「それぞれの夫婦物語」/一



 夫婦。
 戦国時代において、婚姻とは家同士の繋がりだ。
 家同士の縁が切れれば容易に離縁させられるし、そもそも家の都合で結婚したことで不仲なこともある。
 もちろん、仲が良いこともある。
 戦国時代において有名な夫婦は、浅井長政と織田市だろう。
 浅井長政は滋賀県北部の戦国大名。
 織田市は愛知県西部の戦国大名――織田信長の妹だ。
 婚姻当時、織田氏は岐阜県南部の斎藤氏と抗争していた。
 斎藤氏を西と南から圧迫するための同盟だ。
 政略結婚だったが、ふたりは仲睦まじく過ごした。しかし、上洛した織田氏が浅井氏と同盟関係にあった福井県の朝倉氏を攻めたことで関係は急変する。
 浅井氏は朝倉方に立って織田氏と戦うことを決めた。
 市は実家に帰されることなく、浅井に身を寄せたが、浅井氏の本拠地・小谷城が陥落する折に実家へと帰った。
 他にも有名な甲相駿三国同盟(武田-北条-今川)でも、両家は互いに婚姻関係を結んでいる。
 婚姻とは強固な同盟関係を作り出すものなのである。
 だがしかし、同時に家の都合に左右される当事者たちにとって、自分たちの意志とはかけ離れたものとも言えた。






鷹郷忠流side

「―――結婚とは人生の墓場・・・・」

 鷹郷侍従忠流は、花嫁を待ちながら途方に暮れていた。
 自分から言い出したことだが、彼女たちと円満な夫婦関係を築けるとは思えない。

(見目は、十分麗しいんだけど・・・・)

 紗姫。
 一見は普通の町娘だが、手入れの行き届いた髪とくりくりとした目が特徴的で素朴な可愛さがある。
 艶やかな髪は首の後ろで結わえられており、動くたびに長い尻尾のように揺れる。
 にっこりと笑いながら毒を吐くが、目まぐるしく変わる表情が好印象だ。

(公の場所ではさすがにすました顔をしているけど)

 昶。
 雰囲気からしていいとこのお嬢様で、装飾品やらで細かなところまでおしゃれしている。
 そこにいるだけで華があるとでも言えばいいのか、いい意味で目立つ。
 右目は眼帯をするかつむっているかだが、顔たちも整っている。
 それは諸外国にも美人の皇女として認識されるほどだった。
 表情をあまり変えないが、髪形を頻繁に変えており、ある種の道楽と言える。

(同い年だけど、年上の包容力があるんだよな・・・・)

「殿様、時間だぜ」

 小姓を務める長井弥太郎が言った。
 本来、このような役目を得ている御武幸盛は、別命でいない。

「さてさて・・・・」

 忠流は立ち上がり、狩衣姿に違和感がないか確かめる。
 その動作でずれた烏帽子を、傍にいた沙也加が整えた。

「ん、助かる」
「いえいえ」

 優しい笑みを浮かべ、彼女は壁際に下がる。
 忠流の主治医の一番弟子である彼女も、鳴海盛武に輿入れした。
 その折、正式に忠流付従医に任命されている。
 また、盛武も国分城を家臣に任せ、鹿児島城で龍鷹軍団の再編に携わっている。
 内乱から続く戦争で、数はともかく精鋭の数が減少していた。
 これから龍鷹軍団よりも数に勝る虎熊軍団が相手になる可能性が高く、質を高める必要がある。

(この婚姻もそのための時間稼ぎだ)

 昶と結婚することにより、鷹郷家は桐凰家――朝廷と縁戚となる。
 元々、皇族に連なる家だったが、その名だけでは抑止力はない。
 桐凰家は畿内を中心に勢力を拡大する戦国大名でもある。
 山陽道・山陰道へと勢力を拡大する虎熊宗国にとって、まだまだ遠いが、無視できない勢力だった。
 今回の政略結婚による桐凰家の動向を見極めるまでは、虎熊軍団は南下しないと忠流は考えている。
 その間に、精鋭を少しでも増やす。そして、敵に出血を強いることが重要だった。

「考え事すんな」
「おうっ」

 ゴスッと頭を小突かれ、忠流は考え事から復活する。
 やや涙目で振り返ってみれば、完全武装に身を包んだ加納郁がいた。

「って、籠手で殴るな! 貴重な脳細胞が死んだらどうしてくれる!?」
「まともな考えができるようになるんじゃないかしら」

 つーんとそっぽ向き、主の文句に答える護衛。

「こいつは、人妻になっても変わりゃしない」
「はは、そう簡単に変わってもらうと困りますよ」

 そっぽ向いた郁の頭をぽんぽんと叩くように撫でる瀧井信輝。
 郁の夫だ。

「それにあまり花嫁を前に別の考えをしていては・・・・殺されますよ?」

 顔を赤くしながらも逃げない郁をからかう余裕なく、忠流はため息をついた。

「過激な花嫁だなぁ~」
「ええ。御せるのは忠流様だけだと信じています」
「信頼って放置と同義だと思うんだけど、どうよ?」
「思いません」

 笑顔で否定された忠流はもう一度ため息をついて立ち上がる。

「さって、行くか~」



 鵬雲四年八月九日、霧島神宮にて、龍鷹侯国候王・鷹郷藤次郎忠流と霧島神宮の巫女・紗姫と皇女・桐凰昶の挙式が執り行われた。
 式典には同盟国である燬峰王国の燬羅結羽、聖炎国の外交担当だけでなく、銀杏国や虎熊宗国の使節も訪れている。
 だがしかし、最も重要なのは朝廷・桐凰家の治部卿――本物の――だろう。
 西海道の状況を確認した彼の国がどう動くか。
 今後は九州だけでなく、本州も気にする必要がある。
 そんな各国の思惑が渦巻く挙式も無事終わり、西海道は奇妙な平和に包まれることとなったのだ。



「―――あづい・・・・」

 八月十七日、鹿児島城。
 その本丸御殿の一室で、忠流はぶっ倒れていた。

「無理するから・・・・」

 脇でうちわを仰いでくれるのは、先日妻になった紗姫だ。

「まあ、仕様じゃろ」

 部屋の隅で各国から送られた贈り物を物色するのは、もうひとりの妻――昶である。

「ふむ、さすが虎熊宗国。これは露西亜のものではないかの?」

 上方出身ということもあり、こういう物品の目利きには強い。

「ま、無理されるよりいいか」

 頬をつつくのは止めてほしい。
 そう、忠流は最後の使節団を送り出した後、笑顔で本丸の庭に倒れた。
 挙式と言っても外交の場だ。
 常に緊張していたために、疲労が溜まっていたのだ。

「国内の政策は、卿たちに任せればよかろう」

 政略面は御武民部卿昌盛と武藤式部卿晴教が、軍事面は鳴海陸軍卿直武と東郷海軍卿秀家、加納近衛大将猛政が担当している。
 この鹿児島城や城下についても後藤宮内卿秋美が綾瀬宮内大輔吉政を補佐に治めている。
 他の卿も大輔や少輔といった補佐を使っていた。
 忠流が内乱後に整備した制度が、うまく回っているのだ。

(官僚制度は融通が利かなくなる可能性もあるが、一定の国家体制維持には効果的だからな)

「それにしても、戦だけかと思えばそなたの弟君も案外やるのう」

 卿を統括しているのは、忠流の弟――鷹郷橘次郎従流だ。
 鹿屋利直を補佐に挙式の行程管理などの仕事をやってのけた従流は、龍鷹侯国第二位の権力者として朝廷に認められた。
 このため、先日、「従七位下・近衛少尉」の官位を賜っている。

「従流は元々僧侶だからな。交渉事や事務事には強い」

 僧だった名残を捨て切れず、頭は丸めたままで、普段着も僧衣に近い格好だ。
 兵の中では、"僧将"などという異名で呼ばれているらしい。

「橘次なら、大過なく治めるさ」

 側近である後藤公康も事務能力に優れるらしい。
 さらに沖田畷の戦いで縁を結んだ、相川舜秀、吉井忠之、真砂刻家という部将たちも補佐に動いているようだ。
 「従流閥」というものができつつある、と霜草茂兵衛が忠告している。

「・・・・固い」

 枕の感触が悪く、寝心地が悪い。

「ん?」

 なんとなく視線を向けた先で、紗姫と目が合った。

「ちょ、なんで転がってくるんですか?」

 ゴロゴロと体を回転させ、紗姫のそばに寄る。そして、頭を上げて紗姫の膝の上に安着させた。

「ふぃ~」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 風が止んだ。

「?」

 疑問に思って見上げれば、顔を赤くした巫女さんが見える。そして、うちわを持つ手がプルプルと震えていた。

「あれ? ダメだった?」

 今度はふるふると首を振る。そして、右手のうちわが再開し、左手がこちらの目元を覆ってきた。

「お?」

 急に視界が遮られるが、そうすると頭の下の柔らかさがよく分かる。

「お~、これは、いいな~」

 気の抜けた声が口から出るが、病人なのだからいいだろう。

「じゃ、じゃあ・・・・時々してあげます」
「頼む」
「と、時々ですからね!」

 少し強い口調だが、目元を覆う手の感触は優しい。

「顔が赤いぞ、槍娘」
「うるさいです。っていうか、槍娘って何ですか、槍娘って!?」
「うるさいぞ。妾の鑑定が失敗すれば、国家予算の・・・・・・・・・・・・・・・・一厘弱くらいは影響する可能性があるのだぞ」

 もらったものは全て死蔵せず、売りに出して国家予算の足しにすることがある。
 送る方もその辺は承知していた。

「一厘も関係しないでしょ!?」
「む、これは掘り出し物の霊装か? 送り主は気づいていないと見える」
「人の話を聞けー!」

 叫びながらも律儀に膝の位置は変わらない。

「うるさいぞ、槍娘。妾の鑑定が失敗すれば、兵力の・・・・・・・・・・・・・・・・一割くらいは吹っ飛ぶかもしれんのだぞ?」
「大きすぎるわ!?」

 思わず体を起こしてツッコミを入れた。

「え、なんでそこで嬉しそうな顔を?」
「いやなに、貴様がそこな娘ばかりに甘えるでの。少しからかってみたら案の定の反応で。ふふふ」

 耐え切れずに袂で口元を覆う。そして、紗姫が真っ赤になった。



「―――夫婦円満で何よりです」



 言葉と共に障子が開く。
 その向こうに立っていたのはいくつかの書類を持った従流と―――

「やっほ」

 ひらひらと手を振る燬羅結羽だった。

「珍しい・・・・というわけではないか・・・・」

 従流は龍鷹軍団の副将だが、燬峰王国との折衝役でもある。そして、結羽も龍鷹侯国との折衝役なのだ。
 今回の婚姻でも燬峰王国代表として訪れていた。

「結羽殿を連れて訪れたということは、その書類は肥前戦線のものか?」

 興味を刺激されたのか、昶が物色から顔を上げる。

「当たりです」

 肥前戦線。
 燬峰王国が武雄を制圧して以来、目立った戦闘は起きていない。
 だがしかし、まとまった戦力が肥前村中城に展開しており、予断は許さない。
 燬峰王国は諫早城主で軍団長の地位にある一門・燬羅紘純が燬峰軍団の主力を率いて武雄城に展開していた。
 その間に当主・燬羅尊純は地盤固めに従事した。
 松浦半島の安部氏とは婚姻同盟を経て従属させる。
 佐世保は同盟軍だが、傘下に降ったも同然である。
 こうして南・西肥前は全て燬峰王国が占めていた。
 総兵力は約一万一〇〇〇。
 臨戦態勢で待機しており、佐世保や松浦と協同訓練をするなどで練度が上がっている。

「動きがあったか?」
「いいえ。ただし、有明海の水軍が復活したのは事実のようです」

 対聖炎軍団戦で海上機動戦を展開した虎熊軍団。
 その骨子は再生した有明艦隊のようだ。

「結果、燬峰軍団は海岸線に薄く広く展開することになりそうです」
「そこで、第二艦隊の一部を貸してくれない?」

 結羽が軽く告げた。

「第二艦隊を?」

 阿久根港を本拠地にする艦隊だ。
 沖田畷の戦いで虎熊水軍を壊滅させた艦隊である。

「そう。五島水軍は東側の警備で動かせない。天草の部隊は訓練中。諫早本隊は再編中なのよ」

 燬峰王国は諫早水軍を本隊の他に、制圧した五島列島の水軍を持っていた。
 佐敷川の戦いで得た天草諸島にも艦隊を編成中だが、訓練度は低い。
 諫早本隊は所属艦のほとんどを天草艦隊に渡したため、新造艦を建造して再編中だった。

「だが、戦列艦は出せんぞ?」

 戦列艦とはゴドフリード・グランベルが持つガレオン船を元に作られた新しい軍艦だ。
 船舷に並んだ多数の大砲が特徴である。

「いいよ。肝心なのは船の数だから」

 第一艦隊ほどではないが、中華海軍に対する先鋒でもある第二艦隊は強力だ。
 旗艦である大安宅船、戦隊旗艦である安宅船数隻、快速艦隊の主力である関船が十数隻、小早が百数十隻。

「戦隊程度でいいと、僕は思うのですが?」
「うん、任せるー」

 戦隊となれば安宅船一、関船二、小早二〇というところだろう。

「全く、兄上は」

 呆れた声音で呟き、忠流の前に座った。

「まだあんの?」
「これからが本題です」

 脇に置いた書類の束から一枚取り出す。

「領内の食糧予想生産量について、確認していただきたいことがあります」
「それも任せる」
「いえ、しかし・・・・」

 大方は民部卿がまとめているのだろうが、最後の確認を忠流に求めてくる。
 戦が無ければこういう報告書へ目を通し、判を押すという地味な作業が日課なのだ。

「民部のことは信頼しているし、変なことはしないだろう」
「今はせずとも全て通ると認識されれば専横するかもしれません。これを抑制するためにしっかりとした管理体制が必要です」
「言うことは分かる。・・・・けど、お前は俺の代理だろ?」
「代理が簡単に決断していい内容ではありません」

 渋る忠流に攻める従流。
 忠流の体調が快復してきてから、毎日見られる光景である。

「兄上、この際だから言わせていただきます」
「何だ?」
「病弱であるのは仕方がありません。ですが、戦だけでなく、日々の政務にも興味を持っていただかなければいい戦略を思いつきません」

 戦において国力に見合った戦略を立てることは非常に重要だ。だがしかし、そのためには内政もしっかり監督し、国情を理解しておかなければならない。

「その辺りは各省に任せているぞ」
「ええ。ですから、せめてその報告書くらいは読んでください」
「ぐぅ・・・・」

 元僧だからか、従流は口がうまい。

「はは、貴様の負けだ」

 昶が鑑定の手を休め、にやにやと笑いながら言った。

「王が内政を疎んじると、国が乱れるぞ」

 龍鷹侯国に今のところ反乱の芽はない。
 というか、これまで外敵だらけで内に目を向けていられなかったのだ。だがしかし、今現在は聖炎国との国境争いが終結し、北日向も沈黙している。
 虎熊宗国-銀杏国連合軍との戦は噂されているが、噂程度である。
 このため、これまで問題視されていなかったものが一気に噴き出してきたのだ。
 民部卿である御武昌盛だけでは裁ききれず、多くが訴訟沙汰になっている。
 裁判機関である刑部省は六省(兵部省、式部省、民部省、治部省、宮内省、近衛省)にやや遅れて設置されていた。
 と言っても諜報集団・<黒嵐衆>頭目の霜草茂兵衛忠久が刑部少輔に任じられていただけで、刑部卿、刑部大輔は空位だったのだ。
 このため、まずは短い間でも難しい佐敷地方を治めた藤川晴崇を刑部大輔に任じた。
 彼は内乱時に独自で情報を集め、去就を決めた情報収集力と判断力がある。
 難しい判定が続く領地問題でも公平な判断が下せるだろう。

(だが、ひとりってのもなー)

 茂兵衛は忍びなので内政に関与しない。
 前に藤川と会った時、彼はあまりの忙しさのためか、蒼い顔でふらふらしていた。
 活を入れるために背中を叩くと、そのままぶっ倒れたので逃走している。
 暗殺未遂として城内を騒がせたのだが、真実は闇の中だった。

「橘次」
「はい?」
「刑部卿を決めようと思うが、推薦はあるか?」
「え!?」

 人事権は忠流が持っている。
 当然、代理とはいえ従流が判断できるものではない。

「刑部卿と言えば公平な判断と国に対する忠義、汚れ仕事を厭いもしない人物しか勤まらんぞ?」

 昶が人事面において注意点を口にした。
 裁判や諜報部門は国内外に敵を作りやすい。
 そんな状況でも公平に働ける人物が必要だ。
 そして、これは大身の大名には任せられない。
 戦になった時、与力が言うことを聞かない可能性があるからだ。

「普通は君主の側近だな」

 忠流の側近と言われるのは、御武幸盛だ。
 戦略、政略の両面で万能であるが、卿を任せるには若すぎる。
 次に名が挙がるのは鳴海盛武だ。
 しかし、彼は若手指揮官の筆頭と言う立場であり、暗い仕事は任せられない。
 元々暗い仕事は忠流が指示し、茂兵衛以下<黒嵐衆>が行っていたのだ。
 だからこそ、忠流は刑部卿を置いていなかったのである。

「・・・・ならば、海軍出身者の誰かをお上げください」
「海軍?」

 海軍の管理は基本的に海軍卿・東郷秀家がしている。だが、東郷は忠流の甥である鷹郷源丸の意向を反映させていた。

「海軍将校は規律に厳しく、領地を持ちませんから面倒な土地問題はありません」

 そして、海軍は基本的に国家に忠誠を誓っている。

「東郷と同格の奴がいるのか?」

 海軍の重鎮は内乱時に謀殺されている。
 東郷が無事だったのは、指宿にいたからだ。

「それは・・・・さすがに・・・・」
「源丸にでも聞くかぁ」
「というか、こういうことは貴様の側近が良く知っておろう?」

 幸盛は人事関連にも明るい。

「ああ、今あいつ、別の任務で出てるんだわ」
「ほう?」

 昶が何やら目を細めてこちらを見てきたが、それを無視して紗姫の膝に頭を落ち着かせた。










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