講義拾伍
「動員力」



「―――では、前回に質問のあった動員力についてです」
「ああ、確かにサラッと流されたな、せっかくの質問を」
「見事な流しっぷりでしたね」
「うむ、見事じゃった」

 御武幸盛に集められた鷹郷忠流、紗姫、昶は素直に座っていた。
 ただ口は止まらずに、ピーチクパーチクと喋っている。

「はいはい。でもあの時に話しても理解できなかったと思うので」
「なるほど、バカがいるからか」
「うむ」
「何でこっち見るの!?」

 忠流と昶に見られ、紗姫が悲鳴交じりに非難した。

「はいはい、バカどもにも分かりやすく説明しますね」
「「「バカども!?」」」



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問一:大名動員力はどのように決定されるのか?
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「無視かーい。・・・・まあ、よく石高で計算するよな」
「ああ、確かに一万石当たり何人とか言うな」

 忠流の言葉に昶が頷く。

「それって、大名が家臣に指示する時の指標でしたっけ?」

 紗姫が首を捻った。

「そうだな。・・・・だいたい、一万石当たり二五〇~三五〇人か?」
「素晴らしい」



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問一:大名動員力はどのように決定されるのか?
解一:一般的には"一万石当たり二五〇人"と言われる
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「一般的?」

 忠流が答えに入った注釈に首を捻った。

「はい。この数値が絶対ではないので。・・・・というか、龍鷹軍団は三五〇人で計算する時もあります」
「ああ、確かに言われてみれば」
「おい、総大将」

 昶が硬い声でツッコミを入れたが、忠流と幸盛は無視する。

「因みに一万石当たり二五〇人ってのは―――」

 幸盛の眸から光が消えた。

「大日本帝国陸軍参謀本部が関ヶ原の戦いの研究で導き出した数値で、当時の資料から導き出された数値ではないです」

 しかし、現代でも歴史家が概算で使用している数値である。

「これは遠征軍として動員した戦力なので、隣国への侵攻だったり、自国の防衛だったりではもう少し動員数は多かったのではないかと考えられます」
「・・・・だから、龍鷹軍団の一万石当たり三五〇人もおかしな数値ではないと?」
「はい。ですが、石高換算での動員力には、大きな落とし穴があります」



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問二:人口的限界動員力はどの程度か?
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「少し補足しますね」

 例えば薩摩の表石は三四万八〇〇〇石である。
 この石高から計算される動員数は八七〇〇人だ(34.8×250)。

「でも、薩摩の人口は約十三万人です」

 つまり、人口の7%だ。

「でもですね。約十三万人には女子供、老人を含んでいます」
「ああ、それは動員できないな」

 忠流が女衆を見遣りながら言った。
 加納郁などの例外はあるが、いわゆる、"兵"というものは女子供、老人を除いた男性で構成される。

「はい。ですから、ざっくりと動員可能な人員数を求めなければなりません」
「それを全て動員した場合の数が人口的動員限界ということか」
「その通りです」

 幸盛がコクリと頷く。

「そして、これはおさらいですよ」

 幸盛がウインク気味に片目を閉じ、右人差し指を振った。

「「・・・・はて?」」
「あー、確か人口のところで言っていたな」

 紗姫と昶が首を傾げる中、忠流が天井を見上げながら記憶を漁る。

「まあ、半分が男で、ざっくりとその半分が動員可能な数だったか?」
「はい。この時は動員可能な年齢として十五~四〇歳と見ていましたが、"動員限界"という視点で見るならば十五~六〇歳と見るべきでしょうか」
「六〇歳か・・・・」

 部将というならば現役の人間も龍鷹軍団にもいる。だが、最前線に出ることは滅多にない。

「まあ、総動員っていうのであれば、これらの年齢の人間も動員するか・・・・」

 槍合わせではなく、城砦に立て籠もるのであれば加齢による運動能力低下は問題ない。
 戦闘経験という意味で、若年兵よりも役に立つかもしれない。



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問二:人口的限界動員力はどの程度か?
解二:十五~六〇歳の男性人口
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「とはいえ、根こそぎ動員しては、産業が壊滅します」
「そうだな。それこそ存亡の危機とかでなければ難しいだろう」
「というわけで、次は現実的な動員限界です」



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問三:現実的な人口的限界動員力はどの程度か?
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「産業を維持するってことを考えたら半分は残す必要があるのでは? なんとなくだが」

 昶が言う。

「まあ、それは残さないとな」
「と、いうと・・・・三分の一くらい?」

 紗姫が自信なさげに言った。そして、その紗姫に対して幸盛が手を叩いた。

「正解です」
「えー・・・・」



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問三:現実的な人口的限界動員力はどの程度か?
解三:成人男性人口の三分の一
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「理由は老律令ですね」

