講義拾肆
「人口」
「―――これまで様々な産物の価値について話してきましたが、ここから少し毛色が変わります」
「ほう? どのように?」
御武幸盛の言葉に皇女・昶が反応した。
「今回は価値ではなく、数量です」
「・・・・数えられるものとなると・・・・全国に出回っている貨幣の数量ですか?」
「それは・・・・たぶん朝廷でも把握してないのでは?」
"霧島の巫女"・紗姫の予想に対し、侯王・鷹郷忠流が昶に話を振る。
「うむ。朝廷は貨幣発行者ではないし、全国でも作られている可能性があるし、把握は不可能だな」
昶がそう言い、視線を幸盛に向けた。
「で、どうせそれは問題にしても分からんのだろうし、さっさと議題を言え」
「はは。どうももったいぶる癖が付きましてね」
幸盛が手持ちの冊子を開き、言った。
「経済力の続きとも言えますが・・・・人口です」
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問一:1600年の日本人口は何人か?
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「人数か・・・・。一応、税の徴収のために把握が必要だったか?」
「基本的には各村の石高と世帯数で管理しているため、細かい人数までは把握していませんね」
「じゃあ、答え分からねえじゃねえか!?」
幸盛の答えに忠流がツッコミを入れる。
龍鷹侯国の人口も分からないのであれば、全国の人口など分かるわけがない。
「はい、ただいろいろな仮説が立てられているんですよね」
幸盛の眸から光が消える。
「調べた限り、全国で1200~1900万人というところです」
「「「お、おう」」」
慣れてきたとはいえ、怖いものは怖い。
頬を引きつらせながら姿勢を正す三人。
「そして、今回は最大値である1940万人(藤野2008)を使います」
「「「・・・・うむ」」」
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問一:1600年の日本人口は何人か?
解一:1940万人(諸説あり)
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「多いのか少ないのか分からん」
忠流が首を捻る。
「うん、やっぱり身近な国の人口が知りたいですね」
それに紗姫も同調した。
「そういうと思っていましたので、次の問題です」
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問二:薩摩の人口は何人か?
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「全国で一九四〇万人いて・・・・全国に六〇ヶ国くらいあるから・・・・三〇万くらい?」
「単純平均でいいのか?」
「でも、平均するとそのくらいになるのか・・・・」
紗姫の計算に昶は首を捻るが、忠流は腕組みをしてその先を考えた。
「薩摩だけで一万くらい動員しているが・・・・それは負担なのか?」
「あ、それはまた別の機会の議題です」
忠流の悩みに幸盛が答えた。
答えというか、先送りだが。
「それは軍事面での講義で説明します」
幸盛の言葉を聞き、「・・・・まだ続くのか」と呟いた忠流をスルーし、幸盛は昶に向き直った。
「皇女様の出身地である京の都―――山城国は人口が多いですが、残念ながら薩摩はそれに及びません」
「なるほど。面積的には薩摩の方が大きいが、人口密度が違うのだな」
「その通りです。地方と都会ではさすがに、ね」
暗に単純計算を否定した幸盛は筆を取ってサラサラと答えを書いた。
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問二:薩摩の人口は何人か?
解二:約13万人(Scarecrow独自計算)
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「「「少なッ!?」」」
全国人口の1%以下だ。
「まあ、ここからは忠顕という輩の仮説になりますが―――」
鬼頭(1996)により旧国名別人口が計算されており、その後に鬼頭(2000)で総人口のみ修正された。さらに藤野(2008)によってその数値も上回る1940万人が全人口で示された。
このため、鬼頭(1996)の旧国名別人口の国別割合を使って、合計が1940万人となるように計算すると、薩摩は133,330人となる。
「因みに薩摩の石高は34.8万石とされていますから、人口以上の農業生産力を持っていることになります」
「火山灰で農業が難しい土地とは言え、食糧が足りなくなるほどではないのじゃな」
「はい。むしろ山城国は約九〇万人です。これは石高二〇万石に対して過多であり、他国から仕入れなければ餓死者が出ます」
「・・・・大事だな、周辺国との関係」
昶がしみじみと呟いた。
「さて、総人口と各国の関係が分かったところで、次の問題です」
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問三:年齢別人口はどのようになっているのか
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「男女別っていうのであれば、半々だけど、年齢別ですか~」
紗姫がこめかみに指を当て、うんうんとうなる。
「各世代という方がいいですかね。新生児、元服前、青年、老年とか」
「あー・・・・一才未満、二~十四才、十五~四〇歳、四一~六〇歳、六一歳以上が分かりやすいか」
幸盛の考え方に忠流も同調した。
「どうして分かりやすいのだ?」
