講義拾陸
「兵種各論」



「―――ここからは一気に軍事の方へ講義内容を振ろうと思います」

 御武幸盛が冊子を見下ろしながら言う。
 なお、参加しているのは龍鷹侯国王・鷹郷忠流、皇女・昶、霧島の巫女・紗姫だけではない。
 今日は鷹郷勝流、長井忠勝、加納忠猛という、将来の龍鷹軍団を担う若手武将が参加していた。

「・・・・まあ、ここにいる人間からすれば、おさらいになると思いますが・・・・」

 幸盛がジト目で周囲を見回す。そして、何人かがさっと視線を逸らした。

「・・・・とりあえず、行きましょう」



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問一:兵種はどのようなものがあるのか?
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「これは陸上だよな?」

 勝流が訊く。

「そうですね」
「じゃあ、俺は関係ないな」
「いや、知ってもらいたいからこの場に呼んでいるんですが」

 勝流がやる気なさげに寝っ転がったので、幸盛がため息混じりに言った。

「まあ、いいです、基本なので」

 「というわけで」と続けた幸盛は視線を忠猛に向ける。

「忠猛」
「はい!」

 緊張感を滲ませた忠猛が答える。

「騎馬武者、長槍兵、鉄砲兵、弓兵、手明・・・・・・・・ですか?」
「ええ。・・・・まあ、騎馬武者が兵種か?という議論もあるのですが、騎馬隊を編成している大名家もあるので、ここでは入れることにします」



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問一:兵種はどのようなものがあるのか?
解一:騎馬武者、長槍兵、鉄砲兵、弓兵、手明、その他
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「はい!」
「勢いいいですね。どうぞ、紗姫様」

 手を上げた紗姫を掌で指し示す幸盛。

「手明ってなんですか?」
「あとその他も、例えば?」

 紗姫に便乗し、昶も質問した。

「では、これを次の問いにしましょうか」



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問二:手明やその他は何か?
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「では、これについては忠勝に答えてもらいましょうか」
「うっす!」

 忠勝が元気よく返答し、言葉をまとめるように一度目を閉じる。

「手明とは、基本的には盾や攻城兵器の運用、後は野戦築城を担当する兵っすね」

 近代軍隊で言う工兵だ。

「正解です」

 満足そうに頷く幸盛。

「なるほど。確かに必要ですね」

 紗姫が頷くが、さらに疑問が生まれたのか、続けて質問した。

「・・・・ですが、それは兵以外が担当するのではないですか?」

 戦国軍隊には武士や兵にも数えられない、中間や小者等も同行するし、近隣住民を徴集することもある。
 中間や小者は武士階級の世話が主だが、地域住民が手明の役目を担うことは可能なはずだ。

「もちろん、人海戦術の場合は地域住民を徴集します。しかし、統一された規格での運用や機密性を考えると、専用の兵が必要になるのですよ」
「ああ、いきなり道具を渡しても使い方が分からないとか、軍が思っていたのと違うものが完成したりするのか」

 忠流がこう言うと、幸盛の頬が若干引き攣った。
 「何であんたがそういう感想なんだよ」という言葉を飲み込んだのだろう。

「・・・・では、その他とは、例えばどのような者たちが入りますか? ―――御館様」
「ぅえ!?」

 奇妙な声を上げた忠流に視線が集中した。

「お前も蚊帳の外じゃないってわけだ、ケケケ」
「お前はいい加減起きろよ」

 未だ寝っ転がったままの勝流の尻を叩き、視線を幸盛に向ける。

「さっきの兵種に入らないという兵ということだと・・・・徒歩武者や旗持ちか?」
「当たりですね」

 ほっと息をつく忠流を尻目に幸盛は周囲を見回した。

「少し補足しますね」

 ピンと来ていない者もいたので、補足説明に入る。

「徒歩武者は、馬に乗らない武士で、かつ隊の指揮官ではない者たちですね」

 視線を忠勝や忠猛に向けた。

「例えば、この者たちですね」
「そうか、俺たちはその他になるのか」
「近衛衆ですけど、確かに騎馬集団でもないし、隊を形成しているわけではないですしね」

 忠勝や忠猛が同意する。

「旗持ちとは旗指物や馬印を持つ兵です」
「・・・・これは兵でなくても良いのではないのかの?」

 基本的には武士に紐つく人材だ。
 「それこそ中間・小物に任せればいいのではないか」と昶が訊く。

「個々人に旗はそれでもいいですが、"軍"のためには旗は不可欠です」
「合図の面か」
「はい。後は目に見える形でそこにあるっていうのも士気を支える面では必要です」

 個人の集団を"軍"として構成するためには、太鼓の他に旗も非常に重要なのだ。
 これらのためには訓練された兵の運用が必要になる。



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問三:軍隊における兵種割合は?
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「兵種に分かれているということは、その割合はどのようになっているのでしょうか」
「・・・・まあ、最も多いのは長槍じゃろ?」
「確かにそんな感じがしますね」