 老律令は757年に施行された基本法令だ。
 その後、一部修正などが加えられたが、形式的には今現在も有効な法令である。

「その中に軍防令があり、防人などの軍団編成に関する法令があります」

 原文は「正丁三人ごとにひとり」とあり、文面解釈には諸説ある。
 正丁とは、成人の意味であり、二一~六〇歳だ。
 正丁の前には「一戸当たり」の文字もあり、一戸からひとりを出すのか、文字通り正丁三人ごとにひとりを出すのか、解釈が分かれている。
 また、正丁三人ごとにひとりというのが、三人中ひとりなのか、四人中ひとりなのかも解釈が分かれている。

「ただ今回はより厳しい三人にひとりを動員限界と見ます」

 なお、十五~二〇歳を老律令では動員対象と見ていないが、この時代は立派な動員可能年齢だ。

「薩摩の場合、成人男子が四万七〇〇〇くらいだから・・・・一万五〇〇〇くらいが各種産業に影響しないギリギリの線ってことか」
「因みに他の制限要件もあります」



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問四:経済的動員限界は?
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「問が雑!?」

 あまりに雑な質問文に紗姫が驚愕する。

「まあ、問というより議題に近いですね」
「まさかこれまでの講義はこれに繋がるのか?」

 昶の言葉に幸盛は頷いた。

「そうです。兵士の食糧・装備を準備するための経済力。これも動員限界になりますよね」
「確かに。人がいても兵糧や武器がなければ戦えないからな」

 忠流が言う。

「基本的に兵を動員する際、三日分の兵糧は持参させます」
「ケチだな」
「いや、集結地点に来る前に飢えられても困りますから」

 言い換えれば、三日以降は軍――大名が兵糧を準備する。

「その他に具足、武器、弾薬等も大名が準備しますし、その輸送費も大名が出します」
「その出費に耐えられるだけが経済的動員限界ってことか」
「その通りです。そして、兵糧と輸送費が変動費という考えですね」

 実際に言えば具足、武器、弾薬も固定費とは言えない。
 破損したら補充しなければならない。
 だが、破損しなければ補充せずとも良いと言える。

「兵糧は動員期間に直結し、輸送費は運搬距離に直結します」
「動員期間が長ければ、兵の動員数が減る」
「運搬距離が長くても動員数が減るってことね」

 昶と紗姫が言った。

「その通りです。このため、迎撃の場合は、動員数が最大となります」

 国家存亡の危機であり、戦場までの距離も短い。



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問四:経済的動員限界は?
解四:大名の経済力と戦闘期間および戦場までの距離が支配する
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「ああ、だから、土地の生産力を示す表石よりも動員数が多い大名がいるんですね」
「はい。経済力から見た実石で動員力を底上げしているのです」

 紗姫の理解を補足する幸盛。
 そのまま視線を主――忠流へ向ける。

「御館様は何か意見がありますか?」
「・・・・龍鷹軍団が北九州へより多くの兵力で出兵するためには経済力を付ける必要があると言うことか?」
「その通りです。後は輸送力の強化でしょうか」

 龍鷹軍団は強力な海軍を保有している。
 これは絶大な輸送能力を保有していると言っても言い。

「この輸送力については今後に出てくる議題かもしれません」
「・・・・価値、価格、経済力と続いて、まだあるのか?」

 忠流が嫌そうな顔をした。
 もう勉強はうんざりだと言いた気だ。

「そうですね。これからは軍事に関することでしょうか」
「「じゃ、いらんの(です)」」

 昶と紗姫が席を立とうとする。

「させるかッ!」

 忠流がその腰に腕を回して引き倒した。

「この、何をするか!?」
「そうです!? 戦は武士の仕事でしょう!?」

 バタバタと暴れる昶と紗姫。
 忠流が病弱とは言え、体格差で押さえ込めるほどには昶も紗姫も小さい。

「・・・・どうしてそんなに嫌がるので?」

 なお、幸盛は平均的な体格で、鍛えてもいる。
 三人の抵抗は文字通り児戯に等しい。

「「「なんか"勉強"って言われるのは嫌!」」」
「・・・・はぁ~」

 くわっと威嚇してきた三人にため息をついた幸盛は、そのまま立ち上がった。

「とりあえず、次回となるの僕は失礼します」
「「「あ!?」」」

 「逃がした!」という顔をする三人を残し、幸盛は廊下に出る。

「ふっ、僕も日々学んでいるのです。今日は頭を守り切りましたよ」

 そう言い残し、幸盛は勝ち誇った笑みのまま部屋を後にした。



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まとめ
 通常動員力は、一万石当たり二五〇名。
 人口的動員限界は、成人男性人口の約三割。
 経済的動員限界は、大名の経済力および想定動員期間・戦場までの距離による
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