それに昶が疑問を呈する。
「一才は赤ん坊だ。一四才までは元服前として、子供扱い。十五~四〇歳が一般的な動員年代、四一~六〇歳は総動員時、六一歳以上は老人として対象外だ」
「そうですね。軍事で述べますが、一般的な平士として動員するのは―――」
女子供老人が対象外。
これは女、男の子供(十五才以下)、老人(六一歳以上)となり、動員対象は男の十五~六〇歳までとなる。
このうち、有用な人材として、四〇歳に一区切りを置くのが一般的だった。
「年齢別人口ってのはその国と人口と合わせて、最大動員数が計算できるということだな」
「その通りです。だから、今日はその計算の基礎となる数字を押さえることになりますね」
趣旨が理解できたところで、紗姫が手を挙げる。
「単純に各年同じ人数ってのはどうですか?」
「その場合、六一歳以上が何歳までなのかで、人数が変わるぞ」
「おっとその通りですね」
昶の指摘に紗姫はすぐに意見を引っ込めた。
元々、ただの意見出し程度だった模様だ。
「単純に赤ん坊と老人は死にやすい」
「言い方は厳しいですが、そうですね」
戦国時代の新生児死亡率は今と比べて明らかに高い。また、平均余命の点でも明らかに短い。
「ま、これも研究した人がおり、その研究を元に忠顕が勝手に想像しています」
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問三:年齢別人口比率はどのようになっているのか
解三:柳谷(2011)を参考に忠顕の独自計算
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人口比率 生存率 1歳児 2.29 100.0 2~14歳 28.96 94.8 15~40歳 50.05 74.0 41~60歳 18.52 10.0 61歳以上 0.18 ―
「柳谷(2011)では室町時代に六〇歳まで生きるのは一〇分の一だったと述べています」
「少ないな」
「でもそうかもしれませんね。戦争や疫病もありますから」
幸盛の言葉に昶と紗姫が反応する。
「ヒトの生存曲線はⅠ型であることを鑑みて、一万人の乳児が六〇歳の頃には一〇〇〇人になるような曲線を考えて、この数値を計算しました」
また眸の光が消える幸盛。
「仮説だが、十五~四〇歳の比率が五割。その内半分が男として、兵士として動員できるのは人口の四分の一か・・・・」
冊子に書かれた文字を読み、忠流が呟く。
「全員動員したら国として成り立たなくなりますが、本当に動員できるとすれば、ですね」
先程、薩摩は十三万人と言ったが、その四分の一とは三万人超となる。
この内、一万人を動員すると三分の一を動員したことになり、民からすれば働き手を失って痛手と言えるだろう。
「人口、増やさないとなぁ」
「食べ物はあるのですから農村だけでなく、町の人口も増やしたいですね」
兵の供給源は農村の税負担としての動員だけではない。
町にいる人間を常備兵として雇う手段もある。
「町の人口が増えれば商業も活気づくし、収入も増えるのでいいこと尽くめだな」
「はい、そうですね。そして、このような話をしたいというのがこれまでの講義の目的なので。なんだか、感無量です」
はらりとこぼれ落ちた涙を拭う幸盛。
「「じゃあ、もういいな」」
「え?」
そんな彼の背後から掛かる声。
「ま、まさか―――」
声と共に影が掛かった幸盛が慌てて振り返った矢先―――
「では、お約束を―――」
「―――馳走するとしよう!」
―――ガンッ
忠流が話をして気を引いた隙に幸盛の背後に回り込んだ紗姫と昶は手に持っていた樽を逆さまにして幸盛に叩き落とした。
樽の口から幸盛の体が呑み込まれ、その底と幸盛の頭が激突した音が響く。
「・・・・・・・・きゅ~」
樽を被ったまましばらく不動だった幸盛だが、しばらくして気の抜けた声と共に大の字に倒れ込んだ。
「いえい、お約束の回収達成」
「偶然が起こらないのであれば起こせばいい。この講義で学んだことのひとつだな」
諸手を挙げて喜ぶ紗姫の隣で、腕組みして何度も頷く昶。
「・・・・・・・・・・・・流れで協力したが、本当にこれでよかったのか?」
思った以上にエグい攻撃に、自身の行動を省みる忠流。
「おい、今更いい子ぶらんでもいいだろう」
「そうです! 邪魔者は去ったので、町へ繰り出しましょう!」
「む、妾は鳥串が食べたい」
「・・・・そうだな!」
「「「わーい!」」」と仲良く手と手を取り合って部屋から出て行く三人。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
―――ムクリ。
足音が去った頃、幸盛がゆっくりと起き上がった。
「・・・・見え見えの場所に樽が置いてあったので、底にわらを敷き詰めておいて正解」
「それでも痛いものは痛いが」と続けた幸盛は頭から樽を引き抜―――
「・・・・おや?」
ググッと力を入れても抜けない。
「お、お~!?」
数十分後、片付けに来た女中が、樽に頭を突っ込んだまま酸欠で突っ伏す幸盛を発見。
急いで呼び出された近衛が太刀で樽を叩き斬るという神業を披露して救出された。
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まとめ
全国の人口は約1900万人(内、薩摩は約13万人)
年齢別人口比率は次の通り。
人口比率 生存率 1歳児 2.29 100.0 2~14歳 28.96 94.8 15~40歳 50.05 74.0 41~60歳 18.52 10.0 61歳以上 0.18 ―
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