講義拾漆
「兵種各論二」



「―――前回は兵種についてやりました」
「そして、逃げられました」

 御武幸盛が言うと、紗姫が唇を尖らせながら言った。
 続けて「ぶーぶー」と言っている。
 因みにそんな威厳のない姿にドン引きした加納忠猛が後ろの方で百面相していた。

「でも、疑問に思いませんか?」

 幸盛がそれを無視すると、今度は鷹郷忠流と皇女・昶がコソコソと話し出す。
 「流したな」「流したの」と言い、慰めるようにふたりで紗姫の頭をなで回した。
 その勢いが強く、目を回した紗姫がぶっ倒れるが、それでも幸盛は無視する。

「『それぞれの兵種がどんな役割なのか?』と」
「・・・・確かに。聞かれると答えられませんね」

 紗姫が腕組みして反応した。しかし、生まれた時から武士としての教育を受けている男性陣からの反応は薄い。

「いや、今更・・・・」
「まあまあ、退屈はさせませんので」

 忠流の言葉に苦笑しながら幸盛が答えた。




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問一:騎馬隊はいるのか?
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「「「騎馬隊?」」」

 忠流、忠勝、忠猛が揃って首を傾げるが、紗姫や昶は知っているような顔をする。

「ほら、あれですよ。騎馬武者が一斉に突撃していく奴ですよ! 壮大ですよね~」
「それは単純に乗り切りとかじゃないかと思うが・・・・」

 紗姫が身振り手振りで表現しようと手を振るので、当たらないように体を傾ける忠流。

「『隊』と言われると・・・・違う気がするなぁ?」
「隊と言われると大将がいて、統率した部隊のことを言いますからね」

 忠猛が引き継ぐ。

「騎馬武者衆として、個々人をまとめることはあるが、戦闘時に一手と編制することはないからなぁ」
「夢がないのぉ。でも、強そうではないか?」
「確かに絶大な戦果を発揮する時はあるだろうが、常備と言われると・・・・」
「日本列島のような地形では難しいですね」




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問一:騎馬隊はいるのか?
解一:(基本的に)いない
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「まず、今より昔。所謂、騎射が主流だった時代の戦闘であれば、基本的に馬上での矢の撃ち合いなので、言い方によれば騎馬隊と言えました」
「ああ、流鏑馬とかのあれな」
「しかし、現代におけると徒歩戦力の方が重要視されてきましたし、戦場地形も限定されなくなりました」

 昔のように戦争が武士だけの儀式的なものであった場合、戦いやすい場所を選んで戦場が設定された。
 多くは平地であり、馬の速力などが最大限発揮できた。
 また、兵数も少なく、馬が駆け抜けるスペースもあった。

「しかし、現代戦のように集団かつ歩兵戦法が主流になると馬に乗ったまま集団で突撃することは少なくなります」
「だろうな」

 忠流が頷く。

「もちろん、条件が揃った時には絶大な衝突力を発揮し、それだけで戦局を左右する力となる時もあります」
「ただ、そんな博打を狙って常備隊にすることはないな」
「その通りです」

 頷いて見せた幸盛の眸からハイライトが消える。

「とは言え、中国大陸のように平地が多い国や日本の戦国時代ほど多数の兵力が集められないヨーロッパの国々では普通に騎兵が発達しているのですけどもね」
「はいはい、そーですか。条件が揃えばあるんだな」

 いつものことなので、スルーして忠流が相槌を打った。
 その様を英雄視するように尊敬のまなざしを向ける忠猛。

「では、次に行きましょう」




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問二:鉄砲の弾を表す「匁玉」とは?
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「あー確かに疑問に思っていました。匁って重さの単位じゃないですか。なんで鉄砲の弾の種類になるんですか?」

 紗姫の視線が勝流に向く。
 火器を扱う海軍の方が知っているだろうとの視線だ。

「重さの単位であることは間違っていないっすよ。鉄砲の口径を示すのではなく、弾丸重量を示すんですよ」
「あ、そうなんですか」

 現代の銃弾は弾体直径で弾丸サイズを表す。しかし、火縄銃は「○○重量の弾丸を放つことができる火縄銃」というように表されるのだ。

「まあ、銃弾は鉛製が多く、円形に成形した場合、重量で管理すれば大きさが同じになりますからね」
「ん? ということは、六匁弾を発射する火縄銃から十匁弾を発射することはできないのか?」

 昶は同じ鉄砲から複数の弾丸を放てると思っているようだ。

「より重い銃弾を発射することは難しいですね。弾丸が銃口奥に固定できるのであれば、軽い弾は発射できますが」
「ああ、重い弾丸はそもそも径が大きいから銃口から入らないのか」
「その通りです」




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問二:鉄砲の弾を表す「匁玉」とは?
解二:弾丸重量を示す単位
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「とは言え、実は弾丸の種類は重量だけではありません」
「材質か?」

 勝流が眠そうな眸を幸盛に向ける。

「さすがです」

 小さく拍手をする幸盛。

「因みに先程、鉛製が多いと言いましたが、最近では急激に別の材質の弾丸が増えてきています」
「へー」
「いや、知らんのかい」

 忠流に勝流がツッコミを入れた。

「いや、俺は火縄銃を撃ったことがないしな」
「・・・・追い詰められて鉄砲しか手元になかった時、どうすんだよ・・・・」
「それはあれだろ」

 勝流の言葉に一瞬考え込む忠流。


「―――鈍器だろ」


「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 忠流の言葉に男性陣が絶句した。




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問三:弾丸の材質は?
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「さ、忠猛」
「まず、鉛がありますよね」