 軍団の更新を見ていると、長槍兵が長槍を引きずる土煙が特徴的だ。

「鉄砲も意外と多いだろ」
「確かに」

 勝流の言葉に忠流も同意する。
 というか、首脳陣からすれば鉄砲の装備比率を伸ばす努力をしているのだ。
 比率が高くないと困るという裏事情もある。

「まあ、この答えは非常に難しいです」
「おい」
「その理由は時代を経るごとに変遷するのです。それにこれまで見てきたように大名家の経済力にも左右されます」
「じゃあ、正解がないってこと?」

 紗姫が首を捻る。

「いえ、一応、模式的な数値があります」



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問三:軍隊における兵種割合は?
解三:
  1572年 1577年 1581年 1587年 1616年
兵数 36 1,560 56 145 250
身分 国人領主 一門衆 一般家臣 国人領主 一万石持ち
兵種割合(%)   
騎馬 22 32 37 19 6
長槍 47 39 40 27 20
鉄砲 6 3 5 14 8
3 3 9 14 4
手明 11 16 3 12 61
その他 11 8 5 14 1

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「「「???」」」

 西暦表記等に疑問符を浮かべる勝流、忠勝、忠猛。

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

 もはや諦めの境地にある忠流、昶、紗姫。

「比較的、龍鷹戦記の時代に近いものを選んでいます。とはいえ、40年近い開きがありますが」
「・・・・身分もずいぶん違うな」

 「え? 続けるん?」的な勝流の視線を受け流す忠流。

「まあ、1616年は天下静謐となり、戦があるとすれば遠征や攻城戦という状況下から手明が多かったと言えるので・・・・1587年が我々には理解しやすい比率かもしれませんね」

 幸盛の言葉に、一同が1587年の国人領主の数値を見遣る。

「騎馬が意外と多いな」
「・・・・まあ、この数値は関東北条氏の数値であり、東国の大名ということが関係しているかもしれません」

 幸盛は相変わらず眸の光を消したまま続けた。

「とは言え、侍大将や物頭と言った指揮官、馬上を許された武士の他、物見や早番等を考えると結構な数の騎馬武者がいることは間違いありません」

 "騎馬隊"という形でなくとも、騎馬武者は使い勝手が良いのだ。

「しかし、徐々に鉄砲が普及するに連れて、長槍の比率が下がるのは面白いぜ」

 勝流が言う。

「確かにな。まあ、長柄突撃の前に鉄砲で撃破するってことだろ」
「それだけでなく、長槍足軽から鉄砲足軽への鞍替えが起きているってことだろ」
「うわー、俺らと全く同じことを考えているんだなぁ・・・・」

 忠流が少しだけげんなりしていると、忠勝がシュバッと手を上げた。

「弓も一緒に増えているってことは、戦いが遠距離戦になったってことッスか?」
「そうだと思う。鉄砲中心となったけども、数が揃えられないから同じ遠距離の弓を増やしたってことじゃないかな」

 忠勝と忠猛の会話に幸盛が頷く。

「小競り合いだと槍交ぜまで行かずに、鉄砲玉や弓矢の応酬だけで終わったりしますしね。さもありなんというところです」

 そう言った幸盛が忠猛を手招きした。

「? はい?」
「いいから。こちらに来てください」
「はぁ・・・・」

 首を傾げながら寄ってきた忠猛を自分の座っていた場所に座らせ、幸盛は立ち上がる。

「では、本日はここまで!」
「あ、逃げた」
「「くぅ・・・・、無垢に座っている少年へいたずらができない、おのれ!」」

 走り出した幸盛を見送った忠流が呟く中、紗姫と昶が悔しがった。
 着物のたもとから暗器がこぼれ落ちている。
 それを見て、顔を引き攣らせた忠猛を尻目に離脱した幸盛は勝ち誇った。

「勝った!」
「それでいいのか、お前」

 呆れた声音を放つ勝流は華麗に無視。

「完全勝利です」



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まとめ
 兵種は騎馬武者、長槍兵、鉄砲兵、弓兵、手明(工兵等)、その他(徒歩武者・旗持ち)
 龍鷹戦記の時代背景に一番近い兵種比率は、
 騎馬武者19%、長槍兵27%、鉄砲兵14%、弓兵14%、手明12%、その他14%
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