部卿に任じられている。
 龍鷹侯国を支える名門ならば、たとえ養女であってもその婚姻は意味を持つ。
 さらに沙也加は兵部省に席を持つ才女なのだ。
 家柄だけの女とは違う。
 この話を受け、呵々大笑した晴教は沙也加を呼び、その人柄を確認した後に養女とした。そして、武藤沙也加とさせた後、武藤家から正式に婚姻を申し込んだのである。

(晴教卿に婚姻の挨拶に行った時、その真意を聞かせてもらったな・・・・)

 米倉と晴教は何と数十年前の琉球王国との戦いで戦友として戦ったらしい。
 当時、琉球王国の王位継承権に干渉する形で琉球島に上陸した龍鷹軍団は、盛武の祖父・鳴海時武率いる二〇〇〇だった。
 この一部隊を率いる形で晴教がおり、できたばかりの武藤鉄砲隊を護衛する形で米倉の一部隊が配備される。
 戦闘は武藤兵が新戦術・鉄砲隊統一運用に慣れていなかったために苦戦し、晴教はずいぶん米倉に助けられたという。

「今でも晴教卿と文のやり取りを?」
「時々。ほとんど近況報告ですけど」

 また、米倉の頼みを聞いて沙也加のことを気に入ったのが大きかったらしい。
 龍鷹侯国は重臣である鳴海家と武藤家が繋がることを歓迎し、忠流に先立つ形で婚姻を結んだのだ。

「さてさて、お節介爺の登場だ」
「恩人に対してその口ぶりは感心しませんなぁ」

 本丸の城門前に立っていた米倉は、苦笑を滲ませながら言った。

「安心している証拠です。気の許せる人には乱暴な口調になる人ですから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 的確な評価に盛武は口をへの字に曲げる。

「はっはっはっ! 戦場では猪突猛進の気がある若も、女には弱いのか!?」

 大爆笑したのでぶん殴ろうとしたら軽快に避けられた。
 老いても現役の現場指揮官だ。

「チッ。・・・・で、領内の状態は?」
「平穏そのものですな」

 そうだろう。
 国分城は内乱時に一時手放したが、戦渦に巻き込まれなかった。
 それは反攻時も同じで比較的平穏だ。
 新規政策も行っていないため、治世としては直武の時と変わらない。

「軍は?」
「ほぼ再建終了。二〇〇〇ならばいつでも動員できるぞ」

 軍の話になったので頭を下げて下がった沙也加を見送り、直武は二の丸を見下ろした。
 そこでは集められた足軽が訓練している。

「直武様と若が役職持ちになった関係で、鳴海家の財政は豊かですからな」

 役職分の給与は主に現金で払われる。
 鳴海家はこの金で軍の再編を進めていた。
 兵部省から各家へ再生費用は渡されているが、それとは別の軍事費は鳴海勢の強化に繋がっていたのだ。
 お貸し具足の質向上と旗本衆の充実。
 主力軍に加わり、中央を形成することが多い鳴海勢だからこそ、龍鷹軍団最新の兵装でいなければならない。

「今後、小競り合いになれば若が総大将として赴くことも有り得そうですな」
「・・・・だな」

 龍鷹軍団において一戦線を担当できる部将は意外と少ない。
 鳴海陸軍卿直武(本隊指揮)。
 鷹郷近衛少尉従流(沖田畷の戦いを指揮)
 鹿屋治部卿利直(翼軍指揮)。
 武藤式部卿晴教(かつて方面軍指揮)。
 長井兵部大輔衛勝(加勢川の戦いで別働隊を指揮)。
 鹿屋民部大輔利孝(翼軍指揮)。
 佐久式部大輔頼政(人吉城攻防戦を指揮)。
 綾瀬民部少輔晴政(都農合戦を指揮)。

「しかし、誰もが要職だしな」

 龍鷹侯国第二位である従流はもちろん、他の卿に就いている人物たちは容易に出撃できない。
 長井は水俣城将として領内整備と聖炎国後詰軍総大将として、佐久もその副将として国境線に張り付いている。
 綾瀬も日向方面に張り付いている。
 これらの戦線に対する小規模な後詰を率いるとすれば、武藤兵部大輔統教か鳴海中務大輔盛武しかいないだろう。