 変な空気を流し、幸盛は忠猛に話を振った。
 それに応え、忠猛は悩み出す。

「あと、確か武藤殿から鉄玉の納品依頼を受けたことがあります」
「そうですね。後は鉛青銅製も使用します」

 幸盛が視線を勝流に向けた。

「海軍も似たようなものですよね」
「まあ、そうだな。とは言え、鉛の比率はあんまり高くないが」




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問三:弾丸の材質は?
解三:鉛、鉄、鉛青銅の材質がある
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「これはそれぞれの金属の特徴に起因します」

 鉛玉:融点が低く加工しやすい。しかし、軟らかく変形しやすい
 鉄玉:安価。また、衝撃に強く、再利用可能で射撃練習に適する。しかし、硬いが故に銃身の摩耗が進む
 鉛青銅玉:融点が高いため高い加工技術が必要だが、硬いかつ腐食に強いため先の二種よりも弾丸として適している。

「上記の特徴から、高い金属加工能力を持つ大名家を中心に鉛青銅玉の比率が増えています」
「ウチもそうなのか?」

 忠流が問う。

「主流の流れはそうですね」
「主流じゃない奴がいるのか?」
「・・・・まあ、バカスカ撃ちまくる家もいますから・・・・」
「武藤家か・・・・。確かに高い玉を使っていたらすぐに破産するな」
「あと、性能のいい弾丸を使わずとも腕で黙らせますから」
「ああ、なるほど・・・・」

 忠流と幸盛が同時にため息をついた。

「因みに戦場に携帯する弾丸は一挺につき三〇〇発という話があります」
「結構な数だなぁ」
「とは言え、戦闘が数日に渡れば撃ち尽くす数字です」

 小競り合いでもほぼ必ず鉄砲戦は起きるのだ。

「そんな中、遠距離戦を補佐する役割として再注目されて、比率を伸ばした弓矢です」




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問四:弓矢の携帯矢数は?
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「鉄砲戦は彼我の距離が二~三町で火蓋が切られ、約半町に至ると防具である竹束や甲冑を貫通し出します」

 町は108mである。
 このため、おおよそ50mが有効射程距離と言えよう。

「このため鉄砲は二~三町の距離を詰めるまでひたすら続くことになります」
「それはたくさんの弾数が必要になるな」

 勝流が呟く。

「矢も一斉射撃で結構な数が必要そうだが・・・・いかんせん、射程がなぁ・・・・」

 現代の射流しでは平均200mほどだが、18gの矢を使っている。
 戦国時代の矢は威力を高めるためか約50~70gを使っていた。
 この分飛ばなくなっているが、横風などの影響は受けにくくなっているかもしれない。

「射程が短い分、射撃時間が短くなるからそんなに数はいらないんじゃないかな・・・・」

 忠流が自信なさげに幸盛を見ると、彼は笑顔で頷く。

「いいでしょう」




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問四:弓矢の携帯矢数は?
解四:戦時に一兵当たり二背を用意(背=12本+鏑矢)
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「二六本ということか」
「はい。まあ、鏑矢は除くとしたら二四本ですね」
「鉄砲玉三〇〇に比べるとずいぶん少ないな」

 昶の言う通り、確かに少ない。

「ですが、一応、弓二〇張に対して矢箱二箱を用意するという話もあります」

 この箱には一〇〇の矢が入るため、全部で二〇〇本。
 つまり弓一張に対して一〇本の予備となる。
 これに元々持っている二四本と足すとひとり当たり三四本を放つことが可能となる。

「それでも鉄砲の十分の一か・・・・」
「兵種比率は同等でも補助兵器であることには変わらないんだな」

 忠流と勝流の評価に対し、紗姫が手を上げた。

「でも、雨でも使えるという利点はありますよ」
「・・・・でも、濡れていた弓でちゃんと放てるのか? という疑問もあるしなぁ」
「むぅ。・・・・そう言われると全天候型ではないのかもしれませんね」

 「わたし、弓ならば使えるんだけどなぁ」とどこからともなく、弓矢を取り出す紗姫。そして、おもむろに矢を番えた。

「「―――ッ!?」」

 慌てて忠猛と忠勝が忠流の前に出る。しかし、その矢先は忠流ではなく、やや天井付近に向いていた。

「えい」

 そして、気にせずに矢を放つ。

「あ、しまった」

 幸盛はその淀みない動きに悟るだけであった。

―――ガンッ

 次の瞬間、天井からたらいがその頭上に落下。

(変な風呂敷が天井にあるなぁとは思っていましたが・・・・。逃げる、機会を失いまし、た・・・・)

 バタンと倒れる幸盛の視界には、忠流と紗姫、昶がハイタッチしている様子が映る。
 さらには視界の端で勝流が呵々大笑し、忠猛と忠勝はそんな主人らに引いていた。

(誰も、僕の心配はしてくれない、のです、ね・・・・――――――――)




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まとめ
・日本の戦国時代には騎馬隊は(基本的に)はいない
・鉄砲玉の大きさを表す匁玉は弾丸の重さの単位
・弾丸の材質は鉛だけでなく、鉄や鉛青銅もあり、それぞれ特徴がある
・一兵当たり、鉄砲玉は三〇〇発、矢は二四本(+予備一〇本)
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