「中級指揮官の不足もありますが、やはり高級指揮官も足りませんな」
「元々、龍鷹軍団が出撃する場合は大戦だったからな」

「―――もし、鳴海勢が出陣するならば、彼女たちも連れて行ってくださいな」

「「?」」

 かかった声に、ふたりは疑問符を浮かべながら振り返った。

「沙也加・・・・」

 沙也加の後ろには十数人の女たちがいる。

「不肖・沙也加、弟子をもらう許可を頂きまして」

 「国分の町で募ったらこんなに」と彼女たちを示した。

「戦に連れていくとはどういうことですかな?」
「龍鷹軍団は旗本衆として金瘡医を組織化していますよね?」
「そうだな」

 主力が動く以上、一線では終わらない戦役はいくつかの戦闘を経ることが普通なのだから。
 その時に負傷兵が戦線復帰できるかどうかは戦役全体を左右する。
 その部隊設立に沙也加も関わっていた。

「その旗本金瘡医隊を鳴海家で独自に作っては?」
「・・・・それが、彼女たちか・・・・」

 旗本金瘡医隊は士分で構成されている。
 いざとなれば戦えるのだ。
 この旗本衆は陣地構築部隊と共に手明に設定されている。
 後で言う工兵と衛生兵だ。

「彼女たちは軍属となり、戦えないが?」
「そこはほら、荷駄隊と一緒に守ってください。走り込みとかさせてますから、意外と足腰も強いですよ?」

 「医者は体力」という心情のためらしい。

「どう思う?」
「いい策ではありますな」

 旗本衆が出陣しないならば、紛争に対応するのは各戦線の担当だ。
 現在、鳴海勢が派遣される戦地は各戦線の第一後詰だ。
 本隊がやってくるまで、最前線の部隊と合流して戦い続けなければならない。
 継戦能力を維持するためには絶対に必要な力だ。

「はぁ・・・・女がよくやる気になる」
「あら? 龍鷹侯国は女に寛容では?」
「確かに」

 夫婦は爽やかに笑い合った。
 "霧島の巫女"・紗姫は龍鷹侯国にとって重要な人物だが、象徴的な面が強い。
 それでも忠流は傍に置き、妻にした後も政治に対して口出しを許している。
 もうひとりの妻である昶も桐凰家の出身だが、やはり政治に口を出していた。
 彼の護衛隊長である瀧井郁も女性だ。
 八省の一角――宮内省の頭も後藤秋美で女だ。

「その内、優れた霊能士ならば女を戦場に連れていきそうだ」
「陛下ならばやりそうです」
「ああ、何せ側近で優れた霊能士であるが、まだ十六歳の少年を全権大使兼軍の総大将として遠い岩国に派遣するんだからな」

 盛武は空を見上げる。
 小姓頭として忠流の最側近とされる少年を思う。

(これから、苦労するだろうなー)

 そう、他人事のように考えた。






岩国城攻防戦前夜scene

「―――御武中務少輔幸盛と申します」

 岩国城攻防戦から三日経った、八月三〇日。
 椋梨家主力は岩国に帰還した。
 これを受けて、城外に野営していた龍鷹軍団が呼ばれたのである。
 代表は先の紹介の通り、幸盛だ。

「御武・・・・確か龍鷹候王の側近か?」
「私の事をご存知とは、驚きです」

 本当に、純粋に驚いた。
 一手を率いて戦功を立てたわけでも、名門の跡取りでもない。
 中務少輔という地位も、つい先日得たばかりだ。
 何より中務省自体が実体のない、飾りに近い役所である。
 朝廷の中務省が実施する役目の大部分を宮内省と民部省、近衛省が行うのだ。
 名誉職に近い。

「鉄砲を無償で得た時、多少なりとも龍鷹軍団について調べたのだ」

 応対するのは椋梨家当主・椋梨宏元。
 まだ二七歳の青年だが、西国を代表する戦上手だ。

「内乱時代に候王を宮崎に迎えた御武昌盛殿、決戦である岩剣城攻防戦では御武時盛が本隊の指揮を執った」

 そう、この辺りは知られていてもおかしくはない。

「そんな折、大半の戦場で本陣の霊能士をまとめた、幼い霊能士」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「評定への出席を許されている、一門以外の十代」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「十分、名があるものと思えるが?」

 ニヤッと笑った宏元はやや子供っぽい。

(なるほど、情報収集能力が戦上手の秘訣ですか)

 情報源は宮崎や鹿児島に出入りした商人だろう。
 椋梨家も瀬戸内の大名らしく、通商に秀でている。

「で? 何しに来た?」

 三日前、陥落しかけた岩国城は修理中だ。
 椋梨本隊は岩国城に帰還したが、一部の部隊は玖珂地方の虎熊軍団を見張っている。
 虎熊軍団は鞍掛山城攻防戦とそれに伴う後詰戦闘で消耗し、再編中である。
 だがしかし、それでも後方の抑えを残して本隊六〇〇〇、北方の別働隊二〇〇〇が岩国を目指すだろう。
 あまり時間がないのだ。

「単刀直入に、主・鷹郷侍従忠流の言をお伝えいたします」
「ん」


「―――椋梨殿は岩国を放棄、一族郎党を連れて鹿児島へお越しいただきますよう、お願い申し上げます」


 瞬間、大広間に殺気が吹き荒れた。

「―――っ!?」

 歯を食いしばり、幸盛はそれに耐える。
 同年代にしては場数を踏んでいる彼でも、一瞬息が詰まった。

「止めぃ、大人げない」

 椋梨家の者の中でただふたり、殺気を放っていない。
 その内のひとりである宏元は億劫そうに腕を振りながら言った。

「しかし、殿!」
「いいから、話が前に進まん」

 反論しようとした家臣の言葉を遮り、宏元が言う。
 すると老年に差し掛かっている彼は、しぶしぶと姿勢を正した。

(よく統率できている)

 若いのに大したものだ、と思う。

「理由は?」
「はっ。・・・・如何に椋梨の諸将が武勇に優れようとも、百戦錬磨の虎嶼晴胤殿を相手には荷が重いと思われます」

 これまで椋梨家が相手をしていたのは、徳山に所領を得ている熊将だ。
 この熊将の役目は主に玄界灘の交通手段確保と出雲への兵站維持だった。
 このため、岩国討伐に本腰を入れていなかったのだ。
 といっても岩国勢は過去に彼自身率いる一万を撃破したことがある。

「そこまで、龍鷹侯国は晴胤公を評価しているのか?」
「椋梨殿は違うので?」

 人を率いる者としては双方若年と称される青年と少年が視線を交わす。

「瓦解する出雲遠征軍の只中で秩序を保ち、敵の追撃部隊と刃を交えました」

 その後、血筋で虎将になったのではないと示すように戦いに明け暮れた。
 反旗を翻した椋梨の進撃を放置し、南下する出雲勢力の迎撃に全力を挙げたのだ。
 その戦力は消耗した長門国の軍勢だけ。
 約八〇〇〇の兵を縦横無尽に操り、延べ二万にも及んだ遠征軍を弾き返したのだ。

「そんな芸当ができる御仁が大軍を率いてきているのです」

 言外に「勝てるわけがない」と幸盛が言った。
 何せ椋梨勢が頼る岩国城を先に砕いたのだ。
 もはやできるのは抵抗戦のみ。

「ならば、一度岩国を手放し、虎熊軍団と戦える龍鷹軍団に身を寄せるのは如何でしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 幸盛の言葉に、宏元が考え込んだ。

(すでに講和がないことは理解しているのですね)

 これまでの戦ならば、鞍掛山城が陥落した時に虎熊宗国から講和交渉があったはずだ。
 虎熊宗国はあまり家を滅ぼすことを善しとしない。
 戦力を奪ったならば出来うる限り講和し、自分たちの戦力に置き換える。
 もちろん、減封する。
 そこで得た領地を家臣に与えるのだ。
 今回の場合、玖珂地方の召し上げだろう。
 岩国城と岩国平野は椋梨家のまま。そして、安芸侵攻の先鋒として動員されるはずだ。

「虎熊軍団はここで椋梨家を完膚なきまでに葬るはずです」

 出雲勢力を押し返し、椋梨家を滅亡させれば、西国において虎熊宗国の冬の時代が終わったと国内外に宣言できる。

「だからと言って、我々に先祖代々の土地を捨てろと言うのか?」
「ええ、今は」

 「ですが」と続けた幸盛は、力強く宣言した。

「数年で取り戻してみせます」

 龍鷹侯国が虎熊宗国に数年で勝利する、とそう宣言したのである。

「ふわぁっ」

 その言葉に、殺気を放たなかったもうひとりが、陶然とした息をついた。




「―――兄上は何を考えているのでしょう・・・・」

 夜の帳が落ち、城内に松明が焚かれ出した頃、加奈は二の丸屋敷の廊下を歩いていた。
 周囲を警戒するのは椋梨家の兵ではなく、龍鷹軍団だ。
 ここは二の丸の戦闘でも被害を免れ、客である幸盛の宿泊に適していると宛がわれていた。
 龍鷹軍団は城内に入ることが許されたが、それは補給物資の積み込みと彼らの休憩のみだ。
 ここで虎熊軍団と戦うわけではない。
 翌日、彼らは岩国の港へ向かう。
 それに椋梨がついていくかどうかは今話し合われていた。

「その間、私があの人を歓待しろ、って」

 加奈の頬が赤くなる。
 手に持っているお盆には弱い酒が入っている。
 相手も十六歳と言うことで、強い酒を控えたのだ。

「・・・・ッ」

 ズキリと包帯が巻かれた左腕が痛む。
 加奈を狙って発射された弾丸はわずかに逸れ、彼女の左腕をかすめるに留まった。しかし、前に走りこんでいた加奈の重心が大きく崩れ、そのままの勢いで欄干を超えたのである。
 そこを幸盛に助けられた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ふっと右人差し指が唇に触れる。
 それは少し腫れていた。

(あの時・・・・)

 落ちる加奈目がけ、風を纏った幸盛が突っ込んできた。そして、そのままの勢いで二階下の窓から天守閣の中に飛び込んだのである。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 さらに頬が赤くなった。

(確かに・・・・その時に・・・・触れた・・・・)

 触れたというよりも打ち付けた、という表現が正しい。
 先の評定でも幸盛の唇が腫れていたから間違いないだろう。
 その唇をぼーっと見ていたことに、兄が気づいたと思われる。

(だから・・・・こんな・・・・)

 龍鷹軍団とはいえわずか三〇〇に過ぎない。
 椋梨勢は一五〇〇だから、二割に達する勢力だが、敵は総勢八〇〇〇だ。
 岩国城が健在であれば持ちこたえたかもしれない。しかし、今の城門状態では無理だろう。

「―――御武中務少輔様」

 そうこうしている内に彼の寝室に着いてしまった。
 もうひとりの大将格である長井弥太郎は城下の兵たちと共にいる。
 驚くことに岩国城攻防戦だけで四つの兜首を上げたらしい。

「椋梨宏元の妹・加奈と申します」
「何でしょう?」

 障子の向こうから涼やかな声が返った。
 その声に心臓の音を跳ねさせながら、努めて冷静な声を出す。

「差し入れを持って参りました」
「ああ、それはありがとうございます」

 カラリと無抵抗に障子が開けられた。

「このような格好で申し訳ありません」

 寝間着なのか薄着だ。
 そこから見える線が細いながらも意外と引き締まった体躯に、頬が熱くなる。

「い、いえ、こちらこそ夜分遅くに申し訳ありません」
「どうぞ」
「は、はぃ・・・・」

 声が震えたが、なんとか立ち上がって部屋の中に入る。

「あれ?」

 部屋の中は外ほど暑くなかった。

「ああ、ちょっとしたものですよ」

 幸盛の視線が丁寧に置かれた扇子に向く。
 それは閉じられていたが、風が漂っていた。

「霊、装・・・・」
「ああ、やはり知っていましたか。ということは、椋梨家も保有しているので?」

 加奈の呟きに幸盛が応じる。そして、その言葉に加奈は小さく頷いた。

「白崎八幡宮に奉納されていた霊装です」
「いつ頃から保有を?」
「最近の戦勝祈願に訪れた時、ということですから・・・・徳山侵攻時ですね」

 今年の二月辺りだろうか。

「因みにどんな?」
「白い大蛇が召喚されます」

 加奈は情報を集められていることに気づかず、やや熱っぽい視線を幸盛に向けながら答えた。

「―――岩国のシロヘビ様・・・・。巨体で敵軍を押し潰すのでしょか」
「そこまでは分かりません」

 加奈は口を濁したが、情報を与えなかったのではない。
 本当に見たことがないのだ。

(前に兄上が言っていた)

 数百程度を相手にできるのだが、使い勝手は悪い対軍霊装だ、と。
 ふたりは話しながらも座布団と机の準備をする。そして、机の上に加奈は持ってきたお盆を置いた。

「御武中務少輔様は・・・・・・・・」

 徳利を手にした加奈は言いにくそうに言いよどむ。

「幸盛でいいです」
「では、幸盛様は・・・・」

 しっかりと幸盛の目を見つめて、言った。

「我々を薩摩に連れて行き、どうなさるおつもりですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 椋梨氏は岩国を百年以上本拠にしている豪族だ。
 龍鷹侯国はその故郷を捨てろと言っているに等しい。

「鹿児島城下に住んでいただき、旗本衆の一員になります」
「旗本?」
「旗本とはですね―――」

 領地を持たず、龍鷹侯国からの給与で生活する者のことだ。
 領地を与えては愛着が生まれ、領地の考えてしまう。
 そこで領地を与えないことで軍事に専念させるのだ。
 龍鷹侯国の中で有名な旗本は長井家、瀧井家、御武家だろう。
 どれも内乱前は領地を持っていた。しかし、御武家を除いては焦土と化していた。
 御武家も現当主である幸盛が若年、祖父の昌盛が要職に就いている。
 政務を代行する重臣もいないので、高鍋城を手放したのである。

「旗本として屋敷も与えられますから、必要な家臣団を養うことも可能です」

 長井家は兵部大輔としての給金も合わせて二万石である。
 主立った者は三の丸の、長井区画と呼ばれる場所に住んでおり、下級武士も鹿児島城下に居を構えていた。
 出陣する場合は龍鷹侯国が直轄支配している領地から足軽を動員する。
 長井家の場合、この直轄地が旧長井領なのである。
 領地を持っていた頃よりも多少減封されたが、今の年貢制度で二万石の実収入を得ようと思えば、石高だと四万石。
 商業などの副次収入があったとしても三万石は必要だ。
 これから考えると長井家は加増されたようなものなのだ。

「旗本衆であれば、飢饉などに関係ないので、安定した収入を元に軍備を整えられる、ということですね」

 統一した戦力の運用。
 これが忠流の掲げる軍事制度で、旗本衆はそれに見合ったものだった。

「そうして整えた軍事力を龍鷹軍団のために使え、と?」

 少し酒が入って饒舌になった幸盛の言葉を総合する。

「いいえ、椋梨家は岩国を取り戻すために戦うのです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「さて、難しいことはこれまでにして、飲みましょうか」
「はい。・・・・どうぞ」

 加奈は酌をする。
 なんとなく、龍鷹侯国の真意は見えた。
 椋梨氏を名族とした上で客分とし、虎熊軍団と戦ったノウハウを吸収したいのだ。
 それは龍鷹軍団が本腰を入れて虎熊軍団と戦うことを決めた、ということに他ならない。

(薩摩侍従の目的は分からないけど・・・・)

 返盃として受け取った盃に口をつける。

(この人は信頼できる)

 こくりと喉を鳴らし、酒を体に飲み込んだ。

「・・・・あれ?」

 かぁっと体が熱くなる。

(こ、これって・・・・本物のお酒・・・・?)

 甘酒程度のアルコールを作って貰うはずだった。

「う、あ・・・・」
「どうしました?」

 真っ赤な顔でふらふらしている加奈を訝しんだ幸盛が声をかける。しかし、加奈の体はその声をよりどころにし、幸盛の方へと倒れ込んだ。